すやすや眠るみたくすらすら書けたら

だらだらなのが悲しい現実。(更新目標;毎月曜)

夢の国の見る夢;『ペンタゴンの頭脳』感想

 『ペンタゴンの頭脳 世界を動かす軍事科学機関DARPA』読みました。

 以下感想です。1万6千字くらい。

 

 ※以下、アニー・ジェイコブセン著『ペンタゴンの頭脳 世界を動かす軍事科学機関DARPA』のネタバレです。ご注意ください※

 

 

 フリードマンは、自分のゴーグルをはずすと、その科学者に渡した。「私はまだ下っ端で、実験にそれほど重要な人間じゃなかったからね」。眼を保護するものがなくなったフリードマンは、爆弾に背を向けなければならず、ブラヴォーの爆発を見る代わりに、爆発を見守る科学者たちを目にすることになった。

(略)

爆発。その瞬間、〝テラー・ライト〟と呼ばれる熱核反応の閃光が走り、とてつもない量のガンマ放射線が大気を満たした。放出されたエックス線がふだんは眼に見えないものを映し出した。科学者たちの反応を見ていたフリードマンには、彼らの顔の骨が見えた。
「目の前に骸骨がいっぱいあった」とフリードマンは思い起こす。科学者たちの顔は、もう人間の顔をしていなかった。そこにあるのは「顎骨と眼窩。上下に並んだ歯。頭蓋骨」だけだった。

   太田出版刊、アニー・ジェイコブセン著『ペンタゴンの頭脳 世界を動かす軍事科学機関DARPA』kindle版3% 位置No.8538中178、第一章「邪悪なもの」より

 

 

約言

 とても興味深かったし面白かったです。

 内容;DARPAなどシンクタンクによる戦争関係の開発・研究史です。前身ARPAはもちろん、祖父筋親戚筋も。{592ページ+脚注47ページ。公式サイトにて邦訳版脚注をpdf形式で配布中の本の半分あたりでようやくDARPA改名)

 記述;研究開発の模様も人間模様も具体的でした。面白い細部の拾い方がすてき。イグルー・ホワイト作戦を(おなじく失敗作戦という観点から)扱っても『クローズド・ワールド』と被りません。現代に近づくにつれ機密が増え著者の推理が空白を埋めるので、そこは評価が分かれそう。

 ここ好き;"信じられないことを信じさせる言い回し・根回し"フェチが満たされました。『第三帝国の言語<LTI>』『戦争広告代理店』好きなら今作もイケると思います。

 

ざっと感想

 とても興味深かったし、面白かったです。
 太田出版刊アニー・ジェイコブセン著『ペンタゴンの頭脳 世界を動かす軍事科学機関DARPA』は、著者が科学者など関係者71名に取材をし、ビキニ環礁で行なわれた人類初の水爆実験から現代(執筆当時の2014年)までのDARPA周辺の研究所・シンクタンクの仕事を追った本です。(DARPAの前身であるARPAはもちろんのこと、冒頭に引用したとおりその祖父筋であるロスアラモスとリヴァモア二つの国立核兵器研究所やジェイソン・グループ、親戚筋のランド研究所などなども扱われています。本が半分読み終わろうかというところでようやくDARPAに改名するくらい、がっつり)

 米ソ大国が睨み合って強力な核兵器開発とその(矛の強力さに見合うだけの巨大な)防護といったハードウェア開発に燃えたWW2直後から、デモや内戦にたいして化学兵器や非殺傷兵器を開発したり各種センサーとステルス機に代表される隠蔽術・人心掌握術を研究した朝鮮戦争ベトナム戦争期、炭疽菌など生体兵器・人体改造やドローン、インターネットを通じた監視技術などソフトウェアへ目をむけた90年代、そして科学が発展し脳科学など人体のミクロな領域へ踏み出してついにウェットウェアを操る(のではないかと推理される)現代・未来……と、さまざまな官民さまざまな人や業界が関わり退く栄枯盛衰をとらえた軍事技術史でした。

 莫大な予算を投じるものごとなので、大統領だとか団体トップの意向や世論との折り合い、プレゼンやネゴや根回しや人脈などの政治史でもあります。

 

 紙の本で592ページ{+ 公式サイトでpdf形式で配布中の邦訳版脚注47ページ(ありがたい!)}の大著です。
 失敗した計画についても記されたり触れられたりしていて、「あっ」とおどろく突飛なアイデアも飛び出します。

 はたして史実を読んでいるのかSFを読んでいるのか、そんな驚きとともに読める本は結構あるかと思います。『ペンタゴンの頭脳』は取り上げられる失敗計画もさまざまで、実行に移されたけれど失敗したものもあれば、実用度外視の構想・青写真だけに終わったものも収められていて。登場するひとびともさまざまで、えらいさんの計画を実行する貧乏くじが回ってきて仕事を終えたころには死屍累々と共にあった下っ端の兵士から、親も自身の学歴も前途洋々まごうことなきエリートの若者が愛国心から同級生とともに軍へ入隊するも朝鮮戦争の戦場で負傷したことで永遠の青年として湾岸も911も過ごしたひとまででてくる。

 ひょっとしておれはどっかの中学生が机にしまった自キャラ設定ノートを読んでいるんじゃないか……? そんな不安に駆られます。

 あなたは合衆国民の血税が、『スタートレック』"を"パクった建物建設・運用のために使われていたってご存じでしたか……?

 それでいて、今作といいP・W・シンガーの『ロボット兵士の戦争』といい、仕事(計画・作戦)の内容もルポ的な部分も具体的な筆致なんですよね。
 不思議なことに現場で仕事しているはずの技術畑の軍人さん(最終階級少将!)によるロバート・H.ラティフ著『フューチャー・ウォー』よりも、なんだか詳細な印象をいだいてしまいました。
{……はたしてそのちがいがどこから来るものなのか、よくわかりませんが。
 文量によるものなのか(『ペンタ~』も原注含め700ページの『ロボット兵~』も大著だが、『FW』は249ページとそうでもない)。
 著者の性格的なものか(『ペンタ~』『ロボット兵~』みたいに直接の軍部署関係者でない記者や研究者ゆえに踏み込んだ描写ができたり、実情を知らないがゆえのマス向けの華々しい情報も載っていたりする向きはないのか? 『FW』著者の本職軍人には守秘義務的があったり、実際はたらいてみると地味な事柄ばかりで特筆すべきことはなかったりしないのか?)。
 情報ソースの違いによるものなのか(複数取材か、当事者個人の提言か)

 

 たとえば、『フューチャー・ウォー』のこんな一文。

国防総省はこの十年、そうしたテクノロジーについて、それなりに手をつけてきた。過去に取り上げられた例としては、「MDS(代謝的優位兵士)」や「SPP(戦闘能力最大化兵士)」などがあり、戦場における兵士の能力を増強させるため、生物学的、遺伝学的、あるいは代謝的手法があれこれ検討された。身体組織の急速再生、戦傷の急速回復、筋肉の大幅増強、認知能力の拡張、あるいは戦闘能力を低下させずに何日も寝ずに戦える作戦遂行能力とか、肉体の代謝エネルギー水準の引き上げとか、無痛兵士とか……。

  新潮社刊、ロバート・H・マティフ著『フューチャー・ウォー ー米軍は戦争に勝てるのか?ー』kindle版24% 位置No.3649中 833、第一章「戦争の新しい顔」より 

 『ペンタゴンの頭脳』で似たようなトピックがどう紹介されているか、「無痛兵士」、「戦傷の急速回復」、「戦闘能力を低下させずに何日も寝ずに戦える作戦遂行能力」を例にとって引用してみましょう。

国防科学室では、戦士をより強く、賢く、有能にして、通常の人間より持久力を高めるさまざまなプログラムが立ち上げられた。〈戦闘持続性〉プログラムでは、戦場で兵士の動きを鈍らせる三つの要素である、痛み、外傷、出血多量の対策に取り組んだ。
 ゴールドブラットは、痛みのワクチンを開発するためにバイオ企業を雇った。彼が二〇一四年に説明したところによると、「このワクチンは、痛みの原因となる身体の炎症反応に働きかける」という。ワクチンの作用はこうだ。兵士は撃たれると「一〇秒から三〇秒ほど激痛に苦しむだけで、その後三〇日間まったく痛みを感じずにすむ。炎症と腫れによって起こる痛みをワクチンが緩和するため」、止血さえできれば、ずっと戦い続けることができる。

  太田出版刊、アニー・ジェイコブセン著『ペンタゴンの頭脳 世界を動かす軍事科学機関DARPA』kindle版63% 位置No.8538中 5300、第一八章「戦争のための人体改造」より

そこで新しい止血方法を開発するために、もうひとつプログラムを立ち上げた。そこでは、体内に顕微鏡でしか見えないほど微小な磁石を数百万個注射する。これらの磁石が、しばらくするとまるで魔法の杖をひと振りしたように一カ所に集まって、止血できるというわけだ。プログラムの責任者だった科学者のハリー・T・ウェラン博士は、〈DARPAソルジャー・セルフ・ケア〉の下で、いくつかの「迅速な回復」プログラムに従事している。

   『ペンタゴンの頭脳』kindle版63% 位置No.8538中 5306、第一八章「戦争のための人体改造」より

 もうひとつ、熱心に取り組んだ分野が睡眠だ。〈遂行能力継続支援〉プログラムでは、最長七日間、ほとんど、またはまったく眠らない「不眠不休兵士」を作り出す方法に取り組んだ。この答えが見つかれば、睡眠が不可欠な敵をきわめて不利な状況に置くことができる。手がかりを探すために、特定の海洋動物を研究する海洋生物学者が雇用された。クジラやイルカは眠らない。哺乳類なので、眠ると溺れてしまうからだ。人間とは異なり、クジラとイルカはどういうわけか脳の半分だけが眠っている状態にすることができる。DARPAの科学者たちは、人間がいつか身体の一部分だけを眠らせることができるようになるかもしれない、と真剣に思いめぐらせた。また、戦士の覚醒状態を持続させるために、モダフィニルという睡眠時無呼吸やナルコレプシー〔居眠り病〕の強力な治療薬などを使って実験を重ねていた。

  『ペンタゴンの頭脳』kindle版電子書籍版63% 位置No.8538中 5316、第一八章「戦争のための人体改造」より

  ……と、このように、開発者が誰で、どんな名前のプログラムで、どんなメカニズムによって目的を達成するのか(しようとしているのか)にも触れられているんですよね。

 

 アメリカの地元出身のエリートもいればメキシコからの移民もいて、ナチスドイツの高官、ナチスドイツ占領国の移民、ソ連の科学者など敵味方問わずさまざまな人種が。死屍累々を見た下っ端の兵士から、海辺の高級老人ホームでおだやかに過ごす老人まで、さまざまな年齢層が。家族想いの地味な秀才から汚職に手を染める山師や絵にかいたような謎の天才や、公共施設をSF映画に模すぼんくらまで、さまざまな才能が。入れ替わり立ち代わり現れて、実現できそうなものから妄想じみたものまで形にしたりしなかったり実をつけられなかったりなぜか花開いたりとこねくり回していきます。

 たとえばインターネットの仕様のひとつは、えらい人から尋ねられた難点へ「そこをクリアするためこんな具合の仕組みにする予定なんで大丈夫ですよ」みたいな感じにその場で思いついた出まかせだったそうです。

 ジェイコブセン氏の追いかけるDARPAの姿は、現代へと近づくにつれ、機密解除まえで全容のしれない出来事が増えていき、きなくささを強めます。著者は変わらずさまざまな資料や人物に取材し、かがやかしく穏便な提言と広報映像と、それと異なり思わしくない匿名の実験参加者からの後ろ向きな証言を載せますが、それでも空白が残ってしまう。

 著者はペンタゴン内部に踏み入れさえするのに、実像が一層あやふやになるくらい。

 不明な部分を著者は推理で埋めますが、ここは読む人によって評価がわかれそうです。

 陰謀論めいていますが、ピラミッドの頂点にあるすべてを見通す神の眼から出たサーチライトが地球全体を照らし出す図像がアイコンの機関が国立機関なのだから仕方ありません。

 地道な積み重ねが途方もない夢の苗床となり、夢が途絶え枯れて堅実な一歩を踏みしめるための土壌となり、夢のうえに夢が咲いたりしてしまう。

 そんなありえないことが、ありうると信じられてしまうから不思議なところです。

 DARPA周辺のさまざまな発明を語るこの本で描かれる最大の発明は、アメリカという国そのものなのかもしれません。

 

証言にもとづく当時の状況の再現

 「ざっと感想」で言った『ペンタゴンの頭脳』の詳細さとはどんな具合か?

 ビキニ環礁核爆発、カメラの裏の劇的な光景

 たとえば、この感想冒頭で引用した、電子書籍試読範囲のビキニ環礁核実験についてがそうです。著者のジェイコブセン氏は、複数の関係者に取材して、当時のようすを再現します。

 この本を読んでぼくは、ほんのちょっとかじっただけでわかった気になって実際のところなにも知らないわが身を反省しました。

 ビキニ環礁第五福竜丸。まばゆく巨大な核爆発の映像、いたたまれない被爆の経過写真……そういった語や視覚情報から想像のつかない、当の専門家さえ文字どおり見向きもせず極少数が偶然でくわした異様な光景が、すくいだされています。

 いやそれは語弊がありますね、けっして想像できなくはない現象でした。核爆発は多量の放射線を発する現象で、当然エックス線も沢山でる。エックス線はレントゲン撮影に使われるもので……と、小学生だって連想できるでしょう。ただ、核や被爆をあつかったフィクションはこれまで無数につくられてきましたが、こうした表現をぼくは見かけた覚えがありません。(もしかしたら、見たんだけど「話を盛り過ぎだ」とか素朴におそろしくて受け止められず忘れてしまった可能性も考えましたが、それはなさそう)

 W・G・ゼーバルト氏が『空襲と文学』でしるした、現実に即しているのにおよそ現実と思えないシュルレアリスティックな空襲描写を思い出すような、現実のふしぎさ。あれを拝める瞬間が『ペンタゴンの頭脳』には少なからずあって、素朴に驚かされました。

 

 敷設従事兵の声にもとづくイグルー・ホワイト作戦

 あるいはベトナム戦争のなかで本作があつかう一トピック、SFオタクにとって有名なイグルー・ホワイト作戦について。
 ホーチミン・ルートにセンサー(音響・地震センサーはもちろんのこと、体温やエンジンの熱、臭いの変化を探知する熱センサー、電磁・化学センサー)を張り巡らせることで神出鬼没のゲリラを察知し航空機を飛ばしクラスター爆弾やボタン爆弾などを撒いてピンポイント攻撃しようというこの作戦について、著者ジェイコブセン氏はセンサーを設置した下っ端兵士(海軍第67観測飛行隊の隊員)に取材することで、当時の体験を臨場感たっぷりに再現しています。


 もちろん、この作戦はP.N.エドワーズ著『クローズド・ワールド』でおなじみゼロ年代あたりが青春だったSFオタク的にとっては、その本を参考にした伊藤計劃著『フォックスの葬送』*1でおなじみ}ですし、件の書でも失敗作戦だと描かれています。
 ただその一方で、『クローズド~』には実際に作戦に従事した兵士の声というのは載せられていませんでした。

 

 『ペンタゴンの頭脳』で活写された、センサーの敷設精度を高めるために敵対勢力の射程圏内となる低高度までおりて飛ぶヘリに揺られて、自分たちが何を撒いてるのかもあやふやなままセンサーを敷いて、案の定同僚が撃たれて乗っていたヘリは炎上して木にぶらさがるアメリカ兵士のありさま、救助され基地へ戻ったかれをくじくさらなる仕打ち*2は、
「そりゃ評判悪りいわ……」
 と納得の体験なのでした。

 

 『ペンタゴンの頭脳』で描かれるのは、属人的な情報だけじゃありません。
 センサーやその敷設方法について様々な種類があったことも今作で初めて知りました。これらが着想・実施されるに至った積み重ね――政府以外とは仕事しない天才科学者の集いジェイソン・グループによる過去2000年に及ぶ障壁を網羅した夏期研究と、そうして完成した機密調査報告書「空軍支援浸透防止障壁」、センサーを使っての対応についてのセミナー開催、マクナマラへの報告――も、この本で初めてないし深く知れたことです。

{と、良いところばかり言ってしまいましたが、『ペンタゴンの頭脳』を読めばすべてが事足りるかというとそうではなく、イグルー・ホワイト作戦について興味おありのかたは両書とも読むと良いかんじです。

 たとえば『クローズド・ワールド』で触れられていた、センサーの誤作動・適当さ加減が一部の兵士にとって都合がよかったお話は『ペンタゴンの頭脳』ではえがかれていません。

ベトナム戦争では一部の兵士が出世したさボーナス貰いたさゆえに、推定の適当さ加減を逆手にとって戦果を過大申告しました*3。イグルー・ホワイト作戦も記録上では大成功、センサーの導く効率的な爆撃によって北ベトナム全土にあると推定される総数を大幅に超えるトラックが破壊されました。*4

 あるいは南ベトナム側がセンサーを逆手にとって回避したり攻撃をしたりしたことも、『ペンタゴンの頭脳』では記されていないことです。

 調査が進むにつれて誤報だと分かったなど、そういうことかもしれませんが、ともかく載っていません

 

信じられない行ないを信じさせる考え

 国家規模の莫大な予算を投じられた研究の数々。それはつまり、頭のなかの考えを外に示したひとびとがいて、それを信頼したひとびとがいるということです。

 『ペンタゴンの頭脳』では、ひょいっと軽~く莫大な予算が下りることもある一方で、ある種のプレゼンや広報外交戦略の重要さもトピックとなってもいて、ポスト『第三帝国の言語〈LTI〉 ある言語学者のノート』・プレ(ポスト)『ドキュメント戦争広告代理店 情報操作とボスニア紛争』の感があります。

ナチスドイツ政権下を生きたクレムペラー氏が注目したナチス体制下の独特の言い回しーーたとえば、他国他人種への殺人を表すさい助数詞が"人"でなく"個"になり"殺人"自体も"処理"などの商売言葉や"連れていく"などの迂遠な言葉に置き換えられ、自国民の訃報のさい十字架マークがルーン文字に置き換えられたりーーを興味深く読んだぼくにとって。

 あるいは高木氏がボスニア・ヘルツェゴビナ紛争のなかで注目した、PR会社がブレインとして入っての外交戦略によって、"大量虐殺""ホロコースト"の代わりとしてえらばれた"民族浄化"という語がいかに世間に普及したかに衝撃を受けたぼくにとって。

 もしくはアパルトヘイト南アフリカの真実和解委員会についてのルポを原作としたジョン・ブアマン監督による映画『イン・マイ・カントリー』(リンク先は後日このブログで書いたぼくの感想です。)の、"計画する"などさまざまな言葉に言い換えられた"殺人"に興奮したタチのぼくにとって、本著はとても興味深い内容でした}

 

 戦争・国防の研究開発使用などにかんして使われた言い回しについて、『ペンタゴンの頭脳』はどのように紹介しているか、いくつか例を挙げてみましょう。

言い回しを工夫する

  精神を殺す?/脳を洗う

 たとえば朝鮮戦争期、捕虜となったアメリカ軍兵士フランク・S・シュワブル海兵隊大佐が中国メディアで主張した「母国アメリカは細菌兵器を使用していた」批判*5

 これをかわすために米政府はどんな声明をだせばよいか、ARPAのウィリアム・H・ゴデル氏が副委員長をつとめた国防総省心理戦委員会でなされた検討の模様を『ペンタゴンの頭脳』は紹介します。

 はじめC・ウィルソン国防長官から「シュワブルら兵士が敵国によって"精神的殺人mind murder*6""精神破壊menticide*7"されて虚言を吐かされている」という旨を唱えようと声があがったものの、CIAから待ったがかかります。

 曰く、

「Menticideは共産主義者を不当に強大に見せてしまう」

 代わりにアメリカ政府は"洗脳brainwashing*8"を用いて同様の声明を発表。1950年9月にマイアミ・ニュース紙にCIAが差し金して以来3年の歳月をかけて育てた言葉でした。目論見どおりメディア何やらが取り上げ世間的に普及して、アメリカ軍兵士の主張は見向きもされなくなった……のだとか。

(余談ですが、洗脳が小気味よい語彙としてつかわれるビリー・ワイルダー監督の61年公開映画『ワン、ツー、スリー』は、当時の新語を取り入れた現代劇だったんだなあと思いました)

 

  化学兵器生物兵器?/食糧破壊兵器

 あるいはベトナム戦争期、枯葉剤開発・使用について*9

ジュネーブ条約に違反する"化学兵器""生物兵器"に当たるのでは?」

 という危惧をかわすために、枯葉剤開発プログラムは「対農作物戦研究」と命名され、あくまで食糧破壊のための作戦というかたちをとった……のだとか。

 

  笑いのネタになる核の暴力性

 ある価値観が浸透した世界で怖いなと思ったのが、核爆発への反応です。

 核戦争について考えることは、それをあつかう科学者でさえ不眠症になるくらいストレスのかかることでしたが、一方で、笑いのネタでもありました。

 リヴァモアの核兵器開発は、なかなか軌道に乗らなかった。強い野心と壮大な計画を持ち合わせていたにもかかわらず、一九五三年にネヴァダ核実験場で初めて臨んだ二回の核実験は不発に終わった。そのひとつでは、爆発の核出力がTNT換算〔トリニトロトルエンという爆薬の質量に換算する方法〕でわずか二〇〇トン相当と予定よりずっと低かったため、爆弾を支えていた鉄塔が曲がってひしゃげはしたが、爆発後も砂漠に立っていた。ねじ曲がった鉄塔の写真は、リヴァモアの無能ぶりを揶揄するさまざまなジョークを添えられて、全米の新聞に掲載された。

ロスアラモス国立研究所の科学者たちは、高笑いして溜飲を下げていたよ」

  『ペンタゴンの頭脳』kindle版63% 位置No.8538中 349、第一章「邪悪なるもの」より

  怪獣映画でそんな描写が拝めたなら喝采をあげる破壊が、現実のある時期において科学者だけでなく一般世間からしてもショボさを表す失笑の対象だったというのは、ちょっと頭がくらくらする事実です。

 いやまあわが身をふりかえれば核の時代でなくたってべつにこれは不思議なことじゃないんですけど(現にぼくだってナショジオとかで放送される兵器のスペック紹介・発展史などを楽しむ一方で、ルポドキュメンタリに心を痛めたりする)、こういう視差はよいなあと思います。

 

研究を工夫する

  高高度偵察写真がとらえた慎ましやかな核配備?/核配備を急速に進めるソ連

 たとえばアイゼンハワーが大統領をしていた、核配備を充実させて相手を圧倒する大量報復戦略時代。これをおしすすめた要因の一つとして『ペンタゴンの頭脳』では、シンクタンクにより推定されたソ連の軍備状況があったとしています*10

 

 核戦争が起きた場合、アメリカ市民を守るすべはない……そう結論づけた「ゲイサー報告」と呼ばれる極秘報告書は、議会にもワシントン・ポスト紙といった)メディアにも取り上げられ世間を騒がし、アメリカの核配備をすすめさせました。

 ソ連が数年のうちに数千発のICBMが製造されると推定したのは、リヴァモア研究所主任研究員ハーバート・ヨークと大統領科学顧問かつマサチューセッツ工科大学工学教授ジェローム・ウィーズナー。当のヨーク氏でさえ後年「的はずれだった」とみとめるほど実態とかけはなれた強大なソ連像でしたが、じつは大統領やCIAはそのギャップについて知っていたのだと云います。

 このときすでに偵察機Uー2が開発・実用に移されていて、高高度から秘密裏にとらえたソ連の航空写真数千枚が、核配備が数発ほどの規模でしかないこと・ソ連が総力戦にそなえてなどいないことをとらえていました。

 またアイゼンハワー自体は、それに加えて、核対策の難しさも不安に思っていたそうです。

 少数の科学者を守るための厚い観測所を用意し、特殊部隊による回収・避難用意まで整えるーーそんな万全な体制で臨んだビキニ環礁実験でさえ、混乱し、人体へ影響が出てしまった。それよりも強大な核が、アメリカ本土に落ちたら?

 大統領はそのことを気にかけていた。

 にもかかわらず、この報告書をきっかけにARPAは興り、ご存じのとおり冷戦は長引き溝は深まってしまった。

 

  戦略村なんていらない、元の故郷へ返せ。現地調査の声?/戦略村大歓迎

 あるいはベトナム戦争

 田園地帯の村人に、開けた地で深い溝を掘らせそこへ高い防壁の囲いをこしらえさせ密林を切り開いて竹槍のフェンスでおおって新たな村をつくらせて引っ越しさせる。それによってゲリラと友好的な市民との区別をつきやすくするーー初期にとられた戦略村あるいは農村平定プログラム *11について。

 ぼくは「あるいは農村平定」てところですでにきゅんきゅんきましたが(笑)、研究の推移がまたすごいんですね。

 この戦略村プログラムの成否は、もともとベトナムに通じた社会学者が現地の人へ直接聞き取り調査をしてレポートを提出していました。

 ただでさえ故郷から離れるという心理的なハードルの高いできごとです。そのうえ構想の段階では対価の発生する仕事であったはずの村づくりが、実際には親米南ベトナムのジエム大統領などの意向によって無賃金食事無支給どころか建設資材代を請求される強制労働となってしまって、身体的金銭的負担も大きかった。

 プログラムは構想とは裏腹に、反米反ジエム感情を煽ってしまったそうなんですね。

 さらにゲリラとの区別もままなりませんでした。

 ゲリラは、戦略村の防塁の真下を通って村の中心部までとどく地下トンネルを掘れたからです。

 

 プログラムの展望は暗かった。

 その理想と現実のギャップは、社会学者から在南ベトナム米軍事援助司令部司令官へ伝えられましたが無視され、ならばと社会学者は本国ペンタゴンへ赴き国家安全保障問題担当次席補佐官にも報告しましたが、補佐官は文字どおりそっぽを向いてしまいました。それでもへこたれず、社会学者は別人を頼りました……。

 社会学者のがんばりはアメリカ政府にきちんと伝わって、戦略村プログラムの成否判定は、かわりにべつの研究者が追試をおこなうこととなりました。

 

 『ペンタゴンの頭脳』では、そのほかにもさまざまな出来事が紹介されています。

 

ただし定量的な評価ではない(そもそも本のなかでも方便という扱いのものが多い)

 ただ、『第三帝国の言語』『戦争広告代理店』でもモヤモヤしたのとおなじく、『ペンタゴンの頭脳』のこれらも定量的なお話じゃあないんですよね。

 そのためぼくのなかから「話を聞くぶんにはもっともらしいけど、実際は影響ない印象論に過ぎないんじゃないの?」という疑念は晴れなかった。

 すくなくとも「ある語・説明を聞かされた人と、別の語句を聞かされた人とで物事のとらえかたにどう違いがでるか対照実験をしました」というようなお話はありませんし。

 近年の統計分析みたいに、定量的であったり納得のいくエビデンスによる検証がなされたわけでもありません。

(最近の研究はめざましく、ナチスドイツについてなど都市伝説的なヴェールにつつまれどこまで信用してよいかわからない過去のトピックも、より納得度のたかい判断材料を設定することで、あらためて検証を行なえているようです。

 たとえばヒトラーの演説力。これについて近年の統計分析学者は、ドイツ各地方におけるナチス得票数とその変化を、各地方でヒトラーが演説したか否かと照らし合わせることで、ヒトラーの演説力は俗に言われるほどどころかほとんど影響力がないことを証明したりしてるんだとか)

 

 『ペンタゴンの頭脳』が上の本ほどモヤモヤしないのは、今著はべつに「ある言葉のつかいかたが思考や行動に大きな影響を与えた」というような話をしている本ではなくて、ある構想を進めるためにどんな方便がつかわれたのか、その集積を紹介する向きの本だからでしょう。

 

 奇人変人大集合

 『ペンタゴンの頭脳』は、さまざまな人々がさまざまな人々が入れ替わり立ち代わり現れて、そこを追うだけでも面白いです。一目に気になるのはその多国籍ぶり。

 WW2当時敵国だったナチスドイツの高官だったもののアメリカに移ってロケット開発宇宙開発の立役者となったヴェルナー・フォン・ブラウンなんてビッグネームも登場しますが、ぼくは寡聞にも知らなかった、ナチスドイツ占領国のエレベーター技師、冷戦まっただなかでにらみ合い中のソ連科学者、メキシコからの移民など、さまざまな出自の才人たちが登場します。

 国籍だけでなく性格だって、こんなにバリエーションがあるのだなと驚かされました。

 有名学校を進んできたエリートの秀才から、都市から列車で云時間の田舎で苦学生をした苦労人、象牙の塔の仙人じみたひと、独学で最先端を進んだ素性知れぬ異才まで、取材・紹介された才人は多様です。

 

 絵に描いたような謎の天才

 たとえばニコラス・クリストフィロス氏。

 ほかのひとの感想をめぐるとけっこう話題にのぼる、宇宙からアメリカ全土を覆うバリアを張って核ミサイルを全弾落としてしまうアーガス作戦*12この考案者であるギリシャ移民の科学者氏は、「駅の小さな売店の棚から出てくるな」と言いたくなるようなコッテコテの謎の天才なのでした*13

 

 ブルックヘヴン国立研究所の学者二人が最新の粒子加速器をつくるための論文をだしたところ、連絡が届く。

「それはわたしが考えた装置で、理論もふくめリヴァモア研究所に手紙を送付済みなんです」

 原子力研究の第一線である国立リヴァモア研究所の書庫をさがしてみると、たしかに彼らの編んだ加速器と理論が記されてあった――それも2年前の消印の手紙のなかに。

 

 そんな物語めいたなれそめでリヴァモア入りを果たしたクリストフィロス氏は、そこに至るまでの経歴も物語じみていました。

 ギリシャでエレベーター技師をしていたところ、第二次大戦時ナチスに母国が占領されてヒマになったためドイツ語を覚え、米独の資料をあつめて核エネルギー関係の科学知識を独学で学んだのだそう。

 それだけで、加速器科学で重要な強収束の原理をひとりで発見できる第一人者になってしまったのですウィキペディア情報)

 機密情報取扱者の人物調査をする政府当局者たちが「その元エレベーター技師とやらはロシア人たちに大量の入れ知恵をされたスパイにちがいない」と横槍を入れたほどでした。

 

 描いた絵を公共施設にするぼんくら

 クリストフィロス氏と対照的な人物として、2002年陸軍組織情報保全コマンド(INSCOM)の司令官キース・アレクサンダー中将を挙げましょう。

アレクサンダーはフォートベルヴォアで、情報支配センターという機関から数々の作戦を取りしきっていた。センターの内装は、従来の軍施設とはかけ離れていた。なにしろ、アカデミー賞を受賞したハリウッドの舞台装置デザイナー、ブラン・フェレンが設計し、〈スター・トレック〉に登場する宇宙船、エンタープライズ号のブリッジを模していたからだ。室内には卵型の椅子が配置され、コンピュータはクロムメッキを施したすべらかなパネルのなかに納まり、扉さえもシューッという未来的な音とともにスライドして開いた。(略)中将は熱烈なSF愛好家だった。INSCOMの職員たちは、アレクサンダーが自分を実世界のカーク船長だと信じているのではないか、とさえ思っていた。

  『ペンタゴンの頭脳』kindle版 70% 位置No.8538中 5902、第二〇章「全情報認知」より

  ぼんくらの夢か~~???

 絵にかいたような天才がいる一方で、絵を倣って現実にしてしまうぼんくらがいる。この幅広さはすごいと思いました。

 

陰謀論めいた現代へ

  さて、上のぼんくら中将が出てきたあたりから、今著の雲行きはあやしくなります。

 ここからは評価が分かれるところなのではないでしょうか?

 あつかわれる出来事ものごとが現代に近づくにつれ、機密解除もなされていなければリークも転がっていない領域が多くなり、開発・研究についての記述に、はれがましい発表や広報映像が増えていきます。

 もっとも、この感想の「ざっと感想」項で『フューチャー・ウォー』との記述比較で引用したとおり、その内容は依然として詳細です。

 著者のジェイコブセン氏は要人にインタビューをし、存在を公にされた開発・研究について取材を何度も何度も申し込み、数多くの拒否にもへこたれず、実験参加者からの情報提供を得ることになど成功します。(ペンタゴン内部にも踏み入りさえします)

 報道されるロボット義手と、カメラの裏の実際

「サルの脳から記録した神経活動でロボット・ハンドの指を操作すれば、いくつかの音符をピアノで弾かせることが可能だと初めて実証した」

 MITテクノロジー・レヴュー誌の好意的な報道 *14

「彼らは"兵士たちに何か恩返しをしたい"と言ったんだ。"彼らがレーズンかぶどうをテーブルからつまみ上げて、見なくてもその違いをわかるようになってほしい”と」

 TV番組『60ミニッツ』でDARPA当局者らにロボット義手の開発を依頼されたときのことを語るDEKA社創業者の声*15。ジェイコブセン氏はそうした報道を取り上げる一方で、

 ところが、カメラに映っていないところでは、義手はたいてい研究所に戻されて、棚に置きっぱなしになっている。「被験者のほとんどは、いつも使ってるキャプテン・フックみたいな義手をまたつけるんだ」と、ひとりの参加者は言った。その参加者はイラクで片腕を失い、DEKA社の義手のモデルとなって国営テレビに出演したが、名前を明かすことを望んでいない。

   『ペンタゴンの頭脳』kindle版 86% 位置No.8538中 7306、第二五章「脳の戦争」より

  と、実験に参加した当人が証言した、カメラの裏の光景を書き出します。

 空白を埋める著者の推理

 それでもなお空白部分がのこるので、そこをジェイコブセン氏は思索で埋めていきます。そこが評価が分かれそうだと思う部分なのでした。

 ジェイコブセン氏の推理する、DARPAが現在行なっている・行おうとしていることは、けして定量的なことではありません。著者が警鐘をいくつか鳴らすうちの一つ軍需産業との結びつきなども、関係者の肩書などを材として全く論拠がないわけではありませんが、数字が出せそうな部分でも具体的な数字は出てこず、陰謀論めいています。

(たとえば感想の序盤で引用した<戦闘持続性>プログラムについて、2003年に『WIRED』誌でNoah Shachtman氏が記事を書いていて、日『WIRED』で邦訳もなされているのですが、そちらを読むと、

リナット・ニューロサイエンス社が研究開発のためにDARPAから受け取った額はおよそ70万ドルだが、これに比べて民間から提供された資金は5500万ドルとなっている。

   WIRED刊、Noah Shachtman著『「負傷しても戦い続けられる」軍事医療技術の最先端――ケガする前の鎮痛剤など』2003年10月15日

  というようなお話も載せられていて、DARPAそんな強くないじゃんみたいな直截な印象はどうしても抱いてしまいます。あるいは、あくまで強いと云う論旨なら、他から融資受けられるような耳に聞こえのよい宣伝をしていることへ一言あってもいいのでは? とか)

「冷戦を深めたゲイサー報告の推定のように、的はずれなでたらめなんじゃないか?」

 読んでいる自分から、そうしたもやもやが晴れることはありません。

 ありえない。

 しかし、でたらめが生んだ情勢不安から生まれたのが、そもそもARPAではなかったか?

 ありうるかも。

 そう思わせるだけの物量を、ジェイコブセン氏は描いていきます。

 ソ連からの不意打ちを防ぐために、突拍子ない可能性まで含めて検討し備える。現時点では誰もが重要性に気づかず当然需要もないことに応えることを目的として、湯水のように国費の注がれてきた(それゆえ卵と鶏が入れ子になって、イグルー・ホワイト作戦のようなセンサーを敷設し使用するはずの軍が誰も望んでいなければゲリラの監視にかんする実用性もとぼしかった失敗作戦が、止まることなく動かされもする)これまでのARPAと。

 第二第三の911を防ぐべく、ベトナム戦争の二の足を踏まぬべく、インターネットや個人情報を監視・収集を広げて強めてさまざまな研究をするDARPAのこれからとを重ねていきます。

 たとえば犬を訓練することで化学物質でマーキングすることでゲリラと市民を文字通り嗅ぎ分けようとした(が高温多湿の現地環境に犬が耐えれず失敗した。化学物質は高温多湿や航空機からの散布などにたえうる代物が作成されたのに、それでもなお失敗してしまったのです。)ベトナム戦争期のぎょっとする計画 *16

 こんなぎょっとする計画だって、後年のイラン・イラク戦争で出てきた、ミツバチを訓練することで即席爆弾をかぎ分けようとした(が軍から拒否され失敗した)もっとぎょっとする計画*17を紹介することで、

「突拍子もない単発の思いつきみたいな物事が、じつは地道な試行錯誤をかさね通された、確固たる歴史的文脈の流れのなかにあったんだ」

 ということをすくいあげます。

 

 ありえないと思えることが、ありうると感じられてしまうのが不思議です。

  DARPA周辺のさまざまな発明を語るこの本で描かれる最大の発明は、もしかするとアメリカという国そのものなのかも。

 

 実際的な脅威がなくたって確証だって取れなくたって、それを脅威に思う自分はーーでたらめだろうと確信をもってその予測を出した自分たちは絶対にあるということなのやも。

「そうだな。私は一七歳で、入隊するチャンスがあったからだよ。ヨーロッパでの戦争は終わったけど、これからもっと多くの戦争が起きることがわかってたからね。世界は戦争であふれているんだ」。彼は確信に満ちた声でそう言った。

   『ペンタゴンの頭脳』kindle版 85% 位置No.8538中 7238、第二五章「脳の戦争」より

  ARPAが生まれる5年まえの一市民一青年の認識を、ジェイコブセン氏は直に聞きます。

 当時のCIA副長官の息子で国務長官の甥アレン・メイシー・ダレス氏は、名門大学から海兵隊へ入って朝鮮戦争へ赴いた理由をそう説明しました。

 刻まれた皺の印象とは裏腹に、何十年前のできごとを振り返っての答えではありません。かれは、ほかの模範的な兵士とおなじく夜の前線出動の当番をこなした結果遭ってしまった負傷が原因で前向性健忘となったため、記憶と自意識はいつだって脳が傷を負うまえの青年のままだからです。

 かれの素朴な確信が、ぼくの心にのこります。ダレス氏が負傷したのは1952年11月、リヴァモア研究所による核爆弾の失敗ーーしかし鉄塔をひしゃげさせる程度にはつよかった爆発が新聞で笑われた前年のことでした。

 

 地道に歩んできた市民の素朴な声が途方もない夢の苗床となり、夢が途絶え枯れて堅実な一歩を踏みしめるための土壌となり、夢のうえに夢が咲いたりしてしまう。

 『ペンタゴンの頭脳』がえがきだしたのは、そんな現実の不思議についてなのでした。

 

(余談)翻訳について

 特殊な分野の耳慣れない用語ばかりが出ているはずの文章ですが、翻訳はたいへん読みやすいです。ただ、可能な限り日本語で訳し尽くされていて、カタカナでルビを振る演出はほぼなされていない印象。なので、原語がなにか雰囲気を知るのが好きなひとは原本を当たる必要があります。
 たとえば感想冒頭で引用したテラー・ライトについて、

「"恐怖の光"? そんなセンセーショナルな語のついた現象をいままで知らなかったなんて……」

 とぼくは無知を恥じたんですが、原語を見ると"Teller light"つまり(水素爆弾の父の一人エドワード・)テラーの光なのでした。

 第一八章「戦争のための人体改造」で登場する"<戦闘持続性>プログラム"『ペンタゴンの頭脳』kindle版63% 位置No.8538中5302)は原語だと"One program, called Persistence in Combat"でこれはまあそりゃそうさなあという感じですが(2003年の『WIRED』の記事でも同様の訳語が与えられています)、"「不眠不休戦士」"『ペンタゴンの頭脳』kindle版63% No.8538中5316)というすてきな訳語が与えられた部分は"24/7 soldier”で、訳語とはまた別にすてきな印象。("24×7時間兵士"という感じなのかな、引用したとおり7日間眠らなくて大丈夫な兵士ということみたいなので。"月月火水木金金兵士"とか良い気がしましたが、べつの文脈のせてはいけないよな……)

 

*1:伊藤氏による読了報告・感想が旧サイトのBBSに残っている。04年7月29日の投稿。引用すると、"映画に対する見方が紋きりなのは気になりましたが、それ以外の章はぜんぶ非常に面白かったです。パプティノコン的監視、っつーフーコー流ではあるんですが(フーコーって呪いだよなあ、現代の言説にとって)、それを補強してゆく歴史的/軍事的な細部、「ディテール」の記述がものすごい面白い。"といった具合。

*2:ペンタゴンの頭脳』kindle版40% 位置No.8538中3329~、第一二章「電子障壁」

*3:日本評論社刊、P.N.エドワーズ著『クローズド・ワールド コンピュータとアメリカの軍事戦略』 p.170~171、4.3「ベトナム」より

*4:『クローズド・ワールド』p.7、1.1「シーン1:イグルー・ホワイト作戦」より

*5:『ペンタゴンの頭脳』kindle版21% 位置No.8538中 1747~、第六章「心理作戦」より

*6:日本語版では原語の紹介がなされていないので、英語版を参照しました。Little, Brown and Company刊、Annie Jacobsen著『The Pentagon's Brain: An Uncensored History of DARPA, America's Top-Secret Military Research Agency (English Edition)』kindle版18% 536ページ中104ページ目 位置No.7946中 1378

*7:『The Pentagon's Brain』kindle版18% 536ページ中104ページ目 位置No.7946中 1379

*8:『The Pentagon's Brain』kindle版18% 536ページ中104ページ目 位置No.7946中 1384

*9:『ペンタゴンの頭脳』kindle版25% 位置No.8538中 2117~、第七章「テクニックとガジェット」より

*10:『ペンタゴンの頭脳』kindle版9% 位置No.8538中 747~、第三章「未来の巨大兵器システム」より

*11:『ペンタゴンの頭脳』kindle版28% 位置No.8538中 2308

*12:と纏めちゃうとヤバい作戦ですが、地表から一定高度に撃ちあげた核を爆発させることで、アメリカ全土を覆うようなヴァン・アレン帯的放射線帯域を人工的につくりだし、その帯域に核ミサイルの起爆装置が入るとその影響をこうむる……という、ようするに原初のEMP兵器なのでした。やっぱヤバい作戦じゃないか!?

*13:『ペンタゴンの頭脳』kindle版13% 位置No.8538中 1095、第四章「緊急時対策ガイダンス」より

*14:『ペンタゴンの頭脳』kindle版 86% 位置No.8538中 7260、第二五章「脳の戦争」

*15:『ペンタゴンの頭脳』kindle版 86% 位置No.8538中 7302、第二五章「脳の戦争」

*16:『ペンタゴンの頭脳』kindle版 25% 位置No.8538中 2066、第七章「テクニックとガジェット」より

*17:『ペンタゴンの頭脳』kindle版 75% 位置No.8538中 6390、第二二章「戦闘地域監視」より