すやすや眠るみたくすらすら書けたら

だらだらなのが悲しい現実。(更新目標;毎月曜)

日記;2023/12/01~12/31

 以下、日記です(12万字くらい)

 京SFフェスにじフェス紅白と、祭り祭り祭りのひと月でした。

「紅白の日記はイラストなどがなけりゃ分かりにくいだろう」とクリップスタジオを立ち上げたものの3か月進捗ゼロなのであきらめてアップします。また事後UPゆえの後知恵もさしこみます。

 それ除き興味ぶかかったのは1219に書いたこと(よいASMR動画は音がいい? 絵と音の連動がいい? 音さえ無くて良い;「貫通耳かき」&「耳内水溜まり」ASMR動画からみる人体の不思議)パリパリ音を聞きながら食べるとポテチがおいしくなる('08)……じゃあ音が出ない食べ物については?('16)という「音響調味」の更なる成果/活用先を知れたこと。円城塔「テオ・ヤンセン展」エッセイ('09)も意外と掘り出し物な気がする。

 

 

この時期にやったゲーム

 PS5『ARMORED CORE Ⅵ』プレイ中。(50時間くらい)

 35時間で1ルートクリアしました。進捗などはこれまでのブログでいくつか残しました。全ルート回りおわったら、プレイ日記をまとめることでしょう。

 

 

1202(土)更新ぶん

 ■ネット徘徊■読みもの■

  じゃあねえチャンはグレッグのことどう思ってるのよ~テッド・チャンの「ルミナス」愛~

zzz-zzzz.hatenablog.com

 もう3年ちかくまえの話になりますが、弊blogでグレッグ・イーガン氏のコラムと作品にかんする記事を書きました。

 アップロード後もちょこちょこ改めたりしておりまして。大森望代SF観光局』で紹介されたテッド・チャン氏によるイーガン作品語りはその代表例なんですが……ここについては、複雑な心境でした。付け足したことで逆に記事の/zzz_zzzzの至らなさが目立っちゃうんスよ。

 大森氏の上述コラム集では、ポッドキャストLocus Roundtable」2011年4月配信でのカレン・バーナム氏によるチャン氏のインタビューも紹介されていて。

 チャン氏はそこでも『万物理論』のすごさについて具体的に語ったほか、AIを育てるトピックから自作との比較、「ぼくになることを」や「クリスタルの夜」のAI話、『ディアスポラ』のヤチマの話題などなどを出したらしいんですよ。

 でもヒアリングなんてぼくにゃあ出来ないので、「らしいよ」というぼんやりした噂話しかできませんでした。

 記事でほかに引いた/ぼくが確認できたチャン氏の言及は、イーガン作品と自作との宗教あつかいかたの相違点にふれたコメントと「イーガン作品のベストはこれ」という話で、「チャン氏にとって、あまたの作家によるあまねく作品のなかでイーガン作品はどういう位置づけなの?」みたいな疑問が残っちゃう。

 ニホンスゴイ番組に出てくる海外のかたが、日本を本当にすごいと思ってるかすごい怪しいじゃないですか。それとおなじように、「もしかしたらぼくが浚えたコメント群も、日本のイーガン信者がイーガンのこと聞いたりチェリーピックしたりするから目立ってるだけで、チャン的にはべつにどうでもいい作家だったりするかもしれない……」みたいなネガティブな疑念が否めない。

 

 ここまで1年ほどぼんやりモヤモヤをかかえてきたんですが、

「ジェニファー(・イーガンの『ならず者がやってくる』)をチャンが評価してる記事は読んだんだった。そこまできたら(?)じゃあね(??)、グレッグのことをどう思ってるのかさすがにもうちょっと知りたいな」

 と重い腰をあげまして、テッド・チャン氏によるイーガン作品言及が文字情報としてアップされているものといくつか出会い、ようやくスッキリできました。

 チャン氏がイーガン/イーガン作品を語ったものはそのほかにもいくつか文字媒体でのこされていて、絶賛と言っていい内容でした。

 あなたをこのジャンル最高の短編作家と考える読者や批評家がいます。ほかの短編作家であなたが賞賛しているひとはいますか? その形式(form)ないし内容(content)あるいはそのどちらもに、いま現在きわだって革新的だと感じるものはありますか?

  You're considered by some readers and critics to be one of the genre's best short-form writers. Are there other short story writers whose work you admire? Are there any you feel are particularly innovative right now, in either form or content, or both?

 わたしはグレッグ・イーガンの作品を大いに称賛しています。どの作品でもかれは疑問についてとても深く調査し、その含意をすべて探究します。とりわけ、意識を唯物論者から見た含意をドラマ化することに優れている。かれの作品はそれを題材としたものが明らかに多くあります。

 ほかの理論的な疑問をあつかう場合でも、実人生と地続きなかたちで料理してしまえる非常に独創的な作家です。一例として、「ルミナス」という作品の、算術上の矛盾の結果として登場人物たちが命からがら逃げだす描写がすばらしかったです。

  I admire Greg Egan's work a great deal. In each story he examines a question very deeply, exploring all its implications. He's especially good at dramatizing the implications of the materialist view of consciousness. Obviously a lot of his work deals with that. But even with other theoretical questions, he can be very ingenious in coming up with real-life consequences. For example, in his story "Luminous," I thought it was great how he had characters fleeing for their lives as a result of an inconsistency in arithmetic.

   『infinity plus』掲載(初出は2002年9月『Interzone』182号)、Jeremy Smith取材「The Absence of God an interview with Ted Chiang」{訳は引用者による(英検3級)}

 2002年のインタビューで敬愛する短編作家を問われたさい、チャン氏はまずイーガン氏の名前を挙げます。{そのほかカレン・ジョイ・ファウラー(映画化された『ジェイン・オースティンの読書会』が有名な作家さんですが、邦訳された短編のうち6作中5作は『SFマガジン』掲載作、ジョージ・ソーンダーズ氏(日本では『短くて恐ろしいフィルの時代』が有名。『短編集『十二月の十日』は伴名練さんが書評をかいたりも。チャン氏が言及しているのは、ほかのインタビューで挙げた『CivilWarLand in Bad Decline』か、それとも時期・掲載誌的に『パストラリア』あたりの作品群か)

 上でも出た「ルミナス」はチャン氏のおきにいりらしく、14年後のべつのインタビューでも話題にされます。

 マッキャロン:

 物語においてあなたの関心事である疑問を体現したり内在したりするだろう登場人物をどうやって想像していますか?

 一見解決不可能な人類の課題とそれへ取り組むのにまったき相応しい特定の人とを強固に結び付けるという尋常でない偉業をあなたは達成していますよね。

  McCarron: How do you go about imagining a character who might embody or inhabit the questions you’re concerned with in your stories? You accomplish the uncanny feat of pairing a massive, seemingly unsolvable human question with a specific human perfectly situated to grapple with it.

 チャン:

 説明できるような具体的なやり方を持っているわけではありませんが、でもあなたの質問からわたしはジョン・クルート(訳注;『SF大百科事典』執筆者?)から聞いたアイデアが浮かびました:特定のシナリオは簡単に物語化できるという概念で、つまり、物語として語るのに適しているものとそうじゃないものがあると。

 かつて対談したさい、クルートが気候変動は物語化のとても難しいトピックだと発言していたのを覚えています。わたしも頷きかけましたが、しかし多くのアイデアは、だれかがじっさい作品として形にしない限りとても物語化可能だなんて見えないんじゃないでしょうか。

 「ルミナス」というグレッグ・イーガンの小説は、数学の一貫性がいちかばちかの問題となっていて、主人公が暗殺者から逃げ回る理由もそこにあるんですよ。ということで作家としてのじぶんが興味を惹かれるものの一つは、いかにして哲学的疑問を物語化するか探ることだと思います。

  Chiang: I don’t have a specific procedure that I can describe, but your question does make me think of an idea that I heard from the critic John Clute: the notion that certain scenarios are easily storyable, meaning suited to being told as a story, while others are not. I remember once having a conversation with him during which he noted that climate change, as a topic, was not very storyable. I was inclined to agree, but felt that a lot of ideas don’t seem storyable until someone actually does it. There’s a Greg Egan story called “Luminous” in which the consistency of mathematics has become such a high-stakes matter that the protagonist is on the run from assassins because of it. So I suppose one of the things that interests me as a writer is finding ways to make philosophical questions storyable.

   ELECTRIC LIT掲載(2016年7月18日)、Meghan McCarron取材「The Legendary Ted Chiang on Seeing His Stories Adapted and the Ever-Expanding Popularity of SF」より{訳は引用者による(英検3級)}

 イーガン氏をめっちゃ高く評価していることがわかりました。よかったよかった。

 ただ、それはそれとしてイーガン作品の一長一短を指摘しないわけではありません。

テッド・チャン

 うん、うん、あなたの言ってることがじゅうぶん理解できたと思います。ある種のテンション上昇(rising tension)の伝統的プロット構造のことですね、非常に一般的なプロット類型です。

 あなたの言う"エスカレーション"にはさまざまなやりかたがあります。

 たとえば感情的な駆け引きによる上昇;スクリューボール・コメディでは、主人公の状況は毎度わるいほうわるいほうへと転がるので、ケーリー・グラントがさばかなければならない問題が倍増していきます。

 テンション上昇を埋め込む方法はみな異なります。

 さきほどわたしが話したサイエンス・フィクションに固有の様式(モード)は、感情面よりももっと認知的なレベルにおけるエスカレーションをフィーチャーします。

 読み進めるのが大変になっていくストーリーがいくつかありますけど、それはアイデアの複雑さのエスカレーションに作者が従事しているからです。

 グレッグ・イーガンの小説がだんだん理解しがたくなっていくのは、アイデアを大多数の読者がついていけない可能性のある抽象的なレベルまで引き上げることをしばしば追求する点にあります。授業を受けたり講義を聞いたりするのに似ていますね。初歩のアイデアを組み立てているうちはついていけるのだけれど、でも負荷がだんだん大きくなっていき、最終的には落第するかごく一部の生徒しか講師の言っていることが最後までわからないところまで引き上げられてしまう。

  TC: OK, OK, I think I better understand what you’re talking about. There’s this sort of traditional plot structure of rising tension, and obviously that is a very common type of plot. There are a lot of ways in which you can think about escalation. There’s raising the emotional stakes; in screwball comedy, the situation for the protagonist usually gets worse and worse, so there’s a doubling of the complications that Cary Grant has to juggle. Those are all different ways to implement rising tension. The particular mode of science fiction I was talking about before features escalation on more of a cognitive level than an emotional one. There are some stories that become harder to read as you progress in them, because the writer is engaged in the escalation of the complexity of the ideas. Greg Egan’s stories become harder to understand because he often winds up pursuing ideas to a level of abstraction that most readers probably can’t follow. It’s like taking a class or listening to a lecture and the lecture builds on its initial ideas, so you’re following along but it becomes more taxing, and eventually it reaches a point where you sort of fall by the wayside and only a few people can understand what the lecturer is saying all the way up till the end. 

   『THE BELIEVER』掲載(2019年12月2日掲載)、 James Yeh取材「An Interview with Ted Chiang」より{訳は引用者による(英検3級)}

 チャン氏がそうお話ししたのは、これまた別のインタビューで自身の「理解」「バビロンの塔」両作ともに"エスカレーション"がみられること・それについてどう考えるか問われたさい、質問意図を擦り合わせたうえでのこと。

{その前段では、「エスカレーションがストーリーテリングにおいて不可欠だとは思いませんが。エクストラポレーション(外挿);ひとつのアイデアを可能なかぎり進めていって、この先なにがあるのかじぶんの想像力の限界まで空想しつづけることは、SF特有の様式(モード)で重要なパート」だと言い。

 その種の「プラトニックなイデア」としてシオドア・スタージョン氏の小宇宙の神」、イーガンの「dust」とそれを組み込み広げた列都市』をピックアップしています}

 チャン氏は自作や自身の執筆欲についてこうも言っていて……

 マッキャロン:

 あなたの執筆過程はとても独特で、(外野からすれば)高度に体系立っているように見えます。あなたは一年の一部をフリーランスのテクニカル・ライティング、べつの一部を短編小説の執筆に費やします。多大なリサーチをする傾向にあること、そして物語の結末から毎度書き始めることは存じてます。構成や改稿はどのようなプロセスを経るんでしょう? テクニカル・ライティングをするときと書きかたに目立った違いはありますか?

  McCarron: Your writing process is very distinct, and (from the outside anyway) seems highly systematic. You spend part of the year on freelance technical writing, and part of the year on a short story. I know you tend to do a lot of research, and always write the story’s ending first. What’s your process of composing and revision like? Do you write very differently when you do technical writing?

 テッド・チャン

 たとえばだれもがライフログ録りに従事している世界のような:頭のなかで長いことあれやこれやと考えるようなアイデアをいだくのが通常のやりかたです。そういった世界のなかに嵌るさまざまな可能性の物語について考えます;出発点はいくつもいつも思いつけるんですけど、でもわたしはそれらがどこへ行くのかはわかりません。結末を思いついたときだけ、実際に執筆をはじめます;目的地を念頭に置く必要があるんですよ。

 物語すべてを詳細に練り上げているわけではありませんが、なにが起こる必要があるのか大まかな感覚はつかんでいます。かつて行き止まりに思えたほかの出発点の要素を拝借できたりすることもありますが、いつもそうとは限りません。そしてもちろん、ものごとは実際にストーリーを書いていくなかで進化します。

  Chiang: The way it usually works is that I have an idea that I’ve been turning over in my head for a long time: for example, the idea of a world where everyone is engaged in lifelogging. I think about different possible stories set in such a world; I can usually come up with a bunch of starting points, but I don’t know where those would go. It’s only when I come up with an ending that I can actually begin writing; I need to have my destination in mind. I don’t have the whole story worked out in detail, but I have a general sense of what needs to happen. Sometimes I’m able to borrow elements from the other starting points that previously seemed like dead ends to me, although not always. And of course, things evolve over the course of actually writing out the story.

 テクニカル・ライティングはわたしにとって小説執筆とは根本的にことなります;唯一共通するのは、わたしの脳の文章作成にかかわる部分がつかわれていることくらいでしょう。テクニカル・ライティングが自分の創作に直接的な影響をあたえたかどうかは定かじゃありませんけど、テクニカル・ライティングに自分がひきつけられた衝動もまた、じぶんの小説の根底にあるものだと思います。アイデアを明瞭に説明したいという欲望があるのです。

 よい説明は美しいものだとわたしは考えているんです。;それを読むことはただ役に立つだけでなく、快いものにも成り得るのだと。

  Technical writing is radically different from fiction writing for me; the only thing they have in common is that they draw on the sentence-creation part of my brain. I’m not sure that technical writing has had a direct impact on my fiction, but I think the impulse that originally drew me to technical writing is also one that underlies my fiction, and that is a desire to explain an idea clearly. I think there’s something beautiful about a good explanation; reading one isn’t just useful, it can be pleasurable, too.

   Meghan McCarron取材「The Legendary Ted Chiang on Seeing His Stories Adapted and the Ever-Expanding Popularity of SF」より{訳は引用者による(英検3級)}

 ……読者にとって快い美しい説明と、ついてけないエスカレーションという、対称性が見いだせてしまう。チャン氏はわれわれ余人が思っている以上に自身とイーガン作品をならべて考えている。へぇ~! と思いながら読みました。

(2024/03/21追記;けっきょくイーガン記事にもこれらインタビューを組み込みました)

 

 さてぼくがこれらの言及に辿り着く糸口は、𝕏のとある日本語ポストにありました。

 SF書評家・研究家・アンソロジストである橋本輝幸さんが、インタビューがアップされて早々に言及されていたんですね。こちらのアンテナ感度の問題で気づくのが遅れたものの、おかげでこうして助かりました。

 そんな橋本氏は本日12/02(土)……

 ……京大SF研主催の京都SFフェスティバルにて、「海外SF紹介者というお仕事」という講演に登壇されるとのこと。

www.youtube.com

 なんてタイムリーなんだ。こちらもたいへん楽しみですね。

 

 

1202(土)

 ■ネット徘徊■

  『京都SFフェスティバル 2023 DAY1』徘徊メモ

 京大SF幻想研が主催する『京都SFフェスティバル』がことしもオンライン併催されていたのでお邪魔しました。

 DiscordとZoomミーティングにくわえて、ことしはYoutubeライブ配信もなされました。私用で出たり入ったりしながらの聴講となり、情報の取りこぼしはいつもより多そう。

www.thatta-online.com

 評論家の大野万紀さんがTHATTA ONLINEにて『京都SFフェスティバル2023レポート』を発表されているので、より詳しくより正確な話はそちらをご覧いただくのがよろしいでしょう。

 

   ▼「海外SF紹介者という仕事」(橋本輝幸&鯨井久志)

 海外の新作・未訳作を紹介、ときに翻訳もされてきた両名による対談企画。

 私用で企画前半はリアタイ視聴できなかったのですが、アーカイブ動画化によるタイムシフト視聴可能なYoutubeライブ配信でおこなっていただけたためにリカバーできました。

ライブ配信中でも過去配信分を遡り視聴できるデジタルビデオレコーダー機能をONにした状態での配信で、至れり尽くせりでした。ありがたや~)

 

 まず話題にされたのは、鯨井氏の邦訳担当作ジョン・スラデックク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク』竹書房から出版されるまでの道のり。

 難解で知られたり好事家からの評価は高かったりするいっぽう一般的知名度はそう高いわけじゃないジョン・スラデック氏による、発表から40年経った旧著『Tik Tok』……いろいろと尖ったこの原著の魅力や味を、海をはさんだ現代日本へ伝えるにはどうすればよいか? 苦労や努力がうかがえておもしろかったです。

 インパクトある邦題が決定されるまでの内幕には、出版不況といいつつ次々コンテンツが出てくる娯楽過多な時代でのサバイバルがうかがえて、ちょっとせつない。

(べつに一言どころか匂わせさえなかったと前置きしたうえで、年刊SF傑作選が版元かえてリニューアルしたり、そのリニューアルした『n年ベストSF』でさえ……とか、ちょっといろいろ思い浮かべて「ううう……」となってしまった。竹書房といえば『お仕事SFアンソロジー 24時間働きますか?』も書店にならべば一発で読みたくなるタイトルとアンソロカテゴリだし、なんとか出て爆売れしてくれないかなぁ……)

 他方で、一部シーンの難解な記述箇所における編集さんとの二人三脚の取り組みは、ただアルファベットを日本語に置き換えればそれでヨシとはならない、翻訳お仕事の醍醐味がうかがえて、なかなか熱くなりました。

hanfpen.hatenablog.com

{↑埋め込みリンクがダメになるポストは何が問題なんだろうなぁ。画像付き?

 hanfpenアカウントは検索候補BAN(SearchSugestBan)対象となっていて(※)、たとえば「@hanfpen (任意の語句)」で検索かけても氏のポストが出てこないようになってるんですけど、それはこれとは別問題みたい

(03/18追記;いま調べたら検索候補BAN対象からはずれて、完全フリーの身となられておりました。復活してくれてヨカッタヨカッタ)

色々暗号を解読したうえで、それをピラミッド状に組み替え、さらにπ=pとiを消すと、π.が浮かび上がる……。スラデックの暗号・パズルマニアっぷりが存分に出ている。テトリスかよ。

 

 既訳作や鯨井氏がその凝り具合をつたえたミュラーフォッカー効果(未訳)』など、言葉遊びや前衛的演出で知られるスラデック氏。今作にも例によって訳出ベリーハードなメチャクチャパートがある。その味について、そのまま右から左へ流すことで(消極的なやりかたで)伝えるんじゃなく、

「一見はもちろん精読してもテキトーに打っただけに思えるこのハチャメチャ記述パートは、はたして本当にただメチャクチャに打っただけなのか? なにか意図があってそうしているんじゃないか?」

 と真意を可能なかぎり汲んだうえで訳すという、味をボカさずヴィヴィッドに熟成させる大変なお仕事をされていたこと、それが(編集さんが一部文章については下訳を提案するような)ダブルチェック体制で達成されたことを鯨井氏は明かしておりました。

 (本の表紙などからは名前がこぼれてしまうという意味で)裏方である編集さんが訳書作業においてどんな仕事をされているのか、その縁の下の力持ち具合を知れて興味深かったです。

www.hayakawa-online.co.jp

www.hayakawabooks.com

 2024年になってからの後知恵追記として、『チク・タク~』は『SFが読みたい!2024年版』の海外部門で1位を獲得。インタビューも掲載されていそうで、漏れ聞くかんじ内容が一部重なる部分ありそう。気になったかたはこちらを手に取ってみるのもよいかもしれません。

 

 おふたりの海外作品のdigりかたの紹介。

 ひとさまの感想が頼りになったりすること、そのさい𝕏などのSNS(たぶんなにかしらメリットをお話しされたうえで、デメリットとして)情報が流れやすい・埋もれやすいきらいがあること、blogや紙媒体での情報量の多さ・保存期間の長さが話題にされました。

 blog等のあれやこれやも肩肘張ったり腰が重くなったりするもので、「(読書会やら情報交換スペースやらなど)感想を投げ合う場・機会を定期的に創出・維持することが大事になりますよね」というお話には、更新頻度がまちまちな弊blogの惨状を見て、なかなか痛いおはなしでした……(苦笑)

 

{いや苦笑とか言ってる場合じゃなく、反省したほうがまじでよいアレなんですけどね。

 blogで感想を書いたりオタ話をするメリットとしてですね、「この本まじで入手手段がない。詰んだ」などと書いたりすると親切なかたから「ダブってるので値段要相談でお譲りしますよ/しばらく読み返したりしないのでお貸ししますよ」とのご提案があったりします。素晴らしいことだ。

 顔も知らない赤の他人にそんなご提案してくれるのはほんとうに出来たかたからなんでね、マジで素晴らしいですよ、なんと1年ちかくお借りできたりします。(……最低だよzzz_zzzz、せっかく生まれた信用をマイナスへ振り切らせているよ!)

 blogをお読みの第三者のかたがたに信頼していただきたいのは、たとえzzz_zzzzが当該本の感想をこのblogなどでアップロードすることがあったとしても、とくにおべっかなどは働いていないよということですね。そういう義理人情・社交性をもちあわせている人間だったらね、借りた稀覯本を年単位で積まないですからね(エッヘン)}

 

 2日目・大部屋企画終了後の雑談チャンネルでも、ほかのかたがたが趣味系コミュニティの維持・保守にまつわるトライ&エラーが話題にされておりました。

 隔週で読書会をひらいているかたのお話が興味ぶかかったですね。なんでも、ルーレットで課題図書を決めたり、小説にかぎらない広い選書をしたりするらしい。

 

 最近の海外SFにはなにかトレンドはありますか? という話題に。

 『紙の動物園』ケン・リュウ氏の紹介・翻訳による中国SFブームなどがありましたが、それもふくめ……

 ……たとえば80年代におけるサイバーパンク(※)みたいな(=つまり「スローガンを述べ看板を立てて同じ旗をもった作品群が集まってくる……というような」ということでしょうかね?)これという大きくて明確なムーヴメントはちょっとうかがえないのではないか、という肌感覚がおふたかたの口から出ました。

 翻訳家の古沢嘉通さんのお話もそれと通じるかんじですね。

 またここにかんして、2日目の大部屋企画で海外クィアSFの現在についてその遍在ぶり(=00年代あたりまでのようにわざわざ専門誌・出版社やアンソロジーとして特別に箱をもうけなくとも、一般ZINEをひらくとどれか一作はそういう作品で、そしてそれがことさらそうだと強調されたりもせず「普通に」載ってる状況)が話題にされたさい思い返したり。

 

 橋本氏はソーラーパンク(やらエコパンクやらと言われる作品)について話題にされ、2日目大部屋企画ではべつのかた(早川書房の東方氏)ともども「ROMANTASY」を話題にされたりしておりました。

numero.jp

condenast.jp

 ソーラーパンクについては、23年はじめのNumero TOKYOでの橋本氏へのインタビューや、秋にでたWIRED』vol.50「鍵と鍵穴 4つイシューと解題への視座」【環境】の回で、『銀河核へ』著者ベッキー・チェンバーズ氏とアーティストの長谷川愛さんがソーラーパンクやホープパンクについての対談していたことも記憶にあたらしいですね。zzz_zzzzとしては、アイデアと物語化にかんする以下のテッド・チャン氏の発言を読んだばかりだったので一層おもしろく聞きました。

 マッキャロン:

 物語においてあなたの関心事である疑問を体現したり内在したりするだろう登場人物をどうやって想像していますか?

 一見解決不可能な人類の課題とそれへ取り組むのにまったき相応しい特定の人とを強固に結び付けるという尋常でない偉業をあなたは達成していますよね。

  McCarron: How do you go about imagining a character who might embody or inhabit the questions you’re concerned with in your stories? You accomplish the uncanny feat of pairing a massive, seemingly unsolvable human question with a specific human perfectly situated to grapple with it.

 チャン:

 説明できるような具体的なやり方を持っているわけではありませんが、でもあなたの質問からわたしはジョン・クルート(訳注;『SF大百科事典』執筆者?)から聞いたアイデアが浮かびました:特定のシナリオは簡単に物語化できるという概念で、つまり、物語として語るのに適しているものとそうじゃないものがあると。

 かつて対談したさい、クルートが気候変動は物語化のとても難しいトピックだと発言していたのを覚えています。わたしも頷きかけましたが、しかし多くのアイデアは、だれかがじっさい作品として形にしない限りとても物語化可能だなんて見えないんじゃないでしょうか

 「ルミナス」というグレッグ・イーガンの小説は、数学の一貫性がいちかばちかの問題となっていて、主人公が暗殺者から逃げ回る理由もそこにあるんですよ。ということで作家としてのじぶんが興味を惹かれるものの一つは、いかにして哲学的疑問を物語化するか探ることだと思います。

  Chiang: I don’t have a specific procedure that I can describe, but your question does make me think of an idea that I heard from the critic John Clute: the notion that certain scenarios are easily storyable, meaning suited to being told as a story, while others are not. I remember once having a conversation with him during which he noted that climate change, as a topic, was not very storyable. I was inclined to agree, but felt that a lot of ideas don’t seem storyable until someone actually does it. There’s a Greg Egan story called “Luminous” in which the consistency of mathematics has become such a high-stakes matter that the protagonist is on the run from assassins because of it. So I suppose one of the things that interests me as a writer is finding ways to make philosophical questions storyable.

   ELECTRIC LIT掲載(2016年7月18日)、Meghan McCarron取材「The Legendary Ted Chiang on Seeing His Stories Adapted and the Ever-Expanding Popularity of SF」より{訳は引用者による(英検3級)、また「クルートが~」の太字強調は引用者が付け加えた}

 ひとむかしまえじゃ批評家でさえ物語化のとてもむずかしいトピックだとかんがえていた気候変動が、いまではそれを題材にした作品も結構にあらわれた……

 ……いわゆる浸透・拡散のようなゆるやかなかたちで、ものごとは移り変わっていたりするんでしょうか。

 

(※)サイバーパンクについては橋本氏による別所のコラムがとっつきやすかったです。

tokion.jp

 コラム内にちらっと出てくる「80年代サイバーパンク終結宣言」は、ありがたいことにネットにインディーズ翻訳が転がっております。

murashit.hateblo.jp

 

 

   ▼「猫×アポカリプスの時間だにゃ~!」(久永実木彦&ホークマン&メカルーツ)

 『七十四秒の旋律と孤独』でデビューし、『わたしたちの怪獣』を発表した久永氏、『ニャイト・オブ・ザ・リビングキャット』を連載中のホークマン(原作担当。大崎祟人名義で『配信勇者』)&メカルーツ(作画担当。つるかめ名義で『雨天の盆栽』)氏が、猫とアポカリプスについて鼎談する企画です。

 SFとの関わりや猫の魅力をお話しされたり、『ニャイト・オブ~』の製作経緯、久永氏の自作の構成について、お三方の終末観についてなどがお話しされました。

 トークの途中ではたとえば久永氏がじしんの価値観をお話しするさい、『ニャイト~』を開いて例示することで具体化されたりとか、この座組ならではのケミストリーも。

 

 ちょっと私用でドタバタして、zzz_zzzzがちゃんと聞けてない企画です。(せっかくアーカイブを残してくださり、タイムシフト視聴もできたのですが、ものぐさで再視聴かなわず……)

 耳に入れられた範囲でも興味ぶかいお話がいろいろあって、たとえばメカルーツ氏の地元では過疎化・シャッター街化がすすんでいるそうで、街へ出てひとけがなく雑草ののびた光景を見るたびに「アポカリプスだ……」と思うのだそう。

 こうしたお話を聞いたうえで、氏の作画する『ニャイト・オブ~』の風景を見てみるのも面白そうです。

 

 お絵描きする人間として面白かったのは、ホークマン氏による『ニャイト~』の原作を頂戴した作画担当・メカルーツ氏のファーストインプレッション。

「これはいちいち参考資料をみながら描いていくんじゃ作業時間が足りなくなる」

 と(いうことで、猫描写の基礎体力・引き出しをまえもって培った……と)

note.com

 週刊少年ジャンプ連載中である『逃げ上手の若君』製作時、3DCG会社に武具や馬具が発注され、作画コスト軽減に役立てられた……と云うお話も記憶にあたらしいですけど、この辺の悩み・対処は作家・作品によっていろいろあるんでしょうね。

 

 

   ▼「SFをSF考証する」(高島雄哉)

 『機動戦士ガンダム 水星の魔女』『ARMORED CORE VI』など映像作品からゲームまで話題作のSF考証を担当された高島氏による、SF考証のお仕事にかんする講演企画です。

 お仕事内容からそのキャリアルートまで含めた概論的なおはなしでしたね。

 

 さてシリーズ作のSF考証といえど、前述した2作ではけっこう勝手がことなりそうに思えるじゃないですか。

 かたやガンダムと同じ冠はついていれども、作品ごとに世界設定がガラリと変わっている印象のある<ガンダム>シリーズと。かたや"コア理論"などある程度設定が固まってたり・ゲームシステムの仕様上やれる範囲が限られてたりしそうだし、他部署との兼ね合いで工数も変わってきそうな<ARMORED CORE>シリーズ……

 ……それぞれのコンテンツ・現場で、SF考証の仕事のプロセスに違いはあるのかどうか?

 ということで質疑応答コーナーでお訊ねしてみました。

 お答えは実は「そこまで違いはない」とのことでした。へぇ~!

 現場によってヴィジュアルなどは無しに文字情報だけ頂きたいとおっしゃるかたもいるし、そうじゃないかたもいるし……という具合のお話もされていて、たぶん、しいて言えば製作媒体よりも関わるかたがたの趣味で左右されるもののほうが大きそう、ということなのかなぁ。

 

 コンプライアンスやら守秘義務やら色々な契約で言及しづらいだろうなか、ご回答いただきありがとうございました……!

 

 終わってみてから、質問内容をもうちょっと練るべきだったなと反省。

 いまになって思い出すのは、『ゴジラS.P<シンギュラ・ポイント>』でSF考証とシリーズ構成・脚本を担当された作家の円城塔さんのお話です。

 もともとSF考証としてアニメ制作陣に招聘された円城氏は、ブレストを進めていくなかで、「この設定でひとさまにお話もお任せするのは忍びないので、じぶんがやるしか……」となったという旨のお話をされていました。

 共同作業者の一員として、監督や脚本さんあるいはデザインを起こしたり動かしたりするアニメーターさんなど他者との要望やヴィジョン・情報をあずかったり伝えたりする(ことになるだろう)うえで、気をつけていることはどんなことがあるのか?

 これを聞いてみたほうがよかったのかなぁと思いました。

(こういう質問なら、考証という点だけじゃなくて、それ以外の仕事やふつうにコミュニケーションをしていくうえでも活かせそうだし……)

 

booth.pm

 そんなzzz_zzzzの心残りは、SF&F研製作の『WORKBOOK 118』を読んだらけっこう解消されました。

 掲載の講演まえ事前インタビューで高島氏は、SF考証者のおくる一日の仕事の流れがお話しされたり、あるいは企画のなかでどんなタイミングで声がかかるのか、そしてどういった応対をするのかがご説明されておりました。

 

 

   ▼「20年代のSFとライトノベル」(夏海公司&周藤蓮)

 2008年に電撃文庫からデビューし『なれる!SE』『ガーリー・エアフォース』とアニメ化作品を複数もち、『はじまりの町がはじまらない』で早川書房でも活動する夏海氏、2017年に電撃文庫から『賭博師は祈らない』でデビューし『バイオスフィア不動産』で早川書房でも活動する周藤氏による対談企画。

 

京アニ涼宮ハルヒの憂鬱』のアニメがヒットして業界がイケイケだった時代にデビューしたんですよ」

 という夏海氏と、アニメ化された『86-エイティシックス-』や、永野芽郁北村匠海W主演の実写版が興収11億円を記録した『君は月夜に光り輝く』、斜線堂有紀『キネマ探偵カレイドミステリー』などが投稿された第23回電撃大賞でデビューした周藤氏。

 だいたい10年くらい作家歴のことなるおふたりは、まず、それぞれデビュー時の業界の空気と、仕事をしていく(/つづけていく)うえで言われたことを振り返り。

 

 そして本題、ライトノベルレーベルとSFレーベルとの仕事・作品のちがいをお話ししていきます。

 さて『WORKBOOK 118』掲載の事前インタビューでは……

――『SFマガジン』のインタビュー「ITという呪いの果てに」では、IT系の「レイヤー」という概念をベースにしていくつかの著作が生まれたとおっしゃっていました。それになぞらえて、SFとライトノベルというレイヤーにはどのような関わりがあると思いますか?

夏海 まずベーストなるレイヤーはエンタメだと思います。(略)これは純文学とかと同じ階層(横並び)で、純文学でなければエンタメという感じです。そしてエンタメという大きなレイヤーの上に「SF」とか「推理」があって、その横に「ライトノベル」が並んでいると思っています。何を基準に分けているのかっていうと、「推理」はトリックありき、「SF」は誤解を生みそうですがセンスオブワンダーありき、そして「ライトノベル」はキャラありきと考えてます。だからキャラが確立していれば「ラノベ」っていうレイヤーの上にサブレイヤーとして何でも乗れると思います。

   2023年11月11日発行、京都大学SF・幻想文学研究会『WORKBOOK118』p.42(略は引用者による)

 ……上のようなおはなしが夏海氏からなされていましたが、本講演ではさらにラディカルな/似て非なる異論が展開されました。つまり、

ライトノベルで取り沙汰されるのは"面白いか否か(ないしキャラが魅力的か否か)"であり評価軸が一軸だけど。SFはそのほか、"SFテーマの達成度はどうだったか?"など評価が二軸ある」

 という具合のお話が周藤氏を中心として出されました。

 さらに製作上の違いとしては、

ライトノベルだとキャラ同士の掛け合い会話で作品を進められるけど、SFだともっとそれ以外の地の文や客観的な視点が必要となるんじゃないか。ページが(セリフの応酬で)白くなりすぎないことを気にした」

 みたいなお話が聞けました。

 夏海氏はSFレーベルで執筆中、編集氏から、

「もっとスケールを大きく」

 と言われたのだとか。

 このスケールの指すところ、大部屋企画の席では補足説明はなかった気がして、聴講時zzz_zzzzは二つの方向性が頭をもたげました。

「うーん、"主要人物同士のドラマだけじゃなくて、それをとりまく人々とか状況とか原理原則メカニズムを書きましょう"とか、テッド・チャン言うところのエスカレーションとかみたいな話なのか?(詳細は1202の日記をご参照ください)」とか、あるいはかつて弊blogで話題にした……

zzz-zzzz.hatenablog.com

 6人のSF作家がナンバユウキ氏からの質問に答える配信『【SF×美学】SF作家は分析美学者の問いにどう答えるのか?』での草野原々さん的方向か? とか。

 「SFとしてよいと思うのはどんな作品か?」問われた草野氏は、まさしく夏海氏と同じ「デカいものが出てきたら問答無用で面白い」と答え、「バクスターのクソデカ物がなぜ良いのか? 一般小説はWhyやWho、ミステリはHowに着目するが、対してSFは……」とSFが独自にもつ良さを具体化していきます。

 夏海氏の仰るところは、関連本を読んだらどうにもそうじゃないみたい。WORKBOOK 118』p.39に掲載された事前インタビューで夏海氏は、SFならではの要素として「スケールの極端さ」を挙げています。多分こちらの意味合いなのでしょう。

 

    ▽物語・キャラ・世界、どの順番で思いつく?

 そうしておふたりの話題は、「作品を考えていくさい、ストーリー、キャラ、世界観ないし世界設定それらをどのような順番で思いつく・詰めていくか?」へ移っていきます。

 

    (○脱線;他作家編)

 さてFの書き方「ゲンロン 大森望 SF創作講座」全記録記載の第一期ゲンロンSF創作講座で、受講者へ初期にだされた課題は課題その2『変な世界』を設定せよ」でした。

(課題提案者の東浩紀さんは中性子星を主舞台としたフォワードの卵』、講座総括の大森氏は二千年に一度しかない夜が訪れた異星が舞台のアシモフ来たる」などを挙げながら話題にします)

長谷 昔、『涼宮ハルヒの憂鬱』を書いた谷川流くんと話したときに「SFとミステリってどう違うのだろう」という話題になった覚えがあります。そのとき彼が言ったのは、「たとえば塀の上に猫がいるとする。『あの猫は何故そこにいるのだろう』という問いを立てるのがミステリの楽しませ方で、『あの猫は何者なのだろう』と疑問を持たせるのがSFの楽しませ方なんじゃないか」ということでした。

(略)

たとえばミステリだと、殺人事件が起きたならそれに対して登場人物がどんな反応をするかとか、探偵役が謎を解くためにどう動くかといった展開を、ある程度、読者との共通了解として設定するものです。けど、SFの場合、たとえば殺人事件なら、生物が死ぬというのはどういう状態なのかとか、本当に生き返ってこないのかとか、極端な話、そういうところまで考えなければならない。

   早川書房刊{2017年6月30日電子書籍版発行(底本は2017年5月第二刷発行のハヤカワ文庫JA版)}、大森望『SFの書き方 「ゲンロン 大森望 SF創作講座」全記録』kindle16%(位置No.5254中 788)、「第2回 知性/長谷敏司」(略は引用者による)

 第2回講座ではライトノベル出身/今なおラノベSFを連載中の長谷敏司さんが、上述のように<ハルヒ>シリーズ谷川氏と交わされたSF論が回顧されたそうな。

 SF作家の創作プロセスはほかにはどんなものがあるか?

 先日ひっぱってきたばかりのテッド・チャン氏のインタビューをここでもペタリ。

 マッキャロン:

 あなたの執筆過程はとても独特で、(外野からすれば)高度に体系立っているように見えます。あなたは一年の一部をフリーランスのテクニカル・ライティング、べつの一部を短編小説の執筆に費やします。多大なリサーチをする傾向にあること、そして物語の結末から毎度書き始めることは存じてます。構成や改稿はどのようなプロセスを経るんでしょう? テクニカル・ライティングをするときと書きかたに目立った違いはありますか?

  McCarron: Your writing process is very distinct, and (from the outside anyway) seems highly systematic. You spend part of the year on freelance technical writing, and part of the year on a short story. I know you tend to do a lot of research, and always write the story’s ending first. What’s your process of composing and revision like? Do you write very differently when you do technical writing?

 テッド・チャン

 たとえばだれもがライフログ録りに従事している世界のような:頭のなかで長いことあれやこれやと考えるようなアイデアをいだくのが通常のやりかたです。そういった世界のなかに嵌るさまざまな可能性の物語について考えます;出発点はいくつもいつも思いつけるんですけど、でもわたしはそれらがどこへ行くのかはわかりません。結末を思いついたときだけ、実際に執筆をはじめます;目的地を念頭に置く必要があるんですよ。

 物語すべてを詳細に練り上げているわけではありませんが、なにが起こる必要があるのか大まかな感覚はつかんでいます。かつて行き止まりに思えたほかの出発点の要素を拝借できたりすることもありますが、いつもそうとは限りません。そしてもちろん、ものごとは実際にストーリーを書いていくなかで進化します。

  Chiang: The way it usually works is that I have an idea that I’ve been turning over in my head for a long time: for example, the idea of a world where everyone is engaged in lifelogging. I think about different possible stories set in such a world; I can usually come up with a bunch of starting points, but I don’t know where those would go. It’s only when I come up with an ending that I can actually begin writing; I need to have my destination in mind. I don’t have the whole story worked out in detail, but I have a general sense of what needs to happen. Sometimes I’m able to borrow elements from the other starting points that previously seemed like dead ends to me, although not always. And of course, things evolve over the course of actually writing out the story.

 テクニカル・ライティングはわたしにとって小説執筆とは根本的にことなります;唯一共通するのは、わたしの脳の文章作成にかかわる部分がつかわれていることくらいでしょう。テクニカル・ライティングが自分の創作に直接的な影響をあたえたかどうかは定かじゃありませんけど、テクニカル・ライティングに自分がひきつけられた衝動もまた、じぶんの小説の根底にあるものだと思います。アイデアを明瞭に説明したいという欲望があるのです。

 よい説明は美しいものだとわたしは考えているんです。;それを読むことはただ役に立つだけでなく、快いものにも成り得るのだと。

  Technical writing is radically different from fiction writing for me; the only thing they have in common is that they draw on the sentence-creation part of my brain. I’m not sure that technical writing has had a direct impact on my fiction, but I think the impulse that originally drew me to technical writing is also one that underlies my fiction, and that is a desire to explain an idea clearly. I think there’s something beautiful about a good explanation; reading one isn’t just useful, it can be pleasurable, too.

   Meghan McCarron取材「The Legendary Ted Chiang on Seeing His Stories Adapted and the Ever-Expanding Popularity of SF」より{訳は引用者による(英検3級)}

 チャン氏の場合は、イデア>舞台設定>登場人物みたいな感じでしょうか。短編集2冊とも作品覚え書き/作品ノートが掲載されていて、着想元なども明かされていますからそこも参考になりそう。

{たとえば錬金術師と商人の門」なら……

  1. 科学的アイデア(講演を聞いた「キップ・ソーンのタイムトラベル論」)
  2. ストーリー(既存ジャンル作品に対する筋書的新規性){既存のタイムトラベルSFの筋書と(「歴史を変えられるハッピーな多数派」とも、「歴史を変えられない悲しい少数派」とも)異なる」ものを書きたい}
  3. 舞台設定(①と「イスラム教社会」の価値観が合いそう)
  4. 語り口(①と「『アラビナン・ナイト』的物語内物語」の叙述形式はフィットするのでは)

 ……という順番}

 チャン氏が絶賛するイーガン氏はどうかというと……

あなたの創作の様式(スタイル)は「アイデアありき(ベース)な」それどころか「プロットに縛られた」と呼ばれるくらい、キャラクターないし舞台設定(? setting)より物語へ集中していますね。これは意図的な選択なんでしょうか? あなたが個人的に好んで読む作品もこういうスタイルですか? これって的を得た評でしょうか?

  Your fiction style has been called "ideas-based" and even "plot-bound", concentrating more on the story than on the characters or setting. Is this a deliberate choice? Is this the kind of fiction you personally prefer to read? Is it even fair comment?

「アイデアありき」は真っ当な評で、たしかにわたしはそれをめぐる物語を書くに値する充分に強力なアイデアを選択しようとしてます。

 キャラクターを私は意図的にネグレクトなんてしませんが、にもかかわらずもし下手な描写になっているなら、それは選択じゃなくって失敗ですね。

 舞台設定はたびたび無視しています。少なくとも短編のうち;もし舞台設定がほぼ現代の西洋にある都市なら、地理にしがみついた致命的なプロットポイントでもない限り、それがどこかは大体どこでもかまいません。読者のかれないし彼女がじぶんたちの暮らす町だと想像してもらえると嬉しい。「放浪者の軌道」(『祈りの海』収録)の都市みたいにエキゾチックな場合だけ、わたしは舞台設定を詳細に検討します。

  "Ideas-based" is a fair comment, and I certainly try to choose ideas that are strong enough to be worth writing a story around. I don't deliberately neglect the characters, though, so if they're badly drawn that's a failure, not a choice. Settings I often do deliberately neglect, at least in short stories; if the setting is a near-contemporary western city, it usually makes no difference where it is, unless there's some vital plot point hanging on the geography. I'd rather have the reader imagine his or her home town. I only go into settings in detail if they're exotic, like the city in "Unstable Orbits in the Space of Lies".

 拙作の物語がもっとも機能するときは、そのアイデアが中心人物にとって重要である強力な理由があるときだと考えています。多くの自作のキャラクターはちょっと脅迫的で、ちょっとハチャメチャですが――しかしわたしは、周到で落ち着いていて平凡なひとよりもこちらの方を推します。

  「行動原理」(『ひとりっ子』収録)では、道徳心の物理的基礎となる全観念が語り手にとって決定的な問題となっています。「貸金庫」(『祈りの海』収録)「無限の暗殺者」(『祈りの海』収録)で物語の中心となるアイデアは、中心人物の人生へ完全に象られています。「貸金庫」の登場人物とかれが毎朝別人の体で目覚めるというアイデアとを切り離して考えられるひとはほとんどいないでしょう。

  I think my stories work best when there's a powerful reason for the idea to be important to the central character. Most of my characters are a bit obsessive, and a bit fucked-up - but I'd rather that than have them scrupulously bland and ordinary for the sake of it. In "Axiomatic" the whole notion of the physical basis of morality is crucial to the narrator's problem. And in "The Safe-Deposit Box" and "The Infinite Assassin" the central idea of the story has completely shaped the central character's life. You could hardly consider the character in "The Safe-Deposit Box" in isolation from the idea that he wakes up every morning in a different body.

 紛糾される要因は、多くの拙作が個人のアイデンティティにまつわるオーソドックスなアイデアを根から傷つけることを狙っているために、人物描写について誉れ高い通常の19世紀文学的慣習から判断する余地がまったく期待できないせいでしょう。エマ・ボヴァリーは逃げ出すことも叶わなければ、「真心」(『ひとりっ子』収録)の神経インプラントを買うこともできませんでした。

  A complicating factor is that a lot of my work is aimed at undermining orthodox ideas about personal identity, so it's hardly the place you'd expect to find the usual nineteenth-century literary conventions about characterisation being honoured. Emma Bovary couldn't pop out and buy the neural implant from "Fidelity".

   1993年1月『Eidolon 11』掲載(Eidolon.net再掲)、「An Interview With Greg Egan Burning the Motherhood Statements」より{訳は引用者による(英検3級)}

 ……イーガン氏の(1993年時点のだいたいの短編の)作話の優先順位は、アイデア>キャラクター>舞台設定って感じだったらしい。

「アイデアってなに? いろいろじゃん?」まじでそう。

 ということでその誕生経緯にかんする具体的な言及もみていきましょう。

 ほとんどのわたしの「インスピレーション」はとても明瞭です。

 「キューティ」(『祈りの海』収録。初出は『インターゾーン』誌1989年5&6号は、アメリカの子どもをもたない成人家庭がキャベツ畑人形{キャベッジ・パッチ・ドール(訳注;1982年~コレコより発売)}をじぶんたちのために買っていると――そしてあるカップルはそれへ悪魔祓いをおこなったことさえあると読んだことがきっかけでした。ガセかどうか未だにたしかめてません。

 「道徳的ウイルス学者」(『しあわせの理由』収録)は、エイズは神の道具であるという宗教原理主義者のたわごとへのかなり直接的な反応です;それについてだれかが、たとえ彼らの立場から見ても、冒涜的な猥褻行為だと指摘するべきだとわたしは考えました。また、「創造論科学(クリエイション・サイエンス)」の一例にたいするガイドにもなるだろうとも;その教義を信じるだけで充分わるいですけど、もしそれをもとに推論しようと試みたなら、膨れていく不条理のリストをどんどん生み出していくことになり、それらもまた信じ込まなければなりません。

 「The Vat」は、『恋人たちの予感』とネイチャー誌に掲載された分子生物学の先駆者エルヴィン・シャルガフによるエッセイとの掛け合わせです。シャルガフは人間の胚が産業商品としてつくられる「分子のアウシュヴィッツ」の可能性を警告し、特定の酵素やホルモンの製造はその中間段階なのだとエッセイで述べています。

  Most of my "inspiration" is very transparent. "The Cutie" was triggered by reading that childless adults in the US were buying themselves Cabbage Patch dolls - and that one couple had even had an exorcism performed on theirs. I'm still not sure if that was apocryphal or not. "The Moral Virologist" was a fairly direct response to religious fundamentalists blathering on about AIDS being God's instrument; I thought someone should point out that, even on their own terms, this was a blasphemous obscenity. I suppose that story was also guided by the example of "creation science"; believing in doctrine is bad enough, but if you start trying to reason from it, you churn out an ever-growing list of absurdities which you also have to believe. "The Vat" was a cross between When Harry Met Sally and an essay in Nature by Erwin Chargaff, one of the pioneers of molecular biology, in which he warned of the possibility of a "molecular Auschwitz" where human embryos would be made as an industrial commodity, an intermediate step in the manufacture of certain enzymes and hormones.

   「An Interview With Greg Egan Burning the Motherhood Statements」より{訳は引用者による(英検3級)}

 ようするに科学的アイデア発進って感じかなぁ。

 このほか弊blogで話題にしたなかだと、チャールズ・ストロス氏は「SFなら設定(世界構築)がんばろうぜ、"沼ズプズプのオタクのドシドシ歩き"をどしどししようぜ。一見スイスイ泳いで見栄えよいけどスクリーンセーバーの嘘の金魚はこりごりだよ」派。

zzz-zzzz.hatenablog.com

 さて、上では設定がすばらしい代表例として挙げられた「夜来たる」の作者であり科学エッセイを多数著した碩学としても知られる巨匠アイザック・アシモフ氏。その創作プロセスはどういうものだったのか?

 かの有名なロボット工学三原則をはじめて打ち出した氏のロボットSFシリーズの誕生秘話をだかの太陽』冒頭に掲載の「序文/ロボット小説の舞台裏」で明かしています。

一九二〇年代、一九三〇年代には、ロボットは、その創造主をかならず破滅させる危険な機械として描かれるのがふつうであった。そして"人間には知ってはならないものがある"という寓意がそこにくりかえし示されている。

 しかしわたしは(略)知識が危険をもたらすなら、その解決策は無知であることだ、などと自分自身を納得させることはできなかった。(略)

 いずれにせよ、わたしは、これまで読んだロボット小説のどこに満足できないのかまったくわからぬまま、もっと優れた作品が世にあらわれるのを待っていた。そしてついに(略)レスター・デル・リイの「愛しのヘレン」"Helen O'Loy"が載っていた。この話では、ロボットが好意的に描かれていた。(略)わたしはそれからデル・リイの永遠のファンになった。(略)

 これとほぼ同時、(略)イアンド・バインダーが「ロボット誕生」"I,Robot"という題名の、同じくロボットに好意的な話を書いた。(略)わたしはここでもまた心が震えた。このときからわたしはなんとなく、ロボットが愛情をもって描かれる話を書きたいと思うようになった。

   早川書房刊(2015年5月25日電書版発行)、アイザック・アシモフ小尾芙佐訳)『はだかの太陽[新訳版]』kindle2%(位置No.4605中 43)、「序文/ロボット小説の舞台裏」(略は引用者による)

 意外なことにアシモフ氏のロボットSFのスタートラインは、ストーリー(既存ジャンル作品に対する筋書的新規性)(ロボットに好意的な話を書きたい)なのでした。

 設定=ロボット工学三原則がジョン・キャンベル・Jr編集との討論でまとめられたのが1940年12月23日のロボット物第三弾「うそつき」*1執筆筆中のことで、三原則がじっさい劇中に初登場したのは1942年の第四弾「堂々めぐり」*2――第一弾「ロビイ」から3年経った時分とのこと。

 長編ロボットSFミステリ鋼鉄都市の誕生も、なかなかなものです。

 世界設定(ロボット頼りの人口過密世界)>キャラ(人間の刑事とロボの相棒のバディ)>作品ジャンル(SFミステリ)の順で生まれたんだそうですが、ただし……

わたしのロボットは、短篇にだけ登場してきたのであって、ロボットを柱とする長篇を書ける自信はなかったのである。

「書けるとも」とゴールドは言った。「ロボットが人間のやる仕事をすべて引き受けてくれる、人口過密の世界を書いてはどうかね?」

「そいつはいかにも重苦しいねえ」とわたしは言った。「まじめで社会学的な話は、ぼくには不向きだと思うね」

「きみの思うように書けばいい。きみはミステリが好きじゃないか。そういう世界に殺人事件をもってきて、刑事に、ロボットのパートナーといっしょに事件を解決させる。刑事に事件が解決できないときは、ロボットがそのかわりに事件を解決すればいい」

 それで火がついた。

   『はだかの太陽[新訳版]』kindle4%(位置No.4605中 150)

 ……それらはすべて、ギャラクシイ誌ホレース・ゴールド編集から提案されたんですって。

 ゴールド編集の提案をうけ、この仕事と直接にはかかわりない他社のキャンベルJr編集がかつてアシモフ氏へ話したSF×ミステリのミスマッチ(=ゴールド氏の最後の提案と正反対のもの)もまた念頭においたうえで執筆された鋼鉄都市は、SFミステリの金字塔としていまなお紙の本や電子の本が書店にならんでいます。

 編集者が実作にどんな役割をはたしているのか? また提案を作家がどのように活かしたり活かさなかったりするのか? その一例となる、興味ぶかいエピソードですね。

 幾人かのSF作家の創作プロセスが伺えたところで、はたしてライトノベル出身のおふたかたはどうだったのか? フェス会場に戻りましょう。

 

     ○周藤氏編

 周藤氏の創作プロセスは、聴衆どころか対談相手の夏海氏さえおどろきの声をあげるものでした。

 周藤氏の場合、まず書きたいお話があり、それに当てはめるかたちでキャラや世界を後付けしていくのだそう。

「書きたいお話ってなに? いろいろじゃん?」まじでそう。

 それだけなら「ある種のアイデア先行型なのかなぁ?」とか「アシモフのロボットSFみたく、これはこれでそう変なこともないのでは?」とさえ思っちゃうわけですが、つづきを聞いていくとどうにも特異だ。

 なんでも『バイオスフィア不動産』は、新作のストーリーとして10個くらいプロットを出して、そのうち2案くらいがSFだったので、それを早川での仕事として卸した……とのこと。

 『バイオスフィア不動産』がミステリ仕立てなのは、(編集にもその部分についてアドバイスを受けたけど、そもそも)書きたいお話の都合上、ミステリの範疇として読める作品に仕上がったのであって、「SFミステリを書きたいからこういう話を思いついた」ではないのだと。

 二日目の大部屋企画「賀東招二先生に訊く物語の世界観」でも、けっこう似通うライトノベル観が述べられていて、さらに興味ぶかかったですね。

 

{SFじゃないけど、先日<少女事案>シリーズの西常陽さんが(ポスト削除済みのためうろ覚えですが)「自作をラノベミステリと名乗ったことはないし、プロパーミステリ読者がもとめる論理的厳密性は面白さの足枷になる」という旨のお話をされていたこと(と𝕏ユーザーがプロ作家・編集者も含めてわいわいエアリプ合戦していたこと)もかさなりました*3

 

 はたして周藤氏は具体的にどうやって・どこまで詰めていくのか? 『WOOKBOOK』ではその創作プロセスがさらに掘り下げられていました。興味が惹かれたかたはこちらもポチってみるとよろしいでしょう。

 

    ▽ひろがる「SF」の幅;設定ではなく思考法として

 話題はこれからのラノベSFってなに? というおはなしに。

「SFの幅が広がりましたよね」と周藤氏。口語の対話をzzz_zzzzが頭のなかで適当に盛ったりなんだりすると、つまり……

 宇宙とか未来とか、それにともなう軌道計算材料計算とか社会設計人口統計思想天候理解とか、そういうのだけがSFなのか? 現代のそこらの学園モノであっても、

 科学的思考やSF的推論・実証をキャラクターたちがおこなうのであれば、それはもうSFとして扱っていますよね……というようなお話をされていました(。いたようないなかったようなまぁなんかそんな感じだったワ)

 

 聞いていて思ったのが、

「そういう"設定じゃなくて思考・アプローチがSF"という作品の生息地として、ライトノベルSFなどプロパーSF外が輝いたりしてそうだな」

 ということです。

wired.jp

【SFは何を描いてきたか】
藤井 今年の5月にケン・リュウと会ったとき、彼はある財団の出資者に「Science Fictionの多くは科学ではなく技術(technology)を描いている。Sci-Fi(サイファイ)と呼ぶよりもTech-Fi(テックファイ)と呼ぶほうが適切ではないか」と話していました。確かに、遺伝子工学や宇宙開発、そして発明を扱うわたしの多くの作品はテクノロジーフィクションです。ケンの話をもっともだな、と聞きながら、わたしはSFにもうひとつのSがあることに気づきました。

どのようなテーマを扱うにせよ、SFは「驚き(Surprise)」を描いてきたのだと思います。タラビさんは、ケン・リュウの指摘とわたしの気づきをどう感じますか?

タラビ おおむね同感です。科学には体系的な研究、観察、検証を経て知識を得るための哲学があります。SF作品のなかにも、架空の知識を得るための架空の過程を描いた作品(いわゆる「Lab lit」と呼ばれることもある作品です)はありますが、多くはありません。SF作品のほとんどは知識を応用した技術開発が中心となっており、それ故、当然ながらそこで描かれるのはテクノロジーとなります。科学の知見をツールとして応用したテクノロジーこそが、おそらく人類の大半にとって唯一「科学の進歩を経験できる方法」であり、だからこそ読者はそこに関心をもち、物語に感情移入できるのです。

   『WIRED(ワイアード) VOL.50』kindle30%(位置No.189中 56)、「いくつかの冴えたやりかた 異文化SF作家による「往復書簡」」、ウォレ・タラビ × 藤井太洋「未来には、科学技術も霊性も欠かせない」より

 SF作家の藤井大洋さんとウォレ・タラビ氏は、ケン・リュウ氏のSF論を引き合いにして上のようなお話を『WIRED』VOL.50にてされていました。

 プロパーSFの界隈だと、作品内で――たとえばなにか現実の理論に立脚しているであるとか研究を参照しているであるとか――ある程度の実現可能性・もっともらしさ・それっぽさが提示されたら嬉しくなる受け手が多そうで。

 それどころかそういう部分の作り込みがイマイチな作品にたいして辛辣な受け手もそれなりに居そうです。少なくとも<スターウォーズ>シリーズとそのフォロワーを文字どおりクソみそにけなすひとチャールズ・ストロスやら『アバター』など大作ハリウッドSFからミニシアター系まで現代SF映画の大体を救いがたいほど愚かだとけなすひとグレッグ・イーガンやらは弊blogで確認してきましたね。

 『エクス・マキナ』の脚本を読んだだれかが、ガーランド(脚本・監督担当者)にリモコンを見せながらこう言ってあげるべきでした。

「オーケー、じゃあ今度は理にかなった宇宙が舞台のバージョンを書いてくれないか、こんなテクノロジーが存在する宇宙ね」

  After reading the script, someone should have turned to Garland with a remote control in their hand and said, “OK, now write a version that makes sense in a universe that contains this technology.”

   Greg Egan’s Home Page(2015年6月15日UP)、グレッグ・イーガン『No Intelligence Required Her, Ex Machina and Interstellar』

 土台作りは重要ですけど、しかし、TVリモコンのディテールに凝った結果そこで書き手が力尽きてしまっては元も子もありませんし、読み手のほうが凝り固まって――ぼくなんかがそうなりがちなんですけど――実在のテクノロジーや学説との照らし合わせに終始し「小話付きウンチク」として消化しちゃうのもなかなか寂しい見方です。

 そのへんにたいする良い意味での遊離・飛躍として、プロパーレーベル外のSFってありそうな気がする。

 

     ○(脱線と後知恵;チャンの愛したSFが、五大医学誌『ランセット』へ引用される「コウスカの誤謬」の元が載る雑誌は『ニューヨーカー』)

 そうしてぼくが頭におもいうかべるのは『ニューヨーカー』誌。

 テッド・チャン氏がジョージ・ソーンダーズ氏について「いくつかの作品は『ニューヨーカー』誌に掲載されていなければSFとして読まれていたことでしょう(some of whose work would be considered science fiction if it weren't published in magazines like The New Yorker.)と語った話はこの日記の上でも明日もするわけですが、そのほか「コウスカの誤謬」の議論が載ったのもこの雑誌なんですよね。

 70・80年代にちらっと聞き覚えのあるかたもいらっしゃるかもしれないこの誤謬、ごくごく一部の界隈では、21世紀の今こそむしろ「気をつけなね~」とアツいらしい。

www.google.co.jp

 具体的には2003年オックスフォード大学出版の本12年に新装復刊?『Chromosome Abnormalities and Genetic Counseling』とか18年同大出版の別の本『Paediatric Neurology』とかで、それだけだと「オックスフォード大に熱心なひとがいるのか?」って感じなのですが、『European Journal of Paediatric Neurology』でもさらっと使われていたりしたみたい。

 小児神経科医は珍しい――あるいはそう珍しくないものでも――治療可能な疾患を見つけるたびに喜ぶ。予期せぬ同時発生が生じたとき「コウスカの誤謬」へ安易に屈してしまいそうになるが、スチュアート・グリーンはその罠に陥らなかった。

  Paediatric neurologists are always glad to find a rare—or not so rare—treatable disorder. When an unexpected coincidence occurs it is beguilingly easy to succumb to Kouska's fallacy, a trap into which Stuart would not fall.

   『European Journal of Paediatric Neurology』VOLUME 12, ISSUE 4, P271-272, JULY 2008、Thierry DeonnaとJohn B.P. Stephenson「Stuart Green's Vignettes 5 and 6」

 みなさんご存じみたいな顔で出てくる「コウスカの誤謬」ってなんなの?

 ツェザル・コウスカとは『生の不可能性について』『予知の不可能性について』などを著した19世紀の哲学者です。

 自分の誕生がいかに不可能なことであるかを、両親のなれそめから他結婚候補者の人数と各人が脱落していった経緯、脱落にかかわる戦争・政治状況、果ては人類の誕生するはるかむかし紀元前250万年まえの造山運動までさかのぼり、分母をとにもかくにも拡大し続けることで反論しました。

 

 コウスカのこの議論は1970年代ににわかに注目をあつめ、『生の不可能性について』『予知の不可能性について』にかんする書評が1978年12月11日刊の『ューヨーカー』誌54号へ掲載。そこから約十年経って世界五大医学雑誌ンセット』1986年12月27日刊誌328号でMark S. Lubinsky氏が再発掘。複数の症状に対する所見で陥りやすい誤謬として取り上げます。

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

 要旨

  Abstract

 ひとりの患者におけるふたつの独立した所見の重要性を評価することはしばしば難しい。偶然に同時発生した見込みをはかるシンプルなやりかたは、それぞれが独立したものだという仮定にもとづいた結合確率である。不幸なことにこのテクニックはしばしば誤用されている。誤りはその事象を構成要素ごとに分割し、つづけて結合確率を計算することにある。これら二つの過程をいっしょに使うと、ごくふつうのものごとが起こる見込みもまったく起こりそうにないものとなるのだ。

 これを分割分母の誤りと呼ぶか、あるいは、このテクニックをもちいて生命が存在することを反証した架空の人物にちなんでコウスカの誤謬と名づけよう。

  The significance of two normally independent findings in a single patient is often difficult to assess. One simple measure of the likelihood of random coincidence is the joint probability, based on the assumption that the findings are independent. Unfortunately, this technique is often used wrongly. The error is the division of an event into its components, followed by calculation of their joint probability. These two processes, used together, make the likelihood of a common event happening seem very improbable.This can be termed the error of the divided denominator, or Kouska's fallacy, after a fictional character who used this technique to disprove the existence of life.

 そんなこんなで、ごくごく一部で有名だった知見はごく一部で有名な知見にまで*4格上げされたようなんですけど、面白いのがLubinsky氏による「コウスカの誤謬」の定義ではごく普通のこと(a common event)として挙げられた 人間がこうして産まれ・生きてること が、ことコウスカにかんしては非実在人物であるためにまったく普通じゃないところ。

 じゃあさっきの書評が掲載された云々も架空の出来事か? いやいや本当にこちらの世界の『ニューヨーカー』に実際にコウスカ氏の著作にたいする書評が掲載されています。『ソラリス』のSF作家スタニスワフ・レム氏が架空の書評集という妙な体裁の連作長編小説全な真空』を書いていて、その一編であるコウスカ著作編がくだんの号で抜粋掲載されたというわけですな。

(Lubinsky氏もLubinsky氏を参照した21世紀の本もその出自をきちんと明記しているので、「実在の人物による議論」みたいな風にひろまっている訳じゃないのですが、「Stuart Green's Vignettes 5 and 6」のようにそう取れなくもない例もある)

 じしんの存在の不可能性について述べた非実在人物による架空の議論が……本物の医学関係の本で注意事項としてとりあげられたり、現実の医師・仕事を評価するさい話題にされたり……現実でなんらかの役目を実際に果たしているのは妙ちくりんな感じで面白い。

 

 そんな感じで、プロパーSF誌以外のところでSF作品・SF的思考がアツいってことは充分ありそうですよね。なんて書くと、

「や、『完全な真空』はSFじゃないのでは」

 とお思いのかたもいらっしゃるでしょう。

 『完全な真空』はメタフィクション期の作品として話題にだされることが多いし、「全編書くのがめんどいネタをこういうかたちでお出しした」みたいなとらえ方やそんなレム氏自身の発言を引くかたも多いんですけど、氏自身がどういう構想のもとであれを書いたかは実は創作エッセイにちゃんと明言があり邦訳もされていて、それを読めば『完全な真空』がれっきとしたSFとして書かれたこと(書いたものの既存文学・SFの語り口では無理な内容だったので、こういう語り口が選ばれた。その意味ではSFではないこと)、実作として完成させる体力的時間的余裕のないネタを書いたわけではないこと(そのエッセイで例示された3つのプロットのうち1つは丸きりオミットされたうえ、採用された内1つもかなりの改稿がみられる)がわかり……

 ……などなどまとまってない考えを形にしようとすると、いつまで経っても2024年を迎えらんないので、このへんで勘弁してください。

 

 

1203(日)

 ■ネット徘徊■

  『京都SFフェスティバル 2023 DAY2』徘徊メモ

 京大SF&F研が主催する『京都SFフェスティバル』がことしもオンライン併催されていたのでお邪魔しました。

 2日目の企画はDiscordとZoomミーティングをもちいた形式。zzz_zzzzだって大体しっかり腰を据えてのぞめる状況だったんですけど、事前に質問を募集されたりプレゼン資料を用意されたりしたガッツリ盛り沢山の企画が多く、せっかく聞いたのに取りこぼした情報も2日目は2日目でけっこう出ちゃってる気がします。

 大部屋企画後は、延長戦/他トピックの歓談も夜遅くまでおこなわれました。

 

   ▼1b「土地的なSF ~SF的な想像力とそこで暮らす人々~」(井上彼方&なかむらあゆみ)

 最後の十数分から聴講。

 Kaguya Booksが展開する地域SFアンソロジーの第二弾・第三弾の編者による対談企画です。

 井上氏はSF企業VGプラス合同会社、オンラインSF誌 Kaguya Planetのコーディネーターで、SFレーベルKaguya Booksの編集者。『京都SFアンソロジー:ここに浮かぶ景色』を井上氏が編みました。

 なかむら氏は徳島在住の作家さん(第4回阿波しらさぎ文学賞受賞)で、『巣 徳島SFアンソロジー』を編みました。

edit-local.jp

 聴講した時点での話題は、『巣 徳島SFアンソロジー』の企画を受け、書いていった試行錯誤のおはなしでした。

 大多数がプロパーSFの書き手ではなく、どうしたものか悩む作家陣に提案されたスローガンが「そっと ふみはずす」。

 そこから思い思いの「そっと ふみはず」した徳島の物語をものにしていったのだと云います。

 印象的だったのは、

阿波踊りや妖怪伝説の数々など、徳島にはもちろん それを目当てに観光されるような有名な文化はある。……ではそれ以外は? 全国ネットで映されるようなそういったことを自分たちは書きたいのだろうか?」

「徳島という"土地"をどう描くか? たとえば北であれば雪・南であれば暑さなど、分かりやすい特徴は徳島にはない。でも、ある時期特有の湿度など、ここに暮らす者だからこそとらえられるような微妙な空気感があるのではないか」

 というようなお話。

virtualgorillaplus.com

 なかむら氏のくはラジオリポーター」は、ラジオリポーターが題材なのですが、氏も実際にラジオのリポーターとして仕事をしていた経歴があるのだそう。

 地元の名物リポーターだったものの、その熱心な取材精神が母を亡くすきっかけとなり、ラジオ局を去った彼女。そんな彼女のもとに二通のしらせが届く。ひとつは過去の人気を聞きつけてイベントでの限定復活出演をこころみる若手ディレクターからの連絡。もうひとつは父子で彼女の放送を楽しんでいたと云う少年ルルからの手紙だった。

「よかったらどうぞ。紫だけどアップル味です」「ありがとう。きみの腕真っ白やな」「ほとんど外に出ないので。宮田さん、ぼく、1分くらい前まで何の話してましたか?」「今、徳島で噂になってること」「そうそう、ふわふわおばさん。風船女って言う人もいる。知っていますか?」

 ルルとともに向かう復活企画の取材の旅の題材は、風船女。はからずも彼女がラジオマイクを置いた最後の取材対象だった……

 ……宙に浮かぶ都市伝説と、その脇で妙な存在感をみせる「調香師」、違う世代との会話、母娘や父子それぞれの親愛関係、土地の者の方言。

 事実描写を書き連ねた冒頭の地の文から、主要人物がハンドルを握ったラジオまつりへ場面が移ってそっとふみはずしていく旅路で出会うふしぎなものの数々は、最初うかんだはずの疑問符や違和感がいつのまにか飛ぶか溶け込むかして、「はたしてどこでふみはずしたと思ったのか?」わからなくなるくらい当然のものとしてなじんでいきます。

 語彙も固有名詞も分からないその土地の会話文は、読めないようで不思議とツルっと呑み込め、むしろ最初の状況説明的な文章のほうこそなかなか頭にはいらず違和感や困惑をおぼえるくらい。

 なかむら氏はさてどんな空気やにおいをえがいたのか? そのものズバリ風船女や土地の香水が登場する「ぼくはラジオリポーター」は、上述リンク先パゴプラにて全編無料公開中です。

 

   ▼2b「最新海外 SF・ファンタジイ情報 こんな本が売れてます」(東方綾&鳴庭真人)

 早川書房編集の東方氏が主にプレゼンし、『SFマガジン』で未訳作の書評コーナーを担当されている鳴庭氏が補足するようなかたちの1時間でした。

 入室まえにイメージしていた、未訳作・作家やあるいは邦訳が1,2編で「日本での紹介はまだまだこれから!」というかたがたを発掘紹介する要素はもちろん多々あり、面白かったです。

 といえどコマを聞いた自分が痛感したのは「そもそも邦訳済みの作家・作品もちゃんと追いきれてないな……」ということ(苦笑)

 日本の本屋に平積みされていたはずの新刊・それを著した作家がどんな経歴のかたで、どういう作品を書かれているのか? 

 まず紹介されたのはシーラン・ジェイ・ジャオ氏。

 シリーズ第一作の邦訳も発売中である鉄紅女』は、日本のTVアニメ『ダーリン・イン・ザ・フランキス』にインスピレーションを受けて書かれたことが話題となった巨大人型ロボ物の小説ですが、じっさい本をひらいてみると、両者はかなりテイストが違っているんですって。

 話題にのぼらなかったけれど個人的に印象的だったのは、英語版の原著と日本語版のそれぞれの表紙イラストの違い。

{日本版は巨大メカ一体の全身像。たいする英語版は、アジア系の女性(絵柄は頭身たかめ・瞳もリアルなもの)を翼がかこむ構図}

 幾人・幾テーマが紹介されたのち、話題はン焼き魔法のモーナ』のT・キングフィッシャー氏へ。

 ダークファンタジーで高く評価されてきた作家で、くだんの『モーナ』も、日本版のかわいらしい表紙とは裏腹に、そういったバックボーンがうかがえる作品だと云います。

 

 東方氏が取り上げる作品は、早川や東京創元といったプロパーSF出版社のそとへと飛び出します。

 一般層にまで広く読まれているけれど、中身をみてみるとファンタジーという作品もけっこうあって、日本ではオークラ出版マグノリアブックス)から発表されたT.J.クルーンルリアンブルー 海が見える家』もそんな一作なんだとか。

 東方氏のことばにzzz_zzzzは、称賛するSF短編作家を問われたテッド・チャン氏がSF界隈ではだれもが話題にするグレッグ・イーガン氏と並べて、ジョージ・ソーンダーズ氏らを取り上げたさいの言い回しが重なりました。

 あなたをこのジャンル最高の短編作家と考える読者や批評家がいます。ほかの短編作家であなたが賞賛しているひとはいますか? その形式(form)ないし内容(content)あるいはそのどちらもに、いま現在きわだって革新的だと感じるものはありますか?

  You're considered by some readers and critics to be one of the genre's best short-form writers. Are there other short story writers whose work you admire? Are there any you feel are particularly innovative right now, in either form or content, or both?

(略)

 わたしはまた、カレン・ジョイ・ファウラーの作品(訳注;『ジェイン・オースティンの読書会』が有名だが、邦訳された短編は6作中5作が『SFマガジン』掲載)も大いに称賛しています。ファウラーの作品はとても賢明で、狡猾で、そして心打たれます。

 さらにもうひとりジョージ・ソーンダーズがわたしは好きで、いくつかの作品はもし『ニューヨーカー』などに掲載されていなければサイエンス・フィクションとして読まれていたことでしょう。あわれな人々の生を笑いと共感の両面からつづる、ほろ苦いユーモア・ストーリーの作家です。

  I also really admire Karen Joy Fowler's work. Her stories are very wise, and sly, and poignant. I have no idea how she does what she does. Another writer I like is George Saunders, some of whose work would be considered science fiction if it weren't published in magazines like The New Yorker. He writes bitterly humorous stories, describing the lives of miserable people in a way that's both funny and sympathetic.

   『infinity plus』掲載(初出は2002年9月『Interzone』182号)、Jeremy Smith取材「The Absence of God an interview with Ted Chiang」{略・訳は引用者による(英検3級)}

 

 未訳作とトレンドで記憶に残ったのはレベッカ・ヤロス氏によるFourth Wing』。 

 脱落者多数の難関・竜騎士の学校に入ることになり、そしてさらにはクラスメイトとして親の仇が! 現代ロマンス物を十数冊てがけてきた作家によるドキドキワクワクのファンタジー小説

 今作を読了したほかの聴講者氏のお声も漏れ聞くに、相当なジェットコースターロマンスらしい……。

 英語圏ではファンタジー・ロマンスがいまROMANTASY」と称され人気なんだとか。

 さらに別の聴講者氏から、「日本の異世界ファンタジーブコメとの違いはあるのかどうか?」質問もでました。

 とにかく大きな括りだというのが東方氏の返答で、なんとなくそこも含めて近しいものなのかなぁと思ったり。

{日本のネット発異世界ファンタジー(ラブコメも、ライトノベルレーベルからそれ以外のレーベルまで色々でており、早川書房からも数シリーズでています。

東京創元社から出た特殊設定ミステリである米澤穂信『折れた竜骨』も、米澤氏が個人サイトでファンタジーミステリに挑戦されていたその雪辱戦だという話もありましたから、そのくくりっちゃそのくくりか?)

 

 

   ▼3a「海外クィアSFの広がり」(堀川夢&紅坂紫&橋本輝幸)

 KaguyaBooksから『結晶するプリズム:翻訳クィアSFアンソロジー』も出版された昨今、さらに注目をあつめるクィア作品。

 Kaguyaの編集者・キュレーターでドイツ語にも長けた堀川氏、1日目大部屋企画から連日連投の橋本氏、作家の紅坂氏お三方による、海外クィアSF&ファンタジーにまつわる鼎談企画です。

 橋本氏制作のスライドショーがガイドラインとされたり、あるいは鼎談の補助線として挿入されたり、さらには前コマで紹介された作家やトレンドがクィアな視点から見直されたりなどなど! 柔軟かつ大部の見通しもよい進行がなされていました。

 他コマの話題が掬われたところは、さまざまな人と話題が長時間あつまるイベントだからこその強みを感じましたね~。

 

 まず最初に、クィアとは? ゲイとの違いは? 単数形のtheyってなんでしょう? という、「基本のき」だけどそれゆえ誰も説明しないし訊くに訊けない概念についてのおさらいから始まって、

「みなさん「クィア小説クィアSFが増えている体感はありますか?」

「ウェブジン世代で、その時には"あるもの"という印象」

「一作は当たり前にある」

 と世間話から現代のクィア小説・クィアSFの存在感が、「いつごろそうなったものか、むかしはどうだったのか?」この四半世紀を遡り順を追ったコミュニティ史・出版史が概観されたり……と、非常にとっつきやすい部屋でした。

 

 橋本氏のスライドによれば、2000年代ごろまでのクィアSFF流通は、限定的なムーブメントだったと云います。

 それはたとえばLethe Press社刊のゲイSFF誌『Icarus』やら年間ゲイSpeculative Fiction傑作選<Wilde Stories>ないし年間レズビアンSF傑作選<Heiresses of Russ >やら、専門出版社が専門誌・特集本というかたちで出す、という意味でも限定的でしたし。前述の例がゲイないしレズビアンとあるとおり、見えてるものがという意味でも限定的でした。

 2020年の現代になると、年間クィアSpeculative Fiction傑作選<We’re Here>やQueer*Welten(堀川氏紹介のドイツ語圏ZINE)がはじまったり、あるいは専門誌じゃなくて一般誌にLGBTQ+作品が載っていたり……と、より広くより包括的なムーブメントとなったのだそう。

 前コマで東方氏がさきほど列挙された注目作家たちのなかには、じしんのクィアなパーソナリティをオープンにされているかたも多々いるのだとか。

www.neonhemlock.com

queerwelten.de

 

 最近のクィアSFFとしては、紅坂氏から長編ゴシックホラー April YatesASHTHORNE』、堀川氏からお屋敷もの(ホーンテッドハウス)ホラーAlison RumfittTell Me I'm Worthless』、Tony SantorellaBored Gay Werewolf』がご紹介。

 お屋敷もの・ホーンテッドハウス物が増えている理由について、「家父長制へメスを入れるのに有効な舞台設定なのではないか」という旨のお話が堀川氏から補足されました。

(そんなお話にzzz_zzzzは、たとえば原作はもちろん日本統治下朝鮮に舞台をうつし翻案映画化されたパク・チャヌク監督『お嬢さん』ともども高評をおさめる『茨の城』などのサラ・ウォーターズ作品を思い起こしたり)

queerwelten.de

「Wir wollen Geschichten, die Patriarchat, Cis-Heteronormativität und White Supremacy entlarven und zerschlagen oder gleich ganz ohne auskommen!google翻訳;私たちは、家父長制、シス異性愛規範、白人至上主義を暴露して解体する、あるいはそれらをまったく使わずに済む物語を望んでいます!)

 また、堀川氏はQueer*Weltenジンに掲載された創作者向けインスピレーション・リストを紹介されてもいました。Google翻訳にかけながらザッと読んでみたところ、たとえば……

  • 「Stellst du queere Figuren auch anders dar als durch Liebesbeziehungen?google翻訳;恋愛関係以外でもクィアなキャラクターを描いていますか?)
  • 「Haben Frauen auch andere Rollen als die der Nebenfigur / des Love Interests? Gibt es nichtbinäre, agender, trans und inter* Menschen in deiner Story? Werden sie nicht in Frage gestellt? Sind auch deine Nebenrollen vielfältig besetzt?google翻訳;女性には脇役・恋愛以外の役割もあるのでしょうか?あなたのストーリーにはノンバイナリー、アジェンダー、トランスジェンダー、インター*の人々が登場しますか? 彼らは疑問を持たれていないのでしょうか?脇役も多彩ですか?)

 ……といった質問があって、いっとき話題になったベクデル・テストのLGBTQ+かつ、そのさらに広範囲な問題提起版というかんじ。なるほどたしかに興味ぶかかったです。

 zzz_zzzzとしては、周司あきら&高井ゆと里ランスジェンダー入門』(「第3章 差別」の小項「メディア~表象と報道~」でまとめられた「トランスジェンダーがフィクションやメディアで登場するとき、どんな役割をになっているか/になわされていないか?」ダメな紋切型集(創作についてドキュメンタリー『トランスジェンダーとハリウッド(Disclosure)』を補助線にして12例11作、メディアについて10例の紹介)を読んだ記憶があたらしかったので、そちらをちょっと思い起こしもしました。

 

 上だけ読むと、「つまり悪い醜いクィアといったキャラクターが登場する作品は、ないしクィアであることによって悲劇的な結末をむかえる作品はえがけないの?」みたいな疑問もうかんできちゃうかもしれません。じっさい聴講されていたかたから質問もあがりました。

 橋本氏によれば、「あまり感じない傾向」で、クィアホラーも多いとのこと。(上でもクィアホラーが複数紹介されましたね)

 『The Book of Queer Saints: Volume I』という、ヴィランアンチヒーローなど悪いクィアキャラクター専門アンソロジーも出版されていて、英国幻想文学大賞などの候補になってもいるんだとか。

 

 どうしてクィアホラーはどうして多いのか? そしてメモしそびれてちゃんと頭に入れられなかった「(お三方が)なぜクィアSFを読むのか? クィアSFが載っているとうれしい理由は?」というトピックで出た回答でぼんやり覚えているのが、

「現実で困難や辛苦、恐怖に直面しているから」

 というお話。

  • 「Gibt es Diskriminierung aufgrund von Ethnie / Kultur / Religion oder vielleicht ganz anderer Dinge, die in unserer realen Gesellschaft nicht diskriminiert werden? Wie steht es um Stereotype? Bedienst du sie, bewusst oder unbewusst? Gibt es Black Struggle? Müssen People of Color mit Diskriminierung rechnen? (民族性、文化、宗教に基づいた差別はありますか、それとも私たちの現実の社会では差別されていないまったく別の事柄に基づく差別はありますか? 固定観念についてはどうですか?あなたは意識的に、あるいは無意識的に、彼らに奉仕していますか? 黒人の闘争は存在しますか?有色人種は差別を予期しなければならないのでしょうか? )
  • 「Gibt es intersektionale Diskriminierung? Wie geht die Gesellschaft deiner Geschichte mit Vielfalt um? Was wird als positiv empfunden, was als negativ? Was als „normale“ und was als Abweichung?(インターセクショナリティ*5差別は存在しますか? あなたの物語の中の社会は多様性にどのように対処していますか? 何がポジティブと認識され、何がネガティブと認識されますか? 「普通」とは何か、逸脱とは何か?)
  • 「Und zu guter Letzt: Was will deine Geschichte beschreiben? Ist sie empowernd? Utopisch? Historisierend? Dystopisch? Beschreibt sie Struggles und -ismen? Ziehst du unser heutiges Verständnis von „normal“ als Grundlinie oder machst du etwas anderes zur „Normalität“? (最後になりましたが、あなたのストーリーは何を表現したいのでしょうか? それは力を与えることですか?ユートピア?歴史化?ディストピア?それは闘争や主義を描写していますか?「普通」についての現在の理解をベースラインとして使用しますか、それとも別の何かを「普通」にしますか? )

 さきほどのQueer*Weltenインスピレーション・リストも、じつは、登場人物・物語の役割の是正みたいな指南よりむしろ、いま・ここの世界について今いちど目を向ける質問が多いんですよね。

 ここについて、あるいは去年7月に聞いた『SFセミナー2022』の一コマクテイヴィア・バトラーが開いた扉」まわりの話題を思い出したりもしました。

 苛烈なバトラー作品はデビュー当時から人気なんだけれど、『キンドレッド』河出文庫版訳者あとがき(風呂本惇子さん)・橋本氏の解説でふれられたとおり、その問題意識がいまなお普遍的に通用するために再評価の流れがきているんだとか。

{風呂本氏はブラック・ライブス・マター運動やそれを起こす前後の黒人差別を話題にし。橋本氏は、ドナルド・トランプ氏が「メイク・アメリカ・グレート・アゲイン」をスローガンに2016年大統領選出馬したさい、バトラーが98年に発表したディストピアSFの扇動的民衆指導者がまったくおなじキャッチコピーで活動したことを(もともと80年代レーガンの選挙戦時のキャッチコピーであったことをとりあげつつ)話題にします}

 そしてバトラーへの影響を表明する現代作家のこれまた苛烈だったり「社会の厭さ」を書いていたりする作品群も人気なのだと謂います。

zzz-zzzz.hatenablog.com

wired.jp

ジェミシン (略)この問題については、わたしよりもっと造詣の深い研究者がたくさんいます。アフロフューチャリズムに対するわたしの個人的な思いは、もっと一般的なものになります。

 国家は絶えず、そしてはっきりと黒人を抑圧し、黒人が現在に何の影響も及ぼさず、未来もまったくないよう策略しています。それに対して物理的に抵抗しようとする試みは、危険で、時に死に至る結果につながります。アフロフューチャリズムは、代わりに芸術を通してそれに抵抗しようとする試みです。黒人が物語の中心にあり、その人間性が疑われず、未来が保証された世界を提供するのは、それが理由です。

   コンデナスト・ジャパン刊(2023年9月21日発売)、『WIRED(ワイアード) VOL.50』kindle29%(位置No.189中 54)、「いくつかの冴えたやりかた 異文化SF作家による「往復書簡」」、N・K・ジェミシン×高山羽根子「ものごとの曖昧さと小説世界について」より(略は引用者による)

 3年連続ヒューゴー賞受賞したN・K・ジェミシン氏は、芥川賞受賞した高山羽根子さんからの質問をうけて、「アフロフューチャリズム」についてそう語り……

高山 例えばごく近い数十年後の将来、わたしたち有色人種の女性作家やその他さまざま働く女性はどのような変化を遂げていると思いますか。(略)

ジェミシン (略)ただこれだけは言っておきます。ごく近い将来、わたしたちは誰もが、さらに100年間生き延びる権利を得るために、非常に強力な人々と懸命に戦わなければならなくなるはずです。その戦いの後の世界が美しいものであることを願います。

   『WIRED(ワイアード) VOL.50』kindle29%(位置No.189中 54)(略は引用者による)

 ……別の質疑応答についても、「わたしたち」の「誰もが」サバイバルする将来が来るとそれを拡大したような見解をしめされています。マリアーナ・エンリケス×倉田タカシ対談でもこういう危機感と祈りにも似た光の希求を見ました

 

 また、この前後の話題で「現実の反映・対応はさまざまあるよな、なにも対決することだけじゃないのだな」とも思ったり。

 前コマで東方氏が話題にされた「ROMANTASY」だって、クィアと縁があるのだそう。

 クィア・ROMANTASYはほのぼのとした作品が少なくないとのことで、「前コマの質疑応答で言われていたとおり、なるほどたしかに幅のひろいカテゴリーらしいな」と補完されました。

 さらに橋本氏はそうしたほのぼのクィアROMANTASYへ、日本のほのぼのとしたクィアな食べ物マンガよしながふみのう何食べた』田亀源五郎と水』、谷口菜津子夜すきやきだよ』、ゆざきさかおみりたい女と食べたい女』との共通性を話題にすることで、実作が未訳・未紹介のトレンドがどんなものかつかみやすくなるパースペクティブもまた提示していました。

 

 聴講者とのQ&Aコーナーでは、韓国SFのはなしや、日本SFのクィア要素のある作品について話題がひろがりました。

〔名前を出していいか分からないので質問者名ははぶきますが、

「韓国では、とくにクィアな面を打ち出してない作品でも同性カップルが登場することが多くなった肌感があります。日本はどうですか?」

 というお話が出て、堀川氏は、王谷晶作品{最近だとと真夜中の約束」(『狩りの季節』所収)がよかった}。南北義隆術師の恋その他の物語」{『百合小説コレクションwiz』所収}を挙げてらっしゃいました〕

 

 

   ▼4a「賀東招二先生に訊く物語の世界観」(賀東招二&平和)

note.com

 ライトノベルアンテナサイトから編集者となった平和さんが、『フルメタル・パニック!』などで知られる賀東招二さんへインタビューする企画です。

 代表作『フルメタル・パニック!』と、KAエスマ文庫での新作『MOON FIGHTERS!』の話題が半々くらいでした。

 

 オルタナティブヒストリー的な部分がある『フルメタル・パニック!』の設定について平和氏から訊ねられた賀東氏は、佐藤大輔氏ら架空戦記ブームがあったことなどを述べつつ……

  • 細かいところまで突き詰めて考えてはいなかったけど、当時は若かったから(現実のビッグネームが劇中世界でどうなってるかなど)ある程度は考えた。いま書くならそこまで練らない。
  • 富士見ファンタジア文庫だから、世界設定について褒められたりすることはなかった。

 というようなお話をされていました。

 1日目の夏海&周藤氏のお話ラノベの評価軸は面白いか否か一軸だけど、SFはそれ以外にSFテーマの達成度についてなど評価軸が二軸ある)に通じるお話だ……。

 また、ビデオゲームによる大枠掴みも面白かった。

 『フルメタ』では潜水艦のでてくるシーンのために688(I) Hunter/Killer』をやり、『MOON FIGHTERS!』ではKerbal Space Program』をプレイして無重力や宇宙船の挙動について感覚をつかんだそう。「そうすると自信が乗ってくる」のだと。

 それだけ聞くとたいそうゴキゲンな作品に思えてしまいますが(笑)、巻末に提示したさまざまな参考資料も本当にお読みになっているし、さらにはアニメ版『ラネテス』考証小倉信也氏に相談し、小倉氏のツテでさらにお二方からもチェックをもらったと云いますから、大多数の作品よりも真面目ですね。

 スーツ周りは賀東氏がご自分で考え、昼夜の寒暖差・シビアさは小倉氏らに相談して知ったとのこと。

 色んな経路で情報を得・作品を膨らませていったんですね。なるほど~。

 

www.kyotoanimation.co.jp

 京都アニメーションによるインディーズ出版社でレスキュー、と聞くといやでも数年前の事件をおもいだしてしまいますが――あとがきで触れられているそうなのですが――シリーズ構成として打診をうけていた、現代の消防士を題材にした武本康弘氏の初オリジナル企画『Fire Fighters!!』から月面レスキュー隊へと大幅に変えて再出発したのが今作だと云います。

 

 考証による改稿一例がおはなしされていて、なかなか興味ぶかかったです。

 鴻(おおとり)救命の降下艇は、基地局オフィスのすぐ隣、〈フィオルクヒルデ〉の下部のエアロック群の一つに連結されていた。その気になれば一分で出動できる距離だ。

 降下艇は与圧されていない。

 コックピットもキャビンも真空の宇宙空間に曝露ばくろされており、乗組員はむき出しのまま月に着陸し、また軌道に戻る。救命目的の降下艇なので、機動力と稼働時間をぎりぎりまで稼ぐためだ。与圧エリアやエアロックなど、重量のかさむ設備はことごとく省略されている。要救助者のために、オプションでバルーン方式の与圧ブロックを積むこともできるが、普段は使わない。

 軌道から月面まで、たいていは数十分程度で着いてしまうから、それでいいとされている。

   京都アニメーション公式サイト、賀東招二『MOON FIGHTERS! 試し読み』52%(余談だけどこのビューア、外部からの機械翻訳が利くタイプなので、海外のひともある程度読めるのではないかと思われます)

 第1話(公式サイトで無料公開中)の降下艇シーンは、初稿じゃあ与圧状態の船にておこなっていたシーンでその舞台に合わせた段取りを「エアロックして」云々と細かく書いていたのだそう。

 そこからSF考証氏が読み、

「そういう用途だったら、最初から非与圧にして船内でも船外宇宙服を着てやればよいのでは」

 という指摘を受け、改稿されたんですって。

「指摘タイミングはそれなりに後ろの時期だったけど、アニメじゃなくて小説だから直せた」と云う補足も興味ぶかかったです。はからずも、高島雄哉さんが前日ひらかれた部屋『SFをSF考証する』について、「じゃあ実作・実製作での作業は」と掘り下げられたかたちとなりました。

 

 ここまで聞いたところで、宿直仕事の定期業務にもどりました(定時の業務以外は自由にしててよい、フレキシブルな泊まり仕事だったのです。オフラインじゃ絶対にできないかたちで顔を出せるのがオンライン開催のありがたいところ~)

 

 

   ▼大部屋企画終了後のだべり場

 大部屋企画終了後は、複数ひらかれた交流チャンネルのうちのいくつかにお邪魔しました。

 

    ▽ことば、ものがたり、絵、万物の計数化

 去年にひきつづき(? たぶん実際にはカクヨム円城塔賞攻略部屋からの流れで?)、チャットGPT・イラストAIの話題がけっこうありました。

 いろいろな問題がクリアできたなら計数化してみたいな、そうした先にひらけるものは書き手にも受け手にもあるんじゃないだろうか円城氏が一時期よく話題にしたエモーショナル・カーブ(劇中の"ポジティブ"・"ネガティブ"な語をプロットしグラフ化すると、話型/線形は6種に分類でき、売れる線形もある程度おなじである)や、将棋の現戦法・将棋中継の戦況データ}……といったお話もあり、いろいろでした。

 

     ○「ママのためのポルノ」と人間が罵倒する作品もコンピュータが見ると違う;『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』のトピック・モデルとエモーショナルカーブ

 このへんはジョディ・アーチャー&マシュー・ジョッカーズ著(川添節子訳)ストセラーコード』を思い出す話題でした。

https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/z/zzz_zzzz/20240103/20240103153628_original.jpg

 英国ペンギンのアクイジション・エディターからスタンフォード大英文学博士課程、アップル文芸分野の研究員をつとめるアーチャー氏と、スタンフォード大Literary Lab創設メンバーでネブラスカ大英文学准教授のジョッカーズ氏とによる計量文献学まわりのポピュラー・サイエンス本ですね。

 トピック・モデル分析で「ベストセラーに比べて非ベストセラーでは、セックスが2倍出てくることがわかっ」*6たと発表したかれらはおおきく頭をかかえることになりました。というのも、発表して早々「ママのためのポルノ」*7などさまざまな批判・罵倒をうけた作品が大々々ベストセラーになってしまったからです――映画化もされそちらも人気を博したィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』が。

 じっさいに『50SoG』をコンピュータ分析にかけて劇中の頻出語彙ランキングをつくってみたところ、良い意味でも悪い意味でも耳目をあつめた「苦痛の赤い部屋」でのBDSMシーンや性愛に関連する語が実はトップ3圏外で、売れるトピックとして最重要の「親密な関係というトピックが21パーセントを占めて」*81位だったことなどをたしかめた『ベストセラーコード』作者は、売れる小説にこれまた重要な「対立」要素がトピック・モデル分析にあらわれなかったことへ目をむけます。

 物語の進行度にあわせて登場人物の感情の浮き沈みをグラフ化し、テーマを同じくする官能的なロマンス小説と比較してみる……すると今作の感情的衝突・対立がどれだけ明確で振れ幅もおおきいかが明らかとなりました。

売れる感情の浮き沈みを持つDNAと持たないDNAの差は一目瞭然だ。3作品は、億万長者、愛、セックス、心の闇など、いくつかテーマを共有しているが、トピックの構成自体はベストセラーの要件を満たしていない。『Addicted to You』は、感情的に重い作品となっている。主役のふたりにはそれぞれやめられないものがあり、どん底を経験する。そのための感情のラインは常時、基準より下を走る。『Playing Games : Billionaire Romance』はもっと軽い作品だ。
 グラフが折れ曲がる場所は、衝突や変化があることを示す。山や谷がたくさんあればあるほど、登場人物も読者も感情のジェットコースターを味わうことになる傾斜がきついところは感情が大きく振れる。こうした動きがあれば、レビューには「ページターナー」「はらはらする」「心をわしづかみにされた」「癖になる」といった言葉が並ぶことになる。
   日経BP社刊{2017年3月28日第1版(底本は同日発行の紙版)}、ジョディ・アーチャー&マシュー・ジョッカーズ著(川添節子訳)『ベストセラーコード』kindle36%(位置No.3747中 1336)

 

      ・エンジニア兼商業作家のGPT-4執筆支援 使用レポート

 京フェス雑談チャンネルで某氏が紹介していた、「自然言語処理の会社を二社ほど創業しているエンジニアで、かつ小説も出版しているSF作家」安野貴博さんによるGPT-4執筆支援活用レポートは……

note.com

 ……エモーショナルカーブの可視化などもおこなわれていて、なるほど興味ぶかかったです。

 

     ○CygamesプログラマよりAIのほうがセリフから感情を読みとるのがうまい;脚本・音声データ⇔キャラ表情連動プログラム開発トライ&エラー

 言語処理・音声解析AIを創作に実戦投入された例だと、CEDEC2023で講演が一席ぶたれたそうです。

www.4gamer.net

 セリフを言語処理・音声解析し、その場そのときの感情の腑分けを自動化すべく試行錯誤した、Cygamesエンジニアの立福寛さんのレポート。

  1. BERTによる固有表現抽出⇒文章分類{1行→質問応答(抽出型/生成型)}=正解率66%
  2. 効果音分類(PANNs⇒SpeechBrain)=正解率63%
  3. 人間=正解率57%

 ……で、①が導入され③をサポートし、10%の作業効率UPとなったそうです。

 おもしろいのが、人間がテキストを腑分けしたほうが間違いがおおかった(!)こと。

 

     ○ぼくは創作を楽しく見聞きしてるが、じぶんの味蕾より機械のほうが肥えてないか疑惑

 こういう話題を聞くにつけ浮かぶのは、

「ぼくはぼくなりに創作を楽しく見聞きしているけど、じぶんの味蕾より機械のほうが肥えてないか?」

 という疑問です。

 zzz_zzzzは、佐藤亜紀『小説のストラテジー』に蒙が啓かれたひとのご多分に漏れず、作中の対比変奏をひろってはあらすじに還元されないかたちで作品を楽しもうとしていて……

zzz-zzzz.hatenablog.com

 ……過去「小説が下手」と評判だったグレッグ・イーガン作品についても、疑問をなげかけることができたと思うんですけど。

(ぼくの文章が読み通してもらえるレベルのものに達しているかはともかくとして、論拠じたいは他者がうなづける程度のものは示せていると思うんですけど)

 こういう見方は、もしかしなくても機械のほうが正確なんじゃないか?

 とも思えてならない。

 人間にしかできないことってなんだろう?

 べつに機械さんにやってもらったほうがうまくやれるのに、人間がやる必要あるんだろうか?

 そんな疑問がふくらんだここで2024年になってからの後知恵。藝春秋 2024年3月号』の小川哲さんのエッセイが面白かった。

bunshun.jp

 小川氏はここで凄いプリミティブな話をするんですよね。「ほかならぬ自分が書いたり考えたりするのが楽しいから書く・考える」というお話。まぁそうだわなぁ。

「でもzzz_zzzzが気にしてるのはそこなんですか?

 若き大作家・小川哲のような知識も冴えもないこと――無能であることですよね?」

 そうだわさ。

 でもありがたいことに小川氏はそんな方向についても「なんと!」というお話をしてくれる。

 僕は自分が執筆するプロセスを完全に把握しながら書いているわけではないので、どうしても作品内に無駄な描写や作品から浮いた人物、テーマにそぐわないセリフなどが現れてしまう。そういった無駄を刈りとっていけば素晴らしい作品になるかといえばそうではなく、無駄のない凡庸な作品ができあがる。僕が小説家として重要視しているのは、能力不足によって書いてしまった部分をどのようにして本筋に活かすか、ということである。無駄な文章とはつまり僕が一人の人間であるがゆえに発生してしまったバグのようなもので、逆に言えばそのバグは僕という人間がいなければ生まれることがなかったはずの文章だ。

 なんと無駄な描写や想定外のセリフ、能力不足やそれによって生まれたバグこそが重要なのだと!

 そう小川氏は話します。

 つづいて具体的な執筆過程についてかたります。ありがたやありがたや。

 たとえば作品の構造上、語り手が現在地Aから目的地Bに移動する必要があるとする。その過程で語り手はタクシーに乗り、タクシーの運転手と会話をする。会話のシーンを書いていると、タクシーの運転手が興味深いセリフを口にする。そのセリフは、タクシーのシーンを書くまで、小説家が想定していなかったものだ。そのセリフを丸ごと消してしまうのもいいし、タクシーの運転手に小説上の役割を与えるのもいい。(略)タクシーの運転手を本筋に加えることが作品にとって良いことなのかどうかを判断するのは、小説家の「大局観」としか言いようのないプロセスだからだ。この「大局観」は、将棋やチェスにおける「大局観」と似ているところはあるものの、本質的には別種のものであると思う。

 執筆でうまれるバグとそれについての取捨選択、軌道変更。それらを判断していく「大局観」が肝要だと小川氏は言います。しかもそうした作家の「大局観」は将棋やチェスにおけるそれと異なるのだと。はたしてその違いとは……?

 『文藝春秋 2024年3月号』は電子書籍なども流通中です。

 

     ○血統? 鼻孔のサイズ? 糞の量? それとも……;アメリカンファラオを獲った分析チームの飽くなき研究

 宴もたけなわになり時節柄もあり競馬の話題となりました。とにかく凄い世界だよね、えげつないことやってるよねと。

 馬にとって競馬場ってどんなところか? ウオッカヴィクトワールピサシーザリオカネヒキリなどなどを育てた角居厩舎の調教師・角居勝彦さんは端的にこう語ります。

 実は、ジョッキーは馬に好かれない。いわば憎まれ役です。

 馬にとって競馬場はストレスを感じる場所。そこに搭乗するカラフルないでたちの人がレースで激しく追ってムチを振るう、馬にとって怖い存在です。ジョッキーは馬に嫌われてこそ。精一杯に追って、馬の能力を最大限に引き出してもらわなくてはいけません。

   小学館刊(小学館新書)、角居勝彦『競馬感性の法則』kindle版75%(位置No.2508中 1865)、「第4章 競走馬を取り巻く人間と環境」1 ジョッキーより

 JRA競走馬総合研究所は競走馬の装具について、感情をもつ生物への行ないとしてはギョッとする機序を平然と言ってのけます。

 シャドーロールには、もうひとつ大きな効果がある。

 頭を高く上げて走る競走馬の姿勢を、低く矯正することである。シャドーロールをつけると、足元がみえなくなって不安になるため、走行中の競走馬は自然に頭を下げるようになるのである。

   講談社刊(ブルーバックス)、JRA競走馬総合研究所編『競走馬の科学 速い馬とはこういう馬だ』kindle版53%(位置No.1437中 742)、「第3章 速く走らせるための工夫」より

 

 公益財団法人 軽種馬育成調教センター『BTCニュース』を開いてみると、本当にいろいろな研究が載っているもので、たとえば2008年4月1日発行の第71号には、日本中央競馬会 日高育成牧場 業務課 岡野篤さんによる成馬にもライトコントロール!」という研究が掲載されていました。

 さて長日性季節繁殖動物であるウマの習性を利用し、冬に厩舎の照明を05時30分から20時まで点けることで「春がきた」と誤認させ発情させ排卵を誘発する空胎の繁殖牝馬にたいする繁殖期操作術として知られるライト・コントロール法。これをオスの育成馬につかうことで、テストステロン(男性ホルモン)を早期に分泌させられ、筋量増と脂肪減をたしかめられたという研究で、岡野氏は騎乗供覧を行うトレーニングセールにむけた馬体の早い成長や競りの見栄えアップを狙えるのではと活用の道を想像します。

{北海道の牧場の研究者さんとのことで、「九州産にくらべ我々は割を食ってるのでは?」と思索をひろげてるのも面白い。(フィクションの世界なら、からだつきの劣る馬を「北出身の馬は気温の関係でまだ伸びしろを残しているんだ」と買い付けたりしたら面白そうだ)

 2012年10月1日発行の第89号には、競走馬理化学研究所 遺伝子分析室 専門役 戸崎晃明さんによるオスタチン(筋抑制因子)と競走馬の距離適性」が掲載。

 3種のミオスタチン型によって116頭の馬の18ヵ月齢から24ヵ月齢までの馬筋量(体重/体高)はどう変わるか記したグラフや、同じ環境で競走に参加した競走馬(雄1023頭と雌687頭)を用いて、勝利(1着)時の競走距離分布の違いをミオスタチンの種類毎に評価したグラフなどが掲載されています。

 放牧なら放牧時間と骨密度・浅属腱横断面積のちがいや、月ごとの成長曲線、気温・日長時間・移動量の研究もあれば、追い切り調教に使用した時の馬場の素材別ケガ率の研究もあり、9割の競走馬がかかる胃潰瘍の原因はなにでどうすれば予防できるかの研究もあるし。

 12年間のJRA主要4競馬場(東京中山京都阪神)のレースにおける馬場硬度と怪我をたしかめた研究(実は有意な相関はない)も、8年間のJRA主要3競馬場(東京中山京都)のレースにおける高速馬場になる時期と怪我の関係をたしかめた研究(秋のほうが速いが、ケガ率は実は有意な相関はない)もあり、鍼治療みたいなあやしいものまで、とにかく色んな研究がある。

 

 zzz_zzzzは馬とビッグデータデータマイニングということで、37年ぶりのアメリカンクラシック三冠馬アメリカンファラオのオークション出品&買戻し劇を話題にだしました。(たしか渡辺零さんがツイートしていて「面白~」となったやつ)

ja.wikipedia.org

2013年の8月にはTaylor Made Sales Agencyに引き渡されファシグ・ティプトン・サラトガセールに出品されたが、ザヤットの代理人により30万ドルで買い戻された[6][注 2][注 3]。

^ ザヤットは有望な仔馬は100万ドル以下では売らないとしており、2007年のセールでもパイオニアオブザナイルを29万ドルで買い戻している[10]。なおこの時のアメリカンファラオについて、ザヤットは「彼の振る舞い、オーラ、馬体、動き方には輝きがある」と評価していた[11]。

 ウィキペディアではさらっと済まされたこの買戻しですが……

 この馬にはこれといって目立つところはなかった。良い血統だったが最良ではなかった。父親の「パイオニアオブザナイル」はトップ競走馬だったが、その血を引く息子たちはレースであまり活躍していなかった。85番には外見的にも疑問符がつけられていた。足首の傷跡を負傷の証と懸念するバイヤーもいた。

   光文社刊(2018年4月27日刊)、セス・スティーブンズ=ダヴィドウィッツ(酒井泰介訳)『誰もが嘘をついている~ビッグデータ分析が暴く人間のヤバい本性~』kindle21%(位置No.4896中 992)、「第3章 何がデータになるのか――驚くべき新データの世界」、トップ競走馬を見出す方法 より

 ……セス・スティーブンズ=ダヴィドウィッツ(酒井泰介訳)もが嘘をついている~ビッグデータ分析が暴く人間のヤバい本性~』によると、そんなロマンチックな感覚によるものではないのだとか。

 馬主の常だが彼も専門家チームを伴って馬選びを手伝わせていた。だが彼の専門家チームは、他とはちょっと違っていた。こうした催しで目にする専門家はたいていケンタッキーかフロリダの農村部出身の中年男性で、教育水準が低く、馬を代々の家業とする人々だ。だがザヤットが雇ったのはEQBという小さな会社だった。EQBを率いるジェフ・セダーは古いタイプのホースマンではなく、フェラデルフィア生まれの風変わりな男で、ハーバードでいくつも学位を取っていた。

   『誰もが嘘をついている~ビッグデータ分析が暴く人間のヤバい本性~』kindle21%(位置No.4896中 997)

 NYシティグループのアナリストから紆余曲折をへて競走馬界へはいったジェフ・セダー氏の分析の結果だったのです。

鼻孔のサイズ? 糞の量? 飽くなきデータ探し

 セダーは伝統的な評価法には目もくれず、データのみを追い求めた。彼は競走馬のさまざまな属性を測定し、そのうちどれが最も成績に関わっているかを調べることにした。これがインターネットが登場する5年も前だったことをお忘れなく。(略)

 セダーの孤軍奮闘は長らく続いた。馬の鼻孔の長さを測り、世界初かつ最大の馬の鼻孔サイズと後の獲得賞金のデータベースを完成させた。だが鼻孔のサイズは成績に関係していなかった。馬の心電図データも取り、死んだ馬を解剖して馬の速攣縮(全力疾走に使う速筋)の量も測定した。あるときには厩舎から糞を掻き出して量も測定した。レース前に体重を落とし過ぎるとスピードが落ちるのではないかという仮説を検証するためだった。いずれも戦績には関わっていなかった。

 そして12年前、ついに突破口が開いた。

   『誰もが嘘をついている~ビッグデータ分析が暴く人間のヤバい本性~』kindle23%(位置No.4896中 1074)、「第3章 何がデータになるのか――驚くべき新データの世界」、鼻孔のサイズ? 糞の量? 飽くなきデータ探し より(略は引用者による)

 その突破口とは……?! ぜんぶ書いちゃったら出版社・本屋・作家さんの商売あがったりなので、つづきは本書でご確認くださいな~。

 

      ・遅筋? 酸素摂取量? いやいやもっと身も蓋もない力学的理由;カレンジン族のマラソン強者な秘訣

 さまざまな検討・検査によって、おどろきの関連性があきらかにされるのが現代の研究の面白さですよね。

 アメリカンファラオの強さの秘訣はわりあい「まぁそうさねぇ」というところにあったりするのですが、ケニア・カレンジン族のマラソン強者である秘訣は、意外ながらもなるほど納得のもので、たいへん興味深かった。

zzz-zzzz.hatenablog.com

(ということでokama『Do Race?』感想記事でお話したことをそのままコピペ)

 デイヴィッド・エプスタイン氏はポーツ遺伝子は勝者を決めるか? アスリートの科学(2014年邦訳)で、1998年コペンハーゲン筋肉研究センターのおこなったケニア・カレンジン族(長距離ランナーを多く輩出している民族)と他の民族との比較調査を紹介しています。

 長距離走におけるカレンジン族の優位性についての多数の逸話や主張を検証するために、世界的に有名なコペンハーゲン筋肉研究センターの研究チームが、一九九八年にデータの評価に取りかかった(8)(9)

 カレンジン族の少年と、コペンハーゲンに住むデンマークの少年も調査対象に含まれた。

   早川書房刊(ハヤカワ文庫NF)、デイヴィッド・エプスタイン著『スポーツ遺伝子は勝者を決めるか? アスリートの科学』Kindle版56%(位置No.7854中 4355)、第12章「ケニアのカレンジン族は誰でも速く走るのか?」より

 カレンジン族のエリートランナーとヨーロッパ人のエリートランナーとでは、平均して遅筋繊維の比率に差はなく、デンマークの少年も都市部に住むカレンジン族の少年や農村部に住むカレンジン族の少年と差はなかった。農村部に住むカレンジン族の少年の最大酸素摂取量は、都市部に住み、活動量の少ないカレンジン族の少年よりも高い値を示したが、それでもデンマークの活動量の多い少年とほぼ同等の値だった。

   『スポーツ遺伝子は勝者を決めるか?』kindle版56%(位置No.7854中 4364)

 えっ遅筋もほかと変わらなければ、酸素摂取量でさえもおなじなの。カレンジン族の身体的優位性なんて実は無いのか? ……いえいえコペンハーゲン筋肉研究センターは重要なちがいを発見できました。

 研究者たちによる最もユニークな発見は、脚の長さよりも、むしろ脚周りの寸法だった。カレンジン族少年の下腿の容積と平均的な太さは、デンマークの少年よりも一五%から一七%少なかったのだ。これは重要な発見だった。脚は振り子のようなもので、振り子の端が重いほど、振り子を振るのに多くのエネルギーを必要とする(*3)

   『スポーツ遺伝子は勝者を決めるか?』Kindle版56%(位置No.7854中 4373)(太字強調は引用者による)

 足首にわずか五〇グラムの重りを取りつけただけでも、ランニング時の酸素消費量が一%増えることが、別の研究チームによって確認されている(アディダスの技術者が、軽量シューズの開発時に同様の結果を再現している(11))。

 つまり、デンマーク人ランナーと比較すると、カレンジン族ランナーの下腿は約五〇〇グラム軽い(略)。そのため、一kmにつき八%のエネルギーが節約される計算になる。

   『スポーツ遺伝子は勝者を決めるか?』Kindle版56%(位置No.7854中 4386)(略・太字強調は引用者による)

 なんとも身も蓋もない計算です。

 既成概念や思想や神秘のヴェールをどうにか掃って、身も蓋もない何某かを見つめようとする・思いもよらない新たな角度から考え直してみるのもまた、研究のたのしいところでしょう。

 ちなみにそういう楽しさが、『Do Race?』にもあります。上のお話がお好きなかたでもし未読のかたがいらっしゃるなら、ぜひぜひお手に取りください。全3巻と端的ですしね。

 

 そしてもちろん『WORKBOOK』も!

booth.pm

 ここまでのレポ日記を面白く読めたかたなら、十二分に満足できる本ですよ。次回次々回と今後もつづいてくれるとうれしいなぁ。

 

 

1205(火)更新ぶん

 ■ネット徘徊■読みもの■

  「『Eidolon』は死んでます」さえ聞けないくらい死んでます;豪州SFジン『Eidolon』公式サイトの403化

 KaguyaBooksなどで続々刊行されているご当地SFアンソロジーなどの話題から、オーストラリアSF(豪SF観にたいする内外の固定観念・偏見)について話している(らしい)グレッグ・イーガンのコラムが思い浮かび。そして、

「あれが『Eidolon』掲載のコラムだったとしたら、公式サイトでアーカイブ公開してくれているだろうからネットで読めるな」

 と、オーストラリアのSF誌『Eidolon』の公式サイト(Eidolon.net)を訪問したところ、サイトが403になっていることを知りました。もともと……

『Eidolon』誌は死んでます

  Eidolon Magazine Is Dead

 オーストラリアの最も古く最も批評的評価をあつめたセミプロ誌(ジン)は、二年余におよぶ休刊をへて、ついに公式に廃刊を宣言いたしました。

  Australia's oldest and most critically acclaimed genre semiprozine has finally announced its formal closure, after a publishing hiatus lasting more than two years.

 ……とのコメントがトップページにあったサイトで、最終更新は2003年。

 2022年時までは閲覧可能だった覚えがあるから、2023年=保守20年目となる区切りで「さすがにもういいか」となった感じなんでしょうか?{21:27追記;これはぼくの勘違いで、22年のinternet archiveを見てみたら、そのときにはもう403だったみたい。ふつうにみられたのは21年年末までっぽい。

(もしかしてこれ……

 ……こっちの要因だったりするんでしょうか。そうだとすると辛いな)

 20年もの長きにわたって保守しつづけたかたがた、ありがとうございました。

 

 さてサイト閉鎖により、目当てのコラムもあわせて403になってしまった。

クイーンズランド大学が各種機関と連携しておこなっている、オーストラリアの文化活動データベース『AustLit』。こちらのサービス利用対象者であれば、いまもネットから拝めるらしく、一瞬「そちらと連携したかんじか?」と思ったんだけど、そちらでの保管は2010年開始みたいなので、『AustLit』(有料・限定)と『Eidolon.net』(無料・オープン)との両方で読める状態がしばらくあったようで、つまりそれぞれ独立した事象のようだ}

 403になってしまったのですが、InternetArchiveで魚拓したかたがいたらしく、「A Report on the Origins & Hazardous Effects of Miracle Ingredient A」「Burning the Motherhood Statements」「Counting Backwards From Infinity(こちらは『SFマガジン』過去号に邦訳あり)」は今も参照可能。こちらもまたありがたいことです。

 

   ▽いまさらながらInternet Archiveって権利問題ってどうなってるんでしょう。普通にやばい?

 でまぁ、インターネットアーカイブさんをよく頼らせてもらってるんですけど、ふと「これどのくらい権利的にオッケーなものなの?」と猛烈に不安になってきました。

 商業で出ていた紙の本のアーカイブとかもやってること、しかも作者が逝去されて50~70年経ったものとかでもなさそうなごくごく新しい本もあるっぽいことに最近気づいてゾーッとした。

 

 

1210(日)更新ぶん

 ■ゲームのこと■

  switch版『Outer Wilds』は丁寧で好感もてる移植だが、ハード自体の難は正直……

(12/12昼;プレイ時間もまた少し重ねた結果、下方修正するかたちで改稿。

 12/12夜;砂義出雲さんによる各ハードの劇中世界の解像度・テクスチャ比較ポストを引用しつつ、補足説明。LoD調整ガジェットとして顕著になった、switch版シグナルスコープのズーム機能の紹介)

store-jp.nintendo.com

 ついに出ましたね、switch版Outer Wilds』

 さっそく買ってちょっと触りましたよ。

 移植はがんばってて、ぼくは好感をもちました(ファーストインプレッション)……

 ……もちましたが、正確をきすなら「switchというハード自体がそもそもアレだが、その範疇では移植は頑張ってる。(既発の他ハード版より落ちる)てかんじっすね。(セカンドインプレッション)

www.youtube.com

 『Outer Wilds』switch版について、個人によるフレームレート確認動画が出てました。

 基準となるFPS(秒間フレーム数)が30で、重たいところ(動画でいうリスポーン地点の焚火~昇降機)は29~26くらいに下がり、宇宙船が中破すればガクンと下がる(が20台は大体キープ)

 動画でふれられてないところだと、リスポーン地点である「木の炉辺」リフトオフ時に視界を惑星側にむけているとカクつく感じがあるなとか、火山弾が舞い落ちたりとオブジェクト数がふえるからか「脆い空洞」表面とかはちょっと触っただけでもカクつく感じがあるな、とか。

 zzz_zzzz基準で他機種と比較した体感は、PS4(PS4Pro)版でカクついたところはswitch版だと気持ちガクツキが増えるって感じですね。

 ただふしぎなことに、PS4で宇宙船内の宇宙服を着用したさいの一瞬のフリーズ感はswitch版だと無い

 据え置きドッキングモードと携帯モードとでのFPS変化は、zzz_zzzzはそう感じませんでした。ここは素直に喜べるポイントなんじゃないでしょうか。

 フレームレートが可変すること自体が不快要素で、数値的には些細なのにFPSが1下がって戻るだけでもけっこう不快だったりするんで、上の動画の時点で多少なりともきつさを感じたかたは、そこから数十時間プレイすることを想像してもらったうえでご購入をご検討ください。

 

 ゲームオーバーから次ループでプレイアブルになるまでの待機時間について。

 発生する待機時間は①遡り演出(生存時間で上下? 15秒とする)+②暗転~明けて操作権限が戻るまで(30秒)の二種があるかと思うんですが、①+②=40~60秒かなと。これはPS4Pro版(HDD保存)とかわらないかんじ。

 現行最新機であるPS5だと②が5秒くらいで明けるんで、宇宙船で脆い空洞へ直行して衛星の火山につっこんで死んださいのリトライ待機時間は20秒くらい。Switch版やPS4Pro(HDD保存)で同じことをすると45秒くらいと、倍以上かかることになりますね。

 

 グラフィックについて。

Ethan Raicheというチャンネルが出してる他機種との比較動画はおそらくどちらもPS5版を並べてるだけのフェイクなので注意してください。こんなにグラフィックよくないよ)

 switch版発売直前トレイラーでも映されていたとおり、やっぱり全体的なポリゴン数(一部はたとえば紫がかった青のトラクタービームのエフェクトなんてただ簡素化するんじゃなくて意匠的な記号化といえるかたちで行なわれている部分もありますけど、全体としてはま~~スペック相応のデチューン、簡素化ですな)も貼付されたテクスチャジャギーが見えたり、ボケてたり)も、光影の投射数もみんなみんな既発ハード版よりも落ちているんですが(たとえばリスポーン地点の焚火では、鍋の影が地面に落ちなくなっている、ハードのスペックが落ちてるなかでソフトはパフォーマンスを発揮してくれてる印象。たとえばカメラの距離によって被写体のモデルを切り替えるLevel of Detailの推移も丁寧

{『ポケモンSV』みたいに同室内で二十歩くらいむこうにいる人がまったく見えない、みたいなアレは無さそう(いやもちろん『SV』がひどすぎるという説もありますが……)

 クリアまで通しプレイや処理がいちばん気になるDLC部分などはzzz_zzzzもチェック不足ですが、switchしか持ってないひとにはしっかりオススメできる移植になってそうでした。

 

 LoDの推移は丁寧だけどそもそものスペックがスペックなので、プレイヤーキャラクターのそもそもの視力・視野が(商業初出・他機種版より)ひくくなってるのは確か。

 自分がプレイしてるときには気づかなかったし動画で一回観たときだって全然わかってなかったんですけど、リスポーン地点である「木の炉辺」のLoDも、室内~室外の切り替わりのぶぶんで中景くらいの距離の岩山が/外へ出たあとの木々の向こうの遠景がキュビスム絵画みたいになっとった。

(他ハード版でこういったLoDの難しさを感じたのは、PS4Proじゃ「闇のイバラ」の差し替えと、DLCで大きく場面転換おこったときくらいなもんじゃないかな。

 XboxONE/PS4ゲームを動かすのがいかに大変か、わかりやすいところにおもえる)

 

 対策としてはシグナルスコープのズーム機能はLoDを変えられるし、ランドマーク類はLoDがちゃんと利きます。なのでたとえば、switch版の主人公の肉眼では文字が読めない宇宙船内の地図も……

https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/z/zzz_zzzz/20231212/20231212215934_original.jpg

 ……シグナルスコープ越しに見れば文字まではクッキリ見えますし。

 あるいは「木の炉辺」から双眼鏡をかまえて衛星「アトルロック」を眺めれば……

https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/z/zzz_zzzz/20231212/20231212215940_original.jpg

 ……そのクレーターの窪みに、肉眼ではおがめなかった木々や人工物がレンズ越しに浮かび上がってきますし。さらに遠くの星「脆い空洞」をシグナルスコープで見れば、その表面と内部の特徴的な凸凹を、故郷にいながらにして拝むことが出来ます。

 switch版ではシグナルスコープのズーム機能を適宜つかいながら探索するのが良さそう。

 

 ただまぁシグナルスコープを覗きこめない局面もけっこうあるし、覗き込んだところで素の解像度・モデルが粗いって問題は依然としてあるんですよね。

 視界・視力がわるいがためのイヤな要素が、現時点で3点くらい想像されます。

  1. 不審なものを調べるには、「なにかおかしい」って違和感をいだく必要があるのだけど――つまり"大部のふつう"との違いが小さいながらにも描画自体はされている必要があるのだけど*9、描画精度のせいで分かりづらい。それどころかLoDの妙で描画されてないことさえある。なにが常でなにが異常か知らないし見当もつかないのに「ここにはきっと異常があるんじゃないか」と足をのばせるのはエスパーだけではないか。
  2. 視野・視力が低いということは、つまりそれをカバーするためによく歩き回らなきゃいけないことになるはず。視力のわるさを足でカバーする虱潰し戦略を、時間制限がありリトライペナルティが重いなかでやらなきゃならない。
  3. 闇雲に歩き回るということは、フレームレートのカクつきガタつきと遭遇する確率もたぶん高くなるのでは?

 

************

 

 switch版発売再告知を報じたbuzfeed記事のブックマークコメントも改稿。

「ロードや処理がどれだけ重くなるか不安ですが、3D酔い対策の一つは視界を占める画面の割合が小さくなることなので、酔って辞めた人への処方箋になりやしないかと期待もちょい抱いてます。」

 と当時書いたんですが……

オープンワールド宇宙探索ミステリー『Outer Wilds』のSwitch版がついに発売へ。「2021年夏配信」の無限ループから抜け出すことに成功か

発表時「3D酔い対策の一つは視界を占める画面の割合が小さくなることなので、酔って辞めた人への処方箋になりやしないかと期待もちょい抱いてます」とコメしたが、移植は頑張ってるけどガクつきは増え,たぶん更に酔う

2023/11/15 18:49

b.hatena.ne.jp

 ……他機種をもってるひとはそちらでご購入いただければよいし、「すでに他機種版をもってるが酔ってクリアできなかったよ」というかたはswitch版ではたぶんそれ以上に酔ってプレイ困難になるのではないかと思います。

 

 

1215(金)

 ■社会のこと■はてなブックマークコメント補足■

  トランスジェンダー関連の記事へつけたコメントの補足

 以下の記事にて……

zzz-zzzz.hatenablog.com

 ……日本でもやいのやいの言われる未成年の性別違和と性移行処置について、具体的にどのくらいの数的・時間的規模の話なのか? ざっくりですが米英それぞれの提示と。

 Yahoo!ジャパンニュース「エキスパート」千田有紀氏の記事はとある脱トランス者の思春期ブロッカー・ホルモン投与開始年齢を1歳ずつ若く誤記したり乳房切除手術を20歳成人時におこなったことを記載しなかったりするために、過度に「取り返しのつかなさ」を煽ってるよ、結局それはトランス肯定派だけでなく懐疑派・否定派にとっても不誠実ではないか、という話をしました。

 

 

 

1219(月)

 ■ネット徘徊■

  よいASMR動画は音がいい? 絵と音の連動がいい? 音さえ無くて良い;「貫通耳かき」&「耳内水溜まり」ASMR動画からみる人体の不思議

 ASMR動画を見るのが好きなんですね。

 ASMR自体はめっちゃハマってるって感じではなく、「おもしれー!」てなったときに集中的に聞いて、「なんか慣れてきたな」と思ったら離れ、また「おもしれー!」てなったら新顔を漁り……という付き合い。

 ヘッドフォン派で、安い器具しかつかわないからなのか、イヤホンの魅力がわかりません。(ぼくが買う価格帯だと、ヘッドフォンのほうが立体的/いろいろな場所から音が聞こえる感触がある)

www.youtube.com

 ここのところ面白いなと思ってるのが「貫通耳かき」シリーズ。

 たとえば右耳がほじられていると思ったら正中線がぞわぞわされて、それどころか左耳へとぞわぞわが行く……というものですね。

 この趣向は数年まえからさまざまな人が投稿していて、しかし(同じくASMR界だけで存在する奇耳かきである)「炭酸耳かき」とちがってzzz_zzzzに届くほどまでには元気でない。ぼくはたまたまポラリス流星群さんがここのところよくやっていたのに遭遇したので、その存在に気づけました。

 このシリーズのおもしろいのが、どういうシチュエーションなのかを視覚的に示されたものの多さ。

 LRのマイク源だけが示されていた第一弾から、耳の記号がポストプロダクションで追加されるようになったBlije ASMRさんの2019年の貫通動画群(しかし音の発生源は、マイクを、指や耳かきが画面上や下から現われて擦るもので、横顔に正面の目がついてる太古の絵画的奇妙さがある)tomoro ASMRさんの20年06月07日の動画では、音の発生場所と映像の耳かきが画面横から中央へかなり細かく同期したアニメで(しかし端~中央までで、端から端へ貫通するものはない)空気をもきゅもきゅする「空気職人」ASMR動画で人気な 人一人 ASMRさんの23年12月09日投稿の中を細い棒が通る ロールプレイ / head massage roleplay【 ASMR 】』で、左側頭から右側頭へ竹ひごが通される実写映像化されました(ただリアリティに向き合った結果、貫通中は左中央右すべて音が鳴るかたちとなり、「聞いてて面白いか?」つったら、う~ん……)

 

 もちろん、オリーブASMRさんの19年投稿[ASMR] 7つ道具に貫通する耳かき!🌙1時間同趣向の初投稿は19年7月12日なんだけど強すぎて好きじゃない)、ゾッド Zod ASMRさんの20年6月投稿『【ASMR】刺激!!鼓膜を直接ツンツンされる超振動が脳内を貫通 / Pain penetrates into the brain / Tweezers / CS-10EM / No Talking』ジュディス Judith ASMRさんの22年9月8日の動画など、視覚的インパクトはないけど、音の遷移にすぐれて「貫通してる」感がつよいものもありました。

 

 音の感じと映像との両面でおもしろく達成されたのが、この項のはじめに埋め込みリンク形式で載せたASMR MOTIONさんの23年04月26日投稿『【ASMR】りえない耳かき』ってかんじですね。

 ASMR MOTIONさんは自作のアニメーションと音のシンクロがすばらしく、なかでも『【ASMR】ォーターマン』は白眉ですね。

www.youtube.com

 動画にうつされた人が頭を体を傾ける、すると体内に貯まった水がポチャポチャ傾き、映像に合わせてバイノーラルな水音がひびく……そんなASMR動画を観ていると、「外部から発された視聴覚信号だというのに、たしかに耳内に水が溜まってるときの不快感がある!」と人体の不思議が興味ぶかい。

toyokeizai.net

 パリパリサクサク音SEを聞きながらポテトチップスを食べると、より一層おいしく感じるというオックスフォード大実験心理学者にして「音響調味ソニック・シーズニング)」の第一人者チャールズ・スペンス氏の研究をご存じのかたは多かろうと思います。

 日本ではその発展的研究として、「咀嚼音そのものではなく咀嚼時の「咬筋」の筋電波形を音に変換したものをフィードバックする」ことで、食べ物それ自体から音の出づらい介護食でも「介護食の「噛みごたえ」や「ざらざら感」などの食感が変わったほか、「食べる喜び」や「食べている実感」が向上」できるとたしかめた研究があるそうな。

jwu-psychology.jp

 『ウォーターマン』ASMR動画から呼び起こされる感覚は、後者の研究にちかい機序がありそうな雰囲気。

{これ関連だとほかには電通電通デジタルの『Phantom Snack』なんてものが展示会に並んだみたいですね。

 白い箱・ディスプレイに表示された数種の食べ物を選択したうえで、その場でアゴを動かすと、(顔認識で咀嚼を判定し)それに合わせて画面上の食べ物がかじられていき、骨伝導イヤフォンで咀嚼音と振動が発生、アロマデフューザーから特注の香料が放出され、それぞれの風味があじわえるそう。

dentsu-ho.com

 

 こうしてblog向け文章としてまとめるにあたって「貫通耳かき」ASMR動画を見直したわけですが、ポラリス流星群さんの動画は、音はよいけど、動画につけられたイメージは十数秒のループアニメーションで聴覚情報と同期していません。

 でも、というかだからこそ、その凄さにおどろかされました。『ウォーターマン』でさえ感じたことのない衝撃があるんです。

 「い゛っ!!」となるんです。それも、音が鳴ってない場面で。

youtu.be

 ポラリス流星群さんの貫通耳かきアニメーションには音との同期はないけど、だからこそほかの動画では達成できない、むやみやたらな速度がある。耳かきが勢いよく人体へとつっこまれるそのアニメーションには、危険信号を反射的に創出する暴力性がある。

 音さえ鳴ってないのにこうも痛い気がしてくるんだ!?

 ある種のラバーハンド錯視なんでしょうかね、けっこうにびっくりした体験でした。人体って不思議~。

illusion-forum.ilab.ntt.co.jp

 

 

  「描写」のひとでもあるよな;円城塔旧blog『Self-Reference ENGINE』再訪メモ

 円城塔さんが昔やっていたblogを再訪しました。

self-reference.engine.sub.jp

 年月の若い順から、サンフランシスコ版『街のヘンなモノ!VOW』blog期(2012.11.15~2012.10.01)マイク・トラウトみたいなお仕事情報bot期(2011.10.03~2009.04.07)、一口ネタbot(2009.04.04~)……みたいな感じになっており。

 サンフランシスコ滞在時代の写真はいまじゃすべてすっ飛んでおり、ひらくとzzz_zzzzは損した気分になるから見てなかったんだけれど、改めて読んでみると、文字だけがのこった結果として円城氏がけっこうに「描写」の人であるというぼくの主張がつたわりやすくなっている気がします。

 

   ▼サンフランシスコ版『街のヘンなモノ!VOW』blog期まとめ

三角帽子
2012.10.03 Wednesday | category:SanFrancisco

 霧が出ると、ちょっと小高い場所の建物は頭が隠れてしまうし、下手をすると丘ごと霧の中になる。
 Steiner-Jackson のこの建物は、坂の上にぽつりと佇む姿が印象的で、勝手に「夢の城」とか「幽霊ホテル」と呼んでいるのだが、多分ただのマンションである。部屋からも赤い帽子だけ見える。
 以前もっと霧の濃い日に通ったときは、水の粒が星月夜のように逆巻く中、ホテル・カリフォルニアをBGMに浮かぶピレネーの城といった風情で、しみじみとしたやけっぱち、みたいなよくわからない感じになっていた。

 霧の街サンフランシスコのとあるマンションにたいしてこんな劇的な見立てをすることもあれば……

ぐるぐる
2012.11.11 Sunday | category:SanFrancisco
 その気になると意外と行きにくいグレース大聖堂。
 一番のバスで通りはするがいざ降りるとなると周囲にあまり用事がないので、観光初期に勢いで行くべきかもしれない。
 正面入ってすぐのラビリンスは、シャルトル大聖堂のもののコピーである(入口手前右手にもある)。ラビリンスを使ったヨガ教室とかのチラシがあり、色々不明な感じではある。
 ギフトショップはこのラビリンス意匠ものばかりで、さすがにそれもどうなのか。キース・ヘリングだって奉ってあるのに。

ウィンチェスター
2012.11.12 Monday | category:SanFrancisco

 増築に増築を重ねたウィンチェスター屋敷。
 もっと辺鄙な場所にあるのかと思っていたが、サンノゼの繁華のそばに建っていた。
 流石に今はもう増築もされていないが、クリスマスツリーとかゾンビ人形とかで飾りつけられ続けていた。

 グレース大聖堂ウィンチェスター・ミステリー・ハウスといった名所の、写真集やトラベルガイド*10や怪談集には載らないであろう、地域住民のハブ的空間となった俗なディテールへと注目したり。

前立て

2012.10.25 Thursday | category:SanFrancisco

 何かのステータスらしい、出窓前立て家。イタリア様式、なのか。
 この出窓をつい六角窓と言ってしまうのだが、実態は八角形の方が近い。部屋の面積を削ってでも出窓は作る、という意思を感じることが多い。ペットと出窓は人間らしく暮らす最低条件というフシがある。あと車。
 前立てをつくる理由をどうも思いつかない。

バス停
2012.11.04 Sunday | category:SanFrancisco

 ほとんどの道の角にバス停のあるサンフランシスコの街なかだが、たまにあるはずのバス停が見当たらず、通り過ぎてしまうことがある。ずっと不思議に思っていたが、どうもこういうことらしい(電柱と一体化している)。たまたまバスに乗る人をみかけてようやく気づいた。
 セントラル・リッチモンドの上、リトル・ロシアのあたりだから、ちょっと外れということになる。
 一度気づくと、これが普通に観光地のど真ん中にもあるのが見えるようになる。

 そこらにある街角にある面白いもの、気になったものについて書き留めてもいます。

 たとえば12年10月01日の「骸骨」は、写真こそ無いものの、「ああ、通りをこえた区域がスペイン圏であるために街路樹の根元カバーにいたと云うガイコツが載せられていたのだろうな」とか。10月04日の「渦」も、「教会の渦式の装飾を撮られたのだろうな、それは一見見栄えがよいけど簡単そうな模様なのだろうな」とか、文章を読むだけで想像できたりする。

 静止画の写真ではわかりにくい時空間についても円城氏は注目・記述されていて……

信号
2012.10.20 Saturday | category:SanFrancisco
 信号はカウントダウン式である。
 これが結構気ぜわしい。信号が変わってすぐに渡りはじめても残りは五秒程度しかない。
 もっとも、こうしてせかされるのもある程度街なかの話に限られ、ちょっと道をはずれるともう信号はなく、通行人が自由に渡り放題である(斜めに渡ったりすれば流石に轢かれるだろうと思う)。
 どうも、ぼんやりと待ってしまって、ああ信号ないのか、とようやく気づくことが多い。

 ……ハトやパトといった動物もまたblogの対象になり……

鳥争い
2012.10.21 Sunday | category:SanFrancisco
 アパートの部屋から見える何かの棒。旗竿なのか。いまひとつどこにあるのかよくわからない。
 午前中はこの頂点で、鳥たちがしきりに交代している。昼過ぎから人気がなくなる理由はよくわからない。陽射しのせいかと思っていたが、曇りの日でも午後は人気がないようだ。

ほつれ鳩
2012.11.09 Friday | category:SanFrancisco
 Chestnut - Fillmore あたりでバス待ち中に追いかけた鳩。
 陽光と風の強いサンフランシスコでは、鳩はみんなほつれて若干中身が出ている。
 このところ日焼け止めをさぼっていたら、首の後ろの皮膚がぼろぼろになっていた。

ぱと
2012.10.30 Tuesday | category:SanFrancisco
 警察のインターセプター。
 とかく威圧感のある警察だが、そのイメージをやわらげるための工夫……かどうかは知らない。サンフランシスコでは、セグウェイもゴーカートも公道を走れる。

 ……写真だけでは伝わらない部分の記述という意味では、サンフランシスコのコーヒーの味面白トッピングの現地寿司の味など、味覚描写もなされました。

 

    ▽鉄柵の渦、浜辺のプラスチック動物の進化。拘束の中に見出される生命

 とある事物についてなににフォーカスするかは人それぞれ違うものとはいえ、作家の手記になんでもかんでも創作の萌芽を見出すのは、かなり偏った見方でしょう。

 たとえば『屍者の帝国』でワトソンが米英の茶の味を気にするのは(いちばんは旅の仲間バーナビーが自著で茶の味について一家言あったからかと思いましたが)円城氏自身がコーヒーの味に注目するひとであったからかもとか、同作の旅中に貨幣がでてきたのは「クリッパーカード」に注目するひとであったかもとか思うのは、挙げたzzz_zzzzじしんも「こじつけすぎだろう」と反省しないでもありません。

 とはいえ……


2012.10.04 Thursday | category:SanFrancisco

 近所のマケドニアバプティスト教会にて。
 街中にとにかく鉄柵をよくみかけるが、ほとんどにこの渦式の装飾がある。こうした模様を眺めていると、クラスのことを考える。ここで言うクラスとは何かというと、「決められた操作だけを用いて作られた模様の集合」くらいの意味で使っている。
 鉄柵に渦巻模様が多いのは、やっぱり鉄の板を加工するのに、渦にするのが見栄えが良くてやりやすいからだろうと思う。意匠を決めてから作業の方を考えるのではなく、操作が限定されることにより意匠が決まることもある
 とても当たり前の話なのだが、何故か通じることは少なく感じる。この文章の形だって、カナ漢字変換他もろもろによって決まっているのに。

   (略・文字色変え・太字強調は引用者による)

 ……鉄柵の模様の話から、物性・実作的な制約の推測に移り、最終的に「この文章の形」の制約に触れておわる「渦」を読んで、あるいは……

テオ・ヤンセン展
2009.02.28 Saturday | category:essay

(略)

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 甲殻類か恐竜の骨格とでも言うのだろうか、あるいはトラス橋のようでもあり、狂った幾何学模型にも似る。プラスティック・チューブで作られた、数メートルの浜辺の動物。スヘフェニンゲンの波打ち際を、何かを思索しながら散策している。

(略)

 チューブの長さや、過去の世代の残した部品が、ビーチアニマルの「遺伝子」だ。初期にはPCの中で実行される遺伝的アルゴリズムによって決定されたチューブの長さは、第五期、タピディーム期を経て自然の淘汰に本格的に晒された。ビーチアニマルたちがヤンセンの意図していなかった「群」を作ったのはこの世代の出来事である。
 全てをシミュレーションの中で行えば良いのではという見解に、ヤンセンは賛成しないだろう。材料をプラスティックに限定し、動物を浜辺に放すのは、生命は拘束の中に置かれることで見出されていくものだと彼が考えるからである。ビーチアニマルと浜辺、そしてヤンセンの間に生命は存在しているからだ。それは勿論、ビーチアニマルとそれを見る我々の間にも生まれる運動だ。
 ヤンセンにとって生殖とは、「人間の思考から世界に入り込む記憶」を産み出す行為を意味している。生殖がどのように、何のために行われるのかを知らない人々に向かって彼はこう答える。
「あなたは死後も記憶されるために生殖するのだ」

   (略・文字色変え・太字強調は引用者による)

 ……2009年02月28日オ・ヤンセン展」を読んで、「『字渦』を書いた人だ」と思うのは、さすがにぼくにかぎったことではないでしょう。

――表題作の「文字渦」に出てくるのは既存の漢字かどうかを確認するのも大変そうな漢字ばかりです。
円城:ユニコードの分厚い本と「超漢字検索」っていうアプリを使って確認していました。アプリの方は「大漢和辞典」という15巻くらいある漢字字典まで入っていて、「“人”が四つ入っている漢字」というような条件を入れると探してくれる。

すると大体あったんですよね。そうなると、「あるなら作らなくてもいいんじゃないか」という気持ちになってきて(笑)。だから「文字渦」にある漢字は基本的にはユニコードにあります。ないのは数文字だけですね。基本的にはユニコードにある漢字を、という方針に切り替えました。

漢字を作るのは、やってみると案外難しかったです。無理矢理作ることはできるのですが、そうすると見た目が漢字に見えない。何でも三つ並べてみるとか、手は色々あるのですが、そこまで面白いだろうかという気持ちもあって、それなら既存の漢字の中で変なものを使ったほうがいいなと。

   新刊JP(2018年9月7日 20時UP)、『やってみてわかった作字の難しさ 円城塔、新作『文字渦』を語る(1)』(太字強調・文字色変えは最初の行をのぞいて引用者による)

 「文字」の地層学・生態学的にながめたりする『文字渦』。

 どんな創作文字だってつくれる執筆・出版環境を約束されながらも、創作字は漢字に見えず、けっきょくユニコードという既存の文字体系の範疇でほぼ全編えがいた……そんな旨を円城氏はインタビューで語っていました。

 

   ▼blog内創作・随筆まとめ(テオ・ヤンセン展エッセイが白眉)

 blogに掲載された文章にはいくつか創作もあり、2007年03月02~05日アラ島」アラ物語」(1)()(。2008年11月25~12月01日「胡蝶の夢」連作掌編」「るいは」「れとも」「、12月14~15日「超短編:ックマン捕獲作戦」(前編)(後編、12月24日リスマス短編」がそれにあたりますけど、「まぁファンなら……」というかんじ。

 カクヨムのidんしろによる中短編群や、𝕏の@Enjoe140投稿の140字掌編群のほうが面白いですね。

 旧blog内で白眉なのは、さきも一部引用したオ・ヤンセン展」エッセイじゃないでしょうか。

 

 

1222~24

 ■観たもの■インターネット徘徊■

  にじさんじフェスティバル2023

 にじフェス前夜祭ふくめ3日間たのしかったですね。いつもどおり自宅からPC画面ごしに参加。

 それはなんですか;

 エニーカラー社の運営するバーチャルYoutuberバーチャルライバー団体にじさんじ幕張メッセだかでフェスティバルです。

 文化祭的なノリのイベントで、会場ではライバーが観客と対面でおしゃべりしたり、ハンドベルやバンドのライブ演奏をしたり、ダンスパフォーマンスをしたり、いつもの配信を観客のまえで披露してくれたり。

 あるいはライバー考案の飲食物や物品が販売されたり、ライバーが描いた自画像やステンドグラスアート、持ち込んだ私物、にじさんじ箱内統一衣装の展示などなどがされたりします。

 イベントや会場の模様について無料中継も二ケタ時間あるいっぽう、一部イベントは有料です。有料イベント5公演の通し見ネット配信視聴チケットは22,000円也。

 

 感想;

   ▼Day0;『前夜祭』

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 夜祭』は、ランティス(樋口楓)やVirgin Music(ノルニス)からメジャーレーベルデビューやソロライブ(樋口・ノルニス・VΔLZ)などを経験済みであるライブ経験者4組によるリレー&コラボライブ。4曲のうち3曲を持ち歌・1曲をカバー歌でこなす構成でした。

 にじさんじの各ライバーも、本当にいろいろ積み重ねてきたなぁ……。

 

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 トップバッターを飾る一期生出身でろーん(樋口楓さん)にじさんじライブの火付け役と云ったらやっぱりこのひと! って感じで、マイクパフォーマンスやアレンジがブチ上がりました。

 ここでにじさんじ箱統一衣装の今年のマイナーチェンジ版が初披露。去年の『Fantasia』のものから材質が一新されててビビりました。イメージカラーの布地にラメが加わり(というか、光源に合わせて細かく豊かに明滅するようになった)、襟や小物など金物(かなもの)が金物らしい光沢を得ている……というあたりは、今回のにじフェス統一衣装組とおなじなんですけど、黒地の布もなめらかな素材から生地感のあるものに変わっています。(夢追さん、『SYMPHONIA』Day1レオス・ヴィンセント、レイン・パターソンさん、Day2不破湊さんあたりはおなじ生地感かな。とくに不破っちはわかりやすい)

 自身が担当した全国ネットTV番組のタイアップ曲を織り交ぜつつも、視線はいつにもまして観客に近く、曲合間のMCでは、後続の夢追さんが事前宣伝配信で言っていたことを曲解ぎみにイジるなど、いろんな方向から会場をあたためてくれました(笑)

 

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 二番手はにじさんじSeeds二期出身(五期生くらいの順番)バーチャルシンガーソングライター夢追翔。イスを使っての持ち歌披露から、事前宣伝配信でコール&レスポンスをリスナーへお願いしていた曲、新曲の在り処」発表など盛りだくさんの内容。足踏みをしつつもそれでも一歩ふみだす配信者人生を歌った歌で……

♪大長編 引き伸ばしの人生 エンディングを待ってるだけの日々が退屈で

 順番が 来るのを虎視眈々と 狙う準備だけなら積み重ねてた

 ……配信しつつ定期的に曲づくりだってしてるまじめな努力家がなんでこんなにも 人生ナメてる甘いヤツ の解像度が高いんだ、ズルい!!! と歯噛みしました。

(ぼくがそうなんですけど、ヒーローインタビューでうまいこと言う脳内トレーニングだけはするんスよ。お立ち台に上がる練習を積むべきなのにね)

 けっこうに個人的だろうのに、その実感の具体性ゆえ射程のひろい普遍的な歌だし。また、会場のかたがたは虹を見るためにビッグサイトまではるばる足を踏み出したひとびとなので、初めて聞く曲でも/だからこそ、特別な一曲になったんじゃないでしょうか。うらやましいぜ。

 

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 たのしいイベントにしては荘重すぎるくらいに荘重な出囃子であらわれた三番手ノルニスも、持ち歌fantasy/reality』で歩きだします。出囃子がしっくりくるイントロ・前半を過ぎたあと、荘厳さはそのままに高揚感と疾走感あるサビが気持ちよい。ふしぎな振り付けもクセになってくる。

 3曲目KANA-BOONカバーいものねだり』は、ステージを端から端までvtuberの表情の大きさも最大限につかった掛け合いが面白かった。

 ほわほわしたMCのあとは、ノルニス立ち上げAbyssal Zone』1stSingleTransparent Blue』のメドレー、そして朝比奈アカネ卒業によりトリオから現在の戌亥とこ&町田ちまデュオとして再出発した2ndSingleNetflix『グッド・ナイト・ワールド』ED曲でもあります)salvia』で〆。ノルニスの出発から現在までが一挙に味わえるような構成でした。

 

 4番手トリのVΔLZは20年デビューのトリオ。男性アイドル的な明るい持ち歌でこそ出発しましたが、和風な出囃子のとおり桜魔皇国でそれぞれ祓魔師、官吏、研究者をしているかたがたで、世の演武』はそんなバックグラウンドをうかがわせる曲。ストーリー仕立ての歌に合った、床に膝をつきうなだれたりするドラマチックな振り付けがよい。

 つづくMCパートでは、来年ついにかれらの祖国での姿が描かれるのだと発表されました。ガワ・バックグラウンドなんて有って無いようなものである(自身が「ストーリー」を構築できる人は、わりあいすでに完結させたりなんだりしている)ストリーマー気質のつよいにじさんじとしてはかなり珍しいし、大がかりなにおいのする企画だ。

 ライブらしい揺らぎを感じさせるパフォーマンスに、今回の発表に、かれらのここに至るまでの配信活動をかさねたファンもいるんでしょう。これはうれしいでしょうね~!

 オフラインイベントの発表(夢追)にアルバム制作発表(ノルニス)、ストーリーコンテンツ発表(VΔLZ)などなど、つづく2日間の本祭はもちろんのことにじさんじの今後さえもがひらかれていくような心地よいスタートダッシュでした。

 

 

   ▼Day1
    ▽『さくゆい劇場』

youtu.be

 くゆい劇場~この旅館、ほんまアカン!~』は、にじさんじ初となる、全編喜劇のお笑いイベント。「一本のドラマ仕立てライブを完遂させるぞ~!」という努力が見えて好ましく、とくにメンバーのなかでいちばんの新人としてわたわたしながらもがんばる四季凪さんの姿がたいへんほほえましかったです。

 

 そりゃあもちろん長尺の喜劇のむずかしさや上演場・オンライン鑑賞という媒体上のせつなさが頭をよぎらない場面がなかったわけではありません。

〔個々の瞬間瞬間のやりとりはおもしろいけど、繋がりある劇として見たときによく分からなくなるところがある。{理由なしのsageはスッキリしないから一応書くけど、まぁ読む必要ないっすね。*11}〕

 2020年までラーメンズとして演出家として劇場にTVにと大々活躍だった小林賢太郎さんは、がコントや演劇のために考えていること』で舞台の違いがもたらす空気の違いをこんな風に説明します。

劇場のサイズにきちんと反応する

 ぼくの作品は、全国のたくさんの会場で上演されます。あんまり行かない地方に行くと、ウェルカムムードで観客の食いつきが良かったりします。しかし、観客の反応の違いは、地域性よりも劇場の形による影響の方が大きいようです。

 大きい劇場では笑い声も拍手も平均的な反応になりやすいです。逆に小さな劇場では、日によって反応に個性が出やすいです。

(略)

 天井が高い劇場や、ステージから最後列まで距離がある劇場、また客席がフラットだったりする場合、そのぶん空間の容積が大きくなります。そうすると、空間に気配が抜けていくので、お客さんは冷静になります。こういう劇場では「ライブで盛り上がる」というより「作品を鑑賞する」という大人な雰囲気になりやすく、

   幻冬舎刊(2016年9月発行)、小林賢太郎『僕がコントや演劇のために考えていること』kindle59%(位置No.1237中 719)、「劇場のサイズにきちんと反応する」より(略・太字強調は引用者による)

 ビッグサイトなんてだだっ広い会場で、お客さん側のマイク音量を下げたオンライン鑑賞。生理的に距離が遠く温度が寒く感じてしまうなかで、ライブ感たっぷりのドタバタ喜劇。

 そんな環境的・題材的な溝を埋め、舞台のしたの鑑賞者が能動的にたのしみ「オモロい空気を醸成する一員」になろうと思えるような手招きが――意図してかせざるか――あれこれあって、温かかったですね。

観客は拍手のしやすさに拍手をする

(略)

 音楽であれ演劇であれ、エンターテイナーがショーをやったら、最後には拍手をする。これは古くから西洋にあった習慣です。これが、明治時代に日本に伝わってきて、今の私たちの拍手があるんだそうです。ということは、歌舞伎や落語のあとに江戸時代の人たちは拍手をしていなかったんですね。

 日本人の中には、拍手があんまり上手ではない方もいらっしゃるようです。したい気持ちはあるけれど、どのタイミングで拍手していいかわからない。「もし自分だけが拍手をして、目立ってしまったらどうしよう」という自意識がそうさせているんだと察しています。

 舞台作品は、観客が気持ちよく拍手できるように導いてあげるのが大切なんだと思います。

   『僕がコントや演劇のために考えていること』kindle版63%(位置No.1237中 765)(略・太字強調は引用者による)

 コバケンは舞台を演出するさい、お客さんが拍手のしやすい空気づくり、キュー出しを意図的に盛り込むのだと云います。こういう部分が今イベントにもしっかりありました。

笹木&椎名

笹木「こんにちさくさく、笹木咲と~」

椎名「こんばんゆいゆい、椎名唯華です」

笹木&椎名""ン゛ン゛

(観客;まばらな拍手)

   Youtubeにじさんじ『【ライブ本編】さくゆい劇場〜この旅館、ほんまアカン!〜/ 無料パート』0:30:25~

 ステージのBGMが止まり、二枚看板である笹木咲&椎名唯華のコンビ"さくゆい"が登場します。

 公演開始? いえいえ、ちがいます。

笹木「いや~『さくゆい劇場~この旅館、ほんまアカン!~』、ついに本番やよ~~!」「やよ~」

椎名「おまえら! ねむく、ねぇか~~~!?」(ふりあげる拳)

(観客;イエェ~~~~!)

椎名「ウチは、ねむい!!(古典的眠いのポーズ)」(ドテンと古典的にズッコケる笹木)(ドテンと古典的な音)

椎名「……なんかw ……いまやな?w

笹木「wwww なんかw……びみょうか?ww」

椎名「こういうね、コケたりしたら、チョト笑ってほしいなみたいなね~ありますけどね~

   Youtubeにじさんじ『【ライブ本編】さくゆい劇場〜この旅館、ほんまアカン!〜/ 無料パート』0:30:43~

 ……イベントの楽しみかたを説明する"前説"でした。

 これがあるのとないのとじゃ、会場の空気がぜんぜん変わるそう。南海キャンディーズ山里亮太さんは自伝のなかで苦い思い出をふりかえっています。

前説とは、収録が始まる前に拍手の練習をしたり、盛り上がる声の出し方を練習したりするもの。芸人はみんなここでいろいろ学ぶ。しかし僕たちはこの前説が苦手だった。

 しずちゃんの「皆さん、元気出していきましょう」に対して「まずお前が元気出せや」と会場からピリ辛な突っ込みが入ったりすることもしょっちゅうあった。

(略)

「お前ら、前説知らんのか? 何一つ説明しないで、自分の与えられてる役割を理解してたか?」

 正直、前説は盛り上げ役だから自分の中では罪の意識はなかった。そこに作家さんは続けていった。

「今からお前らのやったことの結果を見ておけ」

 半信半疑のまま新喜劇を観ることになった。幕が開いて主役が登場、客席はただざわざわしているだけ。次々と演者さんが登場するがまばらな拍手がちらほらあるだけ。やりにくそうな演者の人たち。たかが拍手の説明をしなかったことがこれほどまでに影響するか?というくらい、つらい舞台になっていた。

   朝日新聞出版刊{2018年7月25日刊(底本は7月30日第一刷の紙版)、朝日文庫}、山里亮太『天才はあきらめた』kindle62%(位置No.2520中 1540)、「第4章 有頂天、そしてどん底」より(略・文字装飾は引用者による)

 おなじみの自己紹介をした笹木咲&椎名唯華コンビは、まずふつうの雑談から典型的なズッコケを披露します。

 ここでよかったのがズッコケ音もしっかりあったこと!

 コバケンのさきほどのお話とおんなじで、こういう効果音はやっぱりあると観ているこちらの受け取り方に迷いがなくなり、指向性が出て良いですね。

 吉本芸能チャド・マレーン*12のボケ担当チャド・マレーン氏は、著書にも奇妙なニッポンのお笑い』「笑い声」SE挿入の効用をこう語ります。

僕は小さいときに『フルハウス』を見ていたのですが、冒頭でわざわざ"Filmed in front of a live audience"、つまり生のお客さんの前で収録していますよと断っていたのが記憶に残っています。(略)

 でも見ていると、どこをどう聞いても嘘なのです。(略)けれど冒頭で「本当に笑っていますよ」と視聴者に印象づけることで、笑いやすい雰囲気をつくった。それがこのドラマの人気に一役買ったのではないかと思います。

(略)

 日本のバラエティ番組でも笑い声の効果音が多用されているのは皆さん知っての通りです。たとえばNHKで放送されたコント番組松本人志のコントMHK』(二〇一〇~一一年)は、初回放送では笑い声の効果音を一切入れていませんでしたが、二回目からは入っていました。家でふつうにボーッと見ていたら、細かいボケをスルーしてしまうこともある。笑い声があることで初めて、おもしろいんだなと気づくわけです。

   NHK出版刊{2017年12月31日電書版発行(底本は2017年12月29日第一刷)、NHK出版新書}、チャド・マレーン『世にも奇妙なニッポンのお笑い』kindle版17%(位置No.1918中 310)、「第二話 ツッコミは日本にしかいないんかい!」笑い声の効果音はツッコミと同じ より(略・太字強調は引用者による)

 結果はややウケ(声が拡散される広い会場を加味したらこの時点で結構ウケてる)というかんじで、さくゆいは会話をつづけます。

椎名にじさんじフェス初となるお笑い特化のステージやからね、いまのね! こういう……ドテッみたいなんでね、もっとね、こう会場がね~? 揺れても、いいんやけどなぁ」

笹木「そうなんよねぇ。ヤッ椎名、わかっちゃった。これね、みんなまだ恥ずかしいんよ。爆笑すんの恥ずかしがっとる!」

椎名「せやな。ほんまやったら東4ホールが半壊するくらい、ウケるもんな! しっけいしっけい!」(失敬のポーズ)

笹木「…………」(客へ向く)

椎名「…………ッスゥー」(無言でポーズをもどす)

   Youtubeにじさんじ『【ライブ本編】さくゆい劇場〜この旅館、ほんまアカン!〜/ 無料パート』0:31:18~

 ……このイベントのおもしろがりかたのルールと、大人数の前で笑うことの難しさとを示しつつ、ふたたび古典的なキュー出し(「しっけいしっけい!」)をします。

 ここでよかったのが「シーン……」とか効果音をつけなかったこと!(?)

 もちろん付けてくれたら「ここで笑えばいいんだな」と精神的に楽だけど、なにからなにまでとんかつソースをかけられチーズをトッピングされたらそれはそれで「馬鹿舌のチー牛だと見下しやがって」とムカつくじゃないですか。

 ただ、笑い声を入れるにしても、個人的には間違った使い方をしているなあと思うときもあったりします。「そこはもっとクスクス笑いでいいのに」というところに、大爆笑の音声が入っていたりする。ただ笑い声を入れておけばいいというのではなく、笑い声の質まで気を配ってくれたらええのにと思います。

   『世にも奇妙なニッポンのお笑い』kindle版18%(位置No.1918中 326)(太字強調は引用者による)

 明確にスベリ笑いをとろうとしているくだりで、なんも添加物をくわえず、しっかり会場の広さを活かしたナマの静けさ(と一部から漏れ、釣られ笑いをさそう本物のクスクス笑いの生温かさ)をつくっていてエラかった。

 

 2度のヤヤ受け・クスクス笑いののち、ついに仕切り直し、本チャンとなるコール&レスポンス一本目をするわけですが、そこで今舞台は……

笹木「このステージの楽しみかた! まずは声出しから! いきますか~!」

椎名「アッいい~ね!」

笹木「オッシャじゃあ まずはね! みんな、3文字の! 飲み物で行きますか!」

椎名「あ~! わかるよね~これは~?!」

笹木「みんなさ~あした朝はやいよな?!」(観衆笑)

椎名「はやいよな!?」

(略)

観衆「コーラ~!!」

椎名「すごい~! 感動した!」

笹木「あったけぇ~っ!!」

椎名「イヤこれ返ってけ~へんかなと思ったけど、見てくれてたかみんな~」

   『【ライブ本編】さくゆい劇場〜この旅館、ほんまアカン!〜/ 無料パート』0:33:18~

youtu.be

 ……コーラをお客さんに叫ばせ大拍手、文字どおりの共犯関係を築くのでした。

 このコーラとは、イベント数日前に出演ライバー全員で実況プレイした『一致するまで終われまテン』を絶対に終わらせるためライバーが裏でうちあわせた、秘密の符牒

 配信をみてさえいればお客さんが簡単にこたえられる符牒をふることで、ふだんの配信との地続き感・ホーム感をうまく醸成し、彼我の信頼関係をきずいていましたね。

 うん、自分たちに向けられた符牒って重要だ。

 東京ビッグサイトみたいな「作品を鑑賞する」という大人な雰囲気になりやすい広く立派な会場に合う(@コバケン)だろう 高尚な芸術作品でも、ただ単にハイクオリティだってだけでは実はだめらしい。ノースウェスタン大学助教ジョアン・バーンスタイン氏は術の売り方ー劇場を満員にするマーケティングで、そのコンテンツがお客さんである「自分たち」「だけ」の「特別」なものである重要性を説きます。

芸術鑑賞のメリットは何か

人々が舞台芸術に望むのは、それぞれの好みに応じた美しさ、和やかさ、楽しさ、親しさ、新鮮さ、教育的価値や感激だ。単にマーラー交響曲第二番を聴きましょう、高い評価を得た有名な脚本家の芝居を観ましょう、というメッセージを目にするだけでは、その公演が「自分たち」向けのものだという期待は生まれない

   英治出版刊(2016年9月30日EPUB版発行(底本は紙の2014年3月20日第1版第5刷)、ジョアン・シェフ・バーンスタイン(山本章子訳)『芸術の売り方ー劇場を満員にするマーケティングkindle20%(位置No.4709中 933)、第3章「芸術鑑賞のメリットとは」(太字強調は引用者による)

 ティファニー・アンド・カンパニーにおけるブランドの再構築

 ティファニー・アンド・カンパニーはかつて(略)王室や富裕層御用達の店だった。しかし一九八〇年代にこの企業が上場したとき、経営陣は戦略を大幅に変更し、(略)「世界中の選び抜かれた人のための宝石」から「本当に特別な日のための、時を超えた贈り物」へとポジショニングを変えることでそれを成し遂げた(略)この転換の裏にある理念は、「誰にでも特別な日がある」というものだ。

(略)

 ティファニーから芸術団体のマーケターが学べるものは非常に多い。たとえば、芸術団体やその作品に関する内部的な祝い事、たとえば作曲家の誕生日、監督の就任記念日、あるいは新しい上演ホールといったものに関するお祝いは(「一〇〇周年記念公演」など)、多くの観客、特に定期的に鑑賞しない人々にはさして魅力的ではないようだ。だが人々は、自分たち「だけ」の特別な日なら出費を惜しまないだろう。

   『芸術の売り方ー劇場を満員にするマーケティングkindle67%(位置No.4709中 3115)、第9章「芸術におけるブランドとは」(略・太字強調は引用者による)

 丁寧な前説が功を奏し、椎名さんが再度ズッコけたときは最初の「ねむい!」よりも大きな笑いがおきていました

 

***

 

 本公演について。

 さくゆいの安定感はもちろんのこと、シスター・クレアさんの一言まとめに「やっぱりこのひとはだいぶ独特で面白い」となりました。

 イベントの中盤では、出演ライバーがシスター・クレアさんに罪を告白・懺悔し、許しを得る……という各ライバーのエピソードトーク+クレアさんが(おっとりめで、とくに雛壇芸やお笑いと縁とおそうなイメージの彼女が)うまいこと一言でまとめる無茶ぶり対応パートがありました。

 各ライバーの懺悔は、大体がこの講演の練習や準備でのトライ&エラーや無礼を告白する……というアドリブ性・他ライバーが話に入ってダイアログに発展する可能性のつよそうな緩めの楽屋裏トークだったんですが、加賀美社長の懺悔(1:19:42~1:20:05)はサクッと端的なうえ、ここまで劇中に出てきたネタに新たな視点を提示しオチをつけるもので、バラバラのネタに一本の経糸をとおすかたちとなって良かった。

 なにより懺悔外の、ダメージコントロール力に感心。内輪ネタって面白いけど、諸刃の剣でもあります。ナイツ塙宣之さんは著書い訳』で、売れない関東芸人の共通点をバッサリこう斬ります。

Q60 後輩の三四郎は「ブレイクしているのに売れない芸人」なんですか?

 おもしろいし、そこそこ人気もあるのに、評価が低いというか、なかなか突き抜けない関東芸人には共通の弱点があります。

(略)

 彼らは、小さなライブハウスでネタを披露する機会が多いからか、「お前、テレビに出るようになって調子に乗ってんな」とか、「だからうちの事務所は○○のほうを推してるんだよ」みたいな内輪ウケしそうな話ばかりするのです。

 楽屋話は、若い人が集まる小さなライブだと「ここだけの話」感が出るので、異常なほどウケます

 三四郎の小宮(浩信)は特にそういう癖がついていて、すぐ「あなた、今、笑うところですよ」みたいなことを口走る。お客さんも直接話しかけられると嬉しいものだから、つい笑ってしまうのです。

 関西ではそうした行為を「客をいらう(イジる)」と呼んで、年配の芸人ほど嫌います。本当の芸が身につかないからです。

 劇場にわざわざ足を運んでくれるお客さんは、笑うことに前向きです。お金と時間をかけて観にきているわけですから、少しでも笑えるところがあったら笑ってくれます。

 たとえれば、二軍のバッターのようなものです。少々ボールでもブンブン振り回してくれます。だから簡単に三振がとれる。それで勘違いしてしまうんでしょうね。

(略)

 テレビの視聴者はシビアです。少しでも外れているとなかなか手を出してくれません。

   集英社刊{2019年9月30日発行、集英社e新書〇九八七B(底本は2019年8月14日発行の紙版第一刷)}、塙宣之『言い訳 関東芸人はなぜM-1で勝てないのか』kindle70%(位置No.2021中 1396)、第四章「逆襲」より(略・文字装飾は引用者による)

 他の演者のやってることに「あっコレ、話したい気持ちが先行してるだけの見切り発車だ。それ以上掘ったって既知の情報がループするだけで時間だけが浪費され場が冷えていき、着地点だって見えないやつだ」と渦中から気づくのって難しいし、発車してしまったものを打ち切るのとなったら大変すぎる。

 社長みたいにそれをやれる人がいるとこういう場ではたいへん心強いっすね。

 

 

    ▽大入り声だし有観客ライブに立てた演者の緊張と感動;箱統一衣装ライブ2nd『Symphonia』Day1

live.nicovideo.jp

 SYMPHONIA』Day1は、実質二日目まんなかの講演というむずかしい立ち位置のなかで、素敵な講演を見せてくれましたわ~!

剣持「なんか……」

伏見「はい」

剣持「リアル開催音楽ライブ、はじめて?」

伏見「あ~! でも『虚空大戦』~抜いたら多分これが初めて。でっ、ソロだと~3D配信依頼なんですね~!」

剣持「あ~! よかったですねぇ!!」

伏見「ありがとうございま~す~!」

   ニコニコ生放送(2023年12月23日UP)、にじさんじ 5th Anniversary LIVE 「SYMPHONIA」Day1【#にじフェス2023】』0:48:35~

 二期生の伏見ガクくん、Virgin musicレーベルでデビューもcovid-19禍でライブが流れたりした後ことし5月にグループの活動について無期限休止が発表されたRain Dropsそのメンバーの一員である緑仙くん、大型ライブは二度目だけど最初は無観客のARライブだった魔界ノりりむさん、これまたcovid-19禍でライブが流れたりもしたNBCユニバーサルレーベルの三人組グループ▽▲TRiNITY▲▽の2人である葉加瀬冬雪&フレン・E・ルスタリオさん……

緑仙「え、葉加瀬さん? 初ライブ……?」

葉加瀬「ライブと名の冠するものは初めてかもしれないですね」

緑仙「なまびと前、の、こういう、お歌の、会」

葉加瀬「お歌の会。(略)このおっきい、ライブというものは、初めてでございまして。みんな~会えてうれしいよ~!」

   にじさんじ 5th Anniversary LIVE 「SYMPHONIA」Day1【#にじフェス2023】』1:13:00

フレン「みんな見えてるよ~! つらいとき、かなしいとき、いつもそばにいてくれてありがとう……! これからもわたしについてきてくれますか? だいすきだよ~!!」

   にじさんじ 5th Anniversary LIVE 「SYMPHONIA」Day1【#にじフェス2023】』1:46:01~

 ……配信ではそういうそぶりを見せないもののたぶん苦労されてきただろうライバーたちが、ついに・あるいは改めて、有観客かつ声出し応援アリの大ステージに立てた緊張や喜び、感動をかんじさせる内容でした。

剣持「そして『かわいくてごめん』」

伏見「めちゃめちゃキレあってかわいかったスね」

剣持「踊りがね~今回てかどんどん最近のにじさんじライブすごいんですよね~(略)そして『行くぜっ!怪盗少女』」

伏見イヤみんな…すごかったっスね(ぴょんと跳ねる)……レオスさんが!」」

剣持「レオス(笑)……レオスそこなんだ? っていう(笑)」

伏見「(笑) 完璧にキメてくれましたね~」

剣持イヤでも大丈夫? この会場タバコ禁止なんですよ。もつかな? あんな動いて……」

   にじさんじ 5th Anniversary LIVE 「SYMPHONIA」Day1【#にじフェス2023】』0:48:16~

 にじさんじ初の箱内統一衣装ライブFANTASIA』――とくにその女性メンバー回は――、フィジカルモンスターにしてにじさんじ屈指のアイドル相羽ういはさんに白雪巴さんが組んでのダンサブルなナンバーが披露されたり、より多い集団歌唱でもフォーメーションが見られたりなどなど、おなじ衣装であることでより映える群舞の魅力に気づかせてくれるライブでしたが、2日間ともに男女混交メンバーとなった今回の『Symphonia』でも、前回一段あがった振付のレベルが維持されたり超えられたりしていて、観てる側として非常にうれしかったです。

 あれだけ配信しててこんな水面下の努力もしてるとは……!

 

 全員合唱のオープニング曲『Hurrah!!』とMCをすぎた本編一発目は魔界ノりりむソロパフォーマンスINTERNET OVERDOSE。人気ゲーム『NEEDY GIRL OVERDOSE』のテーマソングのカバーですね。

 原作者にゃるら氏推薦によりインディゲーム実況アワード「時々でいいから、超てんちゃんのことを思い出してください賞」を卯月コウとともに受賞した、ひときわ背の低くキャラクター性の強い"インターネット"のお姫さまがステージいっぱいに動き回る姿は、この非現実感と実在感はにじさんじvtuberイベントならではってかんじで良かったですね。

 ことしはじめの『Vtuber最協決定戦』では、何年もプレイしている『APEX LEGENDS』の戦闘開始時などでおこなうロケット飛翔操作をあらためて勉強し直したりした姿などが印象的だったぃぃむ。

りりむ「なんか(涙をぬぐい)……りりむ、は、きょう、ここにくるまえに電車できたんだけど~」

(一同笑)

りりむ「何回も~まちがえちゃって。で~、さっきぃ、ライブ前に告知するためにポストしたんだけどぉ、それもまちがえちゃって~」

(一同笑)(「さわいでたね」「さわいでたわ」

りりむ「"りりむだめだ~"と思って~(泣き)

(一同)(「そんなことないよ~」「そんなことない!」「すごかったマジで」「すごかったよ~!」「かわいかったよ」

りりむ「きょうはすごい不安だったんだけど~でもこうやって一緒にでてくれたみんな。と、あと……やっと会えたみんな~! あと……画面ごしでみてくれるみんなも~! みんなが、ほんとにみんながいてくれたから、りりむは今日、最高のライブになりました!」

   にじさんじ 5th Anniversary LIVE 「SYMPHONIA」Day1【#にじフェス2023】』2:12:00~

 このイベントでも、テンポを遅くしたバージョンから何度も何度も稽古を積み重ねどんどん原曲のテンポへと近づけていき、できないところをヒトツヒトツ潰していった練習の日々が、ゲッツ氏ら振付師陣の振り返りスペースにて語られており、

「ぃぃむらしさはそんなところでも窺えるんだなぁ」

 としみじみしました。

 

 ガクくんのソロ曲は『とんでもスキルで異世界放浪メシ』主題歌沢な匙」カバー。夜~深夜帯の配信が圧倒的におおいストリーマーのなかで、リスナーと一緒に朝ご飯をたべる『おはガク』配信でおなじみのガクくんらしい選曲。ステージ背景のスクリーンに表示される映像にも、ガクくん手作りの料理の写真が配されました。

剣持刀也「うらやましいわ。なんか、"ご飯の人"みたいな、そういうの欲しい」

伏見ガク「(笑) 今からでも遅くないよ。虚空メシとかやればいいじゃん」

剣持刀也「虚空メシって食ってるの? 哲学みたいな話……。なんか"~~の人"っていうのは(ぼくの代名詞としては)良くないものしか思い浮かばないのが……なんかNHKとかに行きたい」

   にじさんじ 5th Anniversary LIVE 「SYMPHONIA」Day1【#にじフェス2023】』0:50:28~

www.youtube.com

 MCを終えた第2クォータートップは剣持刀也によるソロカバーカイ再信仰特区』

 初配信で通信途絶が頻発したことで虚空と連れ添うコミュニティ「虚空教」を興しミサや大戦、KADOKAWAから教典発行などをしている剣持くんらしい選曲で、観衆がかかげるサイリウムのなかには、TouyaのTにして3DCGモデルの原点ポーズである虚空教シンボルT字型ペンライトも見られました。

www.pashplus.jp

 伏見ガクくんは朝ごはんの人でありつつ、早朝からしっかり並ぶパチ見カスの仇名で親しまれているライバーでもあります。

 おなじにじパチ部の部員であるレイン・パターソンさんとのデュエット『革命デュアリズム』、つづけてレイパタのソロ曲『ETERNAL BLAZE』、そして緑仙さんもまじえた……

 ……狼 〜SAVIOR IN THE DARK〜』は、オンライン視聴のコメント欄も「ギュインギュインギュイン」「7777777」と賑やかに虹色に輝いていてたいへん多幸感がありました。

 <牙狼>シリーズの金ピカが、SYMPHONIAの統一ステージやにじさんじ統一衣装と思わぬシナジーを発揮してなんとも神々しくてそこもよかったですね。

 

 複数人パフォーマンスでは、パソコンデスク&チェアがそれぞれステージの左右に用意されて、緑仙&レオスがレスバをくりひろげるFight on the Web』(原曲 岡崎体育がおもしろかった。

 背景の演出映像も、歌詞にあわせて右方から左方へ・左方から右方へ攻撃エフェクトの飛ぶものが用意され、熱をおびたふたりのバトルは背を向けあっていた序盤から変わって、椅子から立ち上がりステージ中央で相対し、部屋の小物を得物に叩き合い殴り合い、ステージ前のビッグサイト会場内設備から炎が噴き上がる炎上バトルとなります。

 アドリブの出たとこ勝負でわちゃわちゃやってもファンなら十分楽しめるだろうところを、キッチリ打合せし十二分に詰めた見世物劇に仕立てていて、エンターテナーとしての矜持をみた気分。

 緑仙選曲ではMONSTER DANCE』もまたすばらしかった。

 4人のわちゃわちゃした――しかしキッチリ練習を重ねた上での――奇怪な踊りが、奇怪な曲とともに合っていて、独特のバイブスがございました。

 

******

 

 選曲はライバーが各自別個で行ない、全体でどんな曲が集まったのかはフタをあけてみるまで知らなかったと云います。ライブを見ていると……

♪"いっせーのー"で声をあげて 聴こえてくるんだ

 自分の影の長さに気付く もうこんな時間だ

 一等星が顔を出した 届きそうで手を伸ばした

  『SYMPHONIEA』DAY1・18曲目、フレン・E・ルスタリオによるカバー「かくれんぼ」

 きらきらと純な想いが見えた気がするんだけど、そうしてほほえましくなった次の瞬間には、ほとんどクレショフ効果的にショッキングに……

♪いっせーので狂っちまえ 惨めな姿で

 何十何百何千何万何億人の中でさぁ

 そうして埋もれていたっていいと どうして言えるのだろう?

  『SYMPHONIEA』DAY1・21曲目、剣持・緑仙・葉加瀬・フレン・レオスによるカバー「悪魔の踊り方」

 ……表裏一体のあやうい崖の下の闇が、おなじくライバーから指さされることとなり。

 Day1は曲自体は令和生まれのあたらしいナンバーがおおいんだけど、空気としてはにじさんじが動き出してしばらくくらいに強く漂っていたいかがわしさ、「この界隈、いろんな意味で大丈夫か?」感が……

not-miso-inside.netlify.app

 ……今でしかできない上等なパッケージングでお出しされていて、なんとも周年ライブらしい仕上がりになっておりました。

 

******

 

 個人的にかなり惜しく思ったのは、増えた集団的・協同的パフォーマンスの"群としての魅力"を、たらふく味わわせてくれるようなカメラセッティングとスイッチングとは必ずしも言い難かったこと。

 カメラはビッグサイトVRステージ内ARと多量にあって、まずVRステージ内カメラ(=ライバーやステージ壁面がクリアに映る)は、ライバー1人ずつを追ったカメラと、ステージ正面から右半分(=観客から見て左)を映したもの、右半分(=観客から見て右)を映したものとがあり。

 ビッグサイト客席側カメラ(=ライバーはステージ壁面スクリーンの干渉網ごしに見える)は、ステージ端から端まで収めつつ上下が壇やらで余るもの、ステージ上方の虹色バルーンなども映る結構なロングショットのものが主。

 ビッグサイト場内カメラの利点として、ふだんの3Dステージでは(処理が軽そうな)ループアニメによって記号的に表現される、なまの人間さんたちの振るサイリウムの熱がすごい。炎が吹き上がればその後ろのライバーたちが陽炎でゆらめいたり、臨場感があります。

(会場内カメラの難点としては、どうしても投影媒体の物性が見えてしまう局面がでてくること。斜め構図は平面感が出ちゃうし、正面から撮ってもモアレが出る。

 もしかすると処理的に重いのか、VRカメラ上はなめらかなライバーがビッグサイトスクリーン上では時間停止現象が起こる局面も極々少数ありました。また、今回は極々々少数でしたが、ピント合わせに失敗する局面も。

 これまでのいくつかのライブであったドローンは今回はなさそう)

 ARカメラ(=カメラポジションは固定。ビッグサイト物理ステージの構図に、ライバーやステージ壁面が合成される)は、ステージ左右の上からステージを斜めに俯瞰するもの、ステージ左右の足元から仰ぎ見るもの、ステージ正面下から仰ぎ見るもの(画面下に物理壇が見える)、ステージ背面から客席をのぞむもの、ステージ脇から水平にみるものやらがありました。

{ARならではの難しさとして、本来ならライバーの手前にくるはずのビッグサイト会場内演出(炎とか)をライバーが上書きしたり、ステージ脇もうつす構図で次出番の待機ライバーが可視化されたりしました。

 また有人声出し可能ライブであった今回露見したものとして、会場が震動してもARライバーは安定してる、という齟齬が}

 

 1人のパフォーマンスなら最高だし(とくに2日目葛葉『カレイドスコープ』)、3人くらいまでなら具合がよいんですが、SympohoniaのようにたとえばDay1なら特製の檀にピラミッドを築くようにならべられた特製の椅子に5人が座って歌い踊る魔の踊り方』は、なかなか難しかった……。

 「最初っから寄らなくてもよくないですか?」みたいな気持ちがあります。

「前半のサビのさい5人全員と正対する構図で映すことによってそれをある種のエスタブリッシング・ショットとし、全体像をオンライン鑑賞者に把握させたあと。後半のサビでは歌唱者を中心にフォーカスして、少数~1人のバストショットやら何やらを映す……みたいな具合でよくないですか?」と。

 5人全員を映す構図があまり多用されない理由は「干渉網(モアレ)など物理スクリーンらしさが出て没入感を損ねる」みたいなところがあるのかなぁと思います。情報は得られるけど、ノイズが目立って気持ちよくないといいますか。VR抜き撮りが可能となった昨今のライブだと、その差が昔のライブよりも明確になってると思います。

 ただ、歌唱者を中心としたショット構成でも、今回のライブみたいな微妙な不幸が複数かさなると――VRステージ内カメラからの構図だと(5人全員をおさめるカメラポジションがない関係で)2人⇄3人という抜き撮りになってしまうのとか、これが一番の視聴上の不満点にしてたぶんVRをとおした一発勝負の難点なんですけど、歌唱者へのスイッチングが数秒ずつズレてしまうのとかが重なると――非歌唱者が"(歌唱者を目立たせるための)伏せ状態の振り付け"を取っている姿が中継され・担当歌唱部があと数字で終わるところでようやくスイッチされ~っていう、気持ちよくもなければ情報も乏しい中継シーンを割合おがむことになり。

「振り付け/フォーメーションはたぶんこんな感じに美しいのだろうな」

 と脳内で追って補完する局面が多少しょうじました。しかもその脳内補完を、全体像を知らない状態でやらなきゃいけない局面もあり、ノるにノれない。

 

 技術は日進月歩、にじさんじ箱内1stLive『KANA-DERO』を観返すとその会場もモデルも撮影法もぜんぜん違っていて驚かされます。

 今回かんじた不満も、来年のいまごろには解消されているんじゃないかと期待します。

 

   ▼Day2
    ▽にじさんじオフイベの様式とにじフェス2023らしさの両立;『Kuzuha Solo Event “Kaleidoscope”』

www.youtube.com

 葛葉ソロイベントレイドスコープ』は、タイトル通りのイベントで素晴らしかった。

 持ち歌をソロで披露するオープニングアクト、剣持刀也&社築&イブラヒムの3名とともに三番勝負をくりひろげる前半コメカル体当たりバラエティパート、卯月コウ&ローレン・イロアス&不破湊の3名とともにデュエットをリレーする後半歌唱パート、カーテンコールでまたひとり歌を披露するクロージングアクト……という枠物語形式の変則二部構成。

 前半バラエティパートは、配信でもおなじみのわちゃわちゃ感が3Dで増幅されつつ、(『Symphonia』Day2組やその他別ステージでの出番が控えるメンバー構成ゆえか)ゴネなしやり直しナシのBO1×3勝負という座組・見切りの巧さによってサクサク進むテンポ感が快かったです。

 試食クイズもおかわりをゆるさない一口勝負だし、なによりソリ同士で正面衝突したあとの切り替えの早さ! 振り返って感動しました。

(オンラインオフライン問わずナマのイベントにありがちな間延びや着地点の迷子が、あんまり好きじゃない派としてはありがたい時空間だった)

 ふるくは3DCGモデルへ受肉したにじさんじライバーが月ノ美兎委員長しかいない時代に行われたトーク・リアルタイムお絵かき&歌イベント『月ノ美兎の夏休み〜課外授業編』で萌芽がでて、以後、20年22年に開催された剣持刀也主宰の『虚空集会』『虚空大戦』(こちらは葛葉もゲスト参加)や21年の静凛主催『Recollection』などなどを経た、3Dモデルが活きるなまの掛け合いコメカル体当たりバラエティパートと歌パートとによる二部構成。この構成はにじさんじオフラインイベントの一様式として確立されてきた感がありますね。

 今回の相違点は、導入・イベント設定の経糸あるユニークさ。

 特注のステージ衣装で着飾った葛葉のもとへにじフェスクラスTシャツを着た剣持社イブの3名が「イベントバスターズ」を名乗って現れ「勝ったら俺たちがこの枠をもらう」と宣言する……

 ……という座組が前半部。「主役になろう」がキャッチコピーのにじフェス2023内の一企画"ならでは"のユニークなシチュエーションとなっていて、ここも地味ながら大事なところだな~と思いました。

 

 歌曲ライブパートについて。

 1stソロライブ『スカーレット・インビテーション』は配信チケットだけ買って実生活がドタバタ・自律神経がグダグダしてて、招待状が家に届いてから「うわぁ観忘れた」となり、まだ観れてないんですけど、今回観て「ライブパフォーマーとして立派だ」と感動しました。

 前半コメディパートからライブパートへ移行する第一曲で魅せた、フェスTシャツからライブ衣装へのめくるめく早着替え演出は、各部をつなぐ演出としてなめらかだし、「vtuberならでは!」と映えましたね。

 各ゲストは、コウの存在感はやっぱりすごいし、高音イケる人がいると歌にわかりやすく広がりが出るので聞いてて楽しい。バラエティパートの福笑いで使われていた真上からステージを俯瞰するカメラが、ふたりが円を描きながら回り歩くところで再度スイッチングされてたのもよかった。(たぶん3日間とおしてココくらいだった気がする)

 ローレンとのイスに座ったり立ったり回ったりの段取りが多いパフォーマンスもよかった。身体の可動部がすくなくなる着席状態でも、タットをやってくれたり……と見ごたえがありました。

 コウとの一曲目とかもそうなんですけど、こういうトーク・音楽ライブ半々のゲストとのライブでも『Symphonia』ばりの複雑な振り付け・コンビネーションが採用されてて、ビックリしました。

 とくに葛葉ローレンは長時間配信のストリーマー気質のつよいライバーさんじゃないですか、どこにこんな練習する時間あったんだ???

 不破っちとの一曲『閃光』もカッコよく、つづけて登壇する『Symphonia』Day2に向けた良い火付けともなって、大変よかった。

 ふたたびソロに戻っての披露も、『フェイキング・コメディ』は道化師の歌に合ったステッキをもちいたダンスもあり、ガワ(衣装)だけじゃなくってパフォーマンス面が多彩で非常によかった。

 ソロないし2人での歌唱だったからか、VRステージ内カメラの自由度が高くオンライン中継映像面においてはいちばん満足度がたかかったかもしれません。

 

 

    ▽バーチャルらしい唯一感と、観客まで地続きの一体感。二次と三次そして会場外への繁殖;箱統一衣装ライブ2nd『Symphonia』Day2

live.nicovideo.jp

 Symphonia』Day2は、選曲がバラエティ豊かで、AR・ステージ演出が本人のバックグラウンドやオーディエンスまで広がるものが多くて見栄えがよかったですね。

 

 演者全員でのオープニングアクトHurrah!!』

 3日連続3回目の歌唱であり去年から引き続きイメージソングであるこの曲を、Day2組はサビ終わりに全体で一か所にあつまる団体芸性のつよいかたちで演じます。

 曲のはじまりや間奏、おわりで演者観客いっしょに声出しして盛り上がれる「♪だ! だ! だ!」と三々七拍子のリズムで言う斉唱部分は、最後の最後だけ特別仕様に変更。

 今回がライブ初参加となる新人壱百満天原サロメさん自身の名乗り口上を、横並びになった演者が両端からセンターのサロメさんへ波を寄せていくように「♪一!」「♪十!」「♪百!」「♪千?」「♪満点サロメ~!」とリレーしていくワチャワチャした替え歌で、多幸感あふれるお祭りっぷりにしょっぱなからワクワクでした!

 

 今回初出演の新人でいえばDay2いちばんの新人となる渡会くんもまた魅せてくれました。オープニングトークでマイクパフォーマンス・コール&レスポンスを務めます。

 『V最協』花鳥牛月メンバーや『にじさんじ甲子園』快盗学園監督などの大型コラボ企画配信で見せてくれていたあのノリの良さ・盛り上げ力。あれらがついにステージにて我々のまえでも発揮された、納得のマイク回しでした。

 納得をうわまわり意外な領域まで行っていたのが、かれの愛されキャラ後輩力

 自己紹介では前段でジョー・力一さんがふれた彼以外の男性ライバーの腰の裾「ビストロみてぇなやつ」を、「自分の衣装の見どころは(ビストロに見えてほか2人とちょっと違う)ハーフビストロに~」と拾ったのも楽しかったし。

 コール&レスポンスでは、コーレスを往復するごとにどんどん大きな声を要求するのは定番ですが、渡会くんは1発目の「こんにちは~」を聞いて一言、「……エッでも委員長聞こえました?」と一期生の大先輩月ノ美兎委員長に振り、「チョット今ゼンゼン聞コエナ…」とおどけた掛け合いをし。

 さらには、『にじさんじ甲子園』じゃ「監督の性格が内気だから」と自虐し今ステージ自己紹介でも「メリ~……?」「クリスマス!」の掛け合いで観客からクスクス笑いが起きた(おいたわしや……)リゼ様から、「あれやったほうがいい ひば……メリ~…」とゼ様発信で天丼の耳打ちをされたり……と、今回初がらみに近いメンバーと「悪だくみ・悪ふざけをする仲間」をしていて、非常にニヤニヤいたしました。

 

 トークを終えての本編一発目も渡会くんがつとめ、ソロかつ持ち歌skylark』を披露。歌唱力にくわえ、この大舞台に立つまでの物語も語った高揚と感動のパフォーマンスでよかった。会場の心をばっちり盗んでったぜ。

 上がったテンションをさらにぶち上げるのは、星川サラ&不破湊"ホシミナイト"による分上々↑↑↑』。にじフェス他ステージでもDJをつとめた星川は、『Symphonia』ステージ真ん中にせりあがってきたDJブースの小道具(3DCG)の後ろで、ぴょんぴょん跳ねて、ビッグサイト天井の物理実体をもつミラーボールがかがやき会場じゅうに光の雨をまたたかせ、それがvtuberたちの顔や髪、衣装へも凹凸に沿って投射され、会場全体がパーリィナイトに。

 そのまま舞台に残った星川へ月ノ委員長と長尾景さんが加わったンスロボットダンス』は、三日間の有料ライブステージでおそらく最もスピーディな振付。ダンスうまライバーとして知られる長尾さんがキレキレのダンスを披露するのは、納得なのですが星川、そして動くとヒザが痛くて病院へ受診しに行ったりもした運動不足の委員長がこれだけ魅せてくれるとは!

 盛り上がった空気にクリスマスの冷たくも温かな抒情をもちこむのはジョー・力一Get Wild』。黒い影がしっかり落ちた孤独なシルエットに、アスファルトタイヤを切りつけるような白いヘッドライトが真横から往来する……という、他の演目じゃ見なかった独特の照明がここにきて登場。見た目に面白かったです。

 

 無料配信パートである第一クォーターを締めくくるのは珍漢の宴』。リゼ&サロメ&委員長&力一の4人が、酒池肉林のドンチャン騒ぎソングにぴったりの振り付けでわちゃわちゃ会場を沸かせます。

 とくに委員長はひとり機関車マイムで描けたり、ベース一音一音にあわせてジョジョ立ちをしたりの無礼講でしたが、人気ゲーム『プロジェクトセカイ』の振り付けをオマージュしたサビの謎太極拳のように、実はけっこうなものがエチュードから練り上げられた、狙いすました「おもしろ」なのだと云います。本当にアルコール入ってアドリブであってくれたほうが良いまである! しらふでオモシロやべー女……。

 

 MCをはさんだ第二クォーターは、サロメ嬢のソロ演目INTERNET YAMERO』。はからずもDay1からつづけて人気ゲーム『NEEDY GIRL OVERDOSE』からの採用となり、連作イベント感がでてきました。

 インターネットの女のつぎは……

星川「チョッ男子! はじまってるよ!」

長尾不破渡会

星川「え?」

長尾「2023年も、残りわずかとなりました。皆さま今年はどのような一年でしたでしょうか?」

不破「そんな皆さまを想った楽曲となっております。それでは歌っていただきましょう、星川サラで」

長尾不破渡会

星川「おまえらも歌うんだよ!」

   ニコニコ生放送『にじさんじ 5th Anniversary LIVE 「SYMPHONIA」Day2【#にじフェス2023】』0:52:12~

 ……クラスの男子のノリ全開にチューンされたのまにまに』。長尾&不破&渡会が(観客から見て)ステージ左側に並び立って背中を向けて、右でポツンとひとり立つ星川の諫めを無視してNHK歌番組アナウンサー風に曲フリをしたり何だりと好き勝手ハシャいだ冒頭がたのしい。

 宴はどんどんたけなわになっていきます。

 委員長とサロメ嬢のデュエットは「高宮なすのです!」で一時期のニコニコ民にはおなじみ『てーきゅう!』からのカバー宵フェスティバブル』。扇子をバブル団扇に見立てての小道具付き振り付け。惜しいことに委員長の扇子が登場時に位置バグを起こして消失してしまいましたが、それも気にならないくらいのバブリーさ。

 サビでふたりの周囲に舞った「えにから銀行券」は、ステージだけでなく観衆にもゲンナマとして降り注ぎ、終演後は受け取れなかったひとへおすそわけするファンの姿が見られたんだとか。(ほっこりエピソード)

 リゼ様が不破&渡会を両脇に引き連れたィラン』で渋く空気を引き締めると……

 ……リゼ&委員長のデュエット年よ我に帰れ』でそのまま夜が深くなっていきます。3分台後半が平均的な演奏時間のなかで、最長となる6分30秒をしっかり持たせる充実のオーケストレーションと振付。

 黒のよく出たステージにひとつスポットライトを浴びて、おそろいのしかも補色関係かつフォーマルさのある統一衣装が浮かび上がる。そうしてふたりは手と手をとりあって、社交ダンスを踊る。

 あれだけ盛り上がった会場がじっと息をのみ衣擦れの音さえためらうくらい静まり返る……

 ……あの緊張と静謐へ現地で立ち会えたかたがたがうらやましい。

 

月ノ「つぎがね~星川さん、おひとりぃ~でらっしゃいますね……」

星川「ひとりぃ~に見えます?」

月ノ「え˝っどういうこと!? コワイコワイ」

リゼ「み、見えるよ だれかいるの」

   ニコニコ生放送『にじさんじ 5th Anniversary LIVE 「SYMPHONIA」Day2【#にじフェス2023】』1:16:26~

 和気あいあいとしながらも妙なヒキによるMCから開けた第三クォーターは、星川&力一&渡会Beat Eater』ではじまり、ガチ恋にはたまらないだろううえ……

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 ……一人ひとりがユニークなファッションを盛り込まれた統一衣装をおひろめする今舞台ならではの歌詞バフだってかかりそうな星川ルト』がつづいて、怒涛のソロ曲4連発構成をむかえます。

 リゼ様ソロ曲テラチュア』は、「♪彩られてけば幻想が形あるものになるように」との歌詞を想起させるスモークがステージから観客のほうへ立ちこめて、以後、「♪雨が降る」の歌詞に合わせてARカメラをとおした舞台に雨が降っているのが見えたり、「♪雨がやみ」の歌詞に合わせて雨がやんだりする……というステージ演出とのからみも分かりやすく面白かった一曲。

 不破っちは明けの蛍』で、メロディアスで疾走感ある前コマ『カレスコ』でのデュエット曲『閃光』と打って変わって、しっぽり浸らせてくれます。

 長尾景原ラメント』は、扇子つかっての日本舞踊ふうの振り付けから、扇子二刀流、そしてさらには扇子が日本刀に変わっての剣舞! 果ては刀が妖気の炎をまとったファイアーダンス!!! とvtuberならではのパフォーマンスでした。

「♪一発じゃ足りないのかい?」

 と、これだけ見事な打ち上げ花火を見せてくれた長尾くんが続投して第三クォーター最後を飾ります。Tiktokでおなじみターマイン』。新人にしてDay2きっての火付け職人渡会くんとのデュエットでした。

 

 そして、ラスト第四クォーターの幕開けは、月ノ美兎委員長ソロによるカバー曲ビットパニック』なんですが、

「二次と三次をつなげさせてくれる存在は、兎にも角にも月ノ美兎委員長なんだよな」

 と、より一層の信頼感を寄せることとなりましたね。

 まず、第一に、3Dモデルに受肉した委員長はやっぱり面白カッコかわいかった。(小学生並みの感想)(を34のオッサンが言うキツさよ……)

 もちろんみなさん面白カッコかわいいんですけど、その確度が高いなと思う。

 パフォーマンス途中の無礼講っぷりも――たとえば列車シュポシュポだとかですけど――、おれふくめチャット欄がわっと湧いたわけなんですが、ほんとうに感心したのは、ゲッツ氏ら振付師陣の振り返りスペースを聞いたとき。

 実はあの大暴れは、酒におぼれていく歌詞にあわせた「大乱れ」を構想、エチュードしていったなかで出た案なんですって。あの「おもしろ」は、ある種クレバーな積み重ねに裏打ちされた、固い「おもしろ」なんスよね。ひとによっては「なんだ~」と白けるかもしれない。

 でも、果汁数パーセントのジュースが場合によっては新鮮にナチュラルに感じられるように……

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 ……あるいは濃縮還元製法のジュースが場合によっては本来の濃度を超す魔改造だってできるように、委員長はそういう「生き生きした空気」をピックアップしたうえで濃縮保存して、後日われわれが足を運ぶあのステージの「ここぞ」という一瞬で鮮やかに弾けさせる能力が高い。

 そういうたしかな信頼感がzzz_zzzzのなかにひとつある。

 

 委員長、「起立、気を付け! こんばんは月ノ美兎です。」から始まって、「着席! 以上、月ノ美兎がお送りしました。」で終わるじゃないですか。

 なんか文句あります?(笑)

 「礼」が無いじゃないですか。

(略)

 でも本当はわたくし「礼」が無いのは理由があって、お辞儀ってできなくないですか?

 あ、Live2Dでね。

 そうそうそうそうそう。自分ができないから言ってないっていうやつで、だから、一番最初の3D配信は「礼!」ありでやったんですよ。

   KADOKAWA刊(2023年8月23日初版)、剣持刀也『虚空教典』kindle73%(位置No.1485中 1053)、「第三章 対話篇Ⅱ 「虚空集会」四天王対談」

 もうひとつ、にじさんじアプリのテスターとして我々のまえに登場した委員長は、自分たちがけっきょく画面から出られない二次元の女の子であるという身もふたもない現実に自覚的・自己言及的なんですよね。

youtu.be

(↑ 1:09:00~ 『RAINBOW GIRL』を歌うインターネットの女たち)

 つまり……

  1. ステージに立つパフォーマーと、
  2. その日いっしょにライブするけど袖で他の準備中のvtuber
  3. バンドメンの人間さんの演者、
  4. 観客席のわれわれ人間

 ……の4種って隔たりがあるという、身もふたもないことに。

 そこについて意識したさいサムい楽屋オチやヌルい楽屋裏話として発するのでなく「その垣根を貫き地続きとなる一体感を、どうすれば醸成できるのか?」と真剣に取り組んでくれるところが委員長のよいところだなぁと思うわけです。

 ビットパニック』のあのファンシーでシュールな曲調・歌詞から、まさかこんなにもじんわりしんみり盛り上がれるとは……。

 なにげなく書いたウサギの落書きがどんどんと繁殖していくというシュールな歌詞が、舞台劇演出によって二次へ三次へしっかり肉付けされていって見事でした。絵コンテ提出・演出希望が早かったためのこの歌独自仕様も、いろんな意味で完璧でした。

 2日間とおして共通して立ちつづけた『Symphonia』舞台のファサードに、緞帳がおろされる。再びひらくと、ファサードは完全に取り払われて、ファンシーの画調の街並みへと変わってしまう。

 共演ライバーをそれぞれ被写体にした道路標識、車のボンネット、街頭ビジョンに流れるニュース番組、選挙ポスターなどなどに付け足されるステージ上で展開され、それがいつのまにか二次元の境を超えて、vtuberたちの前方両脇に立つ物理的肉体をもつ人間さんのバンドメンも気づけばウサ耳を生やしはじめ、さらにはステージ下の観客さえもが、Day2の演者のだれのイメージカラーじゃない白いサイリウムを灯して頭に掲げ……と感染・大繁殖の構図が展開される。

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月ノ美兎

「うわぁ~! 見渡すかぎりのうさぎですねぇ~!!

 モウ取り返しつかないところまで来ちゃいましたよ! ここまで来たら! 5年から先も、突っ走っていきましょ~!! 今後ともよろしくおねがいしま~す!!」

 曲の最後にウサギを5周年をむかえたにじさんじになぞらえていた*13のも納得の、すばらしいパフォーマンスでした。

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A NEW MAGICAL EXPERIENCE

(略)

僕らは、テクノロジーで、エンタメを変える。
もっと自由で、もっと多彩で、もっとディープなコンテンツを送り出し、
魔法のような新体験を世界に届ける。

そして、その先に見つめるのは、新たな「エンタメ経済圏」だ。

近い将来、人々の生き方や働き方が大きく変わり、
よりクリエイティブなものに時間を注ぐ時代がやってくる。
それは同時に、ユーザーとクリエイターの垣根がなくなる時代で、
消費と創作の新たなサイクルのもと、
「エンタメ経済圏」が加速していくだろう。

僕らは、そんな新時代の切り込み役として、
世界の人々の日常に魔法をかけていく。

    エニーカラー社、「当社について」より(略は引用者による)

 ユーザーがその垣根を越えて、たとえ末席だろうとクリエイトの一員になる……そういう魔法のような体験へ手招きしてくれるのが、委員長の舞台なんだよな。

 『さくゆい劇場』で引用したティファニーの良さを再度引きましょう。

 ティファニー・アンド・カンパニーにおけるブランドの再構築

 ティファニー・アンド・カンパニーはかつて(略)王室や富裕層御用達の店だった。しかし一九八〇年代にこの企業が上場したとき、経営陣は戦略を大幅に変更し、(略)「世界中の選び抜かれた人のための宝石」から「本当に特別な日のための、時を超えた贈り物」へとポジショニングを変えることでそれを成し遂げた。(略)この転換の裏にある理念は、「誰にでも特別な日がある」というものだ。

(略)

 ティファニーから芸術団体のマーケターが学べるものは非常に多い。たとえば、芸術団体やその作品に関する内部的な祝い事、たとえば作曲家の誕生日、監督の就任記念日、あるいは新しい上演ホールといったものに関するお祝いは(「一〇〇周年記念公演」など)、多くの観客、特に定期的に鑑賞しない人々にはさして魅力的ではないようだ。だが人々は、自分たち「だけ」の特別な日なら出費を惜しまないだろう。

   『芸術の売り方ー劇場を満員にするマーケティングkindle67%(位置No.4709中 3115)、第9章「芸術におけるブランドとは」(略・太字強調は引用者による)

 「5周年」ライブとかいう、「多くの観客(略)にはさして魅力的ではない」「内部的な祝い事」が、自分たちにとっても「特別な日」に変わる。こういう体験があると、(オンラインとはいえ)イベントに参加した満足感がすごいですな。

 

 ことしもまだまだ1週間あり、年末年越し特番だってあったりしますが、にじさんじの6周年7年目が楽しみになるような素敵なフェスでした。

 

 

1228(水)

 ■ゲームのこと■読みもの■

  日本語のオフィシャルなメディアでついに「好奇心駆動型の冒険」ゲームデザイン話が;任天堂『「Hello! インディー」なぜマシュマロを焼くのか? 『Outer Wilds』開発者インタビュー。』

topics.nintendo.co.jp

 先日switch移植版が発売された『Outer Wilds』。その関連企画として、任天堂Indie Worldがクリエイティブ・ディレクター氏へのインタビューを敢行、取材記事を掲載していました。

 『OW』はもともと南カリフォルニア大の課題製作として出発し、市場流通までこぎつけた作品で、クリエイティブ・ディレクター氏はそのゲームデザインについて具体的に説明した修士論文を同大学に提出しており、今回のインタビューは大体その抜粋要約といった内容でした。

 論文じたいは同大学デジタルライブラリにて誰もが読める状態にあったわけですが、日本では……

zzz-zzzz.hatenablog.com

……英語にうといひとが電子辞書片手に勝手に訳した、色んな意味であやういものしかありませんでした

 

 今回の取材記事で、ついにわれわれはそのゲームデザインや試行錯誤についてオフィシャルな媒体で読める日本語文献に接することが叶いました。うれしいですね。

(ということで、弊blogの英検3級記事も一部みなおしました)

 

   ▼任天堂Indie World開発者取材記事まとめ

  砂義氏のポストからざっとググったかんじ、任天堂Indie Worldで開発者インタビューを実施するのは年に2,3作ずつくらいのようで……

●2018年●

『「Hello! インディー」第2回 チームワールドディグ2』を掘ってみた!後編』

『「Hello! インディー」第4回 開発者が語るCeleste』の秘密。ゲーム設計のこだわりと、「コヨーテタイム」!?』

『「Hello! インディー」第9回 UNDERTALE』の開発者トビーさんにインタビュー』(前編)(後編

●2019年●

『「Hello! インディー」第24回 一目で魅了される、激ムズアクションCuphead』(前編;日本ローカライズのフォント担当、翻訳担当)(後編;チャド&ジャレット・モルデンハウワー

『「Hello! インディー」第28回 開発者が語る奥深さとバランスの秘密 Slay the Spire』

●2020年●

『「Hello! インディー」 第34回 きっかけは、日常の理不尽なことから。ノーシア』開発者インタビュー。』

『「Hello! インディー」 第37回 ゲームづくりはまず米づくりから!? 穂のサクナヒメ』開発者インタビュー。』

●2021年●

『「Hello! インディー」 第40回 やられることで進んでいく、冥界の家族ドラマ。HADES』開発者インタビュー。』

『「Hello! インディー」 第41回 芸人でありゲーム開発者でもあるがゆえの苦悩。ーパー野田ゲーPARTY』開発者の野田クリスタルさんにインタビュー。』

●2022年●

 ないっぽい?(covid-19禍の影響だったりするんだろうか?)

●2023年●

Sea of Stars』(8/30『「Hello! インディー」『Sea of Stars』本日発売。開発者からのコメントも。』)紹介記事や𝕏公式ポストへと再掲載された、「BitSummit Let's Go!!」任天堂ブースで配布されたIndie World 開発者インタビューノート」による、作品をつくったきっかけからソウルフードまで五問五答の一口サイズ満漢全席取材

『Vampire Survivors』

 『紙がない!』

 『Eastward』

 『Unpacking』

 『GIGABASH』

 『Storyteller』

 『SANABI』

 『Sea of Stars』

 『バベル号ガイドブック』

 『Dungeon Drafters』

 『コーヒートーク エピソード2:ハイビスカス&バタフライ』

 『ミネコのナイトマーケット』

 『Behind the Frame 〜とっておきの景色を〜』

 『Bomb Rush Cyberfunk』

 『7 Days to End with You』

・前述『OW』Alex Beachum氏への取材記事

 ……たしかに『Outer Wilds』開発者インタビューは快挙かも!

 

 

 ■ゲームのこと■はてブコメへの補足■

  IGNJapanは頑張ってるが、それゆえにもっとスタンスを明確にすべきでは

jp.ign.com

jp.ign.com

(訂正前コメント)

8点の作品に対するレビューじゃない。作品の旧態依然を批判するこの評を是としたIGN Japanは自身の星取り形式や評点基準もまた見直すべきだし、フリーライターを鉄砲玉にすべきじゃない。

(訂正後コメント)

IGNの評点基準を見直したら氏の評点は正しかったので謹んで訂正します。ただ「なぜ9点以上は無理なのか」に評の37%を費し愚痴っぽく〆ること(賢者モード的だ),フリーライターを鉄砲玉にすることへの疑問は晴れない。

 読者が焦げついたレビュー。ぼくもはてなブコメできつい話をしました。

 荒れた原因の何割かはIGNとIGNJapanの方針やテンプレート、編集のしかたによるもので、ある程度は買わなくていい怒りだったのではないでしょうか?

 渡邉氏の『スーパーマリオRPG』レビューは、氏が8点だと思った理由を6割:なぜ9点以上をつけられないかを3割の文量で具体的に説明したもので、IGN JAPANの評点的にもレビューとしても割合まっとう。

jp.ign.com

 8点(GREAT)は、「何かしら記憶に残るものを持つゲーム。シングルプレイヤーやマルチプレイヤー向けの斬新なゲームプレイアイデア、賢いキャラクターやライティング、特筆すべきグラフィックやサウンド、またはこれらの組み合わせなどだ。大きな不満点がある場合でも、長所がそれを補ってあまりある」作品。

 9点(Amazing)は、「プレイリストにぜひ加えてほしいゲーム。「AMAZING(驚くほど素晴らしい)」は、それが新しいアイデアであれ、既存のアイデアの並外れた活用であれ、作品のどこかが我々を本当に感動させる作品を指す。将来振り返ったときに、その時代とジャンルにおいて特筆すべき作品となっているだろう」。

 つまり渡邉氏のレビューって、

「ある程度のマイナーチェンジをほどこしただけのリメイク作は、さすがに"その時代とジャンルにおいて特筆すべき作品か?"といったら違うだろう」

 というだけで、こういう作品としては満点だって話なんですね。

それにしたって星取表としては8点グレートな作品へのレビューとは感じられないもので、37%の文量を愚痴愚痴いうことに費やすのはどうかとぼくは思うんですけど、それについては下でさらにお話ししていきます)

 

 お茶缶氏の記事は渡部氏の記事ほど不評を買ってませんが、ちょっと焦げ付いてる。

 焦げで済んでるのは1・2位頂上決戦だよ/優勝か否かを分けた点はどこか説明した記事だよというのが最初に提示されているからだと思います。

 お茶缶氏は2位にした『ゼルダの伝説TotK』の発売前からあれこれ書いているライターさんで、記事内にリンクは張られてませんがIGNJレビューで10点満点をつけてさえいます。そのへんの来歴を覚えていて矛を収めたかたもいるんじゃないでしょうか。

 

 ということで燃えたり焦げたりしているいくらかは、最初に評点・概論を載せておくか、評点の基準についてIGN JAPANが毎レビューちゃんと説明したりリンクを張っておくかすれば済んだ話なんですよね。

 

   ▼ガイドラインの異同に見る本家IGNとIGNJapanの違い

 じゃあなんでしないの? っていうと、IGN自体の形式のせいもあるでしょうし、IGN JAPANがIGNの子でありながら独自の批評メディアとして色気を出してるせいもあるだろうとぼくは考えます。

 さっき引用した評点基準にさえ、その意識の高さがうかがえます。本家IGNと微妙なちがいがあるんですね。

jp.ign.com

corp.ign.com

 本家IGNの8点の基準は「These games leave us with something outstanding to remember them by, (以下に例示するような傑出した要素によって記憶に残るゲーム)」なのですが、JAPAN版は「何かしら記憶に残るものをもつゲーム」と「outstanding」を抜かしたかたちで訳されています。しゃらくさいですね~。

 この訳の違いってべつにこれ、(先日話題になった)「欧米では満点をつけるのが当然で、それより下はカス」とするカルチャーからくるものではないみたい。リンクの張られた代表的8点作品(のレビュー)ではまじで傑出した要素が話題にされ、評価されてます。

 

 つまりただ単にIGNJapanが批評メディアとして肩に力がはいってるというだけなんですね。ガイドラインの序文と見出しの異同は、そんなJapanの鼻息がより大きく聞こえます。

IGN JAPANではIGN US版のレビューの翻訳を多く掲載しているが、レビューは日本でもおこなっており、これからさらに増えていく予定だ。欧米に先駆けて日本で発売されたタイトルや日本限定リリースのゲームは特に多くなる。また、日本のユーザーを他国とは違う形でひきつける作品もあるだろう。IGN JAPANがそう判断した場合は、英語版の翻訳ではなく日本でレビューを行う。IGN JAPANがレビューする際に重視する方針やレビュースコアの評価基準を紹介しよう。

 

IGNではとにかく楽しむことに重点が置かれているが、レビューのときは真剣だ。レビューの目的は2つの要素からなる。ある作品が狙い通りに成功できているのか失敗なのか。それを批評する視点が1つ。もう1つは、苦労して得たお金と時間を費やす価値があるかどうか、その判断材料となる情報を提供することだ。IGNは楽しくプレイできるゲームを探しているが、同時に限界を超えて新しい分野を探索するようなゲームの発掘にも熱心だ。

   IGN JAPAN(Updated 2020年2月5日11:03)、『IGN JAPANレビューガイドライン』(色変え・太字強調は引用者による)(青字は日本版独自文章)

 ……こうIGN JAPANはいうけれど、本家は微妙にちがいます。

Is it worth your time?(時間をかける価値はありますか?)

At IGN, we're all about having fun, but when it comes to reviews we take things seriously.(わたしたちIGNはすべてにおいて楽しくやってますが、しかしレビューをするとなれば真剣に取り組んでいます)

Reviewing is the most important thing we do, because this is when we help you make a decision about how to spend your money.(レビューすることはわたしたちにとって最重要です、読者がじぶんの金を出すに値するかその決断のたすけとなりますからね)

Our goal is twofold: Offer a critical view of how a piece of media succeeds or fails, and to give you as much info as possible to help you determine if something is worth your time and hard-earned cash.(わたしたちレビューする目的はふたつあります:一つは、ゲームという表現様式の作品がいかに成功ないし失敗しているか批評的視点を提供すること。もう一つは、あなたの時間や苦労して稼いだお金に値するかどうか決めるための十分な情報をできるかぎり提示することです)

   訳・文字色変え太字強調は引用者による(赤字は、日本版のレビューガイドラインにない部分)

 読者が時間や金を費やすに値するかどうかそれを提示することが、小題にも本文most important thing)にもまず提示されるんです。

 そんなわけで、本家IGNはゲハブログ的な演出と、漫画村じみた運営をしたりもするんですね。

 

    ▽「物語はオモロいけどシステムバグ大杉w6点www」「その素晴らしい物語はOPからEDまで、発売10日で実機プレイ動画を丸上げするよ!」;ゲハブログと漫画村が合体したみたいな本家IGN

www.ign.com

 本家IGNの『ポケットモンスター スカーレット/バイオレット』レビューPokémon Scarlet and Violet Review The school of hard crashes.(ハード・クラッシュするスクール)」と、IGNが今作にやっていることはすさまじい。

www.youtube.com

 IGNは、『ポケモンSV』を動画でレビューします。オープンワールドの魅力を語った後、多人数がでる教室のキャラアニメの低フレームレート化・フィールドでのゲーム全体のフレームレートの低下・図書館での無人に見えた座席にNPCが突然ポップアップする描画範囲の狭さ・戦闘時に平気で地面や壁の裏へ行ってテクスチャを露呈させるカメラのひどさ、クラッシュによる強制停止・オンライン協力プレイをしたさいの他プレイヤーのグラフィックバグ(巨人化⇆小人化)などをハイライトします。

 このハイライトはあまりにも露悪的すぎる。

 そりゃあフレームレートの低下はたしかにありましたよ。

 レビュアーが話題にしないところだと、zzz_zzzzはキャラエディットがおわって暗転が明けた1秒のうちに、今作のランドマークである学校が粗雑なモデルから精細なモデルへ張り替えるところから始まるイベントムービーを見て、

「このLoD(レベル・オブ・ディテール)の処理のひどさと、イベントムービーの開き直り具合はなんだ」

 と困惑しました。モンスターボール埋め込みバグに遭いましたし、戦闘時カメラについても、

「キャラも場所も固定であるはずのイベント戦闘で、どうして舞台を貫通したり、モンスター全員が一画面内におさまらなかったりするんだよ」

 と不快に思いました。

 でも強制停止も遭ったことはぼくはなければ、CO-OPでグラフィックバグだって遭遇経験ありません。NPCが突然ポップするのは見た目によろしくないだけでゲームプレイに支障をきたすものじゃないし、挙げるべきはジムテスト(ジムリーダーのミニゲーム周りのひどさだろうと思います。

 IGNがこのレビューでやっているのは、ひとが隕石に当たって死んだ衝撃の瞬間を取り上げる見世物小屋商売なんですよね。ほんとうに大事なのは、じっさいに隕石に当たるひとが数十万年に一回かそこらなのに。

wired.jp

6 Okay(可)
The open-world gameplay of Pokémon Scarlet and Violet is a brilliant direction for the future of the franchise, but this promising shift is sabotaged by the numerous ways in which Scarlet and Violet feel deeply unfinished.(『ポケモンSV』のオープンワールドなゲームプレイは、フランチャイズの未来について輝かしい方向を示してくれているが。しかしこの有望な変化は、今作が深刻に未完成だとかんじる多数の道によって妨害されている)
Rebekah Valentine
Reviewed on Nintendo Switch

www.youtube.com

  すごいのが、IGNはIGN Guideという自社運営のゲーム攻略サイトにて『Play through(通しプレイ)』動画をアップしていて、『ポケモンSV』なら発売10日後までに、オープニングからエンドロールに入る暗転まで本編イベントシーン全部をYoutubeにアップしてるんですよね。

 「give you as much info as possible to help you determine if something is worth your time and hard-earned cash.(あなたの時間や苦労して稼いだお金に値するかどうか決めるための十分な情報をできるかぎり提示する)」っつったって、ここまで提示する必要ないでしょ。ましてや攻略ガイドなんでしょ?

 

    ▽IGN JAPANはそこまでひどいことはしてないが……

 IGN JAPANはさすがにそこまでアコギなことはやってないですが、批評を読ませたい気持ちが先行して、それはそれでアンバランスなんですよ。

 あれだけ見世物芸をする本家IGNは、レビュー最後の「評価」のところでちゃんと評点基準説明ページへのリンクを毎度張ります。

 IGN JAPANは評点基準説明ページはあるけど、レビュー最後の「評価」とそれを紐づけません。

 「読者の時間と金の浪費を気にした」レビューであるなら、本家IGNもIGN JAPANも読者がページスクロールする時間の浪費(長いフッダのせいで、最下段までおりれば読めるってわけじゃないメンドくささを気にして概論を最初にのせておくべきだし、IGN JAPANは評点基準についてよそに説明する気がないなら星取りなんてやめるべきでしょう。

 

     〇IGN JAPANは本当にひどくない?;片や8点、片や大批判の賛否両論ごった煮ゴシップサイトスタイル

 ある程度のガイドをしたい、でも批評だってしたい……という多様性は、「けっきょく良いの悪いのどっちなん?」と読む側が困惑する、どっちつかずで中途半端な態度をうみます。

 『ポケットモンスターSV』で例示をつづければ、IGN JAPANのレビューとしては8点(GREAT)をつけたいっぽう、複数のメディアで『ポケモンSV』批判記事を投稿している渡辺氏のやはり批判的でそれどころか一部論理が破綻して非難に堕ちている寄稿も同時に掲載します。

jp.ign.com

jp.ign.com

 うえの記事のどこがひどいか?

 批判したい気持ちが先行して、「Aだからダメ」と言った同じ口でじゃないからダメ」と言ってのけるメチャクチャな理屈が展開されているんですよ。

 たとえば『ポケモンSV』の偽のオープンワールド性を批判するために渡辺氏は「ほかのオープンワールド作品と異なり、レベル変動性ではない。出てくるポケモンのレベルは固定されているのだ。つまり、いきなり雪山に行けばレベルの高いポケモンが出てきて歯が立たないし、最強のジムリーダーが待っているジムに行っても打つ手がないのである」と地域ごとに敵NPCの強さが固定されていることを批判します。

 そのほか、敵トレーナーと対戦する動機設定の乏しさを氏は批判します。その一つとして「そもそも、そこにいるポケモントレーナーが強いのか弱いのかもよくわからないので挑むのも手間である」と難癖をつけます。

 ……各地域で敵の強さが固定されているんだからよく分からないわけがないじゃないですか。一読してわかる矛盾を編集部はどうして指摘しないんでしょう――正攻法なのか?

togetter.com

 鉄道ミステリ・2時間ドラマの帝王 西村京太郎さんは、2017年9月21日放送のトークバラエティアウト×デラックス出演時、「ここがちがう」「あれがちがう」とマニアが騒いで検証用に購入するので、作中の鉄道描写について一つだけ事実と異なる点をあえて書いておく……なんてお話をされていたそうですが、こういう記事を読むと、

「あれってジョークじゃなくって、メディアで流通してる閲覧数稼ぎの正攻法なのか?」

 とちょっと首をかしげてしまいます。

また、アテンション・エコノミーが支配的になっていることは、ニュース配信者がPV数を増やすために、過激な記事やタイトルを掲載する動機付けになっている。アテンション・エコノミーは関心経済ともいい、情報が過剰にあふれるなかで、人々の限られた注意を引きつけることが直接的な収益につながるという経済的概念のことである。

つまり、コメント欄が盛り上がって多く閲覧されればそれだけ収益につながるため、記事の内容と異なる過激なタイトルをつけたり、過剰に何かを批判したりすることでPV数を稼ごうとするのだ。これは、公平で建設的な議論の場を提供するというニュースメディアの本来の役割と矛盾する可能性がある。

   東洋経済ONLINE(2024年01月09日10:30UP)、山口真一『サイトの「コメント欄」嫌う人に知ってほしい真実』

 

 

1231(日)

 仕事納めで泊まり勤務日(おさまってね~)

 

 ■ネット徘徊■観たもの■

  vtuber『にじ3→4 年越し特番 ~喋ろう!歌おう!ゲームしよう!~』

www.nijisanji.jp

  1. じん(自然の敵P)さんと、Rain Dropsでじん作曲の歌を歌ったりしたにじさんじライバーのジョー・力一さんを司会にして、ゲストである他ライバーとともににじさんじ箱内オリジナルソングをずっと流して音楽トークをするLive2Dラジオパート。
  2. そして、いくつかのお題に適したにじさんじ箱内オリジナルソングをリスナーに投票してもらい、各項目で一位を獲った歌をじっさいに3Dスタジオで披露してもらうライブパート。
  3. さらにはおこたに入りすごろくゲームをするLive2Dゲーム実況パート……

 ……から成る三部仕立ての長時間企画で、zzz_zzzzは三部途中で眠気がきて退場。

 配信自体は面白かったし、ラジオはレギュラー化してほしいくらいでしたが、あまり年の瀬感・特別感がなかったですね。

{じん氏は言わずもがな口も歌もうまい力一さんも安定のMCで、ゲストでは卯月コウ&渡会雲雀の歌が好きだし楽器もやり言語化がうまい第一ゲストの音楽語りが非常によかった

 堀江晶太大絶賛の時代がきて、「ほんとうにリスナーが世代交代したんだなぁ」としみじみ思った。

(「しのごの」でコラボ配信したさいにはかなりの反発があったものですが、「馬といえば中村イネ」が連想される日は遠くなり、ばあちゃるが挙げられることも少なくなって、『1・2・Switch!』の説明シークエンスが出てくる時代がきたということなんでしょう)}

 途中からうすうす感づいてましたが、告知イラストだとド真ん中にでかでかと写った月ノ美兎委員長が、実働十数分のチョイ役にぎやかし雛壇ライバーだったのは非常にウケました(笑) 層が厚くなってきたからこそですね。わちゃわちゃしてるところが見れてよかった。

 

 年越し配信といえばおととしのリゼ・ヘルエスタ個人Chでおこなわれた、108の煩悩をみとリゼがはらう除夜の鐘お焚き上げ配信は好きだし良い企画でしたが、たぶんabemaでにじさんじ』正月特番のあいさつと抱負とかぶっちゃいそうだし、むずかしそうだなぁ……。

 

 

 おとなりホロライブでは、おこた3Dセットとその奥の庭で餅つきというなかなかゴージャスな時空間がひろがっていたり、あるいは個人Chではホロスターズ所属の男性ライバー夕刻ロベルくんによる、『除夜のケツ』配信がおこなわれたりして、なかなか充実しておりました。

 mocopiのおうち3Dによって、ケツをたたくさまがわかりやすく配信されて技術の進歩をかんじました。

 

 

 ■観たもの■

  NHK紅白歌合戦2023』

 とにもかくにもアイドルがすごかった。

 KPOPもJPOPも両国男女アイドルともに、個々の能力がたかい人々が複数人あつまって確かな練度によるひとつのパフォーマンスを披露する……その凄さを魅せつけられましたね。

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 韓国男性アイドルグループStray KidsのCASE 143』は、「Tiktokで聞くこの曲、こんな緩急のつきについたダンサブルなナンバーだったんだ!」という驚き。

 PVのポップな色相の衣装とボーイッシュなメイクによるパフォーマンスに対し、今夜のStray Kidsは黒く大人らしい衣装を着ています。そしてひとりずつマイクを掲げてセンターへ躍り出て歌い継いでいくのに合わせて、そのパフォーマンスは延々フォーメーションを変えて(その他のメンバーがしゃがんだり静的になったり)さまざまなやりかたで歌い手を立てる群舞を披露しつづけていくこととなります。

 とにかく淀みなく動きつづけて、サビでさえも毎度フォーメーションも振付も別物になってすさまじい。

 ヒョンジンくんで良いのかな、二回目のサビのセンターNHK公式のクリップ動画の最初のひと)。ゆったり気怠いかんじがあまりに色気ありすぎる。

 そして三回目のサビ、前列がっつりしゃがみ中列しゃがみで一番後ろにいる黒髪のひと(チャンビンくん)が正立して歌うの渋すぎる。そしてこの、PVみたいに茶目っ気があるか、ここまでの悪く言えばキザったらしくもあるかする楽曲『CASE 143』の印象をガラリと変える、最後方からでも響き貫く芯の強い歌声!

「丸カッコのコーラスがここまで一音一音 存在感を愚直に主張することってありますのん?」

 というチャンビンくんのシャウトがあるからこそ、そのまま続く本物の大サビ「♪I'm just gonna go」のダイナミズムがただ華やかでカッコいいだけじゃなくって、(ステージ演出としてここで使われた、賑やかしに一瞬あがる花火じゃなくって)まじで駆けつけてくれるという確かな背骨が感じられる。

 正直PVで聞いてたら「へ~こういうのが流行ってんだね~シャレてるね~」て感じだったと思います。バイブスたっぷりのこのバージョンで出会えたのは自分にとって幸運だったなぁ。

 

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 女性アイドルトリオPerfumeのFAKE IT』は安定の美しさ。おなじみハイヒールで踊っているのがまったく信じられない浮遊感。

アヴちゃん:Perfumeって、替えが効かないシステムなんですよ。あの三人は、ダンスをはじめとした様々なものを媒介にして、普通ではありえない何かを呼び出している感覚があって。いわば、Perfumeは巫女なんです。なので、私にとってPerfumeは、すごくホーリーなものだったんですよね。

私が出会った当時は、まだアイドルブームが来る前で、歌って踊ることに「(笑)」が付いていた時期だったと思うんです。でも、Perfumeの登場によって、「(笑)」は取られたんだっていう実感が、私のなかにありました。

(略)

アヴちゃん:私は、本当にPerfumeに憧れて、「私も、私のなかにある何かを呼び起こしたい!」と思ったんです。「私もハイヒールを履いてみたい」と思ったし、「何にでもなれる」って気持ちが湧いてきた。基礎は何もなかったけど、それでも「やっていくぞ!」って思えたんです。

   CINRA(2017年05月18日UP)、『女王蜂アヴちゃん×MIKIKO対談 「人」の力を信じる表現者たち』

 長年振付をつとめるMIKIKO氏は、ニューヨークでの修行を経て自身の核を見つけた人物で……

目指す振り付け発見

●ニューヨークではどのような体験を?

自分の表現方法について考えられる時間が多かったです。毎晩行われているブロードウェイの公演を観て、好きか嫌いかを判断して、「なんで好きなんだろう」「なんで嫌なんだろう」と考えることで、自分がどんな表現が好きなのかを突き詰めることができました。

 それで自分が好きなのは、舞台からお客さんを煽りながら見せつけてくる表現より、いつの間にか観ている側が吸い寄せられてるような表現なんだな、とピントが合っていって。

   エヌディエヌコーポレーション刊、『月刊MdN 2015年9月号』kindle35%(位置No.140中 49)、演出振付家MIKIKOインタビューより

●海外生活で、そのほかの収穫はありましたか?

よく私が言われる、「日常のしぐさ」を取り入れた振り付けも、ニューヨークdねお経験から生まれたものです。(略)黒人の体型、そこから自然に滲み出る表現、ヒップホップの文化、そういうのが根底にあるから、あそこまで情熱的に踊れるんだと実感して。それは真似しても絶対に敵わない。だからそこは開き直りました。

 そもそも自分の体を駆使して息が切れるほど踊る姿というものは、ダンサーならかっこいいですが、歌う子にはあまりしてほしくないと思うところもあって。すごく難しいこと、すごく体力を使うことをしてるんだけど、ミニマムで、低温やけどのような表現をしたいと考えていました。考えた結果、行き着いたのがそういう「しぐさ」だったんです。

●小節の終わりのポーズとか、一枚絵としての美しさも感じます。

そこは、整えて、整えて。きちんと角を付けて。何となくはありません。決めがいかにかっこよく決まるかは、関節を気持ちよいところにはめられるかがポイントで。カッチリと決めるためには、腰の関節と肘、ひざの関節の、留め金がきちんとあるところに、そのポーズをパシって持っていくようにしています。

   『月刊MdN 2015年9月号』kindle35%(位置No.140中 50)

 ……「ミニマムで、低温やけどのような表現」を追求しているそうですが、納得のダンスです。

 

 それにたいして終盤、アドリブだろう「Everybody Jump!」「ハイ! ハイ! ハイ!」とぴょんぴょん観客と一緒にみんなで跳ねてステージをどよめかせるバイタリティ、コントラストが楽しい。

 ライブ後のクーリングを欠かさない話もあるのでもちろん大変なはずなのに、ステージの上にはただただ笑顔と歓声だけがありました。

Q:「ここまで見せてしまっていいのかな?」とおっしゃいましたけど、具体的に、公開することに勇気が必要だったシーンといえば?

あ~ちゃん:たくさんあります! ライブの後に足を冷やしているところとか、本当に恥ずかしい! 氷水で冷やさないと、足が筋損傷でむくんで靴が履けなくなっちゃうんです。ステージで履いているのって、ダンス用のヒールではないんです。きっと、無理なことをしているから、必要以上に腫れてしまうのでしょうね。あと、反省会をしているときの姿。あれはマズイ(笑)。

   シネマトゥデイ(2015年11月9日UP)、『WE ARE Perfume』Perfume単独インタビュー

 

 すとぷりキスキ星人』は、紅白仕様なのでしょうか、お召し物がめでたくて良かった。演算力とか機材などが潤沢でなさそうななかでARライブをやっていて(目立つフリッカー現象)、現場の苦労がしのばれました。ただ、それこそファン層がいるスタジオでやってくれたら、ここまでの「浮いてる」感は出なかったんじゃないかなぁ。

 ただ、歓声もなしに義理でサイリウムを振られる空間へ居合わせることにこそ実在感をおぼえる趣味もあり(ターゲット層の外のお約束が体に馴染んでない人々のいる世界へ出てこられるのは、本当の人気者だけですからね)、その意味では「生きてるな~」となりました。

 

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 緑黄色社会ャラクター』は77名の高校生とのコラボレーションが視聴覚的に厚みや意味をあたえていて良かったですね。コントラバスの子が非演奏時にカメラへ抜かれて、はにかみ手を振って応えるあの瞬間音楽にまったく奉仕してないその光景こそ、逆説的に「♪産み出された それだけで 意味があるから」というあの歌の説得力となっておりました。

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 モノクロの衣装につつんで「♪こんな夜遅く コンビニのレンジで弁当温め どんな奇跡待ってるの? 君はきっと分かってるだろ?」とうたう櫻坂46Start over!』は、前段の楽曲と連作感があって大型イベントならではの構成でした。あれだけダンスに力いれながら、歌は斉唱でかもされる学校のお歌の発表会っぽさが気になってしまうんですが、そうであることで意味が逆に際立つんだなぁと。

 感想をあさって、「この体勢この振り付けでどうやって発声してるんだ?」と批判してるものがあり、たしかにどうやってるんだろう。背を人に乗られながら俯いての歌唱はまだしも、あれだけヘドバンしながらの歌唱で、ああも前後で発声がブレないものなのか?

 

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 BE:FIRSTBoom Boom Back』は、横長のステージと観客のあいだにある円形ステージとが花道でつながれたステージを活かしたパフォーマンスでこれまた良かった。Stray KidsやLE SSERAFIMのような、マイクをもつひとがセンターへ行って歌うようなフォーメーションは無い代わりに、花道をすすむときに我よ我よとカメラを占有するムーブがあって、ヒップホップで活躍めざましいSKY-HI氏が発掘したグループらしいストリートの活力を感じるパフォーマンス。

 

 NiziUMake you happy』は、Tiktok「縄跳びダンス」でおなじみのナンバーだそう。ぼくがイメージするKPOP{kara『ミスター』(09)とか少女時代の『Gee』(09)とか『Oh!』(10)とか}に近い感じがしましたね。そこへアヴリル・ラヴィーン『Girlfriend』(07)とかテイラー・スウィフト『Shake It Off』(14)あるいは2NE1『Love is OUCHI』moumoon『YAY』といったCanCamのCMに採用されるような楽曲群の陽性のイケてる女性のポップさが加わったかんじ。総合司会のかたがたもダンスを踊って空気がよかった。

 

 LE SSERAFIMUNFORGIVEN(feat.Nile Rodgers)-Japanese ver.』は、こちらもTiktokで踊りが流行ってるらしい曲なんですが、振り付けの緩急から察せられるとおり、そのほかのフォーメーションも複雑でまぁ~~たしかな練習と実力がなければ踊れない曲。

 最近のKPOPだなぁ~と思ったんだけれど、韓国2&日本2&韓国系アメリカ人1の混合ユニットで、『PRODUCE 48』参加の3人HKT48、IZ*ONEと3ユニットを渡り歩いた最年長のクラ宮脇咲良氏、IZ*ONEのチェウオン氏(リーダー)、ユンジン氏}にボリショイや英国ロイヤルバレエでバレエ留学した関大高等部の新顔など2人を加えた新旧混合ユニットとのこと。

 

 乃木坂46ひとりさま天国』は、これだけの人数がそろってフォーメーションをして凄い。『シンクロニシティ』みたいな見るからにアーティスティックでまじめに観ちゃう歌と踊りじゃなくっても、「指先までの伸びやらなにやら、基礎的な部分はやっぱり職業パフォーマーさんはしっかりされてるわ……」と素朴に感心してしまいますね。

 "肩肘はらない気楽な感じ"を全員で合わせている。100以上を出し切るとか、0で止まるところをちゃんと止まるとかはもちろん凄いことなんだけど、大体の運動は途中をキープするのが一番大変なわけで、61~79くらいの微妙なあわいをそろえた『おひとりさま天国』メンバーもまたすごいことなんじゃないでしょうか。

 ただ、正直初見ではそれゆえにむずかしさを感じてしまい、ちょっとぬぐいきれていない。

♪自由で 気楽な おひとりさま天国

 揉めることもなく いつだって 穏やかな日々 

 本当の自分でいられるから もう大丈夫よ 放っておいて

 曲自体の斉唱具合やら(そこらのバラエティのカラオケ企画で個々にマイクを握ると「!?」と思わずスマホから顔上げてTVへ注視させるくらいの歌唱力をもった彼女らが、「持ち歌になるとこうなるのか……」とまた別の意味でビックリマークを浮かべさせられる)(リズムさえ取れてりゃ好きにノッていいものだとzzz_zzzzは思ってる)クラブミュージックぽさと一糸乱れぬダンスの合わなさやら、そうして踊られるのが振りコピ文化圏のある程度シンプルなものである(視覚的にどうしても弱くなる)やらが、高畑勲監督『かぐや姫の物語』のお迎えシーンや伊藤計劃『ハーモニー』終盤などを思い起こさせ、だいぶこわい。

 欅坂46の『不協和音』とか『サイレントマジョリティ』とかをきいたときに起こる、群れに染まらなかったり染められなかったりする自分を歌う曲でこうも一糸乱れぬ群舞と斉唱を披露することについて、自分のなかでどう消化したらよいのかわからない戸惑い。これがまたこのパフォーマンスでもちょっと生じました。

 そういう少数派(ってほど女性の独身者ももう小さい分母じゃなくなりましたが)と一緒に立ってくれるひとはこんなにもいるんだよ、という応援歌なんだろうけれども。「お手てつないで並んでゴールしようね」と言い合うアレが大のおとなの実行力で遂行される監視社会感・隣組感をどうしても覚えてしまうといいますか。こわいよ……。

 

 日記をかくために何回か見て、集団の中を縫って動くカメラに合わせて目線を送ったりなんだりする(=まじでおひとりさまならそんなことするはずない愛嬌をふりまく)かたがたを見かけ、「こうは言ってるし踊ってるけど……まぁね?」みたいな余裕をようやく見出すことができたと思ったら、「でもそのアクションはカメラの画角におさまったのを起点として生じたもので、そうじゃないひとびとは黒子に徹する、統御された茶目っ気で……」とさらに悩む。

 

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 SEVENTEENい落ちる花びら(Fallin' Flower)』はとにかく美しい。

 客席に背をむけたタットダンスから始まって、つぎに花のつぼみが揺れ開き始めたかのようなフォーメーションを真上から俯瞰するショットがきて(このカット中に最初の後ろ背のきみが正面へくるりと振り返っている)、3カット目は透明感のあるとんでもない美男子のドアップ! 花がいるじゃんね。しかもこの振り向きのきみ、これだけカメラを占有しながら……

「♪舞い落ちる花びらには 誰も手を伸ばさない」

 ……って最初の歌い出しを務めるひとじゃない。他のKPOPダンスグループと同じく、歌い手だけを立てる手法によって、最初の人が歌いだした瞬間にすぐしゃがんでしまう(!) マジっすか……。歌合戦だよ、顔合戦じゃないんだよ……?

 この視線誘導と歌唱の外しかたが「舞い落ちる花びら」そのものであるし、この楽曲じたいの切なさ儚さを保証している。

 Stray Kids『CASE 143』の血沸き肉躍る終盤のシャウトみたいな滾らせかたと、SEVENTEEN(たいていのものへ「しゃらくせ~」とつばを吐いてきた自分のようなルサンチマンでさえ)「われわれ下々はただ見ることしかできない……」とただただ茫然とするしかないキザの極めかた。それぞれ異なる凄みがおがめて非常によかったな。

 

 MISAMODo not touch』は彫刻のようなプロポーションのかたがたが艶めかしくヴォーグなダンスを踊っていて神々しかった。TWICEの日本人メンバー3人の独自ユニットによる英語主体の楽曲。

 

 10-FEETゼロ感』

 『THE FIRST SLAM DUNK』挿入・ED歌で、紅白披露版では、横で見守るバスケ日本代表へ想いを託したり〔まじで試合会場で流してたし観衆が大合唱するのはもちろんのことチームも口ずさんでたし、大正義井上先生のスラムダンク基金があるしで、ここは安心して「継承」のドラマを素直に面白がれた{※、間奏で急逝したチバユウスケ氏の同作OP曲『love Rockets』もサンプリングしたりするという、ライブ感たっぷりの(アドリブ箇所には当然字幕もない)パフォーマンス。

 一曲こっきりの祭典だからこそって感じのノドの酷使で、バンドの関係性や作品テーマとの相乗効果でさすがに胸にこみあげるものがありました。

{※星野源『生命体』SEVENTEEN『舞い落ちる花びら(Fallin' Flower)』とにたいする北口榛花選手の言は、北口選手の人の好さ・誠実さは感じましたが、さすがに居たたまれなかった……。

ぇと~、私はちょと日本に居なかったので(笑)聴けなかったんですけど(苦笑)、でも日本中のみなさんがこの曲でひとつになって応援して下さったと思うので、とても、今回聴くのが楽しみです。

 『生命体』については句読点で〆た北口氏は、『舞い落ちる花びら』については……

もちろん揃ったパフォーマンスも魅力的なんですけど、個性がすごく豊かで、バラエティとかもめちゃくちゃ面白くて。遠征中に、見て……元気をもらってます!

 ……と、今回みられる歌・踊りだけじゃなくって、なぜだかSEVENTEENのバラエティ適性の高さまで語り出す(笑) 信頼できるオタクだ}

 

 ロックはYOSHIKI軍団といい、『明石家紅白!』のSUPER BEAVER(レーベルからの不遇と離脱、再契約。大復活の『名前を呼ぶよ』秘話)スキマスイッチ(これがダメなら引退の瀬戸際での起死回生、『奏』創作秘話と、目も老眼で記憶もあやふやな思い出話)といい、みなさん熱くて最高でしたね……。たぶんかつてなら演歌が担ってたようなこういう義理人情の世界に、ロックやビジュアル系が役者として立つようになったということへ、ちょっと思うところがないわけではありませんが、時代の移り変わりってまぁ、そういうもんなんでしょうね。

 

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 そしてYOASOBIイドル』

 『トップ・タレント(America's Got Talent)』での活躍でもおなじみ前髪パッツンおかっぱ女学生風演者集団アヴァンギャルディのおなじみ『アイドル』用振付からはじまって、歌詞へ入ったときに前列がしゃがんでYOASOBI幾田りら氏が登場。しばらくアヴァンギャルティが幾田氏を取り巻く女学生ファン的な集団振付を披露したのち……

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 ……ダンスが出来るおたく!涼宮あつきらリアルアキバボーイズ(原曲のオタ応援ボイス担当)のオタ芸風サイリウムダンスにひきつがれ(支持手も上げた足も綺麗にのばした後転片手倒立やら。四つん這いになった二者に頭と肩を載せることで、両手にサイリウムを持った手を地につけずに側転やら、体幹に裏打ちされたオタ芸で凄い)、歌詞も振りも熱を帯びていきます。

「♪誰かを好きになるなんて 私分からなくてさ」

 男性アイドルグループSEVENTEENがいかにもアイドルのジャケ写みたいなポージングから表舞台へ歩いてくると(前景でB-BOYなアクロバットを披露していたRABがSEVENTEENの後ろでオタ芸するバックダンサーへ)、男女どちらのアイドルがステージの右から左から上から舞台下から入れ代わり立ち代わり現れるめくるめくパフォーマンスが展開されていきます。

 

 𝕏でクリップを受動喫煙したときは、「あのちゃん&ハシカンはすげえ」とか、「Misamoは神々しい」とか、「アヴァンギャルディの踊りは客席の狭い通路の賑やかしでも卓越しているなぁ」とか思ったわけですが。

 番組を最初から通して観ているとむしろ、ゆるいんだかこわいんだかな『おひとりさま天国』を披露した乃木坂46が、サビで堂々たるアイドルステップと力強い愛嬌をふりまいて「うちはこのかたずっとこれで行ってるし、これからも行くんスわ」とその立ち振る舞いでもって断言して見せ。

 Tiktok向けだろう振りコピしやすい『Make you happy』を司会のスター陣といっしょに披露したNiziUあたりがダウナーな「♪引き立て役Bです」を暗く冷ややかにキビキビと踊ったあたりの、持ち歌披露部とこことで別々の面が見えて立体感を感じさせてくれたパートがよかった。

 後者には「サーモンあります?」と問われて「うちは鮭おいてないんですよ~」と口角だけ上げて笑って答えた近所の回らないお寿司屋さんが、前者には「サーモンあります?」と問われて「サーモン入りました~!」と笑顔で復唱して新幹線もつけちゃう回転ずし屋さんが重なりましたわ。

 

 手は込んでいるけど、ある程度一定の方向性や速度でもって行われる出し物とからめた穏当なパフォーマンスが多かった演歌歌手勢や。おおむね別スタジオの平面ステージで自曲のパフォーマンスをしていたアイドル勢……

 ……これまでの演目で見てきた(満足できる仕事だけど、しかし)それぞれの足りない倚音をYOASOBI『アイドル』パフォーマンスはうまく補い解決するような内容で、さすがにこれで幸せになるのは当然でしょうね。

 

 たとえばだいたい南方から北方へ順繰りに並べられたドミノが倒れていくとある程度の小節で倒牌がモザイクアートになったりなんだりして、最南・最高峰に歌手がいて……というすぐれて予定調和なパフォーマンスであるとか、番号順にならんだケンダマ師が順繰りに玉を剣に刺していき、その最後に歌手が……というすぐれて規則的なパフォーマンスであるとかを観た後で。

 段々になった本ステージの東西南北・上下へところ狭しとアイドルが立ったり出番を待ち、『アイドル』のあのきわめて現代のポピュラーソングらしい曲調の変化もはげしい・全部がサビのビックリ箱みたいな歌・歌詞に合わせて、ステージを出入りしスポットライトのあたる数~十数秒で強烈に印象をのこすトロみたいなパフォーマンスをつぎつぎ披露し、それに舞台演出もカメラも360度自由に縫って天地さえも闊達すること(第一サビ直後の「♪はいはいあの子は特別です」急転直下に合わせて、照明が暗くなり、カメラもぐんと低く下がって、メイン舞台の下のNiziUを映す……という曲調に負けてないあの映像的な転落具合!)で応えられたら、さすがに目も耳も楽しい。楽しくならないわけがない!

 

 

 

 

 

 

 

 

*1:ただし短編集『われはロボット[決定版]』で5番目として再構成。

*2:ただし短編集『われはロボット[決定版]』では2番目として再構成。

*3:読者からの「最近きているラノベミステリブームの一作で、面白かったけどロジックの詰め方が云々」というかんじの感想ポストにたいして、12月1日、作者である西氏が、

「こういう言及が自作でされてしまった以上いわざるを得ないのですが、売上的にラノベミステリのブームはきていないはずです。 そして私は一貫して自作がラノベミステリと名乗ったことはありません。」

 と引用ポスト。さらに持論をかたっていました。削除済みなのでうろ覚えですが、ミステリプロパーが追求する読者との知的ゲームを成立させるための厳格性・フェアな情報提示などはともすれば物語の面白みを削ぐことにもなるので、そのぶんの尺をキャラの魅力とかにあてます、みたいなお話をされていました。

*4:インパクトファクターも検索ヒット数もきわめて少数なので、「ごくごく一部」を「ごくごくごく一部」に、「ごく一部」を「ごくごく一部」にしたほうがいいかもしれない。

*5:グーグル翻訳だと「交差点」。さすがに違うだろうということで変えました。

*6:『ベストセラーコード』kindle版22%(位置No.791)、「第2章 代父母 日常の何気ない時間を大切にする」より

*7:『ベストセラーコード』kindle版32%(位置No.1175)、「第3章 センセーション 完璧なカーブをどうやってつくるか」より

*8:『ベストセラーコード』kindle版32%(位置No.1182)

*9:「描画はされているが、プレイヤーの注意がそこへ向いてないから、違いを認識できない」がフェアな塩梅で。 あらかた何がどこにあるのか分かった時点から振り返って「なんだ~。アレもコレも、こんなしょっぱなからそこに在ったんじゃん」と思えるのがベターなバランスだとzzz_zzzzは考えるのだけど

*10:地球の歩き方』には、どちらも載っているが……

パリのノートルダム寺院がモデルといわれてる  map-P.30-B3

グレース大聖堂

Grace cathedral

 ノブヒルの頂上にあり、キリスト教監督派の全米の教会のなかでも3番目の大きさを誇るグレース大聖堂。ゴシック建築の荘厳な建物だ。ゴールドラッシュの1849年に建立されたが、1906年の震災で焼失。現在の建物は1964年に完成した者。ローマカトリックプロテスタントの中庸をいくという教会でもある。聖堂内は、両壁の見事なステンドグラスから差し込む薄日に照らされ、昼間でも静寂に包まれている。入り口右側にある、キース・ヘリングエイズ撲滅を願って製作した作品「キリストの生涯The Life of Christ」は、一見の価値あり。1989年にエイズを患い、亡くなる2週間前に完成した彼の最後の作品だ。建築や教会の歴史に興味のある人は、アプリをダウンロードして自分で回るといい。屋内のラビリンス(迷宮)、ステンドグラス(新旧2種)、イタリア・フローレンスのギルベルティの扉のレプリカなどをお見逃しなく。不定期でオルガンやコーラス、ジャズのリサイタルも行なわれている。

   ダイヤモンド・ビッグ社刊行(1990年2月20日初版⇒2019年7月17日改訂第29版→2019年7月25日電子書籍版発行)、「地球の歩き方」編集室 編著地球の歩き方 B04 サンフランシスコとシリコンバレー サンノゼ サンタクララ スタンフォード ナパ&ソノマ 2019-2020』kindle26%(位置No.387中 100)(ちなみに、ラビリンスはp.92「チャイナタウンとノブヒル」の見出し上で写真が掲載されています)

忍者屋敷以上の理解不可能な家  map-P.247-A2

ウィンチェスター・ミステリーハウス

Winchester Mystery House

 購入当初は8つの部屋をもつ家だったが、全160室、1万枚の窓、2000枚のドア、17の煙突、13のバスルーム、47の階段と暖炉、6つの台所をもつまでに拡大する。この不思議な大邸宅が、ウィンチェスター・ミステリーハウスだ。この家は、銃製造の会社として知られているウィンチェスター社の2代目社長、ウィリアム・ウィンチェスター氏の妻であった、サラ・ウィンチェスターが建てたものだ。ひとり娘と夫を相次いで亡くし、絶望のあまり霊媒師を訪ねると「この不幸はウィンチェスター社のライフル銃によって霊が取りついたためだ」と告げられる。サラは、この霊を鎮めれば自分は永遠に生きられると考え、1922年に死ぬまで38年間、1日も休むことなく、1日24時間家を増築し続けた。現在ここは、カリフォルニア州の歴史的重要建造物に指定され、一般にも公開されている。ツアーでは、寝室や台所など約110室を見学できる。天井に突き当たる階段や上下逆さまに建てた柱、開けてみると壁しかないドアなど、奇妙なことだらけ。総計2万5000ドルに相当するステンドグラスが集められた部屋や霊と語り合うための部屋などもあり、家全体が美術品であり、巨大な迷路のようでもある。建設と改造にかかった費用は500万ドルとも言われる。見学のあとはビクトリア調の美しい庭園も歩いてみよう。

   地球の歩き方 B04 サンフランシスコとシリコンバレー サンノゼ サンタクララ スタンフォード ナパ&ソノマ 2019-2020』kindle65%(位置No.387中 249)

*11:たとえば、ハリセンの強弱について。

・イブラヒムさんが後輩ライバーからハリセンでめっちゃ強くたたかれてて「練習の時より痛いな」とガチトーンで呟くのは面白いし、

・叩いたライバーが懺悔コーナーで「先輩ライバーをしばくと云っても、加賀美さんを叩くのは恐る恐るだったけど、イブラヒムさんを叩くのはごめんけど練習のときから何も抵抗感なくフルスイングでした!」とぶっちゃけるのだって面白い。

 ……けど、つなげて観るとイマイチよくわからなくなる(最初からフルスイング、でも練習と本番で強さに差はあるんだよな……?)

 あるいは、懺悔コーナーとその後の動画非制作コメディ。

・そういうアレな懺悔にたいして「わ、笑いに対して貪欲なのはいいことですね~!」みたいな感じでその場でたぶんアドリブで適当な理由をつけて全肯定するシスターの赦しはおもしろいし、

・おそらく脚本パートだろうパートでシスターがシスターらしさを発揮してテンプレYoutuber活動へことごとく倫理面からダメ出ししていくのはおもしろい。

 けど、つなげて観るとイマイチよくわからなくなる(はたしてシスターはなんでも肯定してくれる柔軟なひとなのか、それとも融通のきかない杓子定規な自主規制パーソンなのか?)

 

 ショービズ――とくにお笑いのネタは、お客さんのまえで披露して反応を見て改稿を重ね「これだ」という間や呼吸を練り上げていくもので、お笑いが本職ではないライバーさんが本番一発勝負でいどむのはとても大変なことだったろうと思います。

 日記本文でも後ほど触れるナイツ塙宣之い訳』で、芸人の経験値が低くてもウケるネタが二つ挙げられていて、それはM-1決勝常連ハライチによる常識破りの「ノリボケ漫才」という発明(「Q52 ハライチは、どう思われますか?」)と、パンクブーブー「よくできた短編小説を読んでいるような気持ちよさがあ」(かれら以外の)「少々腕の落ちる漫才師が演じても、それなりに笑いがとれる」(「Q56 パンクVの〇九年は、笑い飯が史上初の満点を出した大会でもありました」)くらい完成度の高いネタなんですが、どちらも難しい。

 

 zzz_zzzzが「こうだったらもっと幸せになれたのかなぁ」と思い描くのは、生きてるだけでえらいライバーさんがたの「人間味」を活かしたうえで前後の一貫性も保持した宛書きです。

Q23 漫才で人間味を出すという言い方をしますが、どう出せばいいのですか

(略)

 いい手本は、〇五年王者のブラックマヨネーズのネタです。四分を通し、こういう人物なのだということが伝わってきました。

 決勝一本目のネタは、ボケの吉田さんがツッコミの小杉さんに、恋人を最初のデートに誘うとき、どこがいいかと相談するネタでした。吉田さんが小杉さんに相談するというのが彼らの一つのパターンです。

 小杉さんは、ボウリングなんかいいのではと提案します。ところが、吉田さんは度を超えた心配性で、次々とくだらない心配事を突きつけてきます。

 小杉さんは小杉さんでお節介というか、そんな吉田さんの悩みに一生懸命、付き合っている。でも、単なるいい人ではありません。小杉さんは吉田さんに心底、呆れているのですが、そんな吉田さんに付き合い続ける自分にも途中から呆れてくる。そして、自己崩壊していく……。

 最後は、吉田さんのほうがまともな人に見えてきます。その変化がこのネタの醍醐味です。おそらく私生活でも、二人はこういう性格で、こういう関係性なのだろうなと想像してしまいました。

 もちろん、そこに嘘が混ざっていてもかまいません。兎にも角にも、お客さんにリアルに二人の人間性を感じてもらうことが大事なのです。

 お笑いというエンターテイメントにおいて、最強の武器は、お客さんに人間そのものがおもしろいと思ってもらえることです。

   集英社刊{2019年9月30日発行、集英社e新書〇九八七B(底本は2019年8月14日発行の紙版第一刷)}、塙宣之『言い訳 関東芸人はなぜM-1で勝てないのか』kindle32%(位置No.2021中 623)、第二章「技術」より(略は引用者による)

 塙氏はブラックマヨネーズの漫才の魅力を上記のように語っていましたが、ご自身らナイツの十八番であるヤホー漫才の強みも、人間味から説明ができるでしょう。

 売れる漫才を参考にするもどうもしっくりこず伸び悩んでいた塙氏はある日……

  1. 自分たちはフリートークの「小ボケ」がウケるけど漫才に入るとさっぱりなこと
  2. どれだけ練習しても自分で書いたはずの漫才で噛んでしまうけど好きなことを喋るさいならスラスラ言えること

 ……に気づき、先述2点から成る様式「ヤホー漫才」を発明。今日の地位を確立したと云います。

 興味深いのは、当初の「ヤホー漫才」はいまのような無数に「小ボケ」を盛り込むスタイルじゃなかったこと。4分間ただ好きな野球の話をして、最後に小ボケがあるだけだったんだとか。それでもウケた。なぜか? 塙氏はTV朝日の人気番組『アメトーーク!』に根拠を見出します。

 あの番組の肝は、じつは話している内容ではありません。好きなことを夢中になって語っている芸人の様子がおもしろいのです。その表情だったり、身振り手振りだったりが、笑いを誘うのです。

 あの番組が長寿であることは、一つの事実を物語っています。好きなものを異様に熱く語るだけで、それはボケになる。

   『言い訳』kindle43%(位置No.2021中 844)、第三章「自分」より

 そんな人間味の面白さの究極形として、塙氏は落語界のレジェンド古今亭志ん生さんを称揚します。

吞んべえだった志ん生は、ほろ酔い状態で高座に上がり、座布団の上で居眠りしてしまったことがありました。それでも客席は「寝かせといてあげようよ」という雰囲気になったそうです。お客さんが嬉しそうにほほ笑んでいる様子が目に浮かびます。

 お客さんは志ん生のことが大好きだったので、噺を聴けなくても、近くでその存在を感じられるだけで幸せだったのだと思います。それくらい愛された芸人でした。

   『言い訳』kindle32%(位置No.2021中 639)、第二章「技術」より

 塙氏の言は誇張でなく、往年の『週刊少年マガジン』麻雀漫画『哲也-雀聖と呼ばれた男』のモデルである無頼な作家・色川武大さんは志ん生氏の寝姿をほんとうに嬉しそうに回想しています。

 戦後、満洲から引き揚げて後、細目になって、口をへの字にした志ん生の顔が眼に焼きつくようになった。芸格も深まったし、地の人柄がたくまず高座に出てきた。あくまでも私の印象だが、ムラでぞろっぺえ志ん生が人々に本格的に愛され出したのはこのころからだと思う。戦時中もドッと受けてはいたが、どちらかといえば、とおりいっぺんの笑いだった。

 高座での寝姿は私も二度見ている。一度は人形町末広の大喜利のお題ばなしに珍しく志ん生が現われたと思ったら、坐ったきり鼾をかき出して、真打(とり)鈴々舎馬風が揺すぶっても起きない。

「おッさん寝ちゃったよ。しょうがねえや、お客さん、これでおしまいにします」

 と馬風が言い、客も大笑いして帰り支度をはじめた。もう一度は新宿だったか。

   小学館刊(2019年9月27日電子書籍版発行、小学館eBooks)、色川武大阿佐田哲也 電子全集6 わが心の故郷――寄席・映画・音楽『なつかしい芸人たち』『唄えば天国ジャズソング』ほか』kindle4%(位置No.14995中 583)、「寄席放浪記」より

 志ん生氏とファンのおりなす時空間は、そのまんまvtuberと「生きてるだけでエラい」とほほがゆるむvtuberファンのおりなすそれそのものでしょう。

 

 わからないうちの一つ、クレアさんの劇の〆は、たとえば前段の懺悔一言まとめで見せた彼女の"やさしいけどなんか変"な人間味そのままに、(せっかくだからさくゆいにも絡んでもらって「クレアさんが言うなら運営も認めてくれんじゃね?」と)あれこれ提案されるすべての動画活動案に「うんうん、いいですねぇ」と理由付きで肯定してもらっていたところ、そのうち提案が相反しはじめ、「逆になんならクレアさんは"ダメ"って言うんや?」とチキンレースが開催、提案はどんどん過激化するけど全部肯定するので、「このひとほんまアカン!」とさくゆいさえドン引き。けっきょく月並みなものに落ち着く……

 ……みたいな具合だったら、zzz_zzzzはもっと楽しめたことでしょう。

(ただまぁ、ソロの雑談配信などのとおりクレアさんも良し悪しをきちんと言うひとで、聖母なイメージは所詮イメージに過ぎないんですよね。

 zzz_zzzzにとって大事なのは「人間味」というよりも、「劇内における一貫したキャラ性」なのかも)

*12:旧コンビ名;ジパング上陸作戦

*13:

月ノ美兎

「わたくし"バズりの曲"だと思ってて、"かるい気持ちで始めたことがめちゃくちゃ大変な騒ぎになってしまった"みたいな。

 わたくしなんかそれが結構にじさんじっていうものにも通じるんじゃないのかなと思ってあの曲をチョット選曲させていただきまして。

 わたくしもオーディションを受けるときはめちゃくちゃかるい、きもち、じつは~マそうなんですけれども、でもそれがね、とんでもないライバーも増殖したし――歌詞のうさぎみたいにね――リスナーさんも沢山ふえてくれてね……

 "モ~こうなったらヤケだ!"みたいな気持ちでね皆様と突っ走っていけたらなっていう風に思っています~。

 みなさん! わたくしたちこれからもたくさん増殖していきましょう!(笑)」