すやすや眠るみたくすらすら書けたら

だらだらなのが悲しい現実。(更新目標;毎月曜)

トランスジェンダー関連へのはてなブコメの補足

 

 トランスジェンダーと性移行処置について、zzz_zzzzも『「社会正義」はいつも正しい』山形解説への盛り上がりに対してブクマコメでいっちょ噛みして以後、「ちゃんと一つの記事としてまとめたほうが良いよな~」と思いつつ、書き進められていません。

 「知識不足だわ」とか「慎重をきしたいわ」とかって殊勝な理由も2割あるいっぽうで、じぶんのぐうたら気質もまた8割あります。

 

 そうこうしているうちに、あんまりよくない方向の声が大きくなっている感はあります。

 この「よくない」というのは、個人の心情的な意味でもそうなんですが、単純に誤読してたり言うべき情報を言っていなかったりして危険を煽る傾向にある記事(・記事執筆者)が無批判のまま受け入れられてるっぽいという意味のほうがつよいです。

 

 ともあれ、はてなブクマで以下のコメントをつけたので……

ジェンダー肯定医療のスキャンダルに投じられた一石 KADOKAWAの出版停止が隠した問題(千田有紀) - エキスパート - Yahoo!ニュース

ベル氏は16で思春期ブロッカー⇒17から3年間ホルモン投与後「20歳の成人」で乳房切除を行った人。コール氏は辛い例だが,米国未成年で乳房手術や生殖器手術へ進む性別違和認定者が私算で百人中1.2人や0.86人なのは書いとく

2023/12/15 11:15

b.hatena.ne.jp

 ……くわしい計算内訳と+αをまずさきに書いておきます。

 千田氏の一連の記事の誤記とか煽り的な筆についても(日を空けてしまいましたが)この記事でまとめました。

 

 

●性別違和者はどのくらいいる?●

 さまざまな測定があり、国ごとにバラつきがあるものの、とりあえず調査する時代が最近であればあるほど自認者は増え、とくに未成年者ほど多く出る傾向にあります。その値を信頼するかしないか派閥がわかれるところです。

  →トランス当事者による『トランスジェンダー入門』によれば全人口の0.4~0.7%、1万人当たり40~70人くらい(ここについては脚注にソースがない)

  →性移行処置に疑問をなげかける日本発売中止本の著者が引いた記事では全人口の0.01%、1万人あたり1人。

  →アメリカ・ウィリアムズ研究所が2016~17年のCDC’s Behavior Risk Factor Surveillance System (BRFSS)と2014~15年のYouth Risk Behavior Survey(YRBS)(どうにも国勢調査的なやつっぽい)をもとに13歳以上のアメリカ人を対象に調べたところによれば、全人口の0.6%、1万人当たり60人くらい。

   →年齢別内訳にバラつきがある。若い層ほど自認者が多く、13~17歳は当該年齢人口比で1.4%、18~24歳は1.3%、25~64歳は0.5%、65歳以上は0.3%。

    →この違いがはたして加齢とともにそうじゃなくなっていくのか(懐疑派のいうとおり若い頃は勘違いしてる人が多いということなのか)? それとも新しい時代の人ほど終生の性別違和者が多いのか?(支持派のいうとおり昔は否定的な風潮がつよく、自称を公言するどころか内面での自認さえ難しかったということなのか?) 今のところはわかりようがない。

 

 zzz_zzzzとしては、アメリカの25~64歳が0.5%・65歳以上が0.3%自認しているそうだから、間とって0.4%は硬そうだと思う。

{2024/04//16追記;自分で読み返して「低く見積もって0.3%のほうが誠実じゃん」と思ったが、高年齢の人のほうが認められない・言えない人のほうが多いだろう(というzzz_zzzzの偏見)、マジョリティの人のほうがトランスよりも経済的に豊かで寿命長そうと思ったから0.4%が硬そうとこのエントリ書いた当時の自分は思ったんでした。

『Being Trans in the EU – Comparative analysis of EU LGBT survey data』紙の印字でp.123の、12年収入調査から25歳以上の全EU民を高所得順に25%ずつ区切ってトランスへ当てはめた図表参考。それぞれ21・21・26・33%となり、高所得層のトランスは少なめ、低所得層・特に下位に入るトランスは多めという見立てになる)

 

 

●性別違和にたいする処置をうけたひとはどのくらいいる?●

 ▼アメリカ編

  ▽6~17歳のアメリカ人5115万人のうち少なくとも12万1882人が性別違和認定、4780人がブロッカー、1万4726人がホルモン投与。13~17歳のアメリカ人2177万人のうち少なくとも776人が乳房切除を、56人が生殖器切除をうけた

 ロイター通信がコモド・ヘルス・インクと協力し、アメリカ全土で(全額じゃなくて一部でも)健康保険適用申請された処置を調べてみたところによれば――あくまで健康保険適用内の事例であり、全額自己負担による自由診療者をカバーしきれない最低値だけど――2017~2021年に性別違和と診断された6~17歳のアメリカ人は12万1882人で、そのうち保険適用内で思春期ブロッカーを投与されたひとは4780人、ホルモン投与へすすんだひとは1万4726人とされます。

 同記事では2019~21年における13~17歳のアメリカ人で、乳房切除を受けたひとが776人(クロエ・コール氏はこのうちの一人)生殖器切除をうけたひとが56人いることもたしかめられています。

 『Population of Pyramid』の2021年アメリカから数字を適当に拾ってざっくり計算して*1、6~17歳の全アメリカ人を5115万人として、そのうち0.238%(=1万人あたり23人)が性別違和認定をうけ、0.009%(こっからは単純な比率を出す意味がうすいですが=1万人あたり0.9人=違和認定者の100人に3.9人がブロッカーを、0.0287%(=1万人あたり2.8人=違和認定者の100人に12人がホルモン投与をうけた。

 そして13~17歳の全アメリカ人を2177万人として*2、0.00356%(1万人あたり0.35人=違和認定者の100人に1.2人が乳房手術を、0.000257%(=1万人あたり0.025人違和認定者の100人に0.0868人が性器手術をうけたという感じになる。

 

 性移行処置は、性別違和認定を受けたうえでおこなわれます。

 どのくらいの比率のひとがそれぞれの処置に移るかは、思春期ブロッカー&ホルモン手術は投与者を前述の性別違和認定者を分母として割ればよく。

 思春期ブロッカーは性別違和認定者100人中人3.9人が、ホルモンは性別違和認定者100人中12人がうけるということになる。

 乳房・生殖器手術については19~21年のデータであり、施術まで認定から1年はラグがあるとして18~20年の性別違和者総計(18321+21375+24847=64543)を分母として割る。

 すると乳房手術は、性別違和認定者100人中1.20人がうけ、生殖器手術は性別違和認定者100人中0.0868人がうけることとなる。

 

 こっからzzz_zzzzが算数によわすぎて転んでる箇所。ご教示いただけるとたすかります。

 

 もし認定・処置に終生の性別違和者が最大限含まれてくれるなら、トランス当事者言基準(0.4~7%)ならだれもが性別違和者だということになり誤診の心配はありません。

(もちろん現に間違いを訴えている人はおり、ゴキゲンすぎる想定なんですが、zzz_zzzzとしては「これで間違いが起きてしまうのはどうしようもない」という程度に大きな分母だと思う)

 懐疑派言基準(0.01%)だと、この幸せなはずの条件でさえ性別違和認定は実体よりあまりに大きく、95.7%が誤診だということに。怖すぎる。

 

 それ以降の処置は性別違和認定の出たひとびとへほどこされ、その人数も重要な処置となるにつれ文字通りケタ違いに小さくなっていきます。

 はたして施術対象に含まれる終生の性別違和者はどれくらい?

 考え方はふたつ、重要な処置となるにつれ篩(ふるい)がかけられ、一過性の性別違和者が脱落していくとする考えと。ただ単に人数が少なくなっているだけで正否関係なくそのまま突き進むとするクジ引き的な考えとがあると思います。

 篩がはたらく考えでも、懐疑派言基準(0.01%)だとホルモン処置は64%が誤診(14人ホルモン投与されれば9人は誤診)で、これまたひどい。それ以上の処置についてはまぁ大丈夫だろうマージンに落ち着きます。

 もうひとつ、くじ引き的な考え方だと……zzz_zzzzが計算方法をよくわかってないのでまだ出してない(高校の順列組み合わせの教科書まだあるかねぇ……)。出してないなりにこちらも酷いに違いないだろうなと思う。

 

 

 ▼イギリス編(12/17昼ごろ追記)

  ▽イギリスの未成年1200万人のうち1万478人がGIDSの門をたたき、でかく見積もり4200人くらいがブロッカーをおそらく投与され、16歳以上の何人かがホルモンを投与された。乳房・生殖器手術はだれも受けていない(禁止されてるから)……はずなのだが、乳は51人スコットで処置

 イギリスの未成年の性別違和処置は、タヴィストック&ポートマンNHS財団トラストによるGIDSという、イングランドウェールズで唯一の17歳以下の未成年向けジェンダーアイデンティティ・クリニックにておこなわれていました。

 内部告発と患者のひとりベル氏(と匿名の患者家族1組)との裁判、それをきっかけとしたヒラリー・キャス医師*3による外部監査によって「問題アリ」となり、閉鎖されたことで悪名だかいクリニックですね。

 2022年はじめの中間報告のなかで、ヒラリー・キャス医師は(訳注;GIDSについて)こう言っている:

  In an interim report earlier this year, Dr Cass said:

  • サービスはうなぎ昇りの待機者リストをさばこうと悪戦苦闘している。
  • 患者について、「型があり一貫性のある」データが保持されていなかった。
  • 医療スタッフは「(訳者補足;患者の訴えに)疑いをもたずアファーマティブ(肯定的)なアプローチ」へ適応することへプレッシャーを感じていた。
  • ひとたび患者にジェンダー関連の苦痛であると見なされてしまえば、神経多様性(訳注;自閉症スペクトラムADHDなど)など他にヘルスケア問題をかかえているかどうかは「ときおり見落とされかねない」。
  • The service was struggling to deal with spiralling waiting lists
  • It was not keeping "routine and consistent" data on its patients
  • Health staff felt under pressure to adopt an "unquestioning affirmative approach"
  • Once patients are identified as having gender-related distress, other healthcare issues they had, such as being neurodivergent, "can sometimes be overlooked"

 キャスは、(訳者補足;タヴィストックで)現在提供されているモデルが「安全でもないし、長期間実行可能なオプションでもない」と書いたうえで、ローカル・ハブの導入を提案した。

  She then suggested introducing local hubs, writing that the current provider model "is not a safe or viable long-term option".

  BBC(2022年7月28日)、「NHS to close Tavistock child gender identity clinic」より{訳は引用者による(英検3級)}

 『トランスジェンダー問題』高井ゆと里さんの訳注*3に「NHSを利用するためには原則的にGP(General Practitioner:総合診療医)の診療をうけたうえで、NHSが利用可能な、より専門的な医師やサービスへの紹介を受ける必要がある」とあるように、タヴィストックも完全招待制のクリニックでした。

 ということでタヴィストックの招待者と治療の内訳がわかればだいたい把握できます。これについてはトランス当事者のひとりショーン・フェイ氏の著書ランスジェンダー問題』に記されているので、これを引用して終わりにします。

2015年から2020年の間に、1万478人のトランスの子ども(ここでは18歳未満として定義される)が、英国ジェンダーアイデンティティ発達機構に紹介された。英国の子どもの全人口は約1200万人である。つまり、ジェンダーの問題でNHSにかかることになった子どもたちの数が増加しているとしても、そして、その全ての子どもが仮にトランスとして持続的に自己同定(アイデンティファイ)しているとしても、そうした紹介はせいぜい英国の子どもの全人口の0・09%を占めるにすぎない。

   明石書店刊(2022年9月30日発行)、ショーン・フェイ(訳高井ゆと里)『トランスジェンダー問題 ――議論は正義のために』kindle版14%(位置No.8225中 1055)、「第1章 トランスの生は、いま」

 生殖器手術はともかく、ブロッカー以降いまいち調べられてません。

 とりあえず懐疑派・否定派が納得いく数字で見積もりたい(※)ので、後述するとおりトランスヘイトに重い実績がある『デイリー・メール』紙の2018年の記事を見ましょう。それによれば思春期ブロッカー投与者は40%くらいらしい。ということで4192人くらいとしましょう。

いちおう懐疑派もお墨付きのタヴィストック実態暴露・調査報道本Time to Think』には……

(zzz_zzzz訳)2022年4月、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン・ホスピタルはわたしにこう知らせた。「2010年4月1日から2021年12月31日までに1,415人の若い患者へ思春期ブロッカーを処方した。ただしこの数字には同一人物が複数年処方をうけたものもふくまれている」と。

  In April 2022, UCLH informed me that between 1 April 2010 and 31 December 2021 it had issued prescriptions of puberty blockers to 1,415 patients, but this included the same young people being counted in multiple years.

 ……と1/3くらいの人数が記されているっぽいんですけど、これだけ大きな本にたいして英検3級によるツマミ読みじゃあ読み落としが絶対あり、不安すぎる。

 前後では15歳以下のひとに与えた思春期ブロッカー数が話題にされており(「14~18年に302人の14歳以下へブロッカー投与された」とか、「19年にブロッカー投与された15歳の子は48人だ」とか「UCLHの22年発表によれば、2012~2021年のあいだに354 childrenがブロッカーを投与された」とか)、上に引用した1415人の「young people」の範囲は何歳から何歳まで? たぶんGIDSで処置した全未成年者でよさそうだけど……という感じですが、まぁ不安派が納得できるデカい数字をとりたい}

 ホルモン投与については実数は調べ切れてないけど、16歳以上かつブロッカーが12ヶ月以上投与されたひとでなければ受けられないという条件がありますありました。

2024/4/16追記;思春期ブロッカーについて現在の英国NHSのガイドラインでは、「効果や臨床的安全性について充分なエビデンスがない」という指摘が認められ、「性別違和解消目的での子供や若者へ処方は禁止」されています。

 上に記した条件が掲載されていた当時のガイドラインは『インターネットアーカイブ』のログをご確認ください}

 乳房手術や生殖器手術については、イングランド内では0のはずなんですね。というのも未成年への外科的手術を禁止するガイドラインが出ているから。

 NHSのジェンダーアイデンティティ医療へアクセスできる年齢は、ジェンダー承認法ではなく、NHSにより決定されます。外科的治療は18歳に満たない人は受けることができません。

   The age for accessing medical NHS gender identity treatment is decided on by the NHS, not the Gender Recognition Act. Surgical treatment is not available to people under 18. 

   イギリス政府平等省(2018発表、ISBN: 978-1-78655-673-8)、『TRANS PEOPLE IN UK』{訳は引用者による(英検3級)}

 ただしスコットランドトランスジェンダー用の自前のクリニックもあり管理がしにくいのかあるいはトランスジェンダーに寛容〔2022年末には、法定性別の変更可能な年齢を18歳から16歳へ引き下げ、その申請条件も大幅な緩和{性別違和診断を不必要とする・法的に変更したいジェンダーアイデンティティで事前に生活する期間を2年から6ヶ月へ(18歳以上の場合は3ヶ月へ)引き下げる}された〕なのか別枠で、スコットランドNHSが当初おこなっていないと言っていたにもかかわらず実際にはスコットランドの医師が2015年~2020年4月の6年間に少なくとも51の乳房切除手術をおこなっていたことがわかっています。

 イングランドも同じような本音と建前があるんじゃないかと心配になりますが、ブロッカーやホルモンでこれだけメディアがにぎわい第三者監査さえ入った後でもその話が無いということは、そちらは無い(少なくとも露見してない)と思ってよいのではないでしょうか。

 

 未成年イギリス人0.09%(=1万人あたり9人)がGIDSの門を叩き、0.036%(=1万人あたり3.6人=GIDS招待患者の100人中40人が思春期ブロッカーを投与され、16歳以上の人数不明のひとがホルモン投与され、0人0%{ないしスコットランドでの発覚分を数えて0.0004%(=1万人あたり0.04人=GIDS招待患者の100人中0.49人が乳房手術を、0人0%が生殖器手術をうける(うけた)かたちになります。

 懐疑派言基準(人口の0.01%がトランス)だと、最大限終生の性別違和者がふくまれるゴキゲンな見立てでもGIDS招待客のうち89%誤診で、思春期ブロッカーも74%が誤診ということになります。アメリカほどじゃないけど、同じくらいこわいですね。

 タヴィストックでは、訪問者のかかえる精神的苦痛をジェンダー以外に起因するのではないか探ることを軽視する傾向にあったことが第三者監査で分かっていますから、誤診のまま突っ切った場合の計算もぜったいしなきゃいけませんが、zzz_zzzzは算数によわすぎて出来てません。ご教示いただければ幸いです。

 

  ▽性別違和認定・処置の時空間的ハードル{初診まで1~2年、(当時ブロッカー投与に複数回受診、1年以上投与かつ)16歳以上でなければ使えないホルモン}

 それとは別個にここでもうひとつ考えたいのが時空間的ハードルです。

 タヴィストックの問題のひとつである招待者の爆増。

 サービス統計によれば、タビストックの助けを求める人々はこの10年間で20倍に増えており、クリニックを紹介された者は2011年時は250人だったものが2021年になると5000人にまで跳ね上がっている。

   The number of people seeking the clinic's help is 20 times higher than it was a decade ago, jumping from 250 to 5,000 referrals in 2021, according to the service's statistics.

 これの意味することは、人々が専門家にかかるまで平均2年の歳月を要するということだ。

   This means the average person waits two years before they are seen by a specialist.

   BBC(2022年7月28日UP)、『NHS to close Tavistock child gender identity clinic』より{訳・太字強調は引用者による(英検3級)}

 タヴィストックはキャパオーバーでそもそも受診までに年単位で時間がかかるようになってたんですね。

 地元のかかりつけ医で診断をうけて、「うちではこれ以上の対応は無理だから」とGIDSへの紹介状を書いてもらい、そこで1~2年待機して初診となり。

 そこからさらに0.5~1年待った2回目以降の受診で思春期ブロッカーを投与されるようになり(当時)。

 16歳以上でかつブロッカーを1年以上投与されてからホルモン投与という過程がとられていました(当時)。

 1.5~2.5年待って思春期ブロッカー、2.5~4年待ってようやくホルモン投与まで行くわけですね。

 それだけやっても、乳房・生殖器手術は未成年であるかぎり絶対うけられない。

 

 そういう時空間的ハードルがイギリス人にはあり、そういう典型例がじつは、千田有紀さんに話題にされるキーラ・ベル氏の処置プロセスだったりするんですね。

 

 

●12/17追記;千田記事の具合の悪さについて●

 ▼千田有紀記事の誤記と誇張;「取り返しのつかなさ」「官・機関への不信」を煽る記述

 さて、zzz_zzzzよりも数字がよわいひとが、大学で教鞭に立ち、大手メディアでトランス・性移行処置について懐疑的な記事を書いています。千田有紀さんです。

 

  ▽千田有紀記事の誤記と誇張;キーラ・ベル氏の施術に対する「取り返しのつかなさ」の煽り

 Yahoo!ジャパンニュースにて「各分野の専門家や有識者が個人として意見や提案を寄稿」しているという「エキスパート」欄で千田氏は、トランスジェンダーや性移行処置へ警鐘をならす記事をいくつも展開しています。

news.yahoo.co.jp

国民にとって重要なことは、中身を知らずに賛成や反対と対立することではない。法案を含め、具体的な内容にそくして、着実に問題の理解を深めていくことだろう。そうでなければ、無用な憎しみや争いの応酬を生み出しかねない。

   Yahoo!ジャパン(2023年6月6日11:12初UP)、千田有紀「LGBT法案のもう一つの焦点―学校から医療に送られる子どもたち」より(略・太字強調・色変えは引用者による。赤は事実とことなる誤記で、紫は誤解をまねく曖昧な記述)

 なんとも納得いく前置きからはじまるLGBT法案のもう一つの焦点―学校から医療に送られる子どもたち」では、2020年9月24日に出たイギリス教育省の一文をきっかけにして{ただしこの注意書きはトランスジェンダーの当事者・支援団体”マーメイド”も奨励してるもので、千田氏の言から抱く印象と異なりその後も2年にわたってマーメイドは教育省から学校向けメンタルヘルス・福祉リソースとして起用していたわけですが(そっから外したのは、14歳へ胸部バインダーを保護者に内緒で渡していたというもっと物議をかもす問題が22年9月25日『テレグラフ』紙から報道されたため)、キーラ・ベル氏の来歴が語られます。

そうした変化の背後には、やはりキーラ・ベルによる訴訟があるだろう。彼女は、複雑な幼少期をすごしていた。次第に女の子に惹かれていったが、「男の子になりたいの?」と問いかけられて、初めてそうなのだという確信を持つにいたった。カウンセラーから紹介されタヴィストックのジェンダークリニックを受診し、15歳で思春期ブロッカーを投与された。(略)16歳でテストステロン(男性ホルモン)の接種へと移行した。その後、手術で胸を取るなどした(略)誰とも性交渉をしたことがない、また将来の妊娠などについて予想もできない段階での、未成年でのホルモン投与に、キーラは警鐘を鳴らしている(こうした記事のひとつとしてKeira Bell: My Story)。

   千田有紀「LGBT法案のもう一つの焦点―学校から医療に送られる子どもたち」より(略・太字強調・色変えは引用者による。赤は事実とことなる誤記で、紫は誤解をまねく曖昧な記述)

 千田氏は、12月11日にしるしたべつの記事でもキーラ・ベル氏について話題にします。

news.yahoo.co.jp

2020年にはイギリスで10代から女性から男性に性別移行をはじめ、その後女性に「戻った(デトランス)」キーラ・ベルが、タヴィストッククリニックと、ポートマン国民保険サービス基金トラストを訴えて、大きな騒ぎになった。キーラは性別違和を訴えていたが、自分に対して簡単にジェンダー肯定医療を施すべきではなかったと主張している。性別違和を訴える当事者には、まず「間違った身体に生まれてきた」ことを認め、新しい性別の選択を肯定する。そして思春期ブロッカー(第二次性徴を遅らせるといわれている)、異性ホルモン(キーラの場合はテストステロン)、胸の切除、というジェンダー肯定医療を進んでいくのが普通である。キーラはそのプロセスが安易であったことに、異議を申し立てているのである。

   Yahoo!ジャパン(2023年12月11日21:31初UP)、千田有紀「ジェンダー肯定医療のスキャンダルに投じられた一石 KADOKAWAの出版停止が隠した問題」より(略・太字強調・色変えは引用者による。紫は誤解をまねく曖昧な記述)

 キーラ氏の訴訟の話題からさらに「12歳で性別違和を訴え、13歳で思春期ブロッカー、そしてテストステロンを投与され、15歳で胸の手術をおこなっ」たアメリカのクロエ・コール氏の来歴を紹介、コール氏の話題にうつりますが……

 ……さてこれら千田氏の記事を読んだひとで、キーラ・ベル氏が「自分が男の子なのだ」と自認をもってタヴィストックで「16歳」で思春期ブロッカーを受けるまで2年かかったかたであり、そこから「17歳」でホルモン投与をうけるさい「不妊になる可能性と、それにそなえた卵子の冷凍保存したいかどうか」を訊ねられたうえで「3年間」投与をおこなったかたであり、そしてついに「20歳の成人時」に乳房切除手術をおこなったかたなのだと理解するひとはいないでしょう。

 だって誤記してるそもそも書いてないんだから。

 

   ○誤記と誤解をまねく曖昧記述;ベル氏のブロッカーとホルモンの投与年齢をそれぞれ1歳ずつ幼く誤記し、"成年時"に行なった乳房切除手術の年齢無記載にしたうえで「その後、」とホルモン施術と続けて記述

 ということで千田氏がリンク付きで紹介したKeira Bell: My Story』を読んでみましょう。

www.persuasion.community

 わたしはNHS(国民健康サービス)をつうじてサイコロジストと会うようになりました。15歳のときわたしは――男の子になりたいと言って譲らなかったので――ジェンダーアイデンティティ発達機構(GIDS)を紹介されました。ロンドンにあるタヴィストック&ポートマン・クリニックです。

{訳注;タヴィストック&ポートマンNHS財団トラストによるGIDSは、英国で唯一の17歳以下の未成年向けジェンダーアイデンティティ・クリニック。『トランスジェンダー問題』高井ゆと里さんの訳注*3によれば「NHSを利用するためには原則的にGP(General Practitioner:総合診療医)の診療をうけたうえで、NHSが利用可能な、より専門的な医師やサービスへの紹介を受ける必要がある」とのこと}

 そこでわたしは性別違和だと診断されました。ジェンダーアイデンティティと生物学的性別とがミスマッチしているがために精神的苦痛がおきているのだと。

   I began seeing a psychologist through the National Health Service, or NHS. When I was 15—because I kept insisting that I wanted to be a boy—I was referred to the Gender Identity Development Service, at the Tavistock and Portman clinic in London. There, I was diagnosed with gender dysphoria, which is psychological distress because of a mismatch between your biological sex and your perceived gender identity.

 タヴィストックに行くころまでには、わたしは性移行(トランジションしなきゃと頑(かたく)なになっていました。なんて典型的なティーンエイジャーの生意気な主張でしょう。

 ひとりの身体的に不安定な女の子がいた、それが本当に起こっていたことです。わたしは親に捨てられた経験をし、同級生から孤立感をいだき、不安と鬱に苦しみ、じぶんの性的志向に抗って、不安定だったんです。

   By the time I got to the Tavistock, I was adamant that I needed to transition. It was the kind of brash assertion that’s typical of teenagers. What was really going on was that I was a girl insecure in my body who had experienced parental abandonment, felt alienated from my peers, suffered from anxiety and depression, and struggled with my sexual orientation.

 ソーシャルワーカーと一連の表面的な面談をしたあと、わたしは16歳で思春期ブロッカーを投与されました1年後、テストステロンを受けました20歳のとき、両方の乳房切除手術をうけました

   After a series of superficial conversations with social workers, I was put on puberty blockers at age 16. A year later, I was receiving testosterone shots. When 20, I had a double mastectomy. 

   Persuasion(2021年4月7日掲載)、キーラ・ベル『Keira Bell: My Story』より{太字色替え強調・訳は引用者による(英検3級)}

 千田氏の記事では思春期ブロッカーとホルモンの初投与年齢がそれぞれ1歳ずつ幼く誤記されていることがはっきり読み取れますね。

 そしてホルモンの投与期間が3年間におよんだこと、乳房切除手術が20歳の成年時におこなわれたことも、ベル氏の自伝ではしっかり記載されています。

 

   ○誤解をまねく曖昧記述;ベル氏に「男の子になりたいの?」と訊ねたのは母そして父のパートナー

 ベル氏が他者から「男の子になりたいの?」と問いかけられたことで自分はトランスなのだという認識をもったのは事実なのですが、誰から問われたかというのが千田氏の記事ではわかりません……

 14歳をむかえるころまでに、わたしは深刻なうつとなりギブアップしてました。:学校へ行くのをやめました。;家の外へ出ることをやめました。ただ自室の部屋にいて、母を避け、ビデオゲームで遊び、お気に入りの音楽に没頭したり、インターネットサーフィンしました。

   By the time I was 14, I was severely depressed and had given up: I stopped going to school; I stopped going outside. I just stayed in my room, avoiding my mother, playing video games, getting lost in my favorite music, and surfing the internet.

 なにかが起こっていました。:わたしは女の子に惹かれるようになったのです。「レズビアン」という語句(ターム)や、ふたりの女の子が関係をもちうるという概念(アイデアへわたしは今までポジティブな連想をもってきませんでした。「なにか生得的な間違いなのではないか?」とわたしは心配になりました。

 このとき青天の霹靂がはしりました、わたしの母が「男の子になりたいかどうか」を訊ねてきたんです。そんなことわたしの心に一度も過ぎったことありませんでした。ここからわたしは女性から男性への性移行(トランジションについていくつかのWEBサイトを見つけました。

 その後すぐ、父とかれの当時のパートナーのもとへ引っ越しました。父のパートナーは母がしたのと同じ質問をわたしに訊ねました。じぶんが男の子だと思っていること、そして男の子になりたいと思っていることをわたしは彼女へ話しました。

   Something else was happening: I became attracted to girls. I had never had a positive association with the term “lesbian” or the idea that two girls could be in a relationship. This made me wonder if there was something inherently wrong with me. Around this time, out of the blue, my mother asked if I wanted to be a boy, something that hadn’t even crossed my mind. I then found some websites about females transitioning to male. Shortly after, I moved in with my father and his then-partner. She asked me the same question my mother had. I told her that I thought I was a boy and that I wanted to become one.

   キーラ・ベル『Keira Bell: My Story』より{太字色替え強調・訳は引用者による(英検3級)}

 ……ベル氏は、14歳のとき母と、父のパートナーそれぞれからそう聞かれて、その自覚をいだいたのです。

 

   ○誤解をまねく曖昧記述;ベル氏が警鐘を鳴らす「性移行処置による不妊の危険性」はタヴィストックでホルモン投与まえに質問を受けていたこと

 ベル氏が「誰とも性交渉をしたことがない、また将来の妊娠などについて予想もできない段階での、未成年でのホルモン投与」に警鐘を鳴らしているのは事実なんですけど、『Keira Bell: My Story』を読むと、事情がすこし異なることが見えてきます……

 テストステロン投与を始めるまえ、わたしは「子供が欲しいかどうか」を、あるいは「性移行によって不妊となる可能性があるため卵子を冷凍保存の検討をしたいかどうか」をたずねられました

 ティーンエイジャーであった当時のわたしは、子供をもつ想像ができませんでしたし、NHS(訳注;英国の健保的なもの)の適用外である手続きだったこともわかりませんでした。「もしできなくなったとしても大丈夫、じぶんの卵子を冷凍する必要性をかんじません」と答えました。

 けれど若い成人となった今は、不妊であることの意味を当時のわたしは真に理解していなかったのだとわかります。子どもを設けるという基本的な権利が、自分から奪われてしまったかどうかはわかりません。

  Before beginning on testosterone, I was asked if I wanted children, or if I wanted to consider freezing my eggs because of the possibility that transition would make me infertile. As a teenager, I couldn’t imagine having kids, and the procedure wouldn’t have been covered by the NHS. I said I was fine if I couldn’t, and I didn’t need to freeze my eggs. But now as a young adult, I see that I didn’t truly understand back then the implications of infertility. Having children is a basic right, and I don’t know if that has been taken from me.

   キーラ・ベル『Keira Bell: My Story』より{太字色替え強調・訳は引用者による(英検3級)}

 ……ベル氏が言っているのは、「タヴィストックでホルモン投与まえに事前に危険性とそれに対する善後策をおこないたいかどうかの質問をうけたけど、その説明などが不十分だった。(また行いたかったとしても社保の適用外だから結局むずかしい)(「じぶんがおこした裁判で、被告側タヴィストックが証人として呼び出したクリニックの現患者の証言も、逆説的に未成年の予見性のなさを証明していて、自分のような悲劇がまた起こりかねない」)という話なんですよ。

 

 ベル氏は1年間の自認と、クリニックで正式に「性別違和」と認定された1年の待機の日々、そして16歳(という医学的には成年とみなされる年齢)できめた1年の思春期ブロッカー投与と、翌年17歳から3年におよぶホルモン投与という、6年の自認と5年の性移行処置をこえた果てに、20歳の法定成人になって乳房切除をおこない、「じぶんのジェンダーアイデンティティは女性だった」という事実に気づきました。

 ブロッカー投与中は身体の体調不順にも悩まされたと云います。性移行処置がすすむたびに(男になることへの)違和感も大きくなっていったと云います。そんな苦しい時期を5~6年のりこえたうえでの決断です……

 ……もともと引きこもりだったベル氏が、処置のために外に出て、空間的にも時間的にもさらには肉体苦痛や精神的苦痛的にもさまざまなハードルを越えたうえでの行動が、まさか間違っているとは。

 これで間違いが起きちゃうのは正直どうしようもないのではないか……とzzz_zzzzなんか思っちゃうわけです。

 すくなくとも「安易」なプロセスではけっして無い

 ホルモン投与まえにしたって、間違いだと気づいた時のリカバー手段の用意とか、もっと改善できるところはあるとは思いますが、説明じたいはしてるみたいですしね。

 すっごく難しい。悩ましい……。

{フェイルセーフとして、投与前に精子卵子を一定量保存するよう義務づけることなどはまぁ思いつきますが(その処置にかかる対象者のストレスなどは涙を呑んでもらうことにして)

「じゃあどのくらいの量があれば安心なのか? それにどれくらい時間が掛かるのか?」

「実現可能性は?(義務にしたら健康保険対象にならないと大変ですけど、カツカツ運営になったとおりこの方面は財政難だったからタヴィストックの運営難が起こってるわけで、そんな人員や資金はどこにあるのか?)

 みたいな問題もまぁ浮上しますよね}

 

 コール氏はもちろん、ベル氏もたいへん痛ましい事例で、じぶんやじぶんの身内で起ってしまったらどうできるかなぁと悩ましいものです。

 その悩ましさというのは、じぶんでアメリカの手術件数を調べてみたり、あるいはベル氏が自身の落ち度もつまびらかに語ってくれたりしたからこそその複雑さが見えたがゆえに覚えたものです。

 その難しさをベル氏じしんは重々承知なんです。だからきちんと前置きをします。

 乳房切除手術をおこなったときわたしは法的に成人しており、自分の責任を免責はしません。でも性移行の道――思春期ブロッカーからテストステロンそして外科手術の――に乗っていたときわたしは悩める十代だったんです。

   I was a legal adult when it took place, and I don’t relieve myself of responsibility. But I had been put on a pathway—puberty blockers to testosterone to surgery—when I was a troubled teen. 

   キーラ・ベル『Keira Bell: My Story』より{太字色替え強調・訳は引用者による(英検3級)}

 

 

  ▽千田有紀記事の誇張;「これが、1000人単位の集団訴訟へとつながっていくのである*2。」を受け売りすることの問題

 千田氏は、また、タヴィストック・クリニックの問題について言及した記事やコラムを引いた最後に……

タヴィストッククリニックは、性別違和を訴える子どもの3人に1人は自閉症の特性があるのを隠していた(How the only NHS transgender clinic for children 'buried' the fact that 372 of 1,069 patients were autistic)(Time to Think by Hannah Barnes review – what went wrong at Gids?)★。非常にバッシングを浴びたJ.K.ローリングは、この問題に警鐘を鳴らしていた(J.K. Rowling Writes about Her Reasons for Speaking out on Sex and Gender Issues)。これが、1000人単位の集団訴訟へとつながっていくのである*2。

(略)

*2 集団訴訟が予定されていることが報じられた後のニュース報道が日本ではおえないために、「つながっていく」と表記した。

   千田有紀「LGBT法案のもう一つの焦点―学校から医療に送られる子どもたち」より(略・太字強調・色変えは引用者による。紫字は誤解をまねくあいまいな記述)

 ……「これが、1000人単位の集団訴訟へとつながっていくのである」と〆ます。

 

   ○10ヶ月経っても続報がない話を「予定されている」と捉え、「訴訟へとつながっていくのである」と書くレトリック

 この「1000人単位の訴訟」がどこから来たのかをさぐっていくと厳しい気持ちになっていきます。まず直近に貼られた3リンク(デイリー・メール、ガーディアン、JKローリング個人サイト)をたどっても論拠がないんですよ。

 じゃあどこからきたのか?

www.dailymail.co.uk

 これはおそらく、『デイリー・メール』紙の「タヴィストック・トランスジェンダー・クリニックは、NHSを閉鎖させた忌まわしい報告の数週間後"思春期ブロッカーを早期に使用されたと主張する子どもの家族1000世帯から"の集団訴訟に直面しうる(Tavistock transgender clinic could face mass legal action 'from 1,000 families of children who claim they were rushed into taking life-altering puberty blockers' weeks after NHS shut it down in wake of damning report)という2022年8月11日の記事からくるものでしょう。

 千田氏の記事は2023年6月6日の記事ですから、10ヶ月経っても続報がない話題を「予定されている」と捉えるのはかなり気が長い見方です。

 

   ○1000人単位という根拠のとぼしさ

 そして上の記事を読んでみてもですね、Thoughtful Therapistsの共同設立者James Esses氏が訴訟を検討している多くの脱トランジション者からコンタクトを受けました(I have been contacted by a number of detransitioners who are considering taking legal action.)やら、英国最大級の法律事務所のひとつSlater and Gordonの医療過誤についての主任弁護士Laura Preston氏がタヴィストック・クリニック閉鎖の結果として補償請求の波を見る可能性はたしかにありえますIt is certainly possible that we could see a wave of compensation claims as a result of the closure of the Tavistock clinic.)やら言ってるだけの、「可能性を推測してる」だけの記事なんですね。

 

 1000世帯の家族が訴訟を……というのも、記事本文にソースがない。だから多分これ……

  1. 思春期ブロッカー・ホルモン投与を不服に訴訟を起こした一個人がいる
  2. 早期にブロッカーを使用されたと言う家族が1000世帯ある
  3. 「訴訟を検討している多くの脱トランジション者から訴訟をコンタクトを受けた」と云う団体代表がいる
  4. 1000世帯から訴訟され得るぞ!!!

 という三段論法によるタイトルなんです。「コミケの来場客を見て"ここに10万人の宮崎勤がいます!"と言ったメディアがある」という都市伝説を、実際にやっちゃったくらい雑な三段跳びです。

 

 10ヶ月続報がない話と予定とにはだいぶ距離がありますし、予定とつながっていくとにもまた距離がありますし、予定と可能性もまたまた距離があります。

 さてこの話題、1年ちかくまえの記事から実際に動きが(わから)ないものを引っ張ってくるという問題のほかにも、もう一つ問題があります。

 

(2024/04/16追記)

 この訴訟の進捗について、ことし1月に『テレグラフ』が報じていました。

www.telegraph.co.uk

 それによればまだ訴訟をおこしていない段階で、訴訟希望者数は原告として名乗りをあげた弁護士事務所Pogust Goodhead社が予想していた規模でもないんだとか。

「キャス医師の中間報告が公表されたとき、わたしは"数千でないにせよ数百の潜在的原告がわたしの弁護士事務所をたずねてくれるだろう"と直感しました。なぜならこれは自分にとって史上最大の医療過誤スキャンダルだったので」グッドヘッド氏は言いました。

  “When it came out, my instinct was that there would be hundreds, if not thousands of potential claimants coming forward because to me, this is one of the biggest medical negligence scandals of all time,” said Mr Goodhead.

 多数いる犠牲者の代理として本格的な訴訟をPogust Goodhead社はおこす準備をすすめているものの、当初予想していた訴訟規模とは程遠いとグッドヘッド氏は言います。

  Although Pogust Goodhead is preparing to launch serious claims on behalf of a number of victims, Mr Goodhead says it is nowhere near the scale of litigation initially anticipated.

「このような規模になった理由はいくつか考えられるでしょう」グッドヘッド氏は付言します。「実はひとびとは満足していて、さまざまなエビデンスが明らかとなってにもかかわらず、処置に後悔していないことだってありえます」

  “That could be for a number of reasons,” he added. “It could be that actually, people are satisfied, and they don’t regret the treatments despite all of the evidence that has come out.

「ほかには――そしてわたしはこうじゃないかと疑っていますが――じぶんが幸せじゃないと認めて訴訟へ名乗り出ることを恐れる当事者がおそれていたり、子供に代わって声を上げることを家族がためらっていたりすることだってありえます」

  “It could also be – and I have suspicions about this – that there is such a fear for people to come forward and admit that they aren’t happy about the treatment they received or that parents are afraid to speak out on behalf of their children.”

 『Telegraph』はつづけて弁護士事務所Redditグループの「脱トランス」コミュニティが41500アカウントに及び、いやがらせや脅迫を受けていることを報じていますね。

 日本でも話題のキャス医師の最終報告がでるまえの記事なので、希望者の数も今後また増えてくるのでは/訴訟ももう一段階進むのではないかと思いますが……それにしたって、なんともなぁな進捗だし記事ですね。(弁護士事務所へ取材して終わりじゃなくて、処置受けた当事者や家族へ満足か否か取材すりゃよくね?)

(2024/04/16追記オワリ)

 

 

   ○デイリー・メール紙の「推測」記事を引用することの問題は、DM紙がトランス教師を自死に追い込んだメディアスクラムの先頭だから

いつもいつも「デイリーメイルを引用するなんて」と媒体に言及し「だからダメだ」という結論を導き出すやり口。内容の検討はしないで、媒体をもって「だからダメ」方式。

   note(2023年6月7日06:49初UP)、千田有紀「タヴィストックジェンダークリニックについて書いたところの皆さんの反応の記録」

 千田氏はデイリー・メール紙を引用することを批判する声を逆に批判します。

 「だれ(どこ)が書いたかではなく、内容を検討すべき」という反論はごもっともで、デイリー・メールが報じようがタヴィストック・クリニックのずさんさは歴としてあるし、プロライフ関係のキワモノ弁護士が立とうがベル氏の苦痛も本物だろうとぼくは思います。

 

 ただ、「1000人単位の集団訴訟につながっていく」のように「デイリー・メール紙が思っただけのこと」を注釈も無しに引っ張るのは問題だと思います。

 それがゴシップ紙であるから、というのは正確な理由じゃありません。というのも……

webmedia.akashi.co.jp

 学校のニュースレターが発行されてほんの数日のうちに、ルーシー・メドゥスという、彼女が性別移行後にそう呼ばれたいと願っていた名前は、以前の彼女の男性的な名前とともに国中にばら撒かれた。あっという間に、ジャーナリストたちが彼女の家を取り囲んだ。3ヶ月のうちに、ルーシー・メドゥスは自宅の階段下で亡くなっているのが見つかった。32歳。彼女は自ら命を絶った。

(略)

 その記事の翌日には、このストーリーは国中に広まった。そのときにはもう、抑制の効いた調子ではなくなっていた。デイリー・メールのコラムニストであるリチャード・リトルジョンは、週刊コラムの見出しで「彼は誤った身体に生まれただけでない、…誤った仕事に就いたのだ」と声高に叫んだ。そのコラムは、メドゥスに対する攻撃のために書かれていた。メドゥスを一貫して男性名で呼び、そこに男性の代名詞を添えるという、このコラムニストの言葉の調子は侮蔑的なものだった。「彼はピンクのネイルマニキュアと派手なヘッドバンドを身に着けて教室に現れた」。メドゥスについて、リトルジョンはそう書いている。「その学校は、『平等と多様性(ダイバーシティ)への献身(コミットメント)』を心の底から誇りに思っているのかもしれない」。彼はそう嘲笑った。「しかし、こうしたこと全てが、本当に大切な人たちにとってどれだけ破滅的な影響を与えるか、一瞬でも立ち止まって考えた人はいなかったのだろうか。7歳ほどの幼い子どもたちには、こんな情報を処理する能力など備わっていない」。リトルジョンは、トランスの人々が「性転換しようとする」権利を擁護すると頑なに主張するが、にもかかわらず、子どもたちが混乱するかもしれないという理由で、彼は社会ではなくメドゥス自身を責めたてる。「聖メアリ・マグダレン学校に復職したいと言いながら、彼は自分がここ数年間教壇に立って教えてきた子どもたちの福祉よりも、自分の自己中心的な要求を前面に出し続けている。自分がお金をもらって教えている子どもたちの感性にこれほど関心がないのなら、彼は誤った身体に閉じ込められただけでなく、誤った仕事に就いたのだ」。

 このデイリー・メールのコラムが、メディアスクラムの口火を切った。レポーターたちがメドゥスの家に張りついて待ち構えた。子どもたちの送迎のために学校に来た保護者たちは、否定的なコメントによってハラスメントを受けた。そして、メドゥスが友人たちに告げたところによれば、メドゥスに対してサポーティブな意見をジャーナリストに述べようとした人たちは、無視された。2013年の元日に友人に送ったメールで、彼女は次のように書いている。「私の写真を撮ることができた保護者に金銭を支払うという取引を持ちかけている報道機関があるのを知っています」。最終的に、思い通りの絵面を手にできなかったメディアはメドゥスのきょうだいのFacebookのページから許可なく昔の写真を拾い出し、それを流出させた。性別移行後のメドゥスの姿を描いた5年生の児童の絵は、彼女を守るために学校のウェブサイトから取り除かれていたにもかかわらず、キャッシュをたどって見つけ出された(先ほどのリトルジョンの記事はこの絵を使っている)。トランスであることをカムアウトする以前に、メドゥスは元パートナーであるルースとの間に息子をもうけていたが、ルースが後に言うには、とりわけ親友の死と、自分の性別移行にともなう疲労、そしてメディア報道に耐えることのために、メドゥスは非常に落ち込んでいた。事実、死のかなり前から、メドゥスの自殺願望は大きくなっていた。2013年2月7日、彼女は命を絶とうとして失敗した。その1ヶ月後、彼女は再び自殺を試みた。今度は、その試みから彼女が生還することはなかった。

   webあかし(2022年10月18日UP)、ショーン・フェイ(訳高井ゆと里)『トランスジェンダー問題――議論は正義のために』、「イントロダクション」より(略・太字強調は引用者による)

 ……2013年、トランスジェンダーの教師ルーシー・メドゥス氏を自死においやったメディア・スクラムの先頭がデイリー・メール紙だったからです。

 

 そういう過去があるメディアであることを言わず、言ったとして理論武装もせずに参照するのは、トランス当事者・性的処置肯定派が聞くことをはなから無視した行動であるのはもちろんのこと、けっきょくのところ懐疑派・否定派に対しても「どこまで千田氏の言を信用すればいいの?」「よくよく読むとこれって、具体的にどの"程度"の問題なのか、いまいちわからないな?」と戸惑わせることになるんじゃないでしょうか。

 

  ▽誤記したりボヤカしたりしているせいで、千田氏本人の言とは裏腹に「具体的な内容にそくして、着実に問題の理解を深めていく」ことが出来ない

 千田氏によるベル氏の記述もそうです。

 ベル氏じしんの言は他者からすれば落ち度だろうとみなされるものも書いたうえで「それでも」と言う、他者に話を聞いてほしいひとなら絶対するだろう予防線のけっこうに張られた主張で、それゆえに共感や同意を誘います。

 しかし千田氏によって輸入されると、そうした予防線は除けられて、中身の蔽われたセンセーショナルなものへと包装し直されてしまう。

 千田氏がやっていることは、一見すると脱トランス者や性移行処置懐疑者にとって優しい見解にうつります。

 でもじっさいのところ、ベル氏が悩んだ保護者の決めつけやベル氏が批判したNHSの型にはめる表層的な仕事とおなじ、千田氏にとって都合のよい要素だけを抽出・歪曲する作業なのではないでしょうか。千田氏の描くベル氏に「人」の息遣いはありますか。

 

 千田氏の仕事は……

中身を知らずに賛成や反対と対立することではない。法案を含め、具体的な内容にそくして、着実に問題の理解を深めていくことだろう。そうでなければ、無用な憎しみや争いの応酬を生み出しかねない。

 ……と云うじしんの崇高な目標とは裏腹に、中身をぼやかし具体的な内容に時折そくさないがために、無用な憎しみや争いの応酬を生む源になっているようにしかぼくには読めない。

 

 トランスジェンダーやその性別違和への処置に肯定的な側へ立ちたい気持ちのあるzzz_zzzzでさえ、このトピックについて調べていると、この記事でもチラホラ触れたとおり、

「ここはひどいよな」

「仕方ないんだろうけどよくないよな後悔度の調査などが1年で終わってるものが少なくないと言っている論もあるとおり、条件の均一なサンプル数と調査期間とを十分にとれてないこととか。対照実験の無さとか。分母がちいさいから難しいんだろうけど、モヤモヤは残る~)

「建前がそうでも(NHSのガイドラインでは17歳以下の乳房・生殖器手術は禁止されていて、スコットランドNHSも否定してます)、実態としてそうなってない部分あるんじゃ(実際にはスコットランドでは2015年~2020年4月の6年間に少なくとも51の乳房切除手術がおこなわれてました)、話が違うんじゃないか? どこまで信用していいか分からなくなる」

 と思う部分はポツポツ出てくるわけですよ。

 でもけっきょく広く流通しているのは、そういう話じゃなくって、事実に即さないかふんわりぼやかすことでより不安を煽る二次加工情報なわけじゃないですか。そっちのほうがもっと乗れません。

 よくないな~って思いますよぼくは。

 

 

*1:336997624*0.1518=51156239{アメリカ全人口*6~17歳の比率(5歳刻みの区分を等分し該当年齢分だけ乗算しそれぞれ加算)

*2:336997624*0.0646=21770046{アメリカ全人口*6~17歳の比率5歳刻みの区分を等分し該当年齢分だけ乗算しそれぞれ加算)

*3:このかたのカタカナについては『トランスジェンダー問題――議論は正義のために』の既訳があるんですが、あんまり響きがよろしくないのでこの記事ではキャス氏とします。