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だらだらなのが悲しい現実。(更新目標;毎月曜)

現実の料理を料理する;『Artiste』5巻まで感想

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 さもえど太郎氏『Artiste』既刊5巻を読んだのと、旬な時期なので感想です。(ネタバレせずに面白さを伝える頭がないので、紹介ではありません) 8000字 1万字くらい。(途中の引用をきちんとしたり、結論を加筆しました。改稿はこれでおしまい)

 8/16現在Amazonで電子書籍が1巻8割引き*1で2~4巻まで半額ポイント還元セール中8/24終わってました……、さらに10月半ばまでに5巻まで読めばウェブ連載に追いつけるとだいぶ旬です。(セールは8/22まで?)

※以下、さもえど太郎氏『Artiste』5巻までをネタバレした文章が続きます。ご注意ください※

 

約言

 とても面白いですし好きですね。3巻がアガる。初読時は4巻からは「面白いけど、料理から離れてきた?」と思いましたが、再読してそれは早計ではと考え直しました。

 内容;フランスの料理店シェフの青年を主人公にした群像劇です。

 記述;料理マンガですが、何がなんでも料理で解決するような縛りはないです。でも料理描写は登場すれば力作で、しっかり取材され、参照元は物語とからまるようがっつり脚色されています。

 ここ好き;参照元とその脚色・昇華の面白さ。生活感たっぷりのパリの描写。主人公の幼馴染がかわいい。オーナーの娘さんかっこよい「理解?」すき)

 

ざっくり感想

 タイトルというのは面白いなあと思います。

 『将太の寿司』であれば、「将太というひとが寿司をつくる漫画なんだな」となりますし。『食戟のソーマ』であれば、「料理を武器にする(あるいは「となる」?)ソーマ(人名? 調理具名? 技法名?)の漫画なんだな」となりますよね。

 では『Artiste』は?

 

 月刊コミックバンチならびにwebコミックバンチで連載中の『Artiste』は、artistと同じ語源ながらもより一層の異国感を覚えるフランス語をタイトルに冠したとおり、フランス本国の料理店ではたらく青年ジルベールを主人公として、かれの職場での日々を描いた作品です。

 今作のパリの土地性といえば素晴らしいものがあります。多人種が入り乱れ、夢を抱え捨て、罪も失望だって重なりうる。

 それとともに『Artiste』は、芸術家を意味する単語をタイトルに冠したとおり、かれが暮らすこととなったアパルトマンの住人達――誰も彼もが、絵画や音楽などなんらかの一芸に秀でた芸術家の半生なども取り扱った作品でもあります。

 

 いわゆる料理マンガについて、人間関係に大なり小なり料理がからむ……トピックの集中・モチーフの統一をよくもわるくも感じることがあります。*2

 上で名前を出した『将太の寿司』の大体のエピソードは「よい」例の代表で、料理やその手際に人のさまざまな心を収めた傑作でした。『Artiste』もまた、レストランの店員たち個人にスポットを当てたエピソードはおおむね、彼らの家庭や性格が料理とからんで面白い。

 わるいほうの具体例は上で名前を出した『将太の寿司』の一部のエピソードで、「そんな、なにからなにまで料理とからめなくてよいんじゃないでしょうか……?」と思うような展開とか作品を想定しています。

 今作『Artiste』はもっと広くゆるいくくりでの料理マンガですね。堅苦しくなく、扱われるトピックが自由です。

 いろいろな性格の人々が暮らしていれば生まれるさまざまな問題のなかで、登場人物がレストラン関係者である割合の高さゆえ料理の問題も多目に登場する……そんな感じの印象です。

 

 最初こそ、主人公の料理仕事とアパルトマンの住人の個性とが実利につながるような連関を見せましたけど(盛りつけのセンスがない主人公が絵画畑の住人に相談したことで、絵画のコンポジション・レイアウトについて指南され、美術館へと連れていかれてプロの実作を見て回ることに……)、5巻まで読み進めたいまは、そちらのほうが特殊なエピソードのように思えてきます。

 3巻でレストラン新装開店お披露目イベントを終えたあと、『Artiste』は4巻5巻と料理がからんだエピソードはあっさりめになっている印象をいだきました。

 たとえば5巻ではレストランの食材管理・前菜担当の青年ヤンが休みに姉たちの子の面倒をみるお話に1エピソードが割かれます。

 アパルトマンのほかの住人を大きく取り上げたエピソードとして、4巻にはネット漫画家の世知辛いお話{ちらほら聞こえてくる世知がらさで、僕が思い浮かべたのは、漫画とは畑をまた違えていますけど、ネット小説から大手出版社で紙の書籍化をはたしたうえ水面下でアニメ化のお話だってあったにもかかわらず続刊できなかった『ひとりぼっちのソユーズ』作者と編集者のやり取りでした}、5巻では箸休め的に昼はスーパーのレジ夜はバーの歌姫や、注文の多い演奏家のお話が登場し、それなりに紙幅がさかれますけど、これらのエピソードにおいては主人公の料理や一芸(絶対味覚・絶対嗅覚)がなにか問題を解決したりすることはありません。

 タイトルのとおり、料理にかぎらぬアルティストたちの群像劇だ、という印象です。

 ……一読した感想としては。

 

 再読して、いやどうだろうかと思いました。どういうことか?

 

 

現実の料理をいかに物語的に料理するか

 上述のざっくりした感想は、そちらだけをお読みになっただけのかたには勘違いさせてしまう文章でしたね。

 『Artiste』本編の料理描写はべつにふんわり雰囲気でえがかれているわけじゃなくて、しっかり取材・資料をそろえた上で取り組まれていることがハッキリわかる内容で、どのエピソードも読みごたえがありました。

 参照元をただそのまま引き写すのではなく*3、「劇中舞台や人物関係であれば、たしかにそうなるだろう」という大幅な脚色を加えていて、この作品でしか味わえない面白味となるまでしっかり煮詰めているのです。

 

  物語の傷んだエビと現実にいたロブスター

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ジルベール「ヤ ヤ ヤ ヤン大変だ」

ヤン「なんだよ 朝っぱらから でかい声で」

ジルベール「傷んでる」

   新潮社刊、さもえど太郎著『Artiste』3巻Kindle版p.140(紙の印字ではp.138)第1~3コマ、Épisode14より

携帯片手にオーナー「オマールが傷んでたって? なんで?」

携帯片手にジルベール「それが……」

   新潮社刊、さもえど太郎著『Artiste』3巻Kindle版p.143(紙の印字ではp.141)第1~2コマ、Épisode15より

ジルベール「もうニオイから違う 完全にダメ」

ヤン「あーあ もったいね リースした方の冷蔵庫に入ってたせいで 気付くのが遅れたな…」

   新潮社刊、さもえど太郎著『Artiste』3巻Kindle版p.144(紙の印字ではp.142)第1コマ、Épisode15より

 たとえば3巻で描かれる、具材であるエビの鮮度管理失敗とその尻ぬぐいのエピソード。これって実はミシュラン三ツ星のお店でさえしでかしてしまうアクシデントです。

「ロブスターがやられました」電話口の向こうで相手がいう。

 こいつは、あきらかにまずい知らせだ。「やられた」は飲食業界用語で、食材の何かが腐ったり、どこかが傷んだりしたことを意味する。やられたものはにおいを嗅ぐだけでもわかるし、味見などとんでもない、当然人の口に入れられない状態にある。

    日経BP社刊、キンバリー・ウィザースプーン&アンドリュー・フリードマン編『天才シェフ危機一髪』p.2「緊急指令! ロブスターを救え」より

  『Artiste』3巻の事件を描くにあたってさもえど氏が参考したのはきっと、『エル・ブジ』店フェラン・アドリア氏の体験談*4でしょう。どちらも大枠の不測の事態{下ごしらえしたエビ(『エル・ブジ』店ではロブスター)を冷蔵庫に保存するも、発泡スチロールの箱に詰めたうえで収容したため、冷気が具材にまで伝わらず*5、傷ませてしまった}が、そしてその解決(関係各所に連絡し食材を手に入れるだけ手に入れる*6も共通しています。

 ただ、大枠の結果こそ同じなんですけど、細部が――そこに至る経緯がまったく違っていて、この作品ならではの形でしっかり脚色・昇華されているのですよ。

 取材した現実を、創作として料理するとはどういうことなのか? 下記の文章で、さもえど氏の巧みな手つきをいくらかでも解き明かせたらなと思います。

 

 現実の『エル・ブジ』店でのロブスター保管の失敗は、ふだんとことなる不慣れな特殊な状況での宴会料理の準備における誤算でした(列席者3200人に及ぶ遠方の会合でのケータリングとして、会場ちかくの厨房を3軒ほど借り切って、下ごしらえ・仕込み・本調理など厨房ごとに分業して、料理・運搬する。厨房間の運搬に際して発砲スチロールの箱に入れるというのは輸送中に冷気が逃げないよう・鮮度が下がらないよう気を利かせた術だったのだが、具材が冷える前段階ではむしろ逆効果だった。調理側はそのことまで頭が回らなかった)

 いっぽうの『Artiste』3巻におけるエビ保管の失敗は、実務的な原因は劇中レストランの具材保冷に関する少しコツのあるやりかた(具材の性質ごとにさまざまな材質の箱に入れたうえで冷蔵庫に保管する。しかし、知識がない人の目にはてきとうな空き箱に詰めているようにも見える)のせいで、そしてさらに、劇中レストランが新装開店によって新人・新役職を多く抱えていたことやディスコミュニケーションがからみます。(エビを一つにまとめて冷蔵庫へ保管するよう先輩料理人に言われた新人は、知識こそなかったが、彼なりに言いつけを守った)

 これは、とくに後ろの2つの原因は、劇中の舞台・人物関係を反映した自然ななりゆきです。(ちなみに、エビ以外の具材を保管する箱にかんしては、『エル・ブジ』アドリア氏の言には出てこないことです。さもえど氏が『天才シェフ危機一髪』を読む以外にもリサーチしていることがうかがえます)

 そしてその尻ぬぐいもまた、コミュニケーションによる不和の解消劇としてえがかれています。

 さきに引用したとおり『エル・ブジ』において、ロブスターの傷みについて電話伝達は、(おそらく)下っ端シェフから、レストランを取り仕切るアドリア氏へとなされました。そして問題の解決策は事態を把握したアドリア氏から出され彼の指示のもと他スタッフも動きます*7

 『Artiste』では、副料理長(実質現場の長)であるジルベールからかれの部下である食材管理・前菜担当シェフのヤンへ口語で伝達されたのちに、ジルベールから料理長兼オーナーへ電話連絡がなされました。そして問題の解決策は、オーナーでもジルベールでもなく、ヤンから出され他スタッフも彼の指示のもと動き始めます*8

 有能なシェフ‐その他大勢というトップダウン式の関係ではなく、上下へだてなく話し合い個性を発揮することで、『Artiste』は問題に対応するのでした。

 

 

  一大事に至るまえの小事たち

 新職場・新役職の不慣れさだとかコミュニケーションだとかの問題は、エビ料理のエピソードに先立って『Artiste』劇中で積み上げられてきたことで、まったく浮いた印象はありません。

 店によって勝手が違うためにヒヤリハット・失敗が起こること、そしてそれがディスコミュニケーションによって改善されないことは、前段で、いくつかの人と部署のトラブルとその解決で提示されています。

(この感想記事では、ヤンとのできごとを直下で。もう一つ、ディミトリとのエピソードについてを「小事の現実;調理場と不手際」で触れていきます)

 

 組み立てがとくに面白いなと思ったのは、食材管理・前菜を担当するヤンのふるまいです。

 2巻収録のÉpisode6で、主人公ジルベールが料理長に連れられてヤンと3人で訪れた早朝の市場のシーン。ここでヤンについて、読者であるぼくは、かれを物や者をよく見る目利きであるととらえたり、人と一定の距離を置く冷ややかなネゴシエーターとしてとらえたりしたわけですね。そこからエピソードを積むにつれ、ぼくの印象は「ヤンももとからそういう性格なわけではないらしいな……」「好青年だ……!」と変わっていくも、ジルベールとヤンが直接的に協力し合って一皿を完成させるような展開はここまで見てきませんでした。

(たとえば、ヤンの嫌なやつらしさの一端であった、市場で「僕もコーヒー買ってこようかな…」とつぶやくジルベールの横で無言でコーヒーを飲みつづける姿*9は、かれが次の3巻にリュカと市場を回った際にコーヒーとクロワッサンを一緒に食べた*10ことで解消されますけど、それについてはジルベールの技芸によって言葉にされるだけで直接その光景が描かれたわけではないですし、ジルベール&ヤン間のできごとでもありません)

 そこで、このエビ問題の解決策(の一つ)として、ヤンが過去のほがらかな頃とおなじく打算のない誠意のコミュニケーションを試みる姿がえがかれる――なんと熱い展開か。問題を乗り越えたあと、レストランスタッフたちが一様に同じグラスを片手に打ち上げをする姿(そこにはジルベールとヤンが並ぶ姿もあります)。こんなん拝めたらそりゃあ目頭だって熱くなりますよ!

 そこに至るまでのそれぞれのできごとは、お話としてもお仕事描写としてもそのどれもが起承転結ひと区切りつけられた1エピソードとして読めますから、エビ料理の顛末で見せるヤンの姿を盛り上げるための"準備のための準備"というようなお仕着せ感はありません。また、完成した建築物に無理くりバラックを足した違法建築に感じるいびつさだってありません。

 完結したものだという印象のお話(の数々)が、続き物として大きな文脈を成してくるエビ料理の顛末に、ぼくはより大きな感慨に浸りました。

 

  小事の現実;朝市と料理人

 さて現実の料理のしかたについて、大きく分かりやすい例だったので3巻のエビ料理の顛末をまず取り上げましたが、こまかな積み重ねでも本当に丁寧に、劇中で自然なかたちで事実に忠実なものごとが挿し込まれています。ここまで感想を述べたなかにも、ぼくが気づけただけでエビ保管のほかにもう一つ、現実を参照したシーンがありました。

 早朝から開かれる市場のコーヒーとクロワッサン。

 行動を共にする一方だけが口にすることでジルベールとヤンの不和を伝えるモチーフとなり、あるいは両者が口にすることでヤンとリュカが打ち解けたモチーフともなり、さらにはそれをジルベールが持ち前の鼻で気づいてリュカに告げることでジルベールの他者への歩み寄り(副料理長に抜擢させた才能であるとともに、周囲から嫌悪ややっかみを買ってきたコンプレックスでもある、自身の鋭敏な嗅覚を他人に教える)のモチーフともなり……と劇中さまざまな活用がなされたこれ。

 これってじつは、本場パリで市場を訪れた料理人の常食でもあったようなんです。

「買いつけが終わって係の人が荷造りをしてくれている間に、市場のカフェでオーナーとふたり、カフェオレを飲みながらクロワッサンを食べました」

   幻冬舎刊、斉須雅雄氏『調理場という戦場「コート・ドール」斉須雅雄の仕事論』kindle換算9%(位置No.2988中239)、「フランス一店目」より

  コート・ドール斉須シェフは自伝でそう語り、オーナーと同量ひとつだけ食べて(若い男性としては少量だったので)腹を空かせていたこと、半年経ちオーナーが気づいて以後は3つ貰えたことをつづけて語ります。

 

 『Artiste』のジルベールが午前2時15分に起こされオーナーの運転する車に乗って寝ぼけまなこで市場に向かったのと同じく、若き日の斉須シェフもまた市場へ午前3時30分までに着けるようレストランを2時30分に出たそうです。

 オーナーの運転するワーゲンのワゴンには彼らのほかオーナーの犬も乗り、寝そうになるとオーナーが顔をもみくちゃにしたり犬が噛んだりする。そしてこちらもジルベールと同じく、オーナーの豊かで堅牢な交友関係の作り方やそこからもたらされる食材のリアルタイム情報網に感心したそうです。

「まず魚」「次に内臓 肉 野菜 チーズ そして花… 開く時間がまちまちだ」

   『Artiste』2巻kindle換算p.16(p.14)より

 とジルベールはオーナーから説明を受けていましたが、

「魚だとか生鮮品の市場は三時半に開くけれど、内臓は四時半、肉は六時から、野菜は九時から」というように、市場の開く時間がまちまちでした。

   『調理場という戦場「コート・ドール」斉須雅雄の仕事論』kindle換算9%(位置No.2988中233)、「フランス一店目」より

  と自伝のなかで、「開く時間がまちまち」な市場について読者に説明する斉須氏もまた、きっと現地でオーナーから聞かされていたことでしょう。

 

 さて、ちょうどほぼ同じ文言があったのでこの感想に引用しましたが、『Artiste』の朝市描写はもっと細かく、豊富です(。いったいどれだけリサーチをしたんですかさもえど先生……)。なので、ぼくの勘違いかもしれませんが、でも参照元の一つだろうとして、話を進めていきたいと思います。

 『Artiste』と『調理場という戦場』のふたつの市場を並べてみて面白いなと思ったのは、どちらも新人(ジルベール・若き日の斉須シェフ)の顔見世も兼ねていながらも二人の反応が真逆であるように思えることです。斉須シェフの場合は彼自身の顔も知見も広がったのだなあと思わせるできごとなのですが、ジルベールの場合はむしろ彼の内気さや、人とかかわることの難しさをえがく、暗部のめだつできごとなのでした。

 斉須シェフはオーナーのあたたかな交友関係の具体例として、もとは料理人だったけど家業の関係で別分野で仕事する旧友がオーナーへ部下を引き連れわざわざ会いに来たエピソードを挙げるのですが、そのとき旧友の名こそ出さないものの会社名を固有名詞(ボールペン会社のBiC社)でぽんと出している。

 それに対しジルベールはオーナーの知己の輪からどんどんと外れていき、オーナーを訪ねた人々の顔も名前も覚えていない(し、そのことを同僚に指弾されもする)。ディスコミュニケーションにまつわる一エピソードとして描かれています。

 

 

  小事の現実;調理場と不手際

 くわしい人であればきっと、ほかにも現実に即した(即しながらも劇中の状況にあわせて脚色された、今作ならではの)シーンをみとめることができるでしょう。

 上述のこと以外に「そのものズバリ!」「これはそうだろう」と言えるほどのものは思い当たりませんでしたが、それでも現実の料理人と重ねて読んだ場面がいくつかあります。

 たとえば筋骨隆々の製菓担当ディミトリ氏のエピソード。かれが調理場に立つと包丁が壁に刺さったり色々落としたり壊したりとアクシデントが重なるのですが、物語がすすむにつれ実はこれは彼がドジなだけでなく、製菓スペースの平米がもともと狭かったうえ(ディミトリの巨躯にはなおさら狭い)、未整理かつ無用物もある収納が調理場を圧迫していたという、環境自体も原因だったと判明します。

 これについてぼくは前掲書『天才シェフ危機一髪』掲載のべつの料理人ミッシェル・バーンスタイン氏(狭いうえ調理中の器があれこれ並ぶ調理場で、本人も不器用だったので、フォアグラをチョコのボウルに落としてしまった。*11やそこに体験談を寄せたシェフアンソニー・ボーデイン氏の自著で日本のレストランで出張指導時の困難(厨房が日本人仕様のため、背の高いかれには使いづらかった*12などを思い出したりしました。

 『Artiste』はこの問題を、ジルベールがじぶんの殻をやぶってディミトリとディナーを食べに行き、かれの境遇を聞き、職場での不満を言ってもらえるほど打ち解けたことで解決にみちびきます。

 

 あるいはジルベールが食器洗いなどを担当していたころ屋根裏に住んでいたけれど、店を変えて別の役職を任されたとき広い部屋に転居して「友人を招きたい」と思うところ。

 これについては、『調理場という戦場』の斉須シェフの心境(睡眠時間4時間くらいもままある低賃金長時間労働で、良い部屋に暮らすべきか? 他の修行者のように屋根裏暮らしで着の身着のまま節約し、たまの休みを本場名店の味比べに行くべきか? それとも同僚などと招き招かれ、料理を食べるだけでは培えない空気・コミュニケーション・礼儀作法を身に着けるべきか?)が読書の補助線となりそうだと思いました。

 『Artiste』劇中ではやはりこれも、ジルベールの人付きあいが得意でなく仕事についても尻込みしがちな内気な性格描写(であるとか、あるいはそれが変化したことをつたえる描写)というような具合になっています。他の描写と同じく地に足の着いた自然なシーンですし、整った文脈がのぞけます。

 

 5巻まで一読して、さらにこの感想を書くために読み直したぼくは、「『Artiste』はやはり料理マンガなのだ」と思いました。

 

料理を真ん中に置くだけが料理マンガか

 『Artiste』は、料理のかかわらないエピソードも少なくないマンガですが、しかし、『将太の寿司』などとおなじく、確固たる料理マンガです。

 上で少し触れた序盤のエピソードを、くわしく振り返ってみましょう。

 料理長から盛りつけについてダメ出しされた主人公はアパルトマンに戻ると、「それはそれでアリだけど」と住人で画家のアルティストであるジャンから指南を受けます。

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「真ん中に主題を置くのもひとつの手法だがなあ」

「それだけじゃガッチリ固まって身動きが取れない」

   『Artiste』2巻Kindle版p.126(紙の印字ではp.124)第5コマ、Épisode9より

「ただ画面の中央にドンと立てても色気がない」「今 お前の皿こういう状態な」

「だが ほんのちょっとズラすと」「奥行きや動きが生まれる」

   『Artiste』2巻Kindle版p.127(紙の印字ではp.125)第5~6コマ 、Épisode9より

 一見すると無駄なスペースが豊かな味わいを生む……部屋の隅の段ボールにしまわれた"不用品のエッフェル塔みやげ"を本の中央に置いたり端に動かしたりと実演しながらレイアウト・コンポジションについて説くという、このエピソード自体からしてすでに自己言及的な面白さがありますけど(このエッフェル塔みやげは、前段で登場し、そのときは主人公ジルベールの気の弱い性格のスケッチとして機能していました*13、さらに視野を広げてみると、3巻で見せたヤンの姿などでぼくが感動したのもまた、まさしくそうした構成の妙によるものであったことに思い当たります。

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 ジルベールの料理を見たオーナーがさらっと位置をいじって「ほら」と見せてくれた、雑然と散らされているようでしかし主菜へ向かって大きな円弧をえがいてまとまった一皿。

 オーナーの手際みたく、バラバラの一話完結的に思われたエピソードがエビ料理によって見事に結びつき調和が見出せるようになるダイナミズム。

 これにぼくは胸を打たれたのです。

 

 さてこの盛りつけにかんする挿話、作品論にも適用できやしないでしょうか?

 たとえば『将太の寿司』は、前者の盛りつけをした作品だ*14~とか。

 いわゆるジャンル作品は、前者のような盛りつけの作品が王道でしょう。先日感想をのべたギャンブル漫画の金字塔『カイジ』も、賭けごとの仔細にそれまでのできごとがプレイヤーの人生が乗った作品で、それがとてもおいしかった。

 

 でもおいしさはそれ以外の道もあるのではないか。

 

 『Artiste』は、料理をお皿のド真ん中にでんと据えるようなことはしない。けれど、あえてそうしないことによって、前者では生み出しづらいような別角度の味わいを追求している料理マンガなのではないか~とか。

 

 この感想の最初に引用したコマでアパルトマン住人からの疑問を否定してみせたとおり、今作の主人公ジルベールは優れた味覚と嗅覚の持ち主であるものの、べつに野菜の声が聞こえたりする超人というわけではありません。

 ギャグとして消化されたこの言い回しは、じつは現実の料理の世界でも珍しくないことのようで、さきに引用した『天才シェフ危機一髪』でも、NYのフレンチ料理の巨匠から「鯖の声を聞け」と言われる料理人氏が出てきたり*15(朝市についてなどで比較引用した)『調理場という戦場』でも斉須シェフが「もの言わぬものの声」とは何か、野菜を毎日手に取るなかで得た彼流の咀嚼を述べていたりします。

 よく「もの言わぬものの声」だとか言われていますよね? 僕も見習いの頃によく言われました。「花や音楽や絵画の出しているもの言わぬものの声」と。長いあいだ、ぜんぜん意味がわからない言葉だった。「どこから声が聞こえてくるんだよ」と思った。

 だけど、ニンジンだ洋ネギだ玉ネギだと毎日毎日手に取っていると、それなりに感じることが出てくる。

「きっと、粗雑な扱いをしてもらいたくないんだなぁ」

「大事に育てられたこの野菜は、こうなりたいんだろうなぁ」

 そうやって自分なりに感じてお皿に盛るようになるわけです。「こういうことが、声なき声を聞くということなのだろうか?」だいぶあとになって気づいたのだけど。

   『調理場という戦場「コート・ドール」斉須雅雄の仕事論』kindle換算24%(位置No.2988中683)、「フランス二店目」より

 そのような持論を得たのは、日本から単身フランスで修業したバックグラウンドが影響しているのだと斉須シェフは振り返ります。

 もともと、ぼくの場合はフランス語を喋ることに不自由を感じていたので、食材の中から聞こえる声に耳を傾けるしかなかったのです。

    『調理場という戦場「コート・ドール」斉須雅雄の仕事論』kindle換算24%(位置No.2988中690)、「フランス二店目」より

 ジルベールには野菜の声は聞こえません。

 代わりに自由にフランス語を喋れるので、彼が動きさえすればパリの人々の声を聞くことができます。

 

 トラウマとなっていた古巣、その伝手さえも頼ってパリからエビをかき集めたヤンの生来のやさしさや誠実を引き出せたのは、ジルベールがかれの言葉をしっかり聞いてヤンの意に汲んだ行動を起こせたからでした。

 届いたばかりのエビを迅速に的確にさばいていったリュカがその精密機械にもたとえられる(長所でもあり短所でもある)技芸を発揮できたのも、やはりジルベールに感化されたヤンがリュカに話しかけ彼の境遇や思いを聞き、ジルベールもまた自分の境遇や(長所でもあり短所でもある)技芸について話して彼の声を聞こうと試みたからでした。

 エビ料理のあとにでるデザート(レストランの間取りをイメージしたもの)を作り整然と盛りつけしたディミトリがへまをせず存分に力を発揮できたのもまた、ジルベールが声をかけ彼の境遇や思いを聞き、調理場の作業スペースを整理したからでした。

「あんたもうちの住人の典型でしょ 金のない芸術家」

「え…いや 僕は…料理人で」

(略)

「芸術ってそんなに狭いもんなの?」

    『Artiste』1巻kindle換算p.185~6(紙の印字でp.183~4)、Épisode5より(中略は引用者による)

 新しいレストランでの新しい暮らしは、アパルトマンの大家カトリーヌが、「入居に一芸が必須」と聞いて退散しつつあったジルベールの声を聞き、かれのコンプレックスを技芸と認めることから始まりました。

 内気なかれが新たに命じられた副料理長としての役回りを後押ししたのは、一見料理と関係ない、こんな些細な日常のやり取りだったのではないか。

 そんな風にぼくは思うのです。

 

 さて4巻5巻と、レストランから離れたアルティストたちのお話がえがかれました。一方で、料理店の管理者たちの因縁がチラつきもし、さらにはジルベール個人についてもなにか動きがありそうです。

 料理以外のエピソードも増えそうなことについて、5巻まで一読したときに感じたさびしい不安をぼくはいだいてません。

 ぼくの話をここまで聞いてくれたあなたなら、その理由はもうおわかりですよね?

 

 

(余談)10月半ばまでに5巻まで読めば最新話に追いつけます

 『Artiste』の『webコミックバンチ』での更新日は月一回水曜日更新で、次回更新は2019年9月25日を予定しています。

 いま掲載中の27話までがコミックス収録されているエピソードで、つまり第28話ウェブ掲載期間中に5巻まで読めば、連載追いかけ組に移ることができるというわけです!

 なんと19年8月15日現在、Amazon電子書籍版は全巻実質半額ポイント還元セール中ですし、これは好機なのではないでしょうか。

 試しに8割引き還元セール中の1巻(実質108円)をお買い求めいただいて、お眼鏡に適うようなら続刊を……というかたちであればお財布もさして痛まないかなと存じますが、いかがでしょうか。

 

 

 

 

*1:正確には690円から9%引きした626円の電子書籍に、81%を占める518円分のポイント還元がなされる。

*2:料理にかぎらず、ジャンル作品というのはそういうものですが……。

*3:いや引用の強い作品が一概に悪いと言いたいわけではありません。良作もさまざまあって、よく知られてない分野・事柄について紹介する趣きのつよい作品だってあるでしょうし、話を盛ったり作ったりすることを極力避けて事実描写に注力した作品だってありましょう。

*4:日経BP社刊、キンバリー・ウィザースプーン&アンドリュー・フリードマン編『天才シェフ危機一髪』p.2~8「緊急指令! ロブスターを救え」より

*5:『天才シェフ危機一髪』p.4~5、新潮社刊さもえど太郎著『Artiste』3巻kindle換算p.147(紙の印字でp.145)

*6:『天才シェフ危機一髪』p.5、『Artiste』3巻kindle換算p.150(紙の印字でp.148)も

*7:『天才シェフ危機一髪』p.5

*8:『Artiste』3巻kindle換算p.150~1(紙の印字でp.148~9)

*9:『Artiste』2巻kindle換算p.19(紙の印字でp.17)Épisode6

*10:

「今朝 市場のカフェで コーヒーとクロワッサン食べたでしょ」「ヤンも同じだね」

   『Artiste』3巻p.132(紙の印字でp.130)、Épisode14より

*11:

 マークの店の厨房は、控えめにいっても窮屈だった。フロントキッチンとバックキッチンが壁で仕切られているというなんとも変わった配置になっていて、私はバックキッチンで前菜やペストリーをつくっていた。私の調理台はサラダや前菜用のミーズ・アン・プラス(略)と、デザートのトッピングに使う温かいチョコレートソースが入った大きなボウルが所狭しと並んでいた。

   『天才シェフ危機一髪』p.31「フォアグラ、ミーツ、ショコラ」より(中略は引用者による)

 

*12:

キッチンは小さく、清潔そのものだったが、身長百九十センチの私にとっては危険なほどレンジフードの位置が低かった。(略)コンテナはあくまで省スペース第一にデザインされ、カウンターはものすごく低い。

   新潮社刊、アンソニー・ボーデイン氏『キッチン・コンフィデンシャル』文庫版p.436「コーヒーと煙草」内「ミッション・トゥ・トーキョー」より(中略は引用者による)

 

*13:『Artiste』2巻kindle換算p.45~47(紙の印字でp.43~45)、Épisode7より

*14:もちろん『将太の寿司』は長期連載作で、何十巻とコミックスを続けていくには一本調子でなく、さまざまな手練手管をもちいた複雑なストーリーテリングも必要となるわけで、これは雑な区分けに思える。再考の余地がおおいにある発言でした。

*15:『天才シェフ危機一髪』p.14~