ホッテントリになってた「信用してはならない映画評の書き手の見分け方」関連のちょっと呟き。
余談 - 伊藤計劃:第弐位相
やコレ若気でもイキリでもなんでもないですからね。01年にユーイング肉腫で左大腿切断・05年に肺転移・3ヶ月前の07年5月に再発で左肺半分切除て現状の(以後も頭から足まで転移して半年余後に亡くなる)方の日記スからね
2025/01/09 12:21
文字数制限にひっかかり、参照元が漏れました。風野春樹さんの『からだでしかないじぶん:癌患者としての伊藤計劃と創造性』ですね。
五年生存率とか気にせざるを得ない病を得たひとがその数年後、転移が数度発覚して、三ヶ月まえに左肺半分切除(残り半分ったって本人曰く「残骸」、CT当てたら放射線で硬化して機能喪失する可能性が高いと言われていた程度)・二ヶ月まえの6月は丸々入院してた状況で言っている「おれは明日死ぬかも知れないし、そういう「個人の自由ですから」なんておためごかしに付き合っているほど暇じゃねーんだ。」は、単なる現状報告に過ぎないかもしれないし、もし負の感情から発せられたものであるとしても「若いねw」とかイキリとかで済まされていいものではないでしょう……
……とzzz_zzzzは思うんでした。
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「信用してはならない映画評の書き手の見分け方」は、zzz_zzzzにとって今でも大事な信条なんですけど(適度に守ったり破ったり魔改造して使っているんですけど)、
「"具体的にどう問題なの?"や"そこを気にするとどんな面白い観点・話ができるの?"がコレだけを読んだ人には掴みづらいよなぁ」
と最近おもうようになりました。
「ストーリーが読めてしまう」に関するトピックはこの辺2記事が理解の一助になりそう。
(「読めてしまった」部分以外のところで、もっと面白いドラマが展開してないか? というお話と。
「読めなかった」部分ははたして本当にその作品で読めるべき部分なのか? べつの作品ではそういう流れだったというだけのことを無理に当てはめて「そうじゃないから読めなかった」としているだけではないか? というお話)
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伊藤計劃さんのギブスン語り、先日まとめをアップした以外にもあった気がするんだけど……と思っていたら、Amazonアカウントによるカスタマーレビューに『カウント・ゼロ』があったのを忘れていたので追加しました。
辿りにくかったのは、伊藤計劃さんのAmazonアカウントとの紐づけがアヤフヤになってAmazonCustomerと化したからでした。(個々の商品レビューは拝めるんだけど、伊藤計劃そのままのアカウント名のものは『強襲部隊』のそれ以外なくなってしまった)
改めてこの『カウント・ゼロ』評読むと、記憶ってむずかしいなと思いますね。02年の伊藤青年がこのカスタマーレビューでギブスン史上いちばんきれいな短編として挙げていた「冬のマーケット」は、その5年後……
伊藤 ▶ ギブスン好きの私が言うのもなんですが、私にとって「冬のマーケット」はものすごく印象薄い。かわいそうなくらい印象薄い。というのも、それを読んだ短編集『クローム襲撃』は、表題作はもちろん、「記憶屋ジョニイ」「ニュー・ローズ・ホテル」「ガーンズバック連続体」、そしてスターリングと合作した「赤い星、冬の軌道」、個人的にギブスン短編の最高傑作だと思っている「辺境」など、とにかく素晴らしい短編が多すぎて、哀しいくらいに霞んでしまっているんです。
『アニマソラリス』2007年11月掲載、聞き手雀部陽一郎氏&ゼラ泉氏による伊藤計劃著者インタビュー(太字強調は引用者による)
……07年11月掲載のインタビューにおける作家・伊藤計劃のなかではもう、哀しいくらい印象薄い作品へと変貌してしまっている!