すやすや眠るみたくすらすら書けたら

だらだらなのが悲しい現実。(更新目標;毎月曜)

日記;2021/07/06~08/16

f:id:zzz_zzzz:20210807082111j:plain

 日記です。……そうなんです、また更新が滞りました。

 週一でフレッシュな感想文などを投稿するblogとして出発するも早々に進捗がとどこおってしまい、苦肉の策として週一で日記をアップするようにしたのですが、ついに日記さえグダグダずぶずぶになってしまいました。くっさくさの腐肉です。ふがいなくてすまない。ふがいるから困ってるのですが。いつかfleshなblogになるんだ。

 5万2千字くらい。

 vtuberファン活動は、Light up tonesやにじさんじ甲子園。委員長『にじさんじがきっかけで付き合いました』とうづコウ『BSS(ぼくが先に好きだったのに)グランプリ』というコインの表裏みたいな連日配信。

 読書のほうでは、77年発表の筒井『上下左右』と、74年の現実のピアノ騒音殺人事件(上前『狂気 ピアノ殺人事件』)。ワイドショーの「親に責任転嫁の甘ったれ」男と、精神鑑定からWAIS-R算定IQ49だが親に「ふつう」を求められ続けた男岩波明『殺人に至る「病」』)が興味深かった週……週ではないな。

 ※言及したトピックについてネタバレした文章がつづきます。ご注意ください※

 

0706(火)

 宿直日。

 

0707(水)

 宿直明け日。

 ■ネット徘徊■

  91年生まれ大反省会、開幕~!

 91年生まれ大反省会がツイッターで話題でした。「たしかにな~」とけっこう頷くところも多かったのです。

 というのもぼくもですね、30になった時分になんか思うところがあったんでしょうね、やっぱりこう~振り返りとかしたくなって実際しちゃったりしたんですよね。

 永井氏が挙げた嫌韓とか「あったよね~」ってお話もしたし、2ちゃんねるとかファイル共有ソフトについても話をしたし、Hシーンのある体験版をあげるスレの話もしたし……

zzz-zzzz.hatenablog.com

 ……片栗Xづくりに文字どおり燃えたティーンエイジ。サイクロンX-10で危うく一物を縊りかけた20代の話もした。こういう負の歴史を振り返りたくなりますよね、うんうんわかりますよ、あるある。

 

  91年生まれ大反省会、閉幕~!

ざっとだけどもやっと読めた/著者としては不本意かもしれないけれど、最後の自分語り、これはこれで「ないない」だとおもう(略)

   直近でリンク張った自blog記事についたはてなブックマークコメント(略は引用者による)

 他方で、

「提唱者の語る世界観は、その人だけのものでしかない」

「"自分"の反省を、"世代"で解決せにゃならん自分"たち"の問題にするな」

 みたいな反応もまたかなり大きい。

 じぶんの言動(とくに最近の心身が荒れてる日記)をふりかえり、気をつけねば……と思いました。

 

 

0708(木)

 仕事休みで、寝たり起きたりして過ごしました。

 

 ■ネット徘徊■

  頻出するわけではないが、ポー(佐々木直次郎)もドイル(新青年編輯局)も芥川も坂口安吾島崎藤村夢野久作岸田國士魯庵も未明も小熊秀雄宮本百合子も「感動を与え」てきた

 ロシア文学のえらいひと沼野先生がこんなツイートをされていました。これ自体は五輪開催の話題から出たものだと思いますが、実際いつからなんだろう? なんか気になりますよね。

{かといって「調べてやるぞー!」みたいな切迫性はまったく感じない、どうでもいい気になり具合。ほほを触ったら一本だけ太いヒゲがありました、的な。(こういう「的な」もいつからなんだろう? 「~みたいな感じ」が流行った90年代若者/コギャル言葉かなと思ってちょっとググったがよくわからんかった)}

 

 青空文庫を対象にグーグルで「感動を与える」「"感動を与"」と検索して、(ほんのちょっぴりとはいえ)明治大正の時代から、名だたる作家が使っていることを知りました。 

www.google.com

www.google.com

 「ひょっとして外国語の(固めの)翻訳が日本語として定着していったのかな?」と思ったけど、そうでもなさそう。

 

 

0709(金)

 ■観たいもの■

  『Masters of the Air』1~3話をフクナガ監督!

collider.com

 実在の兵士の手記や取材をもとに、第二次世界大戦のヨーロッパでの米軍落下傘部隊を追った伝記ドラマ『バンド・オブ・ブラザース』、太平洋戦争の歩兵を追った『ザ・パシフィック』。

 スティーブン・スピルバーグ氏とトム・ハンクス氏が総指揮をとる人気・内容ともに充実のミニ・シリーズの第3弾、爆撃機部隊を主役にした『Masters of the Air』がついに撮影開始されたんですって! ……2020年秋から! (ほぼ1年前の話をいまになって知りました。すっかり映画オタクから遠のいちゃったなぁ)

 それでこのミニシリーズの最初1~3話をキャリー・ジョージ・フクナガ氏が監督するんだとか! すげえ!

youtu.be

 2013年の『Mighty Eighth』として製作開始が報じられ、そして2014年にティーザー予告なんだかそうでないんだかヨクワカランもの(これについて脚本家がポッドキャストで「ミニシリーズとは無関係の動画だよ」と言っていたらしい)が公開されてから7年。

 「これだけ難航して、手放しに期待していいものなのか……?」と不安もありますが(笑)、まぁフクナガ監督への信頼感のほうが大きいですわな。たのしみ~。

 

 

 ■考えもの■

  帯に短し、襷に長し

 ……とはいえ、このブログをフォローしているならお察しできていると思うが、いまではわたしも「はてサ」的な思想には賛同していない。というか、八割方は否定しているし、はてサの人たちの大半にももはや反面教師としての価値しか見出せなくなっている。これは、学部や大学院を通じて自分でいろんな本を読みつづけて、ようやく自分の頭で物事を考えられるようになった結果だ。考えてみると当たり前の話だが、アカデミックなものを求めるなら、ブログじゃなくて、海外のものとか古典とかを含めて最初から本を読んどけばいいのである。

   はてなblog、『道徳的動物日記』、「89年生まれのわたしにとっての「はてな」

 な、なるほどたしかに……。 

 速報性や界隈をまたいだ他者との双方向的な広がり*1という意味では、現在ではツイッターがある。

 140字の制限をきらって書いている当blogだけど、そんなしっかりしていてずっぷり深まった情報や論考を味わいたいなら、出版社など第三者の目も入りガッツリ推敲された「本」というメディアがそもそもありますよね……たしかに……。

 

 

0710(土)

 ■ネット徘徊■観たもの■

  『海の鎖』刊行記念&未来の文学完結記念トークショー

hanfpen.hatenablog.com

 オンライン配信もされていたのでチケットを購入し視聴しました。詳細なレポはすでに上のblogが書いてくれてます。

 

 業界よもやま話! ってかんじのフンワリ楽しいお話でした。

 フンワリしたなかにも、他出版社との兼ね合いや収録作の契約料などを含んだ「商業事業としての叢書出版」みたいなお話が聞けたりもして興味ぶかかったです。

{ジャンルSFをよく出している早川や、ほかにもSF~文学の叢書をだしている河出など他出版社があるなかで、国書刊行会さんが【未来の文学】シリーズをどう展開していったのか? みたいな}

 

 天才・奇才としての伊藤典夫さんの仕事ぶりがトークでおおきく取りざたされるなか、大森さんが『海の鎖』の収録作にかんして、(扱われる話題がわりあい古めの作品があるとか、作品で扱われるトピックがわりあい重複しているなど)ダメ出しをふくんだ率直なお話をされていて面白かった。

 またそこで、国書の樽本さんが「そうですねぇ……」とか「伊藤さんセレクトだから……」みたいなかんじで苦笑いしてフェードアウトするんでなくて、さらに話がひろがって、「他では収録される機会がないから『トルボーイふたたび』は入れたかった」と樽本さん御自身のこだわりを明かしてくれたりするのがとっても良かったです。

{あと『ドリフトグラス』日本版装丁について、傍目にはナンダカよくわからないけど本編を読むと味わい深いデザインをしたところもよかった。

 「読者に気づいてもらえなかった」という旨で苦笑、自虐されてたけど、「いや普通に面白がってるかたもいましたよ! たとえば2020年京都SFフェスティバルの企画部屋でかもリバーさんがその良さを語っていたりとか!!」と思ったり}

 

 イベントの終盤に出てきた、アンソロジー収録作家の男女比についても興味ぶかかったですね。

  未来の文学』は収録作がみな男性作家だが大森望「おどろくべきホモソーシャル叢書」)、今度ティプトリーの伝記を出そうと動いているのはその自己反省もあった~というお話。

 偏っていることは悪いことだけど、でも出版社も編集者も、その本や叢書を一シリーズ出してソレっきり完結・廃業~みたいに終わるなんてことはそうそうなくて出版業はそのあとも続いていく(から、改善の余地はある)というのは、言われれば当たり前なんですけど「なるほどなぁ!」と思いました。

 

 また、この辺については、他社・早川書房Fマガジン』(寄稿者や取材対象に女性はいたけれど男性が多く、また、掲載された5作がみな男性作家だろうものだった)「19年2月号 百合SF特集」(→「百合SF特集」掲載作にくわえ、櫻木みわ氏らの共作など、女性作家の作品も収録された文庫本『百合SFアンソロジー ステリズムに花束を』出版)⇒寄稿・取材対象が男女比半々くらいになった「21年2月号 百合特集2021」の変化(なのかバラつきなのか、よくわかりませんが……)などにも言えることで、「たしかになぁ~」でもありました。

〔ことしの春ごろのこと。

 SF小説ファンとその友人が、最寄りの書店からSF棚が消えそこへBLが収まったことについて「SFを買ってSF棚を取り戻そう」「せめて百合なら共存できたのに」とかなんとかツイッター上で喋っていたのが悪い意味で話題になりました。

 そして、こういう会話がなにげなしにぽろっと出てきてしまう現状について、べつのかたが「男性作家と男性読者と、男性批評家と男性編集者で仲良しこよししてきた結果として「SF男性読者のホモフォビア&ミソジニー」」などと強い言葉で批判されたりしました。

{早川の百合SFについての批判としては、ほかにも、

 「百合SFのインタビューで「こちらに興味がない顔の美しい女性キャラクターは、めちゃくちゃキレイな景色の擬人化に近い」みたいな箇所があり、早川の百合SFアンソロ買ったときにもほとんどそれとおなじ読後感のものが複数あって、」

「それは情景描写に対してプライオリティがない、読者にも作者にも興味がなくて、擬人化で女性にしてようやく読めると思ってるのか、めちゃくちゃキレイな景色みたいに遠いものにしなければ、卑近的な生身の女には憎悪がでるという話なのかな、とか考えていた」

 やら、

「「これ本当に女と女の感情かなあ? 興味があるの他者ではなく自己とガジェットだけなのでは??」というところがあり、男性にモテてる百合というのは結局ガジェットのことなのでは?」

「百合という名前の女体を使いこなすガジェットのひとつ」

「何個かは読んだけど、すごく……カジュアルな私小説ぽさを感じたんだよな エヴァみたいに作者本人の話にシームレスに繋がらないように、女性身体に置き換えた上でやってるというか」

「重要なのは女の身体があることなので、女が社会的に苦しむ父家長性とか貧困とか、その辺はあんまりどうでもいいのだろうなーみたいな。書くとしてもその辺の背景がソ連とか大正時代とか、亡くなった国やそれらが続いてたら!調に描写されてるように思える。」

 ……やらという声もあり、なかなか興味深かったです}

 上のツイート自体は4月になされたものですが、こういう批判はFマガジン』19年2月号「百合SF特集」が発売されて以降、それなりに見られてきました。さて百合SF特集好評をうけて2年ぶりに企画されたFマガジン』21年2月号「合特集2021」は、創作も寄稿も男女比でいうと大体半々くらいになったんですよね。

 『SFマガジン』21年6月号のように特集企画の掲載作家・翻訳者がほぼ女性というような号があったみたいに、たまたまそうなっただけかもしれませんが、賛否両方の声を反映した結果だったりしたら未来が明るくてよいなぁと思います。

{そもそも性別非公表だったり男女でザックリ二分していいもんじゃないだろうというお話だったりってあると思うし、今回オンライン視聴したトークイベントでも「たとえ考慮していたとしても特別言及するのもちがうんじゃないか」というような旨のお話もあったとおり、乱暴な話なんですけど、前回の百合SF特集号にくらべて、『百合特集2021』の寄稿者・インタビュー相手は男女比はかなり変わったと思います。

 『2021』のほうの寄稿者・インタビュー相手は宮澤伊織さん&佐藤卓哉さん(『裏世界ピクニック』原作者&アニメ版監督対談)、花守ゆみり氏&茅野愛衣さん(『裏世界ピクニック』主演2人)斜線堂有紀さん(小説)、届木ウカ氏(小説)、小野美由紀さん(小説)、櫻木みわさん&李琴峯さん(小説)伊藤階さん(漫画)、水沢なお氏(詩)、根岸十歩さん(小説)、月本十色さん(小説)、ふりっぺ氏、『百合姫』編集長梅澤佳奈子さん&『百合姫』編集伊藤さん&ガガガ文庫編集榊原さん&pixiv宮武さん(座談会)、将来の終わり氏、嵯峨景子さん(敬称は見やすさのため漢字でおわるひとは「さん」、ひらがなのひとは氏「氏」にした)。

 企画自体は溝口力丸さんが担当だったようだけど、『百合特集2021』刊行当時(最近の号が本棚にうもれて見つからない)のSFマガジン編集部自体は溝口氏にくわえ塩澤快浩さんと梅田麻莉絵さんの3人体制}

 ただ、上の批判はどちらも『百合特集2021』刊行から1クール経った後のつぶやきで、

「第一印象を変えるのはむずかしい」

「変化があったとして、継続して追ってくれる人がどれだけいるのか?(いないかもしれない)」

「……といったことから、できることなら初手から最善手がとれるのが一番なのでは」

 というような、別の当たり前の問題がおもいうかんだりもします。

{雑誌も本も兼ね役で出版をおこなう3人程度のごく小規模な編集体制で、いったいどこまで話題をフォローし、企画をディレクションできるのか? という話になってきそうだ。

 これについては

「批判されてるのはあなたの趣味や行いではなく、他者・他社・別のふるまいですよ」

「客があたかもじぶんが売り手のひとりであるかのように肩入れして、売り手の懐事情をさっして情状酌量する必要はまったくないし、悪いところは"悪い"と言ったほうがけっきょくは自分にとっても相手にとっても良くないですか?」

 という声が当然あがるだろう}

 

  vtuber『第1回にじさんじローションカーリング選手権』を観ました。

www.youtube.com

 えにから社の運営するバーチャルYoutuber団体にじさんじの面々が自社スタジオ(賃貸)でローション人間カーリング大会をひらいたので視聴しました。

 にじさんじとローションといえば、優月ロアちゃん発案によるローション相撲大会がありました。

www.youtube.com

 あちらはあちらで面白かったんですけど、タイトルから期待した絵面よりもすごいようなすごくないような、ふしぎな塩梅の配信でした。「……平地だとあまりすべらないのかもわからんなぁ……」とか思いながら観ました。

 

 今回のローションカーリングは本人の意思として滑るのではなく、意図せぬかたちで滑ってころげまくっていて、ヤバい感じに七転八倒しており、素朴に笑ってしまった。(3DCGである利点を生かして、ヘルメットとかを付けて企画にのぞんでほしい……)

 

 3DCGモデルによる配信がレギュラー放送である企画も出ており、3D配信をしていてもそれだけでは驚かなくなってしまったと思っていたんですが、ひさびさに「(Live2Dで)動かないと思っているひとびとが、3DCGモデル+viconによって自由闊達に動くギャップに頭がこねこねされる」感覚を味わえました。

 ローションカーリングという舞台によって生み出される挙動は、ぼくの頭の中になくて、それが気持ちよいのかもしれない。

 3DCGのVtuberさんがスタジオで行なうことは主に歌・ダンスで、やって体操や卓球などちょっとした室内スポーツ……人間のコントロール下にある動きや速度しか出せない。

 対する今回のローションカーリングはコントロールできるものではなく、それが驚き・面白さにつながっているんじゃないかなぁ? 

 

 

0711(日)

 なにやったんだっけ。。。思い出したら書きます。

 

0712(月)

 宿直日。

 ■絵かきもの■

  桃ちゃん

f:id:zzz_zzzz:20210712002110j:plain

 宿直日なのでサッサと寝るべきだったのですが、夜更かしして桃ちゃんも絵がうめえなぁと思いながら落書きしてから床に就きました。(1、2時間で一キャラをフルカラーで描けるひとはほんとすごい……しかも他者とおしゃべりしながらだしな……)

 なんかイイ感じだからいいやと進めちゃったけど、アタリも取らずに書くのは楽をしすぎなので改めた方がよいな。次につながっていかない。

 桃ちゃんを桃ちゃんらしく描くには、たぶん、もっと目の位置を下に――幼い感じに?――するのと、デザイン・デフォルメっぽい感じにしないといけないんでしょうね。

 

 ■ネット徘徊■

  じぶんの価値観を、「みんな」のそれへ塗り替えてしまうことへの抵抗

先日までこの映画について、いろいろネガティブともとられる(いや、実際あまりいい評価ではなかったのだけど)ことを書いてきましたが、

http://www.yomiuri.co.jp/entertainment/cinema/roadshow/20040423ub03.htm

これを引用やリンクして、さらにそのあとに「自分も赦すことにしました」などとつけくわえてしたり顔になっている「だけ」の人間を、はてなやそのほか10箇所以上で見かけ、あまりに腹がたったので、前言は撤回して、キャシャーンはいい映画だ、ということでこれからはいこうと決心する

この映画はへたっぴいだ、と確かに自分は書いた。いまそれを猛烈に後悔している。この映画は、少なくともあなたたちよりは高潔で誠実で上等だ、とほとんど義憤に近いものをおぼえた。ウェブ、インターネットというのは、こんなにも他人の言葉をひいて考えること、世界に向き合うことを停止する引金に、たやすく堕落するものだったのだろうか。これじゃ、政府やメディアとどっこいどっこいだ。いや、それ以下だ。

けなすなら、てめえの言葉でやれ。引用なら、イノセンスくらいぶっとんだことをやれ。何も書いていない読売の文章も相当駄目だけど。柳下評や粉川評ぐらいの文章としての面白さは確保しやがれ。ネガティブポジティブは関係ねえ。こいつはいかに世界と向き合うかという誠実さの問題だ。それができないんなら黙ってろ。

   はてなダイアリー、『伊藤計劃:第弐位相』2004年04月27日、「てめえがやらないから、キャシャーンがやらなきゃならんのだ」

 なんとなく読み返していました、というのも……

note.com

 ……上記記事を読みまして、いろんな人が亡くなっている一方で、いろんな人が生きてもいるんだなとか、なんかそういうことを思っちゃったりしたわけです。

当日、映画を観たことをツイートしたら、知らない人から「睡眠時間ですか?」というリプライが来た。映画を観ていない人が観た人にこういう冗談を言ってもいい雰囲気が形成されているとしたらとても残念なことだ。自分自身を「その他大勢」に押し込めるような生き方からいつか脱してほしいと思う。

   note、品田遊(ダ・ヴィンチ・恐山)『『100日間生きたワニ』の感想

 

 

 

 ■考えもの■

  みんな何者にもきっと成れてる/メモ書きとしてのブログ

 良い作品を101選んで発表する記事がにわかに盛り上がっているらしい。

 クリックしてみて戸惑ったのが、作品の魅力などそういったものが一言でまとめられていることで(そして一言もない場合もそれなりにあることで)、そもそも選定者もblog運営者も誰だかもわからないツイッターアカウントなどネット上の素性と紐づけられていない)ということでした。

 hito_horobe氏のツイートを読むに、スペース(ツイッタラー版クラブハウスみたいなもの。ツイッタラー同士で音声チャットができ、音声ログは残らない。)で「白熱の議論」が行なわれているそうだから、これはそのほぼ「結果」だけが載った記事だということになりそうです。

 

 グループトーク/ログ形式のコンテンツレビューってぼくが知ってるだけでもいくつかあって、多人数であるわかりやすいメリットは対象を語ることばの多様さとしてあらわれましょう。ひとりでは持てない広い視野、多い分量、深い掘り下げなどが出てくる。

(ここ最近でいちばん有名なのは書籍化されもしたnoteの自己啓発会でしょうか。よく読むblog馬であれば馬のうち』さんの最新記事も、村長と話し合いで決めたらしいことが文中に記されている。当blogでは先日じれ双角群さんの読書会ログへリンクをはりましたね。)

 

 もちろん、このブログのいくつかの記事みたく、たとえ書き手がひとりであろうと、なにかについて数万字十数万字とことばを費やすことだってできなくもない。

 でもそういう記事は(とりあえずぼくの記事は)、月単位・年単位の時間をかけてグダグダ進めて何とかアップできるというような感じでして、たぶん複数人であつまって準備期間数週間⇒会議一晩二晩とかでやる行ないと比べて、はるかに生産性は低い。

 やる気はどんどん目減りしていくし、行き詰まる。当blogで未投稿の記事の総文字数は、今回の日記でポツポツ出した『ゴジラSP』感想文*2などをふくめて20万字くらいがアップできずに沈んでいます。

 まぁどこの馬の骨とも知れないやつが書いた文章です、どういう経緯でそういう主張をしているのか? みたいなことはなるたけその文章内でキッチリ伝えられて完結してくれたほうが、読んでてスッキリするじゃないですか。

 ……でも「スッキリする」派は、blogとかもうやってねえんだわ。対面とかディスコとかスペースとかで多分なんかすげーしゃべってるんだわ。知らんけどさ。せめてnoteなんだわきっと。

 

{とはいえ過去の日記で書いたとおり……

あらすじ(/作家の来歴)⇒作品の読みどころ紹介……みたいな型は、やっぱりあったほうがよいんだな……」

 ということでした。

「ウンチャラという作品が良いよ!」とだけ言われるのはキビしい。

 だからといって具体的に掘り下げた作品紹介をしてくれるものでも、なかなか本題に辿りつかないで周縁をグルグルするようなお話もまたキビシイ。(だから正確には、「具体的な作品紹介をしようとしてくれるものでも」が正しいか。「志の高さにたいして実動の手足は巧みであるか?」みたいな感じでしょうか)

{省略するとそれはそれで藁人形論法っぽくてアレだから、なるたけ実際の会話とおりに記すと……

「このレーベルから出たやつだと(数点のタイトル)が面白くって、あと(作品A)が断然すき」

「せっかくだから(作品A)の話をしましょう」

(作品A)の話をします。でも一番最初に(作品A)を読めとは言わんわよ。(ここで作品Aの話が途絶される)

 (Aを書いた作者)が好きなんですよ。

 その作家の(作品名A2)をおすすめします! ……あ、セール対象外だった。絶版でした。何でもないです。これ良いんだけどな~。

 (作品A2)はウンタラ賞を獲ってるんだよ。表題作は内容はようは(別作者の別作品B)なのよ。もうひとりのホスト氏は(作品B)履修済み?」

「未履修です。"アイツそんなに得意じゃねーな"と思ってたから……」

「……(作品B)履修してたら"ああアレね"と分かるんだけど、いま変なこと言うと両方の作品のネタバレになっちゃうから……」

(リスナーがチャットで、同作者の作品A3を挙げる)ここで作品A2の話が途絶される

「あ~(作品A3)いいですね~! うれしいな~。(作品A3)おもしろい」

「作者は……」

「どこのかたですか?」

「……イギリスかな?」

「(検索)イングランドみたいですね」

「イギリスのひとで、まぁまぁ、かしこいお兄さんなんですけど、かしこいお兄さんであると同時にTRPGをめちゃくちゃやっているひとなので、作るストーリーがわりと古のオタクにやさしい(笑) どちらかというと」

「待って(リスナーのチャット2。作品に登場するパワーワード)ってなに?(笑)」ここで一つまえの作者の作風の話が途絶される

「あはは(笑)……読んで

 ……作者先生はですね、読む順番を気を付けないとですね……そしてわたしより(作品A3)の話をふったリスナーさんのほうがしっかり語ってくれそう……(作品A3)本棚から探してくるわ……」

「待って待って、どの順番で読めばいいの」

「わたしは(作品A2)から読むのオススメします」

 ……と、オススメされた作品そのもののお話は脇に脇に行って、挙げられた作品3作のどれもがどんな傾向の作品なのかもわからなければどんなあらすじなのかすら頭にないまま4分半聞いていくことになったりするのもまた、キビしい。

 そこからは踏み込んだ話題になってきてくれるのですが、作品のあらすじなど具体例を欠いたまま作家性の話になるので、雲をつかむような印象はどうしたってぬぐえませんでした}

   当blog、「日記;2021/05/18~06/28」より

 ……スペースやツイキャスでの会話についても、ぼくは大いに疑問がある。

 また、この記事内でも『SFセミナー』での円城氏の言及にたいする、オキシ酉島堺大森氏やリスナーの反応に異を唱えたとおり、識者の会話にだって疑問がある。

 モチダ氏の文章――少なくともリンクを張った最初の記事のほうは、署名記事らしい文章で、モチダ氏についてアカデミアやらnoteやらでよくご存じの、モチダ氏をすでに信頼されているかたがた向けのものでした。

 論の根拠は(すくなくとも最初に書かれた記事では)「一応研究と論文が本業(の一つ)であり、文章を書くことが仕事となっている人間の一人です(悪文ですが)」「それなりに読書家で、中学生くらいから(再読も含めれば、ですが)毎年300冊以上は必ず日本語の本を読んでいる」こと以外にありません。なので、

「なんかすごいというのは知ってるよ。具体的にどうすごいのか知りたいんだよ」

「読んだけどすごさが分からなかった。具体的にどうすごいのか知りたいんだよ」

 というひとには届かない気がしました。

   当blog、「日記;2021/03/09~03/15」より

 noteの記事についても、やっぱり多いに疑問を持っていた。

 ぼくが狭量なだけなのでは? ……そうさなぁ~}

 

 「きっと何者にも成れないお前たちに告げる!」と最近のアニメは言っていたけれど、と思ったらもう放送から10年が過ぎてしまった。(10周年おめでとうございます)

 そのくらいの年月が経ってようやくぼくも、「でもそもそも何者にも成れていないという自覚を持っている人って極々少数派なんじゃね?」って気づきはじめた。

 たとえスーパーマンでなくても、商社マンだったりITマンだったり自転車修理マンだったり、人は何かしらになっている。

 たぶんネットに転がっている文章も、不特定多数にひらかれているようで実はそうではなくて、だれか特定の(前提を共有する)読み手に向けられていて、そのひとには多分、伝わる文章なのだろう。

 きっと上のベストも、ぼくの知らないどなたかにとっては、ぼくにとっての蓮實重彦による西部劇ベスト50みたく大事な指針となっているにちがいない。

 

 なんとも食べ足りない文章に出くわしたときに嘆くべきは、その記事などに対してではなく、それを書いた(/評価するひとが沢山いる)ひとがマジで弁舌を尽くす""""本物の舞台""""に立ち会えるような位階に達しなかったぼくじしんの足りなさを嘆くべき、という、いつものお話になりますな……。

 

 

0713(火)

  なにやったんだっけ。。。思い出したら書きます。

 

 

 

0714(水)

 ■観た配信■

  vtuberにじさんじJuvveL『\ #JuvveL ってなあに? /』をリアタイ視聴しました

www.youtube.com

 エニーカラー社の運営するバーチャルYoutuber団体にじさんじに所属する面々でアイドル的に歌とかを歌ってみたりしようというグループJuvveLの面々が自己紹介配信をしていたので観ました。

 メンバーは一期生出身でソニーから歌も出している月ノ美兎委員長、2期生の夕陽リリさん、seeds2期生出身(3期生的ポジション)の竜胆尊さん、にじさんじゲーマーズ(3期生的なポジション)出身で委員長とおなじくソニーの4の5のプロジェクトの一員らしい本間ひまわりさん、19年12月デビュー組のFPSのうまさに定評がある奈羅花さんの4人で配信。

 尊さんは、樋口楓さんやリゼ・ヘルエスタさんとi's(イーリス)というグループを組んでラブライブの歌を歌ったり踊ったりしています。

www.youtube.com

 それぞれの印象を語ったり、リスナーに募ったアイドルらしい口上をそれぞれ読み上げてみたりとなかなかかわいらしい感じでした。

 i'sが拝ませてくれたみたいに、JuvveLの3Dライブ配信も観てみたいですねぇ。

 

 ■ネット徘徊■読みもの■

  発言小町文学もあるのだな;「21歳、学生です。関係者ばれ防止のためジェダイを名乗ることをお許しください。」

komachi.yomiuri.co.jp

21歳、学生です。
関係者ばれ防止のためジェダイを名乗ることをお許しください。

  発言小町文学というものもあるのだなぁと思いながら読みました。

 

 

 ■社会のこと■

  COVID-19のこと;「普通に考えたらおかしい」理屈が通りそうな信頼感

(追記;abemaの記事、abema timesのものでも1ヶ月と立たずに消えるんだな……ほかのメディアのものにしたって有料会員向けアーカイブに入ることもあるし、日記でふれる部分は日記内で引用しておくとよいかもなぁ。BLOGSの記事は、abema timesにようる書き起こしのミラー掲載みたい)

times.abema.tv

blogos.com

 けっきょく撤回されることとなった、西村経済再生担当相による飲食店での酒類提供に関する「金融機関への働きかけ」について、麻生財務・金融担当相がいつもどおり記者への個人攻撃・(質問に質問でかえす)逆質問で会見にこたえていました。

記者:内閣官房国税庁が8日、酒類の提供を続ける飲食店を把握した場合、酒類の業界団体に取引停止を依頼したことに業者からは困惑の声上がっているが、どのような法的根拠があるのか。

麻生大臣:国税庁の法的根拠の話ね。基本的にないと思いますけどね。従って今回のはあくまでも国の方から酒類販売の事業者に対しての一般的なお願いであって、強制力を伴うものではないことははっきりしているんじゃない?法律にそう書いてない?読んだことない?そうだろうね、飲むばっかりだろう。そりゃ無理だ。国税庁から酒類販売事業者に対して、その趣旨で引き続き丁寧に説明してご理解を頂いた上で、ご協力をお願いするということなんじゃないの?僕はそういう具合に理解していますけど。

麻生大臣:内閣官房の方から金融庁を含め関係省庁に対する調整のお願いが行われたんでしょうけど、イタリア時間の7月8日ですから日本時間の9日ということになりますかね、金融庁の秘書官の方から“金融機関への働きかけについて検討中なんだ”という途中段階の報告は受けていた。

何か違うんじゃねえの、放っておけと。言っている意味がよく分からんから、放っておけばいいんだと。こっちは融資して下さいと言っているのに、融資を止めろと言う話だろ?普通に考えたらおかしいだろ。だから放っておけと言いました。こっちも夕食会で話さなければいけない、その直前なので。

 「ふつうに考えればおかしい」理屈がとおるわけない。どこかで頓挫するだろう。もっともなお話です。ただ一方で、無理を通せば道理がひっこむという格言もございます。

times.abema.tv

国会の衆議院内閣委員会で立憲民主党今井雅人衆議院議員がこの問題について質疑を行い、きのう麻生大臣が行った「放っておけばいい」などとする発言について言及。まず金融機関向けの事務連絡について「途中段階の報告は受けていましたよ。私の方は何か違うんじゃないかと思ったけど、放っておけ。そういうものは放っておけばいいんだ」と述べたことについて「容認だ」と指摘したうえで、酒販の方に関しては「卸売り先はいっぱいある。買う方だって、どこから買ったっていい。やめますと言われたら、他のところに替えればいいだけだ」とも述べた麻生大臣の発言についても触れ「本当にそう思っているなら撤回する必要はない。なぜこのような血の通っていないことを平気で言うのか。私には理解できない」と批判した。

    Yahoo!ニュースによるabematimes記事のミラー掲載『「麻生大臣の『放っておけばいい』は要請の容認」「なぜ血の通っていないことを平気で言うのか」立憲・今井議員が批判』

 麻生氏にかんする立憲民主党今井雅人氏の批判はもっともでしょう。「ふつうに考えればおかしい」理屈で動いているものを、かつて総理大臣をつとめたような現職大臣がスルーしたら誰が止めるんでしょうか……?

記者:金融機関への働きかけの方針をめぐっては、内閣官房財務省金融庁経産省に対して協力を求めるような文書を出していることが判明している。“政府ぐるみ”だったのではないかとの批判も出ている。

麻生大臣:この種の話は閣僚とか最終判断するところに上がる前に、課長や課長補佐の段階で他省庁と根回しするだろう。事前の打ち合わせの事前のやつ、やってますからね。新聞記者よりもすり合わせするの。おたくらは書いた後で直すことあるけど、うちはそういうことはあまりしないようにしているから。

そういう意味では、きちんとしたやり方をするために、上に上がる前に止めるなんてよくありますから、それを全体でやっていたと作り上げたいんだろうけど、共同通信の発想として、事前の打ち合わせはどの役所も事前の事前の打ち合わせはしているので、常にそうしている。基本的にやっている。

言っておきますけど、課長に上がる前、局長に行く、大臣にくる前の前の前の段階でこれやるけどどうかなと根回ししたり聞いて回ったり、よくあること。それが政府全体でという認識は全くないですな。

 「金融機関への働きかけ」について西村氏の独断専行ではなく、"政府ぐるみ"の圧力なのではないかという質問。これにたいする麻生氏の返答はすごく不思議です。

 「新聞記者よりもすり合わせするの。おたくらは書いた後で直すことあるけど、うちはそういうことはあまりしないようにしている」がための、「内部での根回し」「事前の打ち合わせの事前」であると麻生氏は言いますが、その根回しにたいして「放っておけ」と反応したのが麻生財務・金融担当相ご本人なわけでしょう。

 

***

 

平井「デジタル庁の入退室管理と、アクセスのね。それはさ、もう新しいシステムを実験的に入れてくれてもいい。松尾先生に言って一緒にやっちゃってもいいよ」

幹部「あっ」

平井「彼が抱えているベンチャーベンチャーでもないな、ACES(エーシーズ)。そこの顔認証、はっきり言ってNECより全然いい部分がある。だから聞いて。もうどこから撮ったっていけるし、速い。アルゴリズムがとっても優秀」

(略)

平井「デジタル庁はNECには死んでも発注しない」

幹部「ははは」

平井「まぁ、あの、場合によっては出入り禁止にしないとな。オリンピックであまりぐちぐち言ったら完全に干すから」

(略)

「松尾氏の出身地は、香川県。平井氏と同郷ということもあり、2015年頃から親交がありました。2020年12月23日には、平井氏が定期開催している朝の勉強会に、松尾氏がゲストとして参加するなど、親密な間柄です」(IT業界関係者)

(略)

「ACESは2017年、松尾研メンバーの東大大学院生が起業。松尾氏自身も顧問として参画しています」(経済部記者)

   文春オンライン、『【新音声入手】親密企業の参入を指示 平井卓也デジタル相に官製談合防止法違反の疑い』(略は引用者による)

 他の省庁ですでに「ふつうに考えればおかしい」理屈でもって請負先企業を「完全に干す」よう、そして自身が関係のある別会社の別ソフト平井卓也デジタル改革大臣が指示などした音声データがリークされた現状で、どこまで「ふつう」が通るのかぼくには全く何もわかりません。

bunshun.jp

www.asahi.com

 

 

  COVID-19のこと;政治資金パーティに参加した自民・岸田派秘書ら4人が感染

mainichi.jp

 電車通勤・通学者の集団感染が(利用者数を考えると)ほとんど聞かないのに対して、ノーマスクで飲食/会話するのはやっぱりきびしいのかなぁと思いました。

 年末にはこんなニュースもありましたね{80人参加で4人の陽性が確認。竹本前IT相は12月24日入院、1月3日ごろまでICU、2月4日に退院(ただし14日までリハビリ目的で入院継続)

mainichi.jp

 

 

0715(木)

 ■与太話■

  石黒達昌がいにない

 未来未来、21年秋のこと

石黒達昌の個人短編集がハヤカワ文庫JAで出たんだよ」※8月刊行予定です

「伴名練がファンサイトを運営するほど偏愛しているという、あの!」

「そうそう、『ゼロ年代の臨界点』のオマージュ元『雪女』を書いた。『雪女』だけでなく、論文風の小説をいくつも書いていて、作品によっては字組が横書きで図版が入っていたりするんだよ」

「『SFマガジン』では異常論文小説特集もあったし、良いタイミングだねぇ」

「出たのは8月なんだけど、COVID-19やら五輪やらで外出を控えていて、本屋に行くのがシーズンまたいじゃって。大変だったよ」

「なにが?」

「平積みにはもう無くてさ、ハヤカワの棚を探すんだけど、ハヤカワの棚がそもそも無くなってたりして」

「なんなら本屋さん自体がなくなっちゃってたりとかもするよね」

「で、ようやくハヤカワの棚を見つけたんだけど、こんどは石黒達昌が見当たらない」

「上から探してけばすぐじゃない?」

「だよね? 順に探していったんだよ。浅香晶、東直己吾妻ひでお、阿部公房、新井素子荒巻義雄……」

「バベルの図書館かなにか?」

石川英輔石川喬司、石原達雄、井辻朱美イッセー尾形稲見一良

「えっイッセー尾形もハヤカワで書いてたの!?」

「そうじゃなくて。過ぎちゃったんだよ石黒」

「ほんとだ。これだけ揃っててなぜ……? あっわかった、半村良の次にいたんじゃない!?」

「正解! そうだったんだよ、今回のは"い"じゃなくて――」

「やっぱりか~。"い"と"ハ"を間違えるなんてことあるんだな」

 

 伴名練編『本SFの臨界点』は、2020年の『恋愛篇』『怪奇篇』を経て、21年に作家個人に焦点をあてた作品集を3ヶ月連続刊行。

 6月『中井紀夫』編、7月『新城カズマ』編とへて、8月にトリとして本SFの臨界点 石黒達昌: 冬至草/雪女』を発刊するそう。楽しみですね。

 

0716(金)

 ■社会のこと■

  五輪のこと;普通に燃える人選をふつうにするリスクマネジメント力の運営に、感染症対策が行なえるのか?

 著名な音楽家小山田圭吾さんがオリンピックの式のコンポーサーとなったものの、かれがかつて90年代に出版された雑誌の取材で、障碍者の同級生をいじめた過去をかたった過去が問題視されました。ネットでは何度か蒸し返されてきた記事で、ぼくもうっすら耳に入ってました。この件について小山田氏がなにか謝罪したとか経緯について再言及したとかといったお話は寡聞にして知りません。

 

「小山田氏の発言・ふるまいは、90年代「悪趣味」ブームではふつうの意識だった。25年前の内容(実際のできごとはさらに前)を現代の価値観で遡及的に裁くのはおかしい」

 といった声は聞こえますし、

「過ちをおかしていたとしても、挽回のチャンスが与えられない世の中はきびしすぎる」

 というお話ももっともなのですが、当人が過ちとして認識しているかどうかもわかりませんし、挽回したくて(/罪滅ぼしのためになど)今回コンポーサーに立ったとかいうお話もまた特に聞いていません。

 

 その辺についてはひとまず棚上げしまして、ぼくのいちばんの関心は別のこと。

 オリンピックのえらいひとがとうぜん燃えるだろう人選をした(そしてやっぱり燃えた)ことへ、不信感をつのらせています。

 

 

0717(土)

 ■観た配信■

  vtuber月ノ美兎 - YouTube Music Weekend スペシャルライブ』をリアタイ視聴しました

youtu.be

 リアルそしてバーチャルの歌手・配信者が音楽ライブ配信をするYouTube Music Weekend

 ホロライブのかたなども出ているなか、にじさんじの面々も何枠か登場。

 過去のライブ(有料放送)の抜粋無料配信というかんじだったのですが、月ノ美兎委員長は3D生ライブを披露されていました。

 にじさんじの3D配信ではおなじみとなったステージでのライブでしたが、やっぱりこう委員長のライブは、ひとネタふたネタその時空間を一緒にいることの意味みたいなものが感じられる演出があって、とっても楽しいんですよね。

 配信に不慣れだった活動初期に発せられた、リスナーへの呼びかけ「あーもしもし聞こえていますか? もしもし……多分あの時差的なものがあると思うんですけど、そちらとこちらで」。

 そんな配信のふしぎに「実は本当に「あっち側」が存在して、「こっち側」とコンタクトしてるのでは?」とグッときたササキトモコ氏が作詞作曲をねりあげたソニーからのメジャーデビュー曲れゆけ! 学級委員長』

「あ~! もしも~し! 聞こえますか~? みなさ~ん! ちょっと~っそちらとこちらで~っ、ラグがあるんですが~っ!?」

 委員長はそこへ更なる物語をのせていきます。

 委員長はカメラに背を向け壇を駆けあがります。

 そうして近づいたバックスクリーンにパアッと、それまで流していたミュージックビデオのうえに、YoutubeLive視聴者がリアルタイムで書き込んでいるチャットが表示されます。

「来てる来てる! ……"がんばれ"、"マイク治ったかも"? え? 壊れてたの?」

 チャットを読み上げて配信状況について情報を得て苦笑する委員長。

 配信の不備が、向こうとこちらがつながった確かな証拠になる。

 Youtube公式の大きな企画のなかでも、初期とかわらず配信者として生きている姿に、胸があつくなりました。

 

 

0718(日)

 ■買いもの■

  黒沢清監督『地獄の警備員』がHDでセル/レンタル配信されてた
地獄の警備員

地獄の警備員

  黒沢清監督獄の警備員』AmazonPrimeVideoitunesで配信されてました。(HD/SD両方の画質で。SDが2000円、HDが2500円)

 HDリマスターのDVDが発売されたのが6月のことで、もしかするとそのときにはすでに配信されてたのかもしれません。(このへんのタイムラグに、じぶんがどんどん映画を観なくなってるわ……とさびしくなる)

{『シンエヴァ』はさすがに待ってきた年数がちがうので観に行っちゃいましたが、それでも人がすくない時間帯に、COCOAや体温もチェックしつつやりました。

 ほかは外出を解禁する自分ルールとして「ワクチン2度接種+抗体がじゅうぶんできるらしい一週間後」と設定しているので、はやくて来月8月なんだよな。

(ここまで映画館でクラスターが発生していないし、電車でもしてないことから、「まぁマスクをしてかつ飲食さえしなければある程度は大丈夫なんだろう」とは思うんだけども)

 サービス業は結果陰性でも濃厚接触が出ただけでマジで業務がひどいことになるから、そのくらいはやらんと申し訳が立たない

(先月末~今月半ばもヤバかった。1年まえから何度かこのblogでも書いてる同じ話をまたしちゃいますが、職場外へは関係他社フタケタ社・利用者フタケタ人に連絡をし、職場内では職員の出退勤経路を分け、うたがいのでた職員の部署/利用者へのサービスを見直し、そこから出入りする食事やゴミの運搬ルートも別個に変え、毎度消毒をし……というのをPCRの結果が出るまでやる。普通にやりきれない。去年とちがって結果が出るまでかなり短くなったけど、土日をはさんで翌週まで持ち越されることもあり、そこまで変わらない。

 covid-19がどうというより、この対策で心身が疲弊して体調崩す職員が出るというコラテラルダメージが生じて、PCRが陰性で終わってもしばらく職員の出退勤がガタガタする)

 このへん各業界がどうやってるのか分からないけど、ふつうに愚痴りたくなるし実際こうして愚痴ってるレベルの面倒くささであり、上のような動きはたんなる保健所からの指導なのでべつにぼくやぼくの働いている職場がパラノイアに陥っているわけではないと思うのだが、ぼくがいくら「実生活・仕事のことを呟かない趣味人しかフォローしていない」ったって、そうした愚痴が他から全然これっぽっちも流れてこないのは異常なレベルであり(「感染した」みたいなツイートはぽつぽつ聞いたが、それより多いはずの「周囲に感染者/濃厚接触者がでた」ひとが職場や学校など所属コミュニティでどういう対応したのか~みたいな話は聞こえてこない)、マジですごい温度差を感じる。まじでなんなんだ?

 バッハ会食40人するみたいな流れとか先日の議員パーティで陽性者でた件とか、入国者のバブルがめっちゃくちゃな件とか、ただただ素朴に「ふざけんな」と思うのだが、ぼくらの業界の外ではそうでもないんだろうか?}

 喜ばしいことですね。

 レミファ娘の血は騒ぐ』もちょっとまえに配信セル/レンタルがはじまってました(itunesAmazonPrimeVideo)、おなじリマスターDVDがちょっと前に出たの道』蛛の瞳』は、月額サービスAmazonのシネマコレクション by KADOKAWAだけの品で、ンゲン合格』は前述サブスクリプション+未加入者でもレンタルのみ可能……という感じみたい。

 

 ■ネット徘徊■見たもの■

  にじさんじ甲子園の配信を見始める

wikiwiki.jp

(V西は全期間追った、他校も飛び飛びだけど半分くらいは観た。感想はやる気があったら書く)

 

www.youtube.com

 エニーカラー社の運営するバーチャルYoutuber団体にじさんじに所属する面々が、『esports 実況パワフルプロ野球2020』の「栄冠ナイン」編で育てたオリジナルチームで対決しあう大会「にじさんじ甲子園」が昨年にひきつづきコナミ協賛のもと開催されました。参戦vtuberの育成配信をまずスタートさせたのは去年の準優勝校・バーチャル関西圏立高校ひきいる樋口楓監督(愛称でろーん)。

 配信待機画面でながれるVictory West!』にいやがおうにもテンションが上がってしまいます。

www.youtube.com

 この曲はランティスから出ている樋口楓1stアルバム収録曲で、まさしく「にじさんじ甲子園」でV西監督をつとめた経験から生まれた歌なのですね。2ndソロライブで歌われたさいは、でろーん手書きによる各選手の似顔絵が曲に合わせてポップするステージ演出がたのしかった。

 

 『パワプロ』の「栄冠ナイン」編とは、プレイヤーが都道府県のどこかにある一校の監督となって高校球児たちを育成・試合の指示を出す、高校運営SLG。

 1日一マスのすごろく型カレンダーを、手持ちの練習カード(各カードには練習内容と数字が記されていて、数字のぶんだけ日にちが一気に進んでしまうがそのぶん練習の効果も大きく、選手がより強く成長する)によって進んでいき、良いことがおこる青マスを積極的に踏んだり逆に悪いことがおこる赤マスを避けつつ、自分が求めるステータスがアップする練習や成長幅のおおきい練習を行なっていったり、あるいはふだんの練習では得られない特殊能力を習得できる「合宿」イベント期間中に活躍するカードを温存したりして、より強いチームを育て、地方大会勝利や突破、甲子園優勝をめざします。

 ランダムなのはカレンダーや練習カードだけでなく、入部してくる選手もまた能力や性格がバラバラで、プロ選手の能力や特殊能力などを良くも悪くもひきついだ転生OBや、初期ステータスが高く練習でも大きく成長していきやすい「天才肌」の性格の選手、試合中に発揮できる特殊なバフのうち、2年生以降に試合で大活躍する「試合の魔物」を使える可能性がある「内気」な性格の選手が入ってくるとうれしい感じ。

 ピッチャーの制球力やスタミナを嵩上げする、キャッチャー能力のたかい捕手もまた重要。去年のV西そしてにじさんじ甲子園全校のなかでも一番と名高かった、絶対的エース月ノも、最高値にちかいスタミナを有した選手でしたが、バッテリーを組む捕手がキャッチャーDであったために9回まで完投することはかなわず、二番手三番手ピッチャーが他校の打線につかまってしまい、優勝を逃しました。

 今回のドラフトで雨森小夜ちゃんをえらんだ理由は、優秀なキャッチャーを獲得したいというでろーん監督の気持ちのあらわれでしょう。

 

 選択した都道府県によって転生OBとして入ってくる新入生の顔ぶれは変わり、キャッチャーA以上の能力をゆうした古田敦也さんがいる兵庫、あまりにも強いピッチャー稲生様がいるうえにライバル校がよわい大分あたりが人気らしい。

 でろーんが去年今年とえらぶ大阪は、ここ出身のOBも多いですが、激戦区で地方大会を勝ち上がるのが難しく、ゲーム開始から3年夏のチームで戦うにじさんじ甲子園のレギュレーションではわりあい厳しいらしい。

 

 あんまりにもあんまりな下振れ事故防止を目的として、リセマラ2回まで許された今大会。

 なかなか有能な投手がそろった初回の引きをでろーんは却下して、二度目のリセマラにいどんだところ、天才肌の野手2人が新入生に登場。そのうち一人は優秀な転生OBでもあり、チャット欄もツイッターも大いににぎわいました。(ただし投手などほかの選手はそこまで強くはない)

 パワプロの識者は、「天才肌と転生OBの重複は初期ステータスを下方修正されてしまうので、できれば天才2人と転生OB1人の3人だったらより良かった」「野手の天才はまぁ。投手の天才が出たら割と大会終わるレベルのぶっこわれだけど……」と冷静なコメント。

 さてどうなるか……。

 

0719(月)

 なにをやっていたのか覚えてません。

 

 

0720(火)

 なにをやっていたのか覚えてません。

 

 

 

0721(水)

 ■社会のこと■

  甲子園開催にかんする朝日新聞からの発表がなされた

www.asahi.com

 プロ野球Jリーグは緊急事態宣言中も、感染防止についての政府や自治体の方針に沿って、無観客もしくは観客数を制限しながら開催されてきました。同じ高校スポーツの全国高校総体(7月24日~8月24日、北信越など6県)も無観客を原則として開催されます。

 昨夏の甲子園交流試合、観客の上限を1試合1万人に制限した今春の選抜大会などを通して知見を積み重ねてきました。中高生の成果発表の機会確保に向け、スポーツ庁が策定したガイドラインだけでなく、朝日新聞社と日本高野連は昨夏以降、感染症の専門家らに継続して意見を求め、新型コロナウイルスの感染防止対策を盛り込んだガイドラインを独自に設けました。

 阪神甲子園球場のある兵庫県では、11日で新型コロナウイルスの「まん延防止等重点措置」が解除されました。7月中は「感染リバウンド防止対策」としてイベント開催にあたっては、観客数の上限を1万人とする方針を出しています。

 ただ、夏の甲子園大会は47都道府県から49代表が集い、全国から観客が駆けつけます。多数の人の移動を半月余りにわたって生じさせることは、感染のリスクを高めることになると判断し、誠に残念ではありますが、一般の観客向けのチケット販売はしないことにしました。なお、各代表校の生徒や保護者らは当該試合に限り、一、三塁内野席への入場を2千人をめどに可能とします。学校は試合ごとに入場者の人数、氏名を主催者に届けます。入場の際には検温や手指の消毒などを実施し、大声を出しての声援は控えていただきます。みなさまのご理解をお願いします。

  関係者入場2000人は規模がでかい気がしますし、ブラスバンドとかはどうなるんだろうと思いますが、春のセンバツのデータなどから、そうでもなのかな……?

「いやぁでもなぁ。ここのところの感染者数拡大は文字通りケタ違いじゃん……」

 と感情的には思ってしまうんですけど。オリンピックがやれた理由も、ほかのスポーツ興業がやれている理由もようわからん……。

(08/21追記。とか言ってたらサッカー欧州選手権で6千人超感染なぁ。感染者の大半は6万人超が入った決勝戦観戦者なのだそう。

nordot.app

)

 

 『パワプロ』「栄冠ナイン」を利用した野球育成ゲーム大会"vtuber甲子園"や"にじさんじ甲子園"による数週間でさえ喜怒哀楽さまざまな情念がうずまくものです。

 15年18年いや100年以上の歳月をかけて、選手本人や家族や出身校・出身地が培ってきたものはとんでもないものになるに違いありません。それが一時的にとはいえ無になるのはむくわれないでしょうが、死んでしまったらもう元も子もないわけで……。20代以下・40代以下の死亡率は、2020年段階ではワクチンを打たなくてもゼロコンマゼロ何パーゼントやらゼロコンマ何%やら程度ときわめて低い※ですけど、病床数の問題もあるし、拡大したさきの別年齢層がどうなるかという問題もあります)無観客試合でできないものかなぁ」とどうしても思ってしまいますね。

 

※厚生労働省『(2021年8月版)新型コロナウイルス感染症の“いま”に関する11の知識』

 データを見て 20代以下のひとが「死亡率0.00パーセント、1万人に1人もいないし、重症化率だって0.何パーセントの世界だから」と思うのは普通のことだし、40代以下にしたって「死亡率0.何パーセント、千人に数人だし、重症化率だって100人に数人だから」と思うのは普通のことなんじゃないかな~とぼくは思いますけど。

 ぼく自身は、マスクつけてるだけで体調によっては息苦しいのに、本チャンかかったときの苦痛は考えられないし、この日記でも言ったとおり業務がメッチャクチャになるんで、で、かかったら1~3割で亡くなる年齢層と接点のある生活もおくっているんで、生活物資購入以外で外は出歩かない日々を継続しようと思います。

 

 

  『ゼロ・グラビティ』の劇中建造物のリアリティって凄かったんだな

togetter.com

 

 

 ■ネット徘徊■

  アマビエ星雲賞受賞なぁ……

 アマビエが受賞するなら、江戸しぐさとかEM菌とか親学とか空間散布とか神業exelファイルとか諸々も授賞しておくべきだったんじゃないか?

 

  脚注まで読むひといるんだ!?

 引用元の出典は書いておきたいけど、論文みたいにキッチリカッチリ書くほどの気力はない。

 本は電子書籍があればそちらで買うようにしているので(紙の本はどこにあるのかよくわからなくなるので)、なにか引用して出典元をしるすさいは、電子書籍になりがちです。(紙の本まで買う余裕はないため)

 

 ツイッターを見ていたら当blogの記事にふれているかたがおり、ツイートは電子書籍の引用のややこしさについての言及で、その具体例としてぼくの記事の脚注がスクショされていたんですね。

{ちなみに、じぶんの引用したい文章にkindleデフォルト機能でマーカーを引き、「メモとハイライト」で引用したい文章の位置Noを確認し、そこからマーカージャンプ機能で本文に飛んで、その文が本の何%にあたるかメモるだけなので、実は見た目ほどには面倒なこともない感触です。

(ただ電子書籍は奧付がけっこうふんわりしているので、電子書籍の発行日や改版日、紙の本の何を底本としているのかなどまでシッカリ記したい場合は、たぶん普通に頭を抱えることとなる気がします)}

 

「記事を読んでくれている人を発見したぞ! ありがたい!」

 というのが第一感想で、

「じぶんで書いておいてなんだけど、脚注まで読んでくれる人っているんだ!?」

 というのが第二感想。「いやわざわざこんなインターネットの隅っこまでくる人なのだから、記事の隅っこの脚注を読まないわけがないのでは?」というのが第三。しばらくしみじみ第一の気分に浸っていたあと、

「よく見たら誤字ってるじゃん!」

 スクショをよく見たら普通に誤字がみつかって、慌てて直したのが第十感想。

 たしかにややこしいですね電子書籍の引用。電子書籍はこれだから……(きみじしんが打ち間違えただけだよzzz_zzzz!)

 

 

0722(木)

 宿直日。

 ■ネット徘徊■本のこと■

  『エンデュアランス号漂流』をどう売り出すか

ja.wikipedia.org

 英国の四番目の南極探検隊は船が難破するも生還しました。これについてアーネスト・シャクルトン隊長の手記をはじめとしたさまざまな本がでて、映画にもなったりしました。

https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/51GR16SM17L.jpg https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/51E1S90XTRL.jpg https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/51GHJC54VNL.jpg https://www.chuko.co.jp/book/204225.jpg 

 隊員の手記をまとめ存命の隊員に聞き取り取材もしたアルフレッド・ランシング氏のノンフィクションンデュアランス号漂流』が98年に新潮社から出ると、ソニーマガジンズからシャクルトンの手記へ エンデュアランス号漂流』が出たり('99)、01年に新潮のが文庫になったり、キャロライン・アレグザンダーンデュアランス号 シャクルトン南極探検の全記録』が出たり('02,9月)中公文庫でシャクルトンンデュアランス号漂流記』が出たり('03)

 kindleを見ていたら、ランシング氏の『エンデュアランス号漂流』が新装改訂版が出ていました……

https://www.panrolling.com/books/ph/ph21.jpg

 ……「すべての投資家のために」パン・ローリング株式会社の出版による、『エンデュアランス 史上最強のリーダー シャクルトンとその仲間はいかにして生還したか』として。

 帝国南極横断探検隊の本を眺めていると、いくつかの売り方があるらしいことが見えてきます。ひとつは最初に挙げた秘境探検/実録モノ

 もうひとつは、感動ドラマを想起させるもの。

https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/41EFJK7DEKL.jpg https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/51YPQMV8SWL.jpg

 人びとが協力して船を曳いたり、手を掲げて喜んだりする表紙の、評論社のジェニファー・アームストロング 著して、奇跡は起こった! シャクルトン隊、全員生還』('00,9月邦訳刊。原題『Shipwreck at the Bottom of the World: The Extraordinary True Story of Shackleton and the Endurance』あすなろ書房のエリザベス・コーディー キメル著ンデュアランス号大漂流』('00,10月刊)がそれにあたります。

 もうひとつが、自己啓発/リーダーシップ本を想起させるもの。

https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/516ZGZqWZSL.jpg https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/51EA5A194HL.jpg https://wing-auctions.c.yimg.jp/sim?furl=auctions.c.yimg.jp/images.auctions.yahoo.co.jp/image/dr000/auc0507/users/61b9fb41fab22e8dd0e5441cc2acb80024595b55/i-img1200x900-15644849189iliss259.jpg&dc=1&sr.fs=20000 https://www.panrolling.com/books/ph/ph21.jpg

人はどんな困難でも乗り越えられる!最強の指導者!シャクルトン隊長が自ら綴った全記録
1914年12月5日──第一次世界大戦が勃発したその年、イギリスの探検家アーネスト・シャクルトンは27名の乗員とともに、南大西洋サウスジョージア島から世界初の南極横断の冒険に旅立った。彼らを乗せた船の名は<エンデュアランス号>。しかし、怒濤のように迫りくる氷山を前に船はあえなく沈没し、風を頼りの漂流を余儀なくされる。想像を絶する寒さと飢餓、死の恐怖を乗り越え、「必ず全員を生還させる」という目標に向かって、真のリーダーシップを発揮したシャクルトン隊長のもと、みごとに勝利し生還した27名の男たち。勇気と希望を与えてくれる感動の書!

   ソニーマガジンズ刊(ヴィレッジブックス文庫)、アーネスト・シャクルトン著『エンデュアランス号 奇跡の生還』のAmazon商品ページより(太字強調は引用者による)

苦難を乗り越えてこそ、人間として磨かれる。
本書には、希望への力がある
京セラ名誉会長 稲盛和夫

「教える」から「導く」へ
二十一世紀型リーダーの理想像がある。
神戸製鋼ラグビー部GM 平尾誠二

現状に満足した時、成長は止まる。
人は挑戦しつづけるかぎり、生きつづける。
バレエダンサー 熊川哲也

   PHP研究所刊、マーゴ モレル&ステファニー キャパレル著『史上最強のリーダー シャクルトン 絶望の淵に立っても決してあきらめない』Amazon商品ページ掲載のオビ文引用より(太字強調は引用者による)

 『南へ』が文庫化したのかなと思われるソニーマガジンズシャクルトンの手記ンデュアランス号 奇跡の生還』では、「真のリーダーシップを発揮した」シャクルトン隊長のバストアップが表紙にならび、PHP研究所の『史上最強のリーダー シャクルトン 絶望の淵に立っても決してあきらめない』では往年の洋画ポスター風の画風でシャクルトン隊長の顔が表紙中央におおきく描かれます。そしてオビには「人間として磨かれる」さまを京セラ名誉会長が、「21世紀型リーダーの理想像」を神戸製鋼ラグビー部GMが、バレエダンサー熊川哲也氏が「挑戦」と「成長」をたたえます。

 ヤフオクでオビつき書影を確認すると『シャクルトン』では著名人のコメントはあくまでも裏面だったようなのですが、「この男に学べ」とでかでかと表紙に記され、表紙からエンデュアランス号が消えてシャクルトン隊長のみが写されたパン・ローリング社『史上最強のリーダー』によってついに自己啓発・リーダーシップ本として100%舵をきった感があります。

 フタをあけた中身は、新潮から出ていたまじめな海洋探検のノンフィクションなんで、「大胆かつ面白い売り方をするなぁパン・ローリング、よく知らなかったけど気にしてみよう」と楽しかったです。

 売り手の内心なんてわからない勝手な想像なんですが、なんというか、じぶんが読んで気に入ったモノを屁理屈こねて自分の界隈と共通項を見出し輸入・布教する、往年のオタク界隈を思い起こしもして、なつかしくなっちゃいました。

 

 

 『SFセミナー2021』に参加する

www.sfseminar.org

 毎年ひらかれる、有志によるSFイベントです。こんかいは時世柄オンライン開催となり、ぼくも参加することができました。

 

 Discord、ZOOMミーティングなどをつかった催しで、去年お邪魔した京都SFフェスティバル2020(オンライン開催)に近い感じです。

 僕含めこれらのソフトに不慣れなかたもをそれなりにいらっしゃったようで、意図せずマイクONになってしまったかたもチラホラ出るも、運営のかたがたがうまく舵取りしてくれました。参加できて良かったなぁ~ってイベントでした。運営のかた、ゲストのかたがた、興味深い時間をありがとうございました。

 

 昼間は仕事休みでしたが、夜は仕事で宿直室からチョコチョコ参加。聞き漏らしはありそうな気がします。出先のパソコンではZOOMがどうにも見られず(機械音痴~)、夜の部はディスコードで行われている部屋だけ聞きました。

 

 『ゴジラSP』部屋がしまっているあいだは、下村思游さんらの雑談に聞き耳を立ててたりしました。「CTCってなに? これはこういうものです」みたいな、はからずも『ゴジラSP』関連知識を補足する補習部屋みたいな趣もあり、楽しかったです。

 遠征の面白さ大変さ・地元トークみたいなお話は、30過ぎた赤の他人のオッサンが無言で聞いていいのか分からんけど(まあよろしくないですよね。こわいよ!)こちらも面白かった。

 この辺の聞き耳・出歯亀は、物理的な身体のないオンラインイベントだからできることのように思う。知らんオッサンが可視聴領域で無言でいる場でおしゃべりはしづらいだろうし、知らんオッサン側としてもさすがに居たたまれなくなるはずだ。

 

 以下レポですが、すべてうろ覚えです。「」でくくられていようと正確な文言ではありません

 

 目当ては『ゴジラSP』を円城塔さん、オキシタケヒコ氏が語らうという企画。

 堺三保さんも合流した昼間の本会1時間にくわえ、20時からの延長戦(酉島伝法さん、大森望さんも参加)、再延長戦……と続けられ、たいへん楽しかったです。

 お話しされた内容としては、円城氏や高橋監督など既出の『ゴジラSP』取材記事やscrapboxで円城氏が用意してくれたイベント用テキストで7、8割がたフォローできる内容だったので(言い過ぎ? まぁ5割は確実にいけますよ)、イベント参加のご都合つかなかったかたもそこまで気を落とす必要はないかもしれません。

 

 円城氏はゴジラについてどこが気になります?」という質問をオキシ氏酉島氏に投げかけたりしていました。それぞれの作家性がちょっと覗けるような感じで面白かったです。

 円城氏はサイズや、ほぼ単体でしか確認されないこと。

 オキシ氏は青い光線。

 酉島氏も光線が気になる……ということをおっしゃってました。

 オキシ氏の『筐底のエルピス』は登場する事物の色やその性質なども印象的な作品で、さもありなんというかんじ。

 さらにゴジラシリーズでどれが好きか? ゴジラとどう接してきたか? というようなお話も聞けました。

 

   ▽「(『ゴジラSP』は)だれがやってもこうなる」「いやいや(笑)」? いやいや割合"そうなる"スよね?;倉谷滋『ゴジラ幻論』や多田将「ゴジラに関する物理学的考察」、サーフライダー21『ゴジラ生物学序説 妄想から科学へ』など

 『ゴジラSP』について「だれがやってもこうなる」と円城氏が言って、各登壇者から「いやいやいや(笑)」「んなわけない(笑)」というようなことを仰ってました。

 その「こうなる」がどこまで指すのか?(高橋監督からのオーダーからすればこういう話や設定になるだろうということなのか? あらかじめ提示された、スペクタクルに費やせるコスト的なものも加味すると、「円城塔らしい」と言われるセリフ回しやシーンがどうしても多くなる……ということなのか?)ちょっとわからないところがありますけど、しかし、ゴジラSP』の怪獣まわりについては、ゴジラという存在について科学畑のひとが見ればそうなりそうよなぁという風にぼくは観られたので、むしろ他登壇者さんの「いやいやいや(笑)」の詳細がお聞きしたかったところ。

 

 円城さんはSF考証も担当した。これまでの「ゴジラ」シリーズを参照しながら、設定を考えた。

 「最初に『ゴジラ』を見たのは中学生の時の1984年版。その印象が強い。84年版で気になっているところを埋めていく。あんなに大きい生き物が立っているのか? 戦車砲に耐えられるのか? 昔から疑問に思っていたことから設定を広げていきました。

   まんたんWEB、「ゴジラ S.P:「ドラえもん」のような“ありそうでなさそうな世界”!? 円城塔に聞く

(略)今回はアニメーションとして生かすために、いろいろ仕掛けをしました。立っていてもいいけど、スタスタとは歩かない。ハリウッド製作の『GODZILLA ゴジラ』のゴジラのように走ったりもしない。今回のゴジラは最初、シロナガスクジラくらいの大きさですし、シロナガスクジラが陸に上がったとして、スタスタと歩かないかな?と。普通とは違う素材でできていることにする。G細胞のように、細胞としての性質が違う、と。軽いし、自己再生もする。その素材はどこからきたのか?とパズルのように組み立てています」

   まんたんWEB、「ゴジラ S.P:「ドラえもん」のような“ありそうでなさそうな世界”!? 円城塔に聞く」(略は引用者による)

本来であればあらかじめ用意された設定・あらすじ、世界観のイメージボード(美術)を見ながら、シリーズ構成を固め、脚本を書いていく。ところが本作は、そういった素材はほとんどない状態。手探りで進めていく特殊なつくり方だった。

ゴジラとは、という設定は過去シリーズからの積み上げがあります。その上で、現代を舞台に自衛隊と戦うという状況を考えたときにはやはり、ゴジラバンカーバスター(地中貫通爆弾)に耐えられるのかといったことは考えなければならない。倒されても困るのでそれをなんとかするように作劇に合わせて設定を考えていく、というようなことですね」

また、『ゴジラ S.P』は「ゴジラ」シリーズ初のTVアニメシリーズだ。1話30分、13話のフォーマットで表現する試み自体に前例はなく、円城さんは「2時間の映画ならこんなに苦しみませんでした」と苦笑を浮かべながら振り返る。特に困難を極めたのが、メインとなるゴジラ登場のタイミングだった。

   朝日新聞&M、阿部裕華 『アニメ『ゴジラ S.P』始動【2】作家・円城塔「脚本を書き上げた今も、ゴジラとは何かを問い続けている」』、阿部氏の文筆と取材に応える円城氏の言

頑丈で、軽い、皮膚の材質

 最後に、皮膚について考えてみたい。ゴジラの皮膚は、10式戦車の砲撃に耐えた、凄まじい耐弾性を有している。10式戦車の徹甲弾の貫徹力は、鋼板に換算して600mm以上だと推定される。ゴジラの皮膚は、それ以上の耐弾性を持つことになる。しかも、あれで動き回っているわけだから、フレキシブルな素材である。そして、軽い。ゴジラは海中を潜ったり、海中を移動していることから、比重は水とほぼ同じではないかと推測される

   ホビージャパン刊(ホビージャパンMOOK789)、『シン・ゴジラ政府・自衛隊事態対処研究』p.114~6、多田将「ゴジラに関する物理学的考察」

 『ン・ゴジラ 政府・自衛隊事態対処研究』は、円城氏が読書メーターへ18年4月6日に読了スタンプをおした本です。

 このムックでは、航空評論家の関健太郎さんが現実のMOP=バンカーバスターの貫通力(非公開情報なのであくまで一説と前置きの上)や命中性能を紹介、劇中MOPⅡの性能を類推・想像*3。さらには高エネルギー加速器研究機構素粒子原子核研究所の准教授をつとめる多田将さんがゴジラへの熱核兵器使用をした場合の威力と、東京にそれが落ちた時どんな被害が及ぶかを紹介・検討*4し、さらには「熱核エネルギー変換生成器官」や「熱線」、皮膚の材質のふしぎについて考察します*5

脚本を書く上で、アニメで30分13話という構成が大きな課題となりました。2時間であれば設定は結構ぶっ飛ばせるんです。シン・ゴジラ』(2016年)でも、科学者が出てきたけれどよくわからないことを言って「役に立たない!」と下げられてしまうじゃないですか。ああやって、なんとかなるんです。でも、13話あると、みんなどこかで正気になるんです。シン・ゴジラ』は日本だけで展開しましたが、13話だと日本だけでというわけにもいかなそう、とか。カメラが地球を写したときにどうなるか、気になるじゃないですか。

   GIGAZINE『「ゴジラS.P<シンギュラポイント>」シリーズ構成・円城塔インタビュー、ゴジラ初の13話構成をいかに作っていったのか?』(太字強調は引用者による)

円城 (略)ゴジラは映画で2時間だから持つんですよ。海外のゴジラが暗かったり、煙に隠れているのも、尺を持たせるためですよね。

――たしかに、13話ずっと煙につつまれていたらツラいですね……。

円城 かといって、出て帰って出て帰ってっていうのも……コントじゃないんだから。そうなると人間を描き始めるわけですけど、13話もあったら正気に戻ってしまう瞬間がありますよね。ゴジラは何喰ってるのか?」「子供はいるのか?」と。

   双葉社刊、オフィス秘宝『映画秘宝2021年5月号』p.4、トヨタトモヒサ氏+編集部小沢涼子さんによる取材記事より(「ゴジラは何喰ってるのか?」「子供はいるのか?」太字強調は引用者による)

ゴジラに必要なエネルギー

 ゴジラの体重は約2万t、大きさは50mほどとされている。この巨体は、いったいどれぐらいのエネルギーを消費するだろうか。(略)

 (略)いろいろな哺乳類の標準代謝量を調べてみると、これが体重と比例関係にあることが発見された。すなわち、

   標準代謝量(W:ワット)=4.1×体重(kg)^0.751

という単純な式で体重と標準代謝量との関係を近似できるというのだ。(略)

 ゴジラの体重は約2万tとされている。「恐竜恒温動物説」の立場から、ゴジラを恒温動物として代謝量を計算すると。

   4.1×20,000,000(体重=kg)^0.751=1,250,000(w:ワット)

(略)すなわちゴジラ一匹の標準代謝量は、人間約1万4000人分に相当する膨大なものになるということである。

 次にゴジラが、変温動物だと仮定する。(略)変温動物は恒温動物のわずか3.4%の標準代謝量ですむわけだ。

(略)

 単位時間あたりにどれほどのエネルギー量の餌を食べるか、という接触率をファウロウ(Farlow)が各種の動物について調べた結果、エネルギー換算で恒温動物は標準代謝量の2.6倍、変温動物では5.6倍の餌がいることが知られている。

 これからゴジラは、恒温動物であるならば人間に換算して約1万4000人分、変温動物であれば約500人分の食料を、一日に摂取しなければならないことになる。

    扶桑社刊(扶桑社文庫)、サーフライダー21編『ゴジラ生物学序説 妄想から科学へ』p.223~6、林豊{海洋バイオテクノロジー研究所副主任研究員(当時)}「ゴジラは何を食べ、どんな日常を送っているのか」より(略は引用者による)

巨大な胎児の重さにゴジラ胎盤は耐えられるか

(略)ゴジラはどのように繁殖しているのだろうか。単細胞生物のアメーバやゾウリムシのように接合・分裂や出芽という機構によって増殖するということは、現実問題としては考えにくい。

 やはり、ゴジラはその外見から考えて恐竜に近い種であり、その卵および繁殖様式も現在生息しているワニやトカゲなどの爬虫類と同様の形態、すなわちニワトリの卵のように大量に卵黄を卵内にもち、丈夫な卵殻で覆われている受精卵を生む、という繁殖様式なのであろうか。

 一方、ゴジラが哺乳類のように妊娠し出産するという「胎生説」を完全に否定できる確証もない。しかし、身長50m、体重2万tはあろうかという動物が、妊娠・出産するということは、巨大な胎児の重さに胎盤が耐えられるかという点が大きな疑問となる。

   扶桑社刊(扶桑社文庫)、サーフライダー21編『ゴジラ生物学序説 妄想から科学へ』p.144~5、浜崎辰夫{東京医科歯科大学歯学部助手(当時)}「ゴジラの性と妊娠・出産」より(略は引用者による)

 サーフライダー21編ジラ生物学序説』(ただし円城氏の読了スタンプはとくに確認できませんでした)をひらいてみると、『ゴジラ』『ゴジラの逆襲』のゴジラを対象について、海洋バイオテクノロジー研究所副主任研究員(当時)の林豊さんはゴジラ代謝量、一日に必要な食事量、行動半径・生息密度を算出、陸上の餌だのみだと広大な行動半径を必要とするので、主な食糧源は海産物であろうと推察し、海中の何を食べ、どんな暮らしを送っているのか想像したり。

 東京医科歯科大学歯学部助手(当時)の浜崎辰夫さんは、ゴジラの生殖を検討したりしていきます。

 

 二十世紀後半の分子生物学の隆盛以降、一時期影の薄くなった形態学だが、分子レベルの研究が進んだ結果、進化発生生物学という形で研究の最前線に躍り出ている

 現代の生物学における生き物は、種として進化を経たものであり、個体として発生、成長したものであり、その背後には分子の働きがある。

 つまり、そこに生き物がいるならば、その生き物には進化上の先祖がいて、個体としての親がいるはずであり、物理法則にしたがって活動しているはずである。

 これが、生き物はそのあたりから湧いてでてくると考えられた古代と現代の違いであり、現代人たる我々は、街中で怪獣を見かけた場合、こいつの進化上の先祖はなんなのか、と考えることになるわけである。

 怪獣はフィクションだからそんなことを真面目に考える必要はないとしてしまうのはフィクションを甘く見ると同時に科学の力を過小評価しているところがあって、科学的な検討に耐えうるフィクション、フィクションを検討できる科学こそが本物なのではないか。

   円城塔『「ゴジラ幻論」書評 フィクションが導く科学の世界』朝日新聞2017年3月19日掲載)太字強調は引用者による

 『ゴジラSP』スタッフクレジットの「協力」欄に名前があがる、理化学研究所の倉谷形態進化研究室の主任研究員であり、怪獣映画マニアでもある倉谷滋氏。

 氏の著書ジラ幻論』について円城氏はそう書評します。

頭部に耳介、すなわちいわゆる「耳たぶ」を持つこと、とりわけ昨今のゴジラが氷上を持つように見えること、瞼が上から下へ向けて閉じることなどからするに、どうもゴジラは哺乳類か、あるいはそれに準ずる動物(単弓類・後述)であると、こう結論せねばならないようなのであります。(略)下顎枝を持つ下顎骨の形状はどう見ても典型的な爬虫類のものではなく、むしろ哺乳類のそれに近く、さらにゴジラのいくつかの個体では犬歯すら分化しておる。これまた、ワニ型類に見るわずかな例外を除き、爬虫類には本来存在しないものなのであります。

   工作舎刊、倉谷滋著『ゴジラ幻論 日本産怪獣類の一般と個別の博物誌』p,26、「【基調講演】「シン・ゴジラ」に確認された新事実をめぐって 第一部――山根恭太郎」

鳥盤類に伴うはずの頬が欠如していること、顎関節の位置、後爪の蹴爪、咥えて前方を向いた恥骨等の特徴から、確かにこれは暴君竜(ティラノザウルスTyranosaurus)と同じく、肉食性の獣脚類に他ならないとのこと。ただ、同研究員によりますと、前脚の指が五本ある場合があることが腑に落ちぬ

   工作舎刊、倉谷滋著『ゴジラ幻論 日本産怪獣類の一般と個別の博物誌』p.29

 さらに混乱を招く事実として、かつて植物・動物のキメラ生物、ビオランテ出現の折、分子生物学者の桐島博士が、「ゴジラの体温が低いためにバクテリアが繁殖できない」と、こう発言しておる。哺乳類になりかけていた巨大な動物なれば、おそらく温血性であろうし、一方で多くの大型恐竜もまた、鳥類同様、温血であったと考えられておる。ならば件の発言は、「ゴジラ恐竜説」と矛盾するばかりか、陸生獣類の祖先としてのゴジラの出自も否定しかねない。

   工作舎刊、倉谷滋著『ゴジラ幻論 日本産怪獣類の一般と個別の博物誌』p.30

  さて、この系統樹に、先程までの議論に従って、推測されるゴジラの分岐地点の可能性を書き込んでみますと、これだけの異なったシナリオが得られるのであります(図1-8)。単弓類が三か所、双弓類が四か所、ゴジラの起源があるわけですな。困ったもんです。もちろん、事実は一つであります。そして、これまで出現したゴジラがすべて別系統の動物である、すなわち七種の異なったゴジラがいたという可能性も否定しきれないのでありますが、

   工作舎刊、倉谷滋著『ゴジラ幻論 日本産怪獣類の一般と個別の博物誌』p.35

 『ゴジラ幻論』のなかで倉谷氏はゴジラの生物としての分類不能さを――というか、様々な類に当てはまりうる多貌を――取り上げていきます。

 ゴジラS.P』のラドンを中心とした怪獣について、劇中でさまざま交わされる言及は――SNSやユンたちオオタキファクトリーのマニアトーク、新聞やスポーツ誌(の中吊り広告)、TV番組、学者の報告でかわされる議論は――倉谷氏らがゴジラなど映画にでてくる怪獣について記したような混沌にちかい

 

 で、(『ゴジラSP』が時間モノになったのは高橋監督のオーダーのようですが、そもそも)ゴジラというのをまじに成り立たせようとすると、どうしたって時間SFモノにも目をむけざるをえないんですよね。

 ゴジラ』でゴジラは「ジュラ紀の恐竜が目覚めた」と劇中説明される一方で――「200万年前に生活していた存在(が目覚めた)」とも言われていますジュラ紀はどう遅く見積もっても1億4550万年前くらいの時代をさし、両者のあいだには隕石に付随する大量絶滅「K-Pg境界」ももちろんあるわけですね。

 これについて、たとえば円城氏もツイートで引用したちくま文庫版『ゴジラ』。その巻末解説のように……

ゴジラジュラ紀から白亜紀の二百万年前の生物だと香山が設定している事だが、古生物学に詳しい香山が、何故一億数千万年前のジュラ紀から白亜紀を、二百万年前としたのか。

 これは人類の歴史にゴジラをオーバーラップさせている。二百万年前、人類最古の直系の祖先としてアウストラロピテクスが地球上に誕生した(時間は昭和二十九年当時の学説で、現在は四百年前から百五十万年前とされている)。ゴジラは人間自身の姿であると。

   筑摩書房刊(ちくま文庫)、香山滋著『ゴジラ』p.446~447、竹内博「解説 香山滋東宝特撮映画」より

 ……と読む見方もありますが、メタ的な意図はどうあれ、作品世界内で成立する理屈はなにか設定しなければならないのではないでしょうか。

 上のヨクワカラン点について、いちばん簡単かつ現実的な処理としては「劇中人物の勘違いだった」とすることでしょうが、あちらをそう処理したとしても、ゴジラの足元の三葉虫というまたべつの時間が目の前にたちはだかるわけですね。

 ゴジラの正体に関し、過去二度ほど説明があったと記憶しております。(略)ゴジラは「いまから二〇〇万年ほど前のジュラ紀、陸上獣類へ進化しようとしていた海棲爬虫類が水爆実験の放射能により生息域を追われ、海から這い出してきたものである」とのこと。ちなみにゴジラが最初に発見されし大戸島での調査時、ゴジラの足跡からトリローバイトTrilobites、すなわち「三葉虫」なる古代生物が発見されておりますが、この節足動物は、そのほとんどがデヴォン紀の後期、いわゆる「F/F境界絶滅事変」において絶滅し、残ったものもペルム紀の末までには、この世から完全に姿を消しておったものであります。したがいまして、上の古生物学的説明にかなりの矛盾が生じるのでありますが、それが意図的な計算上のことなのか、あるいは単なる誤謬であったのか、小生には一向に判断しかねる。さらにその翌年、一九五五年、大阪にて(略)田所博士も、アンギラスゴジラの生息しておった時代を、およそ七〇〇〇年前とし、これは地質学的に正しく恐竜時代、すなわち中生代に相当するのであります。したがって、ゴジラと同時代に生息していた無脊椎動物というのであれば、それはむしろ、いわゆるところの「菊石」、つまりアンモン貝アンモナイトとされるべきであります。

   工作舎刊、倉谷滋著『ゴジラ幻論 日本産怪獣類の一般と個別の博物誌』p,22~24

としますと、ゴジラは羊膜類の中で最初に成立した単弓類、とりわけ盤竜類や獣弓類と呼ばれる一群の子孫であるということになり、その起源は一挙に古生代に遡り、その限りにおいて三葉虫と一緒におっても一向に構わない。ただし、ゴジラの足跡に発見された三葉虫の扁平な形状は、カンブリア紀オルドビス紀初期にかけての地層から見つかるような、原始的な形態をしておるという報告があり、またもや古生物学者を困惑させるのであります。

   工作舎刊、倉谷滋著『ゴジラ幻論 日本産怪獣類の一般と個別の博物誌』p,29

 まじめにどうにかしようとすると、やっぱり、時間についてメスを入れざるを得なくなるんではないでしょうか。

 

   ▽東宝のキャラクターコンテンツとしてのレギュレーションがあって、監督のオーダーがあって ;共同制作としてのアニメーション

 トークを聞いていて思ったのが、設定面もどういったお話にしたいかも高橋監督だったり東宝さんだったり他アニメスタッフの意向がおおきくあって、それを実現するための肉付けを円城氏が行なう……というかんじが、ここまでの言及でわかっていた以上に強そうだなぁということでした。

 

 トーク以前のスタッフさんのツイートでも、「10話の黒い巨大ラドンの口から光線が吐きそうな気配があったことは映像スタッフ側のつけたし」であることが明らかになっていたり、ファンブックなどのインタビューからジェットジャガー起用・最終話で"ああ"なったのは高橋監督の要望であって円城氏としてはオリジナルメカでもよかったし、"ああ"なる必要も感じていなかった……というお話がなされていたりしましたが、もっと強そうだということですね。

 たとえば1話のヘドラ神輿はSFセミナー2021によれば気づいたら生えてたもので、円城氏のかかわりは「"こういうのを出したいので、ヘドラの漢字をお願いします"ということで考えました」とかなんかそんなかんじらしい。

 最終話エンディング後Ⅽパートのあれも、「"あの人を出したいのですが、大丈夫ですか?" ……なんか設定考えます(苦笑)」みたいな、なんかそんな感じだったらしい。

 

   ▽質問したかったこと(その理由)/聞けたこと一覧 

質問可能だったら、ぼくが聞きたいこと(聞けたこと)一覧

  1. 最終話の大滝組&トラックの無傷はなにか考証的な理屈があるのか?{ぼくにとって、お話を楽しむオタクとして「なんだそれ?」と感情的にいちばん気になったもの。よほど良い空気じゃないと聞けないが、聞けたところで空気を悪くしそう。 ありがたいことに質問へ答えてもらったんですが、質問のしかたが悪かったのか、お返事は望んだ方向性のものではなかった……。(「"話のトーンからしてそこまで重たいものにしたくなかったので、ああなりました"くらいなことしか……。メインキャラの死者自体はすでに出ていますし……」みたいなお答えでした)}
  2. ×古史羅ノ図ってけっきょくなに?(いちおう投げたし、こういうコメントがありますよと触れられもしたけど、とくに言及なし)
  3. おはなしの中盤、怪獣の出没地域について劇中人物が「なんだろう?」と首をかしげるも、メカニズムを掘り下げて明示するような展開はなかったが、なにか考証的な理屈がありますか?円城氏がトークのなかで明かしてくれたので、質問するまでもなかった)
  4. ×登場怪獣はエピソードを経るごとに形態学的に胡乱になってるように見えたが、意図的ですか? (質問せず。ぼくにとってSFオタクとしていちばん興味がある話題)
  5. ×ゴジラSP』では怪獣が出現する体系・法則に気を吐かれていた印象がある。『スペダン』脚本担当回では記憶媒体型生命体や、多次元人や2次元人を登場されていた。「円城氏らしい怪獣を」とオリジナル怪獣を要請されたりはしたのか? ないとしたらどんな存在を想像するか? (質問せず。ちょっと『ゴジラSP』から離れてる気がする関心。「現代的な脅威を考えたら、ウィルス大の怪獣とかになるのでは?」みたいなお話は別口で出ていた記憶アリ)

 ……あたりですね。

 

 ④⑤を聞くのが有意義なのでは? みたいなアレはある。

 でもいちばん「なんなんだ……?」と気になったのは①で、せっかくなんで①を「質問です」というかんじの入りで聞きました。拾われても拾われなくてもどっちでもいいかんじで②も投げたら、ちょっと拾ってもらいました。ひとつお返事もらえただけで大分サービスしてもらったうえ、たぶん複数拾われたのはぼく以外にいないので、「よし3つ目も!」とさらに前進する厚かましさは発揮できませんでした。

 

 ①は鑑賞直後の感想でやいのやいの言っていたやつですね。

 ユンたちが劇中世界の不思議な性質でどうにかしてたのは「ジェットジャガーを最強にするプロトコル」だけで、あきらかにやばい高さから落下したし「これで最期だ」という感じで退場した大滝やハベルが元気なのはその限りではないわけですが(さすがに「おいおい……」と思った)、でも「3話のバイク横転で大丈夫だったんだ。これだって大丈夫だろう」と言われればそうかもしれない……愛嬌で乗り切った……。

(6/20追記;ここの「愛嬌」の意味するところの補足。円城氏は「映画の尺であれば乗りきれてしまうものでも、13話あるとどこかのタイミングで正気になってしまうじゃないですか」というお話をインタビューで何度かされている映画秘宝GIGAZINEなど)

 この大滝&ハベルの顛末はどうでしょう。正気を失っていますよね。

 正気の人間ならなにかしら言い訳するじゃないですか、無数の分岐時空のなかで最も都合が良いものを選んだ結果がコレでしたとか、そういうアレがないとしても落下したさきが紅塵の砂丘だったor地形変化で生まれた湖だったから無事でしたとか、クモンガの糸を持ってきてそれをクッションにしたので助かりましたとか、逆転の発想でラドンを呼び寄せて揚力にしましたとか。

 そういう言い訳が全くないのはもう愛嬌以外のなにものでもないじゃないですか)

   当ブログ過去の日記『日記;2021/05/18~06/28』、「  高橋敦史監督『ゴジラS.P<シンギュラポイント>』13話鑑賞メモ」より

 おそらく、運営のかたが空気が悪くならないようバランサーをしてくれまして、上の日記(や感想をめぐっていると「そういうことなのかなぁ?」みたいなツイートがチラホラ見えるような)なにか並行時空的な結構があるんでしょうか? というようなかんじの、穏当かつ具体的な想像を開陳してのフォローをしてくれました。ありがたかったです。

(この辺、円城氏は『ゲンロンSF講座』の採録本で、『ハイキュー!』アニメ版を例に、必ずしもつながっているとは言い難い飛躍をふくんで断片的な映像がつながって見える不思議について言及されていたので、なにかそこへ淫してみてもふしぎではないとも思いました)

 

 上の箇条書きでの繰り返しになりますが、これまたありがたいことに円城氏から御返事いただけたのですが、質問のしかたが悪かったのか、メタ的なストーリーにおける意向についてのお話になってしまいました。

(「"話のトーンからしてそこまで重たいものにしたくなかったので、ああなりました"くらいなことしか……。メインキャラの死者自体はすでに出ていますし……」というようななんかそんな感じのお話)

 ぼくが気になっていた"そういう展開をするための物語内・作品世界内の理屈があるかどうか? あるとしたらどんなものか?"については明かされませんでした

 コメントで「考証について」とキッチリ明記していなかったのが落ち度かなあ。「考証のひとが考証のことを話しているところで質問してるんだから、考証についての答えが返ってくるだろう」というのは甘えだったかもしれん。

 

 ②については、もしかしたらノベライズで明らかになるかもしれないけれど、明らかにならんくてもぜんぜん大丈夫そうな感じでもありました。

 

 ④もまた日記でチョコチョコ言ってるやつですね。

 『ゴジラSP』は3話区切りくらいで主役怪獣がかわっていきます。7~9話の主役怪獣は、逃尾市の港で巣をつくったクモンガです。

 謎の天才研究者・葦原のロンドン別邸内図書館をしらべる神野銘たちは、葦原のつくった未来を先取りする超計算機の計算結果がくるってしまう「破局」について、さまざまなアーキタイプ特異点/超計算機が競合しあって世界の法則が変わってしまうがために起こる旨を葦原が予想していたことをたしかめます。

 破局がちかい『ゴジラSP』世界で、まさしくそうした様相があらわになってきていることが、如実なかたちであらわれるのがクモンガでした……と、そのように見える

 スタッフクレジットの「協力」欄に名前があがる理研・倉谷形態進化研究室の主任研究員であり、怪獣映画マニアである倉谷滋氏。

 クモンガは倉谷氏が一部の空想上の生物についてたびたび批判するキメラ的造形の顕著な例で、円城氏がオススメとして紹介した獣生物学入門』、そこでなされた05年P・ジャクソン監督版『キング・コング』の谷の生物にかんする批判がそのまま当てはまるような存在です。

二〇〇五年のアメリカ映画『キング・コング(KingKong)』には、CGで表現されたさまざまなモンスターが登場する。その多くは古生物を復元したようなものだが、中にはトンデモないものもある。谷底に落ちた人間がもろもろの無脊椎動物に襲われるという、いささか気持ちの悪いシーンでのことだ(これはオリジナルの一九三三年版の映画『キング・コング』のために作られながら、あまりに気色悪いのでやむなくカットになったという、曰くつきのシークエンスを再現したものだそうだ)。そこに出てくるものの多くはいわゆる節足動物で、CGも良くできており、生々しさはたっぷりでよく動くのだが、明らかに何かがおかしい。クモの体にサソリのハサミが付き、さらに頭部が明らかに昆虫だったりする。

   集英社刊(集英社インターナショナルe新書)、倉谷滋『怪獣生物学入門』kindle版5%(位置No.2583中 124)、「第一章 恐竜と怪獣の狭間」1.取り残されたゴジラ――進化形態学者のぼやき怪獣映画論―― より(太字強調は引用者による)

 たしかに、動物の基本的解剖学構築、すなわち「ボディプラン」は動物門の単位で決められていると教えられる。節足動物は基本的にみな同じ構造を持つのである。しかし、それはあくまで最低ラインの話であって、特定のグループにしかないはずの特徴が複数、ひとつの動物の中に同居しているというのは許されない。同じ節足動物だといっても、昆虫とクモ、サソリの仲間はえらく違う節足動物の多様性というのは、ただ単に決まったフォーマットを変形させているだけではなく、その変形の仕方に、一定の流派とか系統進化に沿った階層的段階があり、それが多様化の歴史を反映させているのである。

 したがって、髑髏島の谷底に棲息するクリーチャーたちは、動物学的に分類不可能なのである。

   集英社刊(集英社インターナショナルe新書)、倉谷滋『怪獣生物学入門』kindle版5%(位置No.2583中 131)、「第一章 恐竜と怪獣の狭間」1.取り残されたゴジラ――進化形態学者のぼやき怪獣映画論―― より(太字強調は引用者による)

これは魔法使いが気紛れで作ったファンタジー紛いの代物で、決して怪獣が登場するSFの中に現れていいものではない

    集英社刊(集英社インターナショナルe新書)、倉谷滋『怪獣生物学入門』kindle版6%(位置No.2583中 143)、「第一章 恐竜と怪獣の狭間」1.取り残されたゴジラ――進化形態学者のぼやき怪獣映画論―― より(太字強調は引用者による)

 ゴジラSP』が髑髏島の谷底とちがうのは、そうしたキメラが成立する原理をきちんと設定してあることで、その原理がどんどん拡大して世界がはちゃめちゃになっていくことを段階をふんで描き出した点にあります。

 クモンガが登場するための布石を、ここまでの怪獣とそれにかんする劇中人物の言及・非言及によってしっかり打ってきます。

当初ツノは2本にしていたが、監督との話し合いでプテラノドンの要素を強くするため1本に変更。しっぽはランフォリンクスの要素だ。

   ボーンデジタル刊、『CG WORLD 2021年6月号kindle版14%{位置No.92中 13(紙の印字でp.30)}、山森英司さんへの取材をもとに編集部が「ラドンデザインスケッチ」図に付した記述

ラドンケツァルコアトルスをはじめとする翼竜の特徴を混ぜたデザインですね。そこに従来のラドンの要素を少しずつ足していくという作業でした。

   ボーンデジタル刊、『CG WORLD 2021年6月号kindle版14%{位置No.92中 13(紙の印字でp.30)}、「KEY MAN INTERVIEW #2」山森英司さんの言

 1~2(3)の主役であるラドンは、劇中メディアからはケツァルコアトルスと呼ばれていますが、劇中人物がそれ以上捕捉していないだけで――『CG WORLD 2021年6月号』で怪獣デザインの山森英司さんが述べているとおり――プテラノドンやランフォリンクスなどそれ以外の翼竜も参照された、翼竜のキメラというべき存在でした。

 3話のラドン(成体)には、東宝怪獣ラドンにより近い2本ツノになったほか、鳥の要素が加わっていきます。

ラドン(成体)についても基本的には同じですが、もっと既存のラドンのイメージに近づけたものになります。海から飛び出すというシーンもあったので、アホウドリやカツオドリといった海鳥に共通するシルエットにして(略)。そこに白鳥の首の長さを加えています。

   ボーンデジタル刊、『CG WORLD 2021年6月号kindle版14%{位置No.92中 13(紙の印字でp.30)}、「KEY MAN INTERVIEW #2」山森英司さんの言(略は引用者による)

 4~6話の主役であるアンギラスは、竜盤類の恐竜をメインにしつつ四足歩行動物の要素もあるキメラです。

 のちにアンギラスのものとわかる足跡についてユンは、蹠行と趾行、二種の混交であることをはっきりと述べ、同行する相棒のハベルは「二種の動物がいっしょに歩いていたのでは?」と常識的な見解を挟むことで、アンギラスの一般的な動物ではありえないキメラ性についてセリフの上でも明示します。

 7~9話誰の目にもあきらかにへんてこなキメラらしいキメラであるクモンガが登場

 明言はされないけどありえないもの、それっぽく見えるけど識者から見てありえないと物言いが入るもの、だれの目にもありえないもの……と、段階をふんだうえで満を持しての登場、という風にぼくの目には見えました。

 

 ただ、怪獣デザインには山森氏のイマジネーションも大きく働いており、『ゴジラSP』オリジナル怪獣であるサルンガが、「猿を」{円城氏の「哺乳類的な怪獣を……」と、高橋監督が「猿を」と}という意向に反する、爬虫類要素がまじったり(恐竜的な)既存怪獣を組み合わせたようなキメラ的な造形はどうやら山森氏の発想らしいといったこともインタビューを読むとうかがえる。

――新作の怪獣、サルンガはいかがでしたか?

実は一番苦労しました。最初に監督が猿を描いてきてくださったので、それをオリジナルにしようかと思ったんですが、猿は人間に近いので怪獣にならないんですよ。だから皮膚や口の開き方など爬虫類の要素を混ぜて、そこにガバラとバラゴンを加えながらつくっていきました。

   ボーンデジタル刊、『CG WORLD 2021年6月号kindle版15%{位置No.92中 14(紙の印字でp.31)}、「KEY MAN INTERVIEW #2」山森英司さんの言

 円城氏が怪獣の設定・造形をどこまで采配をふれているのかはここまでのインタビューでは結構不透明なところがある。

 最終的にゴジラへ集約されるような特殊能力的な部分は、円城氏の仕事なのだろう、そしてクモンガについても「自己再生能力があるということは円城氏の設定にあった」ということが山森氏のインタビューで明かされているし、今回のトークイベントでも円城氏からそのようなお話をされていた。

 ただ、キメラっぽさに関する言及はうかがえない。そこキッチリ聞いてみたいなぁと。

 

 

0723(金)

 宿直明け日で勤務日。

 ■社会のこと■

  気づいたらオリンピックが始まってた

 ゴタゴタのあった開会式についてふつうにみんな観ていて、やっぱりこの規模のイベントはすごいんだなぁと思いました。(ぼくもTVがこわれてなかったら観ていたかもしれない)

不買運動! みたいなことはおこらないんだな。……うーん、でも、元を取ろうと考えたら観たほうがよかったのかもしれないな……」

 といった気持ちにもなりました。

 

 

0724(土)

 『ストライクフォール』1~3巻を読み直す。面白かった。

 

 

0725(日)

 『ストライクフォール』4巻を読む。面白かった。

 ■そこつもの■

  サイダーのように揮発する記憶

 サイダーのようにコバエが湧き上がってます。

 宿直日などとかぶったり、ただたんにめんどくさかったりで出せていなかったゴミ箱がついに自然にやさしい環境になったようなのです。

 そんなわけで、にじさんじ月ノ邸を救ったという"めんつゆトラップ"をはじめて作成、その効果におののいています。

 1、2日で十数匹のハエが洗剤入りめんつゆの茶色い風呂に沈んでおり、一度換汁したのですがそれでもやっぱり同数くらいが沈んでいる。

 発生源だろうと思えるゴミ箱の中のゴミ袋は三重梱包くらいしたので、湧き潰し*6はできているように思えるのですが……いったいどこから湧いているのか?

(三重に縛った袋の隙間を通りぬけて? こわいけどそれはそれでうれしいな。未知のハエの巣があるほうがイヤだ……)

この種のかれの言葉の異端的内容についていえば、いかなる疑問の余地もない。とくにメノッキオが非常に特異な彼の宇宙生成論を披瀝し、そのいささか混濁した反響が教皇庁まで達していたときにはそうであった。「私が考え信じるところでは、すべてはカオスである、すなわち土、空気、水、火のすべてが渾然一体となったものである。この全体は次第に塊になっていった。ちょうど牛乳からチーズができるように。そしてチーズの塊からうじ虫が湧き出るように天使たちが出現したのだ。

   みすず書房刊、カルロ・ギンズブルク著『チーズとうじ虫 新装版』p.52「3 最初の審問」より

  むかしのひとが自然発生説を唱えたのも納得の無限ポップ具合。

 

 コバエが湧いたのはきょうにはじまったことではなく、めんつゆトラップをしかけたのも、

「部屋にいると、なんか虫が飛んでるのを見かける/つぶす機会が増えた気がするなぁ」

 と思い始めてきたからでした。

 ハエを肉眼で見かける/自力でつぶす機会はどうなったかといえば、トラップで数十匹を沈める前も後もそう変わらない印象。「なんか飛んでるなぁ」くらいなかんじ。

 でもめんつゆトラップによって、部屋に三十匹くらいはいた(し、たぶんもっといる)という物的証拠が提示されたことで、ようやく深刻さがわかってきました。

 燃えるゴミの日はn曜日。はやくm日後になってくれ。

 そして三重梱包をしたゴミ捨てたあとのめんつゆトラップが、不純物のないきれいな琥珀色のままだといいな。

 

 

0726(月)

 『ルックバック』であれこれ出た反響を追い、自分でもいくつか本を読み始めたものと思う。

 

 ■ネット徘徊■読みもの■

  「親に責任転嫁の甘ったれ男」は、通信簿1/WAIS-R算定IQ49だが親に「ふつう」を求められ続けた男だった;八王子通り魔殺傷事件にかんする当時の報道と実際

3ヶ月足らずの間に立て続けに陰惨な事件が起こったことは偶然でしかないが、それらを平成の間、「先延ばし」にされこじれていった問題の発露と見ることは決して突飛な思考ではないからだ。青葉もまた社会から「漏れ落ちた」人間だった

   磯部涼著『令和元年のテロリズムkindle版52%(位置No.2727中 1390)、「第3章 京都アニメーション放火殺傷事件」より

 京アニ放火殺傷事件をおこした青葉氏について、磯部涼氏が和元年のテロリズム第3章で、家庭環境や仕事遍歴、事件をおこす前に住んでいたアパートでの隣人から見たようすなどを取材しています。{この章は大体が(ざっと読んだ感じほぼ全部が?)デイリー新潮の磯部氏のルポ8回9回採録、ネットから無料で読むこともできます}

 磯部氏は、京アニ放火殺傷事件を青葉氏個人の性格的な問題だけにしません。複雑な家庭環境や、前科者の社会復帰にかんして必ずしも整っていると言えないインフラなど――社会的な問題として扱っていきます。

(※とはいえ、上の磯部氏の記述は注意が必要。

 「青葉の動機が言い掛かりにもならない、妄想と思われるようなものだったことも不気味な印象を与えた」「当然、これは青葉の被害妄想だろう」などの精神疾患を連想させる表現がみられるものの、青葉氏は精神鑑定の結果「責任能力あり」と判じられ起訴されています。

kp-jinken.org

 責任能力の有無と精神障害の既往歴は、かならずしも結びつくものでもないっぽいような感じもするんですけど、そのような鑑定がでていることは一応書いておきます)

 

***

 

 ぼくたちの共同体には法律があり刑法があり、すべきことやしちゃいけないことなどがあれこれある。

 なので何をしたってよいわけではないしょうけど、でも、そうした理由をまるっきり個人の問題だけに帰せるものなのかどうか? 考えてしまうできごとって色々ありますよね。

www.j-cast.com

 岩波明人に至る「病」』を読んでいたところ、「第4章 通り魔」の具体例として、八王子通り魔事件が扱われていました。

 上述新書において人物はすべて仮名にされていました。加害者の名前も「高橋」とされています。(事件の内容などについては発生日はそのままの日付で、犯行の推移も被害者などもおおまか報道のとおりなんだけど、男の恋人が当時の報道では結婚/離婚、新書の記述では同棲/破局となっている違いがある。プライバシー保護のため変えたのか? それとも当時の報道に誤りがあったのか……?)それをわざわざ紐づけて言及するのはいかがなものかという意見は当然あるでしょう。

 新書の記述でも事件発生日などはそのままであること、また、事件に対してちょっと印象が変わったことを記したいので、言及させていただきます。

『スッキリ!!』のリポーターが菅野容疑者の父親に話を聞いたところ、「1週間ほど前に実家に立ち寄ったが、仕事で相談を受けた覚えはない」という。その父親が語った菅野容疑者の性格は「気が小さくて弱く、内向的」という。

(略)

 テリー伊藤も「両親に相談したら乗ってくれなかったなどと、両親のせいにしている。甘ったれですよ」。「過保護」「甘ったれ」が、無差別殺傷事件に共通のキーワード??。

   J-CASTテレビウォッチ、『30過ぎ「甘ったれ」男が書店狙った理由 八王子刺殺』

 J-CASTテレビウォッチがまとめた、事件発生当時のテレビ番組『スッキリ!!』取材とスタジオコメンテーターの意見は「親のせいにしている」30過ぎの「甘ったれ」男による犯行と、そんな感じだったようです。

 しかし、岩波氏による上述新書を読んでみると、正反対の様相でビックリしました。

 犯行後に警察に拘留された高橋は、精神状態について精査するため、ひと月あまり精神科病棟に入院した。

   KKベストセラーズ刊(ベストセラーズ新書)、岩波明『殺人に至る「病」』kindle版66%(位置No.2156中 1442)、「第4章 通り魔」精神鑑定へより

 入院中、知能検査として、ウェクスラー知能検査(WAIS-R及びWAIS-Ⅲ)を施行した。(略)

 この検査の結果、WAIS-Rでは、高橋の言語性IQは58、動作性IQは45で、全IQが49であった。WAIS-Ⅲでは、言語性IQは58、動作性IQは56で、全IQが53であった。このIQの値は、軽度から中程度の精神遅滞に相当している。

   KKベストセラーズ刊(ベストセラーズ新書)、岩波明『殺人に至る「病」』kindle版69%(位置No.2156中 1468、1472)、「第4章 通り魔」知的障害へのサポートより(略は引用者による)

 中学校に入学後も学業は不良で、成績は最下位に近かった。欠席が多く、欠席日数は中学一年生で25日、二年生で70日、三年生で72日を数えている。欠席が多い原因として、勉強についていけなかったことがもっとも大きかったが、中学二年以降はいじめにあっていたため、やすむことがさらに多くなった。

(略)中学における高橋の成績の評価は、大部分の学科が「1」であった。これは「精神遅滞(知的障害)」という診断と一致している。

 当時の教師によれば、高橋の学力は普通学級の最低レベルで、中学校の勉強はほとんど理解できない状態であった。けれども、両親ともに高橋の知的レベルがかなり低いものであることを認めようとせず、学校側からの特殊学級のすすめにも応じなかった

   KKベストセラーズ刊(ベストセラーズ新書)、岩波明『殺人に至る「病」』kindle版66%(位置No.2156中 1397)、「第4章 通り魔」両親からのネグレクトより(略・太字強調は引用者による)

 高橋は持病として、てんかんに罹患していた。てんかん発作は中学一年生に初発した。(略)

 てんかん発作の初発以降、年に数回てんかん発作が出現したが、両親は高橋に病院を受診させようとはしなかった。彼のてんかん発作のタイプは「全般発作」で、前兆はみられず意識を失い、けいれんを起こしてから意識消失が5~6分間持続するものである。(略)

 17歳になり、短期間に3回続けててんかん発作が出現した。さらに自宅の玄関先で意識消失とけいれん発作がみられたため、ようやく高橋は近くの神経内科を受診することになった。

   KKベストセラーズ刊(ベストセラーズ新書)、岩波明『殺人に至る「病」』kindle版67%(位置No.2156中 1425)、「第4章 通り魔」てんかんの持病より(略・太字強調は引用者による)

  男には義務教育時代からの学業不振があり、それにたいする両親の無理解があり(上に引用した特別学級編入への拒否のほか、男の母は事件後に「地元の小学校、中学校で勉強し、私の見たところでは、中の下くらいの成績でした」*7とじっさいの学業成績よりも上方修正した記憶を語ってもいたそうだ)、あるいは男にはてんかん発作があり、それにかんして親が3年間も受診させなかった過去があり……といった学業面健康面のネグレクトを男はうけていた

 学校卒業後、社会人となった男の就労についても……

 父親は高橋に対して、「仕事はアルバイトじゃなく正社員じゃなければだめだ。生活が安定しないぞ」と正社員になることを求めたが、言うだけで何の援助もしていない。現実的には、高橋の知的能力では、通常の仕事は難しく、障害者雇用を利用すべきレベルだった。

   KKベストセラーズ刊(ベストセラーズ新書)、岩波明『殺人に至る「病」』kindle版66%(位置No.2156中 1410)、「第4章 通り魔」両親からのネグレクトより

 ……と、男が証言したとおり、親はまったく力にならなかった。

 

 さまざまな要素を鑑みて、岩波氏は、「犯行時、十分に内面化されたものでないにしろ、高橋は事物の是非善悪を分別する能力を有していたが、自らの行動を制御する能力はかなり減弱していたことを示している」*8とまとめます。

 精神遅滞においては、様々な行動上の異常が出現しやすい。特に自傷、他害、破壊行動、感情爆発などの深刻な問題行動を、「強度行動障害」と呼んでいる。精神遅滞においては、強い不安感情が鬱積することによって、平素の性格と著しく異なる衝動的な行為が起こりやすい。これは彼らにおける衝動を抑制する能力の障害を反映するものであり、高橋においても同様の点が指摘できる。したがってこの点からは、高橋の刑事責任能力は限定的であると考えられる。

   KKベストセラーズ刊(ベストセラーズ新書)、岩波明『殺人に至る「病」』kindle版74%(位置No.2156中 1568)、「第4章 通り魔」知的障害と責任能力より

 精神遅滞者がどんな状況におかれるとどんな行動を起こしやすいか医学的知見を概観したうえで、男の犯行とや男が犯行前に置かれていた境遇と照らし合わせ(問題行動をおこすストレス要因として、親の少年時代からつづくネグレクトによってうまれた就労のミスマッチは、過度のストレスであっただろう)責任能力の度合いを述べる。

 こんな具合に鑑定の所感が出されているのだなぁと興味ぶかかったです。

 

 またこの事件、親の視点からすればまた違う光景が見えることでしょう。

 男が中学生だったのは80年代末ようやく「障害者の職業リハビリテーション及び雇用に関する条約」によって事業主に義務づけられた雇用が、知的障害者へ及ぶようになったくらいの時分で、そしてそもそも、いまなお「ふつう」でないことへの視線はきびしい世の中です。

「勉強はできないけれど、地の頭はいい」

「勉強はできるけど、頭わるいな」

 というようなことは誰しも言われたり思ったりするんじゃないかという気がするんですが、『殺人に至る「病」』で書きくだされた男の証言を聞くと、IQ50の人物がどれだけ「ふつう」かよくわかり、自分が親だったらそう言われたってとてもじゃないけど信じられないし、たとえそうだと思っても「この程度なら秘密にしておいたほうが、人生の幅は広がるんではないか?」といった考えもよぎりそうです。

 

 ぼく自身かなり勉強ができない人間で、高校を寝て過ごしたせいで高校3年のテストでは赤点も赤点、一桁点台をとりました。そのほかにも人生でさまざまなやらかしをしており(あとふつうに仕事をこなしても、ひとより作業が遅い)

「ぼくは高校時代の転落をただ勉強嫌いなだけとか、人生をナメてかかって取り返しがつかなくなったという風に思っているけれど、実はそうじゃなくって、ただ単に頭がわるいから普通の授業についていけなかっただけなんじゃないか?」

 という疑問がうかぶものの、ハッキリさせたくないなぁという気持ちは正直つよい。

 

 何をしたってよいわけではないしょうけど、でも、そうした理由をまるっきり個人の問題だけに帰せるものなのかどうか? 考えてしまうできごとでした。

 

 

0727(火)

 なにをしていたか覚えていません。

 

 

0728(水)

 なにをしていたか覚えていません。

 

 

0729(木)

 なにをしていたか覚えていません。

 

 

0730(金)

 ■ネット徘徊■

  中国の川で船人を襲う節足怪獣のような

 

 

0731(土)

 宿直日。

 

 

0801(日)

 宿直明け日。

 ■観たもの■

  vtuberにじさんじ AR STAGE "LIGHT UP TONES"』1日目をタイムシフト/2日目をリアルタイム視聴

event.nijisanji.app

 エニーカラー社の運営するバーチャルYoutuber団体にじさんじとしては初の全編ARライブが開催されたので、タイムシフト視聴しました。{GoTo対象イベントということもあってなのか、ふだんのニコ生有料放送とちょっと勝手がちがって、ネットチケット購入がめんどくさかった(笑)(購入⇒どっかをクリックして開く別ページでコードを入手⇒ニコ生視聴ページでコード入力……みたいな流れだった気がする。この「どっか」がどこにあるのかちょっと迷ってしまった)

 詳細なライブレポートはあれこれあるっぽいのでそっちをご覧になるのもよろしそう。

spice.eplus.jp

 とくによかったのは夢追翔空を睨む』

www.youtube.com

 バーチャールシンガーソングライターvtuberである夢追さん自身の持ち歌。ステージには夢追翔本人とおなじ姿の、しかしノイズの走った分身が体育座りをしていて、歌詞に呼応するように立ち上がり……。

 一発撮りリテイク不可のPVを観ているようで、とてもよかった。

 Ryan WoodwardThought of You』のようなメタモルフォーゼは伴わないけれど、技術が進歩していったらそうした領域に踏み入れるのかもしれない。

www.youtube.com

 

 2日目は月ノ美兎とらじギャラクティカがとてもよかった。

www.youtube.com

 再始動した月ノ美兎の放課後ラジオ「みとらじ」アンジュ・カトリーナ出演回で冒頭が素敵なドットアニメーションとともに登場したこの曲が、ARライブでフル初公開。

www.sonymusic.co.jp

 しかもソニーミュージックから出る(出た)1stアルバムの兎はヴァーチュアルな夢を見る』収録版と少し歌詞と演出を変えたライブ仕様!

 月ノ美兎委員長がライブでソロ曲を歌うときは、これまでのライブでも他出演ライバーと一緒に小芝居をするような段取りをよくやってましたが、今回はそこからさらに一段あがった印象です。

 ARステージには書き割りのラジオスタジオ看板が立てられて、ラジオ風パートのところで委員長が看板の前に立ち、歌唱パートではステージの中央に立ってパフォーマンスをし、他出演ライバーが合いの手をにぎやかに入れ、あるいは歌詞に登場する異星人をよそおってお便りを読み、最後はvtuberとして配信初期環境である洗濯機がステージからせりあがって、爆発炎上。(洗濯機を不審がる委員長の声の背景では、バンドマンが機械の故障っぽいディストーションを奏でます)

 ARステージならではの演出がみられる、ショービズとして楽しい歌でした。

 

 

0802(月)

 ■考えもの■

  高いセールスが保証するのはその作品の質の高さではないでしょう

 『鬼滅の刃』にしても『呪術廻戦』にしても、「(シリーズ累計)云千万部売れているわりには内容が浅い」みたいな感想を見かけますが、なんか変だなぁと思います。

 ざっと単純化しますが「云千万部売れてる」が表すのは「440円のコミックスを払うに値する作品だと思ったひとが云千万[人/発行巻数]だけいた」であって、「クオリティが云千万のすばらしい作品である」ではないでしょう。

 トマトメーター100%フレッシュ認定の映画は、100点満点の映画を意味するとはかぎらず、定義的には100人の映画批評家全員が51点を出しただけの映画であっても達成されるというのと同じことですね。

 

 

0803(火)

 ■描いたもの■

  12~10年まえのスケッチを発掘したぞ

f:id:zzz_zzzz:20210807082111j:plain

f:id:zzz_zzzz:20210805145359j:plain

f:id:zzz_zzzz:20210805145410j:plain
 ①②大学時代に行った伊豆白浜と、③友人の借り屋のスケッチをちょっと手直し。(うすかった明暗を書き足しただけ。ただ③については障子がラフすぎたので、線を8割がた清書してる)

 ①②がだいたい12年まえ、③が10年くらいまえの絵になるんじゃないかと思う。

 2日間くらい海に行って、体感で合計半日くらいは海に入らずお絵描きしてたような学生づきあいでした。家に遊びに行っても、ゲームとか鍋とか一通りつついたら、やっぱりスケッチし始めたりする。

 今でもつるんでいるけれど、半数は結婚して家庭をもち、ここのところのcovid-19さわぎで、もう対面では2年会ってない。

 

 ③の友人は、まえにアップした下の絵(こちらは描いたの3,4年まえ?)の友人とはまた別人。どちらもサシのお泊りでぼくはスケッチしたりスマホぱしゃぱしゃしてるわけで、ふつうに怖いな。

f:id:zzz_zzzz:20190709201632j:plain f:id:zzz_zzzz:20190709201636j:plain

 さすがに"塵も積もれば"で、多少は上手くなっているんじゃないかと思うんだけど、「いや積もるほど描いてないでしょ」という思いもまたあって、上と下の絵のちがいは、単に作業時間が違うからという気がしないでもない。むしろ手は遅くなっているんではないか?

(海に背をむけているほうの浜の絵、メモによれば50分で書いたらしいが、「まじで?」とふしぎでしかたない。

 海も描いたほうはもっと時間がかかったはずだけど、旅の日程を考えると、さすがに4時間ということはない気がするし。友人宅の絵だって1時間ということはないだろうけど3時間はかかりすぎている気がする。

 いまでは「ひと一人ポーズデッサンするのに40分は無いとキツいよね」という感じなので、むかしの自分はどういう手の動きをしていたんだろう、ふしぎだ)

 

 

0804(水)

 ■観た配信■

  vtuberにじさんじJuvveL『\ アソビ大全でバトル! /』をリアタイ視聴しました

www.youtube.com

 エニーカラー社の運営するバーチャルYoutuber団体にじさんじに所属する面々でアイドル的に歌とかを歌ってみたりしようというグループJuvveLの面々がアソビ大全であそんでいたので観ました。

 今回は夕陽リリさんはお休みで、月ノ美兎委員長や竜胆尊さん、委員長とおなじくソニーの4の5のプロジェクトの一員らしい本間ひまわりさん、奈羅花さんの4人で配信。

 奈羅花さんについてはJuvveLの配信でようやっと本格的に観るようになったのですが、なかなか楽しい集まりなので今後もいろいろ遊んでほしいなぁ。

 

 

0805(木)

 なにをやっていたか覚えていない。

 

0806(金)

 ■社会のこと■
  ガンダムを知らないBBCで明らかになるのは英国の無知ではなく、おもてなしの不在なのではないか

 五輪で中継される場所にあるガンダムについて、海外メディアがぼんやりした自前の知識しかないことで、その国のオタクやら日本のオタクやらがにぎわっておりました。

www.huffingtonpost.jp
 これって開会式で使用楽曲と出典元の紹介が全然なかったのと同じで、主催者が「自国の文化について喧伝してやろう」という気持ちがない・事前の根回しを全くしてないということなのではないでしょうか……?

 

0807(土)

  なにをやっていたか覚えてない。

 

0808(日)

 ■ネット徘徊■

  筒井康隆'77『上下左右』の一部挿話って'74「ピアノ騒音殺人事件」の参照?

f:id:zzz_zzzz:20200527112054j:plain

 筒井康隆さんが77年に発表した短編小説下左右』が切り取った、とある夕方のとある団地の2階の左端では、サラリーマンの男性と結婚した女性が自身の暮らす一室でピアノ教室をひらいていて、生徒へスパルタ授業をしている。

 その真上3階の左端では、運転手が「うるせえな」とポツリと漏らしていて、最後のページまでたどりつくと運転手は下階の部屋に訪れ、「いつもいつも安眠を妨害しやがって。刺し殺してやる」と女性を殺害、帰宅した夫も手にかける……

 

 ……初読時には無知ゆえに思い当たりませんでしたが、これってもしかして、74年の県営団地の406号室の住人である男が、階下306号室の母娘3人が響かせていたピアノの音で目が覚め起床し、刺身包丁やさらしで殺したピアノ騒音殺人事件を参照にしているんでしょうか?

 もっとも、『上下左右』の運転手とちがって、ピアノ騒音殺人事件の男は国鉄の社員や自動車会社や鉄工所など勤務などいくつか入退職をしてその当時は無職で。そしてかなり突発的だった『上下左右』とちがって、ピアノ騒音殺人事件の男は入室時に電話をペンチで切り娘の一人を殺害後のこりの娘と母の帰りを部屋内で待ち伏せした……など、かなり計画的な犯行だったらしい。

 ウィキペディアの記事が充実しているけど、さらなる詳細を知りたいな……ということで、けっこうな量が参照・引用元として挙げられている『狂気 ピアノ殺人事件』をポチり申した。

 

 

0809(月)

 ■描いたもの■

  10年まえくらいのスケッチを発掘したぞ

f:id:zzz_zzzz:20210809220203j:plain

 発掘された昔のスケッチにちょっと色つけしました。

 前回アップした友人宅をお絵描きしたころ(※)と同じく、22、3のころに描いたんだったと思います。春、お花見シーズンまえの上野駅にきて「へぇ~!」と思いながら描いた記憶がありますが、具体的にココ! というのまでは分かりません。

 Googleで公園の写真を見たりストリートビューなどで見てみましたがそれらしいものが見当たらず、ちょっとじぶんの記憶ちがいを疑いましたが「上野公園のどこかである」という記憶は合っているらしく、時計と案内表示画面右の建物と似た形の代物が同地のどこかに存在するらしいことを確認できました。

 

 たしか「木のデカさを描きたい」という気持ちが一番にあり、つぎに「一言に"周囲の壇にいる人々"と言っても老若男女さまざまだなぁ」という興味ぶかさがありまして。だから人々の佇まいやふるまいは多分正確に描いてあるんですけど、「壇は高さがまちまちになっちゃったけどしゃーなし!」と訂正せずに鉛筆をすすめつづけた思い出も読みがえってきました。

(まちがいのなかにも幅はあり、そこは自己防衛がはたらいているのかどの程度の失敗だったのか、思いだせません。でも「画面遠方方向のサイドの壇が、木の左右でつながっていない……というだけで、マジで壇が画面左から右に高低ナナメに傾いていた」という程度のやさしい間違いではなくて、「ふつうに水平がとれている壇を、勝手にナナメに描いちゃった」というレベルだと思う……と書きましたが、自分のずぼら加減を過信しすぎていたかもしれません。

 懲りずに描いた場所の特定をつづけたところココだろうという場所を見つけまして、それから察するにまじで壇がナナメってるっぽいなかなかしっかりしてるじゃん過去のぼく! 実物のフチはきれいな直線で、絵のようにガタガタはしてない……という間違いは依然としてある)

 絵についてこうして文章にしていくうちに、そういえば第一希望の木のデカさについてもいろいろ妥協したことを思い出しました。(まじで木の頭から足までフルサイズ描こうとすると、紙のサイズの関係上、第二希望である人々の姿が米粒になってしまう。あといくら時間があっても足りない)

(※このころ。f:id:zzz_zzzz:20210805145410j:plain

 

 

 

 

0810(火) 

 ■18禁の話題■読みもの■

  『見抜きのはずが手でシコってくれたクール系JKに素股を頼んでみた結果。』読書メモ

 抜きのはずが手でシコってくれたクール系JKに素股を頼んでみた結果。』は、FANZAの売り上げランキング上位に立つくらい絵が綺麗でかわいらしいエロ同人CG紙芝居です。背景がCGっぽかったりして、キャラとのちぐはぐさもそれっぽい。

 

 老いを自覚した主人公は、遊園地に行ってひょんなことからかわいらしい女子高生に声をかけ、ひょんなことから買春する……というお話。
 わりあい多数派ではなさそうな展開として、そうして関係をもったヒロインは、べつに主人公と恋愛に転じるわけでもなければ、あるいは主人公の性的魅力によって快楽に落ちたりもせず、かれと塩対応~優しい程度の微妙な距離感をたもったまま、主人公からただお金をいただいていきます。

 主人公をATM扱いして罵倒とか馬鹿にするといったマゾのかたが喜びそうな展開もなく、ふつうに売春してふつうにお金を得ていく温度感は、案外そう多くない気がします。

 

 卑猥な欲求を気楽に満たせる猥褻文書だからこそ、冒頭のディテールにちょっと「おおっ」となりました。

f:id:zzz_zzzz:20210817140817j:plain

 冒頭、主人公がじしんの老いを自覚する導入シーンが素晴らしい。他作品で見かけた覚えはないけれど、32のぼくが、はじめて危機感をおぼえるレベルで「老いた」と自覚した、"あるある"な細部が描かれておりました。

 

 

0811(水)

 ■見た配信■

   vtuber『【スカイリム歌枠】吟遊詩人大学で弾き語りします【SKYRIM/にじさんじ/月ノ美兎】』

www.youtube.com

 エニーカラー社の運営するバーチャルYoutuber団体にじさんじに所属する月ノ美兎委員長が歌配信をしていたので観ました。

 ハワイ旅行で手に入れたウクレレによる伴奏(や演奏して録音したもの)に乗せて、生歌を披露していくスタイルはおなじみとなっていますが、今回の演奏舞台は『Skyrim』世界の吟遊詩人大学。

 主観視点のゲームに、カメラから背を向けたにじ3Dモデルを立たせて、委員長自身が『Skyrim』世界に立っているかのような疑似的な構図でもっての配信――お正月にやった配信をブラッシュアップさせての歌枠でした。

 今回の配信ではプレイヤー視点で舞台に移動したのち、ゲームの背景になじむかたちでLive2Dモデルを配置しての歌枠でしたが、歌うまえに決めた檀上とか椅子の上とかベストポジションは、歌っているうちに『Skyrim』の仕様によって乱されてしまう。

 歌い始めは、教室の壇上の委員長の歌を聞いている風にも見える位置と体勢だったNPCは、聴講用のベンチから立って退室してしまう(笑)

 それでもめげずに歌っていると、一定時間ボタン入力がなされないと強制的にそうなる、プレイヤーキャラクターを神の視点から俯瞰しつつ360度カメラが回る演出(画面焼きこみ防止の演出?)がはじまってしまう(笑)

 

 配信前半では退室するNPCをそのまま見送っていた委員長は、(事前の録音伴奏で手が自由なことを活かして)配信終盤ではメロディに合わせてNPCを殴りつけるなどの動きを見せ、そうしてワチャワチャになった酒場を委員長自身も退室する。すると外では……と、オープンワールドゲームの偶然性がすごいタイミングで噛み合った、面白い配信でした。生配信でこんな完璧なオチがつくとは。

 

 

0812(木)

 ■読みもの■

  上前淳一郎著『狂気 ピアノ殺人事件』読書メモ

 それは何ですか;

 74年、神奈川の団地で起きたピアノ騒音殺人事件を「ドキュメント・タッチ」(裏表紙紹介文)でえがいた作品。著者の上前淳一郎さんは朝日新聞記者出身の作家で、『太平洋の生還者』で77年大宅壮一ノンフィクション賞受賞。ようするにノンフィクションということでよいんでしょう。

 

 読んでみた感想;

 大仰なタイトルから想像される内容とは結構ちがっていて、おかしな加害者‐ふつうの被害者家族という個人ないし個人間の問題にはしていません

 巻末あとがきで環境庁「快適な環境懇談会」委員をつとめたさいの知見について触れたり、政府の等閑視に警鐘を鳴らしたりしているとおり、上前氏は本編でも、この事件を現代(事件発生当時の70~80年代)日本であればどこでだって起こり得た普遍的な問題として扱う視点がおおきい作品です。

 

 作品冒頭は、被害者の隣室に引っ越してきたばかりの核家族の視点から描かれます。

 いつの間にか背後に立って小言を言ってきて、さらに「なかにはあいさつしないやつもいるからな」と団地の他住人への嫌悪を漏らす上階の中年男。ごみバケツの出し方など団地の取り決めをおしえてくれる親切な隣室の奥さんがふと向ける、上階男への厳しいまなざし……

 ……団地新参者の主婦の視点をつうじて、数日後に爆発することとなる上下階の不穏が描かれるのですが、『狂気 ピアノ殺人事件』の興味ぶかいところは、恐怖小説や怪奇映画めいた印象を与える冒頭の「音もなく現れた中年男の不気味」が、読み進めていくと、それが実は「よそさまへ騒音の迷惑をかけないべく編み出した男の独特の気遣い」であったと明かされたりするところ。

 周囲の騒音に苦情を言う変人あつかいのこの男も、はじめからそう神経質だったわけではなく、団地へ転居する前かつて独身時代にひとり自室で楽しむレコード趣味を、隣人からの苦情でとがめられた過去があった。

 隣人からの苦情を機に、男は自分が音を漏らしてないか&周囲の騒音が気になり始め、「おれはレコードをやめたのに、お前は犬を夜そとに出しているじゃないか」とくだんの隣人にイラついたり、挙句犬を殺して回ったりするようになってしまった……と、そのような具合に、男の半生をふりかえっていきます。

 

 現実に取材した変数の多さ・雑多さがあって、そこもまた興味ぶかい。

 前述の独身時代のエピソードは"やがて隣人家族を殺すこととなる男が踏み外した第一歩"として、なんとか想像がつく範囲な気がしますよね。でもたとえば男の新婚時代のエピソードなんて、なかなか思いつけるものではありません。

 職場の人からの紹介で結婚した男は、新居でたむろするスズメの騒音に悩まされる。

 もちろん独身時代に殺して回った犬とちがって、行動範囲が三次元的に広大で素早い鳥をそうするのはむずかしい。だから男はスズメに対して怒鳴ったり、木を揺らしたりするのだけれど、これまたもちろん解決しない。そこで男はへこたれず、木の枝々に赤いビニルテープを張ってヒラヒラさせる名案を思いつく。ついにスズメはおびえ、木に近寄らなくなりました。めでたしめでたし……

 ……そこらの田んぼを見渡してみましょう、張り巡らされた赤と銀のテープや(大体10年後に登場することになる)CDのおどしがギラギラしていますよね? 男の創意はきわめて実用的なうえに、(今となっては)ありふれた日常の一風景でさえある。

 ありふれているけれども、なかなか思い至れないし、街なかにあったらギョッとする黒沢清映画的な異景が生み出されてしまう辺りに、現実の雑多さ底知れなさを見た気分になりました。

 

 また、上前氏の筆致がエラいのは、上のできごとに男の妻が「夫はアレだな」と思ったことも書くのですが、けっして奇人の奇癖だけをとりあげるセンセーショナリズムへ独走しないところです。

 妻は妻で新居の近くにあって重低音をひびかせる線路の音に悩まされていたことも記しますし、「この音は大丈夫なのにスズメはダメって」と思ったこともまた記したうえで、上前氏は「好ましい音や不快な音は人それぞれで、男は工場勤めも経験していたので列車の音は慣れたものだったのかもしれない」と当時の生物学や心理学で把握されていたことを引用しながら補足します。

 

 原因となったピアノ騒音についても、加害者の心情から離れて、被害者の事情、かれらの暮らす建物といったインフラ、さらには建物がたつ日本の法制状況……と視野をひろげていきます

 中産階級にとって優しい価格ではないけれど手の届く「習いごと」となったピアノという存在。ピアノを部屋の隅の壁に、布など覆いもせずに直付けした設置上の問題。ただでさえ音が伝達しやすい鉄筋コンクリート集合住宅なのに、おっかなびっくりだった導入当初とちがい安全マージンをそう広く取らなくなって、壁材などが薄くなり更に音がひびきやすくなった当世の設計事情。ペット飼育こそ禁止されているけど、ピアノの持ち込みの是非についてまだ話し合いもなされていないだろう団地のルール。騒音へ新たに法規制をかけたアメリカにたいして未対策の日本……といった具合に。

 上前氏の今著を多分に参照したウィキペディアの記事をよむだけでも、そうした事情についてかなりの部分がカバーできますが、原本を読んでこそ得られるものも結構おおきい。

 ウィキペディアで捕捉されていないところとして、『狂気 ピアノ殺人事件』では、事件がおきた団地自治会で行なわれた(事件再発をふせぐための)役員会の話なども紹介されていて、これがまた面白い。
 団地には入居条件に所得制限があり、どの世帯も同じくらいの(けして裕福ではない)懐事情なのですが、調べてみたところ6台ピアノのある棟もあれば、0の棟もあるんだとか。

棟ごとのピアノ分布には、ぜんぜんないか、たくさんあるか、極端なかたよりが見えるのである。
 これは、ある棟に一台ピアノが入ると、伝染病のようにばたばたとそれが棟内にふえていくことを物語っている。すなわちピアノは、子供の音楽勉強のためのものというより、母親たちの隣近所への見栄と意地を支えるために増殖していくらしいのだ。
 自治会はそういう結論を得ただけで、第二のピアノ殺人をこの団地で起こさないための具体策はなにひとつ決めることができなかった。

   文藝春秋刊(文春文庫)、上前淳一郎著『狂気 ピアノ殺人事件』p.122、「第四章 波紋」1より

 ピアノが導入されるか否かは、もしかすると集団心理がかかわってくるのかもしれない。

 団地自治会がそんな把握をしたように、上前氏もまた、男が鬱憤をためこんだ流れに同じような過程を見て取ります。

 清子はそう供述している。夫をなだめる一方で、階段の下での立話のときに、主人がピアノの音を気に病んでいる、と柔かく志津子にいってみたこともある。

「あのくらいの音が気になるんですか? うちじゃ、かおりちゃんが一日じゅう弾いていたってかまいませんよ」

 立話に加わっていた金沢とし子がいった。とし子の部屋は宇田家の真下だから、小淵の耳に聞えるのと同じ程度にピアノの音は響いているはずである。しかし彼女はそれを、むしろなんでもない、と強調するいい方をした。

 それは必ずしも噓ではないし、とし子の音に対する感覚が鈍いわけでもない。どの主婦もほとんど一日、テレビをつけたままにしている。掃除機や洗濯機を使うときには、モーターの音に負けないよう、テレビの音量を上げる。そうすれば、入り込んでくるピアノの音は消える。

   文藝春秋刊(文春文庫)、上前淳一郎著『狂気 ピアノ殺人事件』p.96、「第三章 幸福」3より

 もうひとつ、とし子にあったのは、日本人的な、お互い、の論理だっただろう。彼女がひばりを飼って朝早くから鳴かせるのも、かおりが二時間にわたってピアノを弾くのも、お互いさま、のうちである。(略)

 つまり、お互いさま、の裏側にあるのは、お互いを被害者にしあって、傷をなめあい、どちらもがじつは加害者であることを忘れよう、という素晴らしい緊張緩和策なのだといえる。

 また、じゃがいもをふかし、「ママいる?」と上がり込むのと同じように、お互いの音も向う三軒両隣のコミュニケーションの手段になりうるので、それぞれの音にお互いは相手の生活をのぞき見る。

 迷惑だ、といえば、こののぞき見の楽しみを自ら捨てることになり、こちらからコミュニケーションを絶って好んで村八分の状態に身を置くことにもなる。(略)

 とし子たちが気づけず、気づこうともしなかったのは、この点であった。彼女たちにとって、こちらの論理を否定するものは異端者なのであり、この場合ピアノに苦情をいう小淵は、変り者、として片づけられなければならなかった。

 うちじゃかまいませんよ、というとし子のいい方に清子は、隣人たちの側からの、お互いさま、の強制の匂いを嗅ぎ、誰もが夫を変り者にしたがっているのだ、ということを知った。それっきり清子は、外ではなにもいわなくなった。

   文藝春秋刊(文春文庫)、上前淳一郎著『狂気 ピアノ殺人事件』p.97~98、「第三章 幸福」3より

 

  男が自首した『狂気 ピアノ殺人事件』の後半でまず登場するのは、"騒音被害者の会"の会長。そして、母娘3人を刺殺絞殺する凄惨な事件にたいして寄せられた意外なほどの加害者へ好意的・同情的な報道や反響について。

 四谷の主婦会館でひらかれた"騒音被害者の会"主催の「音の暴力を追放し、静穏権を確立する会」には会社員・主婦・大学教師・学生など近隣騒音の被害者130人があつまったことを『狂気 ピアノ殺人事件』はとりあげます。会の議題は、タイトルどおりのもの。

「先の神奈川県平塚市の団地で起きたピアノ殺人事件にひき続き、再び埼玉県朝霞市に於いてステレオ刺傷事件が発生しました。この二つの事件が、音の暴力の深刻さを浮きぼりにしたものであります。これを契機に、本集会は、未だ音の暴力に泣き、悩まされている潜在被害者を掘り起こし、その解決への道を追求するために、次の二つを柱として開催します。

 (一)音の暴力を追放する。

 日本の伝統的意識の中では、他人から迷惑をかけられても『我慢するのがモラルだ』という誤った感覚が根強くはびこってきた。しかし、それは音を出す者に有利な思想であり、いわば『加害者側の論理』である。他人の迷惑をかけないことを基本的モラルにする社会生活のルールを確立しなければならない。

 (二)静穏権の確立を目指す。

 粘り強い運動の結果『日照権』が公権として保証されたように、人間的生活を守るために静穏権を確立する。この目的にそって騒音規制条例の改正を求める。とくに罰則規定の強化を強く要求していく。罰則のない法律などというのは法律ではない。ごまかしのザル法にすぎない。ただ条文を作るだけではなくて、その法律をきびしく適用することを要求する」

   文藝春秋刊(文春文庫)、上前淳一郎著『狂気 ピアノ殺人事件』p.127~128、「第四章 波紋」2より

 日照権が唱えられ、日影規制が建築基準法に導入されたのが76年のこと。上前氏の視線は、男の悩みを「狂気」の存在として見るのではなく、あくまで変わりゆく文明で顕在化し始めた新たな都市問題として注がれています。

 そう思うひとがいるのも当然で、上の引用にもちらりと出てくるとおり、この事件がおきた同年10月には、ステレオの騒音がきっかけとなって隣人夫婦を殺傷する類似事件もあったらしい。

 関係者の氏名を含めて一部の固有名詞には仮名を用いました。しかしこれは小説ではありません。団地の三畳でピアノを弾くものと、その音に耐えきれなくなって母娘を殺害するものと、そのどちらに狂気があるのか、調べれば調べるほどなおわからなくなる、そのような複雑な社会に私たちは生きているのだという事実を、著者としては提示したつもりです。

   文藝春秋刊(文春文庫)、上前淳一郎著『狂気 ピアノ殺人事件』p.231~232、「あとがき」より

 上前氏はあとがきでそう言います。あなたはどちらにあると思いますか?

 

 

0813(金)

 宿直日。 

 

 ■社会のこと■covid-19の話■

  ラムダ株感染2週間非公表と感染者の所在から、五輪や政府への不信感がどうしても募る

www.chunichi.co.jp

nordot.app

12日のBS―TBS「報道1930」に自民党外交部会長を務める佐藤正久参院議員(60)が出演。致死率の高い「ラムダ株」が東京五輪開幕の7月23日に国内で初めて解析され、国際機関に報告しながら、8月6日に一部報道されるまで明らかにならなかった件について「早く発表すべきだったが、政府の中でも情報が共有されていなかった。(8月6日に厚労省が明らかにしたのは)報道機関から問い合わせがあったから答えた」と説明した。

   東京中日スポーツ、2021年8月12日 22時23分『高致死率ラムダ株2週間報告せず「(検疫は)もっと早く問い合わせがあれば答えたという感覚」自民党外交部会長が番組で説明』

 新型コロナウイルスの変異株で南米ペルー由来とされる「ラムダ株」の感染者と国内で7月に初確認された女性は、東京五輪関係者だったことが13日、政府関係者への取材で分かった。

   共同通信社、2021/8/13 16:24 (JST)8/13 17:55 (JST)updated『ラムダ株感染の国内初確認は五輪関係者』

 先日の、田村厚生労働相菅首相がcovid-19の感染拡大とオリンピックの関連性を否定したいっぽうで、政府分科会(尾美会長ら「影響している」)認識の対立が気になりましたが、こういう話を聞くとよりいっそう困ってしまいますね。

 いったいどこまで公式発表されたことを信じていいんでしょう?

 田村憲久厚生労働相は10日の閣議後会見で、東京五輪の開催が新型コロナウイルスの感染急拡大に影響したかを問われ、五輪によって人流が増加するなどの「数字は出ていない」と述べ、関連性に否定的な見方を示した。

 国内の新規感染者は9日まで7日連続で1万人超となり、感染の急拡大が続く。菅義偉首相は一貫して五輪開催の影響を否定する一方、政府分科会の尾身茂会長は4日の衆院厚生労働委員会で「五輪が人々の意識に与えた影響はあるというのが我々専門家の考えだ」と述べた。

 会見で田村氏は「人の動き自体は、五輪で街に繰り出した、飲みに出た方が増えたという数字は出ていない」と指摘。「自宅でテレビをみられ、視聴率もよかった。我々のお願いを理解し、多くの方々が自宅で応援した。心から感謝申し上げたい」と述べた。(石川友恵)

    朝日新聞デジタル、2021年8月10日 15時55分、石川友恵『厚労相、五輪と感染拡大の関連否定「数字出ていない」』

 

 日時は前後しますが、ツイッターで疑問視されていた、五輪会場のひとつだった千葉/一宮町の感染拡大との関連性について……

 ……8月20日、隣接するいすみ市の市長が関連性を肯定する認識をしめしたりしました。

 千葉県いすみ市の太田洋市長は19日の記者会見で、同市内でも急増する新型コロナウイルスの感染状況について、隣接する一宮町で開催された東京オリンピックのサーフィン競技が「開催される頃から(会場に近い地域で)人出が増えたため感染が広がった」と述べ、感染拡大の一因になったとの認識を示した。

 市によると、7月下旬以降に一宮町の競技会場に隣接する同市の太東海岸周辺で感染者が出始めた。競技は無観客だったが、会場が見渡せる同海岸に地域外から大勢の人たちが集まり、周辺の飲食店などもにぎわったという。

   毎日新聞、2021/8/20 09:08(最終更新 8/20 09:08)『千葉・いすみ市長「五輪で感染拡大」 隣町でサーフィン競技開催』

 

 内閣府ではなく、東京都議のかたのツイートですが、「感染者数は横ばいでも検査数もまた横ばいで、陽性者数はあがっているから実態としてはどうか?(もっと多いだろう)」というお話が少なくとも8月12日時点でなされていたとおり、国の中枢にいる政治家さんのなかにだって状況を重く見る人はきっといるんだと思いますが、よくわからない。

 国のトップは安全安心を強調する/勇み足で明るい話題を打つ傾向にあり、専門家など内部では楽観へ疑問視する……と、そういうお話なだけなのかもしれませんが、うーん……。

 

 また、政府がおっしゃるような「五輪と感染拡大は無関係」という見地に立ってみると、今度は、

「感染者のいない(少ない)時空間に検査や医療リソースを割きまくって、本当に調べたりケアすべきその外をおろそかにした」

 ということになるわけで、やっぱりぼくとしては、五輪を中止もしくはより将来への延期をどうしてできなかったものかなぁという思いがつのります。

 

 

0814(土)

 宿直明け日。

 ■観たもの■

  vtuber『キューピットはライバー!?にじさんじがきっかけで付き合いました【月ノ美兎】』をアーカイブ視聴しました

www.youtube.com

 エニーカラー社の運営するバーチャルYoutuber団体にじさんじに所属する月ノ美兎委員長が、にじさんじがきっかけでお付き合いをした体験談を募り、集計発表するリスナー参加型企画をやっていたので視聴しました。

 

 ただ体験談をつのるだけでなく、キューピッドとなったにじさんじライバー(=バーチャルユーチューバーを意味するにじさんじの謎ネーミング)ごとに集計し、ランキングにしようという二段構え。

 体験談のなかにも複数のライバーが登場するものもあって、「誰がキューピッドになるんだ?」と最後まで答えが分からない、ワイワイやいのやいのチャット欄で駄弁りながら聞ける幅もありました。このへんの味つけが委員長はうまい。

(『第一回月ノ美兎モノマネ選手権』とおなじく「看板に偽りなしだけど、でもこれ、こういう企画だったのか!」と、想像よりもちょっと上のものがお出しされてきた嬉しい驚きや、事前にイメージしていた青写真を実物にふれたことで修正し実際にはどういう法則から成り立っているものなのかを手探りでたしかめていく感触があじわえる配信)

 体験談のあいまには、付き合ったことのない非リア充用の投稿が読み上げられて、モテない漏れたちでも安心して聞けました(笑)

 

   vtuberBSS(僕のほうが先に好きだったのに)企画【卯月コウ/にじさんじ】』リアタイ視聴しました

www.youtube.com

 エニーカラー社の運営するバーチャルYoutuber団体にじさんじに所属する永遠の中学生系vtuber卯月コウが、BSS――好意を寄せていたけど実ることなく他の人の恋人となった体験談を募って発表するリスナー参加型企画をやっていたので視聴しました。

 きのうの委員長の配信とは正反対の企画で、にじさんじの幅広さを感じさせます。

 うづコウさんがピックした体験談はどれも面白く、胸が痛くなったり郷愁に鼻がツンとなったりしました。

 学校のクラスの隅でカードゲームをやっていた"遊戯王軍団"とか、体験談の細部がよい。

 

  vtuberにじさんじ甲子園』予選ABリーグをアーカイブ/リアタイ視聴しました

www.youtube.com

 

www.youtube.com

 コナミ協賛のにじさんじ甲子園、ついに大会本番が配信されました。 数週間の育成期間を経て、5時間前後にわたって連日おこなわれる大一番!

 椎名唯華ひきいる去年の優勝校にじさんじ高校は、去年のバケモノ投手月ノをはるかに超えるバケモノ投手叶を有し、笹木咲ひきいるヴィラン連合は1年目から甲子園出場して有利に育成をすすめました。アンジュ・カトリーナさん率いるアンちゃん大好き高校も下馬評ほど弱い高校では全然ない。

 はたして目当てのV西はどこまで食いつけるか……?

 

 

0815(日)

 ■身の回りのもの■

  大雨がすごい

 排水溝のつまりを掃除したり、漏電して止まった機械について(※けっきょくこの機械のブレーカーが落ちてただけで、機械は無事だった)「どうしたもんか……」となったり大変でした。

 

 ■観たもの■

  vtuberにじさんじ甲子園』決勝をリアタイ視聴しました

www.youtube.com

 

 

0816(月)

 ■身の回りのもの■

  大雨の後処理

 昨晩から止まった機械は、ブレーカーが落ちただけだった。安心しつつもじぶんの節穴ぶりにガッカリ。

 

 ■観た配信■

  助けてくれコウ、おれはなリサのことを好きになっちゃうよ……;vtuber『【APEX】V最協カスタム チーム雪月花1日目 #SGKWIN【卯月コウ/にじさんじ】』をリアタイ視聴しました。

www.youtube.com

 渋谷ハルさんが主宰する人気大型コラボ配信企画、Vtuber最協決定戦

www.moguravr.com

 企業所属も個人もさまざまなvtuberが人気バトルロイヤルFPS『APEX LEGEND’S』でチームを組んで総合チャンピオンをめざすこの企画に、われらがライブ王卯月コウが、第一回キモオタ王白雪レイドさんや、ラ王がだいすき英(はなぶさ)リサさんらとトリオを組んで参戦。

 本番まえの予行演習となるカスタムマッチ一日目で大活躍をおさめました。

 うづコウさんが『APEX』のランクマッチで獲得したシーズン最高ランクはプラチナということで、ふつうに上級者(ただしマスターランクなどFPS強者がつどうvtuber最協決定戦のなかでは弱者に属す)なのですが、鷹宮リオンさんベルモンド・バンデラスさんとクソ雑魚ゲーミングと自称して配信をしていたころの印象がつよかったぼくとしては、「うづコウ上手すぎね……!?」と驚きながら戦局を見守りました。

 二人の立ち回りがすばらしいのはもちろんなんですけど、うづコウさんも耳の良さでいち早く敵の接近を感知・報告したり、中~遠距離の敵をしっかりエイムしてダメージを与えてアーマーを割ったりキルを稼いだり……と、ふつうにチームの一員として抜群に機能している。

「コウはASMRで耳鍛えているからな……!」

 とチャット欄のリスナー卯月軍団もホクホクでした(笑)

 

 トリオ決定後の野良での練習配信からして空気がよかった3人は、カスタムマッチだとより一層打ち解けた雰囲気で、シビアなバトルをしつつも終始なごやか。コーチングを担当してくれる世界で500位台のプレデターゆふなさんをいじったりいじられたりしながら、バトル内容も面白いのにトーク自体がこれまた楽しい配信になっていました。

 名前と腕前は知っていたレイドさんや、名前も存じ上げていなかったはなリサさんの配信もここで初めて観ることとなり、ふたりの余裕あるお兄さんお姉さんぶりにすっかり心がポッカポカになってしまいましたわ。*9

 レイドさんだけでなくうづコウさんも、卒業されてしまった(有閑喫茶あにまーれの)宇森ひなこさん主催の第一回キモオタ選手権の出場者。3年前にニアミスしつつもこうやって会話するのは今回が初めてだったっぽいのですが、縁というものはどこからまた絡むものか分かりませんね。

 

(追記)

 「ライブ王」にたいする他チームの反応切り抜きまとめ動画が上がってました。

www.youtube.com

 うづコウさんやあにまーれの因幡はねるさん、ふぇありすさん、のちにゆるキャラグランプリも獲得したおしゃれになりたいピーナッツ君さんらと競ったライブ王決定戦。

www.moguravr.com

 これもまた3年まえの企画です。にじさんじの箱内でも微妙な知名度なうえに(笑)、なんなら企画参加者である日ノ隈らんさん(ねるちゃんの応援)や叶くん(祝勝会配信をひらいた)からも「だれ……?」という反応なのはさすがに大草原。

 

 

 

 

 

 

 

 

*1:これは疑問があるけど……。

*2:まだ書くの? まだ書くよ!

*3:ホビージャパン刊(ホビージャパンMOOK789)、『シン・ゴジラ政府・自衛隊事態対処研究』p.74~7、関賢太郎「B-2戦略爆撃機搭載 地中貫通型爆弾「MOP Ⅱ」」

*4:ホビージャパン刊(ホビージャパンMOOK789)、『シン・ゴジラ政府・自衛隊事態対処研究』p.102~6、多田将「ゴジラへの熱核兵器使用」

*5:ホビージャパン刊(ホビージャパンMOOK789)、『シン・ゴジラ政府・自衛隊事態対処研究』p.114~6、多田将「ゴジラに関する物理学的考察」

*6:『マインクラフト』以外で使うことがあるとは思わなかった語彙。

*7:KKベストセラーズ刊(ベストセラーズ新書)、岩波明『殺人に至る「病」』kindle版66%(位置No.2156中 1402)、「第4章 通り魔」両親からのネグレクトより。

*8:KKベストセラーズ刊(ベストセラーズ新書)、岩波明『殺人に至る「病」』kindle版73%(位置No.2156中 1559)、「第4章 通り魔」知的障害と責任能力より

*9:追記;もしかすると、ほとんどの試合で高順位につけ手ごたえある戦果をあげており、気落ちする機会がほとんどなかったのもあるかもしれません。

 しかし、1日目と違って、きびしい局面が多く反省会の時間がながかった3日目も、(シングルタスカーな面が大きめに出た)うづコウさんも試合後の感想戦でじぶんの意見や疑問点をメンバーへもコーチへもしっかり発していて、かなり好ましい緊張感でした。

 うづコウさんのゲーム配信の視聴頻度はライブ王時代がいちばん多いというぼくからすると、かれにかんして「大型コラボでやらかしたときに(配信取れ高から道化を買って出た面もあるんでしょうけど)他参加者への音声出力をミュートにして、じぶんのリスナーと会話しだす」……みたいな「陰の者」のイメージをどうしても持ってしまっているのですが、そういうところは全く見られませんでした。