すやすや眠るみたくすらすら書けたら

だらだらなのが悲しい現実。(更新目標;毎月曜)

日記;2021/08/17~09/13

https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/z/zzz_zzzz/20210918/20210918115954_original.jpg 日記です。8万字くらい。書き途中のやつとか思いだし事項あったら書き足すかも。

 アリエリー氏のメジャーなスキャンダル(論文のデータ改ざん)の陰のスキャンダル(倫理委員会をとおさず倫理規定違反の実験をしてMIT休職⇒離職となった過去)を知ったり、ゆるくなった大人数イベントにモヤモヤしたり、『バトルフィールド』ストリーマー大会のわちゃわちゃ敷居の低そうなエンジョイぶりに楽しくなったり、『APEX』V最協や『Valo』VCCや『R6S』RF大会で事前練習を大会参加者で数週間おこなうゲーム大会を観る面白さがわかってきた月でした。

 『丹』を読み、も少しエロ漫画とハーレムについての知見がたまったら別個の記事を書いてみても面白いかもな~などとも。

 ※言及したトピックについてネタバレした文章がつづきます。ご注意ください※

 

0817(火)

 ■読みもの■

  伴名練編『日本SFの臨界点 石黒達昌 冬至草/雪女』巻末解説読書メモ

 それは何ですか;

 「解説 最も冷徹で、最も切実な生命の物語──石黒達昌の描く終景」は、伴名練さんによる実在作家石黒達昌さんの来歴と作品にかんする解説です。

 伴名練さん編集による、埋もれた名作日本SFdigシリーズ『日本SFの臨界点』、その最新巻に収録。去年の〔恋愛篇〕〔怪奇篇〕から趣向を変えて、今の夏は一冊ごとに一人の作家へ焦点を当て、毎月1冊ずつ計3冊が連続刊行されました。

 こんかい話題にする「──石黒達昌の描く終景」だけでなく巨大な巻末解説がついているのもまた特徴で、トリを飾る石黒氏は伴名氏がファンブログを運営している作家。

  氏の名刺には謎の肩書が併記されてもいると云います。力の入れようもまた輪をかけて凄いことになるんではないか? 期待を胸に本をひらきました。

 読んでみた感想;

 伴名巻末解説は、氏が運営するファンブログでのレビューと重なる内容もあるけれど、石黒氏による言及や、作品にかんする文学界・SF界さまざまな作家・批評家の評を横断的に紹介して、よりいっそう充実した内容。

 また、そうして紹介した先行評について、斜にかまえがちなオタクの上から目線へ釘を刺すような異論を唱えているようにも(※ただし後述するように、これはぼくのヒネくれた見方だったらしい……)読めて、そこも面白かった。

 どんなものか?

 石黒氏の出世作で94年110回芥川賞候補となった成3年5月2日,後天性免疫不全症候群にて急逝された明寺伸彦博士,並びに,』について伴名氏は、作品の着想となったトキの絶滅確実状態が与えた文芸へのインパクトを、阿部和重ニッポニアニッポン』を例に出して伝えたうえで、『平成3年~』の純文学方面の作家・批評家からの絶賛(物語、そしてその物語を支える論文調の特異な文体がもたらす"静かな力"にかんする評)を紹介。

 芥川賞を逃した理由を「語り方が斬新すぎたためか」とまとめた伴名氏は、「ではジャンルSF内部での評価はどうか」と大森望氏の評を取り上げ……

ニューウェーブ華やかなりし頃の実験SF(スラデック「教育用書籍の渡りに関する報告書」とか)か、バーセルミの変態短篇みたいな懐かしさで、筋金入りのSFおたくとしてはけっ、百万年古いぜと吐き捨てるのが正しい態度かもしれないが、細部までよくできているのに感心。けだし、ネタとハサミは使いようである」

 という評を書いている。石黒作品ニューウェーブの影響を受けている可能性は高いが、「教育用書籍の渡りに関する報告書」は、本が空を飛んでいくバカSFであり、その名を挙げる辺り、ユーモア作品として読んだ節がある。

   早川書房刊(ハヤカワ文庫JA)、伴名練編『日本SFの臨界点 石黒達昌 冬至草/雪女』kindle版92%(位置No.4927中 4484)、伴名練「解説 最も冷徹で、最も切実な生命の物語――石黒達昌の描く終景」より

 ……さらには「大森評の評」まで付け加えます。

 作家の評伝的なパートを終えた各作個別解説パートで、伴名氏じしんも『平成3年~』について更なる説明をしていますが、こちらも純文学方面のひと寄りの評価。

 数ある先行作のなかでどういった位置に置ける作品か? "大森氏が挙げたのとは別の作品"を複数あげたうえで、それらとの相違点を述べ、作家のインタビューから執筆時のエピソードを引いて作品のオリジナリティを掘り下げます。

 

 こうして並べられると大森氏の評は「そのネタは既にウンタラがやってる」と雑なくくりで鼻で笑うマウンティングに読めてしまう。

 じぶんと異なる意見を目にしたとき、日和見主義を発揮してしまいたくなることってままありますよね。(ありません? えらいかただ)

 つまり「こう読む人もいる」やら「さまざまな角度から楽しめる作品」やらだけ言って、それに対するメタ評価(その評が信用に足るかどうか)については口を閉ざしてお茶を濁し、「ぼくがこれに頷かないのは、それぞれの言及を読みくらべてなにとぞご理解ください……!」みたいな風にぼくはしたくなるんですけど、伴名氏のこの文章はそういう愛想笑いをしていないのが逞しいですね。

「伴名氏はたしかにジャンルプロパーではあるけれど、その内部のものならなんでも全肯定ってわけじゃないんだな」

 と思った文章でした。

 

こういう”なぁなぁ”マインドは狼少年の轍をふんでしまうと思うので、このblogでは使わないように気をつけてます。

 上みたいな愛想笑いをしてしまうと、「おれにはピンとこんかったけど、信頼しているあの人が高評価してるから多分いい作品」やら「おれには面白くなかったけど、面白がっている人の意見はたしかにうなづける内容だ」やらといった、まじに「さまざまな角度から楽しめる作品」を埋もれさせちゃうんで。

 

 「面白いけどあくまでウェルメイドな意味で"カッチリまとまっている"のであって、エポックメイキングな凄い作品とは言い難い」とか「陳腐だけどある一点において好き」とか一つの評価軸で表わせられないことなんて多々あるわけで、またさらには、

「面白くもなければすごくもないし好きでさえないけれど、それと出会ったことで別口で楽しい想像ができたり興味深い知見のかかれた別の何かと出会えて有意義だった」

 みたいなものさえありそうじゃないですか(笑)

 

 そのへんのあわいをどうにかするためにこのblogでは文章といくつかの評価軸による点数評価制とをこしらえたのですが、そもそも感想記事を増やせていないから、捕らぬ狸の皮算用でしたわ。てへへ(てへへではない)}

 

{『SFマガジン』2021年10月号を読んでからの追記*1

 ……と、ここまで書いてSFマガジン』2021年10月号を読んでみたところ、ぼくのこの感想自体が、斜にかまえたオタクの上から目線であることがわかり、もうひとつ反省しました。

 伴名練「『本SFの臨界点』編纂の記録2021」は『SFM2021年10月号』p.104~111に掲載されたエッセイで、『日本SFの臨界点』中井・新城・石黒篇3冊と、その編纂中に舞いこんだ≪未来の文学≫エッセイ、『週刊少年ジャンプ』SF特集記事の編纂にかんして記されています。

 そのエッセイのなかで(p.110下段~111上段)、『平成3年~』にまつわる解説の裏話をされていました。くだんの作品をバカSFとして読んだのは大森氏だけではなく、文学とSFと実験小説とで傑作をしるした某作家もまたそのように読んでいた。しかし紙幅の都合と、ジャンルファンが特定の読みへ誘導されてしまうことの懸念から省いた……というお話でした。

 追記オワリ}

 

 じぶんと異なる意見を目にしたとき、お茶を濁す以外にどんな道があるか? 面倒くさいマインドを発揮して必要以上にごちゃごちゃクダをまくのも一つの道ですね……だいたいにおいて反面教師にすべき、悪いお手本ですが。

zzz-zzzz.hatenablog.com

 

 そうじゃなくってですね、静聴して、そして反映できるところが見つかったなら反映する……というのが「建設的ですてきだな」と思うわけです。

 さて、作家・作品解説以外のところでは、解説冒頭でじしんが3人の作家アンソロジーをどんなかたちで送り出したかについて伴名氏のアンソロジストとしての考えが記されていたり(これは解説と関係ないところですが、溝口力丸さんが表紙について今回どんなオーダーをしたのかちょっとツイートされていたり)と、(とくに「こうだ」という話を直接しているわけではないから、ぼくの思い違いかもしれないけど)前回編んだ同名シリーズ・アンソロジー(やアンソロに付した解説)について読者から(ときに批判的に)言及されていたことへの応答ととれるもの(※)もあって、

(ぼく筆頭に)同意見にはぬるくうなづくくせに反対意見にはとげとげしく反発してしまう硬直した空気がどうしてもあるなかで、それでも空気が悪くなることをおそれずに異論をとなえたかたがたが報われてよかったなぁ」

 と思ったり、面倒くさいマインドを発揮してレスバをしたぼくとしては反省したり……とさまざまでした。

ただ、『平成3年5月2日,』解説に見えた気がした棘がたんなるぼくの勘違いだったように、これもまたぼくが勝手に結びつけてしまっただけかもしれません)

 

 アンソロジーは前から順に読むべきという話があるが、別にどこから読んでもいいし、苦手と思った作品は後回しにして先に他から読んで大丈夫です。中学時代に買ったSFアンソロジーの頭二作が好みではなかったのでそのまま放置、やっと読み切ったのが大学三年でその時初めて非常に好みの作品に出会った――という私の経験を反面教師にしてください。

   早川書房刊(ハヤカワ文庫JA)、伴名練編『日本SFの臨界点[恋愛篇] 死んだ恋人からの手紙』kindle版2%(位置No.4821中 46)、「序」より

 また、「このシリーズを全部読む!」「このリストの作品を全部読む!」と決意してもモチベーションが続かなかった結果、かえってSFから離れるというのも想定しやすいパターンなので、勉強しなければならないとか義務感にかられてやるのはやめておいたほうが無難です。

   早川書房刊(ハヤカワ文庫JA)、伴名練編『日本SFの臨界点[怪奇篇] ちまみれ家族』kindle版99%(位置No.5257中 5171)、「編集後記」より

 『日本SFの臨界点』最初の2冊に寄せた解説のなかで、伴名氏はじぶんの失敗などをまじえながら、「頭から順繰りに読む必要はなく、好きに読んでいったらよい」というようなことを話していました。

 集中力や興味持続力のとぼしさゆえに積ん読の山をかかえるぼくとしては「うんうんうん……!」とうなづくことしきりの指針ですし、"つまみ食い"やら"飛ばし読む"やらに抵抗感をかんじるひとにとって、百科全書的・網羅的な解説がウリとなっている本・そういう姿勢が驚嘆されもする(たとえば同じく作家の樋口恭介氏のこれとかあれとかのツイート)編者が「いろいろ読んでる自分でもピンと来る来ないはあるし、そんな肩肘張る必要はありませんよ」と明言してくれるのは力強いかぎりです。

 ただ、「待った!」の声もまたほかの読者から上がっていたんですよね。どんな声かというと……

  1. 「義務感から読み進めてこそ得られる眺望はある」
  2. 「アンソロジーとはいえ、一冊の本としてあるいは一連のシリーズとして編んでいるのだから、どんな作品をどういう順番で贈りたいか大なり小なり意図はあるのでは? 順番で読んでこそおいしいってこともあるのでは?」

 ……というようなお話でした。

 これもまた「たしかに……!」という意見です。

 

 ①について。

 なんか、「好き」だけが牽引力じゃないよなとも思うんですよね。

 夏休み終了間際になって宿題をあせって終わらせたエピソードが事欠かないとおり、学校のお勉強なんて好きこのんでやるひとばかりではありませんが、でもそうして押し付けられでもして勉強をやることで、良い大学の門戸を叩いて専門家のいるラボに入って専門的な視野が得られたりするようになるわけじゃないですか。

 そうして得られた視界は十中八九、小学校の宿題をきらっていた子供時代のその人にとって意味不明きわまりなくて、「好き」なものではないでしょう。でも大人になったそのひとにとっては、楽しいものだったりするかもしれない。

{ほかにも色々ありそうで、たとえば……

zzz-zzzz.hatenablog.com

 ……むかし日記では、

小川一水さんが『彼方のアストラ』を読んだ経緯は、ぼくの目には、"自分の所属するコミュニティが厄介をしたことに対するカウンター・尻ぬぐい"みたいな感じに見える。罪悪感・責任感に訴えかける類いの牽引力ってのもこの世の中にあるんではないか?」

 というお話をしましたね。涙目でこちらをじっと見つめてくる女の子がポスターだと募金しなきゃならない気持ちになるアレですね。

 当blogでのトリガーといえば、感想文記事をアップするさい、ネットの不特定多数にナメられないよう見栄を張るため(笑)あれこれ未読のものに手を伸ばしてみたりというパターンもありました}

 

 ②について。

https://media.springernature.com/full/springer-static/image/art%3A10.1140%2Fepjds%2Fs13688-016-0093-1/MediaObjects/13688_2016_93_Fig4_HTML.gif?as=webp

epjdatascience.springeropen.com

www.bbc.com

scrapbox.io

 物語がおさまる王道的な感情曲線というのがあるらしく、たとえばドン底から頂点へ上がっていくとか頂点からドン底へ下がっていくとか、上がって下がるとか、上がって下がってまた上がるとか計6つほどあり、なかでも「売れる映画は"ドン底に落っこちるもまた再起して頂点に行くMan in hole型"」みたいな知見もあるらしい。

 そういうことでなくても、「最初にコレを読んでもらって、最後に似た問題意識だけどまったく別種の回答をしめすアレを読んでもらおう」やら、「コレとソレはどっちも面白いけど、設定が似通ってるからどちらか一方だけにしよう」とか逆に「今回は○○というテーマを決めたアンソロだから、コレとソレを読み比べて違いを楽しんでもらおう」やら、いろんな狙いがありそうなものです。

 連句のように、序盤はセンセーショナルな要素をことごとく避けた"軽いもの"を……という考えもあれば、フクナガ監督版『ジェーン・エア』など最近の映画で割合あったような、キャッチーな山場を前もって最初にぶつけておくことで、受け手の興味を惹こうという考えもあるでしょう。(フクナガ監督はこの構成の脚本に勝機を見出した旨オーディオコメンタリーで語っていた気がする)

 レストランのコース料理にしたって、けっしてメインディッシュが出てデザートが出て最後に前菜やフォッカチオが出る……みたいな並びにはならないわけです。

 

 『日本SFの臨界点』21年夏の3冊もまた、作品内容と世に発表する順番そして読者がどう読むかを考慮したうえでの刊行だったことが編集後記であかされておりました。

 本書が短編集三部作のラスト一冊となったのは理由があり、重厚かつ非常に重たい読後感をもたらす作品を多数含んでおり、一気に消化しきるよりも腰を据えてゆっくり読むのがふさわしい本だろうと判断したためである。 

   早川書房刊(ハヤカワ文庫JA)、伴名練編『日本SFの臨界点 石黒達昌 冬至草/雪女』kindle版90%(位置No.4927中 4401)、「編集後記」より

 「送り手はアンソロジーの構成を凝ることができる」一方で、「受け手はどこからどう読んだって良い」。このジレンマを解決・両立できる見事な返球をしてみせた……と言うのは持ち上げすぎでしょうか。そうかもしれない。

 

   ▽異様なdigで気になったこと

 伴名氏のdigり具合で気になったのが、もし『シンギュラリティ・ソヴィエト』(18年初出)がぼくの思うように、これまた一種の伊藤計劃トリビュートであるとして、どのくらいまで意図的なのか? ということです。

『別冊文藝春秋 2020年1月号』所収のエッセイ「別の本」で、『なめ、敵』裏話のほか、『シンソヴィ』『ひかりより~』の初期構想についてのお話がしるされており、そもそも登場舞台や人物がちがうレベルで変遷があったようなのだが……)

 くだんの作品には、ヴィクトル・ベレンコ亡命事件がおおきなトピックとして登場しているのですが、じつは伊藤氏と関係がないわけではない。

 この事件に着想を得ていると云われるクレイグ・トーマス氏の小説『ファイア・フォックス』シリーズが、どうにも伊藤氏の本棚にささっているみたいんですよ。

{作品小山由美氏『【伊藤計劃ライフヒストリー】(第3回)』(「ちいき新聞」佐倉西版・八千代台版・東葉版、2015年11月13日号』)の『SF Prologue Wave』掲載版(16年3月アップ)そのPDF版を見ると、本棚の2段目画面右から4冊目に『ファイアフォックス・ダウン』が、7冊目に『ファイアフォックス』がおそらくささっている}

 そもそも『シンソヴィ』が伊藤トリビュートというのからして勝手にぼくが見出しているだけで、伊藤作品ばかり読んでいるしどんな事柄にも「実質伊藤計劃」とおもいがちな"伊藤計劃おじさん"の悪いヘキが出てしまったのではないかという気もするんですが、ぜんぶがぜんぶ単なる偶然だとしたら、なんかよくわからんレベルの重なりよう。

 百歩ゆずって伊藤トリビュートだとしましょう。

 でも、さすがにここまでは意図してないでしょう。

 でも「そういうことなのか!」と点と点がつながった快感にあらがえない。

 

 ぜったいぼくは将来陰謀論につかまるよ……! とかなしくなってしまう。

「将来の話ですかね? いまもすでに泥沼なんじゃないですか?」

 そうかも……。

 

0817(水)

 ■観た配信■

  アメトーーク特別編を観ました

abema.tv

 テレビ朝日の長寿番組『アメトーーク』のMC雨上がり決死隊が解散することとなり、報告をかねた特別回が配信されました。

 バラエティにドラマにと大活躍だった宮迫博之さんが(はたして本当に宮迫さんだけが悪いのかなんともスッキリしない)吉本芸人闇営業問題から謹慎処分となる(干される)Youtubeへ活動の場をうつしてから2年。雨上がりの"じゃない方"蛍原徹さんが『アメトーーク』を回していた状況に終止符が打たれたかたちとなります。

togetter.com

 配信内容は、もちろんタイトルからぼくが想像した番組のトーンや、しばらく一緒に掛け合いをしなかったことによるズレはありましたが、ツイッターで大盛り上がりされるほどヒドいものとも思いませんでした。「宮迫さん健在だな」という感じ。

 ただ、

「TVのバラエティも、プロの芸人さんによるトークやネタ単体の面白さだけじゃなくって、"面白い空気""楽しそうな空気"によって担保されている部分も割合あるのだな」

 と、今更ながらに気づかされる配信でした。

 内輪のネタを積み重ね、その輪に視聴者も取り込まれること(内輪ネタに反応できる回路をボケツッコミの反復によって育むこと)で楽しい気分になる、コミュニケーションという側面がけっこうに強そう。

 

 それを特につよく感じたのは宮迫さんと藤本さんのやりとり。

 吉本天然素材として一緒に苦楽をともにしてきたFUJIWARA藤本さんがまじめな話をしているところへ、宮迫さんが「フジモンフジモン、近すぎるわ」とかなんとかゴニャゴニャ言って、藤本さんが数テンポどころか数秒おくれて「(近いんじゃなくておれの)顔がデカいから(そう感じられるだけ)や」とツッコミを入れ、視聴者であるぼくも「あ~そんなネタあった……」とさらに遅れて反応する……

 ……なんというか、「スベった」場でも「(たとえば半澤直樹がはやった年になんでもかんでも「倍返し」と言うとかの)旬を外したり使いどころが変だったりするのを厭わず、流行っていたネタをこすり続けるひと」と居合わせた場でも感じたことのないようなエグみがありました。

 『あの人はいま』とか平成の時事ネタ振り返り特番などの回顧番組の一コーナーを観ているさいに起こるような「そんなんあったあった」で、それが現役のひとが行なっている"いま・ここ"のネタであるところがエグかった。

 

 フジモンへのでかい顔イジリにしても、ほとちゃんへのブサイクいじりにしても、出川哲郎さんへの九九(が言えないこと)いじりにしても、どれも宮迫さんが毎日TVに出ていたときに爆笑をかっさらっていたネタばかりで、まぁ五輪開会式での渡辺直美さんの起用方法リークなどが問題になった時分とはいえ、ここ2年ぽっちで人々やぼくのメンタリティはそこまで大きく変わってない気がするんですけどtuberの世界でも(同士でも/vtuber~リスナー間でも)いまだに、ガワの顔がでかいイジリとか貧乳イジリとか『めちゃイケ』学級テスト・最バカ決定戦からいただいたバカチューバー企画は男女ともに定番ネタだったりするし)、なんともふしぎでした。

 

 

0819(木)

 元気に過ごしました。

 

0820(金)

 元気に過ごしました。

 

0821(土)

 出勤日で宿直日。 

 

0822(日)

 ■観た配信■

  卯月コウの集大成;Vtuber最協決定戦を雪月花視点でリアタイ視聴しました。

www.youtube.com

 渋谷ハルさん主催の大型企画、vtuber最協決定戦がおこなわれました。

 大会本選まえに1週間毎日5時間以上の練習カスタムマッチをおこなうまじめな大会ですが、どのチームが勝ってもおかしくないようなバランス調整のはいったエンジョイ要素もある大会です。

 参加プレイヤーには実力に応じてポイント査定がなされ、各チームリーダーは自身をふくめたトリオ3人の合計ポイントが上限をこさないように仲間をえらび、決戦へむかいます。

 ポイントは、ゲームのデフォルト設定であるランクマッチの最高成績プレデター>マスター>ダイヤ>プラチナ(>ゴールド>シルバー>ブロンズ。プラチナより下のランクのひとは不参加)を基準としつつも、「このひとはプラチナだけど、ランクマッチに興味がうすいだけで、実際にはもっと上の実力がある」とか「このひとはマスターだけど、がんばってがんばってなんとかマスターになったばかりのひとで、ダイヤの最上位相当と変わらない」とか、実際のゲームプレイからうかがえる実力を加味した査定がなされています。

 査定はかなり公平で、ハルさんにくわえリスナーなど集合知も加わって「誰もが納得できる」ポイントになっています。……が、人間のやることなのでどうしたって抜けはあり、「ポイント詐欺」といわれるようなポイント以上の活躍をするプレイヤーもチラホラいます。

(実力的なものだけでなく、上級プレイヤーからのコーチングを受けたことがなくて感覚でやっていたために伸びしろがあるといったケースもある)

 そういうコスパのよいプレイヤーを見極められるかどうか、という別種の勝負の分け目があったりするのがこの大会の面白いところでもあります。

 

 第3回となる今大会の舞台は、トリオ×20組の60人同時対戦PUBG型バトルロイヤルFPS『APEX LEGEND'S』のカスタムマッチ。通常のルールでは各人自由に20チームの降下地点をきめられるのですが、今回は一ランドマーク一組までで降下できるチームをあらかじめクジ引きにより決めた変則ルールとなりました。

 決められた理由は存じ上げませんが、たぶん、たとえば強いランドマークをプレデター(=『APEX』全プレイヤーのうち上位0.2%くらいの腕前のひと)を擁した対面ファイトの強いチームが独占してしまったり、あるいは降下場所がかぶって敗れたチームがチャンピオン決定までの数十分を観戦状態で過ごす×5となって(プレイヤーやそのチームを応援するリスナーが)せつない想いをしてしまったり……というような事態をふせぐための措置です。

 ランドマークにも有利不利のバラつきはあり、ふりわけられた出発点によって物資に貧しいチームや豊かなチームは出てしまいますが(たとえばバーチャルゴリラさん率いるチームが引き当てたランドスライドは"はずれ"として有名で、そのランドマークは様々なチームからゴリランド(笑)とほほえみを買っていました)、すくなくとも初動落ちはなくなるし、また、クジによって最初からそういう設定で動くのでやるほうも観るほうも覚悟がきまる面はたぶんあるはず。

 

 ライブ王卯月コウが一員であるチーム雪月花は、物資充実率トップ3ラヴァサイフォンが降下地点。PUBG型バトルロイヤルFPSでは、戦闘時間が経過するごとに戦闘舞台(リング)が狭まっていく(範囲外のエリアにいるキャラはHPに継続ダメージが入る)のも特徴で、安全地帯(リング)に入りやすかったり、乱戦状態になってしまった地域からさくっと逃げやすかったりする移動能力を有した"移動キャラ"を入れたいところですが、ラヴァサイフォンは極北以外であれば比較的どこが安地になってもそこまで移動が苦でないらしい。

 それもあってか雪月花は、チームリーダー白雪レイドくんが使うキャラ、ちくちく遠距離から貫通範囲攻撃・索敵をしかけられるシアのほかは重量級キャラがふたりという構成。設置固定式のガストラップを固有能力として持つ大型キャラ・コースティックをライブ王が、銃をかまえるとシールドを張ったり攻撃や安置外のダメージをカットするドームを張ることのできる大型キャラ・ジブラルタルをぶいすぽっ所属の英リサさんがつとめました。

「移動キャラがいないのにようやる」そんな賞賛が他チームから練習カスタムマッチ中にあがっていたりしました。

 

「アッこんばん、こんばんわんわん……うんうん……あぁっ♡……チッ……おい……"お仕事でつかれた"とか言うな。疲れてなくてもASMR聞いていいだろパトラッ! なんでそんなこと言うんだ!? ASMRの序盤に、"今日もつかれたね"とか"一日がんばったね"とか言うな! ……アッ♡……キモチイ……キモチイ……」

www.nicovideo.jp

 われらがうづコウさんも、ASMRや藤くんの教え(ステレオで作ってる曲はステレオで聞け!)で鍛えた耳による高い索敵能力を発揮しつつ、ガス設置の練度をカスタムマッチ中に高めていきつつ大活躍。

 前日までの練習カスタムマッチでは総合1位であった雪月花、本選でどうなるか?

 ラウンドチャンピオンをとったりなど練習どおりの成果を発揮することもあれば、本番の魔物がチームを襲うことも。

「練習では、北へ安地が寄ったことがなかったから、本番そっち行ったらどうなるか……」

 はなリサが漏らした不安は的中、練習では中央から南へかたよっていた安全地帯(リング)がなんと北にきました!

 練習では見たことのない景色が登場して、リスナーであるぼくの緊張もたかまります。

 

 レイド君はなリサが落ちて、うづコウだけが生きている心細いラウンドもありました。

 バトルロイヤルFPSの順位は「チームがどれだけ生存していたか」できまります。順位点+キルポイント(試合ごとに上限アリ)の総合ポイントで順位をきめる最協決定戦S3でも、それは勝利をわける重要な要素。

 現在地と安全地帯の収縮場とリスポーンビーコンの位置を確認したレイド君は、攻撃を受けHPが0になりアイテムボックス化したシア(レイド君のキャラ)のドックタグを回収しようとするうづコウを制止します。

 (落ちた仲間を復帰させる)リスポーンビーコンを起動して2人ないし3人チームに戻るのではなく、うづコウひとりで籠城したり敵チームに見つからないようハイドしたりして順位を一つでもあげる……それが優勝につながる最善手である。そうレイド君は判じたわけです。

 レイド君はなリサからの指示に従うラジコンプレイがはじまりました。

 そこでうづコウリスナーの脳裏にひびくヨルシカの声。

www.youtube.com

「コウくんがなんか意思をもってなにかしようとするたびに"意思をもつなラジコン!"てなるのがメチャクチャよかった」

   YouTube、ぽんぽこちゃんねる『【本日開催】夏だ!祭りだ!24時間だ! #ぽんぽこ24 vol.3 第2部』2:33:34~、ヨルシカn-bunaさんの発言より 

 人気バンド・ヨルシカのn-bunaさんが大ウケしたという「指示厨シャドバ配信」。

 ゲーム実況配信は、「ここはああしろ」「あれはこうすればよかった」などと一挙一動に賛否両論わくのが常なのですが、「じゃあそんなに言うならさ、」とリスナーにスパナをつけて(もともとはチャットを削除したりできるなどの一部の運営者権限を与えること・与えられた存在であることを分かりやすくするマーク)そのリスナーの言うことを聞いてゲームプレイしてみよう! という配信をうづコウさんはやっていました。

 あのお笑い企画が、この大一番で大いに活きてる……!

 ソロになった時点で十数位だった順位は、ふたりの指示とうづコウのプレイングによって8位まで上昇。順位点(とそこに至るまでに獲得していたキルポイント)が、大会総合順位を左右するターニングポイントとなりました。あついぜ!

 

 本大会を終えての後夜祭では、さまざまな面白マッチがもよおされました。

 マウス感度を最大にしての「感度3000倍マッチ」。トリオのうち二人が騎士役、一人が姫役になって戦う「姫プマッチ」。メンバーをシャッフルしての「シャッフルマッチ」、などなどです。

 姫プマッチで姫として抜擢されたのはうづコウさん。そこでまたもうづコウリスナーの脳裏にひびくヨルシカの声

youtu.be

n-buna 次は女の子の服着て来いよ

   卯月コウの配信でn-bunaさんにかんする言及がでたさいのn-bunaさん本人からのチャットより

 卯月軍団のお約束チャット「女の子の服着てこいよ」から生まれた女装に着がえての堂々たる姫ププレイ

 つづくシャッフルマッチで、初顔合わせゆえに噛み合ったり噛み合わなかったりするなか、「本大会中にご飯を食べる時間がなかった」という神鳴きゅぴさんの話から沸き立つリスナーたち。

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 ラ帰雪牛。

 『ラブライブ!』のライブの帰り、大雪で電車が止まるなか死ぬ思いをして数駅あるいて見つけた牛丼屋の牛丼が人生で一二を争うレベルでうまかったという、発作のように話をする定番体験談をここでもうづコウさんは詠唱します。{戦線落りするまえにきっちりウルトを切ってエラい(?)}

youtu.be

 同席者さえもぱっと思い出せないほど歳月の経過したライブ王ネタにはじまり、指示厨ラジコンプレイ、女装披露、ラ帰雪牛。そしてさらにはうづコウさんの最協への熱心な取り組みにEverGreenNerdのあの熱や、優勝を逃して「あとちょっとで届きそうだったのに」と漏らしたことばに『アイシー』の一節を思い浮かべたひともいることでしょう……

 ……うづコウさんのここまでの配信活動が走馬灯のように現れる、なんとも濃ゆい夜になりました。

 

   ▽うづコウのノらなさって何なんだろう?

www.youtube.com

 雑談配信や過去の体験談などでは、ごりっごりバチバチにひどいdisもする印象のあるうづコウさんですが、

「でもそれってってに改蔵』『よなら絶望先生あるあるネタくらいに収まっていて、(お遊びおふざけと分かっていても)直接的に人を傷つけたり直接けなしたりするようなムーブにはノらないところがあるな?」

 と興味ぶかかった2週間でした。

 デリケアエムズの池田模範堂さんとの恒例コラボ股間ナイン』配信で、ケツバットをおこなう機会がきたときのこと。うづコウは(フルスイングすると見せかけて、コラボ相手の剣持くんの股間をなでるように振ってみたり、同期の緑仙さんに4割くらいのスイングで)しょっぱい打音をひびかせたり。

 Vtuber最協決定戦』本戦をおえて後夜祭がはじまるまでの1時間余りのこと。この時間を雪月花トリオは、暇つぶし/寝落ち予防としてランクマッチ・カジュアルマッチに費やすこととなりました。

 最協で1位をとれなかった憂さ晴らし的にやから演技・不仲演技でたたかうレイド・はなリサに対して、うづコウさんはひとりお嬢様プレイでほぼ戦い続けたりしました。

 

 もちろんスパーンと強くたたいて快音ひびかせたほうが面白い。お笑い界の大御所ダウンタウンの浜ちゃん松ちゃんらがスパーンスパーンとケツを張り倒される『笑ってはいけない24時』シリーズは、大晦日日本テレビの恒例特番だ。

 もちろん一緒に煽り合いしたほうが面白い。浜ちゃん松ちゃんが理不尽な理由でゲストにののしられたり、後輩の月亭方正やココリコたちがダウンタウンをアウトにしようと足を引っ張りあったりするのもまた、大晦日ではおなじみだ。

 どれだけ強く振ったところで痛くない小道具だろうし、遊びなんだからノって調子を合わせておいたほうが空気もあたたまる。うづコウだってもちろんそれは重々承知だろう。

 でもノレないところがうづコウなんだなぁ。

 などと、印象ぶかかったひと幕でした。

 べつにかっちりきっちりキマったお笑いを観たいのならテレビを点ければそれでよい。ウェイウェイやるノリが好きなら飲み会に飛び込めばいい。vtuberさんらの面白いやり取りも、実際そういったところとかなり接近している。(ほかでもないうづコウ自体が、「自分かわいさに他人の汚点を晒すことでひと笑い取ってやろうとしてしまった……」と後夜祭で失敗・反省したりもしました)

 AbemaTVやTokyoMXの年越し特番でかかわったスタッフが、Youtubeにじさんじ公式チャンネルのレギュラー配信の制作を手掛けているというお話もちらりと聞きました。実際どれも面白い。

 

 ……でもそもそも、ぼくはそういうのが観たくてvtuberをみていたんだっけ?

 初心にかえったひと幕でした。

 

 まぁ単に、そこまでノレるほど距離をちぢめてないってうづコウさんが感じていただけなのかもしれませんけど。

 おなえどし組のオフコラボで、イカスミちゃんから説教されてた記憶がちょっとなつかしい。

 

 

 ■ネット徘徊■読みもの■

  ありえなー? あり得りー?;行動経済学のえらいひとダン・アリエリー氏の研究不正(数値捏造)の陰で話題となった実験倫理規定違反

(ここまでの行動経済学;)

 2002年にダニエル・カーネマンノーベル経済学賞を受賞するなど、ゼロ年代以降たくさん邦訳本もいっぱいでた行動経済学。ポピュラーサイエンス本を読んで満足するぼくのようなやからだけでなく、政策にかんする決定など実際的な指針に利用されもしました。

 たとえばオバマ政権下で情報規制問題局(OIRA)の局長として仕事をしたキャス・サンスティーンがじしんの仕事をふりかえったの価値 規制国家に人間味を』ではカーネマンの『ファスト&スロー』が引かれたりなどします。

 話題になったのは良い意味だけではありません。近年にわかに、

 「論文に再現性がない(=再試験しても論文のような結果が出ない≒実験結果を捏造してるのでは? 都合のいいデータだけ拾ってるのでは?)」

 とも話題になっていました。

togetter.com

 ぼくが最初に知ったときは、個別の論文に否がとなえられているような具合でしたが、その数は多くなり、学問じたいが揺れている事態になってきているみたい。

 日本語で/ネットで無料でよめる記事だと、

honeshabri.hatenablog.com

 がすんごいバズってました。

 ほかにも2016年の藤島喜嗣&樋口匡貴会心理学における “p-hacking” の実践例』とか……

www.jstage.jst.go.jp

 ……未読だけど、『[98] Evidence of Fraud in an Influential Field Experiment About Dishonesty』についての紹介記事などが話題になっていました。

note.com

 当blogでも以前、「メディアプライミング効果にかんする実験を追試したら再現性がなかった」という2016年の記事を紹介しましたね。国立情報学研究所情報社会相関研究系の小林哲郎氏の論考スメディアが世論形成に果たす役割とその揺らぎ』「報道量の多い争点ほど人々の認知的アクセシビリティが高まるため,大統領や政権を評価する際の基準として用いられやすくなることを示し」たとして紹介されているIyengar&Kinder& Peters&Krosnick氏らによる1984年の研究が有名っぽい。で、この御四方のメディアプライミング効果に関する研究は、それを紹介している上述論文の執筆者小林哲郎氏当人がファーストオーサーをつとめる追試で有意な効果が見られなかった……と。

(来月の行動経済学;)

 なんというか、英米(ワクチン接種すると自閉症になるというデマとその流行にもとづく風疹ワクチン忌避と発症者の増加とか、911以後にひとびとが航空機利用を控え代わりに自動車利用をこのんだことでその年の自動車による事故死者数が例年の約1500人増・911旅客機搭乗死者数の6倍となってしまったというゲルド・ギーゲレンツァー氏の研究とかは、さすがに覆がえされようがない気がしますが、どのくらい残るんでしょうね……。

 

(本題;)

honeshabri.hatenablog.com

 日本語圏にも話題がはいってきたダン・アリエリー氏の論文にかんする不正。その詳細な紹介と、氏の著作のまとめもからめたおもしろい記事でした。

 骨しゃぶり氏は、アリエリー氏がじしんの研究を再検証していたりすることをふまえて、かれが意図的におかしたのではなく、情報提供もとの会社員が忖度してやった可能性を考えたりします。

 でもそれほどアリエリー氏が清廉潔白なひとか? ちょっとわからなくなる別のニュースを読みました。

 

 アリエリー氏がやり玉にあげられたスキャンダルは、実はくだんの不正だけではないらしいんですよね。

 代表作想通りに不合理』第11章「価格の力」で題材にした、アリエリー氏のMIT時代の研究のひとつが、MIT倫理委員会の承認もなければ要請される実験プロトコルに従ったものでもないこと、停職処分と1年後のMIT離職につながったらしいこともまた、悪い意味で脚光をあびているみたい。

(あびているってほどでもないのかなぁ? でも、とりあえず英語版ウィキペディアでは上のニュースといっしょに並べられてました

www.ha-makom.co.il

 上リンク記事が、イスラエル系(?)のオンラインニュースジャーナル「ハマコム(でいいのか? Hamakom)」の報道。どんな感じの記事か一部を勝手に訳してみましょう①。

 先週わたしたちはアリエリーに、マサチューセッツ工科大学を離れた理由について何度か尋ねました。はじめかれは「悪いところなんて何もありませんでした。別の場所のひとびととともに仕事をしたくて転身したのです」と主張しました。数日後おなじ質問をしてみたところ、家庭の事情だと返答されました。じっさいのところ真実は、前述2つのストーリーよりもいささか複雑です。

Over the past week, we reached out to Ariely on several occasions to ask him why he left MIT. At first he claimed, “There was nothing wrong. I wanted to move to a place where people work together.” When asked the same question a few days later, he responded that it had to do with family circumstances. The truth, in fact, is slightly more complicated than these two versions of the story.

(略)

 代表作であるベストセラー想通りに不合理』第10章(※訳注;早川の邦訳版では「第11章 価格の力」)でアリエリーは、設定価格のもたらす効力が私たちの体験にどれだけ影響をあたえるかを記述します。

「高価な薬は、安価な薬よりも良い気分にさせてくれるだろうか?」アリエリーは自論を証明するために、価格にかんするプラセボがもたらす効果をもちいました(※訳注;早川文庫NF版p.324~、「高価な薬と安価な薬」。この章はかれが名門マサチューセツ工科大学で研究者や講師を務めていた時代におこなったいくつかの研究に基づいています。

 論文ラセボの商業的特徴と治療効果(The Commercial Features of Placebo and Therapeutic Efficacy)でおこなった研究によってアリエリーが停職処分をうけ1年後にMITから離れたことを、ハマコム(Hamakom)は初めて明らかにしました。

In chapter 10 of his major breakout bestseller, Predictably Irrational, Ariely describes the power of setting a price on the way we experience things. He uses placebo, and the part that price plays in the effect it has, to prove his argument. That is, does more expensive medicine make us feel better than cheap medicine? This chapter is based on several of Ariely’s studies from his time at the prestigious Massachusetts Institute of Technology, where he was a researcher and a lecturer. Hamakom reveals for the first time that one of these studies, which was published in The Commercial Features of Placebo and Therapeutic Efficacy, had a role in Ariely’s temporary suspension, and a year later, departure from the university.

 わたしたちがMITオフィシャルへ取材したところ、「プラセボ実験のやりかたが深刻な懸念を引き起こした」と述べました。この研究に精通した情報筋によれば、アリエリーはCOUHES(MIT倫理委員会)による施設内倫理委員会レビューを求めもしなければ実験に要請されるプロトコルに従いもせず、80人の実験参加者へ偽薬(プラセボを「安価な薬だ」ないし「高価な薬だ」と説明したうえで服用させて電気ショックをあたえました。

We interviewed MIT officials who said the way in which the placebo experiment was conducted raised some serious concerns. According to sources with close knowledge of the study, Ariely did not request an IRB review from MIT’s ethics committee, COUHES, nor did he follow the required protocol for the experiment, which involved electric shocks to 80 participants, who were then given supposedly cheaper and more expensive medicine, both placebo.

 参加者のひとりが報告し、事件調査のため倫理委員会のメンバーがアリエリーにコンタクトを取りました。ハマコム(Hamakom)が見たEメールのなかのアリエリーは、冗談めかした返答をよこしています。「"電気ショック"と題される類の実験にかんする一般的なプロトコルをわたしは身に着けており、じぶんはそれに従っただけなんです」

One of the participants reported it, and a member of the ethics committee contacted Ariely in order to look into the case. In emails seen by Hamakom, Ariely responded jokingly, saying he has a general protocol for this type of experiment titled “Electric Shocks,” and that’s the one he had been following.

   Hadas Parush, Haaretz『Dan Ariely was suspended from research at MIT after conducting unauthorized experiment with human subjects』

www.ted.com

 アリエリー氏は全身大やけどを負う不運に見舞われつつもそれをバネに大成した苦労の人として知られ、その入院時の経験は――TEDで一講演ぶったりするとおり――研究者としてのオブセッションともなりました。

 俎上にあがった実験内容も倫理委員会への返答も、アリエリー読者であるじぶんとしては、「バンドエイドをベリッと一気に剥がすか、そろーりそろりと緩やかに剥がすかどちらが患者に苦痛をあたえないか?」それを実際に検証してみせたことを茶目っ気をまじえて語るアリエリー氏らしい研究内容やユーモアとして聞こえもします。

 『予想どおりに不合理』で記された実験の内容は、具体的にはこんな具合。

数年前、わたしは、レベッカウェーバー(MITの院生)、ババ・シブ(スタンフォード大学の教授)、ジブ・カルモンとともにそれを解明すべく一連の実験をおこなうことにした。

――――

 あなたがベラドンRxという新しい痛みどめの効果を調べる実験に参加しているとしよう(実際の実験は約一〇〇人のボストン在住の成人を対象にしたが、さしあたって、あなたにその役をやってもらう)。

 あなたは午前中にMITのメディアラボにやってくる。ぱりっとしたビジネススーツに身を包んだ(MITの学生や教員のふつうの格好とはまったく対照的な服装だ)若い女性、タヤ・リアリーが、かすかにロシア訛りのことばで温かく出迎えてくれる。タヤの顔写真入りの名札には、ベル製薬の営業担当者と書かれている。タヤが、ベラドンRxについてのパンフレットに目を通すようにあなたをうながす。部屋を見まわすと、診療所のような雰囲気だ。古い《タイム》誌や《ニューズウィーク》誌がちらばり、ベラドンRxのパンフレットがテーブルに広げられている。そばのペン立てには、薬のロゴがはいったペンが何本もはいっている。あなたはパンフレットに目を落とす。”ベラドンオピオイド系の新薬です。臨床試験の結果、二重盲検比較試験でベラドンを服用した患者の九二パーセント以上が、わずか一〇分で痛みが大きく軽減したと報告し、痛みの軽減は最高八時間まで持続しました”。では薬の値段は? パンフレットによると、一回分が二ドル五〇セントする。

 あなたがパンフレットを読みおえたところで、タヤはレベッカウェーバーを呼んで部屋を出ていく。レベッカは白衣姿で、首から聴診器をさげている。あなたの健康状態や家族の既往歴について尋ねたあと、あなたの心臓の音を聞き、血圧を測った。つぎに、レベッカはあなたを複雑そうな装置につなぐ。装置から伸びる電極の先に緑色の電極ジェルがついていて、それがあなたの腕にまかれる。レベッカによると、これは電気ショック発生装置で、いまからこれを使って痛みに対するあなたの知覚と耐性を検査するという。

 レベッカがスイッチを押すと、導線と電極を通って電気ショックが伝わってくる。はじめのうちはなんとなく不快なだけだったが、やがて痛くなりはじめ、だんだん痛みが強くなって、最後には目玉が飛びだしそうになり、鼓動も激しくなってきた。レベッカはあなたの反応を記録した。それがすむと、また新たに電気ショックがはじまる。今度は、電気の強さがランダムに上下する。非常に痛いものもあれば、ちくちくする程度のものもある。あなたは、一回の電気ショックが終わるごとに、感じた痛みの程度を目の前のコンピューターを使って記録するよう求められる。「まったく痛くない」から「耐えられないほど痛い」までの範囲を示す直線をマウスでクリックする(「痛みの視覚アナログ尺度」という)。

 この拷問の部が終わり、あなたが顔をあげると、レベッカが片手にベラドンのカプセルを、反対の手には水のはいったコップを持って目の前に立っている。「薬が最大の効果を発揮するまでに一五分ほどかかります」レベッカが言った。あなたは薬を飲みこんで、部屋のすみのいすに移動し、古い《タイム》誌や《ニューズウィーク》誌でも見ながら薬が効いてくるのを待つ。

 一五分後、レベッカは電極に先ほどと同じ緑色の電極ジェルを塗って、明るい声で、「そろそろつぎの手順に移って大丈夫ですか?」と尋ねる。あなたはびくびくしながら「ええ、たぶん」と答える。そして、また装置につながれ、電気シェックがはじまる。あなたは前のように、一回のショックごとに痛みの強さを記録する。だが今回は痛さがちがう。ベラドンRxの効果にちがいない! 前の痛みに比べればまったくなんでもない。あなたは、ベラドンにかなりいい印象を持ってメディアラボをあとにする。そのうち近所のドラッグストアでも扱うようにならないだろうかとさえ思いながら。

 これは、ほとんどの実験協力者が感じたことだった。ほぼ全員が、ベラドンが効いているときの電気ショックはそれほど痛くなかったと報告した。ベラドンがたんなるビタミンCのカプセルであることを考えると、非常に興味深い。

(略)

 つぎの実験では、パンフレットを変更し、もとの価格(一錠二ドル五〇セント)を消して、一錠一〇セントという格安の新価格を入れた。実験協力者の反応は変わっただろうか? いかにも。二ドル五〇セントのときは、実験協力者のほぼ全員が薬による痛みの軽減を経験した。ところが、価格が一〇セントにさがると、痛みが軽減した人はたった半分になった。

 さらに、価格とプラセボ効果のこの関係は、すべての実験協力者で同じわけではないことがわかった。最近の痛みの経験が多い人に、価格による効果がとりわけ強く表れた。つまり、より痛みを経験し、そのため、より鎮痛剤に頼った人では、価格とプラセボ効果の関係がより強調されていた。薬の価格が安いと、ほかの人よりさらに少ない効果しか得られなかったのだ。とすれば、こと薬となると、支払った分に見合うものが手にはいると言える。価格は経験を変化させる場合があるというわけだ。

   早川書房刊(ハヤカワ文庫NF)、ダン・アリエリー著『予想通りに不合理』p.325~329、「第11章 価格の力」より(略は引用者による)

 倫理委員会に報告がいき大学も停職させるほど実験当時から問題性は指摘されていたとはいえ、実験で与えられる電気ショックは(「非常に痛い」ものもあったようですが)悪質なものではなさそうだし(たとえば深刻な後遺症がのこって刑事や民事の裁判になった……といったようなものでもないし)、書籍でも講演でも話題にできる程度に、そして聴衆も笑ってしまう程度に「ネタ」ではある。

 

 正直ぼくなんかは、論文のデータ改ざんによる不正については「やばいよそれは! ありえなー!」と思う一方で、こちらにかんしては「大学の対応はまっとうだけど、世間で批判にさらされるほどなのだろうか? あり得りーと言い切れるものでは絶対ないでしょうけど、でもなんか、こう……?」と感じてしまう部分があるんですけど、この感覚がいちばんやばいんでしょうね……。どうにかこうにかアップデートしていきたいものです。

 

***

 

 さて上に訳したハマコムのニュース記事は、そのあと写真が載ってこれでおしまいだと思っていたんですが{というか雑にスクロールして、その後の文章はおおきく騒がれている論文データ異常にかんするものだと思ってた(ちなみに論文のデータにかんしては、「署名する位置を最初にするか後にするか」という、いま大きく騒がれていることのほかにも。MITの学生さんにマスターベーションをしてもらいつつアンケートに答えてもらうやつについても「あやしくね?」って呟いているひとがいるらしい)}、続きがありました。

 ②記事のつづきでは、倫理委員会の調査がより踏み込んで記されて……

「あなたが研究監督者(リサーチ・ディレクター)をつとめた12の実験プロトコルのなかには、一つとして"電気ショック"を題名に含んだものがないですね」

 倫理委員会メンバーが険しい表情でアリエリーに告げました。

 委員はかれに実験のプロトコル番号とタイトルの提出を要求し、そして審議中の状況だと警告し――そしてアリエリーの実験は無期限停止となりました。

 委員がアリエリーに実験プロトコルを送るよう尋ねたのと同日、委員は実験参加者の人数を知らせることも彼へ求めました。調査記録に委員が記したところによれば、アリエリーの研究助手は人体実験をおこなうための資格を有しておらず、もしこれが本当なら事態は深刻です。

The ethics panel member had a harsh response, telling him she is aware of 12 protocols for experiments with him as research director, but not a single one has the words “electric shocks” in the title. She demanded Ariely provide the protocol number and the title of the experiment, and warned him the situation was under inquiry – and his experiment had been suspended indefinitely. The committee member asked him to send her to experiment protocol and notify her of the number of participants that same day. She also wrote to him that according to the institution’s records, his research assistant isn’t qualified to run human experiments, stressing that if true, this is a serious violation.

 施設内倫理委員会の介入により、研究生とアリエリーのあいだで口論がおきました。

 学生が「"実験に必要な承認は得た"とアリエリーから聞かされていた」と主張する一方で、アリエリーは「"わたしは電気ショックにかんする一般的なプロトコルを身につけているから、それで十分だ"と考えていた」と主張しています。

 当時の研究チームに詳しい情報筋によれば、「アリエリーが無許可実験の責任をじしんの生徒に負わせようとしている」と多くの人が感じました。

The IRB intervention led to arguments between Ariely’s research students and their professor. The students claimed they had been told by him that he had the necessary approval, whereas Ariely claimed he had a general protocol for an experiment with electric shocks, which he said he thought was enough. According to a person close to the research team at the time, many of them felt Ariely was trying to roll the blame for running an unauthorized experiment on his research students. 

      Hadas Parush, Haaretz『Dan Ariely was suspended from research at MIT after conducting unauthorized experiment with human subjects』

 ……かなり雲行きがあやしくなってきます。

 

 『予想どおりに不合理』も読み進めていきましょう。

 ニュース記事原文でもふれられているとおり、話題の「第11章 価格の力」末尾(ハヤカワ文庫NF版p.338~)アリエリー氏はなんとプラセボ実験の倫理問題をとりあげているんですね。

 過去20年にわたって狭心症の治療として好評だった内胸動脈結紮について、効果に疑問をいだいた1950年代のシアトルの心臓医レナード・コブらがおこなった対照実験。あるいは1993年、ひざの関節痛に関節鏡視下手術をおこなうことについて整形外科医のJ・B・モーズリーらがテキサス州ヒューストンの退役軍人病院でおこなった対照実験。

 これらをじしんの実験のまえに紹介したアリエリー氏は、章の末尾でも「患者に偽の手術を施すことに対する激しい抗議があった」p.339と付記するために再び話題にします。

 ある処置を未来の患者に使うべきか知るために、だれかの健康や、ひょっとすると命さえ犠牲にするという考えは、たしかに簡単には納得できない。たとえば、がん患者が、何年かあとにべつの人がもっといい治療を受けられるようになるためだけに、プラセボの治療を受けている姿を想像すると、払う犠牲の異様さとむずかしさを感じる。

 一方で、十分なプラセボ実験をおこなわないことで払う犠牲を認めるのも同じようにむずかしい。これまで見てきたように、何百、何千もの人たちが無駄な(しかし危険な)手術を受ける結果になってしまう可能性がある。

   早川書房刊(ハヤカワ文庫NF)、ダン・アリエリー著『予想通りに不合理』p.339、「第11章 価格の力」より

 患者時代のアリエリー氏が受けた、「ぜひためすべきだと強く勧められた治療だが、実際は、長くつづく苦痛の経験以外の何ものでもなかった」p.339ジョブスト・スーツの思い出を話します。

 アメリカないしアイルランドで作られるこのスーツが「白人用の茶色と、黒人用の黒しかない」p.340ことや「ジョブストのマスクをかぶった人が銀行にはいり、銀行強盗とまちがわれて警察に通報されたこともあった」p.340ことなど、オモシロおかしい細部をすくいつつ……さらには過去の失敗を受けて"銀行強盗ではない"ことを示す善後策を採り入れたスーツが、アリエリー氏の暮らすイスラエルで効果を発揮するかどうか発展的なウィットも入れつつ……スーツ着用時の困難と着用中の悪影響を詳述していきます。

 こうしたスーツの有効性を調べるために立案された実験(異なる種類の繊維をためす、異なる圧迫レベルをためすなど)に、やけど病棟の患者を参加させるのは倫理的に問題があるだろうし、プラセボ実験に協力してくれるよう頼むのはさらにむずかしいだろうが、痛みのともなう治療を、納得のいく理由もないまま、何年にもわたって多くの患者に施すことも倫理的にむずかしい。

 もしこのタイプの合成素材スーツを、ほかの処置との比較試験や、プラセボ・スーツとの比較試験で調べていれば、その実験のやり方で、わたしの日々の苦痛の一部は省けたかもしれない。また、そこから新しい手法の実験――実際に使えるもの――も生まれていたかもしれない。無駄になったわたしの苦痛や、わたしのような患者の苦痛こそ、実験をしないことの真の代価だ。

 すべての治療についてかならず調べ、プラセボ実験をおこなうべきだろうか。医学やプラセボの実験にからむ倫理のジレンマは現実のものだ。こうした実験の潜在的利益は、その代価と比較して検討しなければならない。結果として、かならずしもプラセボ実験ができるわけではないし、かならずすべきものでもない。しかし、わたしの意見では、現在おこなわれているプラセボ実験は、すべきプラセボ実験の数に遠くおよばない。

   早川書房刊(ハヤカワ文庫NF)、ダン・アリエリー著『予想通りに不合理』p.342~343、「第11章 価格の力」より

 アリエリー氏は自身を害した実用品ジョブスト・スーツを、検証不足の産物としてとらえ、倫理的にむずかしい領域までふくんだ広範で詳細な実験の必要性をうったえます。

 その語り口は胸を打ちますが、しかし――こうしてスキャンダルとなったとおり――じしんの研究にかんする倫理面での批判については、この本の中では触れられていません

 

「けっきょくこれは、(大学内部で倫理面について批判をうけた)研究者としてのじしんの境遇にかんする保身や自己弁解だったんだろうか……?」

 上の記事を読んだあとでふりかえると、そんな疑問もよぎりもします。(そんな部分もあるのかもしれないが、でも、それだけではないはずだ。いや、しかし……)

 

***

 

 問題視された実験にしても、そのほか氏以外の研究者によって唱えられたプライミング効果などなどにしても(来月に出てきたお話によれば、カーネマン氏さえ論文不正があるらしい……)、再現性が問われる(=追試で再現できない・実際にはそんな効果がないかもしれない)ことの多い行動経済学的知見ですが。

ヒューリスティック/バイアスあたりは確からしいと聞いたが、きちんと調べてないからワカラン)

 アリエリー氏のここのところのスキャンダルは、逆説的ではありますが、「MITの研究者」が「MITで行なった実験」というラベルの強さをみずから実証しているようにも思え、なんともふしぎな気分になります。

 こうしてニュースになったのは、もちろんより精度のたかい詳細な研究によってそのヴェールがはがされたから=研究の勝利なわけなのですが、はたしてどこまで伝播力があるものなのか? ……ということで下の記事につづく。

 

  「だれもやってない名案」は専門家にとって(論外・検討済の)珍行為;歴史家による梅原猛『隠された十字架』批判

www.chugainippoh.co.jp

 梅原氏ははじめに日本人なら誰でも知っている聖徳太子法隆寺に対する常識を打ち破ることを宣言し、読者の期待を掻き立てる。誰もが度肝を抜かれたのは、聖徳太子の怨霊なるものを取り上げたことであろう。聖徳太子の怨霊など考えたこともない読者は思わず「ええっ」である。

   中外日報、大橋一章『『隠された十字架』をめぐって』(1/2ページ)

昭和47年の6月20日、21日の『東京新聞』紙上に、すでに田村圓澄氏が「『隠された十字架』に反論する」を発表していた。田村氏は梅原説のキーワードである怨霊について、聖徳太子の死後1世紀以上のあいだ、太子が怨霊となったことを裏付ける文献史料は存在しないこと、また日本史の上で、祟りや物の怪が登場するのは藤原氏による政権の独占、すなわち他氏族排除が露骨になる9世紀以降であることを指摘する。さらに田村氏は7、8世紀に目を向けると、蘇我馬子に殺された物部守屋崇峻天皇中大兄皇子に滅ぼされた蘇我蝦夷・入鹿・古人大兄皇子・蘇我倉山田石川麻呂・有間皇子があり、持統天皇に処刑された大津皇子、謀叛の罪に問われた長屋王の事件もある。しかしただの一人でも死霊となり、殺戮者に復讐したであろうか、と問うのである。また山背大兄一族殺害の中心人物は言うまでもなく山背大兄その人で、この事件は聖徳太子の死後のことであるにもかかわらず、山背大兄が怨霊とならないで、直接の被粛清者でもない聖徳太子が怨霊となったのはなぜか。これについて梅原氏は何も言及していないため、田村氏は厳しく衝くのである。

(略)

 田村氏の反論は梅原説の大前提が誤っていることを実証した批判であった。梅原氏が『隠された十字架』が学術的研究だと言うなら、田村氏の反論に何らか答えるべきであろう。

   中外日報、大橋一章『『隠された十字架』をめぐって』(2/2ページ)(略、太字強調は引用者による)

『隠された十字架』が世に出てもっとも楽しんだのは一般読者で、彼らは最大の支持者であった。研究者で支持した人を私は知らない。美術史研究者は梅原説を完全無視してきたが、日本史研究者は先述のように3人の批判者について紹介した。梅原氏は「私の著書に対する反論は、すべて部分に偏している」(『聖徳太子』一)とうそぶく。これでは論争にならないのである。

    中外日報、大橋一章『『隠された十字架』をめぐって』(2/2ページ)(太字強調は引用者による)

 ネットで紹介している人がいて、読んでみたら興味ぶかかった記事。

www.youtube.com

 

 知の巨人として名高く、東日本大震災後もNHK Eテレが『3.11後を生きる君たちへ~東浩紀 梅原猛に会いに行く』といった番組を組むなど、現代においても大きな位置に立ちつづけた梅原猛氏。

 その氏の出世作された十字架 法隆寺論』は、死後怨霊となった聖徳太子に釘を打ち、封じ鎮めるために法隆寺が再建された……というセンセーショナルで、そして毎日出版文化賞を受賞もした論考です。

 大橋一章氏の記事は、『隠された十字架』が前提からしてそもそも間違っているデタラメであるという批判で、そしてそれが出版当初から専門家からなされていたという記事でした。

 

 ある物事が注目されてやいのやいの話題にされるうちに「なるほどそうだ!」と柏手を打ち「どうしてこれをやっていないんだろう?」と首をかしげるほどの"名案"と出くわすことって多々あり、素朴に「集合知ってすごいな~」と感心していたのですが、ある日それに対するさらなるリアクションとして、

「いやそもそもですよ? その日はじめてその事象にふれた素人がものの数分~数時間で思いつくような"名案"をね、専門家が考えていないわけがないんじゃないですか?

 実行に移すための初期設定や段取りでつまずいているから、その案は案のままなんですよ」

 とお話しされている人を見て、「なるほどたしかに……」とじぶんの浅はかさを恥じ入りました。

 今回の大橋氏の論考は、そんな一連の記憶がよみがえる記事でした。きょうみぶかかったです。

 

***

 

 さて梅原氏はさいしょに書いたとおり「知の巨人」として生涯を終えました。

 センセーショナルだったりエモーショナルだったりして面白い論考や研究、あるいは(直上でふれたアリエリー氏の話題のような?)固定観念を増強してくれるような「あるある」だったりしてシックリなじむお話は、地道で地味な研究を凌駕する力があるのかもしれない。

 ちょっと気分が暗くなりもする日曜日でした。

 

 

0823(月)

 元気に過ごしました。

 

0824(火)

 仕事休み。日中を寝て過ごしてしまった。

 

0825(水)

 元気に過ごしました。

 

0826(木)

  仕事休み。日中を寝て過ごしてしまった。

 ■読んでるもの■

  金成英雄『房総の捕鯨』読書メモ

 円城塔さんが読了スタンプを押していたのと、捕鯨に興味があるので読んでみました。

 出版もとは崙書房。千葉にあった会社で、同地や茨城にかんする書籍をいろいろ発行していたそうな。

 先日の日記で感想文をかいた谷林守さんの短編「八月の荼毘」の参考文献(『女学生の戦争体験記』とのタイトルだけど登場するのは女学生一般ではない。大阪寝屋川の女学校創立百周年を記念した、卒業生や教師など関係者の寄稿集)といい、リサーチ力におどろかされます。

 「肉ばかりじゃない。いまじゃだれも見向きもしないが、内臓を大がまでゆで、木箱に詰めて千倉駅から貨車で送ったものだ。東京の人もみんな食べたんだよ。好き嫌いなんかいえる時代じゃなかったからね。最近は、肉にしたって、赤みがかったもの以外は、うまくないし、バレ肉といって好まれない。変わったよ」

 砲手を務めたのは二十五年以降。戦前に導入された本格的なノルウェー砲と、明治末期から使われたグリナー砲の併用時期だった。三須さんは、グリナー砲最後の砲手経験者でもある。

(略)私は南極海で砲手をしていた人から手ほどきを受けてね。潮噴きを見つけると、緊張して構えたな。右手で砲をつかみ、狙いをつけたら、撃鉄に付いた麻繩をグイと引く。その瞬間は、砲台にしていた硬い木枠もズンと揺れて強い反動があったな。有効射程は三十㍍ちょっとだが、すごい威力だった。別な砲手だけど、ある時、乙浜港で爆発したモリが、三十㍍先に停泊していた船の船長のわき腹をえぐり即死させた事件もあったな」

 三須さんが使ったグリナー砲は、いまも、経営する旅館の入り口に飾ってある。黒光りする砲には、銃とサーベルのマーク。その後、この砲はノルウェーオスロで十九世紀末ごろ作られたものとわかった。

(略)

「二、三隻が一組で漁にいくんだが、捕れずに帰る時はみじめでね。逆に、捕れて帰港するときには、マストの上の会社の旗を高々と掲げて胸がすっとしたよ。しかし、クジラもだんだん減ってきて、砲手生活も三十三年までだった。捕鯨砲の感触ほどじゃないけど、いまは猟銃かついでるよ」

   崙書房刊(ふるさと文庫)、金成英雄『房総の捕鯨』p.112~115、元砲手・三須五郎さんからの聞き書き「潮噴き発見に緊張」より(略は引用者による)

 金成英雄氏からの取材をうけ、三須五郎さんは、昭和18年から33年まで千葉で捕鯨船砲手をつとめた経験とその後の猟師への転身についてこう話しています。

 総の捕鯨』へ円城氏が読了スタンプを押したのは2021年7月29日のこと。源さんのもちだした捕鯨砲も新しそうですし、『ゴジラSP』アニメ本編制作時と関連性こそかなり薄いと思いますが、上述の知見は、複数の時代が折り重なった戦場のおかしみについて描かれた円城&伊藤『屍者の帝国』で見られたようなディテールでもありますし、ノベライズで活かされたりしたらうれしいですね。

 

 さまざまなひとに取材されているのですが、そのうちのひとりに房総・勝山捕鯨の元締めの子孫として、捕鯨の知見や資料の継承に努めている地元の名士がいらっしゃいまして、このかたが語る江戸時代の捕鯨もナカナカ興味ぶかかったです。

 むかしなので、捕鯨砲とかはないわけです。そうなってくると思い浮かぶのは、銛をかまえて投げる姿じゃないですか。

 ここに一巻の古い鯨絵巻がある。中央には背美鯨だと思われる巨鯨が血を噴いて荒れまわり、何隻かの赤・白・黒にぬりわけた鯨小舟がそれをとりまいて銛を投げつけている。

   新潮社刊(新潮文庫)、宇能鴻一郎『姫君を喰う話 宇能鴻一郎傑作短編集』kindle版17%(位置No.4484中 725)、「鯨神」より

 宇能鴻一郎さんの芥川賞受賞作『鯨神』もこう始まるわけじゃないですか。でもそうじゃないんだと云う。
 江戸時代当時の房総のクジラ捕りはもちろん砲なんてない時代なので槍を使っていた。ということでその漁には宝蔵院流の心得者がけっこう参加していたそうな。ぼくがふんわりイメージする漁師とはぜんぜんちがう!

 同書では、鯨とりに際しておこなわれるお祈りが神道仏教ごっちゃの宴会だったと云うお話もありましたが、もしかするとこの辺のアレとかも絡んできたり来なかったりするのかもしれないなぁなんて想像がふくらみました。

 

(ふりかえれば神』でも、舞台となる明治という年号も知っているか知らないかと云う和田浦の漁夫は、島原の乱以前からのキリシタンであり、和田浦にいる巨大なクジラについて宣教師の"バテレン殿"が「堕ちた天使」と語り、「悪魔と力くらべすることは、人の子だけではようでけなんだ業じゃけに」と忠告し。

 いっぽうで、よそから流れついた荒くれ者の"紀州"は、「しゃつと互角に戦えるとは、人を殺した銛をもっとるこのおれしかなか」と妻を娶り子を洗礼してもらったばかりの若い漁夫に告げもする。

 『房総の捕鯨』で「お~!」と読んだ上述の細部もじつは、とっくのとうに作家が作品の中へ取り入れ物語的に昇華している要素なのかもしれません)

 

 そう考えると海外の捕鯨者や、あるいはドラゴンなど幻獣捕りなども、漁師や猟師以外の他業種が(季節の短期労働者的に? スペシャリスト的に?)おこなっていても不思議ではないのかも。「クジラは農畜の肥料になった」とも聞きますから、たとえば取り分を融通してもらえるよう農閑期の農家さんが出張ってもおかしくない。(実話をもとにした映画/ロン・ハワード監督『白鯨との闘い』の船長は、もとは畑農家の家系だったみたいだけど、あれはもしかして「クジラのほうが実入りがいいから」以外の理由もあったんだろうか?)

 モンスター猟だとうまいコンバートがパッと思いつきませんが(狩猟道具とか、ドラゴン退治なら飛行機械エンジニア?)、航海なら博物学者やプラント・ハンターが乗っていたっていいだろうし、合戦だって騎士とかばかりでなく大工さんとかが……

 ……と思うと、そのものズバリ博物学者が同乗して船長と親友である『マスター・アンド・コマンダー』を映画化したピーター・ウィアー監督や。

 発明家と紙一重の貴族の息子が合戦にのぞむポール・ヴァーホーベン監督『グレート・ウォリアーズ』。

 大工さんの息子がその知識を生かしながら合戦するリドリー・スコット監督『キングダム・オブ・ヘブン』といった先行作・先駆者がぽつぽつと浮かんで、あれらの作品のすごさが今になってひしひしと。

 

 

0827(金)

 元気に過ごしました。

 

0828(土)

 勤務日だった気がする。

 

 ■観た配信■

  vtuber『朝ラジ2周年記念枠👑まだまだ夏は終わらない水着実装!!【Vtuber神城くれあ】』リアタイ視聴しました

www.youtube.com

 神城くれあさんが朝枠2周年を祝し、3DCGモデルに水着衣装をあつらえお披露目配信をされてました。

 御伽りざれくしょんの一員で、チーム解散後は個人で活動をされている神城さん。休みの日に神くー朝ラジ放送局や宗谷いちかさんのしせラジをリアタイ視聴できると、小学生のころ体調不良などにより自宅でやすんでいるときに点けたNHK教育テレビで『ざわざわ森のがんこちゃん』とかを見たときの感覚がよびおこされます。

 同じ時間帯でにじさんじフレン・E・ルスタリオさんも3Dお披露目配信をされていて、そちらとの二窓配信だったんですが、どちらの配信も来たひとをもてなそうと色々かんがえてくれただろうことが窺える配信で、よかったです。

 

***

 

 こっからキモい話。

 さてモデリングとかはフレンさんとかのほうが良いわけなんですけど、"がんばってくれた"感とか、生っぽさとか、見てはいけないものが見えてしまいそうな危うさとかという点ではくれあさんのほうがはるかに強く、「バーチャルならではのリアリティというものがあったりするのかなぁ」などと思いました。

 もちろんフレンさんのほうがテクスチャ数はえぐいし、物理演算とかも効いていそうです。

 くれあさんのほうは、たぶん、もともとVRChatなどでだれでも使えるような汎用性のたかい水着衣装を素体にしているんだと思う。くれあさんにぴったりの意匠だし、彼女に合わせて(配信でお礼も述べられたモデラーさんにより)フィッティングなどをされてくれているんだろうけど、よく見ると衣装が体と完全には接触してなくて、ぶっちゃけ浮いている。

 それによって彼女の実在感が下がるかというと、そんなことまったく無い。手作りの味というものがひしひしと感じられ、彼女が背を向けたりしゃがんだりしてきわどい角度になったとき、「これ、一体あたり百万円単位の大手企業vtuberとちがうだろうわけで、どこまで安全確認がなされているんだろう?」と悪い意味でドキドキしてしまった。

「万が一不慮の事故が起こったら(本人もこちらも)いたたまれない」

 そういうどきどきがありました。

www.itmedia.co.jp

 山田胡瓜イナリ畑でつかまえて』(kindle版がなんか7割引きになってる!)表題作は、現実とボタンを掛け違えたようなAR(拡張現実)表示あるあるが、現実との断絶をあらわすというよりも劇中のアキというAIの実在感をつよめるのに一役も二役も買っていました。

 そういった質感がこのお披露目配信にはあった。

 

 

0829(日)

 仕事休みで宿直日。

 

0830(月)

 宿直明けで仕事休み日(にした。31日をもともと休みに取っていたのだが、31日にやり取りするアレができたのと、昨晩の枕セッティングに失敗し頭痛がしたので振替)

 日中をけっきょく寝て過ごした。

 

 ■考えもの■

  「普通じゃない自分」が普通である悩みとかは?

shonenjumpplus.com

 21年4月期シルバールーキー賞受賞じれ位置』の切れ味がすばらしかった柚先生が、続々と新作を発表されていてる。7月はイスクリームの夜』で、今月が女作』

 発表頻度から、そして良くも悪くも作品内容から、いきおいで書いているように見えて、たとえば冒頭の編集とのやり取りが「仕事なんだからもっときちんとコーチングや説明をしてあげようよ」という疑問をつぶすコマ回しになっていたりなど(主人公のトイレ退席からバックレという異常行動をえがいたあとに、取り残された編集のコマを書いているので、「編集が説明不足なんではなくて、彼は説明する意志があったけれど、そうするまえに主人公が勝手に出て行ってしまったのだ」という風になっている)、他者がどう読むか(=なにをツッコむか)をきちんと見ているひとなのかなとも思いました。

{ このシーン初読の段階では編集氏は「作品に厚みを持たせるには人生経験を積まにゃ」「恋愛作品には実際の恋愛経験が」みたいなタイプのひとに見える。

 でもよくよく読んでみるとそんなコト言っているようで全然言ってないという}

 

 とはいえ、引っかかる部分が潰しきれていないのもまた事実だと思います。

 残酷なお話ですが……

 ……文化庁メディア芸術祭のアニメーション部門選考委員となった(おめでとうございます!)青柳美帆子氏のつぶやきはなるほどたしかに納得いくものです。

 

***

 

 青柳氏のつぶやきから思ったのが、「じゃあ、もっと"らしい"悩みって何だろうな?」ということで、

「"普通じゃない自分"という悩みも、(前例が無数にある)普通であること」

 とかになるのかな? などと思ったり。

 先日の日記で、『100日間生きたワニ』を叩く多数派の声に難色をしめしたダヴィンチ恐山さんの姿勢に、桐谷監督『CASSHERN』について他者の批判へリンクを張って同意するだけで自分の意見をいわないまま批判する多数派の声を痛罵した伊藤計劃さんの姿勢を思いだしたときに、

「"みんな"の声ではなく、ほかでもない自分の意見を持とうとする……そんな姿勢自体も、わりあい人口に膾炙するふるまいだよなぁ」

 なんて思ったので、ぼくにとってなにか大事なポイントらしい。

 曽田正人hange! 和歌のお嬢様、ラップはじめました。』を読んでいるうちに「ラッパーはこういう悩みを抱えたりするのかな?」と妄想のふくらんだ展開も、なんかそういう具合のものでした。

 ラップ歴は浅いけど仲間に手ほどきやダメだしを受けて練習を積んできた新人ラッパーがフリースタイルバトルをしているとき、韻もゴリッゴリに踏んでいるうえにバトル相手に対して核心を突いた渾身のライムをできたとする。

 言ったそばから勝利を確信、フロアは熱狂、じっさい完勝した新人ラッパー。

 余韻に浸っている新人ラッパーに対して、いっしょに練習をがんばってきた友達が声をかける。

「すっごいじゃん! 韻もゴリッゴリに踏んでいるうえにバトル相手に対して核心を突いている!」でしょでしょ? と聞いているラッパーの顔が最後に鈍る。

「極めつけは○○○というライム! バトルでかかった『◎◎◎』原曲の歌詞のサンプリングであることはもちろんのこと、△△△さんがそう歌ったバックグラウンドまで汲むような圧巻のヴァースじゃん! いつの間にそんなヒップホップIQ身に着けちゃったの!?」

 ……じぶんがその場その時の瞬発力で生み出した渾身のライムは、じぶんが知らないだけで前例があり、熱狂したフロアはじぶんの知らない文脈でじぶんの意図せぬバックグラウンドを深読みして勝手に盛り上がっていただけだったのだ……。

 ……みたいな展開。こういうことってあったりするんだろうか?

 『処女作』じしんも、他作家との作風の比較がなされ、かなり辛辣なことばが飛ぶ。

 (引用したツイートはそういうつもりで言っているんじゃないとはいえ)アルコール依存症になりその体験もまた作品にした「永田カビさんがヘルシーになったら読むとこなくない?」との声が飛ぶあたりも凄いのですが、「その人独自のオリジナルな味がなければ……」という点においては変わらないですね。

 

 庵野監督がじぶんはコピー世代だと言ったとか言わないとかなのも前世紀のおはなし。「オリジナルになれないわたしたち」という悩みもまた、無数にありそうなものですよね。

 もっともっと"らしい"悩みってなにになるんでしょうかね?

 

 

 ■ネット徘徊■社会のこと■covid-19のこと■

  vtuberのイベント・企画はどうなっていくんだろうか

www.chunichi.co.jp

namimonogatari.com

 長年ひらかれていた音楽フェスNAMIMONOGATARIの感染症対策が微妙だったことで非難が紛糾していました。

 NAMIMONOGATARIはまったくノータッチですが、ぼく自身、ここ1,2年で音楽イベント・集会イベントを楽しんできていないわけではないので、じぶんの楽しんでる分野はどうかな……と考えてしまいました。vtuberのイベントはネット鑑賞のみですが、映画は一回『シンエヴァ』だけは観に行ってしまった(ひとによってはそれがオリンピックだったり甲子園だったり、フジロックだったりアニサマだったりその他もろもろだったりするんでしょう)}

 バーチャルtuberの、演者も観客もだいたいが20代前後・10代~30代で職域接種の範囲外だろう(けれど通学や通勤など、不特定多数との接触がさけられない)人々が多いだろう界隈では、どこまで気をつけていたってかかってしまうときはかかってしまう。

 ある程度の期間を上映しつづける映画などと違い、その日限りのイベントとなると、無理をしてでも現地で参加したい人は出てきてしまうよなぁと、気分がどんよりしていきます。

 

***

 

 エニーカラー社の運営するvtuber団体にじさんじのイベントをみていくと、世の興行に従うみたいな感じで、なにかとくべつ衛生に気を配っているわけでもなければ、逆にとくべつ軽率というわけでもないみたい。

 世の中が重く見ていた時期は中止になることもあれば、だいたいの場合は椅子ひとつ飛ばし・無歓声の有人イベントが主なような感じっぽい。9月以降は、通路は増やしつつも、ふつうに席は空席つくらず並ばせるっぽい。

{映画館で集団感染おきてないので、それでも良いのかもわからんが、大入りだった(けど集団感染の話は聞かなかった)『鬼滅』のときとは比べ物にならないくらいに感染者がいる現在でどうなのか? 正直ぼくは不安な気持ちしかない……}

 2021年2月に開催予定だった『にじさんじShout in the Rainbow東京公演』は中止、4月のにじさんじSitR追加難波公演』は配信限定の完全無観客ライブ

 同年12月におこなわれた『剣持刀也ソロイベント虚空集会』や『戌亥とこ1stライブ』、翌2021年2月におこなわれた『樋口2ndソロライブAIM』や東京ビッグサイトにじさんじShout in the Rainbow東京リベンジ公演』そして『にじさんじ Anniversary Festival 2021 前夜祭 feat.FLOW』は、どれも椅子一つ飛ばし・無歓声の有人イベント。

 7月末のにじさんじARライブLight up Tones』は、配信限定の完全無観客ライブ。(ただし急遽プログラム変更とかではなく、最初からそう)

 8月末の『RainDrops1stライブ雨天決行』では椅子ひとつ飛ばし・無歓声の有人イベントとなっていて、今後の秋のイベントもまた大体そんな感じになっていくんでしょうかね?

 ……と思ったら、9/4のZeppダイバーシティーの『NIJISANJI SHOW DOWN』は椅子で隣り合う感じに見えたぞ。8席ずつくらいで通路のある配置みたいだが、う~ん……。

 

***

 

 スタジオへ複数のライバーがあつまっての企画配信を観ているときにもふと、「このひとはふだん"東京外の実家から配信をやっている"と言っていたよな。いつぞや夜間バスで集団感染が発生したことがあったけれど、もし"このひとがcovid-19陽性でした"、"乗っていた新幹線でもほかに陽性者がでました"、といったことになったら……?」という不安がわいてくることはある。

 アバターの口がパクパクしているのを見るに、カメラの向こうの中の人びとはノーマスクだよなぁとか。(でもそもそも、一緒にご飯とかを食べたりしているようなんで、配信中だけマスクつけても意味がないですが)

 

 これまであまり観ていなかったFPS大会配信が心境として楽になってきました。(それぞれが自宅などでやっているだろうことがわかるので)

 

 ■見た配信■

  にじイレまつりのわちゃわちゃ感をFPSで;BFJストリーマーカップを樋口楓視点で視聴

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 多人数FPSのご長寿シリーズ『バトルフィールド』のストリーマー大会がひらかれたので、エニーカラー社の運営するバーチャルYoutuber団体にじさんじに所属する吹奏楽部所属女子高生系vtuber樋口楓さん(愛称でろーん)視点で視聴しました。

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 『BF』の熱心なファン、ソバルトさんが地道に声掛けをしていったりなどにより開かれたこの大会は、この日記でもあつかったFPSの大会とはちがって下手なひとでも何かしら活躍や取れ高がありそうなワッチャワチャごっちゃごちゃのエンジョイ戦場がひろがっていました。

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 感触としては、各配信者がひとりの選手をうごかして11vs11のサッカーゲームをおこなった『にじイレまつり』にちかいにぎやかさです。

 

 今回のゲームは第二次世界大戦あたりをモチーフにしたFPSで、4人編成の小部隊(スクワッド)8組によるチーム同士の戦い。敵味方合計64人が同一舞台に入り乱れ、戦績ポイントをかせいでいけば空爆の援護要請をだせたり、装甲車や戦車を投入で来たり、はたまた戦闘機で上空から戦ったりすることもできるようになります。

 バトルロイヤル系やタクティカル系のデスマッチなどの、ラウンド中にいちど死んだら二度とリスポーンできない類のFPSとちがって、待機時間はあれども何度だってリスポーン可能。

 プレイヤーが選べる兵科は倒れた味方を回復復帰させられる衛生兵などもいるので、(また、多人数でワチャワチャした戦況になりがちだからうまいひとでも的をしぼりきれず、取りこぼしというのはどうしたって生まれるために)エイムが下手だし射線管理もようわからんFPS素人でも、意外とこう活躍・チームに貢献できたりするんですね。*2名作ドラマ『バンドオブブラザーズ』スピアーズ中尉がそうしたみたいな、伝説的な瞬間だってうまれかねない。

 

 でろーん小隊も熟練者かというとそんなことなかったのですが、素朴にたのしく観れました。

 ようやく投入した装甲車などを走らせて……

椎名唯華「この戦車とともに行ったら!」

 ……別小隊の歩兵たちが切り込むための盾となったり……

ソバルト「なんかにじさんじ部隊が車であばれてるらしいよ(笑)」

 あるいは街の道路標識を倒しながら爆走し、敵影に直進してそのまま轢き殺し……

ソバルト「あ~でもあの車じゃね? あの車だz !(笑)……おいなんか乗り捨てしてるんだけど~(笑)」

 ……あげく階段を登ろうとして陸橋に激突・スタックして乗り捨てたり。

Ak1to「でろーんさん、なんで?(笑)」

 別小隊の運転する戦車の装甲にジャンプして物理的に相乗りしたり、

Ak1to「だれこれ……でろーんさんや(笑)」ゆふな「なにしとん(笑)」

 それも複数回したり(笑)、そんな奇行をみて味方チームの他小隊がゲラゲラしていたり……と雰囲気がとてもよかったです。

 

 

0831(火)

 ■身の回りのもの■

  セミを夏の終わりになってようやく見た

 先週くらいの帰り道、仰向けになったセミを見かけて「夏ももう終わりだなぁ」と思いましたが、昨晩は白く透き通ったセミを見かけました。あきらかに羽化したてでありました。

 そうして気にしてみるとにぎやかに騒ぐセミの声が聞こえてきて、こうして振り返ってみると、そもそも今年はここまでセミの鳴き声を聞いた覚えがない気もしてきました。

 はたしてぼくが気にもできないほど余裕がなかっただけなのか?

 それともまじにいまがセミが元気になってきた時期なのか? どっちなんだろうな……。

 

 

 ■見た配信■

  vtuberなど/『R6S』公式大会ロイヤルフラッシュ事前練習カスタムマッチをイブラヒム視点で観ました

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rainbow6.jp

 5vs5のタクティカルFPS『トム・クランシー’sレインボー・シックス・シージ』の公式主催による実況プレイヤーを中心とした大会「ロイヤルフラッシュ」(9/10本番)に先立って、対戦チームが一堂に会しての事前練習カスタムマッチがおこなわれました。

 対戦チームは4組で、にじさんじの面々4人に元プロのつよつよゲーマーうるか氏、コーチにけんき氏が組んだチームイブラヒム(本戦チーム名「Lierパンダ」、女性ゲーマーvtuber集団ぶいすぽっ!の面々5人に(プロゲーミングチーム野良連合時代に『R6S』世界4位)Wokka氏をコーチにむかえたチーム胡桃のあ(本戦チーム名「ぶいすぽっ!シージ部」、えなこ氏を中心にプロゲーミングチームCrazy Raccoon所属だるまいずごっど氏ありさか氏などが固めるチームえなこ(本戦チーム名「えなこりん親衛隊」、プロゲーミングチーム野良連合に所属していたこともあるAlpha Azur氏を中心におなじく野良連合元所属BobSappAim氏やvtuber団体ブイアパ所属杏戸ゆげち、『APEX LEGEND'S』の日韓公式大会「ALGS Summer Circuit #1 - APAC North」で最終戦22キルで逆転優勝したあれる氏などが組んだチームAlpha Azur(本戦チーム名「サボッテンちゃうぞ!」。全プレイヤーのうち上位0.2%のプレデターランクに入るような実力者がバリバリいる、FPSやTPSやその配信にうといぼくでも耳にしたことのあるようなかたがたによる対戦ですね。

 にじさんじチームの配信では、ほかのチームのガチっぷりを見て最後の最後でうるかさんに声をかけた~なんて舞台裏話をされてました。{他FPS『APEX LEGEND'S』でプレデターのうるかさんがいてわりとあやしい、「ようやく善戦できるんでは?」くらいに地力がちがうらしい(アルファチームは3人くらいプレデターやマスターがいて、ぶいすぽチームもマスターがいて、えなこチームもプレデター3人とか?)}

{この日以後のゴタゴタをみての追記;

 ガチで優勝を狙いにいくなら、もっと助っ人を呼んだんでないかという気がするし、てっきりうるかさんを含めて気心知れたメンツで楽しむことが主眼だと思っていたんですが、なんか企画がゴチャった余波もあるとかないとか。

 ポイント制があったとかなかったとか、あったとしても主催に近いけんき氏が組ませたチームがポイント超過してるとか、面倒くさいお話になっていました。(けんき氏から公表されたディスコードの文面だけ見ても勘違いの起こりそうな文章だし、情報伝達にズレがあったんだろうなぁという感じ)

 

 『R6S』は数年前に――たしかまだ『PUBG』が配信の華だった時代に――にじさんじの叶くんなどが「にじさんじシージ部」と称して実況プレイしていたのを見たきり。そのころとは同じマップでもかなり部屋割りが変わっているらしい。

 チームイブラヒムの面々の『R6S』習熟度も大体そんな感じということで、対人戦をするまえにまずゲームや各戦闘舞台の立ち回りについて何をどうすればいいか座学から入るような、初心者にもとっつきやすい配信となっていました。

 ガチに練習してマジに戦うタイプのゲーム大会をぼくはわりあい食わず嫌いしていて、というのもそもそも、配信者さんが普段の配信で定期的に何時間とやる実況プレイ自体をべつに好んで観る人間ではないんですよね。

 配信タイトルを自分でやったことないまま(あるいは、あまり触ったことないまま)観ているのもあって、配信者さんがいま優勢なのか劣勢なのか状況がイマイチよくわからないまま時間が経過し、「ヘッショきめたすげー」「連続キルすげ~」「あ~なんか残り人数少なくなってきたな」「お~チャンピオン取ったー・ドン勝うま~」みたいな感じで素人にも分かりやすい中間点や結果へだけ反応する……みたいなかんじになりがち。

 つまり「やってれば分かってくるからw」のノリで友達の家で友達所有のゲームをやるあの心地

 配信者さんもショービズ精神があるので、配信ウケする魅せプレイをしてくれたりしますが、毎秒毎時間そうはいかないですから、ぼんやり観てしまいがちになっちゃうんですよね。

 

「ふだんのカジュアルプレイでもポヤポヤ観ちゃうんだから、熟練者がガチに取り組む配信なんて……」

 と敷居を高く感じてしまっていたんですが、むしろマジの大会(にむけたガチの練習配信)のほうがハードルって低いのかもしれない。普段のゲームプレイだと流されるようなことまで配信者が言語化してくれるんですよね。

 定石はどういったものがあるのか? と事前に座学がなされたり、このプレイヤー(チーム)がこういう構成なのはなぜか? など納得いく対話がおこなわれたり。戦闘中、どのような意図でどううごいているのか? 報連相もしっかりなされるし、戦闘後にはそれらについての良し悪しがどうだったか? 検討もはいる。

 

 味方も敵もプレイヤーの向き不向きがわかってきて、戦術(案)が立てられて、伝達と練習がなされ、対戦して却下や採用が見えてくる。プレイヤーも経験を重ねて立ち回りを覚えてきたり、一方のライバルもまた習熟してきて穴だったところが両面埋められてきたり、そうしてまた、より最適化された戦術が立てられて……と、徐々に形になっていくのがたのしい。

 たのしいのだが、配信時間帯がきびしすぎる。さまざまなメンツが集まっているためか、練習カスタムマッチは深夜0時始まりの朝5時終わりとかになっていて、付き合っていたら生活サイクルが終わる。

 さいごまで1万人~2万人の同時接続者がいるのはえらいことで、むしろこの時間帯こそがしっくり来る、ぼくとは全く異なる時間軸で生活しているひともいっぱいいるのだろうなぁなんてことも思ったり。

 

 

0901(水)

 ■観た配信■

  vtuber『【3Dフルトラッキング】今日は誕生日!3Dライブだよ〜!【乙女おと/Vtuber/OtomeOto】』リアタイ視聴しました

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 5000兆円ほしいvtuber乙女おとさんが誕生日3Dライブをされていたのでリアタイ視聴しました。

 にじさんじに所属する高貴なるヴァンパイア系vtuberギルザレン三世様経由で知ったかたで、bilibiliなどでも活動の幅を広げているかたです。今となってはむしろbilibiliリスナーのほうが圧倒的に多い。

 今回はbilibiliミラー配信との二窓で見ました。

 中国など海外でのvtuber人気というのがよく分かっていなかったのですが、bilibiliでは逐一同時通訳する字幕職人がいらっしゃって、「ハイソサエティ……!」となりました。

 第一幕は、見慣れた中華風のおとちゃんの部屋からのライブ。『ハッピーシンセサイザ』や『いーあるふぁんくらぶ』など楽しい曲ではじまったライブは……

「じゃ次はね、"指で誓う"という、ラブソングを歌わせていただきたいと思います。お次の曲はおとちゃんなりの解釈やアレンジも含めて、中国語と日本語で聞いてください。

 指起誓』

 ……ilemさんによるヴォーカロイドUTAU楽曲『勾指起誓』の中日交互歌唱などのエモい曲もとびだします。

 第二幕は、ライブステージらしい舞台で、おとちゃんのオリジナルソングを中心とした構成。いやぁこれだけたくさん歌って踊って、チャットへも反応して……と立派なライブでした。

 日中を股にかけてさらに羽ばたいていってほしいですね……。

 

 ■読みもの■

  akinaka&城谷間間『転生競走馬エッチマン』2巻まで読書メモ

(読んだ作品の感想というよりも、読んで思い浮かんだことのメモです。作品の記述から汲めたということではなくて、ぼくが好きなことを勝手に話した感じ)

www.comicride.jp

 akinaka氏による18禁Web漫画『エッチマン』の全年齢商業誌でのリメイク。{全年齢とはいえ結構にあけっぴろげな濡れ場がある。ヤングコミックスとかあの辺が全年齢なのがよくわからんのと同じように今作も全年齢なのがよくわからん)

 表紙からイメージされる内容とはちがって、ヒトとそう見た目も意思疎通もかわらない二本足で走るウマはでてきません。四本脚で人語をしゃべったりしない馬が走るタイプの競馬マンガです。

 

 Web版も最初のほうだけ読んでみましたが、さくさく進むエロコメであったので驚きました。冒頭からストーリー部分についてもけっこう補完・ふくらませていて、コミックライド版で読んでいくのが楽しいかもしれません。

 ふくらませた結果、『マキバオー』オマージュとしての輪郭がはっきりして、一戦一戦が熱いレース物となっています。

 馬刺しにされるという脅し文句や、(長い長いリーゼントをした)馬が空気抵抗を軽減させるために頭を下げたまま走る(『マキバオー』のライバルであるカスケードの独特の走法というゴールを、『エッチマン』独自の理屈で成り立たせている)……そういう部分だけではなくて、レースに馬や騎手の感情や性格そして人生が乗っていく肝の部分がつうじているんですよ。……つうじているのかなぁ? いやわかんねぇな……。そうでもないかもしれん……。

 

 『マキバオー』は異種間で会話は通じこそすれ、それぞれの生物種や職種のちがいにはっきり目を向けた、多声的な作劇も魅力的でした。『エッチマン』では――話の枕で、これから強くフォーカスが合わせられるかは不明ですが――牝馬牡馬それぞれに転生した元ヒトの視線をつうじて、競走馬というシステムのエグさについても目が向けられています。

 人馬問わず美女であれば馬乗りになりたいという、とにかく卑猥な欲望にあふれている主人公の造形も、物語の中でなかなか面白い機能をはたしてくれています。

 騎手時代にライバルでかつ主人公が想いを寄せていた、現ライバル牝馬のヒロイン①。彼女は「達成すれば人に戻れる」と夢で見たという凱旋門賞制覇できなければ、牝馬らしい余生を送るだろう運命にある。

(厩舎員などのヒトが牝馬の鼻に器具を入れて、牝馬がだれとも知らぬ牡馬から種付けられることを拒もうとすれば痛みを与えて従わせるおそろしさ!)

 騎手時代は知らなかったけれど自分(主人公)に想いを寄せていた後輩騎手で、げんざい馬となった自分のジョッキーをつとめるヒロイン②。彼女は馬となったじぶんへ心を開いてくれているけれど、それはあくまでヒトから馬へ向ける親愛であって、どうやら同じヒトのべつの後輩騎手と距離が接近しているみたい。

 

 『マキバオー』とちがって『エッチマン』ではヒトはヒトと、馬は馬と、転生馬は転生馬としか会話が概ねつうじません。*3主人公は前世の騎手としての知識や現在の名馬としての肉体によってレースをうまく運ぶことができますが、手綱をにぎるのは騎手であり、競馬はひとりで勝てるものでもない。

 騎手の心理を読んだり、あるいは騎手が「じぶんの乗っている馬がどうして今こうしているのか?」などを考えたりする必要があり、そうして両者の足並みがそろったときの活力が魅力的。

 『スナックバス江』の1エピソードで、恋愛漫画で主人公がだれと結ばれるかをダービーにたとえた回がありました。『エッチマン』はそれをそのものズバリ競馬の世界でおこなっているような感触がある。

 敬愛する作家・伊藤計劃さんは、物語における恋愛要素のむずかしさを学友とこう話します。

「てかさ、ハチクロって後半、美大とか才能の葛藤とか関係なくね?」「まあ、恋愛話がすべてを覆い尽くしますな」「要するに、恋愛って、それおっぱじめると構築してきたすべてが崩壊し、展開していたすべてが凍りつき、ただ恋愛が圧倒的に物語を支配して、じゃあそれまで美大生活とか描いてたのなんなのよ、ってくらい他のすべてがどうでもよくなるよな」「それはげんしけんでも一緒だろ」「実は「2nd GIG」見ると攻殻ですらそうだ」「『素子ォォォォ〜』なんて叫ぶバトーさんはまるで小学生だ」「恋愛ってスパイスにはならんよな、物語を暴力的にドライブさせはじめて、それ以外の要素を彼方に追いやるから」

   伊藤計劃:第弐位相』2006年10月29日、「おやじのつぶやき」より

 『エッチマン』における色恋は、ときとして勝負の世界におおきな影響をおよぼします。

 馬となってレースにでた主人公は、ヒトであったころとおなじく、馬となったヒロイン①のお尻を追いかけて、けっきょくそのまま見続けてレースを2着で終えてしまったりする。

(真剣勝負として見たら脱力モノの結末かもしれないけれど、この主人公のふるまいとしてはしっくり来るものだ)

 あるいは別のレースで主人公に乗る騎手ヒロイン②は、馬となった主人公にとある呼びかけで発破をかける。その掛け声は、『マキバオー』で聞けなかった類のものだと思う。主人公たちの隣で展開される『マキバオー』的な物語とは――独特の髪型と気風ゆえに腫物あつかいとされてきたリーゼント馬と、そんなかれを見捨てなかったベテラン騎手との間に生まれ、そしてレース場でスパートの入った情念とは――だいぶ異なる様相だと思います。

 でもそれって、『マキバオー』が生み出してきた、べつべつの背景と思想を背負った個々人がおなじゴールを目指すさいのそれと、一体どれほどちがうものなんだろうか?

 

 そしてじっさいの競馬の世界と、そうかけ離れたものなんだろうか?

 競走馬が身に着けさせられるメンコ(頭巾)ブリンカーシャドーロールの類いは、馬の視界や聴覚をマスクして集中力や感情(のうちのひとつ、恐怖心)の増減をコントロールする装具と見ることも可能でしょう。

 シャドーロールには、もうひとつ大きな効果がある。

 頭を高く上げて走る競走馬の姿勢を、低く矯正することである。シャドーロールをつけると、足元がみえなくなって不安になるため、走行中の競走馬は自然に頭を下げるようになるのである。

   講談社刊(ブルーバックス)、JRA競走馬総合研究所編『競走馬の科学 速い馬とはこういう馬だ』kindle版53%(位置No.1437中 742)、「第3章 速く走らせるための工夫」より

 競技におけるモチベーション設定や維持・メンタル面でのケアが取りざたされる昨今であり、情だって競技の大事な一要素だという見方も当然ありましょう。

 ウオッカヴィクトワールピサシーザリオカネヒキリなどなどを育てた角居厩舎の調教師・角居勝彦さんは馬の色恋とレースや調教への影響をこう語ります。

 牝馬3歳の春はとてもデリケートです。フケ(発情)の出る時で、体調管理が難しい。手入れをしていると人間のほうに体をぐっと押しつけてきたり。排尿のポーズをしたり。でも私はフケをやっかい事とは思わない。これはこれで、健康に育っている証拠なんです。

   小学館刊(小学館新書)、角居勝彦『競馬感性の法則』kindle版7%(位置No.2508中 145)、「第1章 GⅠの戦い方」2 桜花賞より

 いわば思春期の男の子である牡馬は心が弾みやすいので、牡牝を厩舎の真ん中で分けて離します。それでも落ち着かない牡馬の馬房は一番隅っこ。調教で馬房から出ると、「やっと牝馬に会えた!」という感じで色めく牡馬も多いです。

 色気とは別に、馬同士の好き嫌いもある。それが分かれば馬房を離します。調教場へ向かう隊列でも、あの子の後ろはイヤだとか、あの子が近づくと耳を絞って蹴るとか、相性がある。調教で並走させる場合は相性の悪い組み合わせを避けます。

   小学館刊(小学館新書)、角居勝彦『競馬感性の法則』kindle版77%(位置No.2508中 1904)、「第4章 競走馬を取り巻く人間と環境」2 厩舎の日常より

 

 もちろん勝負の世界に情のはさむ余地なんてない、という見方もあるでしょう。角居氏はこうも語ります。むしろこういうお話のほうが多い。

 実は、ジョッキーは馬に好かれない。いわば憎まれ役です。

 馬にとって競馬場はストレスを感じる場所。そこに搭乗するカラフルないでたちの人がレースで激しく追ってムチを振るう、馬にとって怖い存在です。ジョッキーは馬に嫌われてこそ。精一杯に追って、馬の能力を最大限に引き出してもらわなくてはいけません。

   小学館刊(小学館新書)、角居勝彦『競馬感性の法則』kindle版75%(位置No.2508中 1865)、「第4章 競走馬を取り巻く人間と環境」1 ジョッキーより

 産駒たちがあまり活躍していないパイオニアオブザイルの子の一頭で、足首に傷跡もあるために疑問視する目利きもすくなくなかった"厩舎番号85"。この仔を売って別の仔を何頭か買おうとしていたエジプトのビール王アフメッド・ザヤッドにたいして、配下の目利きジェフ・セダーは「売ってはいけない」と助言し「この仔はこの年の最高馬で、ひょっとすると10年に1頭の逸材かもしれない」と強く推しました。

 のちにアメリカンファラオとして11戦9勝、獲得賞金865万ドルの大活躍することとなるこの馬を見抜いてみせたセダーの研究を、Googleなどに務めたアナリストのセス・スティーヴンズ=ダヴィドウィッツはもが嘘をついている ~ビッグデータ分析が暴く人間のヤバい本性~』で紹介します。

 セダーの研究は文字どおり糞をかきわける地道なものですが、そうして導き出された結論は、根性論とは無縁で血も涙もない。まったき理性の産物でした。

 セダーはデータのみを追い求めた。彼は競走馬のさまざまな属性を測定し、そのうちどれが最も成績に関わっているかを調べることにした。これがインターネットが登場する5年も前だったことをお忘れなく。(略)

 セダーの孤軍奮闘は長らく続いた。馬の鼻孔の長さを測り、世界初かつ最大の馬の鼻孔サイズと後の獲得賞金のデータベースを完成させた。だが鼻孔のサイズは成績に関係していなかった。馬の心電図データも取り、死んだ馬を解剖して馬の速攣縮(全力疾走に使う速筋)の量も測定した。あるときには厩舎から糞を掻き出して量を測りさえした。レース前に体重を落とし過ぎるとスピードが落ちるのではないかという仮説を検証するためだった。いずれも戦績には関わっていなかった。

 そして12年前、ついに突破口が開いた。内臓の大きさを測定することにしたのだ。既存の技術では不可能なことだったので、携帯式の超音波測定装置を自作した。成果は目覚ましかった。心臓とりわけ左心室の大きさが馬の戦績を最も左右する変数であることを突き止めたのだ。他の脾臓も大切だった。脾臓が小さい馬はろくに賞金を稼げなかった。

 セダーはほかにもいくつか発見をした。膨大な数のギャロッピング動画をデジタル化して、ある種の足並みが戦績に関わっていることを見出した。

   光文社刊、セス・スティーヴンズ=ダヴィドウィッツ『誰もが嘘をついている ~ビッグデータ分析が暴く人間のヤバい本性~』kindle版23%(位置No.4896中 1074)、「第3章 何がデータになるのか――驚くべき新データの世界」鼻腔のサイズ? 糞の量? 飽くなきデータ探し より

 

 色恋沙汰がレースに良くも悪くも影響をあたえるようすは、すでに1,2巻までで描かれてきました。

 はたして『エッチマン』はそうした情をふりきるお仕事(レース)漫画になるのか? それとも、そうした情ふりきる業のふかそうな漫画になるのか?

 

 いやお金も時間も有限なので、人生にひとつだけ(競馬)漫画を読むとしたら? と問われたら『マキバオー』シリーズを断然おすすめいたしますが、ちょっと続きが気になるシリーズでした。

 

 

0902(木)

 宿直日。

 

 

0903(金)

 宿直明け日。

 ■社会のこと■COVID-19のこと■

  地元のインフラが陽性者発覚で一時閉所になっていた

 必要書類を提出しにお役所に行ったら、陽性者発覚ということで一時閉所になっていました。ありがたいことに職員さんがひとりだけ玄関外に立ち、書類の確認と受け取りをしてくれていたので、書類自体は提出できたのですが、罰当たりなことに、

「事情説明をしてくれるこの職員さんは、どういう基準で立っていいということになっているんだろう? 陽性が発覚した数日間、いっしょに仕事をしていないひと? しているけど別の階の別の部署のひと?」

 と不安になってしまいました。

 

 ■ネット徘徊■

  はたして3~40代でもぼくは仕事をしつつオールナイト上映へ行けるだろうか?

 後述のとおり『丹』を読んで、中高生時代にアフタヌーンやモーニングを読んでモヤモヤと「世界は広い……」てなった気持ちを思い出したので、ゼロ年代に回帰してました。

 のちに小説家デビューすることとなる伊藤計劃氏のダイアリーには、たびたび「K社のデザイナーKさん」なる人物が登場していて、(おそらくKONAMI小島プロダクションに所属し、)「この人がいなければ小島さんと北村さんの出会いもなかったであろう、スーパーアクティブな凄い人。メタルギア限定版やムック本周辺の生頼範義絵や山本タカト絵の氾濫っぷりはすべてこの人のおかげ」であるそうなのだが*4(漫画家として新人賞を取っていたとはいえ)当時はまだ面白いネットレビュアー/同人作家のひとりでしかない若者とひんぱんに映画を観に行っていたバイタリティとフットワークの軽さに驚かされる。

 2005年、小島プロダクションが発足されて半年くらいの忙しそうな時期に、『カースト』『蝋人形の館』秘宝ナイト(『MGS4』トレイラー上映と、小島監督らの登壇)をはしごするのはすごい。

 

 

 ■18禁の話題■読みもの■

  ハーレム物エロ漫画の主人公(の不誠実さ)問題;幾花にいろ『丹』読書メモ

news.toranoana.jp

 それはなんですか;

 全年齢向け漫画界での活躍もめざましい幾花にいろ氏の、成年漫画集第2冊です。

 成年向け第一集『幾日』は、『comic快楽天』などワニマガジン社掲載作品たちの本。今回は『comicアンスリウム』などジーオーティー社掲載作品たちの本。アクのつよい、ビターめの作品が多いかな。

 丹色(にいろ)がうつくしい『丹』は成年誌デビュー作「やむまで」から今年夏に発表したばかりの最新作まで、幾花氏のさまざまな時代の作品がたのしめる一冊です。連作「秘密」シリーズは、2016年に第一作が発表されたときには掲載誌『comicアンスリウム』は40号で、2021年夏のシリーズ完結時には100号の大台へのってしまった(笑)

 読んだ感想;

「君の絵柄はエロマンガに向いてるから

 エロマンガを描きましょう!」

   ジーオーティー刊(GOT COMICS)、幾花にいろ『丹』FANZA電子書籍版p.208/214、「あとがきです」

 コミックス新規収録分として、デビューまでの経緯や、各漫画の執筆経緯(自身の成年漫画にかんするイメージや、編集からのオーダーなど)がわりあい明け透けに語られていて、とくに「秘密」シリーズのお話は興味ぶかかったです。

アンスリウムの方針でシリーズものを描くことになり、どうすればエロマンガでシリーズ描けるのか相談したとき彼は

「ハーレムにしましょう! 毎回違う女のコとエッチしましょう」

(略)

 2、3話描きながら、どうやら向いてないっぽいぞとなり2人で見切り発車を反省しました。

   ジーオーティー刊(GOT COMICS)、幾花にいろ『丹』FANZA電子書籍版p.208/214、「あとがきです」(略・太字強調は引用者による)

 つづきが出ないまま1年が経ち2年が経ち気づけば年号をまたいだレベルでシリーズが難航したのは、幾花氏のあとがきをよむにどうにも氏の個人的問題というよりはむしろ、発表媒体と作品ジャンルという構造上の問題にもあるようでした。

なんかすげーーーヤな主人公になってしまった。

多分そもそもそこがおかしくて、女のコとっかえひっかえしてるくせに皆からそれでも愛されるような英雄が主人公でないとハーレムにはなれないというだけなのかもしれない。

   ジーオーティー刊(GOT COMICS)、幾花にいろ『丹』FANZA電子書籍版p.209/214、「以下各話について」秘密(太字強調は引用者による)

 ……このblogでもかつて、そんな悩みをかかえた別の成年漫画家を話題にしましたね。

zzz-zzzz.hatenablog.com

一方のストーリー設定に関してだが、それに関して私が当時、どのような思考に至ったのか。今となってはまさしく愚かしいと言うほかに適当な表現が思い浮かばないのだが、かの『めぞん一刻』のような三角関係のラブコメディー的な構図を、こともあろうにエロマンガに持ち込もうと考えたのである。このような設定は、二名のヒロインに対して男性キャラクターが「優柔不断」な態度を貫いてこそ成立する者であるのに対し、エロマンガとはせいぜい二十ページ前後の尺に所謂セックスシーンを必ず盛り込まねばならない。故にゆるゆるとした「三角関係」など成立し得るはずもなく、基本設定の時点で構造的な、そして致命的な欠陥を抱えていた
   三和出版社刊(SANWA COMICS)、森山六花『ひみつの少女性癖』FANZA電子書籍版p.84/210、付録④より(太字強調は引用者による)

(略)ここまで私のエロマンガ作品に帰された評価というものに対し直接的な言及はさけてきたものであるが、ここから先は多少辛辣な叙述が含まれるので、ご覚悟を願いたい。
・この作品は本来製作する構想がなかったのであるが、編集サイドより「前作品のサブヒロインをメインに据えてもう一本」との指示を受けたもので、はたしてそれをどのような作品内容とすべきか、しばしの間、考え込んでしまったものである。それというのも、指示内容通りに製作した場合、前作で一方のヒロインと関係を持った男性キャラを、もう一方のヒロインとも関係を持たせねばならなかったからである。
   三和出版社刊(SANWA COMICS)、森山六花『ひみつの少女性癖』FANZA電子書籍版p.110/210、付録⑤より(太字強調は引用者による)

 みつの少女性癖』森山六花氏です。

 三角関係を成年漫画で描こうとして、悩み。そうして登場させたサブヒロインを見た編集によって書く予定のないシリーズ第二作が提案され、描いてみるもまた悩み……。

 「なし崩しの結果だ」と聞けば納得の、同じキャラが登場しているのにどうにも二作の関連が薄い――というか無さそうな(第一作は続編がありそうなヒキで終わる一方で、第二作のほうは第一作のつづきとはどうしても思えない物語になっている。じっさい森山氏としても「続編とせず、パラレル設定とする」ことで対応した認識のようだ)――ふしぎな連作は、成年漫画でよくある第三作目(三者が一堂に会す3Pハーレム展開)はえがかれずにいつのまにか閉じられました。

 『ひみつの少女性癖』のネタバレをしてしまうと、そうした「エロ漫画的制約」が見え隠れする/そしてその「制約」をお約束として開き直りきれない(らしい)まま作品をいくつか発表した森山氏は、それらを一冊のコミックスとしてまとめるさいに、上述のような幕間「告白懺悔室」を(漫画内人物である月之島カンナを作者じしんとして立てて)全作品に対して記し、そしてコミックス封入の別冊書下ろし短編として、収録作とほぼ同じ筋の、しかし男女の性交がまったくない別バージョンを併載しました。そうすることで、独特のさわやかな読後感を達成してみせたんですね。

 

blog.livedoor.jp

 『秘密』シリーズに話がもどるよ!

 幾花氏は『秘密』シリーズを完結させました。

 なぜだかセックスをこばむ恋人にたいしてフラストレーションをためていたところ、誘ってきた幼馴染のお姉さんと寝てしまい。さらには恋人の友達とも寝てしまう。そんなハーレム物の成年マンガらしい主人公の不誠実さに向き合った結果として、物語はなんとも割り切れない方向へ歩んでいって、数年の沈黙の果てに公開された最終話は――お話としてはきれいに終わっているけれども――大団円とはいいがたい。

 腹に一物も二物もかかえた人たちが、だれも胸の内をさらけだせないまま生きていく、なんとも味わい深いエロ漫画となりました。

 幾花氏は主人公についてイケ好かない人物になってしまったとあとがきで言いはするし、ひとつながりの物語として濡れ場などを眺めていくと、そんなイケ好かなさについて物語的な対比関係がうかがえそうではある。

{たとえば前戯をしようとして彼女から拒絶された主人公の物語があった次のエピソードでは、サブヒロインのひとりで(主人公に気があるけれど、想いを告げられないでいるらしい)第一話の情事の相手が、主人公ではない行きずりの男と快楽のために寝て、前戯をすなおに受けて気持ち良くなっている姿が描かれる}

 でも、そうした主人公の至らなさを劇中で誰かがスパッと断罪するような、「気持ちいい挫折」物語にはなっていない。

 いったいやったことのうち何がだめで、何をすればこうならなかったのか? 正解の見えることのついぞない、漠然とした不安をかかえたまま主人公は生きていくことになる。特別なにか「これが悪い」と言われたわけではないけれど、現状"そう"はならなかったことだけは確かである。そういうかたちのやるせなさ。

 ……なんだかこう、中高生時代にアフタヌーンとかモーニング作品にふれたときの心地になっちまいましたが(お、おれにもいたいけな部分がまだまだ残っているんだなぁ)、でもまぁたしかに、

「幾花作品を特別なものにしている"質感"を――キャラやセリフ・絵面などなどから醸される、"らしい"空気を――濃くしていけば、なるほどこのような方向へ行きそうなものだ」

 と、それはそれで納得がいきます。ぼくは『快楽天』とか『comicアンスリウム』とかを実用性ありきで眺めてしまうし、その点で言えばこのシリーズは気持ちよくヌけるものではありませんが(笑)こういう作品はこういう作品で、読めてよかったと思います。

 

 

 ■観た配信■

  vtuberなど『ABEMA presents VALORANT VICTORY CHALLENGE』練習配信を葛葉視点で観ました

www.4gamer.net

 5vs5のFPS『VALORANT』をもちいた実況プレイヤーさんがたによる大会ABEMA presents VALORANT VICTORY CHALLENGE』。AbemaTVでプレミアム会員用に放送もされるという大きなイベントにさきだって、練習マッチがおこなわれたので視聴しました。

youtu.be

 

 

0904(土)

 ■観た配信■

  vtuberなど『ABEMA presents VALORANT VICTORY CHALLENGE』を葛葉視点で観ました

youtu.be

 5vs5のFPS『VALORANT』をもちいた実況プレイヤーさんがたによる大会ABEMA presents VALORANT VICTORY CHALLENGE』。AbemaTVでプレミアム会員用に放送もされるという大きなイベントがひらかれたので視聴しました。

abema.tv

liquipedia.net

 エニーカラー社の運営するバーチャルYoutuber団体にじさんじに所属する叶さん、葛葉さん(二人でクロノワールと称してゲームをしたり歌をうたったりコラボ配信をけっこうする。)がメンバーのチームBを応援。

 他メンバーはSPYGEA(かつてプロゲーミングチームDeToNatorの『オーバーウォッチ』部門に所属など)、ささ/Sasatikk氏{山本雄河さん。秋葉原の電気屋さんガレリアラウンジで働くかたわら、プロゲーミングチームRascalJester(ラスカルジェスター)の『オーバーウォッチ』部門に所属したりなどで有名}、StylishNoob氏(関優太さん。かつてプロゲーミングチームDeToNator所属、現ZETA DIVISIONのストリーマー部門)

 さささんが行動の指示を出すイン・ゲーム・リーダーで、グレランで範囲攻撃をしたり煙幕を張ったりできるキャラ・ブリムストーンで戦況をコントロールし、スタヌさんスパイギアさんがアタッカーで切り込んで、クロノワの二人がサポートする……という感じ。

 

 『VALORANT』は攻撃側が時限爆弾をしかけて爆発させるか防衛側が爆弾を解除させたり守り切るか、全滅させるかによって勝敗を競うタクティカルFPSで、同時期に大会がおこなわれる『レインボー・シックス・シージ』にルールは似ていますが、写実とトゥーンのあいだくらいのグラフィックからしてそうなように、キャラもスキルもファンタジーに寄った作風です。また、キルなどでお金を稼いで以降のラウンドで武装を整える(死んだ味方の武器を回収したり、逆に相手がはぎとったりする)要素も『R6S』との相違点。

(ざっくりファンタジー『カウンターストライク』みたいな認識でいますが、歴史的にどういう位置づけの作品かは詳しい人をあたってください……)

 「このラウンドはエコで(=出費をおさえて)次のラウンドで仕掛けよう」とか「このラウンドは負けはしたけど、相手に強い必殺技(ウルト)を吐かせたぞ」とか、得失ラウンド以外の変数がいろいろあって、ラウンド数的には大差がついていたのに気づいたら逆転されている……みたいなことも少なくない。

 

 スタヌさんの使用キャラ「ジェット」は煙幕のほか高機動スキルをもつ攻撃的なキャラで、敵陣につっこんで場を荒らしまくって戦況を大きく変えることもすくなくない。

 スパイギアさんの使用キャラ「レイナ」はキルすることで回復したり隠密したり、相手の視界をうばう罠を設置したり……と遊撃的なキャラ。

 葛葉の使用キャラ「スカイ」は、索敵や、くらった相手の視界を(敵味方問わず)数秒明転させるフラッシュボムや、味方の回復をおこなえるキャラで。叶くんの使用キャラ「セージ」は、耐久力のある魔法の壁をマップに生やしたり、地面のそれなりの範囲に踏むと移動がおそくなる設置型罠をしかけたり、味方の回復をおこなえるキャラ。魔法の壁はじぶんたちが射線からかくれる防壁としてつかったり、通路や時限爆弾をふさぐ障壁としてつかったり色々です。

 

***

 

 プレイヤーの平均能力や予選の結果などから、優勝の本命はチームAという声がきもち大きかった。

 『Valorant』最高ランク・レディアントに到達した元プロゲーマーじゃすぱー氏はじめ、プロゲーミングチームDeToNatorに所属する配信時間日本一のストリーマー釈迦さん、プロゲーミングチームZETA DIVISION(旧JUPITER)のストリーマー部門のobo氏と夏代孝明さん、ぶいすぽっ所属のvtuber胡桃のあさんも『APEX』でマスターランク到達の実力者。

 「チームDやCはともかく、チームBも対抗張れるくらいに強い」という声もありましたが、じっさい予選リーグでたたかってみるとどうでしょう、中盤12本くらいまでは同点くらいの接戦に思えましたが、そこからどんどん離されて行って、結果、チームA13‐8チームBというダブルスコアちかい差ができました。

 とにかくAのじゃすぱーさんが強い強い!

 決め撃ちというかもう「見てから反応がすさまじく速いのか!?」と思わせてあまりある、裏取りを警戒して待ち構えているのに存在に気づいた時にはキルされたり。あるいは、こちらがナイフを構えて別方からカバーへ走っているところに唐突に現れ、銃を構え直すあいだにキルされたり。

 葛葉視点の絶望感ったらやばいやばい。

 終盤になってタイムアウトの存在を思い出してBチームリーダーさささんが取るも、反映はつぎのラウンドになってしまって、いろいろなことがかみ合わない。

「予選突破の目はまだあるけど、突破できてまた再戦してリベンジできる目はあるのか?」

 と重たい暗雲がたちこめる敗北でした。

 

***

 

 戦闘をこなしていくうちに連携がどんどん噛み合っていき、練習では味方の視界もピカピカさせていた葛葉のフラッシュボムが本番で大活躍。

 対チームA戦こそ厳しかったですが、他チームとの対決もふくめ、だれかが突出してスゴいというよりも、各ラウンドだれかしらが活躍してまんべんなく勝利をおさめていきます。

 

 そしてやっぱり決勝戦はチームAがまた立ちはだかります。

 決勝戦でとりわけ輝いていたのは叶くんの活躍。

 予選リーグでは負けたチームA相手に、セージの魔法の壁をじぶんと相手のあいだに展開させるのではなく、壁の上に立って敵の死角をつく攻撃的に展開させていきます。

「これ壁上にまた居そう……」

 じゃすぱー氏視点で見直して「おおお……!」とうれしくなったのが、叶くんのいやらしいポジショニングが刺さって、通路をふさぐ魔法の壁に直面したチームAの攻め手が渋ったりする。で、壊そうとして近づいたらやっぱり壁上にいて狩られたりする。いやすぎるでしょ(笑)

アビリティーが想定外の使い方をされることについて、どう思いますか?

A

アビリティーが想定外の使い方をされる場合、時には素晴らしい成果を生むこともありますが、逆に対策を要するような状況が発生することもあり得ます。セージのバリアオーブは恰好の例ですね。独創的なブースト、横に広がる壁の設置、その他予想しなかったアビリティーの組み合わせなど数多く見てきました。他方で、一方通行を作り出す浮遊する壁や、スプリットのスパイク設置エリアBに浮かぶ壁ブロック、オーメンのテレポートバグとのコンボなども頻繁に目にしてきました。

   ライオットゲームズ『VALORANT』公式サイト、「ASK VALORANT- 4月13日」リードキャラクターデザイナーJay Watford氏の言(一部の太字強調は引用者による)

 2本先取のうち1本目をとってしばらく経った、決勝2戦目終盤のラウンドがまた熱かった。

「味変チャンネル行っていいですか? A裏の」

「いいすよ」

「いいぜいいぜいいぜ~」

 終盤も終盤まで、叶くんは隠し球を用意していた!

 ブ厚い魔法の壁のほとんどがマップの建物へメリ込んでしまうけど、わずかにハミ出た部分が足場になる妙ちくりんな場所に生やして、相手の照準どころか視界から外れたイヤらしい位置から確殺をきめていきます{チャット欄をうめる「いやらしい壁」「えっちな壁」の文字列(笑)}……

「初(見)狩り刺さってんな~!」

「つぎの初(見)狩りポジ行きます」

「エまだあるの!? 初狩ちゃうのぉ!?」

 ……それも複数ラウンド複数個所で{15R叶視点、相手視点)、16R叶視点相手視点7:02:42、17R叶視点、相手視点)}。

胡桃のあ 「(敵の叶くんが)壁立てた」(胡桃視点6:58:51)*5

じゃすぱー「壁立てた? ……ミッドかなぁ?」

胡桃のあ 「いや、Aメインじゃないかなぁ……」

じゃすぱー「うわぁそこかぁ! ゴメンねぇ~壁あるってわかってたのに~……」

   Youtube、胡桃のあ『【VALORANT】ABEMA presents VALORANT VICTORY CHALLENGE【ぶいすぽ/胡桃のあ​】』6:58:51~/Twitch、Jasper7se『VVC本番!!』6:59:38より

 初狩りの被害者には『VALORANT』を知り尽くし戦い尽くしたじゃすぱーさんさえもが含まれていました。すげー!

 

 予選ではプレイヤースキルでいいようにやられた印象がありましたが、さささんを中心として対策作戦を組み立てて修正し、そしてここぞという正念場まで溜めに溜めた秘策で、実力差を『VALORANT』知識で埋めてみせる。

じゃすぱー「ドンマイ。武器せーぶぅ……いや削ろう。お金、次もある」

「……」

釈迦さん 「一回タイムアウトとる?」

じゃすぱー「取るか!」

胡桃のあ 「はい!」

夏代孝明 「おっけおっけおっけおっけ」

じゃすぱー「そうだね。アッ忘れてたわ! たしかに(笑)」

釈迦さん 「どうやって取るんだっけ」

   Twitch、Jasper7se『VVC本番!!』7:02:31

 予選でチームBがしたやり取りが、今度はチームAで見られることに!

じゃすぱー「うわぁ~でも~あと2本しk……えっと~。そうですねぇ……。

       オペレーター出てこないもんね?」(オペレーター=一撃必殺の狙撃銃)

釈迦さん 「出てないすね」

夏代孝明 「マーシャル出してるし、攻めでも出してたから、出せるタイミングだったら出してくると思う全然」

じゃすぱー「コンタクトラッシュ刺さりそうな気もしないですか?」

一同「……そ~……」

じゃすぱー「見られたら走る。結構おれら行く前にバレちゃってることが多くて」

夏代孝明 「そうだね、スキル基本なしで、」

じゃすぱー「もっとわかりやすい作戦にしたほうが俺はいいと思う」

夏代孝明 「おれがとりあえず最初に飛び込む、から、BでもAでも!」

じゃすぱー「キルジョイとかはキツいやつはいないから」

   Youtube、胡桃のあ『【VALORANT】ABEMA presents VALORANT VICTORY CHALLENGE【ぶいすぽ/胡桃のあ​】』7:02:38

 ちょっと弱音が出そうになったところをグッとこらえて、作戦を立て直し臨んだ17ラウンド

さささん「相手~、このラウンド~、バイだろうなぁ。コレたぶん、珠ひろって~、ナイフ~、だな」

スタヌ 「はいはいはい……"タイムアウトの直後は~ラッシュが来る"って~、なんか大会見てよく思いましたっ。ぼく~Aスロープ飛びだしていいっすか?」

   Youtube、Kanae Channel『VALORANT | VVCっていうバロ大会出るぞ~~~! with 葛葉 ギアさん スタヌさん sasaさん!→二次会!→終わってソロポカチェ【にじさんじ/叶】』7:03:08

 しかしその作戦は、経験則でチームBが読んでいた。

「あ~居る居る居る!」

 マップ左上Bエリアのほうで、必殺技(ウルト)使用間近まで溜まったさささんがウルトオーブ(必殺技の使用をはやめるアイテム)を獲るべく葛葉さんに索敵をしてもらったところ敵の影が複数うつる。見えた瞬間「下がるわ下がる下がる」「勝負しないほうがいいと思う」とさっさと退くさささんたち。

じゃすぱー「いつでも行けるよ」

夏代孝明 「モクもらったらすぐ出る」

 さささんが欲しかったオーブの間近でラッシュのタイミングをうかがうチームA

夏代ジェット「視界をふさぐ!」

じゃすレイナ「視界をうばう!」

のあセージ「壁を展開」

 夏代ジェットが自軍まぢかの広場へ煙幕を、じゃすレイナがそのさきと敵陣高台に煙幕を放って(B地上の箱裏にいたささブリムストーンの視界がしばらく暗闇に包まれる)、爆弾設置可能なBエリアへと詰めていく。のあセージが魔法の壁(バリアオーブ)を防壁用途で生やして念押しします。煙幕のなか先頭に立つ夏代ジェットにたいして、スキルで回転率を上げたささブリムストーン弾幕が通ってしまい、夏代氏の穴をささレイナが埋め、のあセージが追従していく

{ラッシュするという作戦だったので当然ですが、どちらにせよささブリムストーンがグレランを吐き更に1キルしてウルト使用可能になった範囲空爆をのあセージが防壁を張ったあたりへたのんだので、出ざるを得なかったかもしれません(のあちゃん視点だと、ついさっきまでじゃすぱーさんがスナイパーライフルをかまえていた端にグレランがきて、さらに爆撃の赤い光線マーカーが出てくる……エグい怖さ)}

 AとBをつなぐ中間路で壁(バリアオーブ)を出すか出すまいか構えていた叶くんは、壁ではなく地面設置型の範囲罠(スロウオーブ)を投げて、Bへと向かいます。

 じゃすレイナの設置罠による紫の煙幕で視界をうばわれたその奥へ叶セージは範囲罠(スロウオーブ)を投げ、Bにつながる一方の広い道をふさぎ、相手セージが防壁的にはやした魔法の壁(バリアオーブ)の上に立つ敵の固定砲台を攻撃しつつ数歩うごいてポジションを建物で射線が切れる位置へ移動、無防備になるのもかまわず敵を完全に視界外にやる妙ちくりんなほうを見やって魔法の壁(バリアオーブ)をかまえる。そうして高台を後ろ向きで飛び降りながら空中でイヤらしい壁を生やして壁上に立ち、相手防壁(のあバリアオーブ)のもう一端・じぶんがさっき設置罠(スロウオーブ)でふさがなかったほう/左端の道を見やる。じゃすぱーさんが叶くんが生やした壁とその上の人影に気づいて即応するが、しかし当然ふもとのさささんへの照準ははずれるし、さらにはじしんの背にいる葛葉は完全に死角となります。(多分その後のピン刺しながらの相手位置報告でも葛葉くんが裏にいることは気づけてない?)

じゃすぱー「すげぇなこれ!? すげぇな相手うめぇなこれ!(笑)乗ってる壁の上!」

   Twitch、Jasper7se『VVC本番!!』7:05:13~

 じゃすぱーさんの後ろののあちゃんは{応戦するじゃすぱーさんの弾幕を利用しつつか、{ささブリムストーンの空爆から逃れるため(それとも?)}ナイフに持ち替えていったん遮蔽のある左端に駆け抜けようとするも、葛葉スカイに正面から飛び込む形になり……。

 修練が実を結んだ勝利でした。

 

 ■書きもの■

 感想文を書いて――書こうとして――こまるのは、書いているうちに自分の考え足らずに気づいたり、読み込み不足に至ったりして、読み直したり書き直したりする必要がでてくることです。

 正しい読みも思い違いもいくつも頭に浮かべていきながら、ふんわりざっくりあわいを含みながら読んで楽しんだ総体を、「感想文!」として、そんなにカッチリ文字としてキッチリ一義的な筋の通った論として御大層にまとめようなんてするのがそもそもまちがっているのかもしれません。

 そりゃあもちろん妥当な読みをしているつもりなのですが、書いたことの責任はもちますが、そうは言ってもアカデミアなどできちんとした批評のトレーニングを積んだことなんて全くないし同好の士と意見を交わしたこともない、正しいかどうか自信のないイチ馬の骨の感想です。それなのに「これがぼくの御意見でござい!」と書いてしまうし「ほ~~これがあなたの"""解釈""ですか~~~へぇ~~~~」と読まれてしまうと思うと、どうにも気が滅入ってきてしまう。

 なのでなんだか最近は、やじ馬話や世間話や与太話から「そういえば」と「"ついで"話なんだけど」とスライドして、なんてことないイチお話ですよと言い訳しがちだったり。

 短編小説でもそういう二の足三の足を踏みかねず、長編となるとどうしたものかと悩んでしまう。

 

 ■読みもの■

  『虐殺器官』ウィリアムズのCIAへの愚痴やJ・ポールの研究と、スティールやベア二人のロバートが話す過去現在未来のスパイ

 上で話題にしたような、読んでも読んでも読み切れなくて、きちんとした感想文を書けていない作品。『虐殺器官』もそんな作品のひとつで、出版された当時は無知ゆえにさらっと流した部分が――識者の見解などをへて――今になって「こういうことだったのか!」とクッキリした像を結んでくれてビックリすることも多々あります。

 

 要約;

●『虐殺器官』ウィリアムズのCIAへの愚痴とジョン・ポールの研究手法は、山形浩生氏がH2Kのロバート・スティール氏の講演を聞いて『CYZO』2000年9月号に書いたコラム「CIA と情報処理」と、氏が訳したR・スティー『オープンソース世界とスパイの秘密』が主な元ネタ。

 (ウィリアムズの愚痴と『オープンソース~』とだけにふれる稲葉『ナウシカ解読 増補版』の考察はかゆいところへ微妙にとどかず、山形氏のはてダでの書評は氏のファン向けで説明をはぶいていて導線が弱い)

●「現地語もろくにわからないまま海外勤務するCIA」は、R・スティール氏だけでなく『CIAは何をしていた?』(や『ホメイニ氏の賓客』)など他の文献からも得られる知見だが、伊藤氏がそれを読んだ記録は見当たらない(か、言及日が『虐殺器官』出版後/出版日が『虐殺器官』入稿後のこと)。セリフの重なりなどから、山形-スティールの線が濃そうだ。

●ただし伊藤氏独自の仕事もあれこれある。

 ・前述の細部(CIAの海外要員が大使館職員として籍をおきがちなことを拾う)の追加。

 ・スティール氏の論考内でも多彩である多面的なスパイ仕事をだいたい一つずつ分けたうえで、情報軍(現地語を解し、ハイテク機械を駆使し、重要人物と直接接触する)、CIA(ワシントンでスーツを着込み、海外では新聞すら読めないデスクワークな官僚)、ジョン・ポールオープンソース文献や機密情報を分析にかけるアナリスト/現実の情報機関がやれてないこと。スティールが今後強化すべきと訴えること)にそれぞれ割り振り差別化・対立させる……という物語的な面白さの確保とか。

 ・そうした展開のさきに、べつの事象をつなげたり(チェイニー副大統領とハリバートン社の癒着に着想をえただろう後半)とか。

{そもそもこの愚痴がでてくるための前提となる、情報軍の誕生。これも、「これを膨らませたんだろうな」と納得できる下地が当時の軍事本に記されている……のだが、気力が尽きたのでまたいつか}

 

 詳しく;

「俺が着いた日、スターバックスでラングレー(CIA)の連中に会った。すみません、見失いました、と言ってたよ。ハーバード出たばっかで、チェコ語新聞も読めないくせに大使館付きのラングレー要員になったアホタレだ」

「そいつを標的に張りつけたラングレー(CIA)のほうも、相当なもんじゃないかな」

 そう溜息をつきながらも、別段驚きはしなかった。ラングレーなど冷戦の遺物にすぎないということが、今また証明されてしまっただけのことだ。いまやラングレーの業務の相当部分を、ぼくら情報軍が肩代わりしている。

「やたら有能な官僚組織が出てくる軍事小説、あるだろ。俺はああいうの、片っ端から発禁処分にすべきだと思うんだ、こういうことがあるたびに」

 ウィリアムズの口調は本気で怒っていた。ラングレーの人材不足も来るところまで来たな、とぼくは思いながら、

   早川書房刊(ハヤカワ文庫JA)、伊藤計劃虐殺器官kindle版28%(位置No.4769中 1292)、第二部3

 伊藤計劃虐殺器官』で情報軍の特殊部隊員ウィリアムズが愚痴る、現地語も読めない大使館付きのCIA。同僚の「ぼく」クラヴィスは、冷戦の遺物だと語ります。

 これは現実に割合ある(あった)がっかりスパイ像で、たとえばマーク・ボウデンによる79年テヘランアメリカ大使館占拠事件やデルタフォースの初仕事を取材したメイニ師の賓客』では、現地語がわからない79年テヘランアメリカ大使館付きCIAが登場します。

 何カ月にもわたって怒れる群衆の意思表示を目にして慣れきっていたアメリカ大使館の職員は、今回はいままでとはちがうということに気づかなかった。トム・アハーンCIA支局長は、昼近くになってようやく、イラン人の若者数人が敷地内にはいり込んでいることに気づいた。(略)ノートルダム大学でジャーナリズムを専攻し、卒業後CIAに就職した。

(略)

アハーンの着任はわずか四カ月前だし、支局員ふたり、ビル・ドハティとマルカム・カルプは、それよりももっとイランでの勤務期間が短い。ドハティは五三日前に着任し、カルプに至っては数日前に来たばかりだ。

(略)

支局員はたったふたりで、どちらもペルシア語がしゃべれず、まともな諜報員が皆無で候補者が何人かいただけでは、たいした仕事はできない。言語の壁は災厄を招く。あるとき、アハーンは情報提供者に会うために高層住宅へ行った。上昇するエレベーターにふたりで乗っていると、突然エレベーターがとまった。真っ暗になり、閉じ込められたままで、一時間話をした。あとでわかったのだが、高層住宅の入り口に、一時間停電するとペルシア語で記された大きな立て看板があった。

   早川書房刊、マーク・ボウデン著『ホメイニ氏の賓客(上)』p.44~46、「パートⅠ"セット・イン"一九七九年一一月四日 テヘラン」4 われわれは"セット・イン"したいだけだ より(略・太字強調・文字色替えは引用者による)

「わたしは新人だ」ドハティは説明した。「こういう仕事の経験はない。スパイのボスというものは、はじめての国に来たばかりの部下に、すぐにスパイを引き合わせはしない。その国の状況も、しきたりも、文化も、言葉もわかっていないわけだから。まずは街のようすから憶えないといけない。わたしは、大使館の裏のアパートメントまで行く道順がやっとわかる程度なんだ」

 学生たちが押収した貴重な書類で、ドハティが着任してまもないことが証明された。

 街のようすを知らなければならない、という話も事実だった。最初の二週間、アハーンはドハティに市内を歩きまわることだけをやらせた。そのあとは、昼間には国務省の偽装の仕事に専念し、夜にはCIAの仕事を手探りでやるようになった。五週間ぐらいしてから、探りを入れるようにといわれて数人に接触した。CIAは、イランでは何年も前から積極的な諜報活動を行なっていなかった。そもそも、それが大きな問題だった。パフラヴィー政権の崩壊をだれもまともに予測できなかったのは、そのためだった。CIAは、イラン国内での諜報活動はSAVAKにほとんど任せきっていた。国王の敵はアメリカの敵であることが多かったからだ。イランから届く情報は、ほとんどが国王の政権内部から出たもので、国民が不穏な動きをしていることや、政敵の力が増しているといったことは、当然ながら過小に伝えられた。そんなわけで、あらたな指導者たちのもとで、イランがこうしてたえず混乱をともなう変動をくりひろげているなか、"黒板になにも書かれていない状態"とレインゲンは表現したように、CIAはゼロからスタートした。

(略)

 (略)いまのCIAは、いまだかつてなかったほどに、権力も影響も持っていない。アハーンは、自分と秘書とドハティとカルプに加えて通信担当三人――ジェリー・ミール、コート・バーンズ、フィル・ウォード――だけで、支局を運営している。しかも、通信担当三人は、通信室での仕事を処理するだけだ。テヘラン支局には、ペルシア語のできる人間すらひとりもいない

   早川書房刊、マーク・ボウデン著『ホメイニ氏の賓客(上)』p.246~247、「パートⅠ"セット・イン"一九七九年一一月四日 テヘラン」20 R任命より(略・太字強調・文字色替えは引用者による)

 ボウデンは『虐殺器官』に知見が参照された『ブラックホーク・ダウン』の著者。伊藤氏は『ホメイニ氏の賓客』について感想をはてなダイアリーに残していますが、それは『虐殺器官』が出版された後の2007年6月30日のことで、また、どれだけ実際の読了日と感想投稿日にラグがあろうったって『ホメイニ氏の賓客』が邦訳されたのは2007年5月20日。『虐殺器官』の入稿は4月だったそうなので、この知見は反映できようがありません。

 映画『シリアナ』の原作ルポIAは何をしていた?』「はじめに」で、元CIAのロバート・ベア氏は、1994年末のロンドンの街並みを例にして、言語に習熟したヴェテラン諜報員としての自身の視野と、それ以外のCIAとのちがいをこう書きます。

 中東の大部分では、公然と暴力を主張する過激なイスラムのパンフレットを書店で売ることを禁じている。だが、ロンドンのアラビア語の書店には、その種のものを並べた棚があった。肉太の文字を一見しただけで、何が書いてあるかがわかった。アメリカ合衆国への根深く抜きがたい憎悪。(略)

 わたしはしばしば、パンフレットを手にとって、細かい文字に目を走らせてみた。発行人欄に発行者や編集者の名前があることは稀だった。発行所の所在地は絶対に記されていなかった。しかし、ほとんど例外なく、彼らはヨーロッパに、多くはイギリスやドイツに私書箱を持っていた。さほど高度な情報機関でなくても、悪党に対する戦いでわれわれの伝統的な同盟者であるヨーロッパが、イスラム原理主義の温床になっていると気づいたはずだ。

 わたしは好奇芯から、ロンドンにいるCIAの同僚に、誰がこういうものを出版しているか知っているか、と聞いてみた。見当もつかないという答えだったが、たしかに知りようもなかっただろう。というのは、ロンドンの支局は、アラビア語が話せる人間を一人も置いておらず、エッジウェア・ロードをぶらついてみようなどという物好きはいそうになかったからだ。仮にいたとしても、悪意に満ちた見出しの数々を読み解くことまではできなかったのではないか。その上、CIAはイギリス当局から、たとえイスラム原理主義者であれ、国内で情報源を募ることを禁じられていた。としたら、アラブ人とつきあったところで、何の役に立っただろう?

(略)

 中東でも事態はあまり芳しくなかった。一ヵ国に配属するCIA局員は一人か二人ということがしばしばだった。しかも、世界の発火点にあるCIAの出先は、情報源――外国人のエージェント――をスカウトして指揮するよりも、その時点で流行っているものを調達するのに、時間を費やしていた。たとえば、人権、経済のグローバリゼーション、アラブ-イスラエル紛争などだ。わたしのようなヴェテランからすると、CIAは旗を掲げる以上のことをほとんどしていないように見えた

   新潮社刊(新潮文庫へ-20-1)、ロバート・ベア『CIAは何をしていた?』p.16~17、「はじめに」(略・太字強調・文字色替えは引用者による)

 同書の本編でベア氏は、1986年のCTC対(カウンター)テロリズムセンターの指揮者として意欲的に動いたデューイやかれとともにはたらいた自分と、ワシントンなどに籠ったまま外でろくすっぽ仕事をしていないのに世界をじぶんの庭あつかいする官僚的なCIAとのしがらみについても記しています。

彼は多くのCIA局員と違って、ホワイトハウスと直結していた。南米課長として、ロナルド・レーガンごひいきのコントラ(訳注 ニカラグアの反政府ゲリラ)を援助するのに必要な方途を直接手がけていた。のみならず、一九八五年十一月には、イランへの最初の武器輸出までやってのけていた。デューイはホワイトハウスのスパイともいうべき存在だった。

(略)

 デューイのテロリズムに対する戦争に歩兵として仕えた最初の二、三ヵ月は、スパイ稼業に負けないほど気分が高揚するものだった。(略)また、大使館爆破の陰に誰がいるのかを突きとめる秘密の探索行に戻りたいとも思っていた。CTCはそのどちらにもうってつけの場所に見えた。それに、デューイは新たな大統領のお墨付きをもらっていた――テロリストに対して、やりたいことをかなり自由にやれるという権限を。CIA長官、ビル・ケーシーは白紙委任状を約束した。デューイはDOやDIから必要な部品を取り外してきて、CTCに蓄えることもできた。彼はロサンジェルスの警官も何人かスカウトしてきた。彼らを世界中に配置し、テロリストに手錠をかけて引っ張ってこさせようと目論んでいたのだ。

(略)

 しかし、デューイが意図したことすべてが、情報を巡る政治的駆け引きに蝕まれてしまうのに、そう長い時間はかからなかった。CTCはハイテクの司令部に見えたが、実態を見れば、デューイには戦場で手足となって働く兵隊がいなかったのだ。ビル・ケーシーの約束にもかかわらず、CIAの海外支局はあいかわらず、本部の各地域課の長に対してしか責任を感じていなかった。そして、その課長連中が誰一人、デューイの戦争に関心を寄せていないということは明白だった。それはあまりにも危険すぎた。(略)快適なポストから放りだされて、本国に呼び戻されるものが出るかもしれなかった。(略)レーガン大統領の署名が入ったお墨付きをデューイがいくら振りかざしても、課長連中はLAの元警官が自分たちの裏庭で駆けまわったり撃ち合ったりするのを認めるつもりはなかった

(略)

われわれはテロリストと戦うかわりに、官僚的な怠慢という執拗な敵と戦っていた。

 デューイは約束されていたスタッフを採用することさえできなかった。半年後、わずかにアラビア語の話し手二人を手に入れただけだった。その一人がわたしだった。もう一人は班の運営に関わっていたので、出張してエージェントに会うのは、結局、わたしだけということになった。CTCの標的の約八〇パーセントがアラビア語を話すというのに、それで間に合うはずがなかった。ペルシャ語、パシュトゥン語、トルコ語の話し手にいたっては、一人もいないというありさまだった。

 わたしはレバノンで捕らえられた人質を発見する任務を負った班に配属されたが、中東で実際に活動した経験があるのは、わたし一人だけだった。班長レバノンはおろか、中東に足を踏み入れたこともなかった。あるとき、彼はベイルート南郊の下水道地図を入手するという話にのせられた。南郊というのはそもそもが不法に造成されたところで、下水などあるはずもないということは、彼には思いもよらなかった。ほかの班はもっとひどかった。今まで一度もエージェントと会ったことがなく、情報の隠し場所がどういうものかも知らず、ワシントン首都圏の外へほとんど出たこともない人間が、問題をどう処理するべきか、海外の現場の支局に指示を与えていたのだ。それは、病院の事務長を外科チームの長に据えるようなものだった。

   新潮社刊(新潮文庫へ-20-1)、ロバート・ベア『CIAは何をしていた?』p.176~181、「第二部 大難の中へ」7(一九八六年一月ヴァージニア州ラングレー)より(略・太字強調・文字色替えは引用者による)

 CIAのフランス支局やそこへ配属された新人スパイにも、ベア氏は意識の差をかんじます。

たしかに、パリ支局はスパイ活動らしきものをしてはいたが、それはほんの体裁のためだった。ケースオフィサーはエージェントと会い、報告を書いていたが、その情報は出所が限られ、的外れで、すでに周知の事実ということも珍しくなかった。(略)

 パリのケースオフィサーは、住宅の問題で戦ったり、訓練のセミナーに通ったり、安全な"防衛区域"での会合に顔を出したり、長期の展望をまとめたり、その他、中年の政府官僚の頭を占めるようなことに大半の時間を費やしていた(略)

 言葉の問題もあった。古参の支局員は巧みなフランス語を話したが、若手は必ずしもそうではなかった。フランス人エージェントは、同国人の例に漏れず、きちんと言葉を学ぼうとしない人間に対してゆっくり喋るのを嫌った(略)パリのケースオフィサーはフランス社会から締めだされた。夜はヴィデオを見る以外、することもなかった。

   新潮社刊(新潮文庫へ-20-1)、ロバート・ベア『CIAは何をしていた?』p.282~283、「第二部 大難の中へ」12(一九八八年八月レバノンベイルートより(略・太字強調・文字色替えは引用者による)

 現地語もろくにしゃべらなかったりなんだりする状況は、ほかにもロシア(軍)対CIA間やアフガニスタン対CIA間などにもあったとのことですが、長くなるので省きます。

 ベア氏とおなじく『虐殺器官』のウィリアムズもまた、世界を自分の庭扱いする官僚的なCIAに不満を向けます。

 無表情に固まった皆の視線が、生贄の羊を探すかのように、こまかく動いているのが可笑しくてしょうがない。この種の空気のなかで再び口を開くというのは、ワシントンの力学にあっては、命取りになりかねないほどの大きな意味を持つのだろう。

 ややあって、ブルーのスーツを着た女性が、ワシントン流の隠微な沈黙を破った。

「そうです。特殊作戦司令部に暗殺作戦を依頼するまでに、われわれはジョン・ポールを拘束しようと何度か試みました」

「われわれと言うが、あなたは」

 とウィリアムズがその女性を指差す。そのいささか不躾な態度に女性は驚いたようだったが、ボスも会議を仕切っているDIAもなにも言わない。

CIAです。海外となると、われわれの庭ですから」

「海外はCIAの庭ではないし、アメリカの庭ですらない。魑魅魍魎が跋扈する、世界という名の混沌だ。そういう意識だからあなたたちはドジを踏むんですよ」

(略)

 悪びれた様子もなく、ウィリアムズは肩をすくめる。アメリカの外で実際に戦ってきたのはぼくらであって「準軍事活動」と称して戦争のままごとをしているCIAではないし、そんな連中に世界を「庭」と呼ばれたくない。ウィリアムズはそう思ったのだろう。

   早川書房刊(ハヤカワ文庫JA)、伊藤計劃虐殺器官kindle版25%(位置No.4769中 1149)、第二部2

 伊藤氏が『シリアナ』を観たのは2006年3月27日ごろ小松左京賞の〆切まで2ヶ月を切った時期のことでした。しかし、ここからさらに原作へ食指が伸びたかどうかは、とくに記録がのこされていません。(『CIAは何をしてた?』は、『虐殺器官』でも話題になった暗殺を禁じる大統領命令12333号にふれてもいるけど、ぼくは軍事・スパイ物にかんして無知なのでコレに触れることがお約束なのかどうかがよくわからない)

 

***

 

 この脈絡で印象深いのが、主にクラヴィスの僚友ウィリアムズの口を借りて執拗なまでに繰り返されるCIAディスというか、冷戦期の「安手のスパイ小説」で神話化された、国家の情報機関というものに対する冷笑である。

「ハーバード出たばっかで、チェコ語の新聞も読めないくせに大使館付きのラングレー要員になったアホタレだ。」

「やたらと有能な官僚組織が出てくる軍事小説、あるだろ。俺はああいうの、片っ端から発禁処分にすべきだと思うんだ。」(文庫版一一三頁)

 このイメージはティム・ワイナー『CIA秘録』(文芸春秋、二〇〇八年、原著二〇〇八年)の容赦ない暴露を髣髴とさせるが、同署の邦訳出版は二〇〇八年秋であり、『虐殺器官』には間に合わない。伊藤の読書傾向から見ておそらくは、山形浩生が翻訳を手掛けながら出版が頓挫し、訳稿の電子ファイルのみ公開されたロバート・スティール『オープンソース世界のスパイと秘密』(https://cruel.org/books/intelligence/intelligencej.pdf)あたりが重要な着想源ではあるまいか。

   稲葉振一郎『ナウシカ解読 増補版』kindle版77%(位置No.5441中 4159)、「第三部 補論」佐藤亜紀田中ユタカ、そして「顔」と「嘘」より(太字強調・文字色替えは引用者による)

 稲葉振一郎さんはウシカ解読 増補版』で増補した伊藤計劃論のなかで、『虐殺器官』の一部場面についてロバート・スティールの論考を挙げます。

 この考えはただしいですが、資料のならべかたがかゆいところへ微妙に手が届かず、なんとももどかしい。『虐殺器官』は「おそらく」レベルではなく明確に山形-スティールの見地を引っ張ってきているんですよ。

 ウィリアムズの愚痴は、山形浩生さんが『CYZO』2000年9月号で書いたコラム「山形道場」のCIA と情報処理」が大きな元ネタです。H2Kという世界ハッカー会議で山形氏は、ロバート・スティール氏の講演を聞きました。

 いや、今月のは喝というより、なるほどという話なんだが。H2K というものに顔を出してきたのであるよ。二、三年ごとに開催される、世界ハッカー会議の三回目だ。

 この会議に集まるハッカーたちは、各種システムを解析して穴を見つけるのが趣味の人々が多くて、一歩まちがえるとよく新聞なんかで誤用される、他人のシステムに不正侵入したり破壊したりする人々という意味での「ハッカー」になりかねない部分を持つ。そのかわり、裾野が広い。対象はコンピュータだけじゃない。時計から冷蔵庫から、はたまた人間組織まで、なんでも対象になる。そして今回の会議でいちばんおもしろかったのが、CIAについての話だった。講演者は元CIAのロバート・スティール。

 かれの議論というのは、いまの先進国の秘密諜報活動はほとんどすべてまったく機能していない、ということだった。情報員による情報収集も、人工衛星エシュロンなどの盗聴システムも。そしてその最大の原因が、情報収集には金をかけるのに、情報解析にはまったくお金をかけない、という偏りと、さらに世の中で有用な情報のほとんどは公開情報なのに、秘密情報の収集ばかりに注力するアンバランスさ、なのだとのこと。

(略)

 「エシュロン。うん。いろんな情報が盗聴される。そりゃそうだ。でも、盗聴されてもほぼ絶対に解析されることはない。技術自体も七〇年代の代物で、つかいものにはならない。提案されてから各種の官僚システムを経由して実際にプロジェクトが動くまでに時間がかかりすぎるんだ。さらに官僚の大半は技術的にまったく無知。なにが問題かまったく理解できていない」

 「CIAのケースオフィサー(エージェント、ではない。エージェントというのは現地で雇うタレコミ屋のこと)はつかいものにならん。雇われるのは何も知らない大学の新卒。さらにそれが、ろくに現地語もしゃべれないまま派遣される。現地の新聞が読めないんだよ。いい例が、例のインドとパキスタンの核実験。自分たち以外の思考体系ってのがまったく理解できないCIAのアナリスト連中は『いや合理的に考えて、損失が大きすぎるからどっちも実験なんかするはずがない』とか言って、みんなそれを信じていたもので、ホントに実験を連中がやったときにはまさに寝耳に水。ところが、現地の新聞には一月前からでかでかと『付近の住民はでっかい爆発があるからさっさと避難しろ』っていう政府の公報がずっと出てたんだよ。なのに現地からはそれが一切つたわってこない。

 スパイのよくないところは、スパイは秘密しか知らないってことなの。でも、実際に使える役に立つ情報ってのは、九割は秘密でもなんでもない、公開情報なんだよ。ところがいまのCIAはその公開情報を集める手段をぜんぜん持っていない。さらにスパイは自分たち同士でも秘密主義。集めた情報をどう使うか、という視点が皆無。引継や情報共有を一切考えない。だから、現地のタレコミ屋どもは、担当者が変わるたびに同じ情報を何度も売って、大もうけをしている。集まった情報はしまいこまれてまったく使われない

   山形浩生「CIA と情報処理」(初出『CYZO』2000年9月号)(略・太字強調・文字色替えは引用者による)

 稲葉氏が指摘するとおりープンソース世界のスパイと秘密』も参照されているんでしょう。

でも、小説の盛り上げ方もディテールの構築も、なんだか……すごい既視感なのだ。ヨハネ・パウロオープンソース資料の分析CIAが現地語も読めないエージェントを派遣するというグチ。戦争のコスト高騰からくる採算性のなさ、そして何より、本書のテーマになる、言語が身体器官だというチョムスキー説の解説も。なんだかぼくのウェブサイトを切り貼りすると、この小説の元型ができちゃいそう。

   はてなblog、山形浩生山形浩生の「経済のトリセツ」』2010年6月1日「伊藤『虐殺器官』他:ソフトバンク書評コラム」

 山形氏が『虐殺器官』を読んでそう評したとおり、ウィリアムズの考えだけでなく、ジョン・ポールの研究もまた山形(‐スティール)の知見を参照しています。しかもこちらは『オープンソース世界のスパイと秘密』で書かれたような細部が反映されている。

「最初は防衛関係からの予算などなかった。純粋な学術的研究だったよ。わたしの研究は、オープンソースの資料をあたることだった――ナチスドイツの公文書、ラジオ放送、雑誌、小説、新聞、軍事通信、作戦指令書。戦争が始まる前からのファシスト政権下での、ありとあらゆるテキスト史料のデータを入手し、デジタル化されていないものは人手を使ってデータに写し文法解析にかけた

(略)

(略)予算がついて、研究は機密指定されてしまったが、予算補助以外の恩恵が膨大だったから、わたしはそれをしぶしぶ受け入れた。CIAの機密文書やNSAが傍受していた海外のトラフィック記録も、ぜんぶ閲覧できるようになった。クメール・ルージュポル・ポトの無線通信から、ルワンダのラジオ放送まで、国防総省が便宜を図ってくれたから、ロシアの公文書館カチンの森の虐殺に関する資料すら見ることができた。しかし、やはりNSAやCIAの、生のトラフィック傍受を研究対象として扱うことができたのが、なにより大きかった

   早川書房刊(ハヤカワ文庫JA)、伊藤計劃虐殺器官kindle版54%(位置No.4769中 2540)「第三部」6より(太字強調・文字色替えは引用者による)

 これに加えて、法執行関連サービス、機関、民間企業は緊密に協力して、これまでアプリケーション間およびユーザ間でのデータ転送を制約してきた非互換インターフェースやアプリケーションを回避することが重要である。すべての情報ベンダーが「オープンソースシステム」を採用することこそ、21世紀アメリカの生産性と競争力にとって重要となる。

 この情報技術または知識マネジメント戦略における重要な要素は、国際生活のあらゆる側面での競合に必要な、重要なオープンソースの印刷・音声情報を収集し、政府と民間企業の両方に提供するためのグローバルプログラムに出資する覚悟である。これは全体としての民間企業の競争力を増大するとともに、一部の帰還だけに機密情報を提供しようとする場合にどうしても生じる危険を避ける結果にもなる。

 オープソースの領域で政府と産業界の両方を助けるような基礎的プログラムとしては、以下のようなものがある:第三世界諸国の新聞雑誌をデジタル化する手段(そしてここには、ドイツや日本、中国などの技術雑誌も含める必要がある。);政府所有オープンソースデータベース、たとえば海外放送情報サービス(FBIS)が開発したものなどを一括収集する機関の設立;第三世界におけるアメリカの国家利害に重要なハードコピー記録のデジタル化を行なう国家プログラム、国防ゲートウェイ情報システム(DGIS)を拡張して、こうしたイニシアチブの管理を含めるようにすること。

 外国のアメリカ企業は、それぞれの国または技術分野で、オープンソース情報のデジタル化を行う作業を負担することで、大きな貢献を行うことができる。データ入力問題はきわめて大きく、こうした作業を民間が引き受けなければ、国家戦略も成功しないであろう。

 アメリカの人口トレンドを見ると、多言語知識管理ツールへの投資は不可欠になる。21世紀におけるアメリカの国家生産性を改善するための主要な方法は、先進情報技術と、現代世界の中身と関係を保った自動化知識活用に的をしぼった、大規模な国家投資戦略である。

   ロバート・スティー『オープンソース世界のスパイと秘密』(太字強調・文字色替えは引用者による)

 

***

 

 ただ、こんかい話題にした場面にかぎって言っても、山形氏の「ウェブサイトを切り貼りすると、この小説の元型ができちゃ」うか? ……というと、そんなこともないんじゃないかってぼくは思います。

 (現地語もわからず)大使館に配属されたCIA、というのは上の文献には登場しません。『ホメイニ氏の賓客(上)』p.404にも「CIA局員が務省職員の身分を隠れ蓑にして海外のアメリカ大使館に勤務するのは通例になっている」とありましたし、『CIAは何をしていた?』でも1993年ごろロシア大使館の内部にあるドゥシャンベのCIA支局に配属された*6ベア氏がロシア軍の将校へアメリカの大使館付き武官」p.300を自称したりしていましたが、「海外ではたらくCIAの職場」をしっかり大使館に設定しているのは、伊藤氏ならでは。

 また、多面的なスパイ像を大体ひとつずつ分けて別々の群へ振り、各陣営を差別化・対立させていくことで、物語として面白いかたちに脚色しているのも、『虐殺器官』ならではの作劇です。

 スティール氏の描くスパイも、ボウデン氏やベア氏の描く冷戦時代のスパイも、CIAの立ち回りとしていくつかの顔が交ざっています。大別して4つほどで……

  1. 現地語もよくわからない、新聞などオープンソースの情報もろくにわからない(が衛星写真などを見るのは好きな)デスクワークの官僚としてのCIA
  2. 現地の人と秘密のやり取りをするアナログスパイとしてのCIA(ただし①の場合もあれば③の場合もある)
  3. 現地語に通じ、現地重要人物への絡め手をふくんだ諜報などなんでも行なうエキスパートとしてのCIA{ベア氏が描く、現代に向かうにつれ廃されていった古のヴェテラン・スパイ*7
  4. 従来の諜報機関がハイテク諜報機械などを駆使して集めるだけ集めた秘密情報はもちろん、とくに新聞などオープンソースの情報を分析するスパイ(スティール氏が将来登場すべきと考える、理想のスパイ)

 ……これらのうち、①をCIA(ワシントンでスーツを着込み、海外では新聞すら読めないデスクワークな官僚)②③を情報軍(現地語を解し、ハイテク機械を駆使し、重要人物と直接接触する)④をジョン・ポールオープンソース文献や機密情報を分析にかけるアナリスト/現実の情報機関がやれてないこと。スティールが今後強化すべきと訴えること)と割り振り。

 そして、官僚的なCIAを情報軍のクラヴィスやウィリアムズが下に見ながら、(ハイテク機器による情報と、直接のコミュニケーションとで重要人物を探るヴェテラン・スパイのやり方で)事件の真相に迫っていくと、ジョン・ポールが彼らの仕事を馬鹿にし、ペンタゴンの政治力学もまたクラヴィスらに文字どおり衝撃をあたえ……と展開していきます。

夜は紅白も格闘も見ずに、「ラムズフェルドの戦争〜米国防総省の内幕」をはじめとするNHKのドキュメンタリ群を見て、すこしも明るい気分になる事なく、世界ってどうしようもねえなあ、と憂鬱な気分で、人生で初めて、病院で年を越しました。

   伊藤計劃:第弐位相』06年1月1日投稿「狗では私は倒せない」(太字強調は引用者による

 05年12月31日、ムズフェルドの戦争〜米国防総省の内幕』とつづけて放送されたぜアメリカは戦うのか 前編 ~巨大化する軍産複合体~』『なぜアメリカは戦うのか 後編~超大国への警告~*8

 このドキュメンタリで取り上げられた、チェイニー副大統領とハリバートン社の癒着に代表される、アメリカの政治経済にがっちり組み込まれた軍産複合体という構図。おそらくこれが、虐殺器官後半であきらかとなり、クラヴィスたちに衝撃をあたえる院内総務とユージーン&クルップス社の癒着や終盤のアメリカとセキュリティに関する構図へ結実したものと考えます。

 

***

 

円城塔 小説家(代表作:『屍者の帝国』『道化師の蝶』)

もしも虐殺言語が実在したなら、この世界はどうなっていたか。

もしも虐殺言語が妄想だったら、この物語はどうなっていたか。

同じだ。何も変わらない。

   フジ系列伊藤計劃作品アニメ映画化企画公式サイト『Project Itoh』、「SPECIAL」内「著名人からの応援コメントが到着!」

 虐殺の文法がどういったものであれ、マクニールが『戦争の世界史』{伊藤氏が大型本を所有。シンガー『戦争請負会社』からの孫引きで同書の知見(スペインの無敵艦隊を倒したのは云々というやつ)が劇中引用された}に記したような戦争の起こりやすい条件が『虐殺器官』の紛争地には整っていて、そこがなんとも面白いということは過去のblog記事で書きましたが。

 伊藤氏がもっとさまざまな時代や舞台、コミュニティを題材にえがいていたら一体どんな世界を見せてくれたんだろうな、とときどき思う。

 

 

0905(日)

 宿直日。

 

 

0906(月)

 ■考えもの■18禁の話題■

  紋切型展開エロマンガと糞3Dエロ動画

 PSVRを手に入れたあと、FANZAで3Dポルノに手を出すまえのこと、ぼくはYoutubeのお色気3D動画に手を出して、気持ちが沈みました。

 Youtubeのお色気3D動画でよくあるのは、3Dカメラを360度グラマラスなねーちゃんが露出の多いコスチュームに身を包んで並んで、カメラ目線でほほえみながら踊る動画です。これだけの設備とこれだけの容姿端麗な方々を用意するのはたいへんなことに違いなく、きっと贅沢な動画なんですよ。それなのに、おどろくほど虚無感におそわれてしまう。

 『いのちの食べ方』のニコラウス・ゲイハルターがこの撮影現場に居合わせてカメラを回していたならですね、きっと牛たちを円形にならばせて搾乳する酪農最新マシンを映した左右対称なショットから、これまたシンメトリーなお色気3D動画撮影現場へとつないでいたに違いない。そういう、あまりにも直接的な・むき出しな「性欲を満足させるための状況設定」だと感じてしまう。

 TENGAなどとちがい、機能美や清潔感を打ち出すファッション性はここにはない。むき出しの構造を見せることで、3Dお色気動画をクリックしたひとを批評するような意図もたぶんない。

 

「このおねえさんたちもきっと、微笑の裏で"わたしはこんなところで何してるんだろう?"と虚無感に襲われているんじゃないか?」

 とか、

「こんな無味乾燥な動画をクリックしてしまったおれってなんなんだ?」

 と、情けなくなり、気が滅入ってしまう。

 

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 エロ漫画やアダルトビデオについて、Youtubeの3Dお色気動画に抱くような心地となったことは早々ないんですけど、ぼくはこうした作品について「そういうものだ」と慣れてしまっているだけかもしれません。

 

 FANZAのCG集のうち、おなじ絵を工夫なく多用している作品や「オマージュやパロディというには、そして同ジャンルの二匹目のドジョウと言うにはあんまりにも……」な重複率の高すぎるコピーキャット(『メスダチ』をセリフ単位でいただいている、すいのせ氏のボーイッシュな女友達のやつとか)に遭遇したとき。

 あるいは、一次創作の設定をいちじるしく無視したガワだけいただいた二次創作や、既存キャラクターのコスプレイヤーであるというそれ以上のバックグラウンドがわからないキャラを情事の対象とした「まじでガワだけいただいた漫画やん」と乾いた笑いが漏れるエロ漫画に遭遇したとき。

 はたまたFANZAの実写ポルノ動画のうち、最初はハッとさせられたNTRモノの絵つなぎが他シリーズの予告を観たことで「単にこのジャンルの紋切り型だったんだ」と気づいたとき、同じく虚無がよぎることがあり、そんなことを思うようになってしまった。

 

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 たぶんこれの延長線上にあるのが、乳揺れであったり、衣服のしたの身体の凹凸がピッチリとやたら見えるデザインとなったりするのでしょう。

 

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 あるいは、ファンタジー/「中世ヨーロッパ」を舞台にした作品のじゃがいも問題とか。

 某氏が何度か否定的な意味で気にされている『ゲーム・オブ・スローンズ』などファンタジーの城の立地とか。

   ▽「男の力に翻弄される美女」とも「貴族のお嬢さま」とも異なる、モンタイユー村のベアトリスの顔

https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/z/zzz_zzzz/20210918/20210918115954_original.jpg

 tamanoir氏がーム・オブ・スローンズ』などファンタジー作品の城や装いにたいして挙げた、モンタイユーなどの現実の城。エマニュエル・ル・ロワ・ラデュリンタイユー』には、その現在の写真が何枚か載せられています。

 権力や支配の問題から、これとその場で絡みあっているはずの身分制や領主制の問題に目を移す際、まず気がつくのは、共同体という同じ枠の中にあって、高貴な血統の貴族と農村の平民との間に確固たる断層があったようには思えないということである。わかりきったことだがまず第一の理由は、今扱っている人間集団の規模が小さいということである。「三身分」――聖職者、貴族、ならびに都市や村落の共同体――は、アリエージュ上流地方全体(略)として見れば、まさしく存在していた。しかし、モンタイユーの人口は貧弱すぎて、教区の枠内にその三区分を確立させる余地がない。聖職者「身分」をここで代表する司祭はたった一人だし、それにこの時代には農民出身の土地っ子である。地方集団の実体をなしている農民から超然としていられるような貴族は、ここには現実には存在しなかった。たまたま、ここに住んでいた貴族は一家族だけである。伯の城代を勤めるベランジェ・ド・ロックフォールとその妻ベアトリス・ド・プラニッソルの家族である。(略)彼女は貴族の出身だし、二度とも貴族と結婚している。他の事例同様この場合も、貴族、非貴族の区別がなされるのは婚姻の時に一番多いこと(略)を思い出させてくれる。しかし他の面では――それも利害や行動の広い領域では、――一時的だったにせよ(というのは最初の夫と死別すると村を去って、近くのブラド・ダイヨンへ、さらに数年後には平地へ移ったから)――村に溶けこんでいる。情事でも、訪問先でも、日常の交際でも、信心でも、村人と異なるところはない。

   刀水書房刊(刀水歴史全書26)、エマニュエル・ル・ロワ・ラデュリ著『モンタイユー(上) ピレネーの村1294~1324』p.31~32、「第一章 環境と権力」より(略は引用者による)

 モンタイユーあるいはアリエージュ若い女性は、強姦の危険にさらされている。いずこも同じ、いつも同じである。だがその危険は、おそらく他の場所よりも、他の時代よりも多かっただろう。ラロック・ドルムのギヨーム・アギュヤンは、アックス・レ・テルムに住んでいた時、一人の女性に暴行を加えた。そして牢にぶち込まれた。幸い、レモン・ヴェッシエールがアギュヤン家と縁続きになっていたので、オーティエ家に対して、姻戚関係から執り成しの労を頼んだ。オーティエ家は、当時、フォア柏領の権力者の間で寵遇を受けている。ミルボアの領主は、当然自分の裁判権によってアギュヤンに懲罰を加えようとしたが、圧力をかけられて即刻アギュヤンを釈放せざるを得なかった。この強姦事件は、ジャック・フルニエの記録に出てくる唯一のものではない。前にも見たようにモンタイユーにおいても、ベルナール・ブロはギヨーム・オーティエ(完徳者とは同名異人)の妻レモンドを犯そうとした。ベルナールは被害者の夫と口論しただけで、またフォア拍の役人たちに二〇リーヴルの罰金を支払うだけで、さしたる苦労もせずに窮地を脱した。もちろん、これは村の家屋価格の半分に相当するから、どうでもよいような額ではない。城代夫人だったベアトリス・ド・プラニッソルでさえ、田舎娘のように司祭の従兄弟、私生児パトー・クレルグに犯されている。
   刀水書房刊(刀水歴史全書26)、エマニュエル・ル・ロワ・ラデュリ著『モンタイユー(上) ピレネーの村1294~1324』p.226~227、「第八章 身振りと性」より

パトーは私生児ながら、ピエール・クエルグの従兄弟で、貴族ではないにしても村では上流家庭の出身である。パトーは持って回ったやり方はしない。彼は女性に対して、遠い昔の同郷人ギヨーム・ダキテーヌがすでに実行してみせた騎士的な方法を用いる[九]。私生児の流儀で言えば、ベアトリスは「牝馬」にすぎない。「彼女に跨がり、拍車の痛さを思い知らせる」(14)。パトー・クレルグは、ベランジェ・ド・ロックフォールの存命中、遠慮なくベアトリスを凌辱する。城代が激怒しても、この向う見ずの乱暴者はほとんど怖れることはない。ただ、「凌辱」が決定的な傷手とはならなかった、と付加えておこう。ベランジュが死ぬと、ベアトリスはもはや自由の身である。寡婦となったために社会序列を一段下がって、少し前に城内で厚かましくも自分に暴行を加えた、モンタイユーのサテュロスとあっさり内縁関係を結んだ。

「その時から、パトーは公然とわたくしを情婦として扱いました」

   刀水書房刊(刀水歴史全書26)、エマニュエル・ル・ロワ・ラデュリ著『モンタイユー(上) ピレネーの村1294~1324』p.248~9、「第九章 クレルグ家の愛欲」より

 tamanoir氏は『モンタイユー』のこうした記述からおっしゃっているものと思います。

 同書で記される事柄は衣食住についてもまたおもしろい。親と子が、夫と妻が、主人と家来が虱取りを行なったり。えらい「奥様」が火種をもらいに近所の家へ訪れたり……村のなかで渾然一体となっているのはなにも貴族や農民だけでなく、動物さえもがそこへからんできます。

 台所、二階、各部屋、貯蔵室だけではない。モンタイユー農家の一部分は、家畜のためにあてられていた。アラザイス・アゼマは供述している。

「一八年まえのことであります。家から豚を連れ出しました直後、砦の広場で杖をついたレモン・ブロと出会いました。家にお寄り、と申しましたが、わたくしは、家の戸を開け放しにしたままだから、と断ったのであります」

 これを見れば、人も豚も一緒に住んでいたのである。そして、おそらく、人も家畜も同じ戸口から出入りしたのであろう。ベルナール・リーヴの息子ボンス・リーヴはらばとろばを家の中に入れていたらしい。ギユメット・ブネは、日が暮れると野良から連れて帰った牛を、自分の家に閉じ込めていた。ギヨーム・ベリバストは「自分の住居で」仔羊に餌を与えるのに心を砕いている。モンタイユー出身の貧しい羊飼いジャン・ペリッシエは、毎朝、羊を家から戸外へ出している。多分、動物の体温、「自然暖房装置」を利用するためだっただろうが、人間は病気の時でさえも、家畜と一緒に寝ていたのである。ベルナール・ブネが語っている。

「ギヨーム・ブロは異端者ギヨーム・オーティエを、わたくしの父ギヨーム・ブネが病臥している所へ連れて参りました。そこは家の中では、家畜の眠る場所でありました」

   刀水書房刊(刀水歴史全書26)、エマニュエル・ル・ロワ・ラデュリ著『モンタイユー(上) ピレネーの村1294~1324』p.65、「第二章 家ないし家族」より(太字強調は引用者による)

 こういった暖の取りかたは、なるほど現実的な対応ではありますが、これはこれでまた、劇的でおもしろいなぁとも思います。

 

 さて、城代(元)夫人ベアトリス・ド・プラニッソルに話を戻しましょう。

 ラデュリ氏が紹介するところによれば彼女は恋多き人物だったそうで、部外者のパトー・クレルグに乱暴に犯されその後情婦となったりした一方で、城代夫人時代に城の家事をとりしきり更には耕作頭でもあったと考えられている(アイヨン地方出身の若い農夫)レモン・ルーセルと恋に落ちたりもしんだとか。

 つかの間の城代夫人が寡婦となった後は、モンタイユーのごく普通の家に住み、ほとんど村人との格差はない。

 村の女たちとベアトリスは炉辺で仲よく暖をとるし、カタリ派の最近の噂もする。百姓女アラザイス・アゼマは、別にかしこまりもせず、元城代夫人に嫌味を言う。

「いつもしかめっ面をして、お高くとまっているから、倅のやっていることはおしえない」

これは言葉のあやだ。そのすぐあとで、アラザイスは大ていのお喋り女と同じく、気嫌をとりたいばかりに、なんのためらいもなくベアトリスに小さな秘密を漏らす。

「本当のことを言えば、息子のレモン・ゼマが食べものを善信者に運んでいるのさ」

 愛想のよいロックフォールの貴婦人は、ただちに差配レモン・ルーセルと多少とも恋情をまじえた交際を結んだ。これはすべての者にカタリ派を吹きこんでまわる人物だが、女主人にロンバルディアへ一緒に逃げようと勧めた。当時、ロンバルディア地方は異端者たちの聖なる避難場所で、故郷で迫害を受けたラングドックの完徳者の一団が、静かに鋭気を養うためにやって来ていた。モンタイユーの善き貴婦人は、この旅行の招きを優しく、だが頑強に拒絶した。誘惑者たる差配と連れ立って旅立てば、陰口をきかれるというのだ。

    刀水書房刊(刀水歴史全書26)、エマニュエル・ル・ロワ・ラデュリ著『モンタイユー(上) ピレネーの村1294~1324』p.246~7、「第九章 クレルグ家の愛欲」より(「気嫌」は原文ママ

 旅行じたいは行く前段階で頓挫したものの、親交を深めた若い農夫からの愛の逃避行のお誘いに、付添人をともないアリバイ作りをして応えようとしたベアトリスについて、ラデュリ氏は「まったくありきたり」の「山間小貴族」恋物語なのだとまとめます。

 まとめますがしかし、その恋の顛末はというと……

 ここまでは万事、吟遊詩人(トゥルパドゥール)たちの歌った順序どうりに進行していて、いわば良き伝統に即している。まことに、詩人は地域民俗に通暁していたのだ。若く美しいモンタイユーの奥方にも、自分より低い身分の――まさしく決まりどおりに――思慕をささげてくれる男が現れた。ただこの場合、残念なことにレモンは貴族でないどころか、ただの村人である。こうしてベアトリスは、愛による民主化――この種の問題を論じようなどと彼女自身思いつきもしなかったが――に貢献した。「愛らしい高貴の奥方」に配するに微賤の恋人。これこそ、オック語の詩人たちにとって本質的な主題の一つであった(12)。絶えず付添って崇拝者と誘惑者の二役をつとめる「忍耐づよくて、気をそらさぬ、しかも慎みぶかい」恋人のため息に動かされて、ベアトリスの方でも霊感の鼓吹者、森の泉の女神エーゲリアの役を演じた(七)(略)レモンがこのまま節度ある恋人、つまりマルカブリュが真に洗練された女性にふさわしいと望んだような「エメラルドと紅縞めのうの恋人」でいたならば、こうした条件の中でも、万事この上なく順調に運び、夫のベランジュ・ド・ロックフォールも満足したはずだ(略)。しかしまずいことに、レモン・ルーセルは愛する女とともにねるという大きな賭に出る気になった。この賭もまた、オック語抒情詩の本質的主題のひとつである。吟遊詩人ベルナール・ド・ヴァンタドゥールは(八)、「かの君のひとり臥して眠る姿、眠るふりする姿を垣間見んと願う。人知れず甘き唇を盗まんため。かずならぬわが身は、くちづけを乞うにも値せぬゆえ」とうたった(13)。一方、ベアトリスの供述の方はこうだ。

「ある夜、レモンとわたくしは一緒に夕食をとりました。その後、彼は秘かにわたしくしの寝床に入り、わたくしが家の片付けごとをしている間に寝床の下にもぐり込んでいたのであります。わたくしが床に就きました頃、家の者は皆眠っていました。そしてわたくしも眠りました。その時レモンはわたくしの寝床の下から出てきて、下着姿のままで床の中に入って参りました! わたいくしの体を欲しがるしぐさを始めました。わたくしは大声を出して、何としたこと! と叫んだのであります。あの男は申しました。お静かに。わたくしは重ねて申しました。ああ百姓の身で、わたくしに黙れとは。わたくしは声を挙げて、同じ部屋の傍らの寝床に眠っていた召使の女たちを呼んで申しました。わたくしの寝床に男がいる。レモンは寝床を飛び出し、部屋を立ち去りました。……やがて、彼はわたくしどもへの奉公を辞め、プラドの自家へ帰ったのであります」

   刀水書房刊(刀水歴史全書26)、エマニュエル・ル・ロワ・ラデュリ著『モンタイユー(上) ピレネーの村1294~1324』p.247~8、「第九章 クレルグ家の愛欲」より(略は引用者による。また、ベランジュ・ド・ロックフォールが死んだあとなんだかまだ存命中なんだかようわからん記述も、原文そのままです)

 詩人が歌にするような「高貴な女性との身分ちがいの恋」に(もっとも、この時空間のお約束からへだたったぼくたちにとっては、お約束自体に「へぇ~」となる細部があったりあしますが)、貴賤を問わず談笑する炉辺でのやりとりなど「モンタイユー村らしい階層のゆるさ」がくわわり、さらには「田園物語(イディール)とちがう男の卑しさ」や「ゆるいと言っても歴としてある階級差」がふと現れて、男女をむすびつけたり逆に破綻させたりする……

 ……モンタイユー村に生きたベアトリスは、「(美貌ゆえ)男から力に物言わされて手籠めにされるなど、状況に流され続ける弱者としての女性」のようでもあれば、「恋愛結婚でないかたちで嫁ぎ、嫁いださきで間男と恋をする貴族のお嬢さま」のようでもある。

 でも「それなんてエロ漫画?」とか「それなんて中世ファンタジー?」とか思えないハミ出た部分があって、そこにぼくが求めるなにかが多分あり、そこを掴めたならまた楽しくなる気がする。(のだが、つかんだところで世界に対する解像度を高めるだけで、じぶんにとって受け付けない作品がより多くなるだけなのかもしれない)

 

 

 ■読みもの■

  伊坂幸太郎「書き出しで読者を掴め!」がたしかに興味深い

 下のゴタゴタで存在をおもいだし、積読を消化したんですが、面白かった。

 

 春が二階から落ちてきた。

 私がそう言うと、聞いた相手は大抵、嫌な顔をする。気取った言い回しだと非難し、奇をてらった比喩だと勘違いをする。そうでなければ「四季は突然空から降ってくるものなんかじゃないよ」と哀れみの目で、教えてくれる。

 春は弟の名前だ。頭上から落ちてきたのは私の弟のことで、川面に桜の花弁が浮かぶあの季節のことではない。

   《『重力ピエロ』/新潮文庫p.9》

読みたいと思う本は大量にあって、しかも読む時間は限られているとき、"この一冊"を選ぶにあたり、僕は最初の二、三行とか冒頭の場面を読んで決めることが、多いんですよ。

   幻冬舎刊、『ミステリーの書き方』kindle版58%(位置No.7924中 4515)、伊坂幸太郎「書き出しで読者を掴め!」

 綿密なプロットを立てず、書きたい「絵」や場面をつないでいくことで小説を書いている(――そして「そういう物語の作り方は、映画からの影響が大きいのかもしれません」)と言って、伊坂氏は自作やじぶんが惹き込まれた作品の書き出しについて並べていきます。

 「小説でも映画でも、僕はけっこうすぐ内容を忘れてしまうんですが(笑)、すごく印象的だった場面や決め台詞は鮮明に憶えています」と映画や、「日常の世界で近い関係にあるものを離し、遠い関係にあるものを結びつける」シュールレアリズムの詩の方法論をひきあいにして、印象的な場面がどんなものかを考え、語っていくのですが……

現実から微妙に浮遊している"掴み"を考えると、やっぱり急に暴力的なことが起こるのが、フィクションならではの期待感を煽るはずだと考えて、それで結局、思いつくのが強盗なんですよ。(略)とにかく冒頭に"動きのある場面"、物事が転がりだす場面を持ってこようとしています。

   幻冬舎刊、『ミステリーの書き方』kindle版59%(位置No.7924中 4592)、伊坂幸太郎「書き出しで読者を掴め!」(略は引用者による)

 ハリウッド映画は、だいたい最初に"掴み"のシーンを持ってきます。主人公が活躍するシーンなどはその典型で、それはパターンとして確立されていると思うんです。(略)でも、やっぱり小説は「文章」なので、「春が二階から落ちてきた」みたいな"掴み"を独自で考えるほうがいいな、と僕は思っています。

   幻冬舎刊、『ミステリーの書き方』kindle版59%(位置No.7924中 4603)、伊坂幸太郎「書き出しで読者を掴め!」

 と、物語全般ではなく「小説」にできること・できないことを語っていきます。

 小説は「読まれる」ものですから、映画とはぜんぜん違う手法が必要です。映像的な描写をすると、すぐ三ページぐらいになってしまいますが、それでは長過ぎます。

   幻冬舎刊、『ミステリーの書き方』kindle版59%(位置No.7924中 4617)、伊坂幸太郎「書き出しで読者を掴め!」(太字強調は引用者による)

 表現媒体による情報伝達量のちがいって、やっぱり意識されているんだなぁと興味ぶかかったです。

 

 (観測範囲がツイッターだから余計にそうなのかもしれませんが)文章にかんすることで話題になるのって、本文にせよ、その文章に対する第三者の紹介文にせよ、パッと見で目を惹く端的で印象的なフレーズであるとか、設定であるとか、一目にインパクトのある文章構造であるとかになりますものね。

 

 小説や創作はもちろんのこと、blog運営にも参考になりそうだなぁと興味深く読みました。

「興味ぶかく読んだ結果がこのダラダラ云万字日記ですか?」

 う゛っ!

 に、入力と出力はまた別問題ですから……。

 

 

 ■ネット徘徊■読みもの■

  集英社オレンジ文庫ノベル大賞の選評がおもしろい

orangebunko.shueisha.co.jp

 下のゴタゴタから知ったのですが、集英社オレンジ文庫の投稿新人賞「ノベル大賞」の選評がネットで公開されていて、なかなか充実した内容でした。

 吉田玲子さん、今野緒雪さん、桑原水菜氏、三浦しをん氏の4名の選評が全文読める。

「この作品のここが難点だったけど、どこがどうだったら良いと思えた」と具体的。いちばん長文の三浦氏やそれなりに長い今野氏らはもちろん、あっさりめの吉田氏も共通している美点です。

 また、ぼくがアニオタとして気力に満ち溢れていた20代なら、「圧倒的に表現力が高い! 小説家というのは、このような文章を書けるひとのことを言うのだ……と感銘を受けました」と述べる吉田氏の脚本担当作と、評された作品にみられる表現とを比べてみたりして、なにか感想文のこやしにしたりしたかもしれません。

 

 吉田氏はもちろんほかのかたがたにおいても――『SAVE THE CATの法則』などに通じそうな――共感できる主人公像や人間ドラマが評価軸の一つとして設定されていることが見受けられます。善し悪しの指摘だけでなく、改善案の提案がけっこう色々なされていて勉強になる。

 しかもただエモくすりゃあ良えというお話にしていないのが興味深い。三浦氏はある作品のキャラの感情描写が淡白なのを指摘すると、それがこの作者が以前投稿して最終選考にのこった作品とも共通することもかんがみて、

「作者の持ち味な可能性もあり(つまり、作中のある局面で、登場人物の感情面からストーリーを駆動させるのが苦手、あるいは、それはあまり上品ではない、と慎んでおられる可能性がある)、だとするならば、現状の方針で問題ないと思う。むしろ、ご自身の持ち味、信念を大切にしつつ、ほかの部分で、作品の魅力をアップさせる方策を練ったほうがいい」

 と述べつつ、

しかしもし、「登場人物の感情のうねらせかたをもうちょっと工夫したい。ストーリー展開と登場人物の感情の盛りあがりを一致させたい」と思うところがおありだとしたら、ご参考になることがあるかもしれないと思い、以下に記す

 と二つの道を示しています。

 

 

 ■ネット徘徊■考えもの■

  小説投稿新人賞はドラフト制にしたら?

 池上冬樹さんのツイートが賛否いろいろ巻き起こしていました。

 わりとよくあるお話らしく、数年まえにも別のかたがつぶやいてもいます。

 そっから半年くらい後にもまた同じような話が。

 堺氏のオススメする「最後の手段」によって成功した例としては――事情がわりと異なる上にぼくがティーン時代の古い例になっちゃいますが――電撃文庫の新人賞投稿用に練っていた作品(規定枚数を超過したので未投稿)をじしんのサイトでアップし連載、別作で同賞の大賞をとったあとに同レーベルで刊行、大ヒット作品となったードアート・オンライン』などが思い浮かびますね。

 落選作が他出版社にもちこまれ、出版されて大ヒット/高評価を得るという点では、 伊藤計劃氏の『虐殺器官』、円城塔氏の『Self-Reference Engine』などの名前もあがっていました。

 何というか「それはあんまりなんじゃないか」というお話です。

 ほかのコンテストで落ちた作品だからと自動的にこちらでも落とすというやりかたでは、相性が合うも合わないも無いじゃないですか。

 おなじところに同じ穴の開いたザルが二つあるだけ。

 

 冬樹氏のこのツイートはイマイチ意味をよくわかっていないんですけど次々と凄い作品を書ける作家を、新人向け文学賞でどうやって見つけ出すんだろう? 受賞したひとは複数の応募実績があるということなんでしょうか?(ちがう作品で最終候補に残ればその証明になる? 次々と「最終候補どまりの」作品を出せるひとはどう評価される? 「選考委員たちが落としたのには相当な理由がある」のに?)}、こういう話を聞くと、おおくの新人賞/出版社というのは即戦力の完成品をお出しするところで、原石を見つけて育てるところではないのかなぁ? ……と切なくなりますね。もちろん例外はありますが。

www.tsogen.co.jp

最終候補作に選出された段階で、編集部提案のもと改稿していただいたのち、最終選考をおこないます。 

受賞作は第10回まで創元SF文庫《年刊日本SF傑作選》に掲載してまいりましたが、《傑作選》が今年で終刊するにあたり、掲載先を単行本《Genesis》に変更いたします。また、これまでどおり受賞短編単体で電子書籍化し、朗読音源化したものを販売します。
選考委員の先生を2名お願いし(任期2年とし1年違いで交代)、編集部・小浜徹也を加えた3名で最終選考いたします。
1次・2次選考では編集部員が直接、応募作全作に目を通します。

 創元SF短編賞では、すくなくとも第11回からの回は、最終候補作について選者から提案がはいって改稿したうえでの最終選考となっているらしい。

 

***

 

 下読みを経験・愚痴るかたがたのお話を聞いていて思うのが、「そんだけ下読みの人がかぶってるんなら、さいしょから小説新人賞の窓口を出版社横断の一括にして、ドラフト制にでもすればいいんじゃね?」ってことですね。それなら投稿者も何度も送らなくて済むし、出版社のひとも二重投稿や過去の送り直しではないか面倒くさい確認作業をしなくて済む。

 

   ▽「なるほど小説は読めるし指南もできると。でも、あなたのツイートを読んだひとがどう思うかは読めないんですね?」

 に、入力と出力はまた別問題ですから……。

 

 

 ■自律神経の乱れ■

  日記を読み返して、自分のアレぶりに嫌気がさす

 今年も京都SFフェスティバルがオンライン開催されるということで、去年の日記をふりかえっていたんですが……

(ただなぁ。チャットログにおける長文の圧迫度合いがなぁ。

 長文レスが「省略されました。全文を読みたいかたはここをクリック」と綴じられるような掲示板形式だったら、ワンチャン気にせずタイプ&コピペしてたかもしれませんが……無い袖はふれません)

   当ブログ「日記;2020/09/15~09/21」

 ……京フェス2020のこの反省。

 『ゴジラSP』について「だれがやってもこうなる」と円城氏が言って、各登壇者から「いやいやいや(笑)」「んなわけない(笑)」というようなことを仰ってました。

 その「こうなる」がどこまで指すのか?(高橋監督からのオーダーからすればこういう話や設定になるだろうということなのか? あらかじめ提示された、スペクタクルに費やせるコスト的なものも加味すると、「円城塔らしい」と言われるセリフ回しやシーンがどうしても多くなる……ということなのか?)ちょっとわからないところがありますけど、しかし、ゴジラSP』の怪獣まわりについては、ゴジラという存在について科学畑のひとが見ればそうなりそうよなぁという風にぼくは観られたので、むしろ他登壇者さんの「いやいやいや(笑)」の詳細がお聞きしたかったところ。

   当ブログ「日記;2021/07/06~08/16」

 SFセミナー2021ではまったくそんな自制がはたらかずに、「そんなことなくね?」とイベントのディスコードへ長文レスを投下しててワロてしまいましたね……。

 

 最近のスペース/ツイキャス視聴記録もそうですが、足を踏み入れたものごとについてだいたいブーブー垂れてる自分のアレぶりが本当にアレなので(対話や協調を知らないモンスタークレーマー……! ひろゆきの動画見て悦に浸ってそう……!!)非常にきびしい気分になってしまった。(そういう醜態を、せめてこのblogだけでとどめておきたいっすね……)

 30代でこれなので、近い将来、周囲へ当たり散らす人間になるんだろうなと気が滅入ってしまう。

 

 

0907(火)

 ■ネット徘徊■

  『R6S』ストリーマー大会ロイヤルフラッシュ周りのゴタゴタについて

 ゴシップ煽りの5chまとめサイトが元気で、更にメラメラしていますね。

 ゼロ年代にひどかった(現在も元気な)「ゲハまとめblog」「アニメ売り上げまとめ」の空気が、vtuber界隈に移ったんだなぁと思う。はてな匿名ダイアリーなどでもvtuberの話題はすごい煽りが飛んでくる)

 ……とか言いながらぼくも、

「にじだけでなくアルファさんも("勘違いでした"と謝罪がのちにあったとはいえ)それぞれ別口からけんきさんの説明に首をかしげていることから、大会の打診についてゴチャゴチャしたところがあるのは確かなんじゃなかろうか?」

 とは思っちゃいました(笑)

(メンバー招集にかんするディスコの文面からして、手書きで補足説明しているくらい誤解をまねくものだし、取り仕切るけんき氏が集めて組んだチーム構成からしてPt超過がすごいし……)

 うえのけんき氏のメッセージよりも、アルファさんの状況整理・報告配信がいちばんわかりやすいかなぁと思いました。

 けっきょくチームバランスを整えられるほどの幅広い人員が集められなかった……ってところが一番の原因みたい。

youtu.be

 大会の内容じたいがぐにゃぐにゃ動いた部分があるようなので、けんき氏だけが悪いとは思いませんし、内情はどうあれ表で愚痴ればそりゃグチャグチャするわけで、その意味でにじ側が全く悪くなかったとも思いませんが、いちばんの感想としては、

「どんな企画にだってあるような不備だと思うし、ほかの企画がそうなように配信中のかけあいも試合内容もおもしろいな~」

 って感じです。ごく一部の声が目立ってしまうのは分かるけど、どうにかならないものかなぁと思います。〔でもゴシップで盛り上がるのは有史以来付いて回るものだし、どうにもならないんだろうな……{ぼくなんていい例で、この日記でいくつゴシップに首を突っ込んだのか、というお話で……(汗)}〕

 

 ただ、チーム構成について「『APEX』基準でバランスは悪いけど、それだけで勝負は決まるものじゃない」というけんき氏の言い分は、非プレイヤー目線では初日練習カスタムマッチの様子からそれなりに妥当に思えました。

〔事前に座学していたにじさんじチーム{うるか氏休みで、経験者のあどみん氏がハンドガン縛り・キルは極力控えるかたちで代役}が全勝していた。アルファチーム一強である現在の差は、練習量の差に思える。

{というか中3日明けのにじチームのパフォーマンスがわるかった。(前回配信では出来つつあったマップの把握が記憶から抜け、ゲーム序盤の陣地構築もいまいちで、交戦時は報告は少な目、連携もいまいち決まらなかった。

 将棋でいえば、穴熊とかの定石を一種しか覚えてないうえ、それを組む手つきもあやしい状態で戦っている具合)}〕

 一言にFPSと言っても、個々のゲームによって強さはだいぶ変わってくるし立ち回りによって地力を巻き返せるということは、にじさんじ『R6S』大会参加メンバーでもある叶・葛葉)リスナーも先日の『Varolant』Abemaカップ優勝を観た人(叶配信44万再生/葛葉配信110万再生)なら分かっている

 配信チャット欄はvtuberにじさんじライバー)側もストリーマー(アルファアズールさん)側もとくに荒れてません。ネタとしてかまじめにかは不明ですが、ごく一部のひとが攻撃的なチャットを飛ばしていることはある。

 でも、そうした他者への攻撃(けんき氏叩き・DMやGmailへ凸。他対戦者への煽り)についてはにじ側はプロレスのネタとその合間に注意を、アルファさん側は社会人として真っ当に咎める口調で制止されてました。

{※ただしにじライバーはもっと強い調子で〆てくれてもいいとは思った}

{※アルファチームの他メンバーの配信を見直して「そんな説教ないじゃん」とお思いのかたがいた場合の注記。アルファさんが訓戒ぎみに諭す声は、チームチャットをミュートにして個人チャンネルリスナーにだけ届くようにしていたので聞こえないと思います。(他チャンネルでそういう声があるかどうかは不明だし、正しい対応だと思いました)}

 

 「誤解をまねく表現がありました以後気をつけます」がまるい対応な気がするけど、まぁ、なるようにしかならないっすよね……。本番が荒れないことを祈るばかり……。

 

 

0908(水)

 ■考えもの■

  司馬遼太郎おじさんやキヨスクフランス書院

 新刊旧刊を問わず本を読まなくなり、映画も観なくなった。たまに本を開くと既読本で、FANZAの購入履歴ばかりがふくらんでいく。FANZA楽市楽座に由来するそうだが、FANZAに夢中になる信長、さすがにうつけもの過ぎやしないか。

 ひと昔まえに揶揄されていた「司馬遼太郎が/塩野七生が正史である”識者"」がどのようにして生まれるのか、身をもって実感しつつある。

 そしてもしかしたら、司馬遼太郎おじさんのうち何人かは、フランス書院おじさんだったりしたんではないか? そんなことをちょっと思う。

 

 

 ■読みもの■

  『文學界』21年10月号・円城塔氏の『ゴジラSP』インタビュー

 エンディングもふくめた総まくりのインタビューで面白かったです。前半の内容はインターネットで公開されています。

books.bunshun.jp

「監督もゴジラに対しては僕と似たアプローチなんです。(略)コンラート・ローレンツの攻撃本能についての考察などを背景にして、怪獣だって何の理由もなく、いきなり建物に襲いかからないよね、というふうに考える」p.210

 と、高橋監督の怪獣観がしめされたのは初めて読みました。*9

 庵野監督『シン・ゴジラ』『エヴァンゲリオン』の作劇と比較してのお話が佐々木氏から出ていました。

 政治群像劇にならなかった理由は、ここまでのインタビュー同様「スタッフに詳しいひとがいなかったから」というお話が出つつも、もうひとつ別の理由を挙げていて、これまた興味深かったです。

 アニメ(漫画)について、どうしても「白い紙にペンを走らせてしまえば何でも現前させうる」という絵空事のイメージを抱いてしまいますが、一人ががんばって群衆を書いたとして、次のカットで全員が全員別人になってしまうわけにはいかない。セリフを書けば、声優を呼ぶ必要もあるしキャスティングを練る必要もある。

 なんでも描けるわけではない一経済活動/集団労働としてのアニメ制作のにおいを感じられて興味深かった。

 

 『ゴジラSP』の科学者が庵野そっくりに見えたことから何か目くばせがあったのではとたずねる佐々木氏は胆力がある。

{ぼくなら『CG WORLD』でプロデューサーが、今作の企画書をエヴァに触れつつ書いていたところを挙げると思います(笑)}

 他人の空似で、デザイン初期は似ていなかった。とさっくり否定する円城氏もまた。

 

香山滋が映画館に大ヒットした『ゴジラ』を見に行くと、観客がゴジラが出現する場面で恐怖するのではなく、笑っていた、と。」p.211
 これは円城氏がツイートで引用したちくま文庫ゴジラ』収録「ゴジラざんげ」p.268の話かもしれないし、「怪獣談」p.292のほうかもしれません。

 

 『ゴジラSP』世界の時空(物語構造)がどんなものかも、ここで初めて聞いた気がする。

 最終話のトラック大滝組まわりについて「こういうことか?」と考えられていたことが一つつぶされたかたちになり、つまり、「ご都合だ」という以上のお話はないということみたい。

 

 

0909(木)

 元気に過ごしました。

 

0910(金)

 ■社会のこと■

  千葉県警とご当地vtuberによる啓発動画が非公開へ

nlab.itmedia.co.jp

「棒立ちの足がひどい」「パタパタしてるだけの手がひどい」みたいな声を見かけて、動画を見たら、この問題となったモデルってLive2D系のモデル(との併用)なんじゃないでしょうか……? いや違うのかな? わかんねぇな。

www.youtube.com

「全編3Dキャプチャしてるんだとしたら、人間の動きって意外とLive2D的に自由度がないんだなぁ」

 というのが一番の感想でした。

 

 児童向けアニメを思わせるポップな絵柄の彼女の、大きなリボンの下のへそ出しシャツや、その胸部にざっくり影の入れられた胸がふるえることに批判が集まったのだといいます。キズナアイさんが批判されたのはまだ分かったけど、正直「これでもだめなんだな……」と思わない気持ちがないわけではないです……。ただまぁ、ダメでしょと言うひとがいるのはわかるという感じです。

 

 批判された観点から言えば、戸定さんより、コンビニで一番くじvtuberチップスなどが発売されているような、サンリオとコラボしているような、もっとマスに出ているvtuberさんのほうがはるかに性的だったりするので、公共性のたかい領域にもしまかりまちがって出てきてしまったときの不安がおおきい。

 

 たとえばコラボ先に合わせた服装――今回なら警察官の服――とかTPOをわきまえた衣装を着てもらったり、胸揺れを削除した全年齢仕様のモデルにかえてもらったりなんだりは、「絵なのだから簡単に対応できそう」と思いきや、アナログの身体をもつひと用に警察官の服を用意して着てもらうほうが多分はるかにカンタンなんだよな……。

 

   ▽海外でようわからん広がりかたをしているっぽいのが気になる

 リンク張った動画だけ数万再生されていて、「ぼくのほかにもけっこう野次馬がいるんだなぁ」と思ったんですが、コメント欄を見るとアルファベットだらけ。英語だけでなく、スペイン語などもある。

 なんだかオタク文化ファンの海外のひとのあいだで、妙な広がりかたをしているらしい。

 

 海外基準でこれはアリなのかナシなのか、もう少し層がかたよってなさそうな声がころがってないかなぁ。

 

  プロのジャーナリストでさえ認識曖昧な、書類送検にまつわるグラデーション

 愛知県知事リコール投票について、抗議していたジャーナリストの津田大介さんや評論家の町山智浩さん、精神科医香山リカ氏らが書類送付となり、かれらに敵意をもったかたがにぎわい、津田氏らが事情を説明することとなりました。

news.yahoo.co.jp

 

 津田氏は書類「送検」と「送付」を使い分けず、「県警は起訴を求める意見を付けず、不起訴処分となる見込み」を報じないメディアのありかたに苦言を呈し、町山氏は「書類送検」をうけての誹謗中傷に法的措置をとる方向で立ち向かわれるそうです。

 非常に勉強になりましたが、無知ゆえになんとなくイメージで正反対のメッセージを受け取ってしまうのは無くはないことなので、これはこれで怖いなぁと思いました。

www.asahi.com

 立件初鹿衆議院議員が強制わいせつの疑いで書類送検されたさい(起訴を求めるものではない意見を送付して書類送検で、不起訴となった)、津田氏はこうつぶやいています。

 覚せい剤売買の書き込み放置したことによる麻薬特例法違反のほう助容疑で、西村博之氏が書類送検されたさいは、

www.nikkei.com

 とつぶやいていました。町山氏もあれこれ書類送検された事例についてつぶやいておられる。

 そうした過去の言動は、ツイートにぶらさがっていた津田氏や町山氏をよく思ってないかたによるリプライで知り、「むずかしいなぁ」と思いました。察するに書類送検にもいろいろあって、批判者がたたくようなブーメランではないんでしょう。

 今回の書類送検は、じっさいには悪いことをしていないけどお国による嫌がらせ・見せしめとして警察沙汰になったのだろう、という意味で。

 かつて津田氏や町山氏が言ったのは、たぶん、「じっさい悪いことをしただろうけれど立件が難しいひろゆき・初鹿?)」という意味合いだったり、あるいは「じっさい悪いことをしたけどお国のえらい人の側にいるひとだからお目こぼしされたのだろう(田畑・初鹿?)」、というような意味合いでそれぞれ用いられているという感じに読めます。

 ケースバイケース過ぎて、なんともむずかしい……。

 

 

 ■見た配信■

  『レインボーシックス・シージ』ストリーマー大会ロイヤルフラッシュをリアタイ視聴しました

www.youtube.com

 5vs5で一定ラウンドごとに攻守(外から侵入し爆弾設置/なかで防御陣を敷き爆発阻止)を入れ替え勝敗を競うタクティカルFPS『トム・クランシー’sレインボー・シックス・シージ』の公式主催による実況プレイヤーを中心とした大会「ロイヤルフラッシュ」がついに本番をむかえました。

 「Lierパンダ」リーダー・イブラヒムさんの配信を軸に、公式メイン配信と公式サブ配信、そのほかのチームの配信もつまみ食いしました。

 練習カスタムマッチ初日は全勝をおさめたものの、この日記でもふれたabema主催『Valorant』公式大会(叶・葛葉)やら、ZeppDiverCityでの大規模イベント『NIJISANJI SHOW DOWN』(イブラヒム)やら9/13にじさんじポケユナ大会に向けた練習(葛葉・エクス)なにやら{あとたぶん9/11にじさんじ一期生静凛1stソロイベント『RecollectioN』に叶くんは出るからその詰めもあったろうし……}を挟んで中3日後のカスタムマッチではきびしい状況におかれるも、徐々に試合勘をとりもどし更なる戦術をまなんでいったLierパンダ。本戦ははたして――?

 

***

 

 『R6S』の防衛側ラウンドは知識にすぐれたイブラヒムさん、エクス・アルビオさんが陣地構築・状況を俯瞰し遠方から射線をとおすサポート職、フィジカル(対面での戦闘力)にすぐれた葛葉さんうるかさんが前線や最前線で侵入をせきとめ防衛ラインをすこしでも長く維持する限界ポジション、叶くんが状況に応じて臨機応変に助太刀をしたり裏取りをしたりする遊撃ポジション。

 攻撃側ラウンドもイブラヒムさんが防壁や罠を解除する役回りで、エクスくんが爆弾設置を主にし、葛葉さんうるかさんが攻め、叶くんが『R6S』独特のラペリング――建物上からロープを引っ掛けぶらさがる。逆さ吊りにもなれるが操作が逆になってやりにくい――による遊撃……というかんじ。

 各プレイヤーのくわしいキャラピックは?

 イブラヒムさんがピックするキャラは、防衛側だと練習カスタムマッチ初日はミラという鉄の防壁に窓をつけられるキャラによって広い視野を確保し、厚い防衛ラインを築いていましたが、他チームの練度が上がったり自チームの役割分担がはっきりしてクリアリング範囲が絞られていくにつれ、ミラが機能しなくなり。

 練習後半~本番では、窓のまえなどに立たせてセンサー代わりになるデコイを置いたり、腰までの高さのシールドを置いたりできるアリバイが主要ピックとなっていきました。

 攻撃側だと、壁にさまざま穴をバーナー的な武装であけることができるマーベリック。練習序盤では無言で開けて死んだり(逆に敵のマーベリックを殺したり)することもあった気がしたんですが(笑)、本番のころにはもう、声かけてからの壁あけ/エクスくんがその隙間を覗いて(ピーク)して射撃する姿はおなじみの光景になっていましたね。サッチャーも使うか。

 エクスくんのピックは大体においてヴァルキリー。どこにでもひっつけられる監視カメラをセットできるキャラで、攻守に活躍します。

 ほかには、投げつけ張りついたところに横長の穴をパコンパコンと水圧であけて補強壁などをこわすエースや、設置し起爆すると四角い穴を焼きあけて補強壁などをこわす特殊武装ヒートチャージをもつテルミットなど割り職もこなします。

 うるかさんのピックは防衛側だとスモークタチャンカ。持続的な範囲攻撃をしかけられるキャラで、前者は設置起爆式のガスを振りまくキャラで(『APEX』で言うコースティックみたいな感じ)、後者は火炎瓶を投げられるキャラ。うるかさん曰く「(タチャンカは)スモークの下位互換じゃん……」。コンカッション地雷を設置するエラなども。

 攻撃側だと、自身の体力を増やしたり、ダウン中の味方を起こしたりエイムを安定させたりするフィンカ

 葛葉くんのピックは、攻撃側だとインでスモークグレネードやフラッシュボムを放り投げて先陣をきったり。防衛側だと、ゲートにレーザーアレイを設置して出入りする敵にダメージを与えるアルニや、投擲物を無効化できるイェーガーなど。

 叶くんのピックは、足音を消せる特殊装備と条件により相手チームの現在位置とピックキャラを明らかにする特殊能力をもつカヴェイラとか。最初は刺さりまくっていたんですが、相手チームが立ち回りを覚え作戦を練っていく過程で徐々に牙をそがれた印象で、『APEX』や『VAROLANT』などともちがう『R6S』の(出入りの場がある程度かぎられていて、いちど定跡が形成されてしまうと、それを突き崩すのがなかなか骨だという)将棋やチェスっぽい独特の味が感じられて面白かったです。

{本番まえの練習カスタムマッチで、(『PUBG』が流行っていた数年まえの活動初期から叶くんといっしょに実況プレイ配信していた)ぶいすぽチームの一ノ瀬うるはさんが、クレイモアを仕掛けて叶くんのカヴェイラを複数回狩っていたのも面白かった。

www.youtube.com

 牙は丸められたとはいえ、それでもまだまだ抜けてない。本番ではどうか?

 敵が近づくと爆発して周囲のキャラを吹っ飛ばす設置型爆弾エアジャブをあつかうノマッドもよく選ばれました。

 防衛側だと、投擲物を無効化できるイェーガーや、敵の防壁破壊兵器(ハードブリーチャー)などを無効化できるミュート、敵を行動不能にする設置型罠ウェルカムマットをもつフロストあたりか。

 

***

 

youtu.be

 さて本番ですが、これはすごかった!

 まじでどのチームが優勝になってもおかしくない実力伯仲、全試合が手に汗にぎる好マッチだけの満漢全席よくばりセットみたいな大会でした~!

 研いできたセットプレイなどの成果や、ただコーチの作戦をなぞるだけでなくって、ここまでの紆余曲折が活きるような――その場その場で思いついてチームメンバーが検討し実戦で実践される――試合の中でのひらめき、度肝をぬかれるスーパープレイなど、ほんとうに楽しい時間だった……。

 えなこりん親衛隊という看板とは裏腹に、優勝候補の敵チームのエース選手をぶち抜いたり、飛んでくるボムを空中で撃ち落としたりする姫騎士えなこりんの躍動! 惜しくも敗れたあとの親衛隊の、新喜劇的なインタビューセットプレイ(笑)

 Lierパンダのワカラン殺しもある盤石の布陣にたいして、世界大会に出るようなコーチさえ「こんなん教えてないよ!」ともが喜びの悲鳴をあげるぶいすぽっ!チームが試合の中で引き当てた正解!

 ぼくはLierパンダ中心に見てきましたが、きっとどのチームを応援していてもそういう局面がいっぱいあったんじゃないでしょうか。アツかった~。

 

 あんまりにも延長戦がつづくので、当初予定されていたスケジュールは大幅にずれ、公式配信の運営さんがたは終電をのがす時間までスタジオに缶詰めに(笑)

 

***

 

 リーグ最終戦Lierパンダvsサボッテンちゃうぞもたいへんアツかった~!

 とくに好きなのは、前述イブラヒムマーベリックの開けた壁穴からエクスくんがマルチキルを収めてそのまま次ラウンドも取ってさらにイケイケで迎えたLierパンダ攻撃vsサボッテンちゃうぞ!防衛の第6ラウンド*10

 このラウンドなんて、『R6S』の防衛・攻撃両陣営ともども複数人が協力して呼吸を合わせて戦うリアルタイム将棋感がヒシヒシと伝わる一幕でした。

 

 山荘バックヤード階段をおりた地下の無補強の板張りのドア(リンク先マップの画面右側からはいれるところ)くわしい部屋の名前はこっちのマップに準拠しようと思います)を攻撃側エクスくんが銃で撃ち開け、攻撃側うるかさんがドローンを回して防衛側サボテンがしかけたアルファアズールモジーのボット(=敵ドローンの動きを止め、ハックし奪う)kamitoヴァルキリーのカメラを確認・報告、「サッチャー投げれる?」攻撃側エクスの呼びかけに「はい」攻撃側イブラヒムサッチャーEMPを放ってモジーを無効化し、ドローンで侵入。クリアリングをして攻撃側うるかエクス葛葉が室内(地下マップ中央ワインセラーの東の地下通路)へ侵入します。

 入ってすぐ左の赤い灯りに照らされた脇道をいったワインセラー東と面する破壊可能な壁は、防衛側により補強されており、そのうえには防衛側杏戸ゆげミュートのジャマーがほどこされ青い電気をまとっています。こうなるとエクステルミットの壁破壊兵器がとおりません。

エクステルミット「おれ(相手が)タチャンカ持ってる可能性あるから(壁)割らないよ、(壁割り兵器のヒートチャージを壁に)張るだけで」

葛葉イン「おれ割れた瞬間つっこむから、フラッシュバン(=インの特殊武装投げて」

エクス「じゃあ~さき割ってもいいなぁ。割ろっか」

イブ「割ろっか」

エクス「ミュートいける?」

イブサッチャー無言でEMPを室外から隙間を縫う軌道で放り補強壁から電気が消えるイブラヒムは見る向きを変えて、補強壁にこもる人物がそこから逃げたら/他階が応援にきたら通らなきゃならない西階段側のながい廊下をすぐさまロック(=敵の出入りがあったらすぐ撃てるよう注視しておくこと)

葛葉「いいよ行けるよ」

エクス「叶さんいまどこら辺すか?」

「まだ取りきれてない」

 イブラヒムの視界に、西階段へとつづくメイン地下通路のなかほどのワインセラー北の戸口から防衛側kamitoタチャンカの火炎瓶が放物線をえがくのが見える

うるか「エビオさん今燃えてるよ! エクスさ――」

 焦げつくエクス。EMPの爆発音から「赤通路あく」とゆげちが報告、コンマ秒さきの将来でワインセラー東の補強壁爆破突入と北の戸口からのカバーとによる二面攻撃が予想される局面をうけ、防衛側aleluタチャンカが火炎瓶をほうって北東のバックヤードと北を予防的につぶしました。

(防衛側サボテンは、ワインセラー南にゆげちミュート、北にaleluタチャンカ、北西の青廊下にボブサップエイムエストロが構えるかたち。タチャンカの針の穴を通すような火炎瓶がすてき!)

 燃えるエクスは戸を超えて階段側へ詰めて炎から抜ける。一階をまわっていた別部隊のくんがアルファアズールさんと戦い死亡。そうこうしているうちにEMPの効果がはれ、ワインセラー東に面する赤じゅうたんの引かれた地下通路でフラッシュバンを構えて待機していた葛葉の目の前の壁にまたゆげミュートの妨害電気が復活する。

葛葉「あ~ミュートもうっ……もう一回サッチャーやんないと破壊できないよ?」

イブ「もう一回投げる」

エクス「これ誰か西階(段)ロック(=出入りがあったらすぐ撃てるよう注視して)

イブ「おれがロックしてるからいい」

「ドローン置いてくれたら(西階段)見れる」

葛葉「行くよー?」

エクス「あードローン置く!」西階段へドローンを寄せるエクスとうるか。

 ヒートチャージが防壁を破壊、「補強(壁)あいた」防衛側ゆげミュートが報告・葛葉がフラッシュバンを投げる(のを見てゆげ監視カメラを覗くのをやめ、コーナーまで撤退)「やべミスった」が柱で跳ね返って奥に入らず。

 葛葉インはけっきょく無防備のままワインセラーへ漢突入してゆげちがさっきまでしゃがんでいた盾(=aleluタチャンカが設置したもの)奥へフラッシュバンを放りなおすも、退くゆげちをカバーするようにaleluタチャンカが火炎瓶を放った炎がふさぎ、盾奥までは詰められません。

 頭も体も止まることなく葛葉は逆サイドへ回り込むと(投げ込んだスモークグレネードはワインセラー北西の青廊下へつづく戸をばっちり煙でふさぎます)カーキンカーキンカッココと小気味よい音「マエストロで削ってる!」防衛側ボブサップエイムマエストロワインセラー北東へ密かに仕込んだカメラを覗きターレットで葛葉をチクチクと削ってくるのでした。エイムくんは青廊下戸口からいちど覗きこんで(ピークして)通常の銃を撃ったあと、奥へ隠れてのターレット操作。攻撃側としては青廊下からの攻撃を「スモグレで牽制できた」と思ってるでしょうから、そりゃあブッ刺さりますよね。この二段構えはつよい!}

 葛葉インが閃光弾は、ゆげちaleluさん二人ともそれが刺さって視界がホワイトアウトしていたのですが、二人はけっきょく無傷のまま乗り切ります。

 盾側にまたきた葛葉ゆげちらが耳鳴り視界ボケのなか応戦、そしてまたまた逆サイドへと切り返した葛葉ゆげちが接近戦「1枚たおしてる」女性アンドロイドvtuberの落ち着いた報告がはいります。Lierパンダ視点では速射され即殺されたようにも見え、個々のプレイヤースキルの差(=マスターのゆげちとダイヤの葛葉の差)なのかと思いきや、個々の与ダメージ量はむしろその逆。ゆげちのライフは110から64とライフをほぼ半分まで削られていて、対する葛葉の被ダメージは36葛葉が撃ち勝っていたんです。じゃあなぜ葛葉だけが沈んだのか? といえば、そもそも接近戦をいどんだとき葛葉のライフはもう36しか残っていなかったことが大きくて、つまりvsの人数差・連携差の力で負けたかたちでした。

(もし葛葉くんが突入する段階でエクスくんたちがワインセラー北・西階段側の脇道もきちんと詰められていたら、エイムくんもターレットを覗かずそちらのカバーに向かったかもしれず、aleluタチャンカ様々ってかんじ。

 葛葉くんも本大会ではステージ固定カメラや敵ヴァルキリーのよく仕掛ける定石カメラをつぶして回るなどキッチリ仕上げてきた印象でしたが、さすがにゆげちもタチャンカの炎も見える喫緊の状況でエストロターレットは探せません。食らうがままに任せます。エイムくんたちは前々ラウンドでイブエクスに一杯食わされたワカラン殺しをやり返した具合)

 さて数的有利となったサボッテンちゃうぞですが――ぼくはイブ視点で見ていたときは「最初の連取といい、サボテンまじでつええな……」と壁の高さにチャットする気力をうしなっていたんですが――サボテン視点だとこのときだってまだまだぜんぜん予断を許せない鉄火場でした。

alelu「待て待て待て、一回おちつこ? 一回おちつこ。おれタチャンカあるタチャンカある」死角からの被弾、半分までけずれるライフ。

ボブサップエイム「正面かぶってる射線」

 落ちつこうと声をかけカバーに向かうaleluさんが走ったさきは、すでにエイムくんがロック中の戸口で、aleluさんの身体へ吸い寄せられるように弾幕がキマっていく(苦笑)

 徐々に戦力をそがれていって最後の一枚になったうるかさんと対面したさいは(左右にすばやく往復カニ歩きしながらの=)レレレ撃ちでのインファイト(笑) 『APEX』などではよく見るムーブですが、他ゲームの経験もふくめて、いろいろなものが溢れたラウンドでした。

 

***

 

 大会結果のネタバレをしますよ!

 終わってみればサボッテンちゃうぞチームの3-0文句なしの優勝でしたが、試合内容は延長戦に次ぐ延長戦。

 さらにくわしく見ていけば、前述ワカラン殺されもあったとおり、サボッテンちゃうぞチームがいかに練度を高く仕上げているように見えても、『R6S』の戦闘バリエーションは2週間ちょっとで網羅しきれるものでは到底ない。

 頭も手も気力もフル回転させつづけているからか、最終3試合目ではミスピックだって起こってしまっていました。

{コレ、初歩的なこととか、たまに起こってしまう不運とかに思えるかもしれませんが、こういうところも実は、踏んで初めてツラさが身に沁みる類いの落とし穴でして、ここも含めて戦闘って感じでした。

 中3日明けの惨敗時にLierパンダが負けがあれだけ込んだのは、べつにいわゆる「戦力差(≒プレイヤーの素のFPSスキル差や、ラウンド開始後の立ち回りの習熟度のちがい)」だけが原因だったわけじゃなかったんですよ。あのときLierパンダは(前ラウンドの反省やら次ラウンドどうするかやらのクロストークで、脳のリソースが持ってかれたためか)ミスピックが起こりまくって、さらに負けをかさんでしまうという負のスパイラルに飲み込まれてしまっていました。

 あの惨敗以降Lierパンダはチームメンバーのミスピック警戒・声掛けをするようにしており、本大会でもそれが功を奏していました。

(どうしてもこう、長時間配信に付き合いきれなかったかたからすると「シューティングゲーの素の実力差とか、練習量に差があったんじゃないの?」といった反感が出てしまうと思うんですけど、この点においてはLierパンダのほうが優れていたし、こういう踏み外しが潰しきれないくらいにはサボテンチームだってカツカツだったんじゃないでしょうか)}

 相手チームともども崖のぎりぎりまで追い詰めて追い詰められて、そんななか、サボテンの踏ん張りがほんの少しだけ効いていた……そういう泥くさい辛勝でした。おめでとうございました!

 

 

0911(土)

 勤務日で宿直日。

 

0912(日)

 宿直明け日。

 

 ■与太話■

  「舵なんて取る必要ない!」

「でもわっ、わたしが舵を取らなきゃっ、だれが、」

「そのままの君が、君こそがいいんだ。……おれの手を取れ!」

 

 ……みたいなSSが流れてこないので、巡回範囲がおとなになったことを確認しました。

 

 ■本のこと■

  「こんな女性の作者がいるなら日本のSFにはまだ希望がある」と一部韓国読者に期待される伴名練

 伴名練作品や作品にかんする新たな感想をもとめて検索かけたら、短編集めらかな世界と、その敵』韓国における評判をひろっているかたがいらっしゃいました。

 ……と、作品単体で味わうということの不可能性をかんじさせるエピソード。

 「2010年代、世界で最もSFを愛した作家」「紙の書籍の印税を全額京アニに寄付」という扉以外で出会ったなら、もっと違う景色が見えていたのかも……なんて。

 

 mogyoil氏はさらに作品にかんする感想やあちらの識者の批評も紹介。(グーグル翻訳でそれなりにニュアンスはつかめます)

 「テッド・チャン作品がシルバーグレーだとしたら、『なめらかな世界と、その敵』は夕焼けのような色合い」という、チョン・ソンラン氏に献本したひとが添えた言葉は、一言で端的だけどイメージのふくらむフレーズで、ひとと作品について話すさいなどなにかの機会にマネしたい。

 

 

0913(月)

 ■書きもの■

  はてなblogの編集画面がクラッシュする(対処法はわかったが、原因はつかみきれない)

 はてなblogで編集中の記事をひらこうとすると「Out of Memory」でクラッシュする記事がちらほら現れるようになった。文字数は関係ないようで、12万字の記事がクラッシュすることもあれば、8万字程度のこの記事がクラッシュすることもある。

 たぶん埋め込みリンクや文字いじり、文字の追加削除がなにか悪さをしているんだろうけど、原因を特定する頭も気力がない。

 

 対処法としては編集履歴をさかのぼり、まだクラッシュしていない過去のデータで書き直すだけ。

 こうしてインシデントがふえていけば、そのうちクラッシュするか否かの勘所もつかめてきそうですね。

「地雷が何かわかるようになるくらい、zzz-zzzzが記事をいっぱい書けるかというと……」

 う゛っ!

 

 

 

 

*1:追記と言いつつ、日記初アップ時から組み込んである文章です。

*2:ただし、でろーんもなんだかんだ『APEX』を長くプレイし続けたシューティングゲームの上級者ですし、『Battle Field』も事前に練習配信をして今作がどんな雰囲気なのかもつかんでいたので、まったくの素人が初見プレイでどんな感じになってしまうのかは分からない部分はあります。

*3:すくなくとも1、2巻あたりまでは。こっからどうなるかはわかりません。

*4:詳しい人からすれば「あ~あの人ね!」という感じなんでしょうけど、無知なので「……それって小島監督ご本人だったりする?」と思わないでもない。

*5:これものあさんよく聞いて報告したわ。えら~。

*6:『CIAは何をしていた?』p.294~5。

*7:ただし――今回は気力がないので省きますが――ここ含めた『虐殺器官』情報軍的ありようは、(ラムズフェルドによる宇宙軍開設のほのめかしなども受けて)21世紀の特殊部隊のありようとして、当時の軍事評論家が予想していたものでもあります。

*8: 当時の番組表を確認すると、05年12月31日のNHKBSで『ラムズフェルドの戦争』20:10~21:00につづいて放送されたのは『なぜアメリカは戦うのか』20:10~21:00でした。

*9:あくまでも円城氏の視点からではありますが。

*10:たぶんぼくがこのラウンドが気になった~というだけで、ほかのラウンドも下のように複数視点で見ていけば同じようにゴチャゴチャ書けるんだと思います。