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替え玉異性装トリックは1809年の単なる現実;『バイエルン犯科帳』感想

 アンゼルム・フォイエルバッハ氏による実録本『バイエルン犯科帳』の感想です。7800字くらい。

 ※『バイエルン犯科帳』と、あと『ウィンチェスターハウス アメリカで最も呪われた屋敷』の中盤のあるシーンについてネタバレした感想が続きます。未読の方はご注意ください※

 

 

 

 約言

 面白かったし興味深かったです。

 内容;ドイツ近代刑法学の父A・フォイエルバッハ氏による19世紀初頭当時の事件まとめ本(抄訳、6件)です。「こういう証言を受けて、裁く側はどう解釈するか?」という指南書的なおもむき。

 記述;犯行の証言・犯人の背景紹介や法解釈が主で、捜査については聞き込みにくわえ足跡追跡・証拠品調査・照合といった動きの存在が触れられます。ジャーナリスティックな書き味ですが、たまに神話やらをたとえに出したりロマン主義的な比喩が出てきます。

 ここ好き;事件や語り手の言葉のなかに時折漏れる時代性。著者・著書をほめるだけでなく後世の識者からどのような評価がなされているのか批判も挙げた訳者解説。

 

 

 ざっっくり感想

 ドイツ近代刑法学の父(オタクとしてはカスパー・ハウザーの保護・養育者と言ったほうがわかりやすい)アンゼルム・フォイエルバッハ氏による19世紀初頭当時の事件(1809年~27年くらいまで)6件を裁判記録に基づきまとめた本。抄訳で、原著では32件の事件があつかわれているそうです。これだけでも満足できましたが、そう聞くとほかの事件も知りたいし、フォイエルバッハ氏がそれをどう眺めたのかも知りたくなりますね……。

 目撃者や犯罪者の証言にもとづいて事件前後のようすを再現する形式で、19世紀初頭の犯罪者の動きに紙幅がさかれている印象ですけど、官憲の捜査や、法解釈もからんできます。この本が重きを置いているのはたぶん後者で、こういった証言を受けて裁く側はどう解釈すればよいかを説いたフォイエルバッハ氏による指南書なのかな? なんて思います。

 本を手に取った経緯は「当時の官憲の捜査がどんなものか?」と興味があったからです。(まだコナン・ドイル氏が小説『シャーロック・ホームズ』シリーズ内でたたえたA・ベルティヨン氏による犯罪者データベースもなければ、お雇い外国人H・フォールズ氏が大森貝塚の土器から指紋と個人を結びつけ、職場の病院でおこった盗難事件を私的な調査ーー指紋照合によって解決するのも半世紀以上もさきの時代、どんな仕事をしていたのかなあ? と)

 聞き込み(取り調べ)が主なのは間違いないみたいですが、ほかにも足跡をたどったり、靴跡を採寸・照合したり、証拠品調査をしたり……と、「ここから先はなにか(上述の科学捜査のような)ブレイクスルーが必要」というくらいまで、やれることはやっているんだなあと。

 

 フォイエルバッハ氏の記す捜査模様は、警察署や警官でなく裁判所とその係官が行なっていて、第1の事件では、領主裁判所と警吏が。第2の事件では、州裁判所と係官がそれぞれ捜査をしているようです。

 検死については「死体の両手は膨れ上がり」*1だァ「右肩の鎖骨は折れており」*2だァ「大脳と小脳の表面には流血が充満している」*3だァと、ぼくが思った以上になされているみたい。

 「鑑定人の意見によれば、ナイフのような先のとがった刃物でしかつけられないであろうという。」*4といった言及があるとおり、凶器の推定もおこなわれていて、「鈍器のようなもので殴られた(傷が九ヵ所ある)*5という21世紀の現在もなお聞くおなじみのワードもこの時点で登場しています。

 なかでもびっくりしたのが、犯人の動機の推定はもちろん、精神鑑定も常だった、ということです。

 はたして犯行は故意か否か?

 責任能力があったか否か?

 その正否によって刑も左右されるので、当時の法を知っていれば「そりゃあそれなりに定まった基準がないと法に組み込めないだろう」と察しがつくことと思いますし、同時期の各共同体の事例などをご存じのかたにとっても当然のお話なんでしょう*6けど、門外漢であるぼくは「へぇ~」となりました。そして人間の精神について、四体液説(現在となってはもうアレなアレですね)カントが出てくるのはさらなるおどろきでした*7……ただし四体液説などはちょっと触れるだけで、その成否の決定打ではありません

 今著で紙幅が割かれるのは、そうした正否について、物的証拠や証言(発言に時系列的齟齬がないかとか)をどう照らし合わせていくことでどう考えれどう判断を下せばよいかということです。ミステリとして読むとするなら、ホワイダニットの向きが強い本と言えるかもしれません。

 

 事件をまとめたフォイエルバッハ氏の語り口はジャーナリスティックですが、時おり筆が走ったみたく情が乗った文章が出てきて、犯行を神話やシェイクスピアにたとえたり、裁判所の見解を痛罵したりします。当時の価値観がただ普通に出たんだろうな、という文章もあります。

 訳者の西村克彦氏による解説でも触れられているとおり、歴史的意義のある名著であると同時に、後世の識者から批判にさらされもする本だった*8ようで、著者個人の色や時代柄などはやはりあるものではあろうと思います。

 はたしてほんとうに筆が走っているのか、同時代の人からすればなんらおかしなところのない普通の比喩表現なのか、その辺も含めて面白く読みました。

 

 第1の事件(計27ページ)

 1809年マイティンゲンの郵便局兼旅宿におけるお嬢様殺人事件。

 犯行内容は「よう解決できたもんだ」と驚嘆するもので、なんと"なりすましトリック"。

 お供をつけず旅しようとするお金持ちの女性を見つけてとある夫婦とその弟が偽名でお供を申し出て旅先で強盗殺人する、犯行する宿へ男装でチェックインして犯行後よそおいを解いて、被害者の女性になりすましたのだそう(。男3:女1→男2:女1で、パッと見そう変わらない編成だから、旅宿なら気にする者もいないだろうという考え)

 犯行自体はあれこれ穴があったわけですが、"変装なりすましトリック"が現実に、それも推理小説が普及するはるか前に行われたというのだから、警察の大変さたるや。

 

 トリックがそのように複雑(そう)な一方で、殺人自体はふんわりザックリその場その場の物を有効活用しようというDIY精神がはたらいていて不思議な感じです。

 宿の煙突をふさいで煙で窒息死させよう*9とか、別の宿の庭で見つけた三つ又ツルハシを使おう*10とか。砕いたガラスを飲ませよう*11とか(これでは死なないらしい。犯人たちは自分で試飲して検証済み)。自分たちの手持ちの物を凶器にもちいて足がつきたくないということなのか、そもそも持ち合わせがないということなのか(犯人トリオは長旅をするつもりなのに、手持ちのお金をほとんど持たずに出発したのだそう)。

 

 時代柄の物価物品のアンバランスさも面白かった。

 金目の物を確認するためやらなにやらで、犯人たちが被害者の飲み物に阿片を混ぜて眠らせることが何度かある*12んですよ。他方、いまのように水道が各部屋にあるなんてインフラは整ってないから、血痕を洗うための湯水は、宿主から貰わねばならない(犯人トリオは足を洗うためという口実で湯をもらう)*13

 事件とは関係ないところで興味ぶかかったのが、事件の語るなかで漏れる当時の人々のバイアスです。

残された妻のほうは、ひとりで処刑台にのぼり、その生きざまと同様に、生意気に、女らしさも改悛の情も示さないで死んでいった。

   白水社刊、アンゼルム・フォイエルバッハバイエルン犯科帳』p.37

 「生意気に」「女らしさも~示さないで」。 男尊女卑~~><;;

 第2の事件(計14ページ)

 1810年ツァインリートにおける、雪のつもる山道の殺人事件。推理小説的な区分けで言えば、ワットダニット、ホワイダニットに分類されそう。足跡の追跡や足跡と履物の照合などが行なわれて浮かび上がった容疑者から、凶器についての検死の見立てと容疑者の証言の齟齬、動機がなんであったか容疑者の証言との齟齬について記されます。

 はたして、「悪しき危険な故意をもって」行なわれた殺人なのか? (であればバイエルン刑法典第一部第三章第一条に則り斬首刑を行なう)

 それとも、強盗殺人なのか? {であれば第一部第三章第十五条に則り「下からする方式による車刑」を行なう(車輪にしばりつけられた死刑囚を、警吏が別の車輪をもって、手足からはじめて上半身にいたる順序で、じわじわと打ち殺してゆく*14方法)}

  実際に刑罰を言い渡した一審二審の裁判所と、筆者フォイエルバッハ氏とで、見解を異にするらしいのが面白かったです。

 

 第3の事件(計29ページ)

 1817年のアウクスブルクにおける放火強盗殺人について。ホワイダニット的ですね。第2の事件とおなじく、犯行に情状酌量の余地があるのかという問題もでますし、さらに大きく取り沙汰されるのは、そもそも犯人の責任能力の有無についてです。

 弁護人の弁護と筆者フォイエルバッハ氏や裁判所医師反論が興味深かったです。辛辣さもすごいけど、それが弁護人の主観でなく、科学的(骨相学的)な知見であることをきちんと述べている。

「彼女の理解力の鈍いことは、尋問における彼女の態度や私との話からでも推定できます。なぜなら、彼女は自分の犯罪の結果や、それがどれほど重い罪になるのかということを、まったく理解できず、また、自分の弁護にとって何が役立つかについても考えることができないからです。カタリーナの外観を見るだけで、彼女の知能程度はわかります。俗に『平頭』といわれる人たちに見られる非常に扁平な頭は、それだけが人間を動物から区別し、思索という作用を動物の本能的な行為と区別するだけの推理力をやどしている器官が未発達であることを証しています。(略)」

    白水社刊、アンゼルム・フォイエルバッハバイエルン犯科帳』p.75-76

 フォイエルバッハ氏や裁判にかかわった医師は、あくまで審問での証言や行動の矛盾を突いて、弁護を否定するのですが、それはそれとして当時の知見を言ってもいて、ここが面白いなあと。

 そして何か悪いことでもすると、カントが快活な人(多血質の人)について言っているように、「なかなか改心しない罪人のように、いったんはふかく後悔しても、こんな後悔(決して悲痛なものにはなっていない)はすぐ忘れてしまう」のである。

   白水社刊、アンゼルム・フォイエルバッハバイエルン犯科帳』p.73

 さて、被告人の精神が健全であるかどうかについての鑑定を命じられた裁判所医師のLは、まれにみる事件である、なおさら敬意を表すべき洞察力と謙遜さを、次のような点で証拠だてた。すなわち、人間の心の中ではいろいろな能力が 拮抗するものだというカントの説に触れることは明らかであるが、このような問題に答えられるのは、医師よりも心理学者や道徳学者、とくに哲学者であろうという立場から、まったく腹蔵のない意見を述べたのである。

   白水社刊、アンゼルム・フォイエルバッハバイエルン犯科帳』p.82

 

 第4の事件(計22ページ)

 1821年アウクスブルクにおけるバラバラ殺人事件についてです。情報を一部しぼって犯人に提示し、かれが犯人である動かぬ証拠を引き出す解決が興味ぶかい。

 事件や解決の経緯にさまざまな歴史性・土地性がからんでいて、そこも興味深いです。犯人の持つクズ紙入れのなかに「天書(ヒンメルス・ブリーフ)」とよばれる神を冒涜するイカサマ特許状(免罪符)があったり、殺害方法の選択理由が、犯人が青年時代にオーストリア軍に徴兵されたりバイエルン軍としてロシア遠征したりして搬送され病んださきである野戦病院の医師から「絞殺は流血もなくて良い」と聞いたからというものだったり。

 とはいえぼくがもっとも時代性を感じたのはフォイエルバッハ氏の語り口なのでした。

 ラウシュマイアーが、精神的・道徳的な野蛮さ、およびその残忍さにおいて、ニュージーランドやブラジルの原住民に近い人間がヨーロッパのど真ん中にいることの証拠だとすれば、

   白水社刊、アンゼルム・フォイエルバッハバイエルン犯科帳』p.98

 帝国主義~~><;;

 

 第5の事件(計78ページ)

 1820年のニュルンベルクはケーヒスニッヒ通りにおける粉屋店主・メイド殺人事件です。

 ほかの事件にくらべて大部なんですけど(255ページの本編のなかで、78ページもさかれる)、その理由は3点ありそうです。ほかの事件と違ってこの事件は犯人からの自白が得られず、状況証拠によって有罪判決がくだされたので、論拠の提示がほかの事件よりも長く、詳細になったため。

 そして、状況証拠によってのみ有罪が証明された場合の刑罰は刑法でどのように決まっているか、そのような際に最も大きな刑罰である"鎖刑"とはどんなものか、説明とフォイエルバッハ氏の所見(というか刑法批判)が述べられたためだと思います。

 事件のあらましが概観され、判決や刑が出たあと、犯人の自伝について内容を記したため。自伝じたいは面白いですし、そこで描かれフォイエルバッハ氏から批判される犯人の半生はまるで現代日本の低学歴オタクである自分のことのようで、たいへん身につまされますが、丸々カットでもそう問題ない気がします。

 

 さて、フォイエルバッハ氏が紙幅をさいた"鎖刑"というのは社会的な死刑のことで、「人間の市民としての存在を永久に消滅されるもの」「市民権、配偶者権、父権、名誉、財産、自由といったすべてのものを奪うのであるから、身体的生活だけは残されているといっても、有罪判決を受けたものにとっては、鎖につながれた奴隷の生活と変わりはないのである」*15そう。

 フォイエルバッハ氏は"鎖刑"(Kettenstrafe)について批判的で、その理由はつぎの2点です。

 まず、誤判のおそれがあるからとこちらの刑が下されるのだろうけど、これはこれで死刑(=肉体的に取り返しがつかない刑)と同程度に取り返しがつかない社会的な死刑ではないか。"鎖刑"からの復権手続きはバイエルン法にはないし、あったからといってどうなるというものでもないから悪刑じゃないか(たとえばある男に刑が執行され、婚姻解消された妻が別のだれかと結婚し、さらに男の復権がなされたとする。そのとき「じゃあ元妻との婚姻を回復させよう」なんてできないじゃないか)、という点。

 また、"鎖刑"は、「このような咎でこの刑が処された」という札をつるして晒し者にされることも手続きに含まれるが、これは風紀を乱す要因となるんではないか(前述の刑の重さを知らない門外漢にとって「2件の強盗殺人をやって、それについて裁判官から有罪と認められた者でも、死刑をまぬかれることができるのだ!」という教訓を得てしまうのではないか)、という点。

 ……なるほど難しいお話で、死刑が必要か否かの議論などを思い起こさせるような、現代にも通じる問題ですね。

 

 第5の事件の犯人の自伝はとても興味ぶかく、同年代の子どもを見下して外で遊んだりせず、酒場や貴族の大人に媚を売り、手に職をつけようと親に仕事を紹介されるも飽き性ですぐやめて、暇を見つけては小説を読んでばかりいる……という少年~青年期の姿が紹介されます。

 中二のころは教科書でも読めばよいのに哲学書ドゥボールの消費社会批判やらなにやら)やら『反社会学講座』やらを読めもしないのに読んで痛いニュースとかまとめサイトを訪れて社会を分かった気になって、三十路のいまになっても資格取得のためのテクストでも読めばよいのに何に役に立つのか全然べつの分野の本を読んでいるぼくとしては、たいへん身につまされます。

 また、無学なひとでもさまざまな聖書のさまざまな文句を引用できたことが記されてもいて、ざっと引用できるカッコよくて深い感じのエピグラフを探してばかりいる自分にとって、これまた身につまされます。

 

 第6の事件(計66ページ)

 最後にあつかわれるのは、一人の男による時をまたいだ愛人殺し2件です。

 まえの事件並みに大部ですが、そこまで長くなった理由は1819年と1827年とに起こした二つの殺人事件を扱っているからということと、フォイエルバッハ氏が精神鑑定に対して批判を長々しているからということが挙げられそうです。

「犯行当時かれが自称する通りほんとうに心神喪失状態であったというのなら、なぜ彼のふるったナイフは(おそらく体を守ろうと突き出されたであろう手をことごとく避け)こうもきれいに急所にばかり集中しているのか?」

心神喪失状態であったために検死で立ち会うまで愛人を殺したという自覚がなかったというのなら、なぜ愛人をめった刺しにして部屋を後にした彼は周囲に"愛人を殺した!"と叫んで触れ回ったのか?」

 そのような具合にフォイエルバッハ氏は証言の齟齬をつきます。

 

 さてナイフでめった刺しにしたフォイエルバッハは刑期を服し出所後、新たな愛人を見つけます。一度目と似たような状況へ転がって、やっぱりまた殺してしまうのですが。

 今度の凶器はピストルで、かなり劇的な殺人でした。

  検屍の結果わかったことは、以下のとおりである。すなわち、発砲は被害者の背後から行われており、小型の弾丸が、背柱の右半分と第六肋骨の付け根を打ちくだいて、肺を通って胸部を貫通している。頭部には、一部は頭蓋骨を通って脳にまで達している多くの挫傷がみられるが、その寸法は、銃床からはずされた遊底にぴったり符合している。さらに鼻骨と下顎の右側がやはりピストルでなぐられて、ぐしゃぐしゃになっている。

   白水社刊、アンゼルム・フォイエルバッハバイエルン犯科帳』p.242-3

  銃を弾丸を撃つ遠距離武器としてでなく、殴るための鈍器としてあつかうーーそんな発想の転換によって、つよい殺意を表現してみせたのがスピエリッグ兄弟監督による2018年の映画『ウィンチェスターハウス アメリカで最も呪われた屋敷(の中盤の一シーン)でした。現代人におぞけを走らせる様相が、この本にもしっかり取り上げられています。

 愛人を不格好なかたちで殺した犯人は、宿の個室でひとりになると、首を切って寝て、しかしまた起きて胸を刺し、さらにメリヤス製のズボン吊りで首を絞めて……と、これまた不格好なかたちで自殺します。

 フォイエルバッハ氏は、この件についても最初の殺人とおなじく、本人が意図しての結末だったと推理してみせるのですが、このきれいでない傷つきかたは、なんともすごい対比だなあと思いました。

 

 

 そのほか面白かったのは、フォイエルバッハ氏の比喩です。

 自分の所有している高価な壺を隊長に与えるくらいなら、いっそのこと、斧でこなごなに砕いたほうがましだと考えたという、フランク族の戦士の話が思い出される。

   白水社刊、アンゼルム・フォイエルバッハバイエルン犯科帳』p.232

 ドイツの土地柄の出たたとえ話ですね。この事件についてフォイエルバッハ氏はほかに、シェイクスピアマクベス』や神話のメドゥーサをたとえ話として出していたりします。筆がのってきたのか?

 裁判官の判決も興味ぶかい。

 被告人のように胆液質の気質〔ヒポクラテスのいう体液質による気質〕を持ち、その程度がはげしいあまり短気な性向をもった者が、

   白水社刊、アンゼルム・フォイエルバッハバイエルン犯科帳』p.237

「やっぱり19世紀くらいまでのヨーロッパを舞台にした作品を書くとするなら、四体液説による性格類型は触れておかねばならなそうだなあ」となりました。(現代日本の話で血液型と性格とを当てはめるひと以上のつよさなのではないか)

 

 

更新履歴

(誤字脱字修正は適宜してるので省きます)

07/31 20時 アップ

2021/08/12 追記  岩波明著『精神障害者をどう裁くか』記載の同時代イギリスで殺傷をおかした精神障害者がどのような基準でどう裁かれたかに関する情報を追加。

 

 

 

*1:白水社刊、アンゼルム・フォイエルバッハバイエルン犯科帳』p.14

*2:前掲書p.14

*3:同書p.14

*4:前掲書p.40

*5:前掲書p.40

*6:たとえば岩波明著神障害者をどう裁くか』では、1774年の「マッドハウス法」、1808年の「州立アサイラム法」。1845年の「精神病者法」などイギリスで18世紀から精神障害者の処遇に関する法律がさまざま制定されていくことと並行して、1723年の「野獣テスト」、1800年の「妄想テスト」、1843年の精神科医が法廷で証人として証言した最初の事件であるダニエル・マクノートンが起こした事件で唱えられた)マクノートン・ルールといった精神障碍者責任能力にかんする重要な裁判がおこなわれたことを紹介しています。

 一七二三年、エドワード・アーノルドは、オンスロー卿が自分を拷問するために悪魔を送っていると確信し、オンスロー卿を殺害しようと狙撃して負傷させた。

 この裁判において裁判官は、「被告人が精神障害を理由に無罪とされるためには、嬰児または野獣と同様に、理解力と記憶力を全く欠いており、自分が何をしているかを知らない者であるということが証明されねばならない」と主張した。この基準は「野獣テスト」として知られるようになった。

 アーノルドの裁判における陪審員の評決は有罪で、被告には死刑が宣告されたが、被害者自身の申し立てによって終身刑減刑されている。

 さらに一八〇〇年、ジェイムズ・ハッドフィールドは、キリストが復活し世界を救済するために自分が死ななければならないが、自らの手で死ぬことはできないため、国王を暗殺することで自分の死を確実なものとしようと考えた。彼は従軍中の一七九四年に、フランス・トゥルコワンの戦いで頭部外傷を受けていた。彼はこれによって器質性精神病を発症し、慢性的な妄想状態にあった。

 ハッドフィールドはロンドンのドルリーレーン劇場のロイヤルボックスに侵入し、国王ジョージ三世を狙撃したが、幸い国王は無事だった。

 裁判において被告の弁護人は、「妄想が存在し、犯行がその妄想の影響下で行われたものであるとすれば、その者はいかなる犯罪についても有罪とは考えられない」と主張した。この主張は、「妄想テスト」と呼ばれることになる。陪審員の評決は、「犯行時に精神病の影響下にあったがゆえに無罪」であった。

   光文社刊(光文社新書)、岩波明『精神障害者をどう裁くか』kindle版35%(位置No.2213中 745)、「第2章 精神障害者はどう扱われてきたか?」、「野獣テスト」と「妄想テスト」より

 事件の加害者はダニエル・マクノートンスコットランド生まれの工員であった。彼はロンドンの中心部チャリングクロスにおいて、当時の首相であったロバート・ピール卿の秘書であったエドワード・ドラモンドを射殺した。

 マクノートン統合失調症患者だった。彼は自分が常に追跡され狙われているという被害妄想を持っていた。そのために、フランスに逃亡したこともあった。彼は陰謀の背後に現在の保守党の前身であるトーリー党が関与していると確信し、トーリー党の党首であった当時の首相ピール卿を射殺しようとして、誤ってドラモンドを殺害したのである。 

(略)

 マクノートンは裁判にかけられた。検察は、彼は特定の事象にのみ妄想を持っているが、正邪の区別ができる知能を持ち、犯罪の結果がどのようになるか知っていた、したがって免責することはできないと主張した。

 一方弁護側は、部分的妄想であっても精神機能全体が影響を受け、周囲の事柄を正しくみることができなくなり、妄想によってコントロールできない衝動行為に至ることになる、したがって免責すべきであると反論した。

 陪審員の結論は、「精神疾患により無罪」というものだった。

(略)

 この裁判の判断は、一般大衆の支持を得られなかった。ほとんどのジャーナリズムはマクノートンの無罪に反対を表明し、世論もこれに同調した。さらにヴィクトリア女王や政府の一部も判決に異を唱えた。

 この結果、マクノートン事件の裁判長であったティンデル卿を中心として、精神障害者責任能力に関するいくつかの減速が作成された。(略)

  1. 妄想の影響で行為している人であっても、もし犯罪を行った時点で法に反した行為を行っていることを自覚していれば、法的責任がある。
  2. すべての人は、そうでないと証明されない限りは「sane」(正気)であり、自らの犯罪について責任を負うに十分な理性をもつと仮定される。
  3. 精神疾患による責任無能力が成立するには、犯行時、被告人は、精神の疾患によって、自分の行っている行為の本質と性質を知らないほどに、あるいはもしそれを知っていたとしても、自分は邪悪なことを行っているということを知りえないほどに、理性を欠如していることを明白に証明しなければならない。
  4. 部分的な妄想を持つ人に関しては、その妄想に関する事実関係は現実にそうであると見なされる(つまり、部分的妄想を持つ被告人の責任能力を判断する場合は、被告人の妄想を現実に存在するものと仮定することによって判断を行う。例えば、被告人がある団体から命を狙われているという妄想を持っている場合、その妄想を「事実」とみなし責任能力を判断すべきであるということである)。

   光文社刊(光文社新書)、岩波明『精神障害者をどう裁くか』kindle版36、37%(位置No.2213中 787、793、799)、「第2章 精神障害者はどう扱われてきたか?」、マクノートン・ルール――責任能力の基準に より(略は引用者による)

*7:いや、当時における「科学的事実」なので話題にのぼらないほうがおかしい訳なんですけど。

*8:解説でこの辺の否定的評価について(西村氏が反論を試みるためという形ではあるけれど)きちんと引用したうえで取り上げてくれているのはとても嬉しい。今解説はぼくの読みたい理想の解説そのもので、ただ著者の略歴紹介や「名著です」で終わらせず、それに寄せられたさまざまな評価をまとめることで、その本が社会的歴史的なパースペクティブ上に置かれているのかまで示してくれています。

*9:前掲書p.22

*10:前掲書p.25

*11:前掲書p.24

*12:前掲書p.24など

*13:前掲書p.28

*14:前掲書p.52

*15:前掲書p.165