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だらだらなのが悲しい現実。(更新目標;毎月曜)

服を着る・グラサンをかけ直すためのビーチバレー;『トップガン』感想

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 トニー・スコット監督『トップガン』を観直したので感想です。

 計11万8千字だけど、他者評の概観などでかさんだだけで、自分の感想は4万字くらい。

 上のような画像を30枚ちかく載せたので重たいやも。

 昔みたときは「こんなもんか~」って感じだったんですけど、いやこれふつうにすごいメロドラマだなぁと。

※以下、『トップガン』はじめ、話題にしたものについてネタバレした文章が続きます。ご注意ください※

{記事で引用した画像とタイムスタンプはitunesで現在配信中のバージョンをつかいました(全尺1:49:27)。オーディオコメンタリーのタイムスタンプは3Dブルーレイに含まれていた2D版blu-ray(全尺1:49:35)をもちいています}

 

約言

 初見時はそこまででもなかったんですけど、観直したら非常に面白いし凄い作品だとびっくりしました。ひりひりと瑞々しい。

 内容;

 海軍の凄腕若手パイロットが"トップガン"の教練過程に入り、実戦へ戻るまでの作品です。

 記述;

 トップガンという向こう見ずな存在をスポーツ選手モノ・ロックスター物的に脚色。

 私生活、職場、機上で人々の振る舞いが重なる(あるいは人物の性格によってはズレる)メロドラマ。

 会話劇/シーンは刈り込みも盛り込みもなかなか。

 ここ好き;

 上述のメロドラマぶりをいろどる映像的な対比。(天地で戦闘機2機が向かい合う冒頭のアレも、単発で終わらず地上の人間関係のなかで再演される)

 立ち位置が違う者同士が会話して、ひとりの人物でもセリフと表情、身振りをたがえて含みをもたせた作劇のしっかりさ。

 ぬるく思えたけどよくよく振り返ると『虐殺器官』を想起する後半の実存の不安。

 家・私服にてやわらかな顔と口調で語るバイパー教官のノドの下の、まるでリボルバーの手入れをするみたくサングラスを拭く手つき

 アスファルトを追走・独走するチャーリーのオープンカーが巻き上げる砂煙(浜辺の町らしい雑味と、独走する主人公の飛行機があげる煙との重なり)と、路肩に止めたさい助手席側の車体を地味に街路樹へぶつけてるところ。(トニスコ作品における乱暴運転の乱暴さはこの時点で発揮されてる)

 

 観る人への注意;

 今作の戦争模様はかなり抽象度がたかく、他国のパイロットについてもセリフはなく顔もヘルメットに覆われて個性が見えないかたちで処理されていて{他方で、敵機はMiGであり、赤い星はほどこされており……で、共産圏としては具体化されている(オーディオコメンタリーで共同脚本家が話したところによれば、ラストのシーンは北朝鮮を想定して書いていたが、ぼかすよう言われて現行のかたちになった、とのこと*1)}。そして主役の海軍エリートパイロットについては、後述のとおりスポーツ・アスリート物やロックスター物のタッチで描こうとした作品です(メイキングでの発言参照)

 敵味方で殺しあう戦争はスポーツでもエンタメでも若者の叫びでもないわけで(そういう面もあるでしょうけど)、ここについて「無邪気だ」「鈍感だ」といった批判は避けられないでしょう。

 あと、主役の男が初対面の女性へウェーイとアプローチをかけたり(陽気と言えば聞こえはいいが……)。あるいは女性用トイレまで入り込んでナンパしたりする(※)ので、ここもきびしそう。

 読む人への注意;

 直上※でふれたできごとはただし、{異性へナンパすることが御法度ではない、憩いの場的空間(将校クラブ)の、劇中でもたぶん熱いイベントがひらかれてる時分(玄関に「アニマル・ナイト」って看板が出てる時分)における}セリフこそ無いけど相手のモーションがあった(0:24:31)うえでの踏み入りです。

 この記事は『トップガン』の、そういう描写を重ねる視線劇としての面白さを主に語りたい記事であり、「それはそれとしてダメでしょ」という話をつよく訴えるわけでもなければ、「そういう舞台が現実にあるとしても、だからといって素朴に導入するのはどうだ? "そういうのがあること自体"に批評的視線がむけられない作品はダメでしょ」というお話をする記事でもありません

 そういうわけでこの先の文章が二次被害的でつらく感じられたり、あるいはとくに得るもののなかったりする可能性はあるでしょう。

 

 空戦で敵味方がわからないときは……;

 味方=F-14銀色のでかい二人乗りの機体=しっぽが「」字型。

 敵=MiG-28=黒色の小柄なとんがった機体*2=しっぽが「」字型。

 訓練時の敵=A-4=迷彩色の小柄なずんぐり機体=しっぽが「」字型。

 

 

ざっくり感想

 正直いいまして、初めて観たときはそこまででもなかったんですよ。大枠の物語結構のいくつかに引っかかって、入りこめなかった部分がある。

「マーベリック、いくら劇中でその危険性を多方面から論難され仲間からも引かれてるとはいえ、あんまりにも無鉄砲すぎる……。

 というか、公私ともにイキリ若造ぶりがすごいよ~!{女性トイレに入ってナンパは(後述のとおり一応理由はあるとはいえ)恋愛強者とおりこしてすごいよ……*3

 とか。あとこれは、(なにごともなぁなぁで済ませたり、難しい問題に対して「これやばいよね、なんとかしなきゃならんよね……」と言うだけ言って永遠に先延ばしにしたり*4する、現在のていたらくになってしまうまえの)多感な時期だったのもあるのかもしれませんが、

「敵味方ともに生き死にする戦争を、スポーツ物・ロックスター物を参考にした物語結構で描いてもいいのだろうか?」

 とか。*5

 

 再鑑賞してみて、「あれ、こんなにも瑞々しくてヒリヒリとした面白い映画だったっけ?」とびっくりしました。

 ある程度お話が「こんなもん」と頭に入ってる状態で見たために、脚本の刈り込みや盛り込み具合・そして演出のキレに集中できたのでしょう。

 その切れ味は「全然こんなもんじゃないんではないか……?」と初見の物語理解におおきな疑問を投げかけるほど、活き活きと瑞々しく、ひりひりとスリリングです。

「これ撮れるかたなんだからそりゃあ『スパイ・ゲーム』面白いよ!」

 と納得の再鑑賞となりました。

 

感想本文

 他者の批評をざっと振り返り

  「いまさら見て面白いんスか? なんか、褒める人もお茶にごした薦め方してますよね?」

「いまさら『トップガン』すか?」

 ってのがいちばん大きい声だと思うんですよね。

 続編である『トップガン:マーヴェリック』が好評ないまが、むしろいちばん尻込みしちゃう時期なのでは。

www.tbsradio.jp

トップガン:マーヴェリック』をほめる流れで今作を話題にするひとって、

"いま見るとアレなところも色々あるけど、続編がいっそう味わい深くなるから、いちぶ目をつむって観てみてね"

 みたいな微妙なすすめかたするひとばっかりじゃないですか。

 まっさらの新作として『トップガン』が公開されたとして、それでも"面白い"と言える出来ですか?」

 未鑑賞の映画ファンにとって、『トップガン』ってそんな存在じゃないでしょうか。

 

 じつは高の映画を書くためにあなたが解決しなくてはならないこと シド・フィールドの脚本術3のなかで、「三幕構成」を理論化したハリウッド脚本術のえらいひとシド・フィールド氏が『トップガン』主人公の恐怖と克服劇へ焦点のあわせられた物語整理についてほめていたりするんですけど*6……

 ……美点の指摘は具体的なのですが、いかんせん文字数が文字数なので詳細な検討ではありませんし。また、講座受講生の脚本を改善するためのお手本として話題にだされた関係上、「じゃあおなじプロの同ジャンル類似テーマの他作品と比べた場合どうなの?」という疑問はなおも残る。

 

  「映画を殺した最初のフィルム製コカイン」;『GQ』2011年の批評より

 『トップガン:マーヴェリック』公開により手心がくわわるまえ、現代人は今作をどのように評価していたんでしょう?

www.gq.com

 Mark HarrisThe Day the Movies Died(あの日、映画は死んだ)」(『GQ』2011年2月10日掲載)

 _トップガン_(1986)**設定:**トム・クルーズ演じるピート・"マーベリック"・ミッチェルはスピードと父の承認が必要だ。その両方を満たすために米国海軍は何百万ドルの戦闘機をかれに与える。**視覚的パレット:**赤い夕日、白いきれいなビーチと青い空。アメリカ糞サイコ~!**群衆の顔:**ヴァル・キルマーアンソニー・エドワーズメグ・ライアントム・スケリットマイケル・アイアンサイドジェスター!)そして(どこにいたか知ってますか…)ティム・ロビンス。**父、子、超(Holy)劇的な緊張:**この離陸を、同性愛的ギリシャ似悲劇をどこから始める? クルーズ演じるマーベリックはベトナムで謎の死をとげたパイロットであったお父さんのつぐないをしようとしている。疑似父のトム・スケリットと、マーベリックの腕の中のグースがその手助けをする。トップガンの肩書を争う悪名高きアイスマンヴァル・キルマー)はぜんぜん助けてくれない。**脚本のセリフ:**お好きなほうをどうぞ(「スピードがほしいんだ……」「ぼくは危険だ、ICEマン」)。一部で妙な支持をあつめる、パイロットが揺れながら入る基地外のカクテル・ラウンジで大写しにされたマーベリックのアレ:「標的の豊富な環境」**ばかげた私見:**つまり、地政学的に言えば、われわれは一日中ここにいられる。事実に注目しよう、マーベリックはビーチバレーで遊ぶ……ジーンズを穿いて。**紋切型展開:**MiGに遭遇して燃料不足となった、擦り切れて震えるパイロットをマーベリックが空母に帰れるよう導くオープニングの場面。

  _Top Gun _(1986) **The Pitch: **Tom Cruise's Pete "Maverick" Mitchell has a need for speed and a need for paternal approval. Thank God the United States Navy gives him a multi-million dollar fighter jet so that he can satisfy both. **The Visual Pallet: **Red sunsets, white pristine beaches and blue skies. America, fuck yeah. **The Faces in the Crowd: **Val Kilmer, Anthony Edwards, Meg Ryan, Tom Skerritt, Michael Ironside (Jester!) and (did you know…) Tim Robbins. **The Father, The Son and The Holy Dramatic Tension: **Where to start with this airborne, homoerotic Greek near-tragedy? Cruise's Maverick is trying to live down his dad-pilot's mysterious death in Vietnam. Helping him with that is father figure Tom Skerritt and brother in arms, Goose. Not so helpful is his chief competition for the title of top gun, Val Kilmer's infamous Ice Man. **Script Notes: **Take your pick ("need for speed…" "I am dangerous, ICEman"). We happen to be partial to a more grounded moment, when the pilots enter a swinging, off-base cocktail lounge, full of Maverick: "This is a target-rich environment." **The Idiotic Conceit: **I mean, speaking geo-politically, we could be here all day. So let's just focus on the fact that Maverick plays beach volleyball…in jeans. **The Set Piece: **The opening scene, in which Maverick has to guide a shaken and frazzled pilot, low on fuel after an encounter with a MiG, back to an aircraft carrier.

   {2022年6月25日閲覧。邦訳は引用者による(英検3級)}

 そして『トップガン』がきた。トニー・スコットが撮ったと言われているかもしれないが、しかしこの映画のほんとうの作者はプロデューサーのドン・シンプソンとジェリー・ブラッカイマーという、「ハイ・コンセプト」なブロックバスターの開拓者だ――予告編あるいはキャッチコピーが即座にどんなお話か教えてくれる映画群の。

 基本的に、かれらの映画は映画ではない;純粋な製品(プロダクト)だ――アンフェタミンなアクションの連打と、スター配役、ミュージックビデオ、そしてダイヤモンド並みに硬くラミネートされた技術的アドレナリンとを縫い合わせたこの混合物(アマルガムは、観客の注意をそらすようにデザインされている。作品に内的一貫性が欠けていることから、物語に信ぴょう性がないことから、人間が書けていないことから、注意をそらすように。

 こうしたフィルム製コカインはたったひとつのゴールに向かって線路が引かれてる:センセーションの一時的な高揚にむかって。

  Then came Top Gun. The man calling the shots may have been Tony Scott, but the film's real auteurs were producers Don Simpson and Jerry Bruckheimer, two men who pioneered the "high-concept" blockbuster—films for which the trailer or even the tagline told the story instantly. At their most basic, their movies weren't movies; they were pure product—stitched-together amalgams of amphetamine action beats, star casting, music videos, and a diamond-hard laminate of technological adrenaline all designed to distract you from their lack of internal coherence, narrative credibility, or recognizable human qualities. They were rails of celluloid cocaine with only one goal: the transient heightening of sensation.

   「The Day the Movies Died」{邦訳は引用者による(英検3級)}2022年6月25日閲覧

 『GQ』誌にコラムを寄せたマーク・ハリス氏は、冒頭で成分表示をパロディすることにより「『トップガン』はこんな(単純な)素材だけで作れる陳腐な代物だ」と暗に告げたうえで、コラム本文で映画をころした最初の「フィルム製コカイン」と断言します。

 

  「お話は紋切型で主役の恋愛は生気がない」「半裸の若い男たちが輝くポスターとしての新兵募集映画」;イーバートやケイルによる公開当時からの不評

 映画批評家のロジャー・イーバート氏が映画公開当時にした批評は、上のハリス氏の評の具体的検討として読めるかもしれません。

 ぼくも初見時はイーバート氏のような不満をいだかないでもなかったのですよ。

www.rogerebert.com

 『トップガン』は地上のシーンと空中のシーンとを公平にすばやく交互に置いていく作品です。飛行シーンは輝かしいまでにすばらしく、地表から離れられない(アースバウンド)シーンは苦いくらいに意外性がない……それがこの映画のいちばん簡単な総括です。

 この映画は2つのパートから構成されています:特殊効果でなにができるか知り尽くしているパートと、恋するふたりがどんなことを演じ話し考えるのか何の手がかりも持ってないパート。

  "Top Gun" settles fairly quickly into alternating ground and air scenes, and the simplest way to sum up the movie is to declare the air scenes brilliant and the earthbound scenes grimly predictable. This is a movie that comes in two parts: It knows exactly what to do with special effects, but doesn't have a clue as to how two people in love might act and talk and think.

(略)

 『卒業白書』のトム・クルーズ(『トップガン』主演)レベッカ・デモーネイや『刑事ジョン・ブック 目撃者』のケリー・マクギリス(『トップガン』主演)ハリソン・フォード――そして言及こそないものの明らかにインスパイア元である『愛と青春の旅だち』のリチャード・ギアデブラ・ウィンガーのあいだに生じたケミストリーにくらべて、今作は生気がなく説得力もありません。

 クルーズとマクギリスは、不安そうに目をほそめて見つめ合うことや兵器のような言葉の交換におおくの時間をついやし、そしてついに結ばれたふたりは、まるでセクシーな新しい香水の広告にでてくるスターのよう。『刑事ジョン・ブック 目撃者』のマクギリスのあの忘れがたい、いまにも触れられそうな身体的存在感はここにはなく、血肉がかよっていません。

 ほかの地上のシーンは、数えきれないほどつくられてきたほかの戦争映画の古い紋切型(クリシェとお約束のリサイクルに見えます。

  It's pale and unconvincing compared with the chemistry between Cruise and Rebecca De Mornay in "Risky Business," and between McGillis and Harrison Ford in "Witness" - not to mention between Richard Gere and Debra Winger in "An Officer and a Gentleman," which obviously inspired "Top Gun." Cruise and McGillis spend a lot of time squinting uneasily at each other and exchanging words as if they were weapons, and when they finally get physical, they look like the stars of one of those sexy new perfume ads. There's no flesh and blood here, which is remarkable, given the almost palpable physical presence McGillis had in "Witness." In its other scenes on the ground, the movie seems content to recycle old cliches and conventions out of countless other war movies.

 あなたもご存じだったんじゃないですか、たとえば、主人公マーベリックの航空学校の指揮官が、かれの父がベトナムでどうなったか知るただ一人の男だって? あるいはマーベリックの親友がかれの腕の中で亡くなることにわれわれは驚きましたか? あの義務的な「良心の危機に苦しみ、もう一度飛べるかどうか悩むマーベリック」になにかサスペンスはありましたか?

 『トップガン』のような映画を批評するのは大変です。良い部分はとても良いけど、悪い部分は容赦できないほどひどいので。

  Wouldn't you know, for example, that Maverick's commanding officer at the flying school is the only man who knows what happened to the kid's father in Vietnam? And are we surprised when Maverick's best friend dies in his arms? Is there any suspense as Maverick undergoes his obligatory crisis of conscience, wondering whether he can ever fly again? Movies like "Top Gun" are hard to review because the good parts are so good and the bad parts are so relentless.

   www.rogerebert.com掲載、「Top Gun movie review & film summary (1986) | Roger Ebert」より(2022年6月25日閲覧)

 ほかの批評もいくつか見てみましたが、『トップガン』についてほめられてるのは空戦シーンと男たちの美貌くらいなものみたい。

 ナボコフの《ロリータ》で、ハンバート・ハンバートは、自分の美少女(ニンフ)が、"かわいい顔した獣"に抱かれているところを想像して苦しむが、《トップ・ガン》にはそれがあふれている。マクギリスが出ていないと、この映画は、サンディエゴのミラマー海軍航空隊基地で訓練中のエリート戦闘機パイロットを配した、ぴかぴかのホモエロティック・コマーシャルだ。パイロットたちは、タオルをあぶなっかしく胴に巻き、ロッカールームをクジャクみたいに歩き回り、たがいに話すときは角突き合わせ、「どうだかね(セズ・ユー)!」とどなり合うかのよう。まるで男らしさの定義が半分裸になった若い男のかっこよさ、というものに変わってしまったような、戦士であるということはナルシシズムに尽きるような具合である。

   東京書籍刊(1992年11月11日第一刷)、ポーリン・ケイル柴田京子訳)『今夜も映画で眠れない(アメリカ・コラムニスト全集9)』p.100~1、「トップ・ガン ――新兵募集のコマーシャル」より

作りものの濃霧の中、クローズアップで撮影される機体は神話の獣と化し、地上クルーの男たちはこうした獣の添えものにすぎず、強烈な音楽が原始の嵐もかくやと思わせる。しかし機体がいったん大空に飛ぶともうおしまい。ジェット機で激しい空中戦が展開されても、パイロットはほとんど見えず――だれがだれやら見分けがつかない――あまりの電光石火と人間不在のため、鋼鉄の塊がかすめて通るのを見るばかりとなる。

   『今夜も映画で眠れない(アメリカ・コラムニスト全集9)』p.101

 このコマーシャルはなにを売ろうとしているのか? ひたすら売っているだけのことである。というのも、プロデューサーのドン・シンプスンもジェリー・ブラックハイマーも、監督のトニー・(派手ずき)・スコットも、その術を心得ているからだ。売ることこそ、彼らが考える映画作りのすべてなのだ。結果は新手の"芸術"形態、自己に言及するコマーシャルとなった。《トップ・ガン》は新兵募集のポスターだが、新兵募集には関係なく、ポスターであることに関係がある。

   『今夜も映画で眠れない(アメリカ・コラムニスト全集9)』p.101

 ポーリン・ケイル氏は、ニューヨーカー誌で皮肉たっぷりに男たちの美貌をたたえます。(補足しておくとケイル氏は同時期のコラムで邦画ンポポ』を、伊丹十三監督の広告畑でつちかっただろう表現が作劇に活かされてるといった旨で評価されたりするから、「広告的=映画じゃない=だからダメ」というような短絡をされるかたではありません。『トップガン』の表現には意味を見いだせなかった、というお話なのだと思います)

 ロリー・ケリー監督『スリープ・ウィズ・ミー』劇中でクエンティン・タランティーノ演じるキャラが『トップガン』談議するシーンとあわせて、『トップガン』を同性愛映画として語るさいのバイブルになりました。

 こうした感触は、若年層だっておぼえたものだったそう。スクリプトドクターの三宅隆太さんは中学生当時に見た率直な感想をじしんのネットラジオでこう振り返っています。

三宅隆太(スクリプトドクター)

「ごめんなさいね、"『トップガン』の一作目が人生の一本だ"って人もいらっしゃると思うから気をわるくなさらないでほしいんですけど……中学生のぼく、ですら、"こんなになんにもない映画があるのか"って言うぐらい、”なんもねぇなこの映画”って思ったんですよね第一印象(笑)

 (略)あるのはひたすらトム・クルーズのアイドル性で、(略)あととにかくものすごい(略)戦闘機の映像。(略)あと画面に半分色のついたフィルター(笑)

 (略)それ以外なんもないっていう……(苦笑)」

   spotify、三宅隆太スクリプトドクターのサクゲキRADIO』「#35昨夜の「クリラジ」について、先週の「アトロク未公開映画紹介」の補足、オズパとポストホラー、『トップガン』とトム・クルーズ、コンテンツ東京2022についてなど」1:04:06{ただしフィラー(つなぎ言葉)は削るなど、正確な文字起こしではない}

「あそこがほんと"なんだろうな?"と思ったんですよ。

 ケリー・マクギリスと一旦ケンカになっちゃって、バイクでブーンって去っていくトム・クルーズがあって、それをオープンカーで追い抜くケリー・マクギリス。ふたりでひとことふたこと怒鳴り合ったあとキスをするんですよね(笑)

 そのときベルリンっていうグループの『Take My Breath Away』て曲がかかって(笑)

 でそのまんまベッドシーンになるんですよ。ライティングが当時流行った窓の外からHMIをガーって焚いて、青い月光というていの青い光がバーッと入ってきて、セットの部屋のなかにスモーク多めに焚いておいて、キーとなる照明で出来てしまう影を和らげるための補助光を相当すくなめにしている状態のベッドシーンね。

 そこにずっと『TMBA』がかかってるのが……(笑) ケンカして仲直りみたいな流れが……(笑)

"う~ん……なんだこれ!?"

 って当時思ったっていう印象があまりにも強くて」

   スクリプトドクターのサクゲキRADIO』「#35」1:09:40{ただしフィラー(つなぎ言葉)は削ったし「抑えの照明」まわりはかいつまむなど、正確な文字起こしではない}

 

 好評はないのか?

トップガン
- Aloysius' Rating: 6/10

勘に優れた天才パイロットがエリート養成校トップガンで学んでいると事故にあって自信を失い、仲間や女友達に励まされて自信を取り戻す。最小限の人物関係を手際よく説明し、最小限の人物関係が最小限機能する肉も皮も付いていないむき出しのプロットを短めのショットでリズムよくつないでいって、あとはかっこよくF14を飛ばしているという映画である。これはこれで芸であろう。見ていて退屈しないし、手間をかけて撮影された空戦シーンには感心する。

   佐藤哲也『大蟻食の亭主の繰り言』、映画のこと「トップガン」評

 作家で網羅的な映画マニアの佐藤哲也氏は『トップガン』をこう評価。

 上のかたがたの仰るプロットの単純さは佐藤氏も認めるところで、しかし物語の単純さに見合うくらい語り口のテンポが良い作品なので成功している……というようなお話ですね。

福音館書店の《ボクラノSF》シリーズの一作であるあの傑作青春小説にして実験小説。西村ツチカ挿絵と自由な挿入により達成された、W・G・ゼーバルト氏の創作とも通じる視覚表象の衝撃や不安や高揚、それでもなおも迷妄にとらわれずロゴスをつむごうとする(しかしそうであるがゆえにふと物事の亀裂や矛盾を注視してしまい、トーマス・ベルンハルト的な悪罵の奔流も起こしうる)「ぼく」の日々を描く、語る者と語り口とそうして語る物とが見事にむすびついてこの作品でしか味わえない独特の情感を呼び起こすあのンドロームの著者がこう言うのだからそうなのではないか?」

 まぁそれはそうかもしれません。

 

 もっと好意的な声は?

一見、兵士たちの姿を明るく描いているように感じられる本作だが、そこにはいつでも死の恐怖や、大事な人を失うことのリスクと苦しみがまとわりついている。そんな、軍という組織の持つ残酷さが表現されているところが、ともすれば軽くなってしまう本作の題材に重みを与えているのだ。

 享楽的な表現と、それに並走する悲しみがあるという構図は、『サタデー・ナイト・フィーバー』(1977年)や『スタンド・バイ・ミー』(1986年)に代表されるように、多くの青春映画に共通するものだ。誰しも、人生のなかで小さくない挫折を経験している。その傷は、完全にふさぐことはできないかもしれない。しかし本作は、そんな絶望の淵から傷だらけで立ち上がる姿を描くことで、多くの観客に明日を生きる力を与えることとなった。

   Real Sound映画部2021年11月20日掲載、小野寺系「『トップガン』は30年以上経っても全く色褪せない トニー・スコット監督の“アメリカ魂”」

 RealSound映画部掲載のレビューで小野寺系さんは、過去の世評に「待った」をかけ、『トップガン』を享楽と挫折や悲しみという明暗が混然一体となった普遍的な青春映画として高らかに再評価します。

 ぼくの感想やこの記事で書く内容とかなり重なる評価で、「うんうん!」とうなづきました。

 ましたが、小野寺氏が称える「絶望の淵から傷だらけで立ち上がる姿」は、まさにイーバート氏が「数えきれないほどつくられてきたほかの戦争映画の古い紋切型(クリシェとお約束のリサイクル」と批判した部分ではないでしょうか。

「つまり『トップガン』から"明日を生きる力を与え"られた"多くの観客"は、紋切型を紋切型と気づかず素朴に感動しちゃうバカってこと?」

 という疑問に、そして、

「では、紋切り型だと思いつつもなお、いたく感動しちまっているぼくはなんなのか?」

 という疑問にあんまり答えてくれるレビューではありません。

「じつはスペクタクルシーンですら、そのような抒情的な撮られ方がなされてることに気づくはずだ。とくにオレンジ色に輝く空や、カラフルに彩られる海面など、アクション映画らしくない特徴的な色彩が画面に踊っている」ので、「ジョン・フォード監督に通じる、詩的な美し」い作品だと評した……ということなのだと思うのですが、じっさいの映像と小野寺氏による言語化とのあいだにはちょっと飛躍があるように思います。

 「カラフルに彩られる海面」って――この記事の後半でも取り上げますが――水色の大元が蛍光グリーンの塗料にそまった海やらフィルタ処理されただろう彩度の高い赤~青のグラデーションとなった海やらという、毒々しい色合いのものも指すんでしょうか? これも「抒情的」で、「ジョン・フォード監督に通じる」表現?)

岡田斗司夫

「格納庫とか戦闘機をここに並べるのはなんでかっていうと、"観客ってのはバカなんです"と。"ハリウッド映画を観に来てる観客ってのは知能指数60くらいだと思ってください。だから、これがなんの映画かときどき見せないと忘れます"(略)って(映画スタッフから)言われて、もう海軍はびっくりですよ。"えぇそんなんなの!?"っていう風に驚くわけですね。

 まぁ"それがヒット映画のつくりかた"と。(略)"観客の知能指数――100だとか――上げれば上げるほど観るひとの母数が減ってくんだけど、下げれば下げるほど移民でまだ英語を話せないひととかそういう人もふくめて映画を観に来てくれる。だから大ヒットしたければこういうことを絶対わすれちゃだめです"と言ったんです」

   Youtube岡田斗司夫アナと雪の女王2とトップガン オタキングの10倍面白くなる映画講座 岡田斗司夫ゼミ#418(2021.11.14)0:36:23~(略は引用者による)

 『トップガン』と『エースをねらえ!』をくっつけたようなタイトルの傑作SFアニメップをねらえ!』製作などにかかわったクリエイターで評論家の岡田斗司夫さんは、じしんのYoutubeチャンネルの配信で「途中でビーチバレーやるシーンあるんですけども、あんなのべつにぼくは要らないし。(略)恋愛ばなしもべつに要らないし、"だれがトップになるのか?"とかですね、"グースが死んだ!"とかですね、正直あの辺も、言っちゃえばストーリーどうでもいいんです。ぼくにとっての主役はトム・クルーズじゃなくて、かれが乗ってるF-14戦闘機とその空中撮影」と前置きしたうえで『トップガン』について話したとき(だれがいつどの媒体でそう言ったのかソースの提示なしに)そう言います。(つづきの有料パートは観てないので内容知りません)*7

 『トップガン』を評価する著名人はもういないんでしょうか?

 まだいます。

 プロデューサーは「アルマゲドン」「コン・エアー」「ザ・ロック」など、頭の悪い爆発アクション超大作ばかり連発して、私を含む一部の映画ファンから猛烈に嫌われているジェリー・ブラッカイマー。「アルマゲドン」で泣いている観客を見るたびに、不思議なことにトニー・スコットとのコンビ作・・・「クリムゾン・タイド」とか「トップガン」など・・・はそれほどひどくない、というか面白い。

   『SPOOK TALE』掲載、伊藤計劃氏による『エネミー・オブ・アメリカ』レビューより

 『虐殺器官』などを著す作家となった伊藤計劃さんは、小説家デビューまえの個人サイト運営時代に投稿したある評でそう述べます。

トニーの映画について「テーマ」を語ることは、実はちょっと気が引ける。テーマというやつは、大体において映画の「在りよう」とは関係がない。もちろん世代論や文化論(サブカルがからむと、とくにそうだ)から語られるとき、「カイエ」とは別種の作家主義が、「作家という物語」をほとんどのひとは発動させてしまう(ぼくだってそうだ)。トニーはそこからもっとも縁遠い作家だと思われてきた。フィクションとしての作家の「個の物語」を作品に入れ込むような人ではない。物語をビシッと伝える活劇作家であること。それがいま、恐ろしいことにカーペンターと同じような反時代性を帯びてしまっていること、「トップガンの子供たち」であるぼくが、そして同じような世代の(かつての)大ヒットメーカー、トニー・スコットをいま「再発見」しているのも、ハスミンが世界的にトニーを称揚する計画を立てているのも(笑)、そういうことなのだと思う。

   伊藤計劃:第弐位相』2005年10月26日掲載、伊藤計劃「ドミノ」より

 蓮實重彦さんや押井守さんの言論などにより映画観をはぐくみつつも、独自かつ確たる視点の持ち主であった伊藤氏です。

 たとえばハイテクスパイ・"巻き込まれ"型政治スリラーアクション映画ネミー・オブ・アメリカ』なら伊藤氏は「追いかけっこ」だけで長尺をもたせてしまう演出力を称えつつ(MTV的と蔑まれてきた)ガチャガチャせわしない映像演出が主人公を監視する国家権力NSAの千里眼的仕事に集約されていることに注目し。

 それとあわせてアナログスパイ映画パイ・ゲーム』の映像を"情報が飽和して特定の情報の重みづけが困難になったネット時代のことでもあります)。それが「スパイ」という情報畑、ひいては現在を表現するに相応しい「方法」であり、それを主題でなく映画の「かたち」で行っている"と解釈したうえで、『スパイ・ゲーム』の物語を引退寸前のスパイが過去の活動を会議で証言する『スパイゲーム』をフォーサイスの《マグレディ》シリーズやル・カレといった非情で地味な現実志向のスパイ作品の系譜に位置づけ、"スパイである以上背負わねばならぬ(略)「罪」にあえて決着をつけようとする・・・それでも自分は「人間として戦ってきた」という誇りの証をたてるために。"と、人格も命も駒として使いつぶすのが織り込み済みであるスパイの業界で、ものごとの優先順位なんてつけられないのがふつうな情報飽和時代で、それでもなお「自分という人間」の存在証明をしようとする、という映画ならではの要素を含んだコントラストのつよいドラマ性を見出し、熱く語るなどなど……

 ……伊藤氏の作品評はいまなおzzz_zzzzのなかで輝きつづけています。

 伊藤氏ならば、ぼくがかんじた『トップガン』の魅力をうまいこと言語化してくれているにちがいない。

 blogを見てみると、伊藤氏は代表作『虐殺器官』を投稿する数ヶ月まえに『トップガン』を観ていたみたい。これは相当にたしかな批評が読めるのでは?

 しかし、なんだかんだ言って「トップガン」は私という人格を形成する重要な1ピースだった、と恥ずかしいことだが認めてしまおう。戦闘機が飛びまくり、「愛は吐息のように」が流れる中でトムと年上女性がエロいシーンを繰り広げる。メカ、エロ。中学生にとっては麻薬のような映画であった。

   伊藤計劃:第弐位相』2005年6月5日掲載、伊藤計劃「この映画のアイアンサイドが一番かっこいいと思う」より

メカ、エロ、と当時の小中学生にはたまらない映画だった(エクスプロイテーションだ)わけですが、「おっぱい」「やりてえ」ぐらいしか性欲のツボのなかった、シンプルな子供時代から20年経ったいま、それなりにエロを通過してきたいまこの映画を見直すと、ベッドシーンのケリー・マクギリスの舌の動きが必要以上に卑猥であることに初めて気がつき、若い頃とはまた違った趣を見いだす、20年後の「トップガン」でありました。

   伊藤計劃:第弐位相』2005年10月22日掲載、伊藤計劃「トップガン:コレクターズ・エディション」より

 やっぱり麻薬なのか『トップガン』!?

 

 ……とまぁ、さんざんな言われようですが(笑)、『トップガン』の最近の話題を耳にしているかたのなかには、ここまで読んでこういう疑問も浮かんだんではないでしょうか。

「え、でも『トップガン』て原作(原案記事)があり、現実の組織を取材したんだよね?

 原案記事や取材対象じたいがそういうものだったら、そうなってくるのも仕方ないんじゃない?」

 やれ紋切型ストーリーやら、やれMTV・コマーシャル的で映画ではないやら、公開当時から21世紀の現在へ至り「フィルム製コカイン」として確固たる地位をきずいている『トップガン』。

 今作と現実との距離感は実際のところどんなものなのか?

 現実とかけ離れているとしたら、では、その創作にはほんとうに創意工夫のかけらもなかったのだろうか?

 答えが出せているかはともかくとして、この記事を目にしたかたが、そういう疑問をいだいてくれたらうれしいです。

 

 

 3D上映版ではじめて気づけることもある

 ぼくがこんかい観直したのは公開25周年を記念して3D上映用に製作されたバージョンです。

(主演のトム・クルーズ氏がトニー・スコット監督らと『トップガン』続編制作に取り組みはじめたというニュース、ステレオ3D社により立体上映コンバートされた『タイタニック』3D版のヒットなどもこうした興行をおこなう後押しとなったのではないか、とNewYorkTimesは言っていますね)

 立体上映コンバート作業は(『アリス・イン・ワンダーランド』や『トランスフォーマー/ダークサイド・ムーン』の立体上映製作にたずさわったと云う)Legend3D社が担当。

 コンバート作業は2012年8月9日に完了し、その過程をトニー・スコット監督が見守り、最終版への承認もなされた。「(コンバート作業に)期待していいかどうか決めかねていたトニー・スコット監督も、第一リールを見て圧倒されました。そして残りのフィルムにかんする完全な創造的自由を、監督は私たちに与えてくれたんです」

  The conversion was finished a year later on August 9th, 2012, with director Tony Scott overseeing the process and signing off on the final product."He didn’t know what to expect going into it [the conversion process], but we showed him the first reel and it just blew him away. And he gave us complete creative freedom on the rest of the movie."

   『The VERGE』2013年2月8日掲載、Bryan Bishop 「Highway to the 3Danger Zone: adding a new dimension to 'Top Gun'」

 コンバート作業にトニー・スコット監督がどれだけ関わったのかはいまいち分かりかねる部分があるんですけど、創設者バリー・サンドリュー(Barry Sandrew)氏らに取材した記事を読むに、Legend3D社による裁量がかなり大きそう。

 

 3DBlu-RayビデオをPSVRにて鑑賞。(だからそもそも鑑賞環境が良くない。PSVR2にはがんばってほしい)

 コンバートは丁寧かつ遠近の階調ゆたかで、冒頭の空母甲板にたちこめる蒸気の群れからして立体感があって、非常にワクワクしました。

 空戦シーンについては海軍元パイロットにチェックをあおいだそう。しかも劇映画としての魅力もそこねないよう、物語のトーンをよく考慮したうえでの3D演出がなされているとのこと。

 グースの例のシーンのような、感受性のするどい瞬間で、Legend3D社は没入感をそこねないようにした。「このシーンはサイラス(Cyrus Gladstone。『トップガン』3D版のコンバート作業スーパーバイザーのひとり)が創造力を100%発揮した一例で、」サンドリューは語る。「例のシーンのはじまりをサイラスは全体的に高い深度に設定しました。まずたいていの観客にとって不快な体験をあじわわせ、そこから視点に慣れてもらうことで『トップガン』の物語で最も重要なあの瞬間がもたらす影響を正面から受け止めてくれるようにしたんです」

  For more sensitive moments, such as Goose’s accident, Legend pulled back on the immersion effect. “This is another case where Cyrus made a creative call that I agreed with 100%,” says Sandrew. “He set this scene up with an overall high depth bracket to start off, almost causing an uncomfortable experience for the viewer then we eased into an observation standpoint so as not to distract from the impact of this important moment in the story.”

   『fxguide』2013年2月8日掲載、IAN FAILES「Back into the danger zone: Top Gun 3D」{邦訳は引用者による(英検3級)。自信ないので}

 クリエイターが話すとおりドッグファイトも面白かったしドラマパートもすらすら観れました。

 とりわけぼくがいちばん感じ入ったのは、空戦に入るまえの光景でした。

 無際限にだだっぴろい空間に、ぽつんと戦闘機が浮かんでいる……それがどれだけ孤独な状況なのか?

 クーガーのトラウマとなる冒頭の着艦シーンで(実機操縦を担当した海軍テストパイロットのひとりで、NASAの宇宙飛行士としての印象もつよいスコット・アルトマン氏がインタビューにこたえたところによれば、いちど撮ってから4ヶ月後「(マーベリックの着艦より)恐怖感が足りないから」と再撮影をされた、気合の入ったシーンらしい)、広い暗闇にぼんやり浮かぶちいさな光の点々などを活かして描かれたそれを、3D版ではより一層あじわえた……

 ……というか今回はじめて、青空や大地をバックにして主役や脇役たちがなんてことないことを言いながら飛んでいる本当になんてことないシーンでも味わえました

 

 

 古きよきロマンチックな原案記事から現代的でスポーティなロック映画へ

  キャメロットから飛んで馬上槍試合をこなす円卓の騎士、孤独なローマの百人隊長、あるいは西部のガンマン;原案記事『TOP GUNS』のロマンチックな世界観

 ぼくが『トップガン』を観直した理由はみっつあります。

  • 30余年ぶりの続編がおもしろかったから。
  • 3DBlu-Rayを買ったきり、観ないで積んでいたから。
  • 最後にいま続編公開とその権利問題によって『トップガン』の原案となった記事が脚光を浴び、そしてネット上でその記事が読めるんだと知ったから。

gigazine.net

「空のなかにいると、いつもある種の恐怖をあじわう。それは興奮とスリルと緊張がまぜあわさったものなんだ」ヨギは言う(引用者注;アレックス・"ヨギ"・ナラキス中尉。エフド・ヨナイ氏の取材相手のひとりであるトップガンF-14乗り)。「でも夜の空母への着艦(ランディング)は、希釈しようのない純然たる恐怖だ」

 もちろん航空学校時代では空母へのランディングを日中おこなってきたし、通常の滑走路にえがかれた飛行甲板のシルエットへの夜間ランディング訓練だってあった。そういう話じゃない。事前準備できないものの話をいましている。

  "There's some fear every time you're in the air, mixed with excitement and thrill and tension," Yogi says, "but a night carrier landing is the only thing that is sheer, unmitigated terror." You've done day landings on carriers back in flight school, of course, and practiced night landings on the silhouette of a flight deck painted on a regular runway. But nothing, nothing prepares you for what's coming next.

 黒い海のうえの黒い空を飛んでいると、数マイル遠くの虚無のなかに突如として白い光の点(ドット)がひとつ見えてくる。無線の声はそこに船があることを教えてくれるが、その小さな光以外に見えるものはなく、その光をどれだけ最高のタイミングで辿ろうとも「制御された墜落(クラッシュ)」以上のものにはならない。

 海がおだやかで空気も澄んでいる幸運にめぐまれたところで、闇のなかで光は跳ね、揺れる原因がはたしてじぶんなのか船なのか知るすべはない。わかっているのは、60フット*8の鉄壁のうえのたった700フィート*9の甲板が降り場だということだけ。

 もし軌道が低すぎれば、ぶつかり破片と鉄くずとなって船側(せんそく)へ散る。高すぎれば、戦闘機の腹からだした鉤(テイルフック)が着艦用ケーブルにかからず空を切るから、もう一周してランディングをやり直さなければならない――すでに一度失敗したランディングを。

  You are flying out of a black sky onto a black sea, and suddenly you see a dot of white light miles away in the void. The voice on the radio tells you that's the ship down there, but all you see is the little light you must follow down into the controlled crash that is a carrier landing in the best of times. If you are lucky the sea is calm and the air is clear, but if the light bounces in the dark you have no way of knowing which is moving, you or the ship. All you know is that somewhere down there is a 60-foot wall of steel and only 700 feet of deck. If you hit too low you'll have to be scraped in bits and pieces off the side of the ship, and if you come in too high and fail to snag the restraining cables with your tailhook you'll have to come around again - and you've already screwed up once.

 VF-1米国海軍第一戦闘飛行隊(ウルフパック)が航海したインド洋の、とりわけ荒く暗い夜の場合なら、あるパイロットは12回ランディングを試みた。12回もだ。

 何周も何周もまわって燃料を使い尽くしてどこにも行けなくなったこの哀れな男のために、給油機が揺れる甲板から二たび離着艦して空中給油をおこなったが、それでもまだかれは降りられない。やっと着艦できたとき、甲板にひどく激しくぶつけて飛行機を傷つけ、泣きながらコクピットから出た男の顔は老人のようだった。

「慣れることは一生ないよ、」

 オーガンは言う。空から帰ってこようとあがく相棒を夜半まで起きて見ていた男だ。

「もし慣れたとしたら、どこかがおかしくなってるってことだ」

  The VF-1 Wolfpack was out on cruise in the Indian Ocean one particularly rough, dark night when a pilot had to come around twelve times. Twelve times. The poor guy had nowhere else to go, and he came around and around, burning so much fuel that twice tankers launched off and refueled him in midair and landed on the pitching deck while he was still out there trying to make it down. When he finally did, he hit the deck so hard that he damaged the plane, and when he climbed out of the cockpit he was crying and looked like an old man. "You never get used to it," says Organ, who sat up half that night watching his buddy trying to come back out of the sky. "If you do, there's something wrong with you."

   EHUD YONAY「TOP GUNS」(『CALIFORNIA MAGAZINE』1983年5月号掲載記事の、DAVID BARANEK『www.topgunbio.com』再録版より)(2022年6月17日閲覧){邦訳は引用者による(英検3級)}

 夜の空母着艦の怖さや、家族にも仕事をうまく説明できない孤独、それに対して扇情的なかっこうをした女性客もいて賑わう将校クラブの夜といったファイタータウン(基地にも印字されてる固有名詞らしい。「戦闘機乗りの町」くらいな意味でしょうか?)のきらびやかなようすなどなど……

 ……原案となった記事『TOP GUNS』を読んでみると、映画『トップガン』本編に活かされた点がそこここに確認できます。

 計画の早い段階でストーリー性を持たせるために、どの飛行機を敵戦闘機にして、どの飛行機をトップガンの仮装敵機にするかが話し合われた。機首のF‐5がMiG-28に扮することになった。

(略)

 MiG‐28が決まったことで、カムフラージュ塗装のA‐4が教育課程で教官が飛行する飛行機を演じることになった。パラマウントはどちらが悪役かをはっきりさせるため、F‐5を黒に塗装することに決め、三機の単座式F‐5Eと一機の複座式F‐5Fが週末につや消しの黒で塗装された。

   並木書房刊(2017年5月30日印刷)、デイブ・バラネック(茂木作太郎訳)『F-14トップガンデイズ: 最強の海軍戦闘機部隊』p.256、「12 ハリウッドがやってきた」より(略・太字強調は引用者による)

黒ずくめのコスチューム

 私たちMiG‐28の搭乗員は、コスチューム――悪役であることを強調するための黒いフライトスーツ、黒いヘルメットに黒いグローブ――に着替えなければならなかった。

   『F-14トップガンデイズ: 最強の海軍戦闘機部隊』p.258

 『トップガン』の空戦シーンの実機操縦を担当した本職のトップガンのひとりデイブ・バラネック氏は、じしんの海軍パイロット生活をふりかえった回想録で、劇中の敵機である架空の機体MiG-28のデザイン決定の舞台裏についてそう話します。

 原案記事にも空戦する二者を白黒で言い表したたとえがあって、そこだけ切り取ると『トップガン』でそれが映像化されたように思えなくもありません。

 

 ですがこれだけ共通点を見出せるというのに意外や意外、読み味はだいぶことなる。

 というのも、原案記事と映画はおおきく世界観をたがえているのです。

 エフド・ヨナイ氏やかれの取材にこたえた軍人が、空戦する二者を、そしてトップガンたちをどう見ていたのか? バラネック氏の運営するサイトに再掲載された記事本文をくわしく見ていきましょう。

 「在りし日の、」VF-1米国海軍第一戦闘飛行隊(ウルフパック)のリーダーであるジャック・"グリンゴ"・スナイダー中佐(コマンダーは言う。「馬上槍試合(ジョスト)みたいなものだよ。白馬に乗った騎士と黒馬に乗った騎士が、それぞれ両サイドからあらわれてぶつかり合うあれだ」。

 ジョストにそなえて二〇〇の腕立て(プッシュアップ)と一〇〇の腹筋(シットアップ)を毎日おこなう長身で強靭なグリンゴは、F-4ファントムに乗ってベトナム戦争を飛んだ。最大級の空戦でさえも個々の決闘(デュエル)の連続なのだとかれは知っている――そりゃあ空母から一斉にダースのパイロットが発艦するかもしれない。けれど飛び立ってしまえばかれらは孤独で、敵の領空を時速750マイル*10でひゅんと飛びそして、銀色のちいさなかけらが遠ざかって青くかすむまでのあいだ火を噴く機械となって突く(ティルト)のだと。

  "It's like in the old days," says Commander Jack ("Gringo") Snyder, leader of the Wolfpack, "when one knight from each side would come out and they'd joust, one on a white horse and one on a black horse." Tall and wiry, which comes from doing 200 push-ups and 100 sit-ups a day in preparation for the joust, Gringo flew an F-4 Phantom in the Vietnam War. He knows that even the greatest air battle is a series of individual duels - that, while a dozen pilots may blast off a carrier at one time, once they get up there they are alone, hurtling through enemy air at 750 miles an hour and tilting against tiny motes of silver that zoom out of the blue to become fire-spitting machines.

 エンセナダ沖からひょいと飛んでくる敵機(ボギー)を防ぐ舞台をたずねてみよう。

「訓練したみたいに戦うんだ、だからより実戦みたいな訓練をするってわけ」

 戦闘機パイロットはそんな風に言う。そこはトップガンが飛んでくる舞台でもある。

 ミラマー海軍航空基地が戦闘機乗りにとってキャメロットであるとすれば、ミラマー第一格納庫にあるトップガンの複合施設(コンプレックス)は、アーサー王の円卓といえる。そこには練度の高い飛行隊員のなかでもとりわけ最高があつめられている。

 1968年の創設以来、トップガンの腕利きのエースたちは、戦闘機パイロット業界に事実上の革命をもたらし、空対空格闘における殺人術*11の達人としての世界的地位を確立した。この革命に動じない組織があるとすれば、イスラエル空軍くらいなものだろうか。

  Which is where keeping bogeys off your tail and that little hop off the coast of Ensenada come in. "You fight like you train, so you'd better train like you're going to fight," fighter pilots like to say. It is also where Top Gun comes in. If Miramar is a fighter pilot's Camelot, then the Top Gun complex in Miramar's Hangar Number One is King Arthur's Round Table, the gathering of the greatest of the greats in fighter aviation. Since its inception in 1968, Top Gun's hotshot aces have virtually revolutionized the fighter pilot business and, with the possible exception of the Israeli Air Force, established themselves as the international masters of the deadly art of air-to-air combat.

   EHUD YONAY「TOP GUNS」(『CALIFORNIA MAGAZINE』1983年5月号掲載記事の、DAVID BARANEK『www.topgunbio.com』再録版より)(2022年6月17日閲覧){邦訳は引用者による(英検3級)}

 ヨナイ氏は、ミラボー基地をキャメロットにたとえ、第一格納庫をアーサー王の円卓と呼び……といった具合にトップガンの世界を古きよき騎士道物語にたとえて紹介します。

 映画『トップガン』のなかにも、(アーサー王につかえた魔法使い)"マーリン"というコールサインパイロット(出番は冒頭の戦闘の、マーベリックが援護するクーガーの相棒など)が出てきますがそれはこの辺を汲んだものなのかもしれません。

 その着想はうえに引いた取材相手のひとりジャック・"グリンゴ"・スナイダー氏の言や、以下のC.J."ヒーター"・ヒートリー氏の言から得てふくらませたものなのでしょう。

 C.J.”ヒーター”・ヒートリー少佐はウルフパックで一番のF-14乗りだ。

 長身で童顔、茶色いくせ毛ときれいな青い瞳のヒーターの趣味は考えぬくこと。戦闘機乗りが団結する理由はなんだろうか? WOXOFルームの「見張りを撃ち抜く」にはどうすればいい? スタントマンやジョゼフ・ウォンボー(訳注;海兵隊から警官となった作家。代表作はロス市警在職中に執筆した初作で、冒頭で「忍耐力」勝負だと教わる*12劇中の警察仕事を、それも「荒れた」時分でのそれをローマの百人隊長に自らなぞらえた*13『センチュリアン』)の描く警官といった、仕事終わりにバーでぶらぶら過ごす日々を送るたぐいの人間ならだれだって考えてることだとヒーターは言う。

「甲板から音速で4万フィート行ったり来たりして、他人を殺すことや自分が殺されることをシミュレーションしながら、現実の緊急事態のたづなを取り、そしてやっと地上へもどったときにはそのことを自分の奥さんにだって説明できないんだ、」ヒーターは語る。「6.5Gをどう説明すればいい――そこに座ってるだけで200ポンド*14がのしかかるというのに、さらに悪いやつのために旋回(ターン)して1300ポンド*15超が突然かかるってことを?

 あるいはたとえば高すぎる過重力状態を何度も引っぱったときに始まる意識消失(ブラックアウト)はどうだ? 飛行機を飛ばしてるときにブラックアウトに陥ったことをどう説明すればいい?」

  Lieutenant Commander C.J. ("Heater") Heatley is one of the Wolfpack's top F-14 drivers. Tall and boyish, with curly brown hair and quiet blue eyes, Heater likes to think things out, such as the reason fighter pilots hang together and "shoot off their watches" in the WOXOF Room. They do it, he says, for the same reason stunt men or Joseph Wambaugh's cops or anybody else who hangs it out there for a living heads for a bar after a day's work. "You're out there supersonic going from deck to 40,000 feet and back down to the deck, simulating killing people and getting yourself killed, handling actual emergencies, and when you finally come in and land you can't even tell your wife about it," he says. "How do you explain 6.5 Gs [six and a half times the force of gravity] - that you're sitting there and you weigh 200 pounds, but when you turn for that bad guy you suddenly weigh more than 1,300? Or how if you pull too many Gs a lot of times you start to black out, and how do you explain that you were in an airplane flying around and you blacked out?"

 つまり拷問だ。でもいいことはないのだろうか?

  So that's the torture. But what about the good things?

 ヒーターはお手上げする。説明するだけ無意味だとかれは知っていた。

「でもいいことなんだよ」ヒーターは言う。「拷問じゃないんだ、いいことだよ。ぼくはGがかかるのが好きだ。25トンの飛行機に縛り付けられるのが好きだし、空で押し合いするのだって。ぼくは好きだよ」

  Heater throws up his hands. He knew it was pointless even to try to explain. "But those are the good things," he says. "That's not torture, that's good. I like pulling Gs. I like strapping on 25 tons of airplane and hustling around the sky. I like that."

 そうすべてはそこから始まる。空を飛ぶことへの愛から。

  So that's where it all starts. With the love of flying.

   EHUD YONAY「TOP GUNS」(『CALIFORNIA MAGAZINE』1983年5月号掲載記事の、DAVID BARANEK『www.topgunbio.com』再録版より)(2022年6月17日閲覧){邦訳は引用者による(英検3級)}

 また、ヨナイ氏は夜の基地を往年の名作映画上より永遠に』のセットと見まがうようだともたとえます。

 同名の小説を映画化したこの作品は、ハワイの陸軍基地の兵士たちが鬱屈をかかえながら駐屯地生活をして鬱屈をかかえながらも……不当なしごきはあるわ、綺麗な女性がほほえんでくれるクラブのある基地外への外出許可はなかなかおりないわ、やっとのことで綺麗な恋人とデートしようとすれば上司や部下がどこにでもいてプライベートもないわ、なかなかの閉塞感です……、そこで生きる以外の展望がみいだせず、夜に仲間たちと酒を飲みアコースティックギターとラッパで『再入隊ブルース』を愚痴と愛をこめ歌ったりする軍隊生活ドラマです。

 主人公プルーイットの、いろいろあってもけっきょく基地へ帰ろうとする姿は、たしかにヒートリー氏と重ならないでもない。

 ヨナイ氏はそして、朝にぎわうミラマー海軍航空基地のようすをまるで1950年代の荒野の町へタイムスリップしてきたかのようだと表現します。

 そうして『トップガン:マーヴェリック』に登場した、西部劇のサルーンにありそうな風習を――不届き者に対してベルを鳴らし、鳴らされた者は店の人々へおごらなければならない、という風習を――紹介したりもする。往年の西部のにおいは舞台だけにとどまりません。

「本当に偉大な戦闘機乗り(ファイター・パイロット)は、まるで懐かしの西部の偉大なガン・ファイターさ、」初代トップガンのひとりである腕利き(ホットショット)、ジム・"ホークアイ"・レインは語る。「じぶんたちがどれだけ偉大かなんてかれらは語る必要なかったんだ――ただそこに立っているだけでよかった、そのオーラで誰もがわかったんだ。ここでも同じだ。だれもがわかる」

  "Really great fighter pilots are like the great gunfighters in the Old West," says Jim ("Hawkeye") Laing, one of the original Top Gun hotshots. "They didn't have to tell anybody how great they were - all they had to do was just stand there, and the aura was such that everybody knew. It's the same here. Everybody knows."

   「TOP GUNS」より

 レイン氏がトップガン創設以前の腕利きについてそう評したのも納得の逸話をヨナイ氏は紹介します。酒場で大酒を飲みつつ仕事はきっちりとこなしてみせる、まるで飛行機映画や西部劇映画の巨匠ハワード・ホークス監督作の一シーンのような書きぶりです。

 トップガンでただ立っているだけとも限らなかった。

 サンディエゴのステーキ・ハウス"バリー"のあつまりで酒を飲み、インペリアル・バレーで深夜にひらかれたカーレースに出て、眠りについた小さな町を時速100マイル*16で無灯火で走り抜けた。

「大丈夫です、お巡りさん、おれらはカリフォルニアから来たんです」

 酔っぱらった海軍の腕利き(ホットショット)は、かれを引き止めた警察官にそう言った。

「ここがカリフォルニアだ」

 警官は答え、切符を切った。

 上は例外でほとんどは空にいた。輝かしい飛行だ。ユマで、アリゾナで、あるいはチョコレート・マウンテンや大西洋で日々おこなわれるベトナム戦争時代のベテランによるトップガンの飛行は、これまで書かれた単座機乗りの教科書を日々かきかえられるほど世界一偉大な飛行の数々だった。

  Not that anybody was just standing around at Top Gun. There were the drinking sessions at Bully's, a steak house in San Diego, and the late-night car races in Imperial Valley, running through sleepy little towns at 100 miles an hour with no headlights. "It's all right, officer, we're from California," a tanked-up marine hotshot once told a cop who had stopped him. "This is California," the cop answered, and wrote him up. But most of all there was flying. Glorious flying. The greatest fighter flying in the world was taking place every day over Yuma, Arizona, or the Chocolate Mountains or the Pacific Ocean as Top Gun's Vietnam vets set out to rewrite every single fighter aviation text ever written.

 こうした戦闘機乗りのヴァルハラは、1977年末にはほぼ終わりを迎えた。海軍少将フレデリック・("野外演習の日のフレッド")・フェローズはミラマー海軍航空基地の指揮官に着任すると、戦闘機乗りコミュニティの規律と海軍の礼節の回復へと乗り出した。

  Yet this fighter pilot's Valhalla almost came to an end in late 1977, when Rear Admiral Frederick ("Field Day Fred") Fellows assumed command of Naval Air Station Miramar and set out to restore discipline and naval decorum to the fighter community.

   「TOP GUNS」より

 敵と一対一のジョストをするアーサー王の円卓の騎士、苦しくとも仕事をこなすローマ帝国の百人隊長(センチュリアン)、もしくは古きよき西部のガンマン。この世界観は、記事中でヨナイ氏の創意がいちばん発揮された部分でしょう。

 対して映画はどうでしょうか?

 

  最高のスポーツを楽しむ男たち;共同脚本家の語る『トップガン

ジャック・エップス・ジュニア(『トップガン』共同脚本)

「最初は甘い考えだった

 "幌馬車に座っているジョン・ウェインを――"

 "パイロットに変える" そんな感覚だった

 ところがそんなに簡単じゃなかった」

   『危険な大空:「トップガン」の舞台裏』0:05:31(「徹底的に―製作までの道のり」05:31)(パラマウント ホーム エンタテインメント ジャパン、2013年6月販売、『トップガン 3D&2Dブルーレイセット』の2D版にて確認)

 『トップガン』共同脚本のひとりジャック・エップス・ジュニア氏は、メイキングドキュメンタリ険な大空:「トップガン」の舞台裏』で執筆の苦労をそうかたります。

 "マーリン"も所属する空母から、映画がはじまって早々舞台をうつしたことに示唆的なとおり、『トップガン』は原案記事「TOP GUNS」と似て非なる物語を展開していきます。

ジャック・エップス・ジュニア(『トップガン』共同脚本)

 「僕は早速 基地へ行き

 パイロットと過ごすうちに完全に魅了されてしまった

 もっと若ければ入隊したいと思ったほど――

 自由で楽しい経験だった」

 原案記事を読んだり実際の軍・軍人に取材したエップス・ジュニア氏は、上に引用したヒーター氏のような、過重力にさらされながらも飛行するトップガンの姿について、飛行機乗りでもある自身の飛行への印象も加味しながら以下のようにとらえました。

ジャック・エップス・ジュニア(『トップガン』共同脚本)

「空中戦の難しさは想像以上で

 強い負荷の中 瞬時のターンが要求される

 6~7Gという世界は――

 4トンのゾウが ひざに座るようなものだ

 そんな想像を絶する負荷の中で――

 彼らはフライトを スポーツとしても楽しんでいる

 僕自身 人生で経験した 最高のスポーツだった

 その経験から 僕は作品の中に――

 "スポーツを楽しむ男たち"を描こうと思った

 そこで僕らはこの作品を”スポーツ映画"ととらえ

 脚本家として その方向でアプローチした

 "空中戦"こそスポーツだ

 スポーツ選手は誰もがトップを目指して戦っている

 "軍隊もの"としての側面よりそちらを強調した」

   『危険な大空:「トップガン」の舞台裏』0:07:46(「徹底的に―製作までの道のり」07:46)

 スポーツ映画を念頭においてペンをとりました。

 そうしてくわえられた映画的脚色は、テクニカルアドバイザーとして就いた本職の軍人と見解の対立をまねいたりもしたそうな。

ピーター・ペティグルー退役少将(『トップガン』テクニカルアドバイザー)

「更衣室のシーンを入れると聞いて

 なぜ必要なのか分からなかった」

   『危険な大空:「トップガン」の舞台裏』0:10:00(「徹底的に―製作までの道のり」10:00)

ピーター・ペティグルー退役少将(?)

「脚本の段階で "ロッカー室はどんな感じか"って聞かれた

 半甲板にあり 装具が置いてある

 普通 シャワーは浴びたりしない」

   パラマウント(1986年公開)、トニー・スコット監督『トップガン』オーディオコメンタリー0:34:50(パラマウント ホーム エンタテインメント ジャパン、2013年6月販売、『トップガン 3D&2Dブルーレイセット』の2D版にて確認)

ピーター・ペティグルー退役少将

「例えば タオルを巻いて歩き回るなんて実際はない」

   トップガン』オーディオコメンタリー1:00:00

 軍人/基地のリアルとしてはただしくないこれも、脚本家の創意が光るスポーツ映画的な文脈のとりこみなのでした。

ジャック・エップス・ジュニア(『トップガン』共同脚本)

「運動選手ならロッカー室で仲間と話をするだろ

 ロッカー室があり そこにグループが集う

 チームが結びつく

 人はそこで信頼を得て チームの一員に――

 迎え入れられる」

   トップガン』オーディオコメンタリー0:34:01

 

 脚本家コンビが取り入れた要素はほかにもいろいろとあって、トップガンの最優秀卒業者に授与される盾(トロフィ)もそのひとつだと云います。

トップガンの盾(トロフィ)なんてもし実在してたら――競争心が――むき出しになって殺し合いになるだろうな」

   トップガン』オーディオコメンタリー0:18:58

 言われてみればそりゃそうですよね、世界一つええやつを決める天下一武闘会ではなく、(入校資格が高水準とはいえ)粒ぞろいのトップガン"ズ"を"育てる"教育課程なんですから。

 『トップガン』映像特典リート中のエリート:現実のトップガンによれば、諸外国各部隊の戦闘機を想定しておこなう実戦形式の訓練は、仮想敵の装備はもちろんその搭乗者の技術的練度も再現模倣するもの。

 なので、敵役となった訓練生はたとえ自分の本来の実力であれば切り抜けられる状況でも仮想敵としての挙動を演じなければならないし、じっさいトップガン候補生も粛々とこなしていく……そうして他国他部隊のふるまいを身にしみこませていくのも大事な訓練なのだと云います。

 そういうわけで「勝った・負けた」の世界ではないし、先述バラネック氏の回顧録によれば、個人個人の名誉不名誉についてやいのやいの言うものでさえなかったらしい――文字どおり。

 最初の一週間が終わるころには、トップガンデブリーフは海軍戦闘機兵器学校のほかの部分と変わらない高い水準に保たれていることを実感した。

 たとえば戦闘機パイロット(そしてRIO)個人の存在を認めることは独りよがりのきらいがあるとして、トップガンは三人称を使うことで、デブリーフの中から個人的な側面をできる限り排除しようと試みていた

「そこから絶妙な動きをした私は、あなたを撃墜した」ではなく、「戦闘機は対気速度を犠牲にし、その場でできうる最速の旋回をして、有効なAIM‐9を発射した。A‐4は反撃することなく、その場で撃墜と判断された」とトップガンは私たちに教えたのだった。(略)デブリーフを礼儀正しいものとし、私たちの行動をより客観的に見つめさせようとする努力の一環だった。このことは学習の効果を高めることにつながり、またデブリーフがエゴむき出しの口論へ陥ることを防ぐのにも役立った。

   『F-14トップガンデイズ: 最強の海軍戦闘機部隊』p.134、「6 トップガンの流儀」より(略・太字強調は引用者による)

 トップガンの演習の振り返り(デブリーフィング)で交わされた、「わたし」や「あなた」を排した文法にバラネック氏は感銘をうけました。

ジャック・エップス・ジュニア(『トップガン』共同脚本)

「盾は究極のライセンスで

 頂点を極めた証しとして使いたかった

 反抗的な態度の"マーベリック"に対する

 効果的な小道具になったと思う」

   『危険な大空:「トップガン」の舞台裏』0:11:05(「徹底的に―製作までの道のり」11:05)

 それでもこの映画にはなくてはならない存在だった。

 

 映画が現実のトップガンミラマー海軍基地にもちこんだものとしてはほかにあるでしょうか?

ジャック・エップス・ジュニア(『トップガン』共同脚本)

「実際 ミラマーにバレーコートを作り――

 人を集め 撮影したら コートを撤去して

 敷地を元通りにした

 すべて元に戻す約束なので――コートは2日で消えた

 実際 ボールを打ってるのは 全員スタントマンだ

 バレーボール選手たちで 本物の俳優に似せられてる」

   トップガン』オーディオコメンタリー0:40:57

 日本語圏のメディアの最近の記事でも「享楽的なシーン」と評されたり、「『トップガン』といえばコレ!」って感じで話題にされがちなビーチバレーの舞台。

 あの有名なコートって、じつは基地の敷地内に砂などをもちこみ撮影を終えたら早々に撤去した2日間だけのオープンセットなんですって!

 劇中のトップガン(候補)のスポーツマンとしての一面を強調するための脚色だと考えると、しっくりきますね。

 

 

  青空を背景に銀のジェットを駆るロックスター;監督の語る『トップガン

ジェリー・ブラッカイマー(『トップガン』共同プロデューサー)

「トニーが考えた 女性サービスさ

 いい体をした美男で 女性の目には保養になった

 男たちの争いとして 彼が考えた場面だと思う

   トップガン』オーディオコメンタリー0:42:05

 あのビーチバレーのシーンはオーディオコメンタリーなどを聞くとどうにも、トニー・スコット監督の創意がおおきくはたらいているらしい。

トニー・スコット監督

「雑誌の"好きな映画の場面"で3年連続 選ばれたシーンだ

 若者の肉体美が見られる

 最初は彼らの魅力を どう表現したらいいのか

 いい案が浮かばなかった

 考えたあげく 彼らにシャツを脱がせ

 体じゅうにベビーオイルを塗りたくった

 まるでソフト・ポルノを撮っている気分だったよ(笑)」

   『危険な大空:「トップガン」の舞台裏』0:45:14(「彼らと ‐ 陸と海での撮影」15:16){ただし(笑)は引用者が足した}

 脚本氏やブラッカイマー氏が言うのとはちょっと違うニュアンスに聞こえるような。

 監督は『トップガン』をどのように撮っていったんでしょうか?

トニー・スコット監督

「「トップガン」を頼まれ 最初はとまどった

 ドン・シンプソンやジェリー・ブラッカイマーと話し合った

 空母の上で「地獄の黙示録」をやろうとしたら反対された

 あれこれ考え続け3度目に出した答えが――

 青空を背景に銀のジェットを駆るロック・スターの物語だ

   トップガン』0:0:28~オーディオコメンタリーより

ハンサムな俳優たちが ロックンロールに合わせて

 大空をかけめぐる作品だ

 ロックと青空を背景に ジェット機が飛び回る

 "これだ"と実感したよ」

   『危険な大空:「トップガン」の舞台裏』0:17:56(「徹底的に―製作までの道のり」17:56)

 空のロックスター。

 トニー・スコット監督はオーディオコメンタリーで何度も「ロック」に言及します。

トニー・スコット監督

「航空シーンの成功は 私の経歴によるものと思う

 CMとロック・ビデオで培った

 レベンゾンとウェバーの編集も見事だ

 すべての素材から生々しく危険な映像を作った

 だが取っつきやすくロック乗りなのは音楽の力だ

 こだわったからね

 ケニー・ロギンズ*17とかベルリン*18とか――フォルターメイヤー*19

 映像を曲に合わせ編集したので

 音楽がアクションに同調した

 更にフォルターメイヤーが

 曲の微調整をしっかりやってくれた」

   トップガン』1:38:02~オーディオコメンタリーより

 ケニー・ロギンズ氏が歌い、劇伴音楽のフォルターメイヤー氏が組んでいたジョルジオ・モロダー氏により作曲された「デンジャー・ゾーン」を流しながらの冒頭の空母離着艦シーンをはじめ、トップガン入学後はじめて映画本編で実景がうつされる空戦演習シーン(マーベリック機vsジェスター教官機)でチープ・トリック「Mighty Wings」のインストゥルメンタル版が流されたり……と、監督のことばどおりノリにノってます。

 しかもノッていたのはなにも、映画のなかだけでもないらしい。

ハロルド・フォルターメイヤー(『トップガン』劇伴音楽)

「映画のことは ジェリーから初めて聞いた

 大空を舞うジェット機

 スピード感あふれる世界 若いパイロットたち

 空中戦の技術訓練を行う エリート学校のレベルの高さ

 離陸直前まで――

 ビリー・アイドルを聴く パイロットの話をしてくれた

 そこからイメージしたのは ロックの世界なので

 「トップガン」の 音楽を作るなら

 ロックンロールとギターしかないと直感した

 だから主旋律も ドライビング・ギターだ」

   『危険な大空:「トップガン」の舞台裏』1:44:50~(「戦闘のロック‐「トップガン」の音楽」2:31)(太字強調は引用者による)

 フォルターメイヤー氏はそんな作曲経緯を語っていますし、以下のとおり本職のトップガンであるデイブ・バラネック氏もトップガン内で聞いたロックについて話題にしています。しかも一個人の趣味なんてレベルではない。回想録によれば……

伝説の男たちの講義

 講義の開始数分前になると、教官の一人が教室の前に歩み出て、ロックミュージックの入ったテープを小さなカセットプレイヤーに入れると大きなボリュームでかけた。雑談は終わり、ついに始まるのだという思いと共に、全員が席に着いた。

   『F-14トップガンデイズ: 最強の海軍戦闘機部隊』p.117~8、「6 トップガンの流儀」より

 ……トップガン最初の授業で教官じしんがロックとともに現れ、それに生徒であるじしんも「ついに始まるのだ」と気分が乗ったのだと云います。そして教官となってからはかける側に回りました。

 F-14戦闘迎撃の講師審査委員会は一月一日の早朝に始まった。午前六時二八分にトウキング・ヘッズの『ライフ・デューリング・ワータイム』を第二教室のカセットプレイヤーにかけ、私の成功を望むとともに、それ以上にトップガンの基準を満たしてほしいと考える一七人の教官と向き合った。

   『F-14トップガンデイズ: 最強の海軍戦闘機部隊』p.227、「11 戦いへ向けて」より

 

 

   ▼文字どおりぴかぴかとロックンロールする飛行

 『トップガン』といえば、正体不明のMiG戦闘機にたいしてマーベリックの駆るF-14が背面アクロバット飛行でおおいかぶさり中指を立てて画面の天地で向かい合う青空を背にしたイケイケのショット。

 そりゃ今みると「合成感があるなぁ」とは思います。

 エフド・ヨナイ氏の原案記事に掲載された戦闘機が天地で向かい合う写真と比べると違和感がある。

 劇映画の世界で見ても、たとえば共同脚本家エップスJr氏が最初に想定したような座組であるジョセフ・フォン・スタンバーグ監督ジョン・ウェイン主演ェット・パイロット』で飛行機が天地でむかいあうさい(一部は予告編で拝める)におぼえた妙な実在感がない。

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 『ジェット・パイロット』中盤、ソ連からやってきたパイロットと米国のパイロットが打ち解けた時分に、オーケストラによる優雅なメインテーマが劇伴音楽としてかかるなか行われる、二機が相手の機を軸に180度ロールし合う飛行は、直後の地上の舞踏会シーンで肩を組んで冗談を言い合いながらゆったりと行なう社交ダンスと重なって見え、二人が心がかよっていくさまをこの作品だからこそ可能なかたちで物語っていて素敵。『ジェット・パイロット』のなかでぼくが楽しめた数少ない光景のひとつです。

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 そのような観点から振り返ってみるとこのショットは、オープニングでかます客寄せのスペクタクルというだけでなくて、そのイケイケぶりが「生々しく危険な」空の(しかしそれゆえに輝かしく魅力的な)「ロックスター」としての『トップガン』を打ち出している、物語的に必要不可欠な光景だ、ともおもいます。

 ヨナイ氏の記事のそれが、同国同型の飛行機同士がおこなう航空ショー的な一幕であったのに対し。今作では、将校の意向でもなければ相棒の了承をとったわけでもない、敵機にいきなりおこなう挑発。マーベリックがどういう人物なのか、その一面を一発で示してくれるアクションですね。

 先述『ジェット・パイロット』の飛行機2機が銀の身をひるがえしたさいの(太陽を反射する角度になったからだろう)上品なきらめきに対して、『トップガン』の(実機撮影だろう)それなりに距離をとった天地向かい合い飛行ショット(0:08:55)画面左端、レンズフレア? 風防の反射?)なんかよくわかんないデケぇ光のなんとギラついてることか。そして、逆さになったらポラロイドカメラをかまえてフラッシュ撮影する相棒グース(0:09:03)のひょうひょうとした性格と付き合いのよい包容力、その姿のなんとまぶしいことか。

 

 こうした派手な大技だけでなく、何度もこなす地味な飛行描写もロックンロールだ。

 飛行中のマーベリックの口から……

「ロックンロール! チャンスがぼくらに来たぞ、デカいのが。グース!」

  Rock 'n' roll.Here's our chance.It's a big one, Goose.

   パラマウント(1986年公開)、トニー・スコット監督「トップガン』0:58:02より{上映時間はitune版を参考にした。パラマウント ホーム エンタテインメント ジャパン『トップガン 3D&2Dブルーレイセット』に入ってた2D版の場合は、約5秒くらい引いてもらえると該当箇所になるんじゃないかって思います)}{邦訳は引用者による(英検3級)}

 ……との自己言及的セリフもありましたが、じっさい飛行描写には映画的な脚色がはいっています。ロールしてこそ『トップガン』の飛行シーンなのです。

マイケル・"フレックス"・ガルピン(トップガンパイロットで、『トップガン』劇中MiG-28パイロットとして実機操縦をつとめた)

「エルロンロールをやっているシーンがあるが

 あんな回転はしない

 普通なら1回まわったら すぐ横に移動する

 エルロンロールは 今では単なる"芸当"だ

 あんなことをすれば目を回す

 実戦では意味をなさないし いい標的になるだけだ

 でも この回転をやったら 制作側は喜んだ」

   『危険な大空:「トップガン」の舞台裏』1:06:38(「勝負はこれからだ-空での撮影」9:57)

 

    ▽ただ飛ぶだけでも尖ってる;『トップガン』の回を重ねるごとに近くなる危険なすれ違い

 見栄えを優先しロールを多用した戦闘機の挙動。

 『トップガン』はそんな振り付けの余地のない、ただ直進するだけの戦闘機さえ、いま見てもなお驚きと爽快感に満ち溢れた、センスの尖ったとらえかたをしてみせます。

 もちろん当時の技術的制約を受けてでしょう、撮影素材としてよわいショットも無いわけではありません。

{たとえばミサイルまわりの表現。ミサイル自体は実機で撃って撮影したのですが、一発しか許可されなかったからその一発を複数台のカメラで撮ってうまいこと複数回撃ったように見せかけているそう。

(だから、「ミサイルが放たれるも飛行機に当たらなかった」という映像は『トップガン』だと、なにもない空をミサイルが白い雲を引いたショットと、続くパイロットのセリフでもってそのような展開であると観客に伝えるかたちになっていて、ここは初見時も観直した現在も非常にきびしく思いました……)

 

間隔を詰める初めての試み

 レイシーが操縦するリアジェットにある大型の窓の後ろには何台かのカメラが据え付けられ、潜望鏡のように機体の上部と下部に突出しているカメラもあった。正義の味方が見た映像を撮るため、一機のF-14の外部ポッドにはカメラが内蔵され、悪役の視点を見せるために、私たちの複座式F-5Fのコクピットにもカメラが入っている。これだけカメラが用意されていても、ジェット戦闘機の立ちまわりを撮影するのは予想以上に困難だった。

 (略)昨日、リアから撮影された黒のバンディット(敵機)とアメリカのトムキャットがすれ違う重要なシーンは、まるで何匹もの蠅が青いスクリーンの上を飛び交っているかのように地味で退屈な絵だった。一つのフレームに収めるにはジェット機うしの間隔が広すぎた。この問題に直面したラットは西海岸の戦闘機オペレーションを統括する二ツ星の提督と話し合い、あくまでも飛行士たちが危険と感じない状況下において、訓練機動時に飛行機が五〇〇フィート以上の間隔を維持するという規則に一度限りの例外を設けることで最終的に合意した。

(略)

 二回目のすれ違いは一回目と似ていたが、ずっと間合いを詰めたものになった。私の慣れている五〇〇フィートの間隔よりも、F-14はさらに近い距離を目にも留まらぬ速さで飛び去って行った――リアルタイムで微調整が行なわれるので、少しは安心できたが。

 高度を詰めたすれ違いが成功したことで、満足感が生まれた。私たちはハリウッドのスタッフを前に迫力ある飛行を見せることができた。さらに軍人は単に勇敢なだけでなく、計画を実行するためにリアルタイムでの調整を繰り返す柔軟性も持ち合わせていることを証明した。十分に分泌されたアドレナリンは、ぎりぎりまで間合いを詰めてすれ違い飛行を行なったこの日の午後を思い出深いものにするはずだ。

 トニー・スコット監督が無線で「みんな、さっきよりもよかった。ずーっといい。でももう一度だけお願いできるかな、もう少しだけ近くしてくれればいいから」

   並木書房(2017年刊)、デイブ・バラネック著(茂木作太郎訳)『F-14トップガンデイズ 最強の海軍戦闘機部隊』p.18~21(中略、太字強調は引用者による)

 でも大方の映像は、トニー・スコット監督が絵コンテを用意して監督立ち合いのもと撮影まえにパイロットへ事前にブリーフィングしたうえで、駄目であれば再撮影もして、それどころか軍の規則を交渉のうえ一時的に捻じ曲げてまで再撮影して、それでもなおダメ出しして……という、当時かかわった人や物や団体のできうる最大限を超えた尽力によって出来あがったもので、そういった悪い意味でのせつなさを感じることって全然ないし、むしろ今作のほうが凄いと感じる映像もいっぱいあります。

 

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 作り手の根気と、一本の映画として展開するうえでの吟味されたペース配分を感じるのが、トップガン訓練課程1回目の空戦演習シーン(0:29:52~)のはじめ、ジェスター教官の機体と主人公マーベリックの機体がすれちがうところ。

 『トップガン』映像特典であるルチ・アングル・ストーリーボード」で並べられた当該ショットを見ると、「絵コンテで考えた"すごい画"と、実際とれるものってこれだけ落差があるんだ……」とショックを受けてしまうんですが、ここだけ比べられるとそう感じてしまうというだけで、技術的制約でこういう画しか撮れなかったわけでは十中八九ありません。

 物語のトーンなどから"引き"の構図が選択されたと見るのが妥当なところで、(そっくりそのままではないにせよ)絵コンテに近い迫力ある構図は、ほかのシーンの「ここぞ!」というタイミングで採用されています。

 そしてそれ単体だと空間表現としてはいまいちよく分からないんショットも、観ていて気持ちいい音楽的なリズムを構成するライトモチーフ的な役割をはたしていたりするので、映画として悪いかといったらまた別問題だったりするんですよね。

 たとえば、すれ違った飛行機をパイロットが見やる姿を正面からとらえたショットは、「さっきすれちがった機体の位置関係からすると、そっち振り向くのはおかしくない?」と首をかしげてしまうものも少なくないのですが……

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 ……第1回空戦演習におけるすれ違いと、そのつぎの空戦シーン*20であるトップガン養成課程折り返しの第19回空戦演習(0:55:44~)と大枠の構図・ショット構成をしっかりそろえた結果とも思えなくもない。

 そして上の画像のとおり二つの空戦シーン(におけるすれ違い)の大枠がカッチリ視覚的にそろっているおかげでぼくは、まだ落ち着いた空気のある1戦目ではおさえたショットを配し{ただ振り向くだけの乗り手(0:30:02)、熱が高まった19戦目では動的で迫力のあるショットや挙動・身振りを{手をついて大きく振り向く乗り手(0:58:00)……と物語にあわせた細部のアレンジを楽しめました。

 

     ○『トップガン』の直進する”飛びもの”が見せる、まるで別の生き物みたいな影の躍動

youtu.be

 トップガン養成課程での1回目の飛行訓練(0:29:52~)、砂漠をとぶマーベリックをジェスターが追いかけるショットの驚きはどうでしょう。{0:30:23(ビデオからGIF動画を作る方法がわからないのでネットのクリップ動画に頼りますが、上の切り抜き動画のタイムスタンプで1:15  )}

 画面遠方中央(左寄り)あたりから現れた戦闘機は近方左上へと駆け抜けていき、次いで地面に落ちたその真っ黒い影が(物理的な当然として)追従するわけですが、影のほうは画面中央遠方から中央下近方へ(画面の見かけとしては)垂直にまたたく。実体と影がそれぞれ軌道と速度をたがえて走って、まるで別個の生き物のように活き活きとしている

 

     ○(脱線)作品によって描きかたも万別である"飛びもの"の影や光

 飛びものが、影などその副産物がどう映されるか?

 作品によってがらりと変わって見え、さまざまな情感をよびおこしてくれるものです。

cut573 アメ横の軍艦ビル前を擦過するヘルハウンド。独特の街の雰囲気を出す為、敢えて改修前の軍艦ビルをそのまま使っています。

接地面のないヘリや飛行機などの"飛びもの"は、比較物との対比が難しいのですが、ヘリのような低速の航空機なら、影を落とすことで(この例の場合なら陸橋の側面を上から下へ)特定する根拠を持つこともできます。但しその場合、作画によっては逆に破綻することもあるので注意が必要です。鉄橋のような複雑怪奇な構造物は可能な限りの資料をあたること。実在する街を舞台とする「P2」のような作品ではなくとも、レイアウトマンは具体的な資料をもとに作業することで、そのカットの中に何かを発見し、その驚きを画面に伝える努力をするべきです。そういった作業の積み重ねによってのみ、世界に存在感を実現し、作品に重量感を与えることが可能となるのですから。

   角川書店刊(2009年10月30日第6刷)、『METHODS 押井守・「パトレイバー2」演出ノート』p.64

 『METHODS 押井守・「パトレイバー2」演出ノート』で、比較物との対比が難しい"飛びもの"がどこにいるのかの根拠として影をおとすことの重要性(と問題点)を説いた押井守さん。

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 かれが監督した、MiG-25亡命事件や『地獄の黙示録』的な異境の戦地での異様のにおいも残る*21動警察パトレイバー 2 the Movie』(1989)のヘリが高速で流れる都会の風景にしっかり落とされたり落としたりする影や、(前段で、東京へ侵入した国籍不明機の影を砂嵐をまじえながらくりかえしくりかえし報じるTVが並ぶ風景と――水面でゆれる魚じみた風景と――かさなる)ビルの窓ガラスの壁ひとつひとつにこまかに反射しゆらめかせる鏡像をみると覚える、戦争という状況がいまここの東京で起こっている実体感と非現実感。

 

押井 ほんとう。僕は、宮さん(宮崎駿)の描いたものをまねることで、レイアウトの試行錯誤を始めた。それに対して理論的な裏づけをしてくれたのが七郎さんなんです。それが分かってくると、宮さんの(だまし絵としての)嘘も随分、分かってきた。だから、僕のレイアウトは、宮さんのレイアウトと根本的に違うわけだよね。宮さんのレイアウトは、やっぱ絵面のレイアウトでさ、極論するとデザインなんだよ。

   スタイル刊(ANIEMSTYLE ARCHIVE)2008年9月3日第一版、押井守著・アニメスタイル編集部編スカイ・クロラ The Sky Crawlers 絵コンテ』p.395、小黒祐一郎(聞き手)「押井守アニメスタイル2.0」

 あるいは押井氏がその画面構成を「噓」「グラフィックデザイン」だと述べた宮崎駿氏。

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 かれが監督したの豚』(1992)の、青い暗闇のなか子どもたちが楽しく見つめる映画館のスクリーンに映されるアメリカ製だろうぬるぬるのカートゥーンの巨竜と悪役の豚そしてヒーローとヒロインたち、そして映画館のそとの霧深い早朝の薄闇のなか老人が目を凝らす窓の向こうで繰り広げられる、イタリアという土地とファシストそして豚と孫娘たちの、白黒と赤の二組の豚たちによるトンネルくぐりと長い尾をひいた飛行と飛翔へおぼえる、のほほんとしたほがらかさと手に汗にぎる躍動感。

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 機械につよい若者の助言によりロートルの豚が新技術をあやつることでトンネルをくぐり白波の尾をのばして空を飛び、いっしょに仕事をなしとげた同志として前後席でサムズアップを交わした頂点で見える朝日とそれを浴びてまばゆいばかりにきらめく機体や風防ガラスやメガネへ覚える、手ごたえと爽快感。

 バーの歌手ジーナの脳裏に突然よぎる、若き日にマルコ少年といっしょに飛んだ飛空艇から見た「疾走する水面 キラキラ光る波(トーカ光も効果的に使う)」*22や、飛び立つことに成功したマルコ少年が後席の彼女へとふりむくも、ふわふわのスカートがはためくのを見るや否や顔をそむけて桃色にそめるさまに覚える清涼感と郷愁。

 

宮崎 カプローニを登場させたのには、じつは面白いきっかけがあったんです。創業者の曾孫にあたる人が私達の映画の『紅の豚』を観て、「おまえ、もし要るならこれをあげる」って、一九三六年のカプローニ社の社史を送ってきてくれたんです。(略)翼が九枚もあってエンジンが八つ付いているっていう、ハッタリの塊みたいな飛空艇カプローニCa.60の図面も、さらにそれをつくる家庭も、写真とか絵がいろいろ載っていたんです。(略)あの飛空艇をつくっているカプローニの写真も載っていました。カプローニさん、ものすごくげっそりした顔で写っているんです。全然意気軒昂じゃないんです。「これ、ダメ」って顔に書いてある(笑)。つまりダメだってわかっていてつくったんだと思いました。イタリアは当時、民間航空が発達しなかったですから。(略)ですからカプローニ社は第一次大戦後、生き残っていくためにハッタリが必要だった。それであれをつくったのだろうと思うんです。「これで大西洋を越える!」なんていう嘘八百を並べてね。あんなもんで大西洋を越えられるはずがないんですよ。

   『半藤一利と宮崎駿の 腰ぬけ愛国談義』kindle版73%(位置No.2941中 2114)、▼第二部 映画『風立ちぬ』と日本の明日、「ハッタリ屋のカプローニ伯爵のこと」(略は引用者による)

 おなじ宮崎駿監督・脚本・絵コンテ作品のイタリアの飛行機でも、立ちぬ』(2013)の主人公・二郎の脳裏によぎるイタリアの山師じみた巨匠カプローニによる飛行機は、だいぶ様相がことなります。

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 視力のひくさを自覚した二郎少年が目をよくするため星空を見上げて、流れ星がカプローニによる飛行機へ変じたさいにおぼえる不思議な高揚{と、(上に挙げた『紅の豚ジーナが想起するさまの「ふつう」のオーバーラップと違って)顔だけが青空を透かし外界は暗く、そして顔の透け具合もまばらであるという妙な重なりかたにおぼえる微妙な気持ち悪さ}

 巨大な飛行機がこわれて空へ破片をまき散らし川面へ沈み、恥の証拠隠滅のためカプローニが記録フィルムをさんざっぱら引っ張ったあげくやはり川面へ沈める……というどこか牧歌的な失敗劇が、カプローニが白い水柱をあげさせるや否や、その上昇運動をひきつぐようにまきあがる火の粉煙と(障子などであろう)塵芥がとぶ、いままさに二郎青年が立ち会っている最中である関東大震災の暗く明るく毒々しい空へと場面がつなげられたときの不気味。

www.youtube.com

 『風立ちぬ』冒頭、二郎少年がのる夢の鳥型飛行機を「キラキラがおっかけてくる」*23川面のやわらかな輝かしさ(上のクリップで00:03)と。同じく「鳥」に付き添いそれどころかキラキラと別れてもなお離れることのない影の、手書き作画というだけでなくどうにも書き込みの単純化されたきらいのある*24舞台であろうとその起伏に合わせて細かく投影されるたしかな存在感*25

 自宅周囲の田園に伸びる小川を飛びおわるとともに手書き作画による背景動画もおわり、「鳥」が背景美術画を3DCG空間に貼り合わせた「本流」をとんでいくさいの、手書き作画と背景美術との書き味のちがいからくる違和感。

 本流の町には文明があり、黒い煤煙をかわして(雲のうえに落ちる「鳥」の影)女工たちに手をふっていた二郎少年は、直後(上のクリップここまで)、上空の雲ににじむ「あやしいゴミ」(絵コンテp.21)を確認、それが「爆弾虫」(絵コンテp.24)をたらふくかかえた鉄十字の飛行船ツェッペリンだとわかるや否やゴーグルをかけるも、視界が歪み苦悶してどうにもままならない。苦悶しているあいだに爆弾がおとされ「鳥」を粉砕され、翼をもがれた二郎少年はたんなる物理法則的必然として、列車が煤煙の尾を引きながら走る地表へ落下してしまう……

 この作品では主人公である二郎の夢のシーンと現実のシーンが頻繁に入れ替わるので、最初は差をつけた方がいいかなと思っていたんです。監督からは特にそういう指示はなかったのですが、(略)

 実際の映像を見ても、最初の頃は草が風になびく描写でも作画で見せていくという事で、わりと単純化された動きでしたけど、後半では撮影処理を加えて全体的に動くような表現になっています。つまり冒頭は漫画映画的に始まって、関東大震災を境に戦争に向かっていくという歴史的な流れも含めて、やはり物語が現実感をもった実写的な映像を目指す方向に進んでいったんですね。

   スタジオジブリ発行・徳間書店販売(2013年8月15日初版)、『THE ART OF THE WIND RISES』p.88、武重洋二美術監督へのインタビューより(略は引用者による)

 ……絵の描き込みや登場する事物が徐々に現実的になっていくこの夢は、『THE ART OF THE WIND RISES』で美術監督武重洋二さんが語った、作品全体をとおしたビジュアルの推移やらなにやらを先取りするかのよう。

 写実的でもその写実性が違和感となったりデフォルメが利いていてもそれが妙に生々しかったりする、美しくも業がふかくて居心地のわるい現実感と非現実感。

宮崎 ですから、主人公の堀越二郎は、時代の生臭さをニュースで聞いて知ってはいる。しかし、名古屋にいる一飛行機技師にとって、それは肉眼で見たものではない。彼は毎日設計事務所に行って、まじめに一生懸命仕事をしている。と、そういうふうに限定したんです。世界がいろいろ動いていてもあまり関心をもってない日本人。つまり、自分の親父です。あのミルクホールの給仕の娘がかわいいとか、今度封切された映画が面白いとかって言っていた人たちが生きていた世界。

半藤 当時日本人のほとんどは、そうでしたよ。それが持たざる国、日本の昭和なんですよ。民草は食うのに一生懸命。

宮崎 まさにほとんどの人が刹那的でした。それで、そういうふうに描くしかないと思ったんです。ドキュメントをやってくださる人はいっぱいいますから、それはお任せしておいて、ぼくはやっぱり親父が生きた昭和を描かなきゃいけないと思いました。

   文藝春秋発行(2013年8月20日)、半藤一利宮崎駿『半藤一利と宮崎駿の 腰ぬけ愛国談義』kindle版82%(位置No.2941中 2371)、▼第二部 映画『風立ちぬ』と日本の明日、「『風立ちぬ』の昭和史」より

 

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「あのバカは?」

「スピッグだよ」

 宮崎駿氏が対面できたことを喜んだモーリン・オハラ氏演じるミニーの呆れ顔とその"バカ"がじしんの夫だと気づくや否や車を走らせ追いかける姿(悪友の身をおなじく案じて車へ乗り込む男たちの姿も目に入らず車を動かすので、危うくかれらを落車させそうになる運転の荒々しくも楽しくなっちゃうエネルギー!)がわすれられないジョン・フォード監督ジョン・ウェイン主演鷲の翼』(1957)

 そのバカな"スピッグ"――飛行経験時間11秒の若き飛行機乗りフランク・"スピッグ"・ウィードが駆る水上複葉機があげる、赤子のよちよち歩きのような波しぶき、作業員が驚きのあまり線路下の水面へダイブする列車や、軍の将校とその家族がパーティ中の邸宅の屋根(やレンガの煙突庭の芝生に落とす影(地面に伏せ逃げる人!)や翼のもげた機体に受ける木々の木漏れ日パーティドレスの女性たちやパラソルが鮮やかに反射するプールにランディングして巻き上げる白い波と水しぶきなどなどを見るとおぼえる、ハラハラ・ドキドキ・ワクワクのサイレント映画の喜劇活劇的な高揚。

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 まさしく「幌馬車に座っていたジョン・ウェインパイロットに変える」という共同脚本家が『トップガン』にかかわった最初に想定しただろうような興奮から一転、作家へ転向するもまた軍へ復帰した老ウィードが艦橋から見送る(おそらく現実の戦争の記録フッテージの引用だろう)、不時着した墜落機体を捨ててダイブするパイロットや、塔にぶつかり(地面に伏せ逃げる軍人!)翼をもげ胴体を分裂させつつなんとかこなされた「"制御された墜落"とはこういうことか」と納得してしまう空母甲板へのランディングなどなどを見ると覚える現実の戦場のグロテスク。そして……

「あれは俺の仲間だ 驚かせてやろう」と低空飛行して友人を驚怖の顔でふりかえらせた青春時代のように、老いた現在でもなお「9分56秒 10ドルは私のものだ」と友人を笑顔でふりかえらせるやりとりをしてみせるなど……

 ……混沌として無意味で制御しようのない過酷な現実のなかでも、なんとか自分たちのできる限りを尽そうとする、自分たちの物語として描こうとするたのもしさといじらしさ、居たたまれなさや居心地のわるさなどの混在した妙な感覚。

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     ○閑話休題トップガン』の飛行機がまとう光

 『トップガン』の戦闘機が飛行することでうつしだされる官能的な影や光、あるいは煙も、上にあげたさまざまな作品とおなじく、創意が発揮され独自の魅力をゆうした素敵なものだとぼくは思います。

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 訓練課程も折り返しをむかえた19戦目(0:55:44~)マーベリック組とハリウッド組2機vsジェスターとバイパー教官2機、マーベリックがバイパーを追いかけることとなる発端もすごい。{0:57:19(上のクリップで00:00、冒頭のショット)

 岩山のかげへとむかうバイパーの機体に、日の光の筋がスポットライトのようにかさなり付き添って、機体が消える。岩陰にかくれたからではなく、光に白んで見えなくなったがために消えるのだ……なんという詩情。

 『トップガン』の飛行シーンは、その振り付けも映しかたも、ロックで鮮烈なのでした。

 

   ▼ロックないでたちのアナリスト;スタジオにも"レッグス"本人にも駄目だしされた"チャーリー"のストッキング

 ロックな対象は、パイロットや空戦だけに限りません。

 さて映画の脚本執筆段階から海軍将校がテクニカルアドバイザーをつとめ製作にチェックや協力が入ったことで意外なところのリアリティが確保されています。

 たとえばヒロインであるシャーロット。

 天体物理学の博士としてトップガン養成課程に民間から招聘された講師である彼女は、『People』誌に掲載されたAlan Richman氏による1985年8月5日の記事「Air Warfare Expert Christine Fox—Fighter Pilots Call Her "Legs"—Inspires the New Movie Top Gun」いわく、初期の台本では情熱的な体操選手(体育教師?)だったそう。

 それがプロデューサーたちもあつまっての会議に、提督がクリスティン・"レッグス"・フォックス氏を呼んだことでキャラクターが刷新された、とRichman氏は報じています。*26

 シンクタンク海軍分析センター(CNA)所属の研究者であるフォックス氏は当時、ミラボー海軍基地(=映画『トップガン』の主要舞台でもある)で戦闘機や早期警戒機E-2Cの戦術分析しサポートするなどの業務に従事しており、のちにアメリカ国防副長官をつとめました。

 映画のシャーロットは将校クラブに顔を出し、呑み騒ぎするためでなく技術的な相談ごとについて話し合っていましたが、じつはこれもフォックス氏が当時していたことだったそう。

 "レッグス"(脚)というニックネームは当時の空気がうかがえて興味ぶかい。

 サンディエゴにあるミラマー海軍航空基地の戦闘機パイロットはその音を聞くと厳戒態勢にきりかわる。クリック。レーダー操作員は目を閉じて耳を澄ませ、近づいてくるものを正確に把握しようとする。クリック。クリック。

  When the fighter pilots at Miramar Naval Air Station in San Diego hear the sound, they snap to full alert. Click. Radar operators close their eyes and just listen, knowing precisely what is coming their way. Click. Click.

 廊下にハイヒール。ソニックブームよりやわらかく、F-14アフターバーナーより刺々しくない、6フィートのクリスティン・フォックス(30)の足どりは、それでも先制攻撃なみの衝撃をはこんでくる。

「わたしがくるのをみんなご存じなんです」フォックスはため息をこぼす。「だってわたしはここをヒールで鳴らす(クリックする)数少ないひとりなので」

  High heels in the hallway. Softer than a sonic boom, less penetrating than an F-14 afterburner, the footsteps of 6′ Christine Fox, 30, nevertheless carry the impact of a preemptive strike. “They always know when I’m coming,” she says with a sigh, “because I’m one of the few people around here whose heels click.”

   『People』1985年8月5日掲載、Alan Richman「Air Warfare Expert Christine Fox—Fighter Pilots Call Her "Legs"—Inspires the New Movie Top Gun」{邦訳は引用者による(英検3級)}

 マーベリックたち新たなトップガン候補にたいして、シャーロットがはじめて教壇にたつとき、格納庫の床を歩くハイヒールに大きくフォーカスされましたが、あれはこうした当時の空気を抽出し、わかりやすく象徴的にえがいたものなのでしょう。

 フォックス氏は最近の取材で、撮影現場に立ち会った当時の思い出をこう語っています。

 ケリー・マクギリスに撮影セットへ呼ばれて一度ちょっと相談を受ける機会がありましたが、ある種のコメディでした。『トップガン』を観たりあの映画について聞いたりしたなら覚えているかな、マクギリス演じるシャーロットが格納庫で歩くシーンがあって、彼女は黒い縫い目(シーム)のとおったストッキングを穿いているんですよ。

 その撮影現場に呼びだしたマクギリスは、わたしがやってくると自分の脚を突き出してこう言ったんです。

「このストッキングをこちらでお召しになって、ミラマーで働いてくださいませんか?」

 それに対してわたしは「ご存じのとおり、ここファイタータウンで黒いシームのストッキングを穿いて日頃から仕事なんて、わたしはしたことありません」。

「ほら言ったじゃない!」とマクギリスが言い、「なるほど、ぼくらは気にしないよ」と周囲。そんなわけでマクギリスは黒いシームのストッキングを穿き、わたしはその日格納庫でぶらぶらしました。この話はこれでおしまい。

  And I did get an opportunity, she called me over to the set once to to do a little consulting, which is was kind of funny. It was, if you've ever seen the movie for those of you who are listening who have seen the movie, there's a scene where she walks into the hangar, it's her opening scene, and she's wearing black seamed stockings. And, and so she called me over to the hangar where they were filming and I walked in, and she comes right up to me and she sticks her leg out and says, "Would you wear these stockings here, to go to work at Miramar?" And I said, "You know, I don't wear black-seamed stockings to work on a regular basis here in Fightertown." And she said, "See, I told you!" And they said, "And we don't care." And so she did her scene with her black-seamed stockings, and I got to hang out at the hangar that day. That was about it.

   『Military.com』2020年9月3日掲載、Hope Hodge SeckMeet the Real Charlie from 'Top Gun'」{邦訳は引用者による(英検3級)}

 リアルと創作とでよい綱渡りをしているとぼくは思ったんですけど、モデルとなった本人にとってはちがったらしい。

トニー・スコット監督

「思い切ってケリーにストッキングをはかせ――

 短いスカートに 化粧をさせた

 映画にロック調を加えたんだ

 スタジオは心配してた」

   トップガン』オーディオコメンタリー0:26:04

 それどころか映画スタジオにとってもやり過ぎと映ったみたい。

 トニー・スコット監督は『トップガン』撮影中3度解雇されたとオーディオコメンタリーで語っています。そのひとつが、シャーロットの人物像にまつわる演出でした。

トニー・スコット監督

「次に ケリー・マクギリスを美しく撮りはしたが――

 娼婦めいた感じにしてしまったのが原因

 会社は高いパンプスを没収し メイク係も遠ざけた

 私はケリーを地味めに撮ろうとしたが失敗

 撮り直すはめになり そのせいで再び解雇」

   トップガン』オーディオコメンタリー0:02:33

 

 ブウェイ123激突』公開時、『CINEMA BLEND』Katey Rich氏に取材されたトニー・スコット氏は『トップガン』製作当時をこうふりかえります。

 80年代の映画製作や映画産業のやりかたにノスタルジーを覚えることはありますか?

  Do you have nostalgia for the way films were being made and the way the industry worked in the 80s?

 80年代は一時代だったね。ぼくたち広告業界から来たよそ者の英国人みんなが批判されたよ――アラン・パーカー、ヒュー・ハドソン、エイドリアン・ライン、ぼくの兄*27――批判の矛先は、内容よりも様式(スタイル)だ。

 ジェリー・ブラッカイマーは、アメリカ映画の非常に伝統的で古典的なやりかたにひどく退屈していた。それとは違うものをジェリーはいつも探していたんだ。

  The 80s was a whole era. We were criticized, we being the Brits coming over, because we were out of advertising-- Alan parker, Hugh Hudson, Adrian Lyne, my brother-- we were criticized about style over content. Jerry Bruckheimer was very bored of the way American movies were very traditional and classically done. Jerry was always looking for difference. 

   『CINEMA BLEND』2009年6月12日掲載、Katey Rich氏取材「Interview: Tony Scott」(2022年6月15日閲覧)。翻訳は引用者による(英検3級)

 日本の映画オタクでトニー・スコット監督(作)をバカにするひとは、蓮見重彦御大らの熱烈な評価などで蒙を啓かれた今となってはわずかでしょうし、また映画オタクでなくても『トップガン』などの作劇について、ピーター・バーグ監督によるスポーティでロックな海戦映画トルシップ』が3億ドルの興行収入を得たり*28、ポップソングをふんだんに劇中へ取り入れたの名は。』(とくに影響がどうという話はありませんが、新海誠監督は『トップガン:マーヴェリック』に感銘をうけたツイートをされてましたね)が席巻したりなどしたとおり、違和感をおぼえるかたはやはり少数派なのではないかと思います。

 ただ21世紀初頭ではまだまだ「無視するかけなすのが映画評論家のデファクト・スタンダードである可哀想な監督」という扱いだったらしく、「広告映像的だ」「MTV的だ」として下に見る風潮は80年代当時であればなおさら強かったことでしょう。

 

 いまとなってはそうである意味など気にもとめず、「そういうもの」としてただのほほんと観てしまう王道(あるいは悪しきコカインロード?)となった様式やお話。

 そんなやりかたが、当時はプロパーもマスも拒否反応をしめすひとがままいる革新的な模索であったり、そして(誇張も創作もあるけれど)新進の存在をえがくために自覚的に取り入れられた意味のある様式であったりした可能性を、いま一度ふりかえり思いをはせてみることも、なかなか面白いことなのではないでしょうか。

 

 

 「あ~歴史的意義があるのはわかりました。聞きたいのは"面白いかどうか"なんですけど?」

 ここまで読んでくださったかたのなかには、がっかりされているかたもいることでしょう。

「あ~……歴史的意義があるのはわかりました、でも歴史のお勉強がしたいなら歴史書をひらきますよ。

 "まっさらの新作としてこれが公開されたとしたら、それでも面白いと言える出来ですか?"

 って疑問になんも答えてくれてなくないっすか?」

 たしかに!

 いま観ても面白い、地上シーンと空のシーンとが重ね塗りしあう厚塗りの立派なメロドラマですよ『トップガン』は。

 「こんなもんか」と思ったお気軽な作品なのに、観直すと「こんなにも」とびっくりした作品でした。こんなにも重たい作品だったのかと。

 じっさい軽いですよ。バドワイザーくらいに軽い。

 でも重いんですよ。すくなくともコップ一杯の水くらいには重い。「いや重くないじゃないすか」って? いやいやそれがどれほど重いことか、丹念に描きだした映画だとぼくは思いました。

 

 答えてないといえば、最初に引用した批評をぼくがどう読んだかも触れてないですね。

 かれらの見た『トップガン』は、ぼくが見た『トップガン』と本当におなじ作品なのか? 疑問に思ってしまった、というのがその答えです。

 とくに『GQ』ハリス氏によるコラムは粗いうえに悪意があるなぁと思えてなりません。

 『トップガン』のどこに”白くきれいな浜辺”なんて登場したんでしょう?

 "ジーンズを穿いてビーチバレーするトム・クルーズ"のどこにおかしなところがあるんでしょう?

 

 

 地と空とで重ね塗りされるメロドラマ、見つめあう二人をなおも分かつ光のゆらめき、理性と本能の追いかけっこ;トニー・スコット監督らしい瑞々しい一作

  空と地で重ね塗りされるメロドラマ
   ▼いやこれ全然ワイワイ享楽的じゃないよ!?;孤立を浮き彫りにするビーチバレー

 ということでトップガン候補生たちが上半身裸になってビーチバレーをするシーンの話をします。

 日本語圏のメディアの最近の記事でも「享楽的なシーン」と評されたり、監督いわく英語圏のとある雑誌で3年連続「好きな映画のシーン」に選ばれたりしたあれで、

「『トップガン』といえばコレ!」

 って感じで切り抜かれがちな、ウェイウェイとした陽気さがまぶしいスポーツ模様ですよね。

 メジャーな映画雑誌への寄稿経験のあるNOBBON氏も『トップガン:マーヴェリック』との比較で「トム・クルーズの裸体を見せつける単なるサービスだった」と評すとおり作家の円居挽さんがリツイートされているあたり、氏も同意見とみなしていいんでしょうかね?)、享楽性以外はほとんど話題にされてない印象があります。

 あとは荻野洋一さんがRealSound映画部に寄稿した『トップガン:マーヴェリック』レビューで評したような「「チームを固める」ためにおこなわれる遊戯」という方向性がいくらかあるくらい。

 どう撮ろうか悩んだ結果、「脱いでもらってベビーオイルを塗ってもらえばいいんだ!」とひらめいた……てな具合で楽しげなトニー・スコット監督の回顧や……

リック・ロソヴィッチ(アイスマンの相棒、スライダー役の俳優)

「日が当たる場所を トニーが選んだ

 そこで砂だらけになって ボールを追いかけた

 僕は ヴァルの相棒という設定を強調するため

 肩を組んだり 親しげな様子を演出した」

   『危険な大空:「トップガン」の舞台裏』0:46:02(「彼らと ‐ 陸と海での撮影」16:02)

 ……バレーに興じたスライダー役の俳優リック・ロソヴィッチ氏の発言を聞くと、なおさらそのイメージが強化されますな。

 

 でもあらためて本編を実際みてみて印象がガラリと変わりました

 大枠としてはたしかにビーチバレーだけど、ほんものの浜辺や海の見えない基地敷地内の街なかという、屋外は屋外だけど四方に非南国の木や建物がみえる全く開放感のないところでやってる*29というロケーションにまず意表をつかれますし。

 もっと驚きなのはこのシーン、みんなで楽しそうにスポーツしていたなかで(とくに主人公のライバル・アイスマンとスライダーの二人組は、インタビューのとおり劣勢でも会話をかかさず仲良さそう!)、とにかく主人公マーベリックは腕時計をチラッチラチラチラ確認しそして主人公だけ試合途中でコートから外れていそいそと服を着て、相棒であり今回のバレーのパートナーでもあるグースの引き止めも適当に無視してジャケットを羽織ってサングラスをかけバイクで去ってしまう……

 ……という、主人公がいかにじぶんの欲を追求するエゴイストであるかや協調性のない一匹狼であるかを、ふるまいやら身にまとう衣服のちがいやらで示したシーンなのでした。

 バレーシーンでマーベリックがメインの被写体となる第一ショット(0:41:04)からしてそうなんですけど、スパイクを決めてグースとハイタッチを交わしても(0:41:22)次のカットでは時計を見る(0:41:24)という調子で、ハイタッチする回数(3回*30より時計を見る回数(4回*31のほうがおおくなる始末。

 

    ▽チャーリーを追う/バイパーを追う;ビーチバレーとその次の演習の相似形

 このシーンのあとに登場する直近の空戦(演習)がまたこの色味を上塗りしてくれます。

 冷静沈着に訓練課程をこなし成績一位(トロフィ)にもっともちかいアイスマンの背を追う、実習成績2位のマーベリック。教習も折り返しをむかえて、仲間の戦闘機とコンビを組んでのより実戦にちかい演習がついにきた……というのが、ビーチバレー後の直近の空のもようです。

 "ハリウッド"の僚機として後ろから「サポートするよ」と告げたマーベリックでしたが、トップガン初代盾(トロフィ)のベテランパイロット"バイパー"教官をおとすべく前言撤回、「離れるなよ」と引き止める後席の相棒"グース"の声も無視して、画面奥へ直進するハリウッドを尻目に「バイパーを追いかける」と天高く上昇してしまうのでした。

 記事の上方でもとりあげた、空飛ぶバイパー機に光が差したあの詩的なショット。そういえばあのショットがそうだったように、バレーコートを後にするマーベリックが向かう先も、(奥の道路を走る車のライトなんでしょうか?)光がなぜだかキラキラし始めるのが見える。

 

 陸地での主人公のエゴの強さからくる浮きぶりを映したら、つづく空の上でもまた主人公のエゴの強さからくる浮きぶりが如実となったシーンがくる。しかもどちらも相棒グースが仲介役として引きとめる姿や、マーベリックの独走を画面下から上へとすすむ上昇運動ととらえるショットがあり、マーベリックののぞむ視界のさきが光かがやきもする……

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 ……といった具合に、陸と空とのたちふるまいが輪唱的に重ねられていく、厚塗りのメロドラマが『トップガン』では随所に展開されているのです。

 

   ▼天地で向かい合うアクロバット飛行も単発の見世物じゃない;空と地で重ね塗りされるマーベリックらの危険な幸福

 ビーチバレーとおなじく「『トップガン』といえば」な冒頭の、正体不明のMiG戦闘機にたいしてマーベリックの駆るF-14が背面アクロバット飛行でおおいかぶさり中指を立てて画面の天地で向かい合う青空を背にしたイケイケのショット。

 これもそんな筆のたしかさを感じるすてきなショットです。

 また言いますが、そりゃ~今みると「合成感があるなぁ」とは思います。思っちゃいますよ!

 でもこのショットは、オープニングでかます客寄せのスペクタクルだけではなく、すでにマーベリックの空飛ぶ危険なロックスターぶりを端的にあらわしたアクションであり、そしてさらには、ほかと代替することが不可能な、作劇の重要な一ピースであることが観ていくうちにわかってくる。

 中盤、好意がつうじあったマーベリックとシャーロットが一夜をすごすシーンを見てみると、画面の天地で向かい合う鮮やかな青い夜のショットが登場します。

 そうして『トップガン』は、マーベリック(ら)の危険な幸せの絶頂を、空と陸とで重ね書きするのです。

 

  言動と顔と行動とがべつべつの色で塗られる、不穏で瑞々しい姿

「つまり前段でトスされた球が後段でサインどおりにずばんとスパイクされていくような、予想どおり/期待通りの展開がつづくってこと?

 それって退屈と紙一重じゃない?」

 上の感想を読むとそう思われてしまいそうですが、ことはそこまで単純じゃありません。

 きびしい縦社会である軍部のおはなしです、職場と私生活とで建前と本音とを使い分けたりする人はいるし。

 また同じ階級のひとであっても、MiG戦闘機と遭遇して背面アクロバット飛行をかますマーベリッククら主人公コンビがいる一方で、動揺して普段の着艦ができなくなるクーガーの両極端が同時にしめされた冒頭のとおり、そして中盤以降、マーベリックとグースが意見対立する姿が見られるように、エリートパイロットであってもその心理は一枚岩ではない

 

   ▼笑顔をうかべてもその下はばらばら
    ▽将校クラブの夜の飲み物

 記事はじめで引いたとおり、作家の佐藤哲也氏は今作を「最小限の人物関係が最小限機能する肉も皮も付いていないむき出しのプロットを短めのショットでリズムよくつないでいっ」た作品と評しました。なるほどたしかに筋書きはテンポよく刈り込まれていますが、しかしその場面場面で豊かな肉づけのなされた作品だとぼくは思います。

 たとえばビーチバレーのシーン。

 前述のとおりマーベリックの一匹狼ぶりが如実となるシーンですが、その特殊性は、一緒に上半身裸となってはしゃぎながらも、相棒の死角などでひとりだけ手元の時計をチラチラみたり、白シャツを着てジャケットを羽織ったりするという視覚的なちがいによって浮き彫りにされました。

 

 あるいは序盤の将校クラブの夜。

 右も左も白い軍服の男たちを明確に色分けする作劇の、なんと見事なことでしょうか。

ミラマーの水曜の夜は悪名高い

 そう有名でもなかったが "飲酒は12時まで"がルールだ」

   トップガン』オーディオコメンタリー0:21:08

「このシーン 酒をがぶ飲みだが――

 実際はもう帰ってるね 12時間後 搭乗するんだから」

「それに白は着ない カーキ色の軍服さ」

「まあ ハリウッド風だよな」

   トップガン』オーディオコメンタリー0:21:28

 テクニカル・アドバイザーの(元)軍人たちはツッコミを入れます。そここそがこの映画の腕のみせどころのひとつでしょう。

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 グラスタワーのきらめく中央のカウンターでマーベリックとグースは、バドワイザーの瓶をそれぞれ持っていっしょにラッパ飲みして馬鹿話に興じるいっぽうで、壁際の薄暗がりできれいなお姉さんと会話するアイスマンはサングラスをかけピルスナーグラス的な容器で無色透明の飲み物を呑んでいます。

 カウンタを横切りマーベリックらと会話を交わすスライダーが、グースらとは違う界隈のやからだとなんとなしに思うのは、無色透明の飲料のはいった背の低いロックグラスを持っているからなのではないでしょうか。

 三人に合流したアイスマンは、ここでスライダーとおなじロックグラスをもち、そして飲み干して去ります。かれに一テンポおくれてスライダーも酒を飲み干し、アイスマンと同じ方向へ去ります。ここではアイスマンとスライダーは同じ機の前席と後席とで乗り合わせるコンビなのだとのお話や、マーベリックとアイスマンの不穏なやりとりがなされました。

 

 シャーロットの将校クラブでの立ち振る舞いも興味ぶかい。

 一部の制作陣から「娼婦のよう」と評されもした彼女は、クラブのほかの女性と違って肌を露出しない上着をはおってジーンズを履いた装いをしています。

 そして彼女は手に持つものも、アイスコーヒーかなにかであろう暗い茶色の液体のはいった長いコップと異彩をはなっています。

 

 マーベリックとの会話を切り上げカウンタから離れた年配の男性のいる席についたシャーロットは、かれからアイスコーヒー的な飲み物を差し出されます。

 カウンタにのこったマーベリックは、「燃え上がった火をビールで消すかな」(0:24:23)とひとりごとを言ってバドワイザーをつかみます。

 ふたりのちがいは、なにより飲むもののちがいとして描かれています。

 お菓子研究家の福田里香さんが"フード理論"をとなえてロツキはいつも食卓を襲う フード理論とステレオタイプフード50』などの映画批評本をあらわして早10年。zzz_zzzzは不勉強なので、ラジオで福田氏が出演された回をいちどつまみ食いしただけでその詳細を存じ上げないのですが、ああいった見方が広く知られたいまこそ『トップガン』を再鑑賞する価値はありそう。*32

 

    ▽シャワールームで微笑みあう下、別々の首飾り

 会話や顔が向かい合っていても、顔の下はそれぞれ別々であるという様相。そうした隔たりがあらわである緊張感ある時空間は、飲み物ももちこめない裸のつきあいをおこなう場でさえ――「ホモ・エロティックなコマーシャル」と評すひとも一人や二人でないシャワールームでさえ展開されています。

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「おれの家族は君だ 信頼は裏切らない

 そう約束することとなった1回目とおなじく、というかそれ以上に19回目の訓練でもエゴイスティックな行動をとり、そしてさらには失敗してしまったマーベリック。

 第1回訓練では無線越しに事務連絡という具合に失策を指摘するだけだった/ロッカールームへ来ても呼び出しするだけだったジェスター教官から、第19回訓練おわりのこんどは他訓練生もあつまるシャワールームで感情ゆたかな叱責をうけ。1回目同様かれの危険性を忠告する(ただし今回のマーベリックは正対して言い返すことはできず、距離をとり背を向いて聞くしかできなかった)優等生アイスマンらが去ったあと、かれは相棒グースから声をかけられます。

アイスマンも”撃墜”された。勝負はまだ互角だ」

「おれはバカだった 2度としないよ

「わかってるよ わかってるよ」

   トップガン』1:00:40

 失意のなかでもやわらかい笑顔をうかべるグースになぐさめられ、もう一度約束するマーベリックですが、ふたりの表情は硬く、動きは重く、空気がわるい。

 そして横並びになって如実になるのは、コンビ芸で歌をうたったりなど一緒にぼんくらしているふたりが、それぞれのべつの信条をいだいた別個の人物だということです。ドッグタグを首から提げたマーベリックにたいして、グースが提げるのは十字架。

 マーベリックが自室でひとり物思いにふける夜の短いシーンをはさんだ直後、カンザス・シティ・バーベキュー・レストランでもグースの妻からバカな笑い話というていで更なる掘り下げがなされます。

 劇中の印象とはちがってふたりはいつも一緒にいるわけでもなく、グースが家族で日曜礼拝へ行っているいっぽう、マーベリックは若い子とデートに行っているなどしているそう。

 

 『トップガン』の会話劇は観ていてたのしい。

 冗談をまじえて楽しく笑いあっているように聞こえても、その顔の下で提げている首飾りや手にする飲み物がばらばらなように、それが本心とはまったく限らないから。

 

   ▼見つめ合うからこそ浮き彫りになるふたりの隔たり

 そんな読めない最たる存在が今作のヒロインで分析官のシャーロット

 上で話したとおりビーチバレーをマーベリックは早抜けするわけですが、じゃあそのあとどこに向かったのか? 彼女の家です。

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 基地敷地内の偽物のビーチとちがってシャーロットの暮らす家はどうでしょう、ヤシの木の列をはさんだすぐとなりに本物の海がきらめいています。Chip Proser氏による草稿的脚本だとこのくだりは、本物の浜辺ラホヤ・ビーチという同一舞台の両端でおこなわれるはずだったところを、完成版本編では「海の見えない基地敷地内の一角 ⇔ 海辺の家」に変えてコントラストを強くしたようです。

 座学の教室でシャーロットが、(知識や態度について講評・採点しているのかなという感じで)手元のバインダの紙へペンを動かしながら視線をあまり合わせず、生徒マーベリックについて棘のある話をしながら(まるで考査表であるかのように)渡したメモに秘密裏にかかれた私的な文面。

「あ~……遅れて、その……」

「あやまらなくていい」

「もしよければ、ざっとシャワーを浴びてきていいかな? 料理ならべるあいだ……」

「いいえだめよ。腹ぺこなの」

   パラマウント(1986年公開)、トニー・スコット監督「トップガン』0:43:40、吹替版セリフより{上映時間はitune版を参考にした(パラマウント ホーム エンタテインメント ジャパン『トップガン 3D&2Dブルーレイセット』に入ってた2D版の場合は、約5秒くらい引いてもらえると該当箇所になるんじゃないかって思います)}

 メモに導かれ来訪・入室をゆるされたマーベリックは、彼女から歓待を受けてサングラスをはずして笑みを浮かべます。

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「なに、歌はなし?」*33

 家にたどりつくもどこから入っていいかわからず周囲をうろちょろしていたかれが、シャーロットに室内から声をかけられ入室するさま。

 このふたりの関係は、その少しまえに将校のオフィスでパイロットとしての不出来を叱責され、「転職を考えよう TVでダンプ運転手の講習をやってるぜ」*34と相棒グースがうなだれる横で)ブラインドのかかった内窓ごしに視線だけ交わした将校のオフィスから進展が見られ。そしてさらには序盤の将校クラブで、(「パイロットなんだよね? 腕はいいの?「ああ」「よかった。なら歌手じゃ食べていけないって、心配することないわね」と別れた)シャーロットの後を追いかけトイレへ入ったのを確認したうえで無断で入り込んだくだりと好対照。やったねマーベリック。

 

 でも、微妙な倚音がそこかしこにある。

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 にぎやかな将校クラブでバドワイザーをラッパ飲みしていた彼は、ここではワイングラスを配されて。そして白い菱形格子のベランダのおしゃれな卓に向かい合って座ったふたりの顔には、それぞれべつの採光が落ちている。

 日陰の(で照明が安定している)マーベリックが見つめるさき、シャーロットの姿は(外の植物からの照り返しなのか?)緑がかった光で照らされたうえ、どこかでまわるファンの影が投影されてあやしく明滅しているのです。

「それからこう考えた。"そうよ、かれは頭のいいひとよ、招いた目的をはっきり言おう"って。

 MiGよ」

   トップガン』0:44:07吹替版

 彼女が興味あったのはじぶんではなく、じぶんが遭遇して唯一カタログスペックと異なる実態を知っているMiGの詳細である――それを聞いたマーベリックはうつむき、顔をあげ直すといつもの笑顔を貼りつかせている。

「すべて計算済みってわけか」

「ええ」

「ワインは忘れてるけど」

「ふふっ失礼」

   トップガン』0:44:42吹替版

 和やかな返しをし合いつつも――酌をしてもらい、グラスを一緒にかかげチンしておなじワインを呑み合いながらも(いっしょの飲食物を口にしてるよ、やったねマーベリック)――沈黙がいやな尾を引く。

 手にもったグラス同士のチンと鳴らし合わせるコンタクトをカッティング・イン・アクションとして時空間の連続性をたもちながら顔のアップショットを切り返しても、光のあたりかたは前述のとおり違えたまま……

 ……緊張感と親近感がのこりつづけるメロドラマが見事にうつしだされています。

 持てるものをなんでもつかう上昇志向の知的階級と、ぼうっとした現場主義の体育会系とによるヒリヒリする軍隊社会のサスペンスが。

 そして、一見やさしそうだけど自信満々で、独立独歩で突き進んでいけそうな凛々しい女性と、おなじく自信家でツンケンと独りで生きているけれど捨て犬のようにさびしげで愛敬ある男性とによるジリジリする恋愛ドラマが。

 

 『トップガン』の見つめ合うふたりの顔は観ていてたのしい。

 たとえ同じ飲み物を口にしあう切り返し構図であろうとも、というかだからこそ、それだけ近づいてもなお存在する、ふたりの距離のへだたりが浮き彫りになるから。

 『トップガン』は幸福でしたね。こういう映像をうつしだせてしまうクリエイターたちによる空戦なんです、そりゃあおもしろくないわけがないですよ。

 

    ▽目を合わせない、目を見せない

 こうした細かな境がさまざまある作劇に、『トップガン』のアイコンとなった小道具が一役も二役も買っています。

 ビーチバレーのシーンを何度でも観直しましょう。

 バレー中サングラスをかけていたマーベリックは、コートから離れて早抜けの準備をはじめたさい、一度サングラスを外して白シャツを着るとまたもう一度サングラスをかけ直します。

 つまり引き留めようとするグースと、サングラスごしに会話したわけですね。

 一方、早抜けして向かったさきでは、シャーロットに声をかけてもらい家へ入れてもらうや否やマーベリックはサングラスを外して会話します……

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 ……そんな具合にトップガン』は、場面やダイアログにあわせて細かく細かくさまざまなひとがサングラスや眼鏡をかけたり外したりする映画でもあるです。

www.youtube.com

 シャーロットがトップガン候補生一同へ初めて講義をおこなう格納庫なんてすごくって、まずマーベリック以外の全員がサングラスをしている状態からはじまります。

 背後からカツカツとヒールの音をひびかせ歩いてきた教官が昨晩ナンパした女性だとわかるやいなや、マーベリックはばつが悪い顔をしてサングラスをかけ(逆に相棒グースはサングラスをはずし)、そしてシャーロットがMiG戦闘機にかんするテクニカルな講義をはじめれば、サングラスをはずして「わたしがMiG-28と遭遇したときは」(0:26:58)と笑顔で異議を唱えます。

トニー・スコット監督

「3度目の解雇は――

 ヘルメットのバイザーを下げたせいだ

 バイザーに空や空中戦を映したかった

 だが主役たちの顔が見えない」

   トップガン』オーディオコメンタリー0:03:00

 トニー・スコット監督は、撮影中3度あった解雇の原因の一つをそう振り返ります。それでもなお完成版本編では、国籍不明機のパイロットがバイザーで顔を覆って、空を反射させているさまが確認できますが、これがはからずも空と地とに一体感のあるメロドラマの色をより濃くしているように思えます。

 つまり、腹に一物かかえてるひとは表情を読めなくさせるし、そうでないひとはちゃんと目を見て話そうとすると。

 

 映画中盤、デジタルデータで訓練の振り返りをする座学教室で、マーベリックの不手際が教官たちに指摘されるや否やアイスマンがサングラスを取ってにやにやしたり。

 作品後半でいちばん大きな声で口汚く口論されるシーンでは、その二人ともがサングラスをかけて至近距離でにらみ合ったりなどなど、挙げていけばきりがない。

 だって主要な登場人物のなかで、サングラスや眼鏡をかけてない人って少数派なんですよ。ジェスター教官、2シーンだけ登場するグースの配偶者やグースの息子、そして1ショットくらいの出番であるバイパーの家族くらい?)

 冒頭終盤の空母のスキンヘッドの将校でさえ老眼鏡をかけているし、中盤のミラボー海軍基地のあのコーヒーをこぼす将校だって、まぶしそうな管制室から陰った自室にもどってもなおサングラスをかけたまま教官へ怒鳴り散らしています。

 

     ○「父がミスなど…」/「本当にそうでした?」正反対に翻訳が分かれる多義的なマーベリックのことばとバイパーの多義的な顔

 このサングラスをかいした作劇は、バイパーの家に訪問するくだりで最高潮をむかえます。

 筋書きとしては年長者バイパーがまよえる若者マーベリックにたいして(父ならそうしただろう)道を指し示す……みたいな、まぁ王道っちゃ王道のハートフルなくだりなのですが。

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 サングラスをかけたまま家に入り物色するマーベリックが、壁にかかった古い写真に目をとめサングラスをはずす。すると家主であるバイパーが2階から降りてきて……というくだりからして良いし。

 そうしてあらわれたバイパーはもっとすごい。

 基地では見られないやわらかな顔をしたバイパーが、軍隊口調ではないやわらかな声を発するハートフルなダイアログの下! まるでリボルバーに弾をこめ中身を確認するみたく、サングラスを布巾でふいたり表裏を返す不穏な手つきがある。

バイパー「おやじさんと一緒に飛んだよ。VF51飛行隊だ、空母オリスカニーの。

 君はかれとそっくりだ。もっと良いところもある……悪いところもまぁ。

 生まれながらのクソ英雄とはあいつのことさ」

  I flew with your old man.VF-51, the Orlskany.

  You're a lot like he was.Only better and worse.

  He was a natural heroic son of a bitch, that one.

マーベリックだからあのひとは正しいことをなした

  So he did do it right.

バイパー(舌の鳴る音)……ああ、あいつは正しいことをした

  (舌の鳴る音) Yeah, he did it right.

   トップガン』1:21:54{邦訳は引用者による(英検3級)}

「だからあの人は正しいことをなした」

 口角をわずかに上げていたマーベリックが、バイパーから顔をそむけて真顔で言ったこのことばは、観直すとどうにも多義的に響いてくる。

 じっさい字幕版では「父がミスなど…」というボーイスカウト然とした素朴で純朴な父への信頼として訳され*35、吹替版では「本当にそうでした?」と皮肉っぽい疑問として訳される*36という、正反対の解釈となっています。{ただしマーベリックの吹替を担当した声優さんの演技は悪い意味で評判で、このセリフが意図せず疑問形っぽい発声になってしまっただけの可能性もある*37*38

 このやり取りのつづきは、家外へ出て、庭を歩きながらなされるのですが、玄関に吊られた植栽から顔を出したバイパーはいつの間にかサングラスをかけている。

 マーベリックとおなじくバイパーもまた、相応の死線をくぐり余人にわからない孤独を抱えた人間なのだということを、かれの手つきが、見せない目元が、言外につたえてくれるのです。

 

  ばらばらの者同士が歩調を豪快にあわせるきもちよさ

 それぞれが個をしっかりもったバラバラの人々だからこそ、そのよそおいやふるまいがシンクロしたときの気持ちよさったら、とんでもない。

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 とくに、さきほど挙げた明るく開けた格納庫での講義と対照的な、暗い密室でおこなわれたTACTS振り返り講義のくだり!

私達はTACTS射撃訓練場と呼んでいた。この場所には飛行機の行動を細部まで記録するシステム――戦術飛行士戦闘訓練システム――があるからだ。すべての飛行機には小さなポッドが取り付けられ、対気速度、高度、Gの値や目標追跡の形跡などシステムが要求する情報が送信されていた。TACTSは映画『トップガン』に出てきた動画ブリーフィングシステムで、初めて目にしたときはかっこいい装置だと思ったが、経験を重ねるごとに私はこの装置のありがたさを深く実感するようになっていった。

   『F-14トップガンデイズ: 最強の海軍戦闘機部隊』p.74、「4 戦闘開始」、空中戦闘機動で「毛玉」のように より

 昼の格納庫のなごやかなようすと違って、今回はシャーロットによるマーベリック批判がなされ、さらには(ライバルであるアイスマンコンビの片割れ)スライダーから「おまえほどガッツある男は見たことないぜGutsiest move I ever saw, man.」と耳打ちされて、それにマーベリックが口角をあげて頷いたりする辛い内容。

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「あなたの飛行にたいしてTACTSでおこなったわたしの批評は正しかった、専門家であるわたしの見解としては」

  My review of your flight performance in the TACTS was right on, in my professional opinion.

「聞こえないな」

  I can't hear you.

   トップガン』0:52:49

 厚く大きなメガネをかけてコーヒーあたりだろう何かを飲みながら教壇に立ち、そしてマーベリック機のふるまいをつよく批判し(、そしてメガネをはずして周囲に目を向け、ただしい模範飛行について講義し)たシャーロットは、教室から出るとそのメガネをはずしたいでたちとなり、マーベリックを追いかけます。そして「専門家としての」持論はあの通りだと主張します。

 教室のそとを歩くかれは逆にサングラスをかけ、そして教室では素直に返答し、あるいは物憂げに口をむすんだかれは、ここでは苛立ちを露わにして「きこえない!」とシャーロットを拒否します。

 直近の室内外におけるふたりのメガネ・サングラスの着脱差が面白いですし、追いかけっこがはじまる直前の視線の交錯もまた面白い。

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 将校クラブでの出会いの夜「アニマル・ナイト」は、シャーロットがじぶんから離れて年配の将校の側へ行き飲み物をもらうようすを、冗談言いながら遠目に見て、そして彼女がじぶんへいたずらっぽい笑みをわずかに浮かべながら退室したさい、彼女のあとについていく元気があったマーベリック。

 そんなかれが、このTACTSをふりかえる暗く理知的な場面では、年配の将校の側で飲み物をもってじぶんを詰問するシャーロットに対して硬い表情で重い口ぶりで返答し、そして彼女が眼鏡をはずしてこちらを見ても、目をそらしてサングラスをかけ足早に帰るくらいに余裕をなくしてしまう。

 そうしてマーベリックはバイクをふかして荒っぽく退場するのですが……

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 ……シャーロットがかれを追いかけていくところが『トップガン』の有数に弾けた展開。坂道を跳ねてすすむマーベリックの爆走にシンクロできる速度でシャーロットが追いかけていくんですよ。ここが楽しい。

 十字路の別車線いっぱいに走る車にことごとくブレーキをふませて慌てふかめすシャーロットの暴走は、トップガン入学をしらされ笑顔で飛行機と追走するマーベリックが、きらびやかな黄色い光が点々とならぶ道を走ったように輝かしく。そして空戦訓練初日から教官機を落としてウィニングランを決めることで、将校を慌てふかめし手元のコーヒーを台無しにしたマーベリックのように荒っぽくもあり。

 そして路肩に止めたマーベリックのすぐ後ろでおこなわれた、助手席側の車体を街路樹の葉をぶつけるほど荒々しいシャーロットの路上駐車は、(場面は前後するけど)教官機をねらった未来のマーベリックの戦闘機が増速して飛行機雲の渦を巻かせたように、浜辺の町の道にたまった黄色い砂を美しく舞い上げます。

 

 マーベリックは暴走運転した彼女へ怒鳴るのですが、そのさいサングラスをはずしもします。

シャーロット「ちょっと、わたしはまだ話を終えてないんですが、大尉。

 あなたの飛行にたいするわたしの批評はさっき言ったとおりで正しかった、」

 Well, I'm going to finish my sentence, lieutenant.

 My review of your flight performance was right on.

マーベリックあれが正しい?

 Is that right?

シャーロットあれは正しい。

 でも背中に隠したことだってある。

 わたしはあなたの操縦に本物の才能を見たの、マーベリック。

 でもあの場ではそんなこと言えなかった。

 あのTACTSの振り返りでみんなに見透かされるんじゃないかってこわかったの。

 ほんとうにだれにも知られたくなかったの、わたしがあなたに撃墜されたということを」

 That is right.

 But I held something back.

 I see some real genius in your flying, Maverick,

 but I can't say that in there.

 I was afraid that everyone in that TACTS trailer would see right through me.

 And I just don't want anyone to know that I've fallen for you.

      トップガン』0:53:24

 乱暴運転したさきでふたりは素顔で向かい合い、ようやく本心をさらすのでした。

 記事の半ばでもあげた、ふたりが天地で向かい合う夜は、上の会話を交わした直後のことです。

 ベルリンによる挿入歌が流されながら見つめあい触れあうふたりのようすを「pale(=生気がない)青白い」「they look like the stars of one of those sexy new perfume ads.=セクシーな新しい香水の広告にでてくるスターのよう」と述べたロジャー・イーバート氏の言はある意味正しい。

 だって、仕事をまじめにこなすふつうの常識人が、そこから踏み越え、危険な運転を楽しくこなすロックな若者とおなじ道をおなじ速度でたどったさきでのことなのですから。

 危うくも魅力的な追いかけっこのすえの青白くかがやく夜のひとときが、作品序盤のいちばん危うくてしかし魅力的なあの青空のひとときとかさなるような情景としてでてくることは、そしてそれ(ら)を広告的な既存の映画的手法ではない新しい文法で映し出すことは、この人物のこの人々のこの物語のこの映画でしか成立しえない、この作品ならではの命のふきこみかたなのではないでしょうか。

 

  暗部を重ね塗りされたときの重苦しさ
   ▼液体で塗り分けられた世界と物語の変遷
    ▽バドワイザーでバカ騒ぎしていた若者が、水さえ口にしなくなるまで;『トップガン』訓練時代の飲み物の変遷

 『トップガン』で印象的な小道具はなんでしょうか?

 乗り物? サングラス? 革ジャン? ドッグタグ?

 ぼくにとってはやっぱり飲み物など液体です。

 舞台や時分をあらたに移したあとの第一ないし第二ショットとして、飲み物を給仕するひとの姿がやたらと充てられていることに気づかされます。

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 映画前半でジェスター戦後にウィニングランをしたさい、マーベリックらが横切る管制塔の室内ショットが、将校がコーヒーを注ぐところから始まり。そして、その危険飛行にたいする説教場面の第二ショットとしてお盆に乗せたコーヒーを給仕する部下がでてくるところはつよく印象にのこるところですが。

 それ以外にも、序盤"将校クラブ"のシーンの第二ショットは、バドワイザーを持った赤く開放的なドレスの女性が、お盆に飲み物を載せてあるく別の人に笑顔をうかべてあいさつしあうというものですし。

 中盤グースがピアノを弾くダイナーカンザスシティー・バーベキュー・レストラン)でグース家族とマーベリック、かれとねんごろになったシャーロットが談笑する場面は、お盆にのせたバドワイザーをカウンターからテーブル席へはこぶウェイトレスの姿からはじまるし。

 後半マーベリックがうなだれる空港での第一ショットでは、お盆にのせたお冷をはこぶウェイトレスが横切るし、終盤バイパー教官の自宅をたずねた(第二ショット)マーベリックはまず水さしをもった奥方から「飲み物はなにかのむ?」と聞かれます。

 

 『トップガン』訓練課程とはなんでしょうか?

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 たのしく仲間とバドワイザーの瓶同士をチンとしながらラッパ飲みしていたり、クラブのカウンタでアイスコーヒーを飲む女性へ歌でアプローチをかけたりしていた若者が、空で360度はしゃぎ回って、お偉方が一息つくべく飲もうとしたコーヒーをぶちまけさせて衣服を汚させるレベルのバカ騒ぎをするも。

 騒ぎ過ぎて怒られた夜、コップを傍らにまじめに勉強してシュンとしたり、ロックグラスをもって優雅にほほえむ優等生へ好戦的な笑顔を向けたり。

 コーラを置きながらの座学の教室で女性教官から秘密のさそいをうけて、笑顔で約束の場へ行ったら、ワインを固い笑顔で飲んで苦汁を味わったり、メガネをかけコーヒーを飲む教官に公衆の面前で批判されたり。

 騒ぎ過ぎてまた怒られた夜、ひとり自室で水といっしょに物思いにふけり、かと思えばもう一度バドワイザーを飲んではしゃいでみるもカラ元気で。

 空で360度慌て回って、蛍光グリーンの液体を海へじぶんの衣服へぶちまけ汚す大失敗をおかしてしまう。

 大失敗のあとは、病院でためた水を、なにするでもなく手でいじいじと触ってうつむいたり。

 空港でどこへ行くでもなく水を頼んでうなだれ、心配して会いに来てくれた女性がじぶんと同じ飲み物をたのむも、けっきょく飲み物に口をつけさせないまま退場させてしまい、また水を飲むでもなくコップのフチを手でいじいじとさわってうつむいたり。

 しまいには何も飲まなくなるまでの過程。

 ……ぼくはそのようにまとめてみたい。

 

 バドワイザーで乾杯できたトップガン入学当初は、かれの飛行はあやういけれど善良でした。

「マーベリック、実に勇敢な行動だったなぁ

 だが君は着艦すべきだった。

 あの機は君じゃなく納税者の物だ」

 Maverick, you just did an incredibly brave thing.

 What you should have done was land your plane.

 You don't own that plane, the taxpayers do.

  0:13:53(吹替版)

 国籍不明機MiG-28へのアクロバット飛行と(相棒グースによる)ポラロイドカメラによる撮影(ショット)は、将校から発砲許可がおりず実弾を撃てないなか、それでもなお僚機をまもるためにおこなった弱者のそして洒落っ気のある一撃でした。

 燃料がのこるすくないなかでのタッチ&ゴーも、恐慌した僚機と並んで飛んでその着艦をたすけるためのもの。命の問題を金の問題にする将校の訓戒のほうがよっぽどひどく聞こえもします。

 

 管制塔の将校からコーヒーをはじけさせたのはご愛敬ですが、前段のジェスター教官との戦闘は、訓練とはいえまず敵機に後ろにつかれたのをアクロバットで躱して反撃に転じるという、正当防衛といえなくもないシチュエーション。

 

 でも、19戦目の演習はどうでしょう? 自室のベッドわきの机に水のコップを置いて、寝床であおむけとなって物思いにふけったあれは、そうじゃない。

 僚機を援護も前言撤回して拒否、見えない敵をさがして独走したことで逆にやられた愚行でした。

 

 お次の演習は? バドワイザーが至る所に配されたカンザスシティー・バーベキュー・レストランで、じぶんたちもバドワイザーを飲みあう歌いあった直後のあの演習は、海に沈んでおわったあの一件は、そのあと病院のトイレで水をため手ですくったり、水をがぶ飲みしたりするていたらくととなった例の一件は?

 マーベリック機の危険なチェイスは、グースもマーベリックとおなじかそれ以上にアイスマンをののしり熱くなっているせいで歯止めのなくなった空騒ぎでした。

 

   ▼甘っちょろい? 恐ろしい? 自分のせいだと思うのに、私人も公も科学もそうと認めてくれない宙ぶらりん

 プロデューサーは「アルマゲドン」「コン・エアー」「ザ・ロック」など、頭の悪い爆発アクション超大作ばかり連発して、私を含む一部の映画ファンから猛烈に嫌われているジェリー・ブラッカイマー。「アルマゲドン」で泣いている観客を見るたびに、不思議なことにトニー・スコットとのコンビ作・・・「クリムゾン・タイド」とか「トップガン」など・・・はそれほどひどくない、というか面白い。

   『SPOOK TALE』掲載、伊藤計劃氏による『エネミー・オブ・アメリカ』レビューより

 ジェリー・ブラッカイマー製作&トニー・スコット監督『エネミー・オブ・アメリカ』評で、のちに作家となった伊藤計劃さんはそう述べます。

 伊藤氏による『トップガン』の言及は、直近かつ直接的なものこそせいぜい”メカ、エロと当時の小中学生にはたまらない映画/いま見るとなおさらエロさがわかった”程度の他愛ないものですが、でも記事をごらんのとおりやいのやいの思いながら観たzzz_zzzzとしては、「氏が『トップガン』を面白いと言うのは、なるほど納得だな」とぜんぜん別角度から合点を受信してました。

 

「多分ぼくの責任だと思う。でも……どうしてあんな間違いをしでかしちゃったんだか、自分でも分からないんだ」

 I think maybe it was my fault. Nah. I don't know what the hell went wrong.

   トップガン』1:10:54{邦訳は引用者による(英検3級)}

 さてグースの例の一件について、マーベリックは自責にかられます。

 それと同時に、じぶん自身の不可解さにも戸惑います。

 

 年配の教官は、じぶんが仲間を10人なくしたこと(1:10:05)、マーベリックの失敗もよくある経験でしかないことを告げ、「忘れるしかないYou gotta let him go.(1:10:21、吹替版)「忘れるんだYou gotta let him go.(1:10:27、吹替版)と一度だけでなく複数回にわたって言い聞かせてきます。

「ねえ、証拠は全部見せてもらった。あなたの責任じゃない。あなたは悪くないListen, I've seen all the evidence, and it's not your responsibility. It's not your fault.(1:19:19。吹替版)

 恋人である知的な分析官もまた、あなたの責任ではないと述べます。

「あのひとはあなたと飛ぶのが好きだった。」(1:13:10。吹替版)

 夫を亡くしたばかりの相棒の妻もまた自分を責めない。

「あのひとならあなたがいなくても飛んだと思う」

 それどころか、じぶんの復帰を後押ししたりする。

「エンジン停止(ストール)を引き起こしたジェット・ウォッシュを認識ないし回避する方法はミッチェル大尉にはなかった。

 よって当査問委員会は7月29日の事故においてピート・ミッチェル大尉に過失はなかったものと判決。

 ミッチェル大尉の記録からこの事故は抹消。

 ミッチェル大尉の航空状況をこれ以上の遅滞なしに復元させるものとする」

 There was no way Lieutenant Mitchell could either see or avoid the jet wash which produced the engine stall.

 Therefore, the board of inquiry finds that Lieutenant Pete Mitchell was not at fault in the accident of 29 July.

 Lieutenant Mitchell's record will be cleared of this incident.

 Lieutenant Mitchell is restored to flight status without further delay.

   トップガン』1:14:24{邦訳は引用者による(英検3級)}

 海軍の査問委員会の見解でさえじぶんに責はないと言い、だから記録にも残さないのだと云います。

    ▽回るファン、横縞の黄昏;『トップガン』のぽっかり空虚で憂鬱な査問委員会

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 "飛びもの"の光と影がそうであるように、ひとこと"上層部から呼び出され責を問われる軍人"という場面にしたって、展開や描きかたが作品によって全然ちがって面白い。

 ヨナイ氏が原案記事「TOP GUNS」で話題にした上より永遠に』は主人公たちの駐屯地の一軍人としてしか生きられない性(さが)、駐屯地の腐敗や軍の建前と本音などを描いた閉塞感・虚無感のつよい作品ですが、そんな腐敗のひとりであるホームズ中隊長の顛末は勧善懲悪的でちょっと一息つける場面です。

 斜め掛けされた星条旗などがそよそよと揺れる指揮官室*39によびだされたホームズ中隊長は、じぶんが推すボクシング部への入部をこばんだ歩兵のプルーイットを虐待したことで「有罪」を言い渡されます。

「私が軍でまず習った事は 将校は部下を可愛がる事だ 君は忘れていたようだ 軍法会議が終わるまで 君を追放できないのが残念だ」*40

 検閲総監部からの報告書をうけとり、さらに自身の訓戒をのべる指揮官の眉間にしわをよせた顔は明暗こそつよいですが(影の向きを考えると、窓からの採光を想定したライティングととらえるのが妥当そうな一方で)、旗をゆらす窓にかかったブラインドの縞模様のない、ふつうの照明で照らされています。

「のがれる方法はありませんか」*41

 ホームズは最後にひとこと問い、「辞表を書いて今日の午後出したまえ」*42と返答をもらいます。不祥事にたいするダメコンを感じさせはしますが、観ていて不快感はない。というのも指揮官が「みんな 君が早く軍を離れるのを望んでいる」*43と〆め、観客の溜飲をさげるからです。

 「幌馬車に座っていたジョン・ウェインパイロットに変える」という共同脚本家が最初に想定したような作品であるところの海軍飛行機乗りの伝記映画鷲の翼』で陸軍人との売り言葉に買い言葉で暴走飛行、パーティの場へ不時着して大勢を危険にさらした主人公ウィードが提督らに呼び出された場面はどうでしょうか。

 海軍のお歴々の写真・肖像画が見下ろす一室は、カーテンは開けられて昼間の外界が見え、窓上方のシェードも黄色い生地を透かして明るい。舞台も査問もどこか牧歌的なやわらかさがあります。

「全部話したか?」「はい」「カースン君は海軍で一番のウソつきだね?」「はい…いえ…はい」*44メガネをかけた将校と親友ジャグヘッドの喜劇的なやりとりを終えたあと……

士官学校の成績も――戦争での功績も称賛に値するものだ それがぶち壊しだ」*45

「私が見せた 未経験の行為に挑む精神こそ 航空戦力を得るために必要なものでは?」*46

 ……白髪の提督らが入室・着席(提督が軍帽を卓上へひょいと投げ置きながら――ジョン・フォード監督作でよく見る動き!)してからなされるウィードへの査問は、かれへの叱責はほどほどに、むしろそれに対し直立して将校たちを見下ろしロマンチックな自論を力説するかれの勇猛をつたえるものとなっています。

 そしてこのシーンは、眼鏡をはずした神妙なおももちでウィードを見つめる将校たちから、虹をうかべた青い空と青い海をのぞむ自宅へウィードの妻ミニーが乳母車をおしながら帰宅する光景へオーバーラップされるという、なんともロマンチックなかたちで〆められます。

 それにひきかえップガン』の査問委員会はどうでしょうか。天井でまわるシーリングファンや部屋の隅の扇風機を画面内におさめて、ブラインドからの斜光がのびる部屋全体を――2.39 : 1シネマスコープサイズの広い画面に余白ができる、マーベリックの小ささ・孤立を――俯瞰する構図からはじまったショットは、そのままクレーンダウンして、影になったマーベリックを中心として回り込み、査問を読み上げる人々から目をそらし口をむすんだその顔を、汗だくの皮膚を、泳ぐ瞳を大写しにしていきます。

 高い壇上からかれを見おろす上層部は報告以外に私見はのべず抜き撮りもない。周囲の関係者は口述のレコーダーか何なのか、よくわからない筒で口を覆っていたり、サングラスをかけていたりして顔が見えにくく、漠然と不穏である。

 憎まれ役のホームズ中隊長とも主人公ウィードとも違って、マーベリックに返答の機会はなく、無言でただ退室する。見知った教官もそこへ立ち会っていたが両者がピントをともに合わせれる機会はなく、マーベリックの退室する姿は、ブラインドと一緒に投影される影としてのみ映される……なんとも湿度のたかい、孤独で物憂い様相となっています。

 

   ▼父がちっぽけな個として沈む;重ね塗りされた海という場の恐ろしさ

トニー作品には、実はスピルバーグの「母子家庭」並にわかりやすい同一モチーフが意識して選ばれている。あまりにわかりやすくて言葉も陳腐だから、語られるのもちょっと憚られるのだけれど、その程度のことすらだれも書いてくれないかわいそうな作家だから書いてしまえ。それは父子というモチーフだ。

トップガンからして実は父と子の物語だし、「クリムゾン・タイド」なんか露骨に擬似父子の物語だ。「エネミー・オブ・アメリカ」や「スパイ・ゲーム」は言うに及ばず。そういう意味では「リベンジ」「ザ・ファン」あたりはかなりグロテスクな物語なんだけど。

   伊藤計劃:第弐位相』2005年10月26日掲載、伊藤計劃「ドミノ」 より

 

「戯言だとおもって聞き流すなよ、異端児(マーベリック)おまえの家名(ファミリー・ネーム)は海軍にとって最高なわけがない。おまえはほかの誰よりも優秀で清廉な仕事をせにゃならんのだ」

 And let's not bullshit, Maverick, your family name ain't the best in the Navy. You need to be doing it better and cleaner than the other guy.

   『トップガン』0:14:29

 映画冒頭、国籍不明のMiG-28との接敵事件でマーベリックがみせた曲芸飛行そして着艦命令無視をとがめる怒声のなかで将校はそう述べます。

「マーベリック? 母親に嫌われたかなにか?」

   『トップガン』0:23:17(吹替版)

 将校クラブで自己紹介をうけたシャーロットはそう訊き返します。

「うん、まぁ、つらいのはわかるよ。やつらはデューク・ミッチェルの息子だからって士官学校入学を認めなかったし、おまえはあのうわさを背負って生きてかなきゃならないし」

 Look, man, I know it's tough for you. They wouldn't let you in the academy because you're Duke Mitchell's kid and you have to live with that reputation. 

「でも、いっしょに空を飛ぶと毎度おもうんだよ、おまえはまるで亡霊相手に戦ってるみたいだって」

 But it's like every time we go up there, it's like you're flying against a ghost.

   トップガン』0:38:20{邦訳は引用者による(英検3級)}

 教官のひとりジェスター機をたおすためにした下限高度をやぶってまでの攻撃と、管制塔へのあいさつについて訓戒をうけた夜、マーベリックの自室をたずねた相棒グースはそう言い、かれはこう返します。

「ぼくの家族はきみだけだ。もう失望させない。約束するよ」

 You're the only family I've got. I'm not gonna let you down. I promise you.

   『トップガン』0:38:44{邦訳は引用者による(英検3級)}

 そして本編で次に映される空戦シーンでさらなる失望をさせてしまったマーベリックは、自室でひとり、サイフに忍ばせた父との写真を見つめることとなります。

https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/z/zzz_zzzz/20220710/20220710154735_original.jpg

「くさいうわさもあるよ……あのひとがやらかしたって。ありえない。ぼくの父は偉大な戦闘機乗りだった

The stink of it was, he screwed up. No way. My old man was a great fighter pilot.

   『トップガン』0:46:27{邦訳は引用者による(英検3級)}

 (民間からの研究者である)きみは危険視するけど政府はぼくのことを信用している(だからトップガン訓練課程に呼ばれているんだ)といたずらっぽく笑えたころのマーベリックは、海ちかくにあるシャーロットの家に呼ばれ、白い菱形格子の柵にかこまれたベランダで身の上話をしたさい、彼女のほうを向いてそう言えました。

 

「だからあの人は正しいことをなした」

 海に消えたF-4戦闘機乗りの父、軍事機密のヴェールで覆われた「生まれながらのクソ英雄」の最期は、はたしてほんとうに正しかったんだろうか? 「そっくり」であるらしいじぶんが海に沈めたグースの例の一件とおなじく、お国が隠したくなるほどの、たんなる愚かなまちがいだったんじゃないだろうか……

 ……海をのぞめる立地に白い菱形格子の柵をかまえたバイパー教官の家で、教官に背を向けて言ったマーベリックの言葉は、再鑑賞したぼくのなかではそのように響きました。

 

 冒頭、クーガーがコクピットの家族写真を赤い非常灯でそめながら恐慌をきたした/「妻子を残して死にたくない」と除隊を決めた海上、マーベリックが亡くなった家族の話をしたシャーロットの家、グースが妻子を残して逝った海面、マーベリックが亡くなった父の話をしたバイパーの家。

 トップガン』に登場する海はムーディで開放的ですね。ですがそれ以上に、個人も――一家の大黒柱である父も――船も見えなくなるほどちっぽけに埋没させてしまうほどぽっかり漠然とだだっ広い、死のにおいがただよう謎の場として静かにたたずんでいるのです。

 

   ▼回るファン、横縞の黄昏;厚塗りされた『トップガン』の虚無
    ▽今作の実存の不安は『虐殺器官』にもつうじる、というかそもそも……

 『トップガン:マーヴェリック』が評判になるにつれ、

「最終目標(=クライマックスの実戦予定)を提示したうえでそれにむかって物語を積みあげていく(=訓練をかさねていく)、そして明確で強固な葛藤構造のあるストーリーラインによるキャラ同士のドラマがあった続編とちがって、第一作『トップガン』にはそれがない」という声もまたよく耳にするようになりました。

「でもそれは、作り手の技術が足りなくて意図せずそうなったわけではないよな」

 とzzz_zzzzは観なおして強く思いました。

 

 『トップガン』って、「亡霊の乗り手(ゴースト・ライダー)」という編隊名で仕事したり個別では「はぐれ者の若牛(マーベリック)」と呼ばれたりする若者が、将校からも恋人からも相棒からもそんなマネをしでかすのかと咎められ、あげく「どうしてそんなことをしでかしたのか自分でもよくわからない」と言ってしまうような、危険な飛行をなぜだかしてしまう映画なんですよね。そして、はじめは魅力的だったそのマーベリックの、負の面や理由(のわからなさ具合)が徐々にあきらかとなり、マーベリックも批判の声を躱しきれず自問せずにはいられなくなっていく……そんな過程が丁寧にえがかれています。

 マーベリックの危険性が単なる直すべき悪癖であり、勧善懲悪の成長譚だったら話は楽です。でもそうじゃないらしい。

 マーベリックがおこした最大の失敗について、初代トップガントロフィを獲得したベテランの教官は、「軍で生活していれば二ケタ単位でよくあることだ」と言い。好意にほだされずかれの行動についてプロである自分の知見にもとづき全否定してみせるなど、恋人であるまえに独り立ちした専門家である、最新デジタル計測・演算システムTACTSのアナリストが、「あなたに技術的な落ち度はない」と言います。私的なふるまいとしても「故人だって同意のうえでそうしただろう」と遺族が言い、公的なふるまいとしても「間違いはなく、即座に職場復帰できるものだ」と査問会が言います。

 わからないなりに、「ぼくのせいだ」とマーベリックは思います。でも、どんな立場の他者も「あなたのせいではない」と返してくる。

 じゃあ感じる必要のない責任を、それでもかんじるこの「ぼく」の存在理由って?

 カタログスペックや思考ではなくじぶんの体験と感覚を信じる直感派だから、シャーロットや査問委員会の言う科学的な検証はマーベリックにはとどきません。

 家族で礼拝にいく友とちがって不信心者だから、マーベリックは宗教的な許しや罰にたよれません。

 尊敬していた父も指針にできません。じぶんのふるまいのせいで本当に尊敬すべきかわからなくなってしまったから。

 このカウンセリングは、その手法や内容ではなく、存在それ自体によって、いま確実にぼくの存在理由(レゾン・デートル)を脅かしていた。

 胃のあたりに、名状しがたい不快感の塊がわだかまっている。

 これから先の戦場で、ぼくは自分自身の動機を信じられるだろうか。大義でもなく、家族愛でもなく、ましてや報酬でもなく、ただ戦場という圧倒的な現実の中で生き延びること。本能に対して純粋な獣たちには存在しない、人間ならではのそんな倒錯した動機ではあっても、軍隊にいれば愛国心や同胞愛といった言葉で目隠しをして、自分自身に嘘をつくことができる。

 しかし、この殺意が虚構だったとしたら、ぼくの殺意でなかったとしたら、僕は罪を失ってしまう。生の実感を得る受け入れた罪がぼく自身のものでなかったとしたら――そのとき、ぼくの「生の実感」のすべては嘘でしかない。

 お前が殺したのだ、と誰かに言ってほしい。

 このカウンセラーではない誰かに、これは本物の罪で、本物の殺意だと言ってほしい。

   早川書房刊(ハヤカワ文庫JA)、伊藤計劃虐殺器官kindle版67%(位置No.4769中 3179)、「第四部」2 より

「軍事小説を求めていた読者の方には、そこが不評なんですが、自分では軍事モノを書いたつもりはあまりないんです。意識したのはチャック・パラニュークのような消費社会における成熟の不可能性をテーマにした作家。一般的には、たとえどんなに消費社会化が進行しても、戦場だけは、死というリアルを体験して成熟できる場所だと考えられている。だけど、本当にそうか? 人間の感覚や感情を管理するテクノロジーがある上限に達すれば、人間はやがて戦場でさえ、真の体験をできなくなるのではないか。そう思って、戦場でも成熟が不可能になる物語を描きはじめました」

    講談社刊、『小説現代07年10月号』p.495、「サブカルフロントライン」第15回、痛みも実感もない戦争に内省する戦士 より

 世界中で虐殺が止まらない。紛争の引き金となる武装勢力の親玉など「第一階層(レイヤー・ワン)」を暗殺することで混沌に歯止めをかけ平和をたもとうとするアメリカの特殊部隊員のひとりクラヴィス・シェパードはある日、ぽっかりあいた謎の空虚に気づく。こちらが突入したときにはすでにもぬけの殻だが紛争地にかならず出没する、謎の立役者がどうにも存在するらしい。クラヴィスは謎の同国人ジョン・ポールに近づくべくポールの元恋人へ身分を偽り接触。そうしてクラヴィスは、じぶんが仕事で殺した標的や、自殺した同僚、そしてじぶんが私服のまま「殺した」母、TVのまえでドミノ・ピザバドワイザーでだらだらすごせるアメリカについて思いを馳せる……

 ……代表作殺器官』のなかで、伊藤計劃さんは現代の諸相や当時話題にされていた「ちょっとさきの」将来をむかえれば起こりうるであろう「ぼくの存在理由」にまつわる不安をえがきました。

 理由ものこさず自殺した父。癌で亡くなった母/科学が発展したからこそはっきり白黒言えなくなった「生きているとも死んでいるとも言い切れない状態」となって、治療終了するサインをぼくが押した母。宗教対立を理由に虐殺をくわだてた他国の「狂信的な」テロリスト/なにか緻密な政治的検討や科学的計算などをしているだろう上からの命令を受けて、特殊部隊員であるぼくが殺したテロリスト。おなじように仕事に従事した信仰家のぼくの仲間、けっきょく理由ものこさず自殺した仲間。

 政府による(正しいだろう)命令をうけ、個人や兵器をRFIDタグで管理された戦場へ行き、個々人の脳内もまたテロリストや子ども兵士を平然ところすために心理学的・薬学的処置で調整管理されたぼくたち。それは各々が「正しい」と思うモットーをかかげて動く、ぼくらが倒すべき「敵」とどれくらい距離があるのだろうか? そしてバドワイザードミノ・ピザなどなど、タグづけ管理され産地表示もこまかくされたショッピングモールの商品やそれを(「まぁちゃんとしてるだろう」と信じるでもなく信じて、内実をさぐることなく)買い生活しているふつうの市民と、どれくらい距離があるのだろうか?

異国の文字は、ことばでありながらことばでない、と。それはテキスタイルと同じようなパターンや図像に近いわけですね」

「意味情報を消失しているわけだからね――正確に言うなら、ぼくらが意味情報を取得できない、ということだが。異国の文字でスクラブルをやったら、できあがったボードはほとんどアートにしか見えないだろうな」

   虐殺器官kindle版9%(位置No.4769中 399)、「第一部」4

 イスラム数学的で複雑な美しいタイルパターンが、シンプルな構造のこの空間をどことなく迷宮のように見せていた。これも理解できない文化コードから来るクールさの生み出す効果だろうか。ぼくは迷宮のより奥へ、より闇深き場所へと音楽に誘われて移動していった。

   虐殺器官kindle版14%(位置No.4769中 611)、「第一部」4

 この古さと曲がりくねった道、そしてカフカのイメージが、僕にこの街を迷宮のように見せているボルヘスが描いたラテン・アメリカ的なそれとは違う、ヨーロッパの青く暗い光にうっすらと浮かび上がる、冷たい迷宮に。

   虐殺器官kindle版36%(位置No.4769中 1680)、「第二部」6

病院はぼくを誘導すべき人物と認識してくれて、足許の床に誘導マーカーが現れる、床を池とした魚のように、黒いマーカーは病院の圧力抑滑素材の床面を泳ぎ、ぼくをICUのほうに連れてゆく。患者たちを誘導するマーカーで、病院の床面はにぎやかだ。

 すべてが見やすいように抽象化され、あらゆる場所に、それぞれの空間なり物体なりの機能が迷いなく判るようになっている病院の空間を、床面を這い回る記号に誘導されて歩いてゆく。夢のような匂いがかすかに、ぼくの意識を通りすぎていった。

 マーカーの誘導がなければ迷路のようだったろう、病院の複雑な構造のなかを歩いてゆくと、やがてICUに着いた。

   虐殺器官kindle版36%(位置No.4769中 1680)、「第三部」4

 スライスされた脳画像が、正方形の枠に収まって、診察室の壁を埋めつくすタイルになっている。四、五十枚はあるそれが壁面を覆っているさまは、大理石のテクスチャのようだった。

   虐殺器官kindle版36%(位置No.4769中 1680)、「第四部」2

 暗殺仕事でおとずれた紛争真っただ中のモスクも、諜報仕事でおとずれ身の上話をまじえた知的な交流をするプラハも、軍服をぬいだ母国アメリカやじぶんの母の頭のなかでさえも、どこもかしこもじぶんには意味情報を取り出すことができない異国のコードから成る迷宮や図像としてしか捉えられないクラヴィス

 伊藤氏の思索はもっと酷薄なかたちでありましたが、手ぶりで空の状況を再現していた直感派の『トップガン』の主人公が、TACTSによるデジタル時代の抽象アートといった具合の再現映像に手をとめ硬直し、そうした科学的見地からだけでなく現場のベテランからもじしんの価値観を否定され飛べなくなる過程は、『虐殺器官』の主人公がおちいる過程と多分に重なるものがあります。

 この二作が似ている、というよりも、参照元が共通しているということなのでしょう。

 

     ○「重力をだまし刃先でスケートする」草稿版マーベリックの飛行と「剃刀の刃の上を這うカタツムリ」カーツの夢・悪夢

 けれども、小説を素直に読めば、コンラッドが植民地支配を批判しようとしてこれを書いたのでないことは明らかなように思える。極端な言い方をすれば、リンゴを描いた絵をミカンが描けていないと批判しても仕方がないのではないか。

 この小説の魔力は、少なくとも私にとっては、あの実存的恐怖にある。虚空の中で孤独な宙吊り状態になれば、人間の魂はどんな奇怪なものになるかわからないという恐怖。そしてその奇怪なものになぜか心惹かれる自分を発見するさらなる恐怖。それはさまざまなイメージや観念を喚起してやまない。

(略)

 この普遍性ゆえに、さまざまな小説家や映画監督がこの小説に魅入られて、『闇の奥』とクルツの影がちらつく作品を生み出してきた。

 ウィリアム・ゴーフディングの『蠅の王』、フランシス・フォード・コッポラ監督の『地獄の黙示録』(これはまさに『闇の奥』の翻案なので当然だが)、ヴェルナー・ヘルツォーク監督の『アギーレ/神の怒り』。村上春樹の『羊をめぐる冒険』に『闇の奥』の影響があることはつとに指摘されているが、最新作の『1Q84』にもクルツとの対面に似た場面が出てきた。伊藤計劃の『虐殺器官』は『地獄の黙示録』経由のSF版『闇の奥』である。

   光文社刊(光文社古典新訳文庫、光文社電子書店2013年4月30日制作)、コンラッド(黒原敏行訳)『闇の奥』kindle100%{位置No.2665中 2634(176ページ中 174ページ目)}、「訳者あとがき」より(略・太字強調は引用者による)

 『虐殺器官』はコンラッド『闇の奥』の『地獄の黙示録』を経由したSF版ともたとえられる作品であり、伊藤氏が劇中に密林進行場面を(微調整のうえ)セルフ転用した氏の過去作ォックスの葬送』は、ベトナムの隣国ラオスの密林に「王国」を築いたフランク・イェーガーを暗殺すべく、盟友ジャックが独り潜入作戦にいどみ、密林のなかのアジアの石像などを横目にアメリカの矛盾に思いをはせる……という、より明確に『地獄の黙示録』をオマージュしただろう作品でした。

 『トップガン』は、記事のうえのほうでも引用したとおり、『地獄の黙示録』の空母版をやりたかったけど却下されて別路線へ舵をきった、という経緯が監督から語られている作品です。

 ドキュメンタリで笑い話にされるこれは、実はそんな即座に却下されたものではないらしい。たとえばChip Proser氏による草稿脚本をよむと意外なほど尾を引いていたことがわかります。

 氏による草稿脚本では、ベトナム戦争の記録フッテージをながしながらトップガン誕生までの過去の空戦史を振り返る講義シーンで、挿入歌として『地獄の黙示録』のドアーズの曲が指定されており。

 そして他の訓練生がビーチバレーをする隣でマーベリックがシャーロットと会話する内容は、かなりプリミティブで虚無的な死生観がかたられています。

59から61は削除

  59 thru 61 OMITTED

***

59A、ラホヤ・ビーチ‐日中

  59A.  BEACH LA JOLLA - DAY

 休日。パイロットは昼の浜辺を楽しんでいる。ビキニにビール、マンボウ水上スキー。年一のオーバー・ザ・ラインソフトボールの一種)大会も進行中だ。テディ・ケネディ・ダイビング学校のチームが所謂スカム・デ・テレ(大地の屑)をたたいている。非常にうまく息抜きをしている。

  A day off. Pilots, other personnel are enjoying a day at the  beach. There are bikinis, and beer, sunfishes and water skiing. The annual Over-the-Line (a variation of softball)  tournament is in progress. The team from the Teddy Kennedy Driving School is whipping another known as Scum de Terre.  The pilots are doing pretty well at blowing off steam.

 

59B、水中

  59B.  UNDERSEA

 波打つ海草。くぐもって響く波の音。愛らしい魚が視界にはいる。槍がそれを突き刺し、海底へくぎづけにする。
  Undulating sea grass. Muffled HISS of the surf. A pretty fish comes into view. A spear shoots through it, and nails it to the ocean floor.

 

59C、海岸線
  59C.  SHORELINE

 ふたつの人影が水面に浮かび、浜へ向かって歩いていく。マーベリックは身をよじる魚をつかんでいる。チャーリーは嫌悪する。彼女はシュノーケルとマスクを取り外して、海岸をあるくかれについていく。
  Two figures pop to the surface and wade in to the beach. Maverick holds the wriggling fish. Charlie is repulsed. She pulls off her mask and snorkle, follows him in to shore..

 

59D、浜辺

  59D. THE BEACH

 ふたりは腰をおろした。マーベリックはチャーリーのまえに魚を落とし、死にあえぐ魚を目にしたチャーリーの反応を見る。

  They flop down. He drops the fish in front of her, sees her reaction at watching its death throes.

チャーリー「なんでそんなことするの?」
            CHARLIE

Why'd you do that?
マーベリック(驚く)かけてみたんだよ」
            MAVERICK

(surprised)

I had the shot.
 チャーリーは少しの間マーベリックを見ると、顔をそむけ、マスクをいじる。

  She looks at him for a moment, then turns away, fiddles with 
her mask.
マーベリック「魚は死ぬ。ぼくらは生きる」
            MAVERICK

It dies. We live.
チャーリー「獣だよあなたは」
            CHARLIE
You're an animal.
マーベリック「そりゃ真実だ。そう言うきみは?」
            MAVERICK
That's true. What are you?
チャーリー「苦しむいきものを見たって私は楽しめない」
            CHARLIE
I don't enjoy watching things suffer.
 マーベリックは魚を岩にたたきつけた。魚が静かになる。
He smashes the fish on a rock. It is still.

チャーリー「いや!」
            CHARLIE
No!
マーベリック「これでもう苦しまないね」
            MAVERICK
It's not suffering anymore.
チャーリー(かれに奇異の目を向け、冗談半分で)残酷だよ」
            CHARLIE

 (she looks at him strangely,  half jokes)
 You're horrible
 マーベリック「きみはちがうんだね。冷凍ミートボールを食べるからか? (魚を置く) 生きものは死ぬ。きみが呼吸するたびに、きみは小さな生命体を百万単位で殺している。きみが食事をするたびに、なにかは死ななければならない」
            MAVERICK
You're not, cause you eat frozen meatballs? 

(he puts it down)

Things die. Every time you breathe, you kill millions of tiny organisms. Every time you eat, something had to die. 
チャーリー「これは殺す必要なかったよね」
            CHARLIE
You don't have to kill it.
マーベリック「だれかはやる。それが誠実なやりかただ。きみも自分の手を汚せよ」
            MAVERICK

Somebody does. It's more honest this way. You do your own dirty work.
チャーリー「ほかの人を殺すことをいつも考えてるの?」
            CHARLIE
You ever think about killing another human being?
マーベリック「かれらがぼくを殺すことを考えてるのと同じくらいには」
            MAVERICK

About as much as they think about killing me.

チャーリー「それがあなたの心配ごと?」
            CHARLIE
Does it bother you?
マーベリック「かれらはルールを知ってる……(チャーリーにとってきびしい話題であり、背を向けるが、マーベリックは彼女のそばへ寄る)これは取引だ。だからきみもここにいるんだ。あっちかぼくか。これが入場料だよ。(チャーリーがさっと離れる)それがきみの心配ごとだろ。なぜかって? きみもこの一部だからだ。(チャーリーはこわばり、マーベリックは彼女から離れる。かれは軟化する)誰だって死ぬ。多くのひとはなにかのために命をかけたりしない。きみは直視したくないだけだ、どうだ。きみはすべてクリーンにたもちたいんだよ、知的に……速度ベクトル、翼面荷重ダイアグラム……きみは一度でも上へ行ったことがあるか?」
            MAVERICK
They know the rules...

(this is too strong for her, she turns away, he comes around to her.)

That's the deal. That's why you're up there. It's him or me. That's the price of admission. (she draws away)

It bothers you, why? You're part of it.

(She stiffens, he's losing her. He softens)

Everybody dies. Most people don't get to die for something.You don't want to confront it, do you. You want to keep it all clean, cerebral... velocity vectors, wing-load diagrams...You ever been up?
チャーリー「飛行機で?」
            CHARLIE

Flying?

マーベリック「きみは物事から距離を置くことに頭をつかっている。ただただ身をまかせたことが一度でもあるか?」
            MAVERICK
You use your mind to keep things at a distance. You ever just let go?
 彼女は答えない。
  She doesn't answer.
マーベリック「ぼくが本当にこわいものがなにかわかるか? 長生きだよ。うしなうことだよ、髪を、歯を……度胸を、風を。そして脳みそを……。部屋で膝に手を置いて座って、昼間ずっとTVを見ることだよ」
            MAVERICK
You know what really scares me? Living too long. Losing my hair and my teeth...and my guts and my wind. And my brains...Sitting in a room with my hands in my lap, watching daytime TV. 
チャーリー「いま言ったどれも信じていないでしょ。あなたはじぶんが死ぬなんて考えてない」
            CHARLIE
You don't believe any of this. You don't think you'll ever die.
マーベリック「そうだよ、もちろん。飛んだ先で何かするとき、ぼくはだましつづけてるんだ、毎秒ね。ぼくはくつがえしつづける、すべての法則を……重力を……なんであれ。その刃先(エッジ)でスケートしてるんだよ」
            MAVERICK
That's it, of course. When I'm up  there and doing it, I'm cheating it every second. I'm subverting all laws...gravity...whatever. I'm skating the edge of it.
チャーリーウィンストン・チャーチル
            CHARLIE
Winston Churchill.

マーベリック「は?」
            MAVERICK
What?
チャーリー「かれはこう言ったの……"撃たれても無傷なほど爽快なことは人生にはない。"」
            CHARLIE
What he said..."There's nothing so exhilarating as being shot at without result."
マーベリック「たった一度の人生だ。だれもが等しく価値があるんだろう。きみは、夫に先立たれてしまった奥さんを見たことある? そして意味のない下り坂が何年もさきまで伸びているのを見たことは……。

 空のなかでなにか本当の危険をおかすと、将来が見られるんだよ……十秒さきくらいかな。それが全将来。空にいる限りにおいてはね。でもこの数秒の想像は価値がある」
            MAVERICK
All you've got is one life. I guess it's worth about the same to every body. You ever see an old woman after her husband has died? And the meaningless years of decline stretch ahead...  When you're in the air and doing something really dangerous, you can look ahead... maybe ten seconds. That's your whole future. That's as far as it goes. But imagine what those seconds are worth.
チャーリー「じぶんでじぶんを殺したいの? 逃してしまうものについて考えたらどう」
            CHARLIE
What if you kill yourself? Think of everything you'll miss.

マーベリック「ぼくが知らないものはいっぱいある……美味しいワイン……偉大な絵画……オペラ。長生きしたら、手を出すこともあるだろう。なにもしなければ、逃すこともないはずだ」
            MAVERICK

There is lots of stuff I don't know about...  Fine wine... great art... the opera. I guess if I live long enough, I'll get to it. If I don't, I'll never miss it.
チャーリー「それが勇気だと本当に思ってる?」
            CHARLIE
Are you really that brave?
マーベリック(首を横にふる)ぼくは自分の母の死を見た。癌だった。それについて長いこと考えていたんだ。おまえは死にゆくことへ同意したと周りは言う。もういないという事実をすぐに受け入れたと。ぼくは予期してなかった。母は……とても勇敢で……ぼくよりも勇気があった。空へ行けば、思考のための時間はない。失敗をおかせば、ただちに地面のしみになる。葬式の手配の単純化さ」
            MAVERICK

(shakes his head no.)
I watched my mother die. Cancer. She had a long time to think about it. They say you reach an agreement with death. Come to accept the fact that pretty soon you won't be here. I didn't see that. She... was very brave...braver than I am. You go up there, there isn't time to think. If you make a mistake, you're just a smudge on the ground. Simplifies funeral arrangements.
チャーリー「おぉ思ったとおりのひとだ」
            CHARLIE

It's just as I thought.
マーベリック「は?」
            MAVERICK
What?

チャーリー「あなたは完ぺきに狂ってるんだ」
            CHARLIE
You're totally insane.
マーベリック(笑顔をうかべる)どうもありがとうございます。(魚をもちあげる)心配してくれよ、これにしたみたいにさ?」
            MAVERICK

 (he smiles)
Thanks very much.

 (he lifts the fish)

Care for some suchi?.

59E、浜のもう片方の端‐遅く

  59E.  THE OTHER END OF THE BEACH - LATER

 バレーの試合が激しさを増す。マーベリックとチャーリーはそのまえをぶらつき、やわらかくおしゃべりしている。グースが駆け寄りマーベリックをつかんだ

  A killer volleyball game in progress. Maverick and Charlie wander toward it, talking softly to themselves. Goose runs up and grabs him away. 

グース「来いよ、つぎはおれらの出番だ」

           GOOSE

Come on, we're next.

マーベリック「は?」
            MAVERICK

What?

グース「来いって、6ドル稼げるかの瀬戸際なんだ」
            GOOSE
Come on, I got over six bucks on the line.
 マーベリックは顔をあげ別チームの男ふたりに目をやった。勝者がネットの向こうで待っている。もちろんアイスマンとスライダーだ。試合が即座に収拾つかなくなっていくのをチャーリーは座ってながめた。マーベリックとアイスは、ネットを挟んだ対角の前衛に瞬時についた。酒を飲む周囲は試合以上に堕落(?)してそれを眺める。マーベリックはチャーリーを一瞥した。かれは居心地悪そうだったが、もはや取り返しのつかない対立のなかへ引き込まれてしまっている。チャーリーは何も言わないが、気持ちは態度にあらわれている。

 試合に戻ろう:スライダーとグースは、互いの顔にスパイクを決めようとセットアップした。マッチポイントが中央に上がる。両選手が跳び、マーベリックはスマッシュ、アイスはブロック、しかしボールはアイスの前腕をすり抜けていった。マーベリックがアイスをはじめて打ち負かした時だった。マーベリックはチャーリーを見ると、彼女は海をじっとながめていた。彼女が振り返ると、マーベリックは試合をとつぜん切り上げた。周囲はもう一試合やろうと声を上げたが、マーベリックはこばんだ……。
  Maverick looks up and sees the other two-man team, the victors, waiting on the other side of the net for them. Of course it had to be Ice and Slider.Charlie sits and watches as the game gets immediately out of hand. In moments, Maverick and Ice rotate to forward positions directly opposite each other across the net. Other revelers turn to watch as it degenerates (?) to more than a game. Maverick glances at Charlie. He seems uncomfortable, but irrevocably drawn into the confrontation. She says nothing, but her attitude is apparent. Back to the game: Slider and Goose set them up, as they try to spike the ball in each other's face. The final point...up over the middle. They both go up, Maverick smashes, Ice blocks, but the ball sails away, off his forearm. For the first time ever, Maverick beats him. He looks over at Charlie, she is staring out to sea. She looks back at him and he's suddenly had enough competition. They call for another game, but Maverick turns away...

グース「さぁさぁ寄ってらっしゃい! 倍にするか無一文か……アメリカのみなさま12ドルでどうだ」

            GOOSE
Come on, come on! It's double or nothing.. We're talking twelve bucks American, here.

マーベリック「ぼくはもう充分だ……いまは」

            MAVERICK

I've had enough...for now.
 マーベリックはチャーリーをつかみ、そしてバイクに手をかけた……
He grabs Charlie and his gear..

マーベリック「来てくれ」
            MAVERICK
Come on.

チャーリー「どこへ?」
            CHARLIE
Where?

マーベリック「弾道飛行(バリスティック)はいかが?」
            MAVERICK
You want to go ballistic?

チャーリー「わからない。コントロールできないのは好きじゃない」
            CHARLIE
I don't know. I don't like being out of control.
 マーベリックが振り返ると、アイスがボールをバウンドさせてこちらを見つめていた。
  He looks back at Ice, bouncing the ball and staring at him.
マーベリック「しっかりつかまってくれ、そのうち慣れるよ」
            MAVERICK
Stick with me, you'll get used to it.

 

59F、屋外、砂漠

  59F.  EXT. DESERT

 バイクは時速130、140、150マイルと速くなる。チャーリーは動じない。マーベリックがふりむき彼女を見ると、チャーリーは笑顔をかれに返した。
  The Bike doing 130, 140, 150 mph. Charlie is unfazed. He turns to check her out, she smiles back at him.

   The Internet Movie Script Database掲載、Chip Proser『Top Gun』脚本より{邦訳は引用者による(英検3級)}

 シャーロットが映画オタクなら、空の上での感覚について語るマーベリックのことばにたいして、チャーチルではなく『地獄の黙示録』のカーツ大佐を挙げたことでしょう。

「私はカタツムリを見ていた

 カミソリの刃の上を―這っている

 それが私の夢だ それが私の悪夢だ

 ゆっくりと這ってる 鋭い――まっすぐな――刃の上を 死にもせず……」

   アメリカン・ゾエトロープ(1979年公開)、フランシス・フォード・コッポラ監督『地獄の黙示録』0:12:56、カーツ大佐の言

 上に挙げたシーンはすべて削除され別のシーンへと改稿されました。では完成版はこの陰をせおっていないのか? いや十二分に色濃いと、観直してぼくは思いました。

 

     ○子が謳歌するポップな空のロックンロールと、その父が消えたサイケな異境の"ロックンロール戦争"

トニー・スコット監督

ブラインド扇風機で 光の効果が出ている

 ミラマー基地の一画だが――あの時点で何かが始まった

 「ハンガー」的な絵作りを始めたんだ

 "ブラインドの時代"の始まり

 基地で見た扇風機から 私はその方向へ進んだ

   トップガン』オーディオコメンタリー39:57

 この発言にはよくわからないところがあります。

 前監督作『ハンガー』には扇風機なんてどこにも出てきません。

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 特殊部隊員ウィラードが、ベトナムの奥カンボジアの密林へ姿を消したアメリカ陸軍グリーンベレーのひとりカーツ大佐の暗殺を命じられたことで、題名のとおり黙示録的風景をめぐっていく『地獄の黙示録』は、ベトナムのホテルの一室で泥酔し寝転がっていた主人公ウィラードが、天井で回るシーリングファンから戦地のヘリコプターを重ね合わせ、ブラインドのかかった窓のそとをにらむところから始まります。

♪「これで終わりだ 美しい友よ  これで終わりだ ただ1人の友よ  築きあげた理想はもろくも崩れ――立っていたものはすべて倒れた  安らぎは失われ驚きは去って  もう二度と君の瞳を見ることはないだろう  心に描けるだろうか  限りなく自由なものを  あえぎながら見知らぬ人の助けを求め  絶望の大地をさまよう」

   地獄の黙示録』0:01:13~

 ヘリのローター音が楽器隊のひとつであるかのように結びついたドアーズの『ジ・エンド』を挿入歌として流しながら、酒におぼれ、別れをきりだした妻の写真を寝転がってタバコ越しにキスし……

いつになったらジャングルで目覚める  故郷(くに)へ戻った時はひどかった  目覚めた時の空しさ  妻にはひと言 離婚に"イエス"と言っただけだ  戦場では故郷を想い――故郷ではジャングルへ戻ることばかり考えた

   地獄の黙示録』0:04:35~

 ……と心のなかで述懐する鬱屈、そしてそう言いながらも(たとえば『トップガン』のマーベリックが自室でベッドに寝転がって亡き父との写真を眺めたりする姿などの憂鬱が、痛々しくもどこか魅力的であるように)美しくて気持ちよい退廃ぶりがすさまじい。

 『虐殺器官』のクラヴィスの見聞きする世界がどこもかしこもクールな図像じみた異国の迷宮であったのと同じように、『トップガン』のマーベリックの周囲の世界はこの記事でここまでに引用してきた画像でもちらほら窺えているとおり、どこもかしこもファンが回り、ブラインドの横縞の影がかかっています。

 バイパー教官がマーベリックの下限高度違反を説教した場では、窓にはブラインドがかかり壁際には扇風機がまわっており、生徒を退場させたバイパーが、じしんの戦友だったマーベリックの父について話すさい、ブラインドの窓向こうの遠くを見やります*47。ここはまぁ、ベトナムの思い出を共有する存在/『地獄の黙示録』の参照として妥当でしょう。

 それどころか、マーベリックがチャーリーと会話をかさねるもフられる将校クラブの女性用トイレでも(壁に扇風機ブラインドの影、彼女から専門家として戦術を糾され秘密のメモをもらう教室でも(無数の扇風機)、デート先である彼女の家の食卓でも(天井のファンの影が彼女の顔に)、そして……

シャーロット「あなたは髪を逆立てて、マッハ2で飛んでこそ、はじめて幸せになれるのよ」

マーベリック「いやそれは終わった、終わったんだ」

   『トップガン』1:19:53

シャーロット「遅かったみたい。あなたはもう居ない

   『トップガン』1:20:32

 ……と彼女と別れ話をする空港(壁ぎわに扇風機)でも、天井や壁際のどこかに扇風機がまわっています。

 

 ヘリコプターの回転も『トップガン』では大写しにされました。マーベリックが自責の念にかられたグースの一件のときですね。

 マーベリックが遺品整理におとずれ、(ウィラードがサイゴンの宿の部屋で別れた妻の写真を/カーツの部屋でかれの家族の写真や軍の勲章を見やり触ったように)自分たちが肩組みサムズアップした写真やドッグタグなどを見やり触るグースの部屋(回るシーリングファン)グースの家族がうなだれる待合室(ブラインド)、マーベリックが一件の沙汰を言われる査問委員会回るシーリングファンと扇風機ブラインド……と、集中的に登場するわけですが。

 そもそもグースの例の一件の最中からして、ジェットウォッシュで制動をうしなった戦闘機が高速で回転し、計器もあわせて回転していました。改めて見ると、これだけはげしい映像だというのに落ち着いて観ていられた自分に驚かされます。

 それもそのはず、360度回転する画面は、ここで初めて出てきたものではありませんでした。

 マーベリックがじぶんで好んでロールしたときにすでに味わった光景でした。

 つまり地獄の黙示録』で主人公ウィラードが見物し連想した異境の異様で虚無的な回転運動を、自発的にそういうアクションをおこす主人公マーベリックの身のうちにまで線を伸ばしてつなげた作品が『トップガンなのではないでしょうか。

そしてこれが監督二作目だったトニー・スコット(曰く「最初は空母の上で『地獄の黙示録』をやろうと思ったが皆に反対された」おいおい)。

   伊藤計劃:第弐位相』2005年10月22日掲載、伊藤計劃「トップガン:コレクターズ・エディション」より

 『トップガン』を空母版『地獄の黙示録』だと見なすひとは識者を含めてほとんどいません。ざっと見まわした感じ、この話は「実はそんな紆余曲折が」とツイートのネタにされるくらいなもので、重くとらえて具体的に検討されたかたは見当たらない。

 荻野洋一さんはReal Sound映画部に寄稿された『トップガン:マーヴェリック』評のなかで、『トップガン』が公開された前後の映画史をふりかえるさい、二作を対極に置きます

 尾崎一男さんは洋画専門チャンネルザ・シネマの公式サイトに寄港されたコラムで『トップガン』の制作背景をふりかえり。劇映画に通常もちいられる65mmフィルムではなくスーパー35mmを駆使することで実現した機内撮影に、今作が『地獄の黙示録』志向の「混沌とした戦争スペクタクル」だった痕跡を見ます。しかし、ストーリー面については見直し・検討がはかられたことが語られるのみ。

 作り手でさえ方向転換した、と言っているのですから、そう取るのがふつうでしょう。

「まっすぐな撮り方をしているが――空のロック・スターを描くこの映画に向いている

 ポップコーンを手に楽しむロックンロール娯楽作

 そのためにわれわれが採用したスタイルは妥当だと思う

 「ハンガー」ほど芸術的で奇妙ではないけどね」

   トップガン』オーディオコメンタリー0:40:23~

 さきに引用した『トップガン』の舞台にブラインドと扇風機を多用した話のつづきを監督はこう述べます。ここで、ぼくは戦争とロックンロールを描いたべつの映画をどうしても思い浮かべてしまう……

ジョン・ミリアス(『地獄の黙示録』共同脚本)

ベトナム戦争は時と共にサイケな戦いへと変化した 我々の文化が――東南アジアの土壌へしみ込んだ まったく異質のアメリカ文化が… "ロックンロール戦争"と言ってもいい」

   アメリカン・ゾエトロープ(1991年公開)、エレノア・コッポラ監督『ハート・オブ・ダークネス コッポラの黙示録』0:25:45(ジェネオン・ユニバーサル・エンターテインメント販売(2011年9月)、『地獄の黙示録3Discコレクターズ・エディション』Disc2、日本語字幕より)

 ……『地獄の黙示録』を。

www.youtube.com

ヴィットリオ・ストラーロ(『地獄の黙示録』撮影監督)

「フランシスは僕に言った "これはベトナム戦争のドキュメンタリーじゃない この戦争はショーだ アメリカ人ってのは――何でも派手なショーにしたがる 照明も音楽も全てが大掛かりで 戦闘場面にはワーグナーをかける ショーでありオペラだからだ アメリカ人の幻想を描いた映画なんだ"」

   『ハート・オブ・ダークネス コッポラの黙示録』0:20:21、日本語字幕より

 あの有名な、キルゴア中佐がサーフィンの場をもとめて制圧をかける『ワルキューレの騎行』を流しながらの侵攻などをふくめた『地獄の黙示録』の異様について、撮影監督のヴィットリオ・ストラーロ氏はコッポラ監督にこう聞かされたと云います。

 キルゴアの奇行にドン引きした主人公ら一行も、前段ではラジオから流れてきたロックバンド ローリング・ストーンズの『サティスファクション』を一緒に口ずさんだり川でウェイクサーフィンをして川沿いにいたベトナム現地民をことごとく驚かせてひっくり返させたりしているおなじ穴のムジナでした。

 『地獄の黙示録』にうつしだされる「ロックンロール戦争」な狂騒と、『トップガン』のロックを流しながらの離着艦や空戦シーンや、マーベリックが管制塔のお偉方を驚かせてひっくり返らせたり、その危険なマーベリックに感化されたシャーロットが暴走運転して別車線の普通車を驚かせ急ブレーキをふませたりする狂騒とは、いったいどれくらい距離があるでしょうか?

ジョン・ハム(『トップガン:マーヴェリック』サイクロン役)

「これこそが映画だという感じがした 夕方のシーンが多く 雰囲気が本当にクールだ」

   『「トップガン」の財産』1:33

トニー・スコット監督

「空母の甲板を捉えたこの冒頭シーンだが――

 私はフィルターをかけて スローで撮影しており

 芸術っぽくて 暗くて 難解な感じだね

 パラマウント側は ラッシュを見て――

 パニックになり 私にスロー撮影を禁じた」

   トップガン』オーディオコメンタリー0:1:38~

フランシス・フォード・コッポラ(『地獄の黙示録』監督)

「きみデニス・ホッパー氏が演じる報道カメラマン)はウィラードに詩の説明をするんだ、それによってカーツがじぶんの理解できる範疇にない存在であること、そしてカーツが奇人であることを示す。

  You're explaining the poem to him to indicate to this guy that he does not understand Kurtz, that Kurtz is a strange man.

 きみが表現しようとしているのは、カーツが黄昏の領域{トワイライト・ゾーン(訳注;「現実と幻想をわかつ状態」をさす語として1900年代から使われ=海軍で「光が届くぎりぎりの水深」としても使用=「水平線が見えなくなる高度まで下りた瞬間」をあらわす空軍用語として派生し=それを耳にしたロッド・サーリング氏が、怪奇SFドラマオムニバスの題名として使用。「光と影のはざま、科学と迷信の中間にあり、そして知性の山と恐怖の谷の間に横たわっているのです。この空想の次元」として説明される)}にいる存在だということであり、かれの黄昏の領域はわれわれの黄昏の領域でもあるということだ。

  What you're trying to express is that he's in  the twilight zone, that his twilight zone is our twilight zone.

 アメリカの黄昏の領域だ。

  It's America's twilight zone.

 だからきみはかれを裁こうとしない。

  So that he will not judge him.

   『ハート・オブ・ダークネス コッポラの黙示録』1:20:08、英語字幕より{邦訳は引用者による(英検3級)}

 ぼくが観直して思うのは『トップガン』ってかなり異様な映画なのではないかということでした。

 退廃性が漏れ出てたベトナム戦争ベトナム(やそのさきのカンボジアという暑苦しくエキゾチックでオリエンタルな異境だからこそ描きえた(受け入れられた)異様が、その子供世代に時代がくだるとアメリカ本国での日常風景となってしまった、だのに誰も気にしないという、はなはだしい虚無をとらえてしまった作品なのではないかということでした。

 

 『トップガン』の見つめ合うふたりの顔は観ていておそろしい。

 たとえ同じ飲み物を口にしあう切り返し構図であろうとも、というかだからこそ、それだけ近づいてもなお存在する、ふたりの距離のへだたりが浮き彫りになるから。

 そしてさらには、たとえおなじ照明で照らされて、その場その時は本音だと思えようとも、じぶんにもわからないなにかにかられて前言撤回・前々言撤回を平然としでかしてしまう、個人の無軌道な意味の分からなさが映し出されているから。

 それは芸術学校を出てアート映画『ハンガー』を撮って不評を買っても、いちど提案してプロデューサーに却下されても、スタジオから撮影中3度の解雇をうけても、なおも初めに想像した『地獄の黙示録』的な虚無と異様をにじませてしまったり、自分のやりかたを通そうとしたりしたトニー・スコット監督の意味不明さによるものはもちろんあるでしょうし。

 そしてなにより、トム・クルーズ氏の演じたマーベリックの不安定なたたずまいにもあるでしょう。

 

 『GQ』誌にコラムを寄せたマーク・ハリス氏は、『トップガン』がはしりである製品化されたシンプソン&ブラッカイマー式ブロックバスターの「作品に内的一貫性が欠けていることから、物語に信ぴょう性がないことから、人間が書けていないことから」注意をそらすための手口のひとつとして、「スター配役」を取り上げます。

 でもこれって『トップガン』にあてはまるんでしょうか?

 主演からして『卒業白書』がヒットした程度でしたし。舞台出身のヴァル・キルマー氏メグ・ライアン氏も映画出演はIMDbによればこれが3度目、これで顔が売れた掘り出し物でしょう。マイケル・アイアンサイド氏だって、軍服を着て基地をあるけば将校だとまちがわれて敬礼される程度に顔が売れてませんでした。

 そもそもみんなスターであったなら、日本語吹替だっていまのような固定キャストとなっていたはずじゃないですか。(「トム様の吹替といえば」な森川智之氏は、今作ではアイスマンの声をやっています)

 ケイル氏から当時の評では「ホモエロティック・コマーシャル」を彩る「パイロットたち」として複数形でくくられ、個別だと「幼い男の子のような声でしゃべり、筋肉を鍛えた愛らしい存在に見える」*48と言われる程度にすぎません。

 そんな、トム・クルーズ氏がぼくたちのよく知る「トム・クルーズ」として固まるまえの、どう転ぶかわからない不安定な魅力が、今作にはぎっしり詰まっています。

 

 トニー・スコット監督はオーディオコメンタリでトム様の魅力を語ります。「あの笑顔」と。

 けれどいちばん弁舌をつくすのは、グースの家族に会いにいこうとしてドアノブに手をかけるも開けきれず180度回って戸に背を向けてしまうマーベリックの姿が――記事うえでも取り上げたような戸のまえに立つマーベリック、という劇中なんどか登場した/そして『地獄の黙示録』の1シーンと並べたくなるシチュエーションでのたちふるまいが――かれのアドリブであったという撮影秘話についてなのでした。

 

   ▼空と地で重ね塗りされたランディング;黄昏どき、プールのある屋外で卒業式をおこなった凄味

 いろいろあったすえのトップガンの卒業式。

 ぼくはここに『トップガン』の凄味を見ました。

 映像特典のドキュメンタリの現実の軍人さんたちは室内の教室的な場でおこなっていた卒業式を、Chip Proser氏による草稿脚本でもウォーレン・スカーレン氏の草稿脚本第二稿でも屋内にておこなわれたこのシーンを、完成版本編では屋外でおこないます。

 

 日が傾き、式がおわったあとの宴の席。その楽しい時間をカメラはまず、お盆にのせたシャンパンをだれかが握るショットからはじめる……

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 ……これまで同様そんな筆致でこの映画はこの場面にも色をつけます。*49

 そして、宴のおこなわれているのとはプールを挟んだ逆側の空虚にふと、暗い背中があらわれる。

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 天井のファンが家主の亡くなった空間へむなしく風をおくるグースの部屋で見たのとおなじ、ブラインドがさがり横縞の影をつくりグースの遺族のうなだれる待合室で見たのとおなじ、あの暗い背中だ。マーベリックがやってきたのです。

 そしてかれは、プールを越え、じぶんが飲まない金色のシャンパンの領域へ、黒地に金の肩章が目立つ白い制服に身を包んだ人波へ、それでも踏み入れて行くのです。

 冒頭、日の暮れる海を越えて、ぽつぽつと白や赤、そして金色の明かりの灯る――そう、原案記事やメイキングドキュメンタリでテクニカルアドバイザーの軍人たち、脚本家が言う黒い海でも、白い灯りでもなく黄色い明かりの――空母へとなんとか着艦してみせたクーガーみたいに……でもかれとちがって、付き添ってくれる僚機や後席で苦楽をともにする相棒なんてもう居ないというのに。

 

 脂汗をうかべて金のバッジをはずしたクーガーと正反対の――でもそれとおなじくらい、いや、それ以上につらそうな――笑みをぎこちなくもつくって招集状を手に取り、マーベリックは本物の戦場へむかうのです。

 クーガーはコクピットに家族の写真をもちこみました。最後の戦いでマーベリックもまた私物をもちこみます――あの銀のドッグタグを。

 金のトップガン・トロフィを追い求めた果てに起きたあの一件。だれも自分のせいだと言わず公的にも責がなく、ベテランからは「忘れることだ」と恋人からは「乗り越えて、髪を逆立たせてマッハ2で飛ぶあなたに戻って」と言われた、虚無的なあの一件。

 あの一件の被害者グースのドッグタグを、遺族にわたさず、自分の手のひらへ苦々しく握りしめます。

それになにより、この映画が「スパイという時代の終わり」を象徴するように引退する男の、自分がしてきたことへの「最後のけじめ」を描く、静かな、しかしアツいアツい闘いを描いた作品だというのがいい。冷戦という時代をしたたかに生き抜いてきた男。生き抜くために自らに非情たれと課してきた男。その「非情であるための犠牲」として自ら手を染めてきた、人を人と思わぬ「罪」の数々。スパイである以上背負わねばならぬ「原罪」を、しかしこの男は、その引退後の人生の全てを投げ打って(このレッドフォードの「支払い」は、働いて給料もらっている人じゃないとチョイ切実じゃないかもしれんですが、実に大きな決断なんですよ)、その「罪」にあえて決着をつけようとする・・・それでも自分は「人間として戦ってきた」という誇りの証をたてるために。

   『SPOOK TALE』掲載、伊藤計劃氏による『スパイ・ゲーム』レビューより

 その業界ならついてまわる日常を、あえてじぶんの「罪」として背負った『スパイ・ゲーム』の主人公のように。

 『トップガン』って実は、かなり暗い映画なのではないでしょうか。

 マーベリックがこれまで何を手にしてきたのか、そして手にしてこれなかったのか――あの一件のあと、ながしにためた水を、あるいは去ろうとする一歩手前まできた空港で水のはいったコップのふちをどれだけ手でいじいじと触るだけ触っていたか――を追ったうえで、マーベリックがようやくつかんだものがこれ、ということに観直して気づいてしまった現在、ぼくは今作を初見のように軽く楽しめなくなっています。

 

 そして同時に、世間で言われるよりもはるかに明るい映画なのかも。

 異端児には十字架なんて元からなくて、ロックなはぐれ者の若牛としてはトップガントロフィを逃してしまった。ふつうの軍人としてすべてを忘れシャンパンで乾杯することもできない。それでもなお、それだからこそ手にできる黄金もあるのではないか……

 ……黄昏どきの空母甲板上、その時間帯におもてへ出された当然の結果として、やわらかく金色に光ったドッグタグ*50を目にして、そんなことも思った再観賞でした。

 

 

 

 

周辺情報

 ビデオの収録内容

 ぼくが持ってたり確認できたりするビデオは……

①2013年パラマウント ホーム エンタテインメント ジャパン発売の『トップガン 3D&2Dブルーレイセット』の2D Blu-ray

②前述『3D&2Dブルーレイセット』の3D Blu-ray

Amazon Prime会員無料のやつ

④ituneでいま売ってる『トップガン』4K・HDR対応

 ……の4種類。本編映像だけの比較でいえば、ぼくは①か③がいいと思いました。郷愁や物憂げな気分になりたいなら④かなぁ。

(①とちがって②以降は結構な場面がいわゆる"メキシカン・フィルター"的な黄みがかった色調になってて、④はけっこう彩度がひくくて明度もやわく、どぎつさがこわかった青と赤の空母管制室や夜着艦途中に恐慌起こしたクーガーの見る操縦席の赤や緑の人工灯とかがふんわりしてる)

  ①昔のBD版 ②3D BD Amaプラ無料 itunesセル
本編の画質 色相ゆたか   

黄色い・全体の明度彩度はつよい(メキシカンフィルタ的)

3D化は「トニスコ監修」と公式は言ってる

②とたぶん同じ(2D)

黄色い・全体の色相明度彩度はおさえ目(メキシカンフィルタ的)

本編の音声 多言語 多言語

英語or日本語(各版別売)

英語&日本語

本編の字幕

多言語 多言語 なしor日本語 なし&日本語

オーディオコメンタリ

あり × × ×

トップガン」の財産

× × × あり

6時の方向―「トップガン」の30年

× × × あり

トップガンの舞台裏

あり × × あり

マルチ・アングル ストーリーボード

あり × × あり

エリート中のエリート:現実のトップガン

あり × × あり

秘蔵映像

あり × × あり
  映像について

 は色相の幅がひろく彩度もたかめで、ビーチバレーの空は青く、上半身裸の男たちの肌は白めで鼻や肩などが赤く焼け、ビーチバレーまえの教室の窓からの採光は白で影は寒色味をおびる。

 0:46:06あたりの、マーベリックが身の上話の途中で椅子にすわったショットの白い壁に当たった光は緑。

 

 ②は、鑑賞には3D再生メディアが必須。映像は①より黄みがかった色調のシーンが増えたが、色自体は明度も彩度もつよい。いわゆる"メキシカン・フィルター"的な黄みがかった色調になってて、{3Dコンバートにつかわれた元の映像はたぶん、③(Amaプラ)が扱ってるのとおなじ。}

 ビーチバレーシーンの空はくすんだ黄色みがつよくなり、上半身はだかの男の肌はオレンジで、茶色い日焼けにはたまに赤みがさす。バレー直前の教室なども金色で、そこで渡されたシャーロットの秘密のメモは赤い。この記事で話題にしたシャーロットの家での食事/ワインを飲みながらの会話シーンも黄色みを増しているが、彼女の顔にさす明滅する照明の緑は緑のまま。

 0:46:06の、マーベリックが身の上話の途中で椅子にすわったショットの白い壁に当たった光は緑。

(いちおうトニー・スコット監督の監修がはいっているらしいのだが、どこまでかはわからない。3Dコンバート作業の終了時期は、氏が逝去する1週間まえだったと公式は言っている)

(上映時間が①にくらべて5秒長いけど、さいしょに入る黒画面5秒によるものだと思われる)

 

 ③は②の2D版ってかんじの映像。非4K・非HDR環境でもあざやかな映像が出力されている。

 

 ④はしっとりマットと言えば聞こえはいい。色相彩度明度ともにおさえられて、セピアっぽい感じと言えなくもない。

 シーンによっては全体的に金色(黄昏)がかって、明暗がおさえめ。ビーチバレーシーンの空はくすんだ黄色で(チャーリーとの約束の時間が5時30分だから、むしろこのほうが物語的に自然かもしれない)、日焼けらしい日焼けは無いように見える。直前の教室なども金色で、そこで渡されたシャーロットの秘密のメモは赤褐色にくすんで見える。

 ともすれば下品に見えるかもしれないが不穏で緊張感を帯びる、どぎつい色彩の照明が死んでる。 青などの人工灯の原色が印象的な空母指令室内やTACTS振り返り講義の室内はだいぶやわらかい世界になっているし、この記事で話題にしたシャーロットの家での食事/ワインを飲みながらの会話シーンで、彼女の顔にさす明滅する照明は、①~③ほどあやしい緑ではない。

 0:46:06の、マーベリックが身の上話の途中で椅子にすわったショットの白い壁に当たった光は白。

(上映時間が①にくらべて数秒長いけど、さいしょに数秒はいる黒画面ぶん長くなってると思われる)

 

 いろいろ色調に後加工があるらしいが、青空飛んでるかと思ったら夕日も見える{グースの一件のシーンとか、シーン始まりは夕日(オーコメ曰く朝日)⇒空戦は青空⇒落ちたさきは夕空(朝から夕まで飛んでたと取れば時系列は変じゃないが……)}のは変わってないし。

 序盤の将校クラブでアイスと会話中バドワイザーを口にしたマーベリックが、カット切り返すと手が下りてて、さきほどの同ポになると口元のバドワイザーがきたり。終盤の着艦後のマーベリックがサングラス着けたり外したりカット毎でせわしないとかの、コンティニュイティ的にごちゃごちゃしてるところはそのまま。

 

  映像特典について

 オーディオコメンタリー

 監督トニー・スコット、製作ブラッカイマー(初登場0:3:42)、脚本ジャックス・エップス・ジュニア(0:7:43)、テクニカルアドバイザーの海軍将校マイケル・ガルピン大佐(0:10:34)&退役少将ピーター・"バイパー"・ペティグルー(将校クラブでシャーロットと密談するひととしてカメオ出演(0:10:42)、マイク・マッケイブ中将(0:10:46)による映像よもやま話。

 人や他媒体で微妙にくいちがう発言がないわけではありません。

 管制塔付近での低空飛行シーンについて、トニー・スコット監督はACで……

トニー・スコット監督

「低空飛行をやる役はボーゾが選ばれた 彼は前にもやってるんだ 高度12メートルで管制塔をかすめ 事務局長の部屋の―― 窓を全部 割った 禁止されていたのに フランス窓を割ったんだ ボーゾって男は全くマーベリックだ」

   『トップガン』オーディオコメンタリー0:33:24~

 ……と語ります。このもようは終盤、空母艦橋の管制塔ちかくをとぶ低空飛行として変奏されますが、今作のテクニカルアドバイザーをした本職の軍人氏はここについて「これはわりと現実的」とじしんの体験を語ります。

「これは割と現実的」

「懐かしいね ペティグルー」

「確かに 低空飛行はやった」

「燃料が少ないのに やるんだよな」

「あのときは夕方だった 4機のミグ21と交戦した後だった 僚機が1機 我々も1機 撃墜して(略)だが前方には雷雨が迫っていて――低空飛行で突入してしまった」

   『トップガン』オーディオコメンタリー1:39:33~

 一方険な大空:「トップガン」の舞台裏』で取材されたロイド・"ボーゾ"・アベル氏はじしんの過去を語りません。むしろ初体験だった風にも聞こえる。

ロイド・"ボーゾ"・アベル

「管制塔の話は 面白いと思ったので 映画の中で使うことにしたんだ」

マイケル・アイアンサイドジェスター役俳優)

「僕が知る限りミラマー基地で――初めてのことだと思う 皆で あのシーンの構成を考えていた時 いきなり彼が"ちょっと待て"と言った "面白そうだ"とね そんなことできるのは二度とないからだ」

ボーゾ

「一瞬でも注目を浴びるにはもってこいだ だから例のシーンをやることにした(略)トニーはその目前を超高速で飛んでくれと言った でも そんなことをしたら衝撃波が発生して 管制塔が壊れるからできないと答えた でも速く見えるように飛ぶことはできると トニーに提案してみた」

   『危険な大空:「トップガン」の舞台裏』1:08:07(「勝負はこれからだ-空での撮影」11:27)

 あとは、人単位でもよくわからない箇所もある。基地内で扇風機を見たことで『ハンガー』的絵作りをはじめてしまったとトニー・スコット監督は言うけれど、『ハンガー』に扇風機はどこにも登場しないなど。

(「では"『ハンガー』的絵作り"とは正確にはなんだったのか、そうすることで何を描こうとしたのか?」という僕なりの推測は感想文本文にて書いたので省略)

 

 『「トップガン」の財産』

 『トップガン:マーヴェリック』スタッフ・役者が『トップガン』の魅力を語る。

 『6時の方向―「トップガン」の30年』

 公開から30周年して作られたドキュメンタリ。主演のトム・クルーズ氏による回顧が主で、ジェリー・ブラッカイマー氏による回顧が副。使用される本編映像は②の色味がつよいもの。撮影中にとった舞台裏写真がたくさん。

 『危険な大空:「トップガン」の舞台裏』(①では『「トップガン」の舞台裏』)

 プロデューサーから脚本家、監督、トム・クルーズ氏以外の俳優や、実機撮影、『ライトスタッフ』で仕事をした特撮班によるミニチュア撮影模様、音楽……主要スタッフ・工程に万遍なく取材したバランスよいドキュメンタリ。(オーディオコメンタリーや他映像特典で話されてることとかぶるところもある)

 『マルチ・アングル ストーリーボード』

 空戦シーン2つについて、本編映像とトニー・スコット監督が書いたイメージボード(絵コンテ)とを同時に流したもの。

 『エリート中のエリート:現実のトップガン

 現実のトップガンについて取材したドキュメンタリ。女性パイロットも訓練へ参加できるようになった時分でのもの。

 ボーナス映像(①では「秘蔵映像」)

 公開当時のドキュメンタリや、上述ドキュメンタリで一部がつかわれた演者のトレーニング模様などのフッテージの長尺版が拝める。

 

 関係者の言・資料

 こたつから届く範囲内のもの。記事執筆者がやってて楽しい範囲がこのくらいだったというだけで、当然もっといろいろあるはず。

 原案記事・草稿脚本

  EHUD YONAYTOP GUNS」

 パラマウントが映画化権をかった『CALIFORNIA MAGAZINE』1983年5月号掲載記事。ネットではデイブ・バラネック(『トップガン』撮影に協力した本職のトップガンのひとり)『www.topgunbio.com』に再録されています。

 出てくる要素{不届き者へ鐘をならし奢らせる酒場や、不時着して老人みたいになる(ただし心理的に。物理的に埃をかぶったりするわけではない。)パイロット、暴走したさきで現在地について指摘をうけるパイロットなど)トップガン像の雰囲気(中世の騎士、往年の西部劇のガンマンなど)はむしろ、『トップガン:マーヴェリック』を連想させます。

  Chip ProserTop Gun」(1985年4月4日改訂版)

 『Internet Movie Script Database』などで公開されています。フェアユース的などーたらこーたらで掲載されているそうだが、無知なのでよくわからない。「さすがにこれだけ堂々とやってて権利者から抗議・削除されていないのだから大丈夫だろう」とこの記事でもとりあげた。また、アメリカ本国で大丈夫でも、日本で引用したり話題にしたりしていいのかという問題もあると思う。なおさらよくわからない。2022年7月2日閲覧)

 『トップガン』の脚本には、クレジットされているコンビのほか、ノンクレジット仕事として2名の脚本家がかかわっているそうで、ひとりがChip Proser氏、もうひとりがウォーレン・スカーレン氏。

 ネットでちょっとググった程度ではお二人がどのくらい作品へ貢献されたかよくわかりませんでした(たたき台となる草稿作業だとも、リライト作業だとも両方の声がある)

 ジャック・エップス・ジュニア氏は『トップガン』オーディオコメンタリで、「バイパーの家には納屋に古い飛行機を置いているが、大きすぎて外へ出せない……みたいなネタがあったが、流れにあわず削除した」という旨のお話をされてましたが、このバージョンではないみたい。

 

 Chip Proser氏は、たぶんジョー・ダンテ監督『インナースペース』の共同脚本や、フレッド・スケピシ監督『アイスマン』の脚本を書いたチップ・プローザー氏ではないかと思うものの、めんどくさがってきちんと最後まで調べてません。

 

 Chip proser版と完成版とのちがいは?

 色々あります。

 主人公マーベリックについて。かれの飛行が、刹那性・虚無性な生きかたとしてダイアログで明言されている一方で、父の遺品として海軍十字章が劇中なんどか登場する小道具として登場し、チャーリー宅やバイパー宅での身の上話シーンでマーベリックが取り出したりします。

 TACTSでマーベリックを批判するのがバイパーの仕事となり、チャーリーとはすぐ仲良くなります。{TACTSまえの場面である、ビーチ(脚本段階では本物のビーチ)からのデートシーンでふたりは恋愛関係になり、キスもする}

 物語展開の面では、グースの例の一件のあと、チャーリーがマーベリックを車で連れていくさきが査問委員会の場ではなく、私的な海であるのは大きな相違点。

わたしたちがどこにいるか? あなたはそこを知ってる。ここは浜辺といいます。生命が海からはじめて這い上がった場所。わたしはたまにここへ来るの……這い戻っているような気持ちのときに。

  Where are we? You know where we are. It's called the beach. It's where life first crawled up out of the sea. I come here sometimes... when I feel like crawling back in.

 そのさきで、かれを慰めるベッドシーンがえがかれます。

 脚本バージョンはその後、グースの遺品整理と家族への遺品の引き渡し{引き渡しまえに家族と会いに行くのをためらうマーベリックの姿は、トム・クルーズ氏のアドリブ(オーディオコメンタリ情報)なので当然なく。家族との会話もなし}と軍の査問委員会の結果通達、訓練再開したマーベリックがトラウマにより接近失敗、再開時に後席へついた新RIOとのやりとり(完成版でのやり取りのようなその訓練のミスを単に批判するだけではなく、「お前みたいな天才になりたいが俺にはなれない、それがどうして」といった旨の羨望の吐露もある。完成版にあったアイスマンらによるアプローチは無し)、空港まで退散{とチャーリーの引き留め。完成版とおなじく「マッハ2で髪を炎でチリつかせるのがあなたの性分」「失敗を乗り越えてこそトップガンだよ」といったお話をするのですが、「軍をやめるなら協調性を学ばなければならないよ」というセリフは脚本版のみかな(このセリフの削除は、論点を整理するエラッタっぽさがある)}、そして海辺のバイパー家での会話となります。

「管制は君の父へランディング延期をつたえた。かれは自分のほうが状況をわかっていると考えた。かれは傾斜にぶつかった」

  They waved him off. He thought he knew better. He hit the ramp.

 このバージョンでマーベリックが聞かされる父の死の真相は、おごったものなうえにあっけない。

 つづいてトップガン卒業式(式後のうたげ)のとなるわけですが、トップガンのオフィス室内でひらかれ、マーベリックは扉をあけてそこへ入場することとなります(後述のスカーレン版も同様)。屋外でひらかれた完成版本編のようにプールを越えていく必要はありません。

 

 完成版のよいところとして、TACTSの評価をチャーリーに行なわせたところや、浜辺でのやり取りが彼女の家での一幕となり、彼女が家に招いた理由がMiGにまつわる情報提供であったところがあります。チャーリーのバックグラウンドが活きて、ひとりの個人としてキャラが立っているように思いました。

 彼女のグースの件よりまえに情事がもってこられて、そしてマーベリック&チャーリーとグース家族のふれあいが描かれたのも、物語の起伏がメリハリついて良い。

 父の死は脚本版の虚無感のほうが好みですし、その後のマーベリックの選択もかれ独自の決断として立ちそうだと思うのですが。

 完成版の経緯(ほたるの群れみたいに敵機がいっぱいの空でも突っ込んでいって、仲間を助けた)のほうが物語的なまとまりはつよいですし、完成版の「他国の領空内という間違った領域でのおこないだったので、機密とされた」という、愛国主義(パトリオシズム)の発露というよりも、自警主義(ヴィジランティズム)的な個人の資質による共助行動とした塩梅は、わるくない。

 

 あとこまかなところで、このバージョンにおける空戦訓練シーンは、(ト書きでちょっとした説明はありますが)地上の場面からいきなり切り替わっているように読めます。ここについて、空戦シーンの編集作業に立ち会い、機内でのパイロットの会話なども創造したと云う本職トップガンのデイブ・バラネック氏は自著で……

 飛行シーンの場面を見たあと、監督がほかにやることを頼んできた。たとえば時間の経過を映画のなかでどう表現したらいいかということだ。トップガンの教育課程は数日で終わるものではなく、固い決意を必要とする厳しい五週間だということをどうやって観客に伝えるか。私は各飛行シーンの始まりにボイスオーバーを入れることで、それぞれの段階を明らかにして、全体像が見えるようにしたらいいのではと提案した。監督も賛成してくれたので、スメッグスと私はそれぞれの飛行の簡単な解説をした。これらのいくつかは「諸君、一九回目の飛行訓練だ。敵、味方ともに複数になる。訓練は折り返し点を過ぎた」などのボイスオーバーで使われている。

   『F-14トップガンデイズ: 最強の海軍戦闘機部隊』p.283、「13 現実感あふれる映画に ――編集作業に参加」より

 ……と回想していたのですが、脚本の記述(のなさ・唐突さ)はその証左となりそうです。

 

  ウォーレン・スカーレンTop Gun」(1985年6月1日改訂・第二草案)

 『script-slug』にて公開。フェアユース的などーたらこーたらで掲載しているそうなのだが、無知なのでよくわからない。「さすがにこれだけ堂々とやってて権利者から抗議・削除されていないのだから大丈夫だろう」とこの記事でもとりあげた。また、アメリカ本国で大丈夫でも、日本で引用したり話題にしたりしていいのかという問題もあると思うが、なおさらよくわからない。2022年7月2日閲覧)

 Chip Proser版の話のさいに名前をだした、もうひとりのノンクレジットスタッフによる台本。スカーレン氏はティムバートン監督版『バットマン』や『ビートルジュース』、トニー・スコット監督『ビバリーヒルズコップ2』などの脚本も手がけました。

 完成版本編にかなり近い内容。

 シャーロットは完成版とおなじく未知の軍事情報をもとめマーベリックへアプローチをかける上昇志向の知的労働者ですし、マーベリックの父が亡くなった経緯もまた完成版本編と同じになりました。

(ただし、バイパー教官から「おやじさんは生まれながらのクソ英雄だった。He was a natural heroic sonofabitch. 」と言われたさいのマーベリックの返答は、「なのであの人は正しいことをした? So he did it right?」と疑問形

 シャワー上がりのマーベリックがジャケットを着たシャーロットとエレベーターで鉢合わせるシーンは、試写会での「恋愛描写がすくない」との意見を受けて追加撮影されたオーディオコメンタリで語られたとおり、この第2稿台本にもありません。シャーロット宅での逢瀬シーンから、TACTSの振り返り講義というかたちになっています。

 

 グースの一件後、マーベリックが空港へ向かう直前のロッカールームで、アイスマン(ら)がマーベリックにちょっとした誠意をむけるようになりました。(完成版のように、ためらいつつの「残念だ」は無し。また、ほぼ1対1の密談的な要素もスカーレン版では無し)

 Proser版の父の遺品である十字章はそのまま登場しつつも、グースのロッカーの名前入り刺繍(ネームテープ)があらたに登場。船側欄干から投げる最終盤のくだりがつくられました。(完成版本編で投げることとなったドッグタグと違い、戦闘中に握りしめたりはしないし、「話してくれグース」もなし。

 だからドッグタグは投げつつもグースのロッカーは隣にあり続ける……という両義性は、完成版本編独自のものということになる*51

 

 ビーチバレーシーンはミラマー基地敷地内であることが明言されており、バレー終わりに衣服を着ていくこともト書きにあります。

 ただし、こまかな異同はあり、サングラスやメガネの着脱までは触れていません。

 チャーリー家にお呼ばれしたさいのやり取りは、所作やセリフが刈り込まれつつも本編とほぼ同じやり取りがなされていますが、差異もあれこれ。

{マーベリックが家にはいるまでの右往左往が海辺に行ったりなんだりと長かったり。入室まえから音楽がかかってたり・音楽と料理の音に導かれたマーベリックが部屋のパソコンに驚かされたり。(完成版本編のほうがたぶん、上がった感情が「MiGよ」で下がるきれいな展開になってると思う)

 なにより、シーリング・ファンか何かによるあやしい明滅は、この脚本バージョンでも指定されていません。

 

 バイパー宅(舞台のト書きは「素敵な郊外の家。風向計がそよ風にキィキィ音をたてている。A nice suburban home. A weathervane creaks in the breeze.」で、Chip Proser版とちがって海辺という指定はことさら無い)でのやりとりは、バイパーはカウボーイシャツに身を包み、ウォークマンのヘッドフォンをして所得税の計算をしていたところへマーベリックが訪れる……というかたちになっています。

 バイパーの姿は在りし日と現代どちらの価値観も持ち合わせた人物、ということなのかなと思いますが……このバージョンだとスクリーンにあらわれたとき、意図せぬ笑いが生まれそうではある。

 

 

  関係者の言

 ミッジ・コスティン監督うこそ映画音響の世界へ』

 映画音響・音楽の仕事・クリエイターに焦点を当て取材したドキュメンタリーで、1:12:10からがセス・ホール氏による音響編集主任をつとめた『トップガン』劇中の戦闘機の音にかんする録音・創作秘話。

(ちなみにこのドキュメンタリーで引用される本編映像は上の分類で①のもの。シャーロットがはじめて教壇に立つ格納庫が青白い)

 デイブ・バラネックF-14トップガンデイズ: 最強の海軍戦闘機部隊』

 『トップガン』飛行シーンの実機操縦にたずさわった本職のトップガンのひとりによる軍での日々の回顧録。映画の撮影秘話もかなり文量をさいてくれている。

{この本を読んだら、ビデオ映像特典のメイキングでホワイトボードつかって空撮内容のブリーフィングをしていた統括役のひとりがウィラードという名前の人物であることがわかった。

 『トップガン』クライマックスの実戦で、控えのパイロットとして挙げられるウィラードは――ああいう感想文をかいた人間としては『地獄の黙示録』主人公とつなげたくなっちゃうけど――主役のひとりバイパー(技術アドバイザーのコールサイン)と同様、製作に協力してくれたトップガンの名前を挙げたお遊びっぽい。(感想文本文で引用した「ラット」氏がウィラード氏。恐怖ネズミ映画『ウイラード』に由来するコールサインとのこと)

 バラネック氏の役割は、後席で航行や戦闘を支援するRIO(レーダー迎撃士官)。劇中だとグースやスライダーがつとめた役で、「こういう役割だったのか」ということはもちろん、「RIOとしての大枠の仕事はあれども、前席の操縦手がちがえばやることも全然かわってくるんだろうな」と興味ぶかい。

 Phil BrownInterview: Scott Altman」

 『トップガン』飛行シーンの実機操縦を担当した本職のトップガンのひとりでNASAの宇宙飛行士スコット・アルトマン氏へなされた、撮影にまつわる回顧インタビュー。アルトマン氏はクーガーらの離着艦や、マーベリックが背面飛行して中指を立てる役をしたそう。

 Alan RichmanAir Warfare Expert Christine Fox—Fighter Pilots Call Her "Legs"—Inspires the New Movie Top Gun」

 『People』誌に掲載された1985年8月5日の記事。映画のヒロインのモデルとなった海軍分析センターからの研究者でのちに国防副長官をつとめるクリスティン・フォックス氏へ取材したもの。

 Hope Hodge SeckMeet the Real Charlie from 'Top Gun'」

 上記クリスティン・フォックス氏への回顧インタビュー。撮影当時の思い出とその後のキャリアがかたられています。

 

 批評とか

 ロジャー・イーバート『「ップガン」レビュー』

 映画批評家イーバート氏による公開当時のレビュー。記事本文であつかったとおり、空戦シーンはすごいけど、地上の人間ドラマは紋切り型なうえ役者に生気がなく、コマーシャル的な撮り方もその印象を強めているよ……という旨。

 ポーリン・ケイルップ・ガン ――新兵募集のコマーシャル」

 NewYorker誌に掲載されたケイル氏による公開当時のレビュー。(インターネットでは『SCRAPS FROM THE LEFT』で再録公開)

 日本では東京書籍刊行による(1992年11月11日第一刷)夜も映画で眠れないアメリカ・コラムニスト全集9)p.100~1にて、「トップ・ガン ――新兵募集のコマーシャル」として柴田京子さんにより邦訳されています。

 『トップガン』にたいして同性愛的な魅力を見出す最初期の批評。関係性にたいするお話というよりは、男性俳優個々人の美貌・肉体美や至近距離でにらみあう様子について言っていて、まじめに同性愛映画だと読解しているわけではなさそうだけど、ウィットに富んでてかなり面白い。

(ロリー・ケリー監督リープ・ウィズ・ミー』

 劇中でタランティーノ演じるキャラが『トップガン』談議するシーンがある。その後の人々が同性愛映画としての『トップガン』を語るさい、ケイル氏の批評とセットで話題にされがち。

 シド・フィールド高の映画を書くためにあなたが解決しなくてはならないこと シド・フィールドの脚本術3』

 ハリウッド脚本術のえらいひとフィールド氏によるHow To本。この9章で『トップガン』の脚本が好意的に言及されています。当該箇所は記事本文の脚注でかいたので省略。

 Mark HarrisThe Day the Movies Died(映画が死んだ日)

 GQに掲載された2011年の記事で、大仰なタイトルどおりに粒度のおおきな批評でした。

 『トップガン』に端をはっする「センセーションの一時的な高揚」だけが目的の「フィルム製のコカイン」が映画産業をだめにしたと言うHarris氏は、そういう刺激的な言葉の数々がごじしんの記事へならぶことについては無頓着。というか、ドラッグのダジャレにつかえる映画のセリフを切り取ったりなんだりと、じぶんが非難したやり口をじぶんで率先して追従しているのはどういうことなんだろう? 『トップガン』は「人間が書けてない」とのことですが、いやぁ、厚みのある人間ってのはこういうことなんだなぁ。

 批判/非難がどうして難しいのか(つまらないのか)、よくわかる記事でした。じぶんが良さや面白さを見いだせなかったものについてお話しするんです、そりゃあ何も言えることがないですよね。

 Ryan GilbeyI've never seen … Top Gun(実は観てませんでした……「トップガン」)

 Guardian紙の連載企画『The classic film I've never seen(観ずにいたクラシック映画)』の一編である、2020年4月の批評。物語の紋切型や登場人物の恋愛関係の魅力不足を指摘・批判し、ケイル氏や『スリープ・ウィズ・ミー』劇中の「トップガン」議論を引いて……

 『トップガン』に同性愛のサブテクストはありません。同性愛性はむしろ本筋(very text)であり、そう読む以外に余地のないケースなのです。

  there is no gay subtext to Top Gun. It’s more the case that gayness is the very text itself, the only possible reading available.

 ……と述べます。ギルビー氏があらたに追加で言えた根拠は、尻にまつわるダイアログくらいなもの。

 まじめに言っているなら論拠が薄弱だし、皮肉や冗談のつもりならつまらない。お決まりだと批判するいっぽうで、じぶんが言っていることもまたお決まりである点について無策な記事。

 KAYLEIGH DONALDSONHow Top Gun Became A Gay Classic』

 『トップガン』の同性愛的要素をとりあげる批評。皮肉の色はうすく、好意的な紹介のように読める。

 岡田斗司夫ナと雪の女王2とトップガン オタキングの10倍面白くなる映画講座 岡田斗司夫ゼミ#418(2021.11.14)』

 岡田氏じしんのチャンネルで21年11月14日に配信された批評。

 「ストーリーどうでもいいんですね。とにかくぼくにとっての主役はトム・クルーズじゃなくてかれの乗ってるF-14戦闘機と空中撮影」という立場で飛行シーンの魅力を語っていく内容とのこと。無料公開パートは「『トップガン』が10倍楽しくなる5つのウソ」と題して作品の脚色(創作)箇所5点とそのドタバタの舞台裏を紹介するというもので、おっしゃる5点が創作なのは正しいのですが、「脚色」を「ウソ」と言うあたりから察せられるとおり面白おかしいですけど「盛ってない?」と疑問に思う語り口。氏が語る舞台裏話はメイキングやオーディオコメンタリで語られる内容ではなく(少なくともビデオでは「観客をIQ60と思え」と話をする関係者はどこにも出てこない、いつだれがどの媒体で言ったのかソースは未提示。

 有料パートは「ぼくの感想文とまったくかぶらないだろう」と判断して未見です。

 小野寺系「『ップガン』は30年以上経っても全く色褪せない トニー・スコット監督の“アメリカ魂”」

 21年11月20日『Real Sound映画部』へ寄稿された小野寺氏の記事は、公開当時の不評に異をとなえ、『トップガン』のビーチバレーシーンに代表されるような享楽性と冒頭クーガーの着艦や中盤の例の一件などに見られるような死の恐怖や悲しみとを並走させた作劇に、青春映画の王道的構成を見出し。

 そして、スペクタクルシーンにも「とくにオレンジ色に輝く空や、カラフルに彩られる海面など、アクション映画らしくない特徴的な色彩が画面に踊っている」ことに抒情性に注目、「ジョン・フォード監督に通じる、詩的な美しさが宿っているように感じられる」と評価する独特の内容です。

 ただ感想文本文でも言ったとおり、小野寺氏が褒めた「青春映画」的な展開は、公開当時「展開がよめる紋切型」で「役者同士のケミストリーも微妙」だったがためにイーバート氏から不評だったのであり、また『タンポポ』について広告畑での経験が活かされた映像だと評価したケイル氏のように、トップガン』は「MTV・コマーシャル的演出は演出自体が敬遠された」というより評者が「そう演出する意味が見出せなかった」がため不評だった、というのがより正確な世評だとzzz_zzzzは思います。

 「当時の不評」をはねかえすために必要なのは、紋切型と言われた展開がどれだけ特殊であったかや、MTV演出の作中での意味合いや必然性を述べたりすることなのではないでしょうか? ぼくはそう思うんですけど、氏やReal Sound映画部のかたはそうではないらしい。

 尾崎一男「『ップガン』 - 革命的なジェット戦闘機アクション誕生の背景 -」

 尾崎氏が洋画専門チャンネル『ザ・シネマ』公式サイトに寄稿された『トップガン』評。

「口当たりのいい表層的なアプローチが「ポップコーンムービー」などと称され、外観に凝り中身のない作品だと揶揄される言説も過去にはうかがえた。だが映画史において画期的な作品であることは、改めてここで示しておかないといけないだろう。」

 といった前置きで始まるのは、ジェット機パイロットを主役に、実機を使用した"はしり"的作品である重要性。飛行シーンの撮影の迫真性について。

 「中身のなさ」については否定しておらず、物語の製作過程について「ペンタゴンの協力を経るため、幾度かのプロット見直しがはかられ、海軍への入隊を促進させるような、プロパガンダ的な性質を持つストーリーへと加工ががなされていった」と背景が説明されるのみ。

 宇多丸「『ップガン マーヴェリック』を語る!【映画評書き起こし 2022.6.10放送】」

 TBSラジオ放送『アフター6ジャンクション』でおこなわれた『トップガン:マーヴェリック』の作品評(リンク先は公式による書き起こし記事)ですが、予備知識・比較として前作『トップガン』への言及も大きくなされた、2作合評みたいな内容です。

 ビデオ映像特典のメイキング『危険な大空:「トップガン」の舞台裏』をおもな参考資料として、『トップガン』のスポーツモノ性や、空戦シーンにかんする映像の繋がりの悪さについて語ったもの。

 荻野洋一「『ップガン マーヴェリック』失った命に想いを馳せて アメリカ映画そのものの旋回と反復」

 荻野氏がRealSound映画部に寄稿された『トップガン:マーヴェリック』の批評で、『トップガン』前後のアメリカ戦争映画史なども概観されている。曰く「ベトナム戦争以前の戦争映画に横溢していた楽天性が1980年代以降はだんだん復活し」ていくなかで生まれた「青春映画や活劇映画、コメディ映画の要素を加味した作品群」のひとつとのこと。そういう見方なので、ビーチバレーシーンも"「チームを固める」ためにおこなわれる遊戯"となるのでしょう。

 三宅隆太クリプトドクターのサクゲキRADIO』

 「#35昨夜の「クリラジ」について、先週の「アトロク未公開映画紹介」の補足、オズパとポストホラー、『トップガン』とトム・クルーズ、コンテンツ東京2022についてなど」1:01:46~

 劇場にてリアルタイムで観た三宅少年が当時いだいた率直な感想をふりかえるという内容。

 この記事の本文で引用したようなお話をしたうえで三宅氏は、同時期にかかっていたトム・クルーズ主演の『ハスラー2』などの話題を引き金として、『トップガン』の受け入れられなかった各要素について、要素をおなじくする他作をそれぞれ挙げることで良し悪しについて相対的な位置づけをしていきます。

 曰く、MTV的演出がわるいわけでなく同時期の『クロウ』は面白かった、「思想的にはまちがっているとしても映画としてあまりにも面白い」古典的なアメリカ娯楽映画の現代版としては同監督同製作による『ビバリーヒルズ・コップ2』のような面白さはなかった(1:17:40~)、『トップガン』には「すごく重要な背骨みたいなものが抜け落ちているんじゃないの?」(1:17:15~)と思ったそう。

 ただタイトルが並べられただけで、三宅氏がよしとしたそれらの作品が具体的にどう良かったのかはこの配信で掘り下げられていません。

 「#36結局どうしてもガマンできず、レイトショーで『森川版トップガンマーベリック』を観てきてしまいました!(サクゲキのガチ分析をしているのでネタバレ箇所あります」

 こちらの回は『トップガン:マーヴェリック』の批評が主ですが、比較論として『トップガン』のどこが三宅氏から見てダメだったのか、構造のゆがみについて具体的な解説がなされています。

 曰く、大部を占める空中戦の練習をする学園ドラマと、終盤の実際の空中戦に挑まなければならなくなるというクライマックスとが分断されていて、有機的にかみ合ってはいない。

ソ連が空であやしい動きをし始めた」という唐突に舞い込んできた状況へ対処するための召集令状偶然うけた卒業式場からクライマックスの戦場へ舞台を移すさい、移動シーンやそこへたどり着くまでであっただろう時間・道中のドラマを丸ごととばして、インド洋をすすむ空母へ「24時間後」という字幕とともに移ってしまうという急な場面転換で「仕切り直し」的に処理されている。(0:14:00~)

 クライマックスの戦闘シーンでは、劇中に分散していたさまざまな訓練(「こういうことがあったらこういうことをしよう」)で学んだことが活かされる機会もおとずれはするものの、訓練のとおりには実戦の敵は動いてくれないから、瞬間瞬間で散発的におとずれるだけで、前半中盤とつみかさねてきたことで呼びこまれたクライマックスではない(0:08:40~)

 ……というようなお話でした。

 

 

更新履歴

(誤字脱字修正は適宜)

7/14   アップ 11万5千字

7/16 22時 追記 11万8千字 岡田斗司夫氏のレビュー(無料公開分)も聞いたので足した。

7/17 22時 追記・図版追加 12万字 訓練後のロッカー室/シャワー室のくだりを並べた図をあらたにつくりなおし(リンク先旧版)バイパー宅でのサングラスの着脱と目線の向き外しの画像と、マーベリックの暗い背中にかんする画像を新たに追加。

7/18 13時 図版追加 『劇パト2』の『地獄の黙示録』オマージュ箇所の画像を脚注に追加。

7/27 0時 図版変更 『トップガン』と『地獄の黙示録』比較画像に、『地獄~』カラフルな発煙筒を焚いた地へ着陸するヘリのショットを追加し(新)、『トップガン』着色塗料を撒いたカラフルな海へ滞空するヘリのショットと並べることで、一部評者にジョン・フォード的と言われさえする「カラフルに彩られる海」のカラフルさについてzzz_zzzzがどう思ってるか分かりやすくした。

 

 

 

*1:パラマウント・ジャパン株式会社販売、トニー・スコット監督『トップガン』オーディオコメンタリー1:28:53~、共同脚本ジャック・エップス・ジュニア氏の言。

*2:ただし二人乗りの機体も1機あります。

*3:(奇人の奇行によって観客を笑わせるようとしたシーンだろうとはいえ)仕事のていで依頼者の女性の私室を見回し依頼者に私的なアプローチさえかけるーストバスターズ』1984も同年代の作品ですし、当時はそこまでひどい行為と見なされなかった……ということなのかもしれません。(また『トップガン』はナンパされる女性側から前フリあったうえでの踏み入りなので、『GB』ほどきつくはないと思う)

*4:、ほかには創作から元気をもらう一方で都合悪い部分については「創作は創作、これはこれ。分別できるものだから」と人類の知性を信じるなど線引きをその時々で適当に引き直したり

*5:トップガン』の語り口はこれはこれでもっともらしいかもしれませんが。

(たとえばフレデリック・ワイズマン監督のドキュメンタリー礎訓練』(1971)で現実の軍人がスポーツにたとえているし、21世紀の現代イラク戦争のすごい狙撃手クリス・カイル氏の自伝は、日曜にハント・スポーツ行く感覚で仕事してる書きぶりだったりする)

 「もっともらしい」として、では上の例ならクリス・カイル氏を主人公にした映画『アメリカン・スナイパー』が自伝の範疇で収めなかったり自伝部分も大きな脚色をほどこしたりしたとおり、それをどのように描くか・立ち位置におさめるかについて作り手の裁量や判断を問うのはおかしくないとも思います。

*6:『最高の映画を書くためにあなたが解決しなくてはならないこと シド・フィールドの脚本術3』で『トップガン』の話題がでるのは9章でのこと。

 同章前項の”説明は必要だ。問題はそれをどう行うかだ”にて紹介された、フィールド氏の講座の受講生が書いた脚本。

 1940年代に(当時男性しか乗れなかったWW2の)戦闘機にのって空中レースを競いたい女性を主人公としたこの脚本における恋人との対話シーンを抜粋引用したフィールド氏は、受講生の脚本が登場人物の飛行にたいする恐怖や葛藤などがセリフで説明されることを批判。そして2つの改善策を紹介します。

 ひとつは主人公にじっさい飛行で失敗するシーンを設けたり、葛藤したすえの選択が具体的な結果としてあらわれる緊急事態をじっさいに用意して、彼女がじっさいに行動するシーンを設けたりすること。(『羊たちの沈黙』がお手本として紹介されます)

 もうひとつは、恋人の関係性をもっと掘り下げること。こちらのお手本として『トップガン』が挙げられるのです。

 このシーンには他にも掘り下げるべき部分がある。それは物語が始まる前に飛行機事故で死亡したホルトの友人"クリス"との関係だ。今のところ、彼については話されただけで、見せられたことはない。それは現在のシーンに直接影響を与える背景である。クリスの墜落は台本に含まれていないが、もしそれを見て、登場人物に与える影響があれば、ホルトとクリスの関係やケイトとクリスの関係を設定できるだろう。この関係を知っていれば、手元にあるシーンの感情的な文脈をより深く掘り下げられる可能性がある。両方のキャラクターは、このシーンで自分の感情にあがいているかもしれない。ホルトのクリスについての記憶とケイトへの恐れ、そしてケイトのクリスとの関係とケイトが立ち向かうべき自身の恐怖、そして彼女が愛するホルトとの関係。

 『トップガン』を思い出しなさい。それは、トム・クルーズ扮する人物のこの要素が、彼自身の恐怖を克服し、それが脚本全体を動かしている。それはシーンにもっと深い側面を加えるだろう。

   フィルムアート刊(2019年11月25日初版)、シド・フィールド(訳安藤紘平&小林美也子&加藤正人『最高の映画を書くためにあなたが解決しなくてはならないこと シド・フィールドの脚本術3』kindle版39%(位置No.5133中 1939)、「第9章 説明の必要性と手段の選択」台詞が直接的すぎるのを修正する最良の方法は何だろうか?

*7:リンクは張ってますが、一度でもクリックすると動画のオススメ欄に延々岡田氏関連動画がポップされるようになるので、気にされるかたはご注意ください。

*8:60フット=約18メートル。

*9:700フット=約213メートル。

*10:750マイル=Nautical Mileのほうとして1389キロメートル?(ただのマイルなら1200キロメートル) マッハ1ちょいって感じでしょうか。

*11:「the deadly art of air-to-air combat」のdeadlyがよくわからん。トップガンについて「ミサイルなどの進歩により用済みと思われていたドッグファイトの重要性を再評価し、廃れていた技術を継承・復活させた」的な話をするひとは割合いて、そちらかもしれない。

*12:トップガン』がどうというよりぼくが話したいので話すんですけど、ンチュリアン』第1章をしめくくる、警察学校の体育教官による授業おわりの話は、直前の実習のふりかえりから、現実の格闘の真実、教官が軍隊の基礎訓練的なタフすぎる"しごき"をする理由の開陳、現実の警察仕事での苦労、スッパリ片がつく劇映画のアクションへの批判……とスライドしていって、ページをめくってもカギカッコが閉じられない長話で、今作の空気感をつたえるものとして面白いっす。

「いま諸君に見てもらったのは、次の一点を証明するためである」芝生の上で手足を投げだし、ところどころ欠けた円陣をつくっている生徒にむかって大声をはりあげた。「本官はプレベスリーに抵抗を命じた。抵抗して、腕を固められないようにしろといっただけだ。積極的な反撃はしなかったことに気がついたと思う。すなわち、彼は防衛しただけである。しかも、アンドルーズにしろデュランにしろ、倍もあるような体格をしておる。あれじゃ手錠はかからん。結局ホシは逃してしまうことになるわけだ。問題はだ、彼らが相手の抵抗を排除するために、二倍のエネルギーをつかいながら、しかも逮捕できなかった点にある。ところで諸君、こういう場面に直面することは、これからも大いにあると覚悟しなくてはならない。ホシは、手錠はかけられないと見くびるかもしれん。あるいは、立ち向かってくる場合もあるだろう。二人の大男が小さいプレベスリーを持てあましたことは諸君がいま見たとおりだ。しかも、たいした抵抗もしておらん。本官が特に言っておきたいのは、路上でのこうした格闘は、いうなれば我慢くらべであるということだ。忍耐力にまさるほうが、たいてい勝つことになっておる。諸君をへたばらせるまで走らせる理由もこの点にあるわけだ。ここをめでたく卒業するあかつきには、忍耐力がしっかり身についているはずである。ところで技のほうは、腕固めと絞めさえ覚えればそれで充分だ。絞めの効果は、諸君がいま見たとおりだ。問題は激しく抵抗する者にどうやって絞めわざをかけるかにある。自衛術は十三週間で諸君におしえることができるのである。映画の活劇なんてものは、すべてまっかな噓である。顎へ一発くらわすつもりが、頭に当って拳を痛めるようなことがよくあるもんだ。拳を使わないように気をつけることだ。もし相手が素手できたら、こっちは警棒を使って、我々が教えたように手首や膝を粉砕する。敵が刃物をふりかざしたら、たちどころに拳銃で相手の武器を叩き落す。しかし警棒を身につけておらず、状況からして相手に決定的打撃をあたえることができない場合は、根くらべということになる。六人がかりで一人を押えるような場面がちょくちょく新聞に載っているのは、こういうケースである。たとえ女一人でも、その気になれば六人の警官に抵抗しうるものである。逮捕されまいとする者を取りおさえることはきわめて困難なことだ。怪我をさせてしまったんではあとが厄介だ。体格が倍もあるような警官が二、三人がかりで、容疑者に怪我をさせたという記事を新聞で陪審員や諸君の近所に住む者が読んだとすればだ、彼らはきまって、なぜ相手の頭を殴ったかなどと反問してくる。逆をとっておけばいいじゃないかというわけだ。しかし、現実は映画のようなわけにはいかんのである。

 この問題については、もう一つ映画の影響を受けているから言っておく、――つまり、相手を逮捕するにさいして、腕や尻を撃つといった常套的な噓だな。本官は諸君に射撃を教えているわけじゃないんだが、自衛手段と密接な関係がある点では同じことだから言及しておきたい。諸君は本校へ入学以来、標的が静止している場合でも、命中させることがいかに困難であるかわかったであろう。動いていれば、なおさらむつかしいのである。勤続二十年のヴェテランの諸君でもだ、射撃の資格試験に毎月落ちているのが現状だ。しかも、標的は紙人形にすぎん、紙人形は撃ち返してこない。光線のぐあいは申し分ないし、格闘しているときのように腕がなまっているわけでもない。ところがである。カッとなって引き金を引き、さいわい相手に当ったとする。そうなると後がうるさい。検死陪審員の一人や二人がきまって言いだすんだな。なぜ負傷させるにとどめなかったとか、はたして射撃する必要があったのかとか、文字どおり根ほり葉ほりだ。あげくの果ては、どうして相手の拳銃を狙って叩き落さなかったのかなどと訊いてくるしまつだ」

   早川書房(ハヤカワ文庫NV)1979年10月31日発行、ジョゼフ・ウォンボー著(工藤政司訳)『センチュリアン』p.24~26、「一九六〇年 初夏」1 ランナー より

*13:ただし、苦労人だが完全無欠の善人ではない。やれる範囲はあるし、差別的意識もある。

「うちの署につとめていると仕事の覚えも早いよ」とキルヴィンスキーはいった。「一日が白人地域の十日分に当るんだ。犯罪率が高いばかりじゃなくて、仕事のきつさが違う。だから一年でベテランだ。何というかな、よそとちがって、細かいことにもいろいろ気を使わなくちゃならん。たとえば、ボックスの電話が使えないなどということがある。コインを入れるスロットがあるだろう、あれが落ちてゆくシュートがふさがっているから、入れたら最後、金が返ってこない。二、三日おきに泥棒がやってきて、針金で詰め物を引っぱり出してね、三ドル分ぐらい溜ったコインをいただいちゃうんだ。それから、子供らの乗りまわすバイクだが、これが片っぱしから盗まれる。でなきゃ、どれもこれもどこか部品がかっぱらわれている。そういうわけだから、子供をつかまえてバイクはどうしたなんて訊くのは禁物だ。バイクの盗難届けで一晩じゅう忙殺されることになるからな。このへんじゃ大晦日と聞けばミッドウェイの海戦みたいなものだ。誰も彼もピストルをポケットにしのばせて歩いているようなもんだから、あぶなくてしようがない。公民権運動が暴動にエスカレートしてみろ、手がつけられないぞ。しかし、ここの住民のおかげで、うかうかしちゃおれないからな、あっという間に時間がたってしまうんだ。こいつはおれにとってありがたい。もうすぐ年金がつくから、時間がたつことにばかり気を取られている」

(略)

「大それた神話だよ」背後の声を無視しながらキルヴィンスキーはいった。どんなお題目を唱えていたって警察権力の解体をもくろむ神話なんだ。その昔ローマ時代に、百人隊長がこうして二人、日照りつづきの暑い夜などに、キリスト教徒の侵攻について語りあったかもしれない。そのとき、彼らはきっと、えたいの知れない宗教を恐れたにちがいないが、この新しい神話は戒律にみちていた。だから文明は決して危険にさらされるということはなかったんだ。つまり、一つの権威が他のそれに置きかえられただけですんだ。しかし現代では戒律は死につつある。でなければ自由の名のもとに虐殺されつつある。これを、おれたち警官は救うことができない。人生というやつは、ある戒律の死になじむと、ほかの戒律はいともかんたんに殺しちゃうんだ。てんでに悪いことをやらかすから、まずそれを取り締る法律が死んでしまう。軽犯罪はやりたい放題、重罪だって野放しで取り締れないものもでてくるよ。こうしてまったく自由になったところで、人間は軍隊でも組織して秩序の回復に乗りだなさくちゃならんとやっと気がつくようになる。自由なんてそら恐ろしくてみにくくて、ほんのちょっぴりしかいただいちゃいけねえってことがやっとわかってくるからさ」キルヴィンスキーは自意識過剰な笑いかたをした。

   『センチュリアン』p.130~131、「一九六〇年 八月」5 百人隊長 より(略は引用者による)

*14:200ポンド=約90kg

*15:1300ポンド=約589kg

*16:時速100マイル=時速160.9キロメートル。

*17:今作の主題歌「デンジャー・ゾーン」の歌手。

*18:今作が恋愛面でいいムードになったりせつない感じになったりすると流れる挿入歌「愛は吐息のように」を担当したバンド。

*19:ハロルド・フォルターメイヤー。映画音楽作家。キャリア初期に『トップガン』挿入歌「デンジャー・ゾーン」や「愛は吐息のように」などを作曲したジョルジオ・モロダー氏とよく仕事した。

*20:全容が実景としてすべて映されるという意味で。空中撮影シーンは1ショットだけでその模様をほぼデジタルデータで振り返るかたちで処理されたとはいえ、1回目と19回目のあいだには、0:50:35~のTACTS振り返り演習シーンもある。(この辺の流れはごちゃごちゃしていて、実戦演習の振り返りととらえれば「敵味方複数での演習に入る」とナレーションされた19回目の演習以前に2v2の集団戦をおこなっているという時空のゆがみが生じることになるし、シミュレーション機上で行なった演習なのだととらえると「TACTS(戦術飛行士戦闘訓練システム=各種モニタリング計器をつけた実機での訓練)での振り返りじゃないのでは?」ということになる。)

*21:

https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/z/zzz_zzzz/20220718/20220718132337_original.jpg

*22:スタジオジブリ刊・徳間書店販売(2021年2月15日3刷)、宮崎駿『紅の豚(スタジオジブリ絵コンテ全集7)p.277、「Dパート」カット604より。

*23:スタジオジブリ刊・徳間書店販売(2013年7月31日初版)、宮崎駿『風立ちぬ(スタジオジブリ絵コンテ全集19)p.16、「Aパート」カット25より。つぎの脚注で言うとおり、追走する水面の「キラキラ」は別カットでも注記されている。

*24:絵コンテを読むと『風立ちぬ』は、もっと作画を簡素化しようとしていたのではないかと思わせる説明に出くわします。

 たとえば関東大震災におそわれる街並みについて、絵コンテ段階では「カワラを一枚づつかかない」「瓦屋根この位の描込み」P.97と文字・ポンチ絵で注記があり、作画の参考として縦縞で表された屋根の建物が載せられています。

(宮崎氏が何をもってそうしたかったのか? 意図は絵コンテには記されていませんが、zzz_zzzzとしては「視力のわるい/"世界がいろいろ動いていてもあまり関心をもってない"小市民である二郎の世界観、ということだったのでは?」と推測します)

*25:

小川にそってとぶ

これはBG動画

水面にキラキラと光がついて来る

カゲも(ダブラシで)

   スタジオジブリ刊・徳間書店販売(2013年7月31日初版)、宮崎駿『風立ちぬ(スタジオジブリ絵コンテ全集19)』p.17、「Aパート」カット27より

*26:ただし紆余曲折がいろいろあるのか、オーディオコメンタリー(0:24:47~)で主要スタッフはべつの経緯を語っています。

(そちらでは軍人同士の恋愛を提案したら基地司令官から「将校がほかの将兵と関係することはご法度だ」とNGがでて、「軍人ではない女性とは接触があるか」「実際 恋愛関係は生じうるのか」と聞きなおしたら「ランド社などから評価チームが来て――飛行士や彼らの行なう図上演習を――採点することがある」と返答がきて……

とのこと)

*27: リドリー・スコット

 ちなみに話ですが、独立したクリエイターながら、たとえばトニー監督パイ・ゲーム』のロケ地選びのさいリドリーのパートナーであるジャンニーナ・ファシオ(当時。2022年現在はスコット姓)氏が現地の有力者との橋役を買って出てくれたりなど、兄弟で助け合いながら製作してきたスコット兄弟ですが、じつは『トップガン』でもそんなようすが窺えるのだと云います。

 『トップガン:マーヴェリック』公開にあわせて改めて作られた今作を回顧するメイキングドキュメンタリ6時の方向―「トップガン」の30年」(0:03:33~)によれば、プロデューサーのジェリー・ブラッカイマー氏らに主演を打診されるも、リドリー・スコット監督ジェンド/光と闇の伝説』撮影中でいそがしくて返答を先送りにしていたトム・クルーズ氏は、リドリー氏から「トニーと会ってくれ」と請われたことでようやく邂逅、『トップガン』の製作にくわわったんだとか。

{ただ、いっぽうブラッカイマーPの認識はすこし違う。

 オーディオコメンタリー(0:13:45~)にて氏は、『卒業白書』を見た脚本家コンビが推薦したトム・クルーズへ脚本を何度か送るも契約に至れない。航空ショーを行なっていたブルー・エンジェルスのもとへ飛行機に乗せることで快諾をえた成功譚を語っています}

*28:いや製作規模的にそれでも失敗だったらしいけど……

*29:Blu-Rayディスクなどに収録されているオーディオコメンタリー(0:40:57)によれば、ミラマー海軍基地内に実際にバレーコートを2日間だけつくったオープンセットだそう。

*30:マーベリックとグースがバレー中にハイタッチを交わすのは①0:41:22、②41:51、③42:14。

*31:マーベリックがバレー中に時計を覗くのは①0:41:04、②41:24、③42:20、④42:23。

*32:というかこれだけキッチリ描き分けられた作品なので、すでに取り上げられていそうではある。(「トップガン フード理論」でググってそれらしいものが引っかからなかったから記事にしたけど……)

*33:トップガン』0:43:38吹替

*34:トップガン0:36:50字幕

*35:素直にとるのが正しいだろう証拠として、劇伴音楽はこのダイアログの時点でやさしいメロディを奏でている。

*36:皮肉として解釈するのが正しいだろう証拠として、たとえば序盤の女性用トイレまでナンパしにきたマーベリックをフったシャーロットが、そこから出た直後グースへ「あなたの友達すぅごい」と一声かけ去ったことで、グースが二人が一発いたしたと勘違いしたくだりのように、今作の会話劇には皮肉がいっぱいあって、記事本文のつづきで取り上げるとおり、ここと並べたくなるようなやりとりもあったりする。

*37:もっとも、ぼくは吹替版は吹替版で合ってると思う。そしてキャスティングも吹替版収録も話題のひと一人でできるわけがないのだから悪評がかれだけに行くのはおかしいと思うし、今回話題にしたセリフについては「さすがに正反対に聞こえる発声はNG・リテイクが出されるだろう」とも思う。

*38:同場面のセリフをそれぞれ並べると……

字幕版

「おやじさんもVF51部隊だった

 君は彼に輪をかけた腕前だ

 欠点も多い

 彼は生まれつきの英雄だった」

「父がミスなど…」

「分かってる」

吹替え版

「VF51飛行隊。おやじさんと一緒に飛んだ。

 君はかれとよく似ているが、もっと良いところも、悪いところも。

 あいつこそ生まれついての英雄だったよ」

「本当にそうでした?」

(舌の鳴る音)……ああ、そうだった」

*39:地上より永遠に』1:37:52

*40:地上より永遠に』1:38:25

*41:地上より永遠に』1:37:40

*42:地上より永遠に』1:38:53

*43:地上より永遠に』1:38:58

*44:荒鷲の翼』0:11:19

*45:荒鷲の翼』0:11:52

*46:荒鷲の翼』0:12:08

*47:トップガン』0:37:22

*48:東京書籍刊(1992年11月11日第一刷)、ポーリン・ケイル柴田京子訳)『今夜も映画で眠れない(アメリカ・コラムニスト全集9)』p.100、「トップ・ガン ――新兵募集のコマーシャル」より。

*49:パラマウントから出てるしばらくまえのBlu-Ray版ではitunesの4KHDR対応の現行版と色味がちがって、「日が傾いてはいるけど夕方まではいかない午後」、と捉えるのが普通だろう色合いかな。

*50:パラマウントから出てるしばらくまえのBlu-Ray版ではitunesの4KHDR対応の現行版と色味がちがうのですが(itunes版では本編記事で引用した画像のとおり、同系統の色あいでまとまっている一方、昔のBD版だと手は赤みがつよく、ドッグタグはより銀らしい色合いになってます)、それでもドッグタグは橙がかった黄色味があります。

*51:まぁ『サブウェイ123激突』の拳銃など物語的に重要なシロモノでさえカット単位で別物に変わるトニー・スコット監督作だから、意図的かどうかは疑問符がつきますが……。