日記です。1万6千 1万8千字くらい。来週は感想文をアップするぞ!(願望)
※言及したトピックについてネタバレした文章がつづきます。ご注意ください※
0118(火)
■書きもの■
日記をアップしたが、なんだかよく分からなくなってきた
感想文やイラストをアップするblogとして開くも、そちらの投稿が滞ってしまったので埋め草として始めたのが日記カテゴリです。
日記記事をなぁなぁで平常運転とし、肝心の感想文などは「しばらくアップしてこなかったのだから何か"読みで"のある記事にしなければ」と気負いが生じてさらに滞り。それはそれとして昨年夏ごろから日記さえ滞ってきて、ついに秋から今に至るまでなにもアップしなくなりました。
そんなこんなでひさびさの日記記事「日記;2021/秋、2022/01/11~01/17」をアップしたのですが、ついに日記記事にさえ「しばらくアップしてなかったのだから何か"読みで"のあるものにしなきゃ」みたいな意識が働いてしまっている気がします。
肩肘はらずに身の程に合ったてきとうな身辺雑記を雑に記していくべき。*1
また、連想ゲーム的な話題はこびは、書いたzzz_zzzz本人にとってはひとつらなりの話題なのですが、他人が読んだときにどうなんだろうな……。
そして一文が長く・込み入ったものにしてしまいがちですな。何を言いたいのかわかりにくいうえ、そもそも読みにくい文章をやっぱりどうしても書いてしまう。
もうすこし文章をバラしたいですね。(バラした)
0119(水)
■COVID-19のこと■
面倒なウェーブがはじまった
去年とおなじく、里帰りによる感染者/濃厚接触者がでてきましたわ。へへへ。
0120(木)
■COVID-19のこと■
近隣の学校で休校の通知がふえてきた
こわくなってきましたし、リモートに対応してないわれらアナクロ仕事業界はまた勤務シフトがぐにゃぐにゃしてきましたな。
20年ごろとはちがって、検査が即日でおこなえるようになったのがうれしい(が、それは医療・検査機関のかたがたが大々大幅にお仕事をされているという意味でもあり……)
にじさんじ4thアニバDAY2中止(翌日DAY1とも両日中止へ)
【「FANTASIA」DAY2 開催中止のお知らせ】
— にじさんじ公式🌈🕒 (@nijisanji_app) 2022年1月20日
1/23(日)開催予定の『にじさんじ 4th Anniversary LIVE 「FANTASIA」』DAY2につきまして、
出演者の新型コロナウイルス感染に伴い、公演中止を決定いたしました。
直前のご案内となり、大変申し訳ございません。
詳細につきまして、以下をご確認ください。 pic.twitter.com/9tOH1MhdFA
前回の日記でも楽しみにしていた、にじさんじ4thアニバーサリーライブ『FANTASIA』のDAY2が中止となりました。COVID-19陽性者(ならびに濃厚接触者)の確認をうけたかたちです。
体調をくずされたかたの快復をお祈りします。(ゆっくりお休みください……)
***
ライヴの開催時期が正月から2・3週間後と、「去年21年基準ではだいぶアレな時期だけど、大丈夫か?(『シン・エヴァ』再延期することとなった2度目の上映予定日がこの時期だった)」って心配があり、今回の発表は「まぁそうさなぁ……」という案の定の事態ではあったんですが、資本に乏しい新進(にじさんじとか)が大きなキャパの会場を取れる日程もまた、他のイベント興行もが同じような不安から避けるだろうこの時期しか多分ないでしょうから……むずかしい……。
DAY1はどうなる? やるの? やるとしてどうやる?(客を入れるのか? 無観客でオンライン視聴のみ?) やれる理由は? というところが気になる点ですが……
楽しみにしていたので、悲しいです。
— 月ノ美兎🐰 (@MitoTsukino) 2022年1月20日
わたくしは自分にできることをたくさん頑張ります。
リスナーさん、本当にお気を付けください。
今回、練習等はDay2組と同時間に別場所、別スタッフで実施でした。検査は2回やって陰性でしたが、もう1回やる予定があります!気を引き締めてまいります https://t.co/1VWtsx85nk
……DAY1出演予定の月ノ美兎委員長のツイートによれば、練習などはDAY1・DAY2で別場・別スタッフ行われていたそうで、「それなら大丈夫かなぁ?」とすこし安心しました。
DAY1とDAY2の練習環境や実行スタッフが違うのは、機材やマンパワーの関係だと思うんですけど、また、大みそかの『にじさんじユニット歌謡祭』では、各ユニットの話として「練習が別々で、全体での練習は配信当日にようやくやれた」というお話があり、これについても「みんな忙しいから予定合わせるの大変なんだろうな……」というのがたぶん一番の理由だと思うんですが、結果的にそれはむしろこの時世では正しいやりかたなんだろうなと思いました。
こういう事態になってくると、にじさんじ3D配信やオフコラボなども、イベントを控えた組では避けたり、日程のちかいイベントに参加するひと同士が混交することのないようスケジューリングされたりするのかな? と思いますが、どうなんだろうな……。
ラジオなど外部でMCを持ってるひともいる、TV出演するひとだっている。興行イベントだけでなくてもお仕事は毎日あって人のからみはどうしたって流動的だし、そんなリスクマネジメントはそもそもいかな大手芸能事務所でも不可能なのではないか。
(こちらは個人チャンネルでの配信だけど、中止・延期となった1/19『二期生鍋パ』配信もふつうにDAY2出演者が出る予定だったんだしな)
***
というのが1/20時点での日記。翌1/21(金)に……
【「FANTASIA」両日開催中止のお知らせ】
— にじさんじ公式🌈🕒 (@nijisanji_app) 2022年1月21日
1/22(土)開催予定の『にじさんじ 4th Anniversary LIVE 「FANTASIA」』DAY1につきまして、DAY2同様に開催を中止することとなりました。
直前のご案内となり、深くお詫び申し上げます。
詳細は以下をご確認ください。 pic.twitter.com/06hiWt5TXj
……となりました。
外出自粛・自宅待機期間がおそらく配信視聴者をふやす一因ともなっただろう一方で、大きな収入源であろうライブイベントが流行り病の影響で中止・延期など大きな損害も出していて、なんとも難しいですね。
とっても悔しい!!!
— 月ノ美兎🐰 (@MitoTsukino) 2022年1月21日
けど、足を運ぶリスナーさんのことを考えたらこれが最善の選択だと思います。既に現地に来られた方々には本当に申し訳ないです
先日も言ったとおり、わたくしたちは今できることを精一杯頑張る!!!ので、明日Day1組でオンコラボ配信を予定しています!見てくれたら嬉しいです https://t.co/qsZXWKPCgN
ということで、オンコラボを楽しみにしたいと思います。
0121(金)
■読んだもの■
タイザン5『タコピーの原罪』7話読書メモ
それは何ですか;
『タコピーの原罪』はタイザン5氏による近ごろ話題の漫画です。Web漫画メディア『ジャンププラス』にて連載中で、いまのところは全話無料で読める。(そろそろコミックスが出るらしいので、リアルタイムで連載を追いかけるならいまのうちなんでしょうか?)
タイザン5氏は読み切り『キスしたい男』が話題となった新人作家さんで、『ヒーローコンプレックス』も面白く読みました。
粘度ある暗部と、それをはねのけるような爽快な展開が魅力的な二作。たいする『タコピー』は、どうなるんだろうな……影が色濃すぎるっピ……。
読んでいる感想;
第2話の不意の暴力が、親から子へ受け継がれた悪習の構図として再登場再定義されてうまい。
そして白眉はタコピーの罪の自覚シーン。退場したいじめっ子の代わりに、異星の変装アイテムでその子を装い、いじめっ子家庭で生活を送っていたタコピーだったが、ある日、
「あなたはあの子じゃない」
「あの子を返してください」
といじめっ子の母からとつぜん土下座を受ける。そうして動揺したタコピーが背景を見回すと、いじめっ子がDV母に愛されていた痕跡がいたるところに見つかって、自分がしでかしたことの重さを自覚するのだが……
……タコピーの正体を見抜いた母の愛という見方もできますが、聡いかたがたが指摘するように、そうじゃなくって「いじめっ子本人が健在だった時代でも、その子が意にそわないことをされるたびにこの親はこうやってパワハラをしてきたんじゃないの?」という見方もできる(し、それが正しそう)。
親が子へ日常的にやっているであろうやり取りが、子(を装う別人)にとって真に響く……というズレと多義性を含んだ展開で、ただただすごい。
最近の(ジャンプ系列で話題になる)面白い連載マンガを読んでいて思うのが、とにかく展開がはやいこと、豊富なこと。
『ハイキュー!!』なんかも一試合一試合一練習一練習に無駄がなくて驚かされますし『僕のヒーローアカデミア』などもやっぱりスピーディだなと思うんですけど、『チェンソーマン』の脂がのっている時期や『アンデッド・アンラック』、『ダンダダン』などなど、皆とにかく数巻を掛けたってよさそうなところを数話で駆けぬけるところがあって、それでいて各エピソードしっかり味が濃い。
そのなかでも『タコピー』の圧縮具合はちょっと群を抜いている気がする。
第一話でタコピーが"母星の決まり"をやぶって「"原罪"ってこれなのか/こういうジャンルね」と思わせたうえで、その2・3話後にはあっさりとポイント・オブ・ノーリターンを過ぎてしまって「エそうじゃなくて"原罪"ってこういうことだったの!?/こういうジャンルじゃ全然ないじゃん!」と覆して、さらなる山場をどんどん出してくる。
フリッツ・ラング監督『M』とか、ヒッチコック監督『サイコ』とか、フラー監督『アリゾナのバロン』『パーク・ロウ』など、展開の早い作品は昔からあるっちゃあり、けっきょく単純に巧拙の問題なのかもしれないけれども。
0121(金)
■読みもの■
『サッカーデータ革命 ロングボールは時代遅れか』読書メモ;データというか『カイジ』『嘘喰い』等のルールハックっぽいストークの戦略
それは何ですか;
クリス・アンダーゼン&デイビッド・サリー『サッカーデータ革命 ロングボールは時代遅れか』は、データに基づいたサッカー研究(史)書です。
読んでいる感想;
「シュートがゴールにつながる可能性は9本に1本である」
「得点となった決定的なシュートは3本以下のパスから成り、それ以上重ねたシュートはゴール決定率が下がる」
サッカーにはじめて統計学を導入した英国空軍中佐(前職は会計士)のチャールズ・リープ氏のロングボール戦術は、正しいところもあれば穴(分析の誤り)もありました。
なぜリープ中佐がそんな結論に飛びついてしまったのか?
最低限の手数で最大限の効率をもとめる当時のイギリスの政治観や経済学のモットーにあったのではないか……
……と原因を当時・当地の価値観によるものとしたアンダーゼン&サリー氏は、リープ氏とことなる時代・国のさまざまな名将や名サッカー評論家の卓見と誤り(ブレ)を紹介・そこへ根差した信条を紐解いていきます。
「プレースタイルは、その人の出身地の特徴を明らかにし、人との違いがあることの正当性を確認してくれる」
と『スタジアムの神と悪魔――サッカー外伝』(みすず書房)で述べたウルグアイの作家エドゥアルド・ガレアーノ氏(『収奪された大地 ラテンアメリカ五百年』著者)もそうして紹介されるひとの一人ですし、ほかにも生粋の共産主義者でありながらも軍事クーデターにより数々の亡命者がでた不安な情勢のなか行われたワールドカップで指揮を執るなどしたアルゼンチン・サッカーの第一人者で、
「右派のサッカーにとって、人生とは堪え忍ぶものだ」「それは犠牲を必要とする。鉄のように凝り固まり、あらゆる手段を使って勝たなければならないと考える」
などとサッカースタイルさえ左派右派の政治的イデオロギーにたとえて論じたセサル・ルイス・メノッティなどもその一人。
かれらの正しいところと(たとえばガレアーノ氏の認識はある程度ただしい。スペインが57%選択するフォーメーションは、イギリスでは9%しか実戦で用いられない。選手のイエローカード取得率と出身地の内戦期間やOECD国であるか否かは相関がみられる※)とそうでないところを紹介していき(たとえばガレアーノ氏の認識はある程度まちがっている。1試合当たりの平均ゴール数はプレミアリーグ、ブンデスリーガ、リーガ・エスパニョーラ、セリアAでほとんど違いがない。1試合当たりのシュート数もコーナーキック数もペナルティキック数もほぼおなじで、パス成功回数平均は最低リーグが425で最高リーグが449、ロングボールが占める率も54~59回のなかに収まる)、直感や慣習に左右されないより正確な分析をもとめていきます。
(※
2011年、政治経済学者のエドワード・ミゲル、セバスチャン・セエー、シャンカー・サチャナは、選手の出身地での内紛(政治的暴力)状態と、ピッチでの暴力的な振る舞いとの関連を、その選手が受け取ったイエローカードとレッドカードの数を基準にして調査した。
(略)その答えは、イエスであるように思われる。ミゲルらは、04/05と05/06シーズンの5か国(イングランド、フランス、ドイツ、イタリア、スペイン)とチャンピオンズリーグのデータに基づき、選手の出身地での内紛の状態と、ピッチ上での暴力的な振る舞いとの間に相関を見いだした。
内戦の継続年数が上がるにつれ、その国の出身地がイエローカードを受ける平均枚数も上がっていた。
(略)
ミゲルらが非OECD国(一般的に、貧しく、民主主義が根づいていない国)の選手を対象にしたときにも、同じパターンが現れた。辰巳出版刊、クリス・アンダーセン&デイビッド・サリー著(訳小島修)『サッカーデータ革命 ロングボールは時代遅れか』kindle版28%(位置No.4856中 1339)、「PART1 ゲームの前に――数字が示すサッカーの真実」ゴールに共通するもの より(略は引用者による)
だいぶセンセーショナルな研究と結果なので、追試とかさらなる掘り下げとか気になるところですが、無知なのとめんどくさがりなのとが原因で、それ以上のことはぼくにゃワカラン)
{出てくるなかには、ウクライナにあるディナモ・キエフのヴァレリー・ロバノフスキー監督もいて、このかたもすごく気になる。
来歴として「サイバネティックスも学んでいた」ということが記され、彼のサッカー理論とのつながりをにおわせているんだけど、かれのサッカー論はまじでソ連のサイバネティクスの偉い人ヴィクトル・グルシュコフとの議論によって出来上がったものだ……という、グルシュコフの娘のインタビュー記事(?)がググったら出てきた。
『footballista』に掲載された篠崎直也氏のコラムも興味深い。
}
本のなかでも『マネー・ボール』で一躍有名となった野球メジャーリーグのアスレチックス活躍の立役者ビル・ジェームズなどが話題にされているとおり、今著はスポーツ分野(とくにサッカー)におけるビッグデータ革命の本なので、弱小チームであるストーク・シティの不思議が本の冒頭にあり、それが紐解かれもするのですが――「野球などほかの分野とくらべてサッカーはデータ解析後進スポーツだけど、解析すると良いことあるよ」と問題提起・提案する本であるからかなんなのか――ここが面白い一方モニャモニャもして、なんとも不思議な味わい。
ストーク・シティ(出版当初2010年あたり)は現代サッカー研究的に「それが高いと勝ち点獲得率も高い」とされるボール支配率が群を抜いて最低。パスをすれば2回に1回近く相手チームに盗られてしまう。
毎年下位だがしかし最下位ではなく、二部リーグ堕ちすることがありません。
すごいストライカーやゴールキーパーがいるわけでもないストークがなぜぼこぼこにされないのか?
その秘訣はストークが、マンUでもリヴァプールでも手も足も出ない絶対的な時間をつくれることにありました。
ボールがライン内にある時間が、ストークは他チームに比べて圧倒的に短いのだ!
サッカーの試合時間はご存じのとおり前後半90分あります(※)。しかしストーク戦において、スローインやコーナーキックなどの「コート外にボールがあって敵チームがボールに触れない(けれど試合時計はうごきつづける)時間」は、本来の試合時間の半分である45分となることもあるそうなんですよ。
(※ここはインパクト重視でzzz_zzzzが「盛った」部分で、ストーク・シティにかぎらずどんなサッカーも90分まるまる試合していることなんて全くなくて、すべてのサッカーのオンプレー時間は大体60~65分くらいだそう。
2010~11年のプレミアリーグの平均は62分39秒。最長であるマンチェスター・ユナイテッド戦における平均オンプレー時間は66分58秒で、最短であるストーク戦の平均は58分52秒とのこと)
ふつうに戦えば競り負けるから、戦わないで時計をまわすと。
そうして引き分けやPK戦に持ち込んだり、あるいはロングスローの名手を起点とした攻撃でゴールを掠め取り(ストークのゴールのうち三分の一がロングスローに始まるプレーらしい)、強豪たちと互角に渡り合う。
{ロングスローの名手は、ださい邪道だし、フリーやコーナーキックがうまいMFやストライカーがいれば不要な人材だし……で、ストーク以外は戦略構想外になる。(ここもストークのうまいところっぽい)}
……面白いし、説得力ある理屈なんですけど、これってデータ革命というかもう、『カイジ』『嘘喰い』方向のルールハックじゃないですか。あるいは『ワンナウツ』?
いやまぁ、「『マネーボール』だってそういう向きがあるじゃん」と言われればそうなんですけど……。
ですけど「柔道の(反則とられない)うまい掛け逃げ/担ぎ技つぶれで時間稼ぐのがデータ研究の粋ござい~!」と言われるとなんか違くないでしょうか?
試合終了間近でサッカー日本代表がコーナーでほにゃほにゃやったりパス回ししたりしている姿があれこれみられるように、それって経験論的にわかっていそうなことでデータを研究しなくたって大丈夫そうなことじゃないですか。というところもある。
そのほかのトピックも面白いのですが、紹介され論じられる知見は、現代の実戦で多用され・優れていると見られているトレンドがデータ的にもやっぱり正しかった……みたいな「当然であることの追認」といった感があり*2、「ごくごく一部だけが知ってる(突き止めてしまった)必勝法、みたいな虫のいいお話はないんだなぁ」と思いながら読み進めていくこととなりました。
そういう、「叶わない夢を持たないようになる(可能な目標との峻別をつけられるようになる)」のもまた知識を得ることの大事な要素だと思うので、楽しくはあるんですけどね。
***
あと『サッカーデータ革命』だけではよく分からないところもないわけではない。
たとえば「選手交代のタイミングで試合を逆転できるかどうかが変わってくる」という知見はすごいけど、この本だけを読むと「結局どうすればいいの?」と悩ましい内容なのですよね。
あまたの試合を分析した結果、一人目は後半13分までに替える、二人目は28分までに、三人目は34分までに……という"<58<73<79"の法則が交代タイミングの鉄則として割り出されたのだと云うのですが。
おなじ章内では、「試合中の走行距離、スプリントの強度と頻度、高強度運動後に要する回復時間などを調べたところ、交代した選手の前半と後半のパフォーマンスレベルに有意な差はなかった」という研究もあり。
さらには選手は「じぶんが疲れてない・まだ余裕で戦える」と思わせるパフォーマンスをピッチ上で披露するという知見もあるそうです。
監督が交代タイミングを渋りがちなのは、上の法則を知らないからなのかもしれないけれど、「調子悪いように見えるのがたまたま失敗しただけなのか、不調や体力不足で本当にパフォーマンスが落ちているのか」たしかめるために様子見してしまうからなのだという感じのお話を著者はし、「目に見えるレベルで不調になってから代えたのでは遅い」との旨を説きます。
……総合するとぼくは、
「様子見しがちなヒト達がそれでもガンガン交代を切れたのは、即断できるほど選手が不調だったからなのではないか?」
「不調だとわからないくらいがんばる選手の不調は、一体どこをどう見れば判断できるのか?」
というような疑問をいだいたりします。
この辺やそのほかのこと(『サッカーデータ革命』では批判的な論調だった勝ち点3制度の有効性とか、ストーク・シティが二部リーグ落ちしない別の理由など)については、後年に出た『サッカーマティクス』の知見が参考になりそうです。
{『サッカーマティクス』によれば、中3日で試合をした選手と中六日以上あけた試合をした選手とでは、協調運動(他選手といっしょにラインを上げたりとか)のパフォーマンスが下がるのだと云う}
0122(土)
■奥歯に挟まった物■
「べつになんも関わり合いがないからここで言ったところでな……」「だからといってツイッターアカウントわざわざ作って告げることでもないし……」と思って下書きエントリにしまってそろそろ1年が経とうかという話題。せっかく書いたのでとりあえず公開しておきます。すっきりしました。
フォード・ピント事件ですね(リコール費用>賠償金と費用便益分析が出て、リコール隠しした実話)
実話か不明だけど「自動車部品の欠陥のリコール費用と、事故が起きた際の賠償金を比較して、賠償金の方が総額低いからリコールしなかった。結果、バレて炎上して企業価値が下がった」みたいな話もあるので、大衆の平均的な気持ちも考慮に入れる必要はあるけど、その方向性も利害にあわせて変化するし。
— こめ (@I_R_8) 2021年4月26日
(死者180人×20万ドル)+(火傷した人180人×6万7000ドル)+(炎上した車2100台×1台当たり700ドル)=4950万ドル
フォードはこうして、修正費が1億3700万ドルかかるのに対し、損害補償は4950万ドルで済むと見積もった。そうやって、問題を解決するほうが、放置して弁償するよりもはるかにお金がかかると結論づけ、直さないほうを選んだのだった。
血も涙もない計算だ。ではなぜ、企業はこうした倫理観に欠ける決断をするのだろうか。ノーベル経済学賞を受賞した有名なミルトン・フリードマンは、費用便益分析の裏にある原理を説明している。ある学生からピントの事件について質問されたフリードマンは、こう答えた。「1億ドル以上の費用がかかるのに、安全ブロックを付ける理由がどこにあるのか」と。そして、フォードの計算方法は「原理的に」正しかったと主張した。正しいというのは、計算に使った数字が適切だったというだけではなく、企業が活用できるリソースは限られていて、そしてどの会社も、決断の際には人命に値札を付けなくてはならない場合があるという意味だ。
ビー・エヌ・エヌ新社刊、ジョナサン・シャリアート&シンシア・サヴァール・ソシエ著『悲劇的なデザイン』kindle版21%(位置No.4194中 868)、「第2章 デザインは人を殺す」ケーススタディ3:フォード・ピント より
Wikipediaはここ止まりなんですけど、『悲劇的なデザイン』ではさらに興味ぶかい話が載っていて、フォード社はエンジニアの機転によって、くだんの修正費が1台あたり1ドルで済む(=つまりリコール費のほうが安く済む)方法を見つけたのですが、そうだと分かったあともリコール隠しをつづけ批判を封じるロビー活動へいそしんだと言います。
費用便益計算の部分がどうしてもインパクトがつよいこの事件、前半だけ知ると私情をはさまないシステマチックな、合理的にものごとを判断するドクトリンに思うけれど。
後半のお話も含めると、のちのち、分が悪いことがわかってもシステマチックになんて撤回できない/一度しちゃった判断が尾を引きつづけ失敗を否認・自己正当化に邁進するようなドロドロの「私」らしいふるまいだというお話なのかもしれません。
{導入当初にしたって、はたして「システマチック」なのかどうか? 都合のいいデータに飛びついちゃっただけなんじゃないか? みたいな疑問も浮かびますが、そこはまぁ。
(このケースはけっきょく間違っていたけれども、ある系において筋のとおった理屈をこしらえる⇒それについて妥当か否か判断する⇒GOサインが出て実行に移す……というプロセス自体はえらいでしょうと思う)}
(05/18 7:51追記)
ということを書いたところ……
「すやすや眠るみたくすらすら書けたら」でフォードピント事件が言及されているが、伊勢田哲治『フォード・ピント事件をどう教えるべきか』では「ピント・メモ」は存在しないというかそういう文書ではないことが書かれているぞ
— 倫理がない田中 (@tanaka_tooru_) 2022年5月17日
……倫理がない田中(tanaka_tooru_)氏がこんなツイートをされていました。
「えっそうだったんすか!?」
と思ったが、そもそもぼくが上でリンク張ったウィキペディアにもしっかり書いてあるぞ……よく読まないとだめですね……。
幸いなことに名大のサイトで全文が公開されてるっぽい。
あとで読ませていただこうと思います。
倫理がない田中さんありがとうございました!
(追記おわり)
■読みもの■
web版『宅録ぼっちのおれがあの天才美少女のゴーストライターになるなんて。』「1曲目」読書メモというか杉井光『楽園ノイズ』のきれいで巧みな物語へのモヤモヤというか
それは何ですか;
『宅録ぼっちのおれがあの天才美少女のゴーストライターになるなんて。』は石田灯葉氏によるweb小説で、『小説家になろう』/カクヨムなどで連載中。角川スニーカー文庫にて書籍化もされました。
商業化にともない、劇中歌も音源化されたらしい。
読んでみた感想;
ティーン向けの音楽バンド小説といえばぼくにとっては杉井光氏の『さよならピアノソナタ』や『楽園ノイズ』(こちらは『さよピア』のしばらく後の世界の別人物たちのバンド小説。発表年は『宅録~』のあと。)がおおきな存在。
・主人公の男の子は、曲作りから複数の楽毅の演奏まで一通りこなせる一方で、色恋ごとの矢印には鈍感。
・かれがバンドメンバーの美少女たちに想いを寄せられるハーレム要素。
・ヒロインの一人はかつて名を馳せた天才だが、いまは音楽をやめており、主人公と出会ったことでその理由が判明したりや克服にむかったり……
……というところは似通いますが、でもそもそもこれってバンド物で人間関係のドラマをやろうとする上でいろいろと都合がいい、定石的布陣なのかもしれない。
{主人公(語り手)がそれぞれのパートの人とコミュニケーションを取るとなると、それぞれのパートにそれなりに通じていたほうが展開が理屈のうえでも話運びのうえでもスムーズに済みそう}
主人公は楽器こそひととおりこなせるけど作詞の才能はなくて、ステージに立たないひとが作詞を手がけるのは『さよピア』『楽園ノイズ』にも無い点であり。
また杉井作品では掛け合い漫才で活躍する程度の「その他大勢」の背景となりがちな"バンド外の同級生"がかなり大きな存在となって、スクールカースト物の結構がつよくでているのも違うところ。
バンドをやる/歌を歌う/歌詞を書くことで「イキってる」と笑われたり「ヘタクソだ」「不思議ちゃん」と叩かれたりしないか気にする思春期の悩みみたいな面へ大きくフォーカスが合わせられています。(※カッコ内の声はzzz_zzzzが雰囲気で埋めたもので、作品内ででてくる批判をちゃんと引用したものではないのであしからず……)
杉井作品が既存曲をかなり引用していて、その音楽技巧についてあれこれ取り沙汰されていたのに対して、『宅録ぼっち』は劇中オリジナル曲勝負で、一曲を(おもに試作の面で)具体的にかたちにしていくかたちとなります。
作家歴のちがいなどはどうしてもありますから、杉井作品の面白さを思い知っていくみたいなところは正直あるのですが、「気が利いているな」と思うところもまた色々とあって、『さよピア』『楽園ノイズ』の主人公の恋愛関係の鈍感ぶりは、主人公が内外で発揮する敏さや高い詩性・音楽や歌への理解度と見合わず「カマトトぶりやがって」と思ってしまうわけですが、『宅録ぼっち』の鈍感主人公は(前述のとおり詩の才能がひどかったりなどして)身の丈に合っており、そういう気持ちにはなりません。
また、SNSとの絡ませかたに「……杉井光以後だな」と思うわけです。
ヒロインの美少女シンガーソングライターが表舞台から退いた理由はネットの叩きによるものだと早々に明かされるのですが、なかなか良いかんじの質感なんですよ。「YUIのパクり」とか。
で、そうして羅列された「ネットの叩き」について、物語の進展によってさらなる掘り下げが出てくる。ここが「なるほどなぁ」と面白かったです。
そうして出てきたものの転がしかたには「そんなすぐ解決できるものなのかなぁ?」と疑問が残りますが、あっさりした印象は他のシーンにも言えることで、もしかすると商業版であればその辺の食べ足りなさが解消されていたりするのかもしれません。
web版の印象だけで言えば、杉井氏の作品のほうが面白いですよ、正直。
でも、『ばけらの!』などで自身や近しい作家などをまきこんだメタ的な作品をえがきもした杉井氏が。
電撃文庫にもどって執筆した『楽園ノイズ』で、なにやら重い病気を患ったせいで学園から退いた(けどなんかたまに、音楽をつうじてコミュニケーションをはかってくる)先生にたいして、主人公たちが特にくわしく理由を訊ねもしなければまして「かまってちゃんウゼー」などと悪態をつくことなんてするはずもなく、ただただ音楽をつうじてか細くもしかしたしかに繋がる切ない交流を描いてみせたりとか。
あるいはガールズバンドを鑑賞していたと思ったら野郎が表に出てきたさいに流れる劇中コメントがただただ「動揺」一色で、罵倒の一切ないネット中継だったりとかの無菌ぶりには出せない味が、『宅録ぼっち』にはある。
中川海二『環の影』(完)読書メモ;視野の広い戦記を連載するむずかしさ
それは何ですか;
『ROUTE END』(未読)の著者・中川海二氏によるファンタジー戦記マンガです。全4巻完結。ツイッターの識者がオススメしていたので読みました。打ち切りなのか、短期連載なのかよくわからない。前者なのではないかと僕は思うんですけど、第1話で名前の出てきた一つの事件を始まりから終わりまで扱っていて、ひと区切りはついています。
読んでみた感想;
『環の影』は、睨み合うも小休止状態だった東の帝国と西の王国とに火がついた「白帝戦役」の始終を追った戦記マンガです。帝国と王国のあいだには複数の小国があり、それぞれの指導者や民の動きもえがかれる、視野の広い作品。
ぐにゃぐにゃ伸縮・伸長したりまがったり硬くなったり何だりする白光物質(とそれを材にした白鎧という武具)というなんかすごい物質が身近にある世界の、ちょっとした挙動にも白光物質がからむ白光物質パンクぶりが面白い。
(ネロ的なバカ殿の乱痴気さわぎと、それを諫める部下……というある種おなじみのやり取りも、今作ではこの白光物質のからんだアクションが取り入れられて、他では出せない弛緩と緊張がある)
掲載サイトの読者コメント欄でなされている読者による反省会(「ここが悪かった」「いや悪くない」)からうかがうに、その視野の広さが、連載モノとしてはむしろ仇となった感があります……。
「分かりやすく面白がれるドラマが、ぼくみたいな読者には必要なんだろな……」
じぶんの俗物根性をたしかめていく読書となりました。
設定集が出せそうなブ厚い世界設定がある(であろう)/そこが魅力的だと評価されている作品群でも、人気がある/ありそうなもの*3って結構あるじゃないですか。
たとえば『ヒストリエ』など岩明均作品や、ダンジョンの深層で出くわしたドラゴンから自分たちを逃がしてくれた(?)妹を助けるべく兄や級友がもう一度リベンジする……という『ダンジョン飯』はもちろんのこと。
夢を追う少女と青年の一時の交流とそこで託された想い(謎)……という『堕天作戦』や。
故郷を追われ、前夫に身を売る屈辱を抱え、子を売る気弱な夫に代わって、天下を取り子を取り戻さんとする……という『竜女戦記』。
足抜けしようとしたヤクザ者が謎のお面集団に襲われ妻を犯され殺され娘を失い、じしんも物理的衝撃で廃人状態となったまま濡れ衣を着せられ逮捕投獄・老いて出る。ひょんなことからボケが治り、お面集団へ復讐をちかって暴力の限りを尽くしていると娘が死んでないかもしれないという情報がちらついて……という『鬼ゴロシ』などなど。
それらの厚い世界設定と高い人気をそなえた作品って、そもそもその世界に生きるキャラの物語も魅力的/キャッチーなんですよね。
(とはいえ『堕天作戦』はその後オムニバス連作集みたいな趣になりますが、各エピソードがそれぞれ一本のドラマとして素朴に面白いということは言えるでしょう)
『環の影』はどうかというと、まずプレタイトルを影従国の若き王と王妃の情事と、王家に伝わる格言についてのダイアログで幕を開け。
そしてタイトル明けの本編では、その謎おおき影従国へ、東の帝国出身の若者がはるばるひとり旅をしてきたところから始まります。
好奇心旺盛な若者で、影従国の風習や、この国だけが産出できる白光物質やそれをもちいて生成できるファンタジック外骨格"白鎧"の神秘についてこの"目"で見たい――その"目"自体も、白鎧で作られた義眼である――一心でやってきたらしい。
東の帝国の若者が影従国のなかへ入ること叶ったその日は、偶然にも「"西の王国の暗殺者"を名乗る謎の人物」が影従国を襲う日でもありました。
謎の人物は、白鎧に身をつつんだ兵士たちを何人も屠り、女王の間までやすやすと侵入し、王らをあと一歩のところまで追い詰めます。
「"白帝戦役"が勃発の日とされることとなる――」と第一話をナレーションで〆た東の帝国の語り手は、折り返しの2巻末で戦場から退場します。
影従国の王夫婦もまた、老人や二大国の意向に流されていくだけの"蚊帳の外"的立ち位置がほとんど。
なんなら影従国さえ2巻途中からメイン舞台ではなくなる。
2巻途中から東の帝国と西の王国の中間にある小国(=王国に侵略され荒廃した国)に舞台を移し、カメラが追いかけるキャラクターも"(西の王国に復讐をちかう)中間国の王族で唯一生き残った姫とその従者、彼女と手を組んだ前述の謎の暗殺者、影従国の子と帝国出身の語り手的若者"らによる即席混合チームにあわされます。
そうして紙幅が費やされるのは、この混合チームが、中間国を現在統治する王国属国①の領主(2巻からの新キャラ)と戦ったりする姿や。
3巻4巻では影従国の助太刀という建前の帝国先遣軍(新キャラ)と王国属国②(新キャラ)が合戦をしたり……が描かれることとなります。
混合チームvs属国①はまだ良いですよ。帝国の語り手的若者もいるし、情に厚いが実力不足の中間国の姫vsゲスだが実力者の属国①領主(中間国の現当主)家族など、燃えるマッチメイクがなされています。
ただ、3・4巻は、知らない人らが知らない人らと戦い合うさまがほとんどですんで、むずかしい……。
(コミックス幕間のキャラ設定紹介にあるとおり、それぞれ結構いいかんじのバックグラウンドがあったりするようなのだが、フラッシュバックとかで矢鱈めったらな肉付けしない。
3巻における中間国の姫のバックグラウンド紹介などをふりかえるに、終わりまでの残り枚数の関係で割愛されただけなのかもしれないけれど、「この人は脳筋だが部下思いのいい人なんだな」とか「忠実な部下なんだな」とかが戦闘中の行動だけで伝わってくるから、4巻の戦闘はふつうにドラマチックだとぼくは思う)
ネロタイプのバカ殿であったり、聡いが強い主張のできない若者らしい立場的問題であったり、無力であったり……多様な国の多様な人々のさまざまな鬱屈が描かれ、それぞれどんな推移・顛末をむかえるのか? 気になりながら読んでいくのですが。
帝国から来た若者は知りたかった白光物質や白鎧などについてよくたしかめられないまま。
謎の男の出自やこの戦いの目的はすこし明かされたりこそすれども、その目的を達成して男がさらにどんなことをしたかったのかは分からないまま、闇に消えていきます。
……打ち切りマンガが往々にしてそうであるように、とは言いたくない。
読みすすめていくにつれ、現実の歴史の"一事件"がそうであるように、その事件のなかで明確な物語的帰結をむかえるものなんてほとんどないということが――さらに言えば「そもそも発端からしてその事件だけでわかるものでもない」ということが――分かっていく。
室内で人々がヒソヒソぼそぼそと密談をかわしていたと思ったら、気づいたら屋外には別の国から来た大軍が整列している……などのコントラストがビビッドだし、無常感をいだかせます。
***
もちろん劇中独自物質のからんだ文化風俗や戦闘は魅力的なんですけど、それ以上にぼくはなにより歴史モノ・政治劇として読みました。
さまざまな個性をもった白鎧の戦いは、それぞれがユニークであるがゆえに歴史的文脈やある種のメッセージ性を孕んでしまうから、単純に強い白鎧で戦えばよいというお話ではないのがすごい。
{たとえば世界で唯一だろう凄まじいビームを放てる高火力の白鎧は、その高性能ぶりゆえに当然とある国の首長の持ち物であります。
その国が侵略されて王家皆殺し・別の国に占領された(というのが世の認識である)時分に、そのユニークな白鎧を使ってしまえば、その場の戦闘は勝てるかもしれません。けれどその使用によって、全滅したと思われていた王家が生き残っていたことが露見してしまうわけだから、長い目で見ればマイナスかもしれない(露見すれば侵略国としては更に弾圧を強めるだろう/旧国家信者の人としては折れそうな心がもう一度元気になるかもしれない)……など。
他作でいえば『ワールドトリガー』の各戦闘・各戦闘員で勝利条件がこまかく異なるところなどがお好きなかたは、『環の影』の戦況もきっと気に入ることでしょう}
にらみ合う大国の政治や、その下のさまざまな小国の身の振りかたなどパワーポリティクスもまた魅力的で。
そうした構図の面白さは、占領国の新領主と地位をおわれた旧領主、虐げられた民の身の振り方などにも表れてきます。
(主導権奪取・復権に燃える旧領主の姫さまの幼馴染だけど、その一方で新領主に歯向かわず抱かれる身となった"現地愛人"の女なんてとても良いキャラだと思うし。
侵略者がそのさきで行なう戦闘/撤退なんてアフリカの紛争で武装勢力がとるようなイヤな手段で「ジャンププラスはよくもまぁこんなクールだったりシビアな展開や機微を……」と思う)
キャラ立ちを基準に考えれば、中間国の姫の都落ち・下剋上劇をメインにするとか、あるいはもっと長期連載をする見込みがあったのなら、謎の暗殺者を主人公にして冒頭のイベントとして「中間国の姫との合流と下剋上・復讐」をこなして、じしんの本目標に向かって邁進するお話とするほうが、分かりやすく面白がれたし据わりだって良さそうな気がするのですが、うーん……。
「いや主役に不快感ない、目指すべきゴールも提示されたゾンビサバイバル・旅漫画というキッチリかっちりしていた『ほぼほぼほろびまして』(リンク先ぼくの読書メモ)は長期連載できたか?」
とか、
「いやバトロワイヤルで且つ主役が愛らしいボーイ・ミーツ・ガールのバディバトル物という明確にキャラも物語も立っていた『ヤオチノ乱』(リンク先ぼくの読書メモ)は長期連載できたか?」
とか考えると、なんだかもうなにが当たってなにが当たらないのか、見当もつかなくなるのですが……。
0123(日)
■読みもの■
Web小説『転生令嬢と数奇な人生を』58話くらいまで読書メモ
それは何ですか;
『転生令嬢と数奇な人生を』はかみはら氏によるweb小説です。小説家になろうで連載され、早川書房から1巻が発売中(3月に2巻が出る予定)。
読む人への注意;
目次をしっかり書いてくれるタイプの作品なので、未読部分は目に入れないほうがいいかも。(物語が大きく動き出したところが描かれる、商業版2巻の副題・表紙・内容とかも目にしないほうがいい)
読んでみた感想;
なかなか面白い作品でした。
タイトルのとおり異世界転生モノであり、その世界の歴史をうごかすような重要人物とも関わりをもったりします。しますが、今作の異世界転生・現代日本人の意識をもった語り手の存在はどちらかと言えば、コニー・ウィリス『ドゥームズデイ・ブック』の歴史研究者やNHK『タイムスクープハンター』がタイムマシンを利用して現地取材する感触に近いかもしれません。
あれらほど世界へ干渉しない(できない)わけではないけれど(語り手がとくに専門的知識をもっていたり魔法など特別な才能をゆうしていたりするわけではないため)出来ることは限られていて、あれらと村上もとか『JIN』や森本梢子『アシガール』らとのあいだのどこかに、今作『転生令嬢と数奇な人生を』は位置しそうな感じ。
ヒトに関する関心についてといいますか、物語に依らない本能的な刺激と、物語のなかで組織化された刺激について、なんとなく考えてしまった。
トラ転をはじめとする転生設定のお約束というのは、起承転結の起をクイックにして読者との共通見解を組み立てて本筋を進められるいい道具だと思うのですが、一方でWeb小説の連載は「(ほぼ)毎日更新」によって一般的なエンタメの時間感覚よりもゆったりとキャラ描写ができるという面もあって、
— 青柳美帆子 (@ao8l22) 2022年1月23日
「転生令嬢と数奇な人生を」は、一般的な商業エンタメの尺感覚だとなかなかできないことが行われていると思います。ただこの積み上げがあるからこそそのあとの展開が大きく印象に残る(だろう)のはあって、次巻以降が楽しみです(なろう版読みに行きたくなってるけどちょい我慢しよ…)
— 青柳美帆子 (@ao8l22) 2022年1月23日
早川書房版は未読ですが一巻にあたる内容は、物語がおおきく動き出した最初の山場くらいのところが収められているようです。
その山場によって語り手が嫁いだコンラート領の物語が一つの帰結をむかえ、非常に心動かされました。
動かされたのですがしかし、よくよく振り返ってみると、このくだりで取り上げられるものごとのなかに、語り手がじかに触れてきたその土地・文化にかんする事物は(少なくともweb版では)意外なほどすくない。
{語り手は嫁ぎ先のコンラート領で、野草を採りに行ったり、「解体と皮なめしのやり方を教えてもらわなきゃね」と臭い(し血生臭い)獣狩り・解体をおこなったりするのだけど、この山場でそうした景観が再登場することはない。嫁ぎ先候補であった別領のもう一人からの贈り物である腕輪が話題にでるくらい}
「ぼくはこれを読んで心動かされたけど、(これまでの積み重ねとは関係なしに)”ヒトであれば誰しも心動かされる展開”になったからそのように心動かされているだけなのではないか?」
「どうあれそういう部分を突けるのは優れた作品なのではないか?」
「というかそもそも、前段でふれたことの推移をいちいち書かないこの展開こそがこのシーンに適した視野なのでは?
いちいち想起や注視をするような状況ではないだろうし、できたとしてもシーンは遅滞し、そして"段取り"感のある物語物語しすぎた展開になって、逆に冷めるのではないか?」
みたいな気持ちにもなり、先週の荒川『銀の匙』のコミカル描写にかんして感じたことといい(※)、なんかいろいろと疲れているのではないか? と悩ましい。
(※『銀の匙』はキャラがしばしば叫ぶし涙も流すが、そのほとんどはコミカルな画調によるボケ&ツッコミシーンにおいてそのような状態になる。
ということで「コミカル・ギャグシーンだからそのような誇張表現がなされていて、実際にはそうでないんだろうな」と流し読むわけなのだが、ではこの場合の「実際」とは何なのか?)
0124(月)
{22時まえに電気をつけたままベッドへ横になったら(布団にも入ったら)そのまま眠ってしまって、24時過ぎに一度目を覚まして電気を消して本格的に寝た。久々に平日にいっぱい寝た}
■読みもの■
Web小説『転生令嬢と数奇な人生を』82話まで読んだ
それは何ですか;
『転生令嬢と数奇な人生を』はかみはら氏によるweb小説です。小説家になろうで連載され、早川書房から1巻が発売中(3月に2巻が出る予定)。
読む人への注意;
目次をしっかり書いてくれるタイプの作品なので、未読部分は目に入れないほうがいいかも。(物語が大きく動き出したところが描かれる、商業版2巻の副題・表紙・内容とかも目にしないほうがいい)
読んでみた感想;
昨日までに読んだパートで「これは大変なお話だぞ」と固唾をのんで続きを読み、じっさい大変なお話となってきた/おなか一杯になってきたわけなのですが、語り手にしても誰もかれもかなりタフだし、ある意味で聞き分けのよいかたがただしで、とくに胃もたれせずに読めました。
この先83話以降も、案外(とりあえずのところは)おだやかなパートがつづくかもしれない。
歴史の分かれ目となる御前試合が、精鋭同士がゴリッゴリの搦め手戦術をキメ合う望み通りの御前試合が拝めて良かったです。
更新履歴
(誤字脱字修正は適宜)
01/26 アップ 1万6千字
01/27 改稿 1万8千字 『環の影』について書き足した。{白鎧のからんだ日常劇・それを駆使した政治性をはらんだ戦いの(ただ敵を倒せばいいだけではない)面白さ}