すやすや眠るみたくすらすら書けたら

だらだらなのが悲しい現実。(更新目標;毎月曜)

『ゼルダの伝説TotK』プレイ日記

 以下、プレイ日記です。(4万7千字 ⇒ 5万1千字)

 睡眠時間を削りに削り、なにか書き留めたい欲よりもプレイしたい欲が圧倒的に勝っちゃった作品でした。スクリーンショットはいろいろ撮ってるので、いつか補完したいところ……。

(理想としてはカラヤゲ氏のような逐一プレイ記を書きたいものです)

 

 ※話題にしたものごとへのネタバレした文章がつづきます。ご注意ください※

 

 

20181212~20190118

 前史;『ゼルダの伝説BotW』プレイ日記

zzz-zzzz.hatenablog.com

 ……からのつづき。

 

0512(金)

 ■ゲームのこと■

  『ゼルダの伝説 ティアーズ オブ ザ キングダム』プレイ日記①(0~2時間)2つ目の祠まで
   ▼前作『BotW』でダルかった3点が、今作でどう変わってそうか

 美しいし、オブジェクトも物量がすごい。

 『ポケモンSV』を――主要舞台となるアカデミーの外観をのぞむファーストショットによって、中景用の粗いモデルから近景用の精細なモデルへ張り替わる"システムシステムした"ようすを最初に見せてしまう、ヴィジュアル面(やシステム周り)について諦めと割り切りを早々におこなわせたあの傑作を――やったあとだと、「NintendoSwitchでよくやるな~!」とは思うけど、序章となるチュートリアルステージの時点ですでに大変さはうかがえる。

{身の丈ほどの丘をのぼったら、丘うえの池がのぼった瞬間に(水面テクスチャを張替えて)輝きだして、「Switchだなぁ」となった}

 

 2つの祠を攻略し、ゾナウの魔法のうち「ウルトラハンド」と「スクラビルド」をインストールしました。

 前作『BotW』でダルかった点は、ぱっと思いつくところで3点……

  1. 「消耗品である武器防具がもったいなさすぎて、無限に使用できるリモコンバクダンで戦う"3Dオープンワールドボンバーマン"やってる時間が長かった。
  2. 「各地に点在するランドマークであり攻略後、ステータスアップアイテムを与えてくれる祠が知育作業ゲーで面倒くさかった。(そのギミックを祠の外の世界に盛り込めばいいんでない? みたいな)
  3. 敵や、ちょっとした珍品をおさめた強い敵のアジトが数十時間プレイするゲームとしてはワンパターンすぎる。

 ……といったものがありました。

 ①については、発売まえに公開された青沼プロデューサーの実機プレイ紹介動画から「スクラビルド」によって多少の見直しされたんだろうと思っていたんですけど、体感としてはそんな変わらない印象。

(1222追記;

 クリアしてからの後知恵としては、各地方パートナーないし賢者の魂や、コンラン系素材、ハイラルの自警団との共闘集団戦イベント、そして空島ゴーレム勢とハイラルガノン魔物勢の突発的交戦……

 ……これらのような、リンク以外のNPCが敵NPCと戦う・戦い合ってくれるシークエンスが、ある程度の消耗をふせぎつつ新武器・素材を手に入れやすくなる「おいしい」要素として導入されていたんだろうなぁと思いました。

 

 また、消耗品管理・バックパック管理という意味では、ゾナウギア・右腕ゾナウテクノロジーの登場もよかった。『Botw』だと、武器のインベントリを、戦闘にむかない"冒険用便利アイテム"に充てておかないと心配になる問題がありました。

 樵するための"木こりの斧"とか、帆に風を当てる"コログのうちわ"とかたいまつ用の木の棒とか、そういうアレですね。

 じぶんが書いた『BotW』プレイ日記を読み直して感情がよみがえってきたんですけど、それら冒険用便利アイテムに武器欄が圧迫されて、平時用の武器は1本で回していたらしい……。

 『TotK』は、ゾナウギアという武器欄を圧迫しない別口アイテムの登場、そこらのものをくっつけたりなんだりするゾナウ右腕テクノロジーの登場によって、そのへんの「戦闘力をとるか? 冒険の対応力をとるか?」というリソース管理を気にしなくてよくなりましたね。

 まぁ、結果『BotW』のカツカツのなかやり繰りするあの感覚はあじわえなくなってしまったわけですが。世界を一回救うくらいの時間は、あの感覚をあじわっておくのも良いものでした)

 

 ②については、祠がまた出てきて、しかもなんか破魔云々のアイテムをくれたので、「またこれ数十とこなさにゃならんのですか……」とやる前からゲンナリしております。

(前回の祠は「それが苦行であること」自体に物語的意味があり、そこは今作でも変わらなそうですが……だからといってシーンカットで飛ばせてしまえるような汎用舞台をいちいちやらせないでくれませんか、というのが正直な感想。

 苦行をこなすことで報酬を得られることはまぁたいていのゲームで実装されていることですが、『BotW』ではさらには苦行を積み重ねなければ拝めないイベントシーンが『BotW』のシステムだからこそ成立するかたちで組み立てられていたことで、「がんばってきた甲斐があった」と思えましたが、今作『TotK』でははたしてどうなるのか?)

 ただ、チュートリアルステージの移動がけっこうパズラーでやりごたえがあるから、「あるていど不満は解消される塩梅になっているのかなぁ」と希望を捨てていません。

 

 ③について、いまさら気づいたのだけど、敵のバリエーションが少ない=攻撃パターンが少ないからこそ、武具防具の耐久値がひくくてもジャストガード&ラッシュを漏れなくキメられ、物資を節約しながら戦える部分はあり、その辺のあんばいは『TotK』のチュートリアルステージでも同じかもしれないなぁと思った。

(この2時間のプレイの間にさまざまな武器をもってる敵と出会ったけれど、その振り手じたいは一緒なので、戦闘自体はとくに困ることがない)

 {「"『TotK』がゼルダ初プレイです! 評判いいからやってみました!"というかたのうち、アクションゲームに不慣れな方がもし居たとしたらどうだろう?」というツイートをちらほら見た。たしかにわからない。

 1222追記;『BotW』の時点でそうだったのか記憶がないんだけれど、今作の敵は頭がよくなっている気がして、たとえばこちらに向かって走ってくる敵に対して――つまりそのくらい距離が空いているということなので――こちらが弓を構えるとするじゃないですか。すると、走る進路を微妙にズラして距離を詰めてきたりしません? こちらの"甘え"を咎めるプレイング(としか言いようがない)をしてくる。使ってくる技が増えたとかじゃなくって、こちらのアクションに対して立ち回りで対応してくる。

 この敵の頭のよさは、前作プレイヤーだから(ムカつきつつも)(ムカつくんだ……)(ムカつきますよそりゃ)越えられるハードルだけど、アクションゲーム不得手なかたは、しばらく平地で遊びたいところを、序盤からハードル仕掛けられるかたちになって、大変なんじゃないだろうか?

 (うちの甥っ子たちはクリアできるだろうか? と思ったが、小学校低学年の段階でかれら、ふつうに『ピクミン3』周回してるらしいんだよな。できるんだろうな)

〔それはそれとして、モンスターじゃないクリーチャーは見かけているし、武器を持たない新モンスターも一体たたかった。けっこう特殊に思えたんだけど、従来のフィールドボスみたいに名前が出たりもしないので汎用モンスターらしい。まじで?

{プレイ日記アップ時の追記;さすがにユニークモンスター(クリーチャー?)でした}

 

   ▼やさしい世界
    ▽『天空の城ラピュタ』のような清浄・静謐

 世界を救った勇者がひょんなことからすべてを失い……という点で、シリーズ過去作ムジュラの仮面』を思い起こしますが、あちらとちがってだいぶ優しい世界がひろがっていますね。

 

 空へ浮かんだ謎の文明ゾナウに由来するだろう島々で主人公(プレイヤーキャラクター)リンクは、謎のメカにおそわれる。

 ゾナウ文明の生産物におもえるそのメカは、プログラム通りにうごくゴーレムであり、こちらへ敵意があるというよりも、元々あたえられた役割をいまでもこなしているだけなのだった。

 さきほど戦ったメカなら、その役割は不審者を排除する見張り兵であるし。料理ゴーレムなら「なべ」をつかって料理を、木こりゴーレムなら斧をふるって材木をつくる。戦闘員でなければコミュニケーションは通じ、上のような知見をゴーレム本人形の口から得られたのがその証拠である。

 けっきょく使役する側の問題ということで、主(あるじ)であるゾナウの善悪の問題となるけれど、そこに対する不安もすでに解消されている。

 ゾナウのひとりは、魔王ガノンと敵対しわれらがリンクを助けたうえで治療してくれたひとであり、かれは空の浮島のあちこちにたたずみ、在りし日の記憶を語ってくれる。

 あたたかな陽光をうけて輝き、風がそよいで水面と水草をゆらし、鳥たちが鳴き羽ばたき、ゴーレムたちがもそもそとルーチンワークをこなす空の廃墟群は、ある種の憩いの空間となっている。

 

    ▽「注目システム」のほんわか感と報酬

 ゲームデザインがその優しい雰囲気をつくりだしている一端でもあり、「注目システム」の説明とその顛末なんて最たる例。

 3D空間でモノにたいして直感的にインタラクトするための「注目システム」。『マリオ64』の反省をふまえ、3D空間での"軸ズレ"を緩和するべく開発・『ゼルダの伝説 時のオカリナ』で導入されたこの傑作システムについて、『ゼルダTotK』では入念なイントロダクション・シークエンスがとあるゴーレムを説明役にして実装されています。

 「わたしに注目してみてくれてもよいですけど、攻撃するのはやめてくださいね」と説明を〆めたゴーレムにたいして「注目」してみる。話を終えて自分の仕事にもどるゴーレムへ、軸ズレをおこすことなくキレイに攻撃が決まりゴーレムも「アブナイ!」とか言って縮こまったりして楽しい。

 (しばらくして防御を解いた)ゴーレムはちょっと動くだけじゃなくて、廃墟から出てどこかへ向かう。木のしたまできたゴーレムは、そこで土を掘り洗うような手つきをする。

 その手のそばにはバラバラになった文明の残骸。

 「A拾う」と出るのでAボタンを押してみると、アイテムが手に入った

 ……セリフで示唆されたゴーレムへ「注目」し、ゴーレムの行動に付き添うことで、アイテムのありかまでたどり着ける

 「システム説明⇒システムを実行した結果、報酬が得られる」という、示唆されたことにたいして報酬をあたえてくれるゲームデザインの「素直さ」ももちろんのこと。そこへさらにプレイヤーによるキャラへの興味・見守りを経由してそこへたどり着くというかたちとなっているのがまた、明るく優しい世界を形成している。

(『サブノーティカ』のとあるクリーチャーの図鑑データ収集をしたらオマケに出会えた……みたいな方向のきれいかつ優しいデザインで、すばらしい)

 

 「やさしく穏やかだ」と言っても、べつにゲームプレイにやりごたえがないとか、難しくないという意味ではありません

 ゾナウの魔法を開放するまえから、雪つもる低温地帯とポカポカ草の実がお目見えし、焚火と鍋もあり、「『BotW』既プレイヤーのかたがた、おわかりですよね?」という感じの配置がなされている。

(ということで行ってみたら、帰り方がわからなくなって死んだ

 帰れるかどうかはともかくとして、「時間さえかければ恒久ステータスアップ装備がアップグレードできる」状態になってから、敵が強い場所や気候変動地、スタミナ*1激減地に行っても面白くなくて、時間限定バフアイテムで工夫(ドーピング)していけるかどうかハラハラしながら進むのがいっちゃん楽しいので、裸である最序盤でそういう要素を盛り込むのは、自作の強みやプレイヤーがどこに快楽を感じるかよくわかってるゲームデザインだと思います。

 

   ▼(余談)『ムジュラの仮面』の圧迫感について

 以下の文章を書いたのは去年らしい。はやく蔵出しできるといいな……。

 『ムジュラ』は不気味でこわい、いつだって時間に追われて、次へ次へと無駄なく行動していかなきゃならない閉塞感もいやだ。

 こども時代のぼくはそう思いました。

 「タイムループ物の先行作」として『ムジュラ』を再プレイして驚くのは、3日後にゲームオーバーというゲーム内時間はあれども、その3日間内で刻一刻と状況が変化する時間経過/時限式のイベントはあまり無いということです。

 こども時代のぼくは一体なにがこわかったのか?

 

 くぼんた眼窩のなかに見開いた目がぎらついて、上と下の歯をぴっちりつけながらも歯茎を剥き出しにした口は怒っているようにも笑っているようにも見える。

 『ムジュラ』の月にはおどろおどろしい顔があり、ゲーム内時間3日を経てそれが上空から地上へ迫り落ちてくるゲームオーバーシーンは不気味で脅迫的です。

 なぜ落ちてくるのかはわからない(おどろおどろしい仮面の主がなにかカギを握っているようだけども、それ以上はわからない)。とにかく時を迎えれば落ちてくる。月と接した時計塔が崩れ落ち、その下・周囲のクロックタウンが激しく揺さぶられて爆炎が舞い上がり、プレイヤーキャラクターであるリンクもその餌食となって絶叫とともに吹き飛ばされ、衝撃波は遠くの木々まで震えさせ、世界がまばゆい白い光に包まれる……

 ……ニンテンドー3DSのリメイク版*2の終末をあらためて拝んだzzz_zzzzは、20年前にオリジナルのニンテンドー64版をびくつきながらプレイした当時に見たきりの記憶とほぼ一緒の光景であったことに驚きました。それだけトラウマになっていたんだ!? って。

 さらに驚いたのは、そもそもこのシーンは、主人公リンクが前作で手に入れた時のオカリナの力をつかって時間をさかのぼることができるので/そうした形でタイムループをしていくゲームなので、この破滅の光景を一度も観ずにゲームをクリアすることが可能だったということです。

 子ども時代のぼくは、『ムジュラ』のいったいなにがそんなに怖かったのか?

 作家の佐藤亜紀氏が『小説のストラテジーで解説してみせたシャマラン監督『サイン』にも似た魔力が、このゲームにもありました。

 

 上述ゲームオーバーシーンは任意で見られるイベントですが、それでも空に浮かぶ月の顔は、プレイヤーがどれだけ避けようとしたってどうしても映り込んでしまう存在です。

 ゲーム内時間の最終日では、プレイヤーが視点を動かせばどこかしらにあの月の顔が見えるし、そこをうまく見えないようカメラを動かしても、朝や夜の節目を迎えるたびに挿入される、プレイヤーの現在地にかんするエスタブリッシングショット的な)風景を被写体とした"引きの構図"では、月を込みにしたフレーミングが少なからず為されます。

 メイン舞台の町に来て初めて見聞きする代物である苔むした水車の歯車機構も、町の室内のいたるところにある月と太陽などがえがかれた時計も、最後の時が迫り月が近くにきたことで世界で起きる地震も、プレイヤーが望まなくたって勝手にガタガタと回り続けるしブルブルと震えるものです。

 

 はじめはよく見えないけれど確かに存在していて刻一刻と近づいてくるこの不気味な月を、『ムジュラ』はシナリオに加えてゲームデザインを通じてもプレイヤーへ印象づけます。

 "注目システム"の演出上の効果なんてその代表例。(前作のお助け妖精ナビィとよく似た妖精に言われるまま"注目"してみると、「ほらおまえのブサイクな顔によく似てる木だろ」との旨の罵倒をされる、悪意しかないチュートリアルから次いだ出番となる)『ムジュラ』本編*3で"注目システム"が初めて活用される可能性の高い対象は{=スタート時点のプレイヤーキャラクターの視界(画面ど真ん中)に収まった唯一の人がまなざしを向ける、プレイヤーと同一平面上ではない高所にいる人は}、空に浮かぶ月への不安を述べます。

上でも言った通り、このシステムは『マリオ64』の反省をふまえ、前作『時のオカリナ』で導入されたもので、歴史的蓄積は浅い。それだというのに、もうすでに一演出材として活用されているのがおそろしい)

 必須進行ルートである(町と天文台の連絡路である)地下水路では、祭りを目前にして楽しげな大道芸と音楽(BGM)のひびく町の賑わいはエリアをまたいだ途端に止んで、代わりにガタ、ガタと正体不明のなにかがうごく音が延々ひびきます。

 水路の町と隣接する側の水路出入口は丁字路となっていて、丁字路を曲がったすぐ先(=町からきたプレイヤーにとっては死角の壁には前述の『ムジュラ』ならではの時計がかけられており、進路の確認や危険がないかクリアリングのため立ち止まるだろうプレイヤーの耳に、時計の駆動音が出所も正体も不明のまま入ることとなります。

 {前作『時のオカリナ』の初戦闘相手が、プレイヤーと同一平面上に立ってそこから歩きはせず、視認も攻撃もしやすい(試し斬り用の)巻藁的存在"デクババ"であったのに対して}『ムジュラ』で初戦闘となるモンスターが地下水路の天井で巣をつくり、プレイヤーが接近すると高所の死角から降ってくる人面グモ、つづくはしごの上方で進路を塞ぐのが顔の書かれた風船であるところも示唆的ですね。

 

 頭上を不気味な存在にどんよりとふさがれた、繰り返される気持ちわるい悪夢のような世界……子ども時代のぼくが抱いた『ムジュラ』に対する憂鬱は、さまざまなかたちで印象づけられたものでした。

 そりゃあ製作者の青沼氏だって、デクナッツの顔顔顔に圧迫され追いかけられるカットシーン同様の悪夢を見るよという出来栄えです。

3DSのリメイク版では、その空気がより濃く重たくなっています。

 3DS版では各章ボス4体のどれもに弱点として目玉の意匠が加えられ、それを初登場ムービーで見せるような演出がなされています。この変更の意図について外野から知りうるのは、任天堂公式広報記事『社長が訊く』インタビューで青沼氏が語った、弱点がぜんぜん見えなかったことの反省であるということですが、プレイしているzzz_zzzzが感じたのはプレイし易さだけではありませんでした。"じぶんを見下し害する巨大な目"という、月と重なる圧迫感を覚えました)

 

 『ムジュラ』のオープニングをやると頭上へだけでなく、さまざまな負の念がわきます。そしてそれらが(各章の)解決できれいに反転されていく美しい構成があります。

 ルダの伝説 ムジュラの仮面』の圧迫と解放について。

 頭上への不安のほかにプレイヤーが感じる不快は、まず不気味な仮面をかぶった謎のキャラに、愛馬エポナやその他もろもろをプレイヤーのなすすべなく奪われデクナッツへと容姿と身体能力を変えられてしまう不条理が挙げられるでしょう。さらには、前述とも関係しますが、チュートリアルとは思えない繊細な操作を必要とされる射出滑空アクションを強いられることで、自由に身動きできないフラストレーションがたまります。

 メイン舞台の町外にでてようやく視覚的にも音楽的にも明るく賑やかなところへ出られたと思ったら、いちばん近くにいる生きたキャラ(=キャンキャンと鳴き声のかわいい小型犬。画面中央の大工の親方とプレイヤーキャラクターとのあいだに位置します。)が、プレイヤーキャラクターへ暴力をふるってくるというディスコミュニケーションのショックなども待っています。

デクナッツは冒険をすすめていくと、沼のモンスターだったり、他者を捕らえ釜茹での刑に処そうとしたりする乱暴な面をそなえた一部族であることがわかってきます。

 前述のふるまいはかれらから不用意に接近された動物にとって当然の拒否反応なのですが、Can You Pet the Dog?というツイッターアカウントが22年3月現在52万6千フォロワーを集めているとおり、ビデオゲームにおいて撫でることができたりペットにできたりすることの多いという存在から、正反対の反応が返ってくるのはけっこうにショッキングです)

 

 こうした要素が(各章の)解決できれいに反転されていくんですよ。

 3DSリメイク版の第一章的な沼エリアのボスで言えば、冒頭やフィールドやダンジョンでさんざん行なされてきたデクナッツの滑空飛翔アクションが、ボスキャラ攻略の要となっており、しかもだいぶファジーな操作で弱点を突ける! このアクションがボス戦で初めて爽快に感じられる。

 プレイヤーはいくつかの手がかりから前述ボスへの有効手段をじぶんで考えだして、自分からデクナッツへ変身し、自分から滑空飛翔アクションを行なう。それに対する多大な報酬が用意されているんですね。

 そしてボスを倒せば、360度雲海の水平線がひろがる・抜けるような明るい空での、異形との意思疎通がある……

 ……プレイ感・カットシーンをまたがるこうした圧迫と解放は、山を舞台にした第2章ではさらに気持ちよいかたちで組み込まれていますし、RPG・アクションゲームとしてのプレイヤースキルが要請されていく後半第3章以降はすこし毛色こそ変わってきますがやはり同じ大枠のもと構成されています。

 

 

  『ゼルダの伝説TotK』プレイ日記②(2~11時間)チュートリアルの空島を終え、地上へ

 18時に帰宅し19時までプレイし、ご飯を食べぼんやりしたのち20時~28時までやった。

 メインチャレンジは地下探検(遺物撮影)、地下探検(根っこ点灯)をクリアした。

 

 野生の馬に乗って駆け(快適だ)、馬宿にたどり着き、飼い馬登録をする。『BotW』の馬たちがそのまま引き継がれていることに驚く。

 『TotK』ではじめて乗った野生馬を「てぃあきんごう」として登録すると、馬宿会員ポイント制度の説明をうける。

 馬宿3ポイントを達成すると、こんかいの目玉であろう「ウルトラハンド」と繋げられそうな「牽引ハーネス付きの鞍」をもらえるらしい。もう一頭つかまえて、『BotW』時代の飼い馬と入れ替える。名前は「ぽいんと」とした。

 

 

  『ゼルダの伝説TotK』プレイ日記③(11~26時間)地下を多少もぐりつつ、地上の鳥望台を開放していく

 10時に起きて15時までプレイし、昼ご飯を食べ15時30分から19時までプレイし、夕ご飯をたべて20時までぼんやりしたのち、20時から27時までプレイした。

 

 

0515(月)

 ■ゲームのこと■

  『ゼルダの伝説 ティアーズ オブ ザ キングダム』プレイ日記④( 26~37時間)鳥望台を開放し終える

 11時に起きて13時までプレイし、昼ご飯を食べ13時30分から14時30分までプレイしたのち、スクショ保存限界をむかえ15時30分ごろまでデータ移行に四苦八苦し、18時30分までプレイし、夕ご飯をたべて20時までぼんやりしたのち、20時から25時までプレイした。

 サブチャレンジを進め、雪原の馬宿からはぐれたと云う金色の馬を戻す。

 きのうつかまえた「ぽいんと」と入れ替えで飼い馬登録をする。

 

   ▼『BotW 2』という印象がぬぐえない『TotK』という、異様

 『BotW』ってとんでもなく面白いは面白いんだけど、PVを「こんなこともできるんだ!?」と驚き観たひとの「……じゃああんなことも??」という妄想にこたえる作品ではなかったと思うんですよ。

「ふむふむ、木を攻撃すれば大木も倒せる、そして倒木によって橋の代わりにできたりするのか!

 ……その程度の距離、パラセールで飛べばよくね? そのさきは?」

 そんな疑問で立ち往生してしまう作品だった、というのがぼくにとっての『BotW』。

 『TotK』では、「そのさき」がついに自分の裁量で組み立てられる具合になっていて、とても楽しいです。

 

 そんなわけで『TotK』はめっちゃ面白い。

 面白いんですけど、3日で35時間やってるハマり具合だと再度書いたうえで言わせてもらうんですけど、いまのところはまだ『BotW2』『かゆいところに手が届く孫の手を作れるようになったBotW』という印象がぬぐえません。

 しかしよくよく思い返してみるとコレは不思議な感想で、そもそも6年前にゲームプレイヤーたちが言っていたのは「『BotW』は斬新な発明ではなく、非常に完成度の高いウェルメイドなオープンワールドゲームだ」というお話だったじゃないですか?

 それを当てはめると、『TotK』はオープンワールドゲームの集大成をさらにブラッシュアップした集々大成」ということになるのでしょう。まだ磨けるところがあったんだ!?

 

   ▼とにかくほどよいバランスだ

 冒険・登攀が前作同様たのしい。

 もちろん新規追加エピソード・サブテクストとマップとが絡んだパートは面白いです。

 リンクを操作し旅する世界も、「『BotW』は思い出補正じゃなかったんだな」と再認識する美しさです。

(気候風土や天候、時間に応じた空気がうつくしい。

www.youtube.com

 マジックアワーの空を飛ぶ映画としては、最近でもッション・インポッシブル フォールアウト』ップガン:マーヴェリック』などさまざまありましたが、それらとはちょっと違うカラーパレットのようにも感じたり。

 また『BotW』は「グランド・ツアー」やカスパー・ダーヴィド・フリードリヒなどピクチャレスク美術との共通性が話題にされましたが、今作『TotK』は和風なしろものが――というか、ジブリ作品要素というか――あれこれ増えたからか何なのか、川瀬巴水府の朝』とか『「京十二ヶ月」より 谷中の夕映』とか『「京二十景」より馬込の月』、吉田博船朝』とかを思い浮かべたり)

 手間暇かけてデザインされたマップは、何度すすんでも楽しいということなのかもしれません。

 

 驚きだったのは、『BotW』でわりと避け気味だった戦闘も、面倒くさくていやだと思っていた祠もどちらも素朴に楽しんでいること。

 手間暇かけてデザインされたゲームは、なんだかんだ言いながらも何時間とプレイできてしまえるということなのかもしれません。

 

    ▽リモコンバクダン削除という名案;装備が壊れやすいのは『BotW』とそう変わらない気がするけど、それでも大丈夫というのがわかった『TotK』

 『BotW』の戦闘は面白いけどだいぶ面倒でした。武具防具に耐久度が設定されていて、何回か戦うと壊れてしまうから、自然と避けるようになりました。

 たしかに格上のモンスターを倒せば格上の武具防具を鹵獲できるんですが、おなじ装備(はまだ等価交換って感じがするけど……)や弱い装備をもっている相手に対しては耐久値がすり減るだけで旨味がありません。

「なら戦わないほうがいいじゃん!」

 ……と判断した結果でした。

 

 『TotK』の装備も『BotW』同様こわれやすい。けどだからといって、それで困るということはない。たのしく戦闘しています。

 なぜだろう?

 世界設定の勝利もあるでしょう。

 『TotK』はゲームシステム上の都合(武具がこわれやすい)を世界設定(伝説の剣でさえボロボロとなる瘴気にみちた世界である)に組み込んでいて、非常にうまい。

 新たに加わったシステムもあるでしょう。

 モンスターを倒せばモンスターが用いていた得物を鹵獲することだけじゃなく、モンスター自身の角やらなにやら身体の部位が手に入り、それを武器防具につければ、弱い武器もつよくできる。

 おなじ装備の敵を倒したとしても、武具防具はすり減りますがまぁ削れた装備はそこでそのまま交換すれば良いですし、素材ぶんのプラス収支は絶対うまれます。「じゃあ戦おう!」という気持ちになる。

 

 でもいちばんの功績は、加えたものより削ったもの――リモコンバクダンを排除したところにあるのではないでしょうか?

 『BotW』では、シーカー族オーバーテクノロジーとして、リモコンバクダンが常備されていた。

 多少のクールタイムが経過さえすれば無限に沸くこのバクダンで戦えば、お気に入りの武器を温存できる!

 ……英傑だったころのリンクと違って、ぼくが乗り移ったリンクはセコセコちまちまちまちま投げ歩く"3Dオープンワールドボンバーマン"として生きました。ぼくの『BotW』は『ボンバーマン オブ ザ ワールド』と開いても通じる内容だった。

 『TotK』をやっていると、

「あのボンバーマンプレイは間違いだった、それ無しで成立するかたちで調整しているだろうゲームへ、ムダに抑圧的な"縛り"を設けるだけのクソプレイだった

 ということがよくわかります。

 

    ▽祠パズルをふつうにたのしく解いている;祠の厳つさ居心地のよさ

 さてプレイするまえはあれだけ面倒くさがっていた「祠」の試練も、たのしく解いております。

 単純に「パズルが面白い」ある。

 祠内が初顔合わせとなるギミック(≒ゾナウギア)がいくつもあって、そこでその活用法を見出せれば簡単に解ける……というような試練がけっこうあるんですよね。

 「これはこういうギミックです」という言語的な説明は試練内には無くて、だからプレイヤーがまず「これはどういうギミックなんだろう?」とこねくり回し、その仕様を見つけるところから始まる試練がすくなくない。これが面白い。

 思いつかなくても力技や旧来のギミックの組み合わせでどうにかなったりするせいで*4、「とりあえず試練クリア特典だけもらおう」と"急いで直進"をして、数十分トライ&エラーした挙句、

「……あっ!」

 と新出ギミックの機能とその活用法がふっとひらめき、"急がば回れ"という先人の教えの正しさを思い知ったりする。

(ギミックの使用法・起動法が自力で思いつかなくても、宝箱やゾナウギアガチャを引いてそのギアを手に入れれば、アイテムメニューの短い説明文をつうじて「どんなギミックか」知ることができる

 祠パズルで詰まったプレイヤーのうち"そもそもギミックの使い方がわからない"という段階でつまずいたひとについては、祠外の冒険をすすめることで解消されるかもしれない。

 前作では別個に分断されているイメージのあった「祠の謎解きとその外の冒険」が、今作ではそこに接点が設けられてる

 

 とはいえゲームプレイを進めていけば多分、"既にわかってるギミック"の応用問題が多くなってくるだろうはずで、実際そのような心地の試練もすでにいくつかあったんですが、こちらも面倒くさがらず解いています。

 実際プレイしてみると、面倒くささよりも快感が勝つので、ついついこなしてしまうのですよ。

 簡単すぎない適度な難度。そしてなにより、音楽と舞台、効果音の厳かさ心地よさ

 『BotW』の暗く青い空間でパズルを紐解くと、即身仏と対面できる祠から一変、『TotK』の祠は、天には空が見える明るい白と緑を基調とした空間で、パズルを解いたさきには2種の男女が並び立つ石像が待っています。

 雪降る極寒や陽炎ゆらぐ猛暑といったさまざまな気候風土、雷雨などの天候、おどろおどろしい音楽とエフェクトと色彩につつまれる「赤き月」に顕著だけど、それじゃなくてもモンスターがどんどん湧き出る)夜といった時間帯など、『ゼルダBotW』~『TotK』の道中は危険がいっぱい。

 マップへの慣れもあるんでしょうが、なにより各エリア拠点(訪れると周辺のマップがアンロックされる地点)が前作のカリン塔的な高台(シーカータワー)から人間ロケット打ち上げ台(=鳥望台)と変わった『TotK』は、より大規模な移動をしたくなる作品で。つまり装備もろくに整わない状態での旅がたぶん前作よりも活発になっている気がします。

 がんばりゲージも少なく、物資も乏しいゲームプレイ序盤の登攀は、思った以上に大変で、雨がふるだけでフラストレーションがたまる。空路が増えるということは馬に頼れないということだが、そうすると突然ポップするタタリ神@『もののけ姫』的なウネウネから逃げるのが大変になる……

 ……そういう険しい旅路から離れて一息つける癒しの時空間として、『TotK』の恒常的に明るい祠が機能してくれています。

 

    ▽ふたたびマップ探索の話題へ

 ……以上のことを思いながら鳥望台起動をすすめていって、この鳥望台まわりの「ほどよい難度」にまた感心していくことになります。

 特に感心したのは、あきらかに大変な標高にある鳥望台からの流れについて。

 雪が深くて視界はわるく、敵も(序盤で訪れるにはこわくなる程度に)強い。……つよいんだけど、雪山であることは実はそこまでツラい要素ではありません

 防寒効果のある衣服は、チュートリアルステージで一枚手に入れているし、メインチャレンジ(メインストーリー)で「最初に向かうといいよ」とオススメされる地域にもまた防寒具がある……

 ……ということで「むずかしい・けど行きやすい場所」なのでした。

 序盤ですすむには大変なので、登りきったときには達成感/疲労感があります。そこに対して『TotK』はめいっぱいの報酬を用意してくれています。

 雪山頂上の鳥望台のあしもとでは、ほかの塔では見られなかった鉄の箱がいくつもあって、とりあえず壊してみたところ、体力を回復できる料理が山ほど入っていました。中身は「凍結ケモノ肉」「凍結トリ肉」と、寒冷地ならではのものでそこもちょっとフフフと笑みを誘います。

 

 さて、北西、南東、北東、そして南西という順にぼくは鳥望台を制覇していったんですけど、面白かったのが、南西の鳥望台をすすんだときのこと。

 砂漠がひろがる地帯で日中は猛暑となるんですけど、暑さ対策となる衣服を手に入れるには、鳥望台よりそのさらに南西に進んだ砂漠の町までいかないといけません。

 『BotW』でも体験したはずの暑さによる継続ダメージが思いのほか大きいことに(改めて)ビビりながらも、体力0のゲームオーバーを迎えるまえに鳥望台を開放できました。

 暑さ対策となるヒンヤリ効果を一定時間与えてくれるアイテムをぼくはもっていて、それを食べながら、鳥望台攻略にいどめたからです――前段階でおとずれていた雪山の鳥望台にて手に入れた冷凍食品です。

 逆の順番だと宝の持ち腐れになっていただろう冷凍食品。

 ぼくじしん、『BotW』ではさいしょにこの南西の砂漠地帯を攻略したから、どのような旅をするかはプレイヤーによってバラバラまちまちだとは思うのですが。

 でも、『TotK』プレイヤーで冷凍食品のありがたみをここで味わわないひとは、割と少ないんじゃないだろうか……と思いながら鳥望台を起動させました。

 

   ▼といったところでメインシナリオへの期待

 そんなわけでシステム的には良くも悪くも『BotW2』て感じの印象をもったわけですが。

 メインシナリオが今回も/前回以上にしっかりしてそうなのに、そちらはまだほぼ手つかずなので、今後たのしみにしたいと思います。

 

(サブチャレンジはいくつかこなしたり、クリアまでいかないまでも足を突っ込んだりしましたが、

「短編の、そしてゲームのミニイベントという枠組みのなかで抽出された"らしさ"が巧いよなぁ」

 と思います。ちょっとしたキャラのちょっとしたイベントでも、イベントさえないキャラの何気ないセリフでも、「このひとはこういう性格・個性・趣味やこだわりがあるひとなんだな」と味わいがあるこの塩梅ってなんなんだろうな?

 どのキャラのどのセリフも、会話のどこかしらで赤文字で表示されるゲーム攻略に重要なポイントをプレイヤーに伝えてくれる情報ソースなんだけど、肉づけのおかげでそういう味気なさを覚えない)

 

 前回は「言うてオレ記憶喪失で、英傑としての自覚ないから」とエクスキューズをいれることによって好き放題できた、「世界を救うのをほっぽりだして気長に探索していいのか?」問題。

 今回は今回で、うまい設定を用意してそうな気配があり、そこもすごいところ。

 

 

0518(木)

 ■ゲームのこと■

  『ゼルダの伝説TotK』プレイ日記⑤ MaC異変調査1/4(リト族の村)を終え、MaCジョシュアミッション②をこなした

 メインチャレンジ(主要ストーリーパート)である異変調査のうちリト族の村パートを終えました。これはすごい。

 鳥望台を開放しきってマップがぜんぶ明らかになった段階での、「案外せまいかもしれないな……?!」という不安を良い意味で裏切ってくれるダンジョン(までの道中)で素晴らしかったです!

 空でかすぎ。マップじゃあ高さ方向はわかりませんものね、なるほどなぁ。

 遠景だとみんな奥行きがつぶれて平べったく見えてしまうので、じっさい行ってみたからこそ天空の高さの青天井ぶりがわかって、二重に驚かされました。

 パラセールという安全に着地できる装備があるというのに、下をのぞき込むとヒュンってなるし、踏み外して落ちたときにはヒヤッとなる。

 

 『BotW』同様、ダンジョンにたどり着くまでの道中と各地の助演ネームドキャラとのかかわりが楽しい

 そして『BotW』のダンジョン周りで「う~ん」だった点が、けっこう解消されているのがうれしかった!

 『BotW』ってダンジョンに辿り着くまでが物語的・ゲーム的に大きな盛り上がりで、ダンジョン~ダンジョンボスは、ちょっぴり小じんまりとまとまり過ぎていたきらいがありました。

 ダンジョン初攻略時は、ひとりでダンジョンに入るとわかったとき「え、一緒に行かないの? あ、そうなんすか」ッスン……ってションボリしましたし、以後「そういうもの」だと分かってからもやっぱりさびしさは晴れない。

 ダンジョンボスのビジュアルが、属性違いのコンパチキャラというのもあるし、そのバトルパターンがそれまでの道中の応用問題というより復習問題みたいだったというのもあります。

{それまでの要素を総まとめするようなレベルデザインは、「遊び」としても、そして「記憶」をおおきなトピックとした物語としても、よくまとまっていてそれ自体は良いと思うんですよ。(あともう一点、個人的に良いと思ってることがある)

 良いのですが、道中のバリエーションからアクション的発想的な飛躍があんまりにも少なくて、「おなじことをまたやらなきゃならない」退屈さがありました。

 たとえば3DSムジュラの仮面のダンジョンボスとかのほうがはるかに面白いんですよ。

 その面のこれまでの道中の謎解きがヒントになっていて、それを活かすことで飛躍的に簡単になる点は『BotW』と共通しているんですけど、ヒントの出し方が偶発的で解決まで飛躍があるとか*53DSムジュラの仮面ではたとえばゴロン族編のボスは、そのパートで得た能力やステージのギミックを活かすことによって別ジャンルのゲーム化するなど、「解法は道中の経験から察しがつくけど、解くまでの体験は全然ちがう」という差別化がなされていました。

(とはいえね。

 『BotW』のダンジョンボス戦の味気なさは、それはそれで「すべての機械を均一に襲うバグないし不具合っぽさとその修正」的・「老朽設備の保守点検」的で、ぼくとしては「むしろこの退屈さこそが大事なことなのでは」と思うし、近年ますます「えらいことだなぁ」と思うんですけど、まぁツマランことはツマランので……)}

 

 『TotK』では、ダンジョンボス・ボス戦に"遊び"的・物語的ピークがくるようにデザインされていて、盛り上がりかたが尋常でない。

 ボス戦単体で見ても、360度*360度天地左右をまたにかけるダイナミックなもので、『BotW』~『TotK』の冒険時の面白さをバトルにも活かしたような素晴らしいものなんですけど……

 ……通しプレイでのなかだと更に、ここまでのエピソード面で重要性がえがかれていた「手をつなぐ」、「(ひとりじゃダメでも)仲間と協力すれば解決できる」トピックがバトルでも盛り込まれて、盛り上がりに盛り上がります。

 

 

0521(日)

 ■ゲームのこと■

  『ゼルダの伝説TotK』プレイ日記⑥ MaC「龍の泪」を回り終え、ウオトリー村をあれこれする
   ▼<ゼルダ>おなじみ怪人・奇人の怪描写が、物語の根幹へと食い込んでくる強固な連関

 「龍の泪」で未確認部分を見て回り終えました。

 大枠の大枠については、こちらの護身が足りず既プレイヤーによるネタバレツイートを踏んでしまったのですが、演出がものすごくってそれでもなお心動かされました……!

 大トロが出てくることは知ってしまっても、やっぱりじっさいに食べるのとでは大違いといいますか。それがあぶりなのかヅケなのかネギトロなのかまでは知らなかったので、だいじょうぶでした。

 

 一連のテンションの上下や充実感は、ネタバレを踏まずに楽しんだ『BotW』よりも大きかったのですが、それゆえに、

「『BotW』があったからこその『TotK』だけど、それとはまた別の面白味だな」

 とも思いました。

 『TotK』って続編ではあれども、『BotW』のストーリー部分を明かして興をそぐようなところってほぼ無いと思う不思議な作品で、しかし、ゲーム世界の見方へ確実に影響をあたえてしまうゲームでもあると思います。

 もしだれかに「一作だけプレイするなら?」と尋ねられたら*6、『TotK』の充実度が高い(だろう)ので『TotK』を推すでしょうけど、二作ともプレイできるなら『BotW』⇒『TotK』の順番で手を出すのがいいと思いました。

 

 『TotK』は、その世界のさまざまなものごとがひとつの物語を幹として展開されているかのような集約をしていて、その対比変奏がすさまじい。

 過去作でスタッフがデイヴィッド・リンチ監督イン・ピークス』が好きで採り入れたと云う「怪しい人ばかり」=不気味で気色のわるいテイストも、その「怪しさ」がもっとも機能するかたちで配されている。

 この<ゼルダ>シリーズで当たり前に登場する(し、『TotK』では任意発生イベントなので、会えない可能性も大いにある)怪人・奇人の怪描写が、まさかこんなにも主軸へ厚みを持たせる変奏だとは思わなかった。

 『TotK』ではそこらの犬へ「たべもの」を与えれば食べるし懐くし、親愛度がふかまれば自分が埋めて隠した大事なものの場へと連れてってくれる。『BotW』でもあったちょっとした仕掛けが、今作ではどうにも心をざわつかされて、穏やかに見れない。*7

 

   ▼ウオトリー村あれこれ

 村を占拠する海賊たちは、ホブコブリンマスクとリザルフォスマスクとを交代で被って一人ずつおびき出し、海へ叩き飛ばして溺死させる陰湿なプレイで片づけました。じっくり牛歩戦術でしたが、意外なことにゲーム内時間で一日経たず完了できました。

 魔物が「足のつかない水深へ落されると溺れ死ぬ」ことは、洞窟やほか海賊船イベントなどこれまでの冒険をつうじて体得したことで、装備も知識も総動員の良イベントでした。

「大工さんもいることだし、これで暗転して村も復興か……」

 と思いきや、建て直しについてもプレイヤーのアクションが必要というところが非常にうれしかった。(『BotW』ではそのへん味気なかったっすよね)

 海賊討伐が総力戦だったように、後編となる復興チャレンジもそれまでのいろいろな経験が活かされるチャレンジで、看板立てのサブサブチャレンジとかウルトラハンド、リト族の村での木こり活動(スクラビルド)、コログの運搬サブサブチャレンジなどの蓄積のおかげでさっくり出来ました。

 マスターソードを芝刈り用具にするたいへん不敬なつかいかたをしましたが(苦笑)、いま思い返すと「野焼きとかでもどうにかなったのかな、そっちのほうが楽だったかな?」とも。

 

 

0522(月)

 ■ゲームのこと■

  『ゼルダの伝説TotK』プレイ日記⑦ MaC異変調査2/4(ゴロンシティ)を終え、SbCはウマナリ楽団を終えた
   ▼MaCゴロンシティ雑感

 メインチャレンジ「四大異変」ふたつめとなる、ゴロンシティをクリアしました。

 リト族同様すばらしかった。

 『BotW』の四英傑とその子孫そしてかれらの住まう街が、それぞれ百年前の厄災・神獣への態度をたがえていたように。『TotK』でもメインキャラの世代・階級をたがえたうえで、伝統の継承と新たな出発の端境期の各コミュニティをえがいていくようですね。

 最初にクリアしたリト族の村のメインキャラ「チューリ」は、自分ひとりで解決できると思っている/親世代に心配されるティーでしたが。

 今回クリアしたゴロンシティのメインキャラ「ユン」は、子供たちのあこがれであり若い世代に慕われる「ユン組のユン社長」であり、老年世代に「ユン坊」と迷走を溜息つかれる20台の若社長的姿。

 金ぴかゴテゴテのヒップホッパーみたいなファッションに身を包んでドシンドシンと歩み寄るユン坊の姿は、リト編を締めくくるチューリの装いの話題と合わせて興味深い。

{記録的豪雪による食糧難・物資難をもちまえの勤勉さと誠実さでなんとかサバイブするリトの村から、飽食と怠惰でみたされたゴロンシティへ移ると、寒暖差で"整"えられて、そこも楽しい。

 ガノンドロフ陣営の戦略もまた面白く。

 リトの村は、村長が老年から親世代のエースへ世代交代して戦力的に頼りないコミュニティ。なので気象兵器によって陸の孤島化して兵糧攻めして、そもそも戦闘さえできないかたちにしたうえで、焦れてポツポツと出てくる若芽(チューリ)をつぶして勝つというもの。リモコンバクダンや丘上から岩を転がしたりしてチクチクする『BotW』プレイヤーみたいな周到さだ。

 ゴロンシティに対しては、管理力も戦力もすぐれた長(ユン)が異変をまず調査できるし実際しに行くけど、その長にたいして変装・偽計をしかけて、洗脳してしまうというもの。まるで魔物マスクをかぶって強敵をおびきだしたり、コンラン花をスクラビルドした矢で大物を射ってウオトリー村をすくった『TotK』でのオレみたいな狡猾さだ}

 

 ユン坊の能力は直接的な攻撃手段で、ダメージソースとしてというよりも、岩盤破壊力にすぐれた探索採集の要となりそう。

 岩盤を「岩ハンマー」で叩いて、岩ハンマーが壊れるまでの間に運良く両手持ちの大剣が出たらひろって岩を「スクラビルド」して「岩ハンマー」をつくって叩いて……を繰り返してきた洞窟探検へ差し込む光ですわ。

 直線方向へ射出機能がついた『BotW』リモコンバクダン。

 『BotW』でのzzz_zzzzの冒険の日々はオープンワールドボンバーマンのきらいがありましたが、ここにきて『TotK』はオープンワールド版ビーダマンの趣が出てきました。

 ダンジョンへ向かう道では、瘴気をまとった魔物に対して、ちょっと離れた丘の上からユン坊でチクチクしました。

 

 リト族編をクリアしておくと、移動のクオリティ・オブ・ライフが上がるんでゲーム内キャラから「リトの村を」と最初に向かうよう示唆されたのは正しい誘導ですが、他方で構成的にはゴロンシティ編からはじめたら良い感じに驚けるなぁと思いました。

 ダンジョンに入るまえに登場する、中ボスの格がすごい。リト族編をクリアしたうえでなお、「リトの村のボスもド派手だったけど、こっちもすごいな!」と偽の感心をしてしまった。

(てことはこの順番が正解だったということかもしれない。逆順でプレイしたら、「中ボスと思っていたら章を締めくくるボスだった」ということもありそう。

 じっさい、敵側も天地左右縦横無尽にうごきまわるけど、プレイヤー側も挙動についてはかなり自由が利いたリト編ダンジョンボスにたいして。ゴロン編の中ボスはおなじく天地左右をひろくつかったバトルといえど、操縦がむずかしい)

 

 ゴロンシティ編のダンジョンはだいぶ面白いつくりで、レールとその分岐が張り巡らされたダンジョンなのですが、ロッコ使わなくても登攀でなんとかなる(!)

 『BotW』のダンジョンはわりあい"登れない"表面設定/構造となっているところが多くて、力業でいけるところは少なかった*8んですけど。今作のゴロンシティのダンジョンは、"がんばりゲージ"を回復できる休憩ポイントもあるし、それ以外にも垂直飛翔できるゾナウギア「ロケット」が多数配されていたりと、ロッコで進む以外のやりかたを自覚的に残している気配があります。

 

******

 

 メインストーリーもけっこう進んで、「後半に入ったくらいだろう」と考えているのですが、出来が良すぎて困る。

 あれだけ完成度の高かった前作よりも、今作のほうがべらぼうに完成度・充実度が高い。サブストーリーのサブキャラまで、というか、サブストーリーもないしセリフさえ無いようなモブもモブまで、つまりそこらにいる犬へたべものを与えられ、なつくと自分が埋めた宝物の場所まで連れてってくれる……といった、オマケのオマケみたいな諸相までもがメインストーリーと響き合って聞こえる、重厚すぎるくらいに重厚な交響楽みたいな作品です。

 ただ、「それほどの傑作でもなお、"これがあることで前作が下位互換の遺物になった"みたいなことは全くないなぁ」と思いながらプレイしてます。

 

 おなじく壮大な傑作であっても、「壮大な世界」と「壮大な物語」とではだいぶ異なるんじゃないか?

 

 みたいなことを考えながらプレイしています。ぼくは今作派ですが、世界のありようとして前作のほうを推すかたはいるんじゃないでしょうか。

 

(プレイ日記としてまとめるにあたり追記;

 ……と思っていたけど、メインストーリーと無関係の雑多性を「洞窟・井戸」で用意していて、このアプローチはかなり凄い)

 

   ▼ウマナリ楽団雑感

 チャレンジ前半では、"失せ者さがし"クエストの失せ者を楽団員とすることで、死角へ天へ底へと散らされた音楽(の発生源)をつきとめる……という立体的な移動・探索の"遊び"となっていて、

『TotK』となって立体的になったと云うSE環境だからこそできたクエストなのだろうなぁ」

 と仕様のマイナーチェンジとそれがもたらす"遊び"の違いについて思いをはせたりしました。

 チャレンジ後半、楽団を泉へ連れていくところは、ウルトラハンドが活かされるのはもちろんのこと、前作から登場していた「馬」の存在感がかんじられる"遊び"であることに感心しました。

 過去のシリーズ作Nintendo64ムジュラの仮面』では、(うろ覚えだけど宮本茂さんが西部劇好きトカナントカで)馬車上シューティングシークエンスがあり、たいへん立派な西部劇だったのだけれど。

 今作の楽団護送では、馬車』やらのあの車軸や車輪の調子をたしかめながらエンヤコラと起伏ある丘を上下し渡河するトレイル! あの試行錯誤と地味ながらも大事な手ごたえがプレイヤーとして(=エンヤコラする主体として)味わうことができて、これまた素晴らしかった。

 

 

0523(火)

 ■ゲームのこと■

  『ゼルダの伝説 ティアーズ オブ ザ キングダム』プレイ日記⑧(90時間)「四地方の異変調査」3/4まで

 地上の4種族4都市にあるメインストーリーの3/4をクリアしました。

 

 北東のアレで「もしかして……」と思ったことが東のアレで確信にかわりました。

 『TotK』ってメインストーリー以外をすすめた人が、メインストーリー(のダンジョン)攻略を楽に進められる構造になってますね。

 

   ▼寄り道して得た汎用装備が、パズラーなメインダンジョン攻略にも(パズル素通りの獣道を作り出せるというかたちで)活きる構造

 たとえばとあるダンジョンでは数階ぶんの高さにおよぶ各棟の周囲を広いダメージ床が(ゲームオーバー必至なレンジまで)囲んで跳び石みたいになっていて、その間を回路図みたくパズルな道がつないでいて、高所やらなにやらに出入口がある各棟のなかには、次のステージへ進めるためのフラグがある。道を入れ替えたり分岐を切り替えたりすれば移動できるわけだけど。ゼルダ>シリーズおなじみのややこしいダンジョン! 各地に点在する祠のなかには、おなじギミックを活かした別パズルがあるので、その経験を活かせばスムーズに進められるかもしれないぞ!)

 他方で「がんばりゲージ」を育てさえ(各地の祠を踏破して"がんばり"ステータスアップさえ)していれば、パズルな道を解かなくても要所までよじ登れる

 

 たとえば別のとあるダンジョンでは、高所に次のステージへ進めるためのフラグがあるけど、表面が濡れていて登れないパズルを解くことで高所へ行くためのエレベータ的ギミックを機能させられるゼルダ>シリーズおなじみのややこしいダンジョン! 各地に点在する祠のなかには、おなじギミックを活かした別パズルがあるので、その経験を活かせばスムーズに進められるかもしれないぞ!)わけだけど。

 他方で、「がんばりゲージ」を育てそして滑り止め防止装備(サブストーリークリアで入手できる)を手に入れてさえいれば、高所に辿りつくためのパズルを解かなくても、そのフラグを手に取れる。

 

 エリクサー抱えがちな人間なので試してないけど、たぶんゾナウギアでも(空と地底との探索をすすめていれば)同じような「攻略」ができるんじゃないだろうか。

 

 パズルのなかにも省略できるものとできないものがあって、たとえばダンジョンボス攻略の頭(ひらめきへつながる練習問題や、新出ギミックの仕様理解の一助となるもの)や手(キャラコントロールの練習)となるようなものは不可避の要素となっています。

 そもそも、各チャプターの冒険で得た装備や知識がダンジョン攻略やダンジョンボス戦で活かされるような構成は、ぼくが子どものころにやった過去作であれば(『時のオカリナ』は記憶が薄いので本当にそうかzzz_zzzzは自信ないけど。リメイク版でやり直した『ムジュラ』では確実に)当たり前に盛り込まれてきたものでした。

 直近の『BotW』となるとこのまとめかたはより一層顕著となって、道中のできごとがすべてダンジョンボスでおさらいされて、その踏襲ぶりは応用問題というよりも復習問題の域に達し「作業」感をおぼえるほどでした。

 他方で、<ゼルダ>シリーズファンから評判よいダンジョンのいくつかは――たとえば『時のオカリナ』の水の神殿とか(いまの総括Pである青沼氏が気を吐いたパズルパズルしたダンジョンの極致だ)、『ムジュラ』の重力反転ダンジョンとか、『BotW』のダンジョンとかですが――ゲーム全体からすると、

「このパズルはたいへんだし複雑だけど、それが解けたからといって何かほかで活かされる部分があんまり無いんじゃないか?」

 と孤立していました。それはそれでノイジーです。

 謎の儀式や風習に参加させられてる感覚にちかいですけど、それならまだ「自分が知らないだけで何か理路やそうなった流れがあるのだろうな」と文脈をのぞき見する楽しさがありますが、これらのダンジョンははたして文脈があるのかどうか? パズルのためのパズルをやらされている印象でした……

 ……このパズル、ゲーム内現実のみんなは解いてるの? 解法手順書はおろか口伝もなしに?

 

 『BotW』となるとその傾向はより顕著となっていて。『BotW』はプレイヤーが自由に各エリアを動き回れて、好きな順番で好きな装備で各章のダンジョンを挑める面白さを提示したゲームでした。

 丘の上に祠や塔が見えてる。でも、順路は魔物が囲んでいて、それ以外は崖や池に囲まれている……そんなポイントを、鹵獲し大事に温存してきた強力な武具で正面突破したり。あるいは自然の防壁を、別軸の装備や料理を開発して移動や登攀の助けとなる装備をととのえ、飛び越え登りきったりする。そういう自由な冒険の楽しさ。

 けれど各章の締めくくりは、従来シリーズを踏襲した"解法が一意に限定されたダンジョン"。『BotW』があらたに提示したフィールドでの経験や得た楽しみとは正反対のクライマックスだ。

オープンワールドを自分の好きなように冒険できて、いろんなアイテムを手に入れられるけど、ダンジョン攻略に必須の装備(ゾーラ関係とか)以外ってけっきょく賑やかしだよな……」

「どうせ無くてもクリアできる・活用法も無いならサブストーリーやらなくて良いじゃん」

「選択肢が広がってるようで、従来シリーズからそう変わらないんだよな。捜索範囲が広がっただけの鍵探し

 という虚無感がありました。

 もちろん、フィールド冒険でしか活かせないものでもフィールド自体が広大なので腐りませんし、たいした報酬がなくてもサブストーリーは『BotW』世界をより深く知れたり物語自体が面白かったりするので楽しいわけですが、しかしフィールド冒険部とダンジョン攻略部とで"遊び"が根本的に乖離している感は否めませんでした。

(いろんな味が楽しめて嬉しい、という向きも当然あると思います。

 でもぼくははじめて『BotW』のダンジョンに入ったとき、壁がつるつるの登攀不可能表面だと気づいたとき、だいぶ萎えましたよ~……)

 『TotK』フィールドを冒険する感覚でそのままダンジョンを攻略できるようになっています。しかもそれぞれの部族ならば往来も容易だろう文脈もうかがえる。なるほど『BotW』からの正当進化だなぁと感心しています。

 

 

0525(木)

 ■自律神経の乱れ■

  ゲームのダンジョンのパズル要素は嘘くさい……ほんとうに?

 先日、「ビデオゲームのダンジョンのパズル要素、まじであれあのダンジョン類の住民・利用者は解いているのか?(あまりに嘘くさすぎるだろう)」と愚痴ったのだけど。

 でもふと今日になって、

「本棚をスライドさせて秘密の部屋へ行けるとか、掛け軸の裏にちょっとした空間があるとか、押し入れの天井をたたくと仕掛け階段があらわになって屋根裏部屋へ行けるとか、そういうアレが欲しいな」

 と子供のころは本気で思っていたし、なんなら中高生くらいでも「うむうむ、必要だな」としたり顔で考えていたことを思い出した。

 お米を入れたパックであるとかおばあちゃんがつくった梅酒とかをしまうのを率先してやったなぁ。だって床下収納をあけるチャンスだったから。

 一国一城の主となる夢を、すっかり見なくなっちゃったなぁ。

 ツリーハウス、は無理だけど、ハンモックつるしたいなとか。キャンピングカーとか二段ベッドほしいなとか。郵便受けの裏にカギを隠したいなとか。

 なんか色々あったなぁ。

 色々あったはずなのに。

 

 

0528(日)

 ■ゲームのこと■

   『ゼルダの伝説TotK』プレイ日記⑨(110時間)

 0512(金)に発売された例の大傑作は、なんだかんだ110時間くらいやってるみたい。

ニンテンドーアプリでのプレイ時間はとりあえず120時間以なんですが、ソフト終了したつもりだったけど裏画面にしたまま起動中だったことがあるので、もうちょっと短いはず)

 メインチャレンジは四大異変をすべて解決し、つづく城の事件も終え、あれやこれやを終わらせてマイナスボタンを押して再生できるムービーをコンプリート。

 次の目標を指揮してくれるプルアも「一旦わからんくなったな……とりあえず、あすこら辺を探る……?」みたいなふんわりしたことしか言えない状況となりました。(さすがに終盤への入り口くらいではないか)

 祠は120くらいクリアしました。地底の根は60くらい。

 

   ▼新建物・監視砦の変化がよい

 監視砦がよいですね。(というのを書き忘れてたので、1222に追記する)

 各地方の異変をクリアしていくたびに、その住民が出張・駐屯してくれるのが「平和に向かっていってる感」を醸成してくれるし。

 そうして集まった一同が、城の事件のさい、一斉にいっぽうを向いて立ち尽くすことで、不穏さや深刻さ・「世界の一大事が起こってる」感の醸成へ転じるところがまた凄い。

 

 拠点の住民の会話内容の変化という意味では、同年後日プレイしたFINAL FANTASY XVI』もより一層こまかくて良かったし。そして「一大事に一斉に向く」立ち振る舞いもまた『FF16』も同様だったんだけれど……『FF16』の拠点はその複雑さゆえに、一大事を視認できる位置にいる住民が分散されておりました。

 

 『TotK』の城メインチャレンジのひとびとのようすは、監視砦が屋根の少ないひらけた舞台であること、屋外へもともと大多数が出ていることにより、「一大事は一大事でも、"世界の"一大事なんだ」という緊張感がより強く出ていたなぁと思います。

 

   ▼NPCへ、プレイヤー以上に知識・知恵・行動力をもった動的な存在なのだと感じられる描写について

 エピソードチャレンジ&ミニチャレンジもだいぶこなしました。

 ここまでの『TotK』に感じていた壮大さは、壮大な「物語」といった具合で。メインストーリーと直接的につながったり、対比変奏によって間接的にかさなったりする組織化が魅力的でした。

 ただそれは、『BotW』の壮大さとは正反対のものだと思っていたました。『BotW』では厄災ガノンやら100年前の因縁と関係なく、さまざまなものが佇み動いている壮大な「世界」が広がっていました。

 メインチャレンジやそれ以外のチャレンジ・セリフ群をさらに進めた現在、「『TotK』は本筋にからみそうでからまない物語がこれだけたくさんある(あった)のか」

 とおどろいています。そしていくつか並行して走っていた他キャラ・コミュニティの物語の、プレイヤーキャラばりの強靭さにも。

 

    ▽仕様の裏を突いたバグ技に見えた他プレイヤーのつぶやきが、たんに劇中NPCが使う普通のテクであった衝撃

 いろいろ進めた結果『TotK』は壮大な「物語」というより壮大な「物語」"群"であり、「視点人物(操作キャラ)がたまたまリンクだっただけで、誰しもがプレイヤー/プレイヤーキャラクター並みの知恵・知識・行動力をもった動的な存在なのだ」という風に感じています。

 自発的に動く主体がさまざまいる(いた)結果としての、壮大な「物語世界」

 NPCが本当に活き活きとしていて、なんならプレイヤーであるぼくよりも遥かに賢かったりする。

 たとえばこの……

 ……ゲームの仕様を突いた、バグ的な大ダメージテクニック

 リプライツイートにあるとおり、実はこれ、劇中のメインキャラがムービーパート(カットシーン)でとっておきの秘策としてもちいる、開発側想定済みのテクニックでしかありません。

 

   ▼「『ワンダ』から18年、ついに……」;『TotK』の多様な戦闘・戦場

 メインストーリー以外の進捗として、トレイラーでも印象的に登場した三つ首の竜グリオーグを倒しました。

 ダンジョンボスはもちろん、今回登場したフィールドボス*9も、<BotW>シリーズの天地を生かした機動力さらにはゾナウの技術による特殊テクがどこかしらで活きるかたちになっていて、非常にたのしい。

 

 正直『BotW』でイワロックとたたかったときは、「こんな、倒し方もそのやり方も見え見えの、ミニマムサイズの『ワンダと巨像』なんて……」とちょっと落胆したのですが、『TotK』に至って、

「『ワンダと巨像』から18年、ついに……」

 みたいな感慨に満たされており、ギミックを生かした戦闘がほんとうに素晴らしい。

 

    ▽汎用的な敵を、舞台を変えることで面白く;迷いの森編

 迷いの森をクリアしました。

 道中もおもしろかったし、デクの大樹さま戦が地味に面白かった。

 敵じたいはある種の汎用的な構成で、序盤からフィールドをうようよしている"瘴気の手"&MaCの進行度によっては既にたたかっているサブボスという組み合わせ。大樹用に特注されたダンジョンボスではありません

 戦場となるデクの大樹さまのおなかのなかは、狭く暗い円形の舞台で、瘴気の犯されていないわずかな足場を確保しながらの戦いとなります。もちろんそのまま地力でガチンコバトルをしても倒せます

 でも、すでにわかっている(だろう)「平面は移動できるし瘴気の沼をつくれるけど高低差のある舞台へは来れない」特徴を考えると、別解がみえてきます。

 そのほかの木々がそうであるように、大樹のなかにはひだがあります。

 ゾナウの新技術「トーレルーフ」で高所のひだへ跳び移り、そこから滑空・弓矢撃ち(スローモー弓矢撃ちの強さは「ゾーラの里の異変を解決」したプレイヤーならお判りでしょう)で安全に倒すことができるというわけです。

 暗いし視界外上方のことなので気づかない可能性がありますし、さらには瘴気の沼に漬からなければいけないので忌避感がありますけど「ちょっと歩くだけなら瘴気の沼は痛くない」とこれまでの冒険で体得したひとなら突っ込める……というなかなか面白い趣向。

 

    ▽グリオーグ戦がおもしろい;よく見るエリア攻撃の『TotK』的活用

 三つ首の竜グリオーグもまたすごかった!

 ブロックゴーレム同様、ダンジョンボス以上に感動したかもしれない。

 アクション(要素のある)ジャンルのビデオゲームやってると、「最高グラフィックによる電子版"フルーツバスケット"遊びがやりたかったんかな、おれ……?」て悩む瞬間がわりあいよくあるじゃないですか。移動可能エリアの広域に攻撃範囲が予告されて、しばらくすると攻撃がくるので、それまでのあいだに安全地帯へ移るアレですアレ。

 グリオーグもそれをやってくるのですが、『TotK』のシステムを活かせるかたちで掘り下げられていて、非常にすばらしかった。

 

 空を探索している過程でキンググリオーグの空島へ到着することとなり、地上のグリオーグをすっとばしてまずこちらから倒しました。

 キンググリオーグは炎・雷・氷それぞれの竜の首が一体にあつまった、「王」の名を冠するにふさわしい強さでした。

 ただこちらの思いついた攻略法が攻略法だったので、「これ、この属性のグリオーグなら今回のやりかたでいいんだろうけど、ほかの2属性はどうすればいいいんだろう……?」と頭を抱えています。

 

   ▼キャラデザすごい
    ▽離れ目かつ美人な魚人ヨナと、小鼻を小鼻として描いたうえで美しいルージュ

 新キャラ・ヨナの立体がおもしろい。ゾーラの新人で、たぶんドレファン王の側近であるムズリ(『BotW』にも登場)と魚種はおなじだろう女性です。

 癒しの魔法(?)で傷つき疲弊した同胞を治しているさいの横顔を見たときは、素朴に美しいと思ったのですが、こちらを振り向いて正面顔を見てびっくり。ムズリを除くゾーラの里のひとびとが目鼻口の位置がハイラル人らと近い中央・正面寄りであったのに対して、ムズリやヨナはもっと横に長い顔つきをしています。

 普段見かけるヒトよりも馴染みの薄い造形なわけですが、それでも気品があり・美しい。彼女は別の里の高貴な出のおかただと云いますが、それも納得の風格です。

 そういう礼節と品位のある姿はヨナの一面でしかなく、幼馴染であると云うシド王子と話すさいは意志の強さ主体性、愛嬌も覗かせます。その横顔と正面顔のような二面性がある。

 

 ゲルドの若き族長ルージュは、成長してかなり凄いデザインになっている。

 実線こそつかないけれど、小鼻が小鼻として分かるかたちでモデリングされていて、かつかわいい/美しい。この小鼻があるおかげで、ただ肌の色を変えたひとじゃなくって、骨格レベルでアフリカ系の造形になっていて、かなりすごい。

 『火垂るの墓』の節子、劇場版『エスカフローネ』といった、「黒い実線で小鼻を描き・かつかわいい」造形の最新形がここにある。

 

   ▼メインチャレンジ関連
    ▽ゲルドの異変を解決したので、4大異変をふりかえる

 ゲルドの異変を解決した。こうやって見ると各章を締めくくるダンジョンはそれぞれ……

  • リトの村={洞穴⇒山(中ボス戦)⇒空(ゲストの奮闘で道づくり)⇒空ダンジョン}
  • ゾーラの里={水の里山(中ボス戦)⇒空⇒湖下(ゲストの奮闘で道づくり)⇒空ダンジョン}
  • ゲルドの国=地上{地下道⇒地上(村)⇒地上(国)⇒地上ダンジョン(地下神殿浮上)}
  • ゴロンシティ=地底{山中腹(中ボス戦)⇒山頂上(中ボス戦/ゲストの奮闘で道づくり)⇒地底ダンジョン}

 ……と、分散されていて。で終わる地域は、おもてのコミュニティの精神的健康が保たれている一方、地底で終わる地域はすでに侵略が浸透していてコミュニティの精神的健康が怪しく地上で終わる地域はその瀬戸際の紛争状態にある。

 各章におけるメインキャラの物語を見ていくと……

  • 空の二種族のメインキャラはまだ自己が確立しておらず、章内で精神的成長ができるか否かへ焦点があてられ、
  • 地上のゲルド族のメインキャラは自己が確立していてその戦闘面での成長ができるか否かへ焦点があてられ、
  • 地底の種族のメインキャラは自己も確立しているし戦闘面でも申し分ないけれど、すでに魔の手にかかっているので、洗脳を解けるか否かが問題となる(中ないしボス戦は、仲間割れ・鏡像的同キャラ対戦となる)

 ……といった具合に、これまた分かれているような気がする。

 ストーリー自体をながめたとき、"空島〆め組"は単体で章末ダンジョンがその成長の試金石となって面白いけど、ほかふたつはストーリー全体の謎だけしか牽引力がなく、しかもそれについては「謎は深まるばかり」でおわるので、ちょっと小粒な印象がある。

 後者ふたつがバトル自体について面白いものを用意しているのは、その辺のフックの弱さにたいする施策だったりするのかな? とかちょっと思ったり。

 プルアが異変を紹介する順番は、リトゴロンゾーラゲルドという順番。

{また、システム面での障害/緩和克服手段としては……

  • リトの村=異常気象による寒冷地化で「寒さガード」(2段階)の服や料理が必要。/チュートリアルの始まりの空島で「寒さガード」の服1つや料理素材を入手できる。ほかの「寒さガード」服はこのエリアで入手可能。
  • ゴロンシティ=もともとの気象で「炎ガード」(2段階)が必要。/このエリアで入手可能で、「炎ガード」が必要となるのはそのエリアの奥でのこと。
  • ゾーラの里=水泳服が必要。汚れをのぞくアイテム(「チュチュゼリー」、「水の実」、「水栓」ギアあたり)も必要。/水泳服や水の実は章内・このエリアで入手できる。(水栓ギアはゴロンシティで沸きやすい)
  • ゲルドの国=もともとの気象で「寒さガード」(2段階)~「暑さガード」(2段階)が必要。道中には電気攻撃の敵も。それに加え、異常気象で水泳が便利になる局面も。砂塵が濃く、上空からのパラセールでの移動(使用中「がんばり」を消費)が望ましい。/「暑さガード」服はこのエリア内で入手できるが、そこに行くまでですでに酷暑地帯をすすまねばならない(ハートや回復手段の充実が必要) リト(寒さ)、ゴロン方向の地方の探索(となりの雪山は、暑さガードを時限付与する「凍結肉」補充地点)ゾーラ(水泳)祠攻略(ハート・がんばり)などなど……さまざまな要素が望まれる。

 ……ということで、システム的にもリトの村が行きやすいようなデザインになっている}

 

 物語自体がおもしろい空島〆組のうち、コミュニティの下っ端の若者の冒険譚でもって開始して、つぎにストーリー全体への興味を引くゼルダ姫の行方・黒幕の暗躍がおもしろいゴロンへ向かわせ、3番目にまた個人の成長がおもしろい空島〆組のゾーラ族を経由して、「ゾーラ族は戴冠のお話だった。ではすでに戴冠しているひとの現状は?」とゲルド族の若き首長がメインキャラで、かつ、ゲーム全体としても防衛戦争・侵略戦争の最前線を「いま・ここ」で体験できる直接的におそろしいゲルドへ至る……

 ……これはかなりきれいな配置なんじゃないでしょうか。

 

 

0530(火)

 ■ゲームのこと■

  『ゼルダの伝説 ティアーズ オブ ザ キングダム』プレイ日記⑩150時間。MaC全クリ

 5/12(金)発売の例の大大傑作をきのうクリアしました。

 クリアしたときの興奮たるや凄まじく、「2週間ちょいでクリアできる、ほどよいボリュームなのも良いですね」と言いながらニンテンドーアプリのプレイ時間「150時間以上」と表示されたスクショと一緒に中学高校時代の友人グループへLINEするなどの浮かれぶりでした。

 前作でクリアまでかかった時間は100時間で、現実の日数としては一ヶ月かかりました。(毎日3時間くらいやった計算だ)

 今作の一日当たりプレイ時間はおそろしくて計算したくない。さすがにこのハマりっぷりは自分でも驚きでした。

 

 へそ曲がりなので、いろいろと「ここはどうかな?」と思う部分はアレコレあります。

 オープンワールドゲームにおける語り口としては前作のほうが自然で、今作はオープンワールドでリニアな物語を展開する難しさを感じました。モブキャラのセリフに無数の差分を設けることで端役さえもが生き生きしている作りこみは素晴らしいものの、他方で「モブキャラのセリフの分岐とおなじくらいの丁寧さで、複数のメインイベントの進行状況と、他メインイベントとの絡みの調整をしてくれたら尚よかった(作り手の推奨順路に乗れなかった結果、プレイヤー/プレイヤーキャラクターが知っている情報が、メインNPC/メインストーリーへなかなか反映されず、変な具合になってしまっていた。そしてたとえ乗り切っていたとしても"プレイヤーキャラクターは無口すぎるのでは?"という疑問をもっただろう)と明確な不満はあります。

 『BotW』でへとへとになった(「石碑のかけら探し」「ゾーラの石碑を探して」「流された嫁」「八人目の英雄」)「このエリアに何かがあるので、虱つぶしで探してください」というプレイヤーの注意力が試される3Dフィールド版「ウォーリーを探せ」式のイベントはほぼ無くなった一方で、「このチェックポイントに行ってください、次はこのチェックポイントです」という3Dフィールド版「点つなぎ絵」イベントが増え、嬉しいけれど作業のきらいが強くもあります。

{「"点つなぎ絵"であることが不満だ」というより、もう少しなにか工夫をしてほしいという不満です。

 たとえば「点のバリエーションがいろいろある」とか(もっともゲーム全体ではいろいろあり、「このやりかたはこのひとのやりかた」など、そこで初めて見えるものはある)「点にレッドヘリングがあるけど、そのように変じたロジックがある(たとえば二股の道のいっぽうに点が置いてあるけれど、実はそれの無いほうが正解。その道に吹いている風の流れのとおりに、点も飛ばされてしまったためである)とか、なんか有ると嬉しかったなぁという

 

 しっかし東西南北はおろか高さ方向にさえ張り巡らされたこれだけ壮大な物語群をまえにしては、とくに圧巻の締めくくりをまえにしては、そんな不満はスッ飛んでしまう。

www.4gamer.net

青沼氏:
 あとはやはり僕が宮崎 駿さんの描く世界なんかが大好きで,「どうぶつ宝島」なんかを見て心をワクワクさせていた記憶が,ああいう絵を見ると甦ってくるんです。それもあって,風のタクトには,かつての自分がワクワクしていた“冒険”のエッセンスを込めています。

   4Gamer.Net(2013/09/28 00:00)、編集部:TeT&ライター:稲元徹也『任天堂の青沼英二氏に聞く,「ゼルダの伝説 風のタクト HD」と「ゼルダの伝説」シリーズ――「僕がこだわるのは,“ユニークな体験ができるゲーム”ということだけ」』2

 とにもかくにも、宮崎駿アニメの主人公として宮崎アニメではおよそ出来ないヒロイックな立ち回りができるといった<BotW>シリーズですが、いちばん嬉しい似通いはその構築力じゃないでしょうか。TotK』の物語・各要素の空間的配置は『空の城ラピュタ』/『探偵ホームズ』「青い紅玉」(脚本;片渕須直ばりの構築で、とんでもないっす。

「『ムジュラの仮面』のあの、シャマラン『サイン』ばりの閉塞/解放のデザイン(@『小説のストラテジー』)は、偶然でもなんでもなかったんだ……」

 と、「父さんはうそつきじゃなかった! ラピュタは本当にあったんだ!」と父の本の正しさを確認したパズー/「読める! 読めるぞ!」と手記をパラパラめくり自身の研究の正しさを確認したムスカの気分でしたよ。{といった有名なアレにさえ窺えるとおりラピュタにおけるパズーとムスカは鏡像/光と影として徹底的に対比している。両者は夢に通じる飛行機械の残骸――パズーはつくりかけの飛行機を/ムスカは墜落したロボットの残骸を――地下室へかかえみ、シータへ見せる……といった舞台設計まで合わせるかたちで、執拗に}

 

   ▼ラストバトルについて詳細

 ラストバトルの強さはすさまじい。友人のA氏はいくつかのイベントをクリアせず(章ボス)を倒さずに挑んだ結果、めんどくさい長期戦を強いられたと云う。

(「このアイテムは持って行ったほうがいい」という話を聞いたので、初戦は知らなかったていでそのアイテムをもっていかずに挑みました)

 zzz_zzzzは仲間NPCの助力を最大限得られるかたちで挑めたのだけど、それでも大変だった。『ポケモンSV』もそうだったけど、システムに淫して「規格外」を演出する手つきが素晴らしい。

 魔王ガノン(ファントムガノン同様に)さまざまな武器を使い分け、さらには「見切りラッシュ」もつかえるという、リンクの鏡像のような武人。

 瘴気の沼を出現させながらの戦闘はゾーラボス戦の魔王版という感があり、さらには障害物的にエネルギー弾をおきつつ弓矢を放つ(リトボス)とか、じぶんの分身の召喚(ゲルドボス)とか、周囲を囲むようなエネルギー弾(ゴロンボス)とか、さまざまなものを想起させます。

(とにかく気合でよけていきましたが、もしかしたら過去の知識が活かせたりするのかな?)

 ここまでずっと健在だった「王家+王家の盾」がこわされ、2枚こわされ、「王家+近衛の盾」までこわされて、「ハイラル城の鉄の本棚+近衛の盾」でいどむことに。

 ハート(体力)が残り1,2という状況下で、ガノンの攻撃をこちらが見切ったラッシュを捌かれた「ガノンの見切りラッシュ」へ再びの「見切りラッシュ」が最後の最後で決まったときの満足感たるや!

 

    ▽ラストバトル後半戦について

 そこでさらにバトルが始まったときは「まじか」と思いましたが、ある種のウィニングイベントパートでよかった……。

 ラスボスの後半戦は、①そこまでで腐らされ消されていたハートが復活・全回復できる状態でスタートする、②その内容はリトの村ダンジョンボスを簡単にしたようなもの。

 ①’陽光を浴びられる/癒しの力をもった存在にふれたからハート復活という展開は、ゲーム内世界の法則に適っていますし。②’敵の戦法の単調さもまた、「不老長寿」で一見つよそうだけど「忘我した」存在への変容であるという、それまでに提示されたゲーム内世界の法則に適っている。すっごくきれいな座組だ……。

 

 強大な敵にたいしてNPCと共闘、という点では前作と似ていますが、共闘者がまたすばらしかった

 前作『ブレス オブ ザ ワイルド』のラストバトル、zzz_zzzzはあっさりクリアできた派なんですけど、ほかのかたのプレイ記を読んでいると、ここはプレイヤーによってかなり心理的・プレイ難度的にバラバラの体験となるみたいなんですね……。

 ワイルドに冒険してきたプレイヤーほどご苦労されるらしい。作家でライターでゲーマーの千葉集さんは……

 ……こうポストを残されていて、『Outer Wilds』ほかさまざまなゲームをプレイされているカラヤゲ氏のプレイ記でも、踏んだり蹴ったりのもようが読めます。

挑むのはいいが馬の操作が全然うまくいかん。なんか「なつき度」みたいなのとかあるんですか? 馬に乗ったのは骨の馬も含めて3度くらいしかないから全くわからん。アグロより分からん。普段から馬と旅してきた人には胸熱すぎる展開だろうがリンクとシリマダラ号との信頼関係はほぼ初対面レベルゆえどうにもならん。姫がガノンの力を抑えて弱点を作ってくれているのにそれとは全然違う方向に行こうとする馬を制御するだけで精一杯である。

   NO、カラヤゲ『ウロウロオブザワイルド』「09」、20230820:ガノン討伐(クリア)

 それらはそれらで唯一無二の良い体験なんじゃないか(じっさいお二方の感想はそれぞれ素敵だ)と思うし、価値観は十人十色なのである事物に対して昂るも冷めるも自由(コントロールできない)とも思うんですが、それまでのプレイングによってそもそも昂るプレイヤーの多そうなAというものが渡されたり、冷めるプレイヤーの多そうなBというものが渡されたりする(・そしてBのひとから「はぁ~……」とため息つかれる)バラつきがうまれてしまうのは、大規模エンタメ提供者としてはけっこう胃が痛そうであります。

 今作『TotK』では、だれもがAを受け取れるようなセッティングになっていて、「明確に改めてきたなぁ」と思いました。

 

 ガノンを信奉するコーガ様の顛末(ラストバトル)を思わせる展開ですばらしかった。地底では古代ゾナウの工廠をイーガ団が唾をつけていて、その団長コーガ様とその場で戦うことになるのですが、その最終戦でコーガ様は工廠を巡った結果として復元・完成させた「太古のゾナウロボ」で戦います。

 古の兵器がついに復活! とアツいのですが、バトルの難度自体はさがっているのが面白いところです。というのも、このゾナウロボ、メインチャレンジをしっかりこなしているプレイヤー側にとって実は既出の存在なのでした。それとのバトルは復習であり、しかもコーガ様との戦いはグレードダウンした簡単版であります。

 それまでイーガ団&コーガ様が自前でこしらえたゾナウ族乗り物のほうがバラエティに富み、手ごたえがあったと云う始末。

 

 既成概念にあぐらをかいた「驕った」存在を敵視し、一度見たことは効かないガノンが、けっきょく自分の力や策を信用しきれず、「既存のすごい秘術」へ流されてしまった……その時点で、かれとの戦いはたしかにすでに決着がついていたのかもしれません。

 

 ゼルダ姫がリンクの勇者性を「あきらめないこと」に置いていたのは面白い。

 リンクがあきらめないのは、ようするにリンクが「リトライできるプレイヤーキャラクターだから」だし、「プレイヤーがゲームオーバーで終わらせないから」なんだけど、何度も何度も蘇り世界を闇に包もうとするガノンは、それゆえにリンクと鏡像なんだな。ほかの「ゲームの魔王」が得ようとしても、なかなか持ちえない特性だと思う。ここで説得力を持ちうるのは、他だとクッパとかキング・クルールとか、その位なんじゃないか?

 リンクがあきらめた世界は、真っ暗闇がひろがっている。ゲームオーバーの真っ暗闇が。

{イーガ団のアジトでは、リンクの人相は角のはえた鬼として描かれ、リンクを倒すことについて地底の拠点の書置きでは「リンク討伐は我らが宿願……」と記される。(うろ覚え)

 実態としてツノが生えている魔王ガノンドロフや、四賢者が「魔王討伐はわれらが○願」とあきらかに対称性をもってえがかれている}

 

    ▽ラスボス戦後について(1222追記

 これは必ずしも「今作がそうだった」とは限らず、以後話題にされる作品のアレコレもふくめた例示なんですけど……

 たとえば、なにかがあることさえわからない遠くからウロチョロして近づいていき、徐々に輪郭をハッキリさせていき、ついには触れてみるだとか。あるいは、ずっと下へ下へと降りていく旅路が、最後の最後まで貫徹される(しかし序盤ではプレイヤーが介入できないムービーパートだったのが、終盤ではプレイアブルな時空間で体験できる)とか。もしくは、ずっとずっと下へ降りていく旅路が、急に上へ上へ昇っていくかたちで反転されるとか。ほかには、暗く狭く騒がしいところから突然パアァ~ッと明るく広く穏やかな空間へ抜けるとかしたときの驚き。面白み、快感、感動……

 ……サイレント映画もかくやというプリミティブな運動を、その運動の主格となって体験できるのは、『星のカービィ ディスカバリー』とか『Outer Wilds』とか『Subnautica』とか最近評判のゲームではわりあいやってくれることだし、前作『BotW』もそうだったし、振り返れば『ムジュラの仮面からしてそうだったよなぁと思うのですが。

 『TotK』は、それがNintendo Switchというメディアだからこそより強いかたちで演出されていて、よかった。はじめて聞くあの音の、しかし耳慣れているふしぎな感触。

 作品がどういうメディアで提供されていて、受け手はどういう環境で(体勢で)受け取っているか……そういう作品と作品外の接点に自覚的な作品という意味で、飛浩隆生の夢」その幕引きのアクションを思い出しました。

 

0612(月)

 ■ゲームのこと■

  洞窟・井戸の意味不明な雑多さについて;『ゼルダの伝説 ティアーズ オブ ザ キングダム』プレイ日記⑪150時間。祠・根全踏破。

 『ゼルダの伝説TotK』を引き続きやっていて、ついにファストトラベル地点(「270」箇所くらい)の全開放を終えました

{個人的にいちばん詰まったポイントは、「リトの村」の祠チャレンジ「白い鳥が導く洞窟」です。

 発見者の伝聞がいまいちわからず、祠センサーや物品センサーでポインタした上で、そこへつながる洞窟の出入り口がないか虱潰しに探るも見つからず、そこから目と鼻のさきにある「サトリの山」にいるNPCが言ってることをしょうがなしにアクションを起こしたら別口から特大ヒントをもらえて。

 再度みてみたら「うわ、こんなあからさまに"白い鳥"がいたの!?」と納得しました。

(大ヒントとなった「サトリの山でお供えをするとサトリが洞窟出入口をピカーン! と照らしてくれる」は、祠チャレンジとは直接的に関係ない汎用ギミックですが、詰まった人用の配置に思え、たいへんありがたかったです。

「"今回初登場のこのギミックを、このエリアのここではじめて発動させました"ってひとも多そうな配置だなあ」

 とも思いました。

 じぶんの注意力だけが試されるような『BotW』の一部のモノ探しクエストとちがって、『TotK』の今回のチャレンジはちゃんと「ヒントを読み解けさえすれば簡単である」タイプのフェアなクエストでしたが、「そのうえでなお詰まったひと」もどうにかできる最後の導線が用意されてるのはすごいことです)}

 各ユニークフィールドモンスターの全討伐とか、生き物魔物植物武具防具を写真に収める図鑑要素とか、やりこみコレクション要素はいろいろあるんですけど、zzz_zzzzにはそこまでやる堪え性はありません。というかそもそも、

「メインチャレンジ(メインストーリー)全終了した! 最高だった~おしまいおしまい~」

 とたいへん満足して、ファストトラベル地点の全開放だってやる気はなかった。

 「……いやせっかくだから」とやっちゃったわけですが、いまは「あとは井戸と洞窟も発掘しきりたいなぁ」と思いはじめてきました。

 

   ▼井戸・洞窟の魅力(土地性、パズルの完成度、雑多性)
    ▽この井戸・洞窟がすごい!① 地域の気候風土と絡めた文脈性が感じられる群

 ファストトラベル地点の半分以上は旧文明ゾナウが遺した祠で、祠内では旧文明のオーバーテクノロジーを活かした知育パズルが楽しめます。

 いっぽう井戸は十中八九現代人の掘ったもので、メインチャレンジを進める箸休めで訪れるところのだいたいは水を溜めるためのちょっとした空洞があるだけなんですけど、熱帯雨林的なところでは雨季は満水になって探索できない井戸があったり。あるいは乾燥した砂漠地帯では細長い穴の底をちょろちょろと川が流れる「カナート」になっていたり……

www.mizu.gr.jp

 ……と、それぞれの土地風俗とからんだユニークなものも複数あって、「訪れなくてもほぼゲームに支障はないけれど、まったく訪れないのもそれはそれでもったいない」と思う程度にはおもしろい。

 

 洞窟も同様に、自然発生したものも存在すれば、ならず者のアジトであったり石切り場であったりと人工物も存在していて、これまた興味ぶかい。

 Nintendo64時代の<ゼルダ>シリーズのフィールドにも洞穴はあり、『TotK』の井戸・洞窟のうち訪れやすいものは規模的にもゲームプレイへの影響力的にもそれを彷彿とさせますが、いろいろと歩いてみるとむしろそういう「ちょっとしたポイント」は少数派なのかなと思えてきます。

 前作『BotW』の時点で存在していた氷室などのちょっとしたご当地エリアに近しいかその拡張版といった、もっと手が込んだものが結構あります。

 井戸・洞窟にはさらにゾナウの祠のような知育パズル要素もあります。洞窟は真っ暗だったりツタが生い茂っていたり湿気で濡れていたり、モンスターの根城となっていたり様々です。プレイヤーキャラクターは周囲に転がるモノを使ったり組み合わせたりして、入り組んだ洞窟を進んでいきます。

 洞窟を進むと祠があったり、何かしらランドマークの近いところやパラセールで滑空しやすい高所へ出られたり、モンスターの密集する地帯を回避できたりします。また、洞窟のなかにはマヨイと云うモンスターがどこかに一体ひそんでおりまして、これを探り当てるのも楽しみのひとつ。

 コルテン氏という、ほのかに輝くこのカエルのようなモンスター"マヨイ"の落とし物を求める好事家がいるんですわ。

 マヨイとおなじくほのかに輝く不思議な動物"サトリ"が好きすぎるコルテン氏は、「マヨイの落とし物を食べればサトリに成れる」と云う、まことしやかな伝説を信じてプレイヤーから落とし物を貰い続ける怪人物です。

 『夢をみる島』『時のオカリナ』など一時期の任天堂/<ゼルダ>シリーズから数をふやしていった――デヴィッド・リンチツインピークス』に影響を受けたと云う――アングラで奇妙なテイストを感じさせる怪人物たちの最後尾であるこのコルテン氏は……

www.nintendo.co.jp

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 ……マヨイの落とし物を一定量わたすと、珍しい魔物の素材やマモノマスクをくれる好人物でもあります。

 マモノマスクはたいへん便利な代物で、これをかぶったプレイヤーキャラクターはそのモチーフと同種の魔物から仲間と見做され、交戦を避けることができたり/ノーリスクで初撃をお見舞いできたりします。アクション下手なzzz_zzzzはたいへん重宝しました。

 

    ▽洞窟・井戸のここがすごい!② 「回りきったな」と満足した数倍ものやたらめったらな量が無駄にある

 すべてのマモノマスクを貰いきるには計「37」箇所の洞窟でマヨイを見つける必要があり、コルテン氏から最後の贈り物をもらえるのは「46個目。zzz_zzzzもそこまでは渡し終えています。

 なんなら氏にわたせてないマヨイの落とし物は手元に「42」個あります。つまり探索のおわった洞窟は合計「88」、末広がりで良い数字です。そこまで探索したならもうお終いでいいじゃん。

 いやいや。

コルテン

「ボクが感じる マヨイの気配は… 全部で59

   全てが集まる日は来るんでしょうか…」

 コルテン氏はハイラルにまだ59匹のマヨイが潜んでいると言うのです。(「42」+「59」=「101」。「101匹マヨイちゃん」だ。そんなしょうもないギャグのために!?

 正直ファストトラベル地点の祠(知育パズル)でさえ、「よく作るなぁ……」「その労力をメインダンジョン・メインストーリー・サブシナリオへそそいだ方がいいんじゃないか?」と呆れ半分に思っていたんですけど(なので『TotK』で増えた気がする、パズルがないご褒美だけあるタイプの祠はzzz_zzzzは大賛成)、プレイヤーにとって全くクリア必須じゃないエリアをそれと同数くらい用意していることを知ったことで、畏敬の念がわくとともに、

「いやこれ、そういうことじゃないんだな……」

 とじぶんの不見識に気づきました。

 

     ○むやみやたらな多さがもたらす「世界への感慨」

 過去のプレイ日記で今作について……『BotW』と比べて、様々な要素がメインストーリーとの組織化がなされた印象のあるけれど、それはつまり「世界にただ在る」だけの事物がすくなくなったということで、「『TotK』は"壮大な物語"ではあれども、『BotW』にかんじた"壮大な世界"感がうすれてしまった。そこはちょっと残念だな」

 ……と思ったことを書きました。

(ただ、ゲームを進めていくと「壮大な物語"群"」といった色が出てきて、結果として「壮大な世界」と近似した……というお話もしましたね)

 洞窟と井戸の途方もない作り込みに気づいたとき、ようやくぼくは、

「『TotK』も『BotW』と同様、いやそれ以上に"壮大な世界"なのだな」

 とため息を出せました。

 祠の知育パズルの内容と同様、洞窟や井戸類はそのほとんどがメインストーリーやメインの"遊び"と組織化されていなかったり結びつきのゆるかったり世界設定を補足するようなフレーバーテキストも無かったりする"浮いた存在"であり、かといって、プレイ時間を増やすための水増し粗製乱造ではない

 それ単体がビジュアル的にも謎解き的にもメインストーリーのダンジョン群や祠のパズルと同じくらい楽しかったり手が込んでいたりする、よく練られた空間である。(※)

 そんな代物が、無意味なまでにゴロゴロしている(らしい)。

 

 素人考えですけど、100個の「なんか在る」井戸・洞窟をつくるよりも、フレーバーテキストとかそれと絡むサブクエストとかを30個くらい書いたり作ったりしたほうが、「世界の厚み」の味は楽に出せそうに思うんですよ。

{実際『TotK』にもそういう空間はいくつかあり、印象的だし楽しい。カカリコ村の、首長の家でまとめられた村人のご意見帳をたよりにたどり着けるあれやこれやはどれも好きだ)

 zzz_zzzz自身はそういう「因果・理路が見えるタイプの壮大さ」が好きだし、そうじゃないと反応がトコトン鈍る人間だ。

 そういう自分の性分がよく出てるのが、去年のゲーム作品感想記事でとつぜん始めた「"文明が絶えたあと氾濫する自然"のうち、軍艦島の"氾濫した自然"はたいして氾濫してない。"緑なき島"に栄えた緑には偏りがあり、栄えるために必要となった土や種には起源がある」というお話だろう。

https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/z/zzz_zzzz/20220905/20220905201506_original.jpg

(実際には、シナリオ班や世界設定班など他部署を横断することになってしまって、zzz_zzzzが思うほど簡単ではないんでしょうけどね)

 でも、それじゃあこういうタイプの感慨にはならんのだよな。

「入ったことも触ったことも無い、それどころか存在に気づいてさえない莫大な何かによって、この世界はできているんだよな……」

 それを思い出させるタイプの味わいには、どうしたってならないんだよな。

 

    ▽この井戸・洞窟がすごい!③ エレガントなパズル群;謎・最終的な解決策・直近の危険・解決の糸口がステージ内で完結・融合している

たとえば「コクッピ雪原の洞窟」の「奥にある祠」までの経路はたいへんエレガントで素晴らしい。シリーズ過去の名作『ムジュラの仮面のウッドフォールの神殿みたいな導線だ。

 洞窟の出入り口をくぐったすぐ真正面には、「ゲーム的においしい祠」が見えるのだけど、氷柱が脇に立つ極寒の池が阻んで近寄れない。あまりの冷たさゆえ、プレイヤーキャラクターが足をちょんと漬かっただけで体力をゴリゴリ削られてしまう。

 ほかの水辺ステージでは、周囲に板状のオブジェクトがあって「これをイカダ・舟代わりに利用せよ」とあからさまな誘導をなされることが多々あるけれど、この洞窟についてはそれが全くない。

 ここでプレイヤーは、これまでよそのエリアを冒険して手に入れたアイテムを取り出し・組み合わせて完全自前の船をビルドしたって良い。それがRPGオープンワールドゲームの良さだ。何したって、どんな方法でクリアしたって正しいんだよ……

 ……ただ、オープンワールドゲームのイタズラで、一千万人いるプレイヤーのだれかにとってはもしかしたらこの洞窟が最初期におとずれる冒険地である可能性も無くはない。便利アイテムなんて持ってないかもしれない。そんなアンフェアな解決法、いいのか? 「よくない」と十中八九考えているのが『TotK』のここを作ったデザイナーである。

 いったん踵を返してみると、脇道が見える。迂回路か?――いやただの行き止まりだった。円形の中央に水たまりのできたドーナツ状の空間があり、奥には触手かイソギンチャクかといった妙なモンスター「ライクライク」の寒冷地版、「アイスライク」がいる。

 プレイヤーに気づいたアイスライクが凍てついた息をこちらへ吹きかけてくる――といったところで、ヒントが出そろう。

 まっすぐに放たれた極寒の息のうちいくつかは、中央の水たまりに差し掛かったところで消えたりする――水溜まりとコンタクトしたことで、平たい氷へと変わってしまったためだ。

 プレイヤーはアイスライクが水面に偶然つくった氷板や、アイスライクを倒すことで得られた素材を抱えてさっき踵を返した冷水の池の満ちる主筋に再挑戦、氷の足場をつくって渡る。

 洞窟にいるとあるオブジェクトがプレイヤーを倒すべく一つのアクションを起こし、それが洞窟の他のオブジェクトとからんで別のリアクションを生み、プレイヤーが洞窟を探索する(アクションを発明する)ための糸口となる。そういう創発的かつエレガントなステージデザインがなされている}

 

 

0618(日)

 ■ゲームのこと■

  『ゼルダの伝説TotK』プレイ日記⑫ 洞窟あと3つ

 『ゼルダTotK』は、そろそろ満足感と疲労感のバランスが悪くなってきたので止めにします。

 メインチャレンジ全クリ・エピソードチャレンジはどうしようもない図鑑埋め以外全クリ、ミニチャレンジは未達成どころかそもそも見つけてないチャレンジが数十。

 洞窟さがしはついにあと3つとなりました。(内2つは場所は発見済みで、入り方がわからない。もう一つは場所がそもそもわからない)

 洞窟の場所じたいは、注意力(隅から隅まで漏れなく見聞する能力)とやる気さえあれば全部さがしだせるはずで、しかも今作『TotK』では洞窟の位置をゲーム内ギミックで照らし出すシステムがあり、

「『BotW』のザックリ範囲指定して"このどこかにあるから探せ"という探し物クエストから、はるかに優しくなったなぁ」

 と思っていたのですが、いかんせん数が数なので結局『BotW』の探し物クエストばりに疲労しています。

 前述のとおりギミックで照らし出せはするのですが、毎度どこかチェック漏れが生まれてしまうんですよね……。

 

 洞窟ひとつのために、洞窟を照らし出すギミックへ足を運び(ワープポイントからマップロードの1分前後をそのたびに挟み、ワープポイントからランドマークまで数分の移動をして)、ゲーム内現実世界の地形に光の柱を立て、さらに別のワープポイントに移って計100超の光の柱を手持ちの地図と見比べながら「ここは行った、ここは行ってない」と比較し、角度のせいで見えてない光がある可能性を考慮して他のワープポイントに移ってダブルチェックをし……を、最大8回繰り返さないといけない。クソだるい。

 そして洞窟の場所はわかってるけど、入り方のわからない2箇所について、どこかにあるだろうヒントを探しに行かなきゃならない。そのヒントは、洞窟周辺にあるとはかぎらない。

 ……はぁ~~~。

 

(まとめてての追記;完全に心折れてて笑いを禁じ得ない。けっきょく洞窟全党派します)

 

0619(月)

 ■ゲームのこと■

  『ゼルダの伝説TotK』プレイ日記⑬ 洞窟あと2つ

 『ゼルダTotK』の一洞窟一体いる不思議な生物マヨイの落とし物あつめも、残すところあと2つになりました。

 のこり40くらいから冒険をたのしむ段階はおわり、のこり20くらいから「マークシートで記入し忘れがないか、隅から隅まで確認する類いの注意力」が必要となる段階となったのですが、それもついに終わりました。

 未踏の洞窟2つは「場所はわかっているけど、入り方がわからない」タイプのもの。

 洞窟めぐりをしていくなかで出会えたサブチャレンジによって、入り方が分かった洞窟があり。あきらかに3つ続くタイプのサブチャレンジを1つだけしか解いていないので、のこり2つもコレ関連だと思うのですが、ということはつまり「これまで行った洞窟に手がかりがあったけど、マヨイしか目に入ってなかったので漏らした」タイプかもしれません。

(150くらいある洞窟をもう一度漁り直し!? マジ……?)

 とりあえず3連だろうチャレンジの一つ目を再度めぐって「次への手がかり」がないかもう一度あらためてみて、それでもなかったら、「井戸探しをしている途中で手掛かりを拾えたらいいかなぁ……」と切り替えていきたい。

 

   ▼メインストーリーを埋める妄想がはかどるタイプの洞窟が結構ある

 『ゼルダTotK』の洞窟は、メインチャレンジにクリア必須のものはかなり少なくて、100を遥かに超す「入っても入らなくても自由」な洞窟が大部を占めます。

 そういう「入場自由」の洞窟はオマケ程度のものもたくさんあるんですけど、その土地土地の気候風土・文化とからむようなフレーバーテキスト的なものもあれこれあって、そしてごくごくわずかながら、メインストーリー(というかメインストーリーをやっていると出会う可能性のある、レッドヘリング的なもの)を埋めるものがある。

 

 <Botw>シリーズ世界のハイラルには謎の文明ゾナウの残した遺跡がほうぼうにあり、『TotK』ではその遺跡の内部に入ってゾナウ健在時の歴史を知ることができます。

 ゲーム後半では、その遺跡を解き明かすことでグランドエンドのカギとなるエピソードを開くことができるんですけど、正直あまりパッとしない。

 「歴史的事実」についてはほかの/ここまでのメインストーリーを巡っていればまぁ知れるか知っている情報だし、アイテムについても「ちょっとレアリティが高い汎用アイテムだ」とか「レアアイテムだけど使い所が限られるな」とか「それがここに保管されている理由とか経緯がイマイチよくわからんな」という代物が手に入るだけだったりして、

「謎解きしたわりにはおいしくない……」

 という、空振り感をいだいてしまうものとなっています。

 

    ▽劇中人物がプレイヤーと同じくらい知恵・行動力があるなら当然世界にあるだろうレッドヘリングが実際にある;ドンブラン遺跡群のすばらしさ

 なかでも北方にあるドンブラン遺跡群は妙な存在で。

 ここはメインストーリーであるハイラル四地方・四部族の異変を解決してからじゃないとアンロックできない謎解きがありつつも、それを解いた先に保管されているのは、

「いやそれ、鎖された区域じゃなくてオープンスペースに記載・伝承しておくことでは?」

 みたいな歴史的記述と、強いけど最強じゃない剣であったりする。

(武器類は、サブストーリーを経て授かったりするユニークアイテムもいくつかあるのですが、伝説の剣をのぞいた99%の武器が耐久度の設定されている消耗品だから、入手しても素直に喜べないアイテムなんですよね)

 メインストーリーを重点的に進めていたときには、ドンブラン遺跡の歴史的記述について「今回のこの『TotK』という物語/ゲームの中だけで機能するレッドヘリングみたいで、いやだなぁ」と思っていたのですが、洞窟めぐりをしているとその印象がちょっと変わりました。

 洞窟のなかにはゾナウ時代の遺構が埋まっているものがいくつかあって、大体はゾナウギアという汎用アイテムを動かすための電池的な汎用アイテムが保管されているだけで、メインストーリーの補足となるようなフレーバーテキストとなるものはありません。しかしそのうちのひとつだけは例外(地表には大昔に朽ちた神殿の跡だけがあって今では魔物の住処になっているところの、地下だったかな)「ここで保管していた剣は、北方ドンブランへ移す」とだけ刻まれた石碑が配されているものがあるんですね。

 ここで思ったのは、

「ドンブラン遺跡の剣(やこの神殿跡の記述)は、直接的にはゲームプレイヤーに対するレッドヘリングでありつつ、このゲーム世界においてもレッドヘリングとして機能しているのではないか?

 "魔を祓う伝説の剣"の存在が流布している世界において――しかもその伝説等をうけて洞窟・遺構漁りをするトレジャーハンターが善人悪人問わずさまざまいる世界全体において、本物を隠すための影武者的お宝なのでは

 ということでした。

 四賢者/四秘石が意に添わぬ者の手にわたってしまうかもしれない。別のテクノロジーが発展する可能性だってある。意図せぬ者が遺跡を暴いたとしてもなお、最後の希望までは届かせない……そういう施策としての廃墟群

 この廃棄された遺跡と石碑のおかげで、ドンブラン遺跡やらもっと重要なメインストーリーの何やらについて上のように捉えられ(るだけの含みを得られ)て、

「洞窟をめぐったかいがあったなぁ」

 と思いました。

 

 もちろん四賢者が「名前だけ立派な朽ちた剣なんて信用できない。おれらで最強の剣を鍛え、保管しとく!」というスタンスで作ったとしても面白いし、そういう剣鍛造秘話があっても良いし面白くなったと思うんですけど、

「そういう"一緒くたに語られる英傑たちの伝説と、一枚岩ではない実体とのギャップ"で見せる"多声"的な面白さは、前作『BotW』でやりました。

 なので今回は、万物がさまざま消えたり(ゾナウのさまざまな伝承)捻じ曲がったりする(ゼルダの噂チャレンジは悪人による虚報よりも、善人の曲解・伝言ゲームによる齟齬が大半だ)なかで、それでもなお一貫して伝え響く"和声"の面白さをおしだしました!」

 と言われれば、それはそれで納得がいくものでもあります。

 

   ▼逆説的に「メインストーリーやっぱりすごい」と評価が高まる;放蕩プレイヤーがこの世界の「勇者」としての責任を自覚するための、雑多(で大多数がどうでもいい)寄り道&ガイドしっかりしててサクサクパン屑集められる「点つなぎ絵」なメインチャレンジという布陣

 以前の日記で、受け手が途中離脱しないためのトリガーについて話題にしました。

  (PLAYBACK)さきのさきまで読みつづけたくなる文章と、そうでない文章

 というのはあるよなあとなりました。

   (PB)▼ネガティブな感情をあおって読ませる

 で、ブラウザバックさせない牽引力として、ネガティブな感情――怒りや反発心(相手の落ち度をなにがなんでも見つけてやろうという執着)、下世話な話見たさの野次馬根性――というのは、強い要因となりうるよなあ……と、『アストラ』Amaカスレビューやら『ブンゲイファイトクラブ』場外戦やら昨今のゴタゴタを全部野次馬したぼくはしみじみ思います。品性が下劣なのでゴタゴタは大体おっかけてしまう……。

正の野次馬というのもあって、正直ぼくが序盤で脱落した『彼方のアストラ』やら『ケムリクサ』について連載追っかけているひとが異様な盛り上がりを見せたことで、中断した後も後追いしてみて、それらを終盤だけとはいえリアタイ読書・鑑賞できたのは自分にとってよかったなあと思います。

 小川一水氏の『アストラ』摂取経緯は、個人的にはそのどちらともちょっと違って見えます。自分の所属するコミュニティが厄介をしたことに対するカウンター・尻ぬぐいみたいな感じに見える。罪悪感・責任感に訴えかける類いの牽引力というのもあるんでしょうね。……国際的福祉募金に途上国の少年少女の悲しい顔を載せるみたいな。借金の連帯保証人みたいな? 先行投資を回収したいがゆえに引き際を誤るゴールドラッシュの金堀人になると全然ちがう話になっちゃうかな?)}

 

   (PB)▼負の牽引力を技芸として昇華した例

 こうした負の感情による関心惹起力を認めたうえで、創作のなかに自覚的に・そしてスマートに取り込んだ技芸が、伊坂幸太郎著『アヒルと鴨とコインロッカー』のエピグラフなのでしょう。作家の佐藤哲也氏は自身のブログで、その魅力をこう取り上げています。

まず目を惹くのが扉の次のページで待ち構えている一行である。太い文字で「この映画の製作において、動物に危害は加えられていません」という意味の英文があり、下に小さく和訳が添えられている。アメリカ映画のエンディング・クレジットでよく見かける但し書きで、これが現われると見ているこちらはどの場面のことだかわからなくても、なんとなくほっとすることになる。かわいい動物たちが一度も危険な目にあわなかったことがそれでわかるからである。
 ここではその但し書きがわざわざ物語の開始に先立って引用されることにより、本編中において動物が危険な目にあわされることが逆説的に明かされることになる。

   blog『くまのあな』、佐藤哲也氏による伊坂幸太郎『アヒルと鴨のコインロッカー』評より

    (PB)▼正の牽引力を技芸として昇華した例

 正の野次馬的感情・ポジティブな好奇心を自覚的に刺激して、本文を読ませる技芸としたのが、これまた昨今話題となったblog『元週刊少年ジャンプ編集者が漫画家から学んだことを書いていく』さんの、『第1回 『こち亀』のスゴさは「一致」の技術にあった!1秒で漫画が読みやすくなる方法』なのでしょう。

www.shonenjump.com

 ネットの膨大な情報量にちょっと埋もれてしまって正確な引用ができませんが、この記事のすごさ(『こち亀』のスゴさではなく)をあるかたが注目していて、これについても素朴に「なるほど~」と思いました。

 文章を書いたりブログを作ったりするとやりがちなのが、まず自己紹介から入ることです(……当ブログもそのようなところから始めています)。

 上の記事では自己紹介を後回しにして、まず視覚的情報という目を惹く要素(/だけど、毎週さらっと読み流してしまうコミックストリップの一ページ)を貼ったうえで、そこへ、

「このページがあるテクニックが見事に駆使されています。 なにがどうスゴいか…わかりますか?」

 と魅力的な謎を提示する(そしてもちろん本文で謎を解き明かしていく)構造をとっています。

    「日記;2019/10/01~10/07」

    ▽本題;順路を無視するオープンワールドならではの"してやったり感"の牽引力、あるいは「世界を救った勇者」であるはずのプレイヤーが(もう一度)旅することで必然的に生じる「慣れ」や「ナメ」・欺瞞を利用した更なる牽引力

 そこでぼくは、「罪悪感・責任感に訴えかける類いの牽引力」ってあるんじゃないか? というお話をしたのですが、『ゼルダTotK』は意図してかせざるか、その代表的体験ができる作品になっているな、と思いました。

 『ゼルダTotK』は、前作『BotW』になかった要素を盛り込んだ作品なのですが、その盛り込みかたのうち幾らかは、前作時点だとメインストーリーに回収されず「世界にただただ存在するだけのもの」にたいして遡及的に脈絡をつけていくかたちでなされています。

 『TotK』の盛り込み方は、前作を素直に延長しただけじゃ辿り着けない新しく大胆な一歩でありながらも前作世界を壊さないよう繊細におこなわれており、その足取り・手つきはまるで出来の良いミステリに(おもわぬタイミングで)出会えたときとおなじ感慨を抱かせます。たとえばフランスの「”ポール・アルテ”の第四の扉を読んで「国も文化もちがうのに、こんな新本格マインドが味わえる作品が……!」と感動したかた、いらっしゃいますよね。そういう感動です)

藤林 はい(笑)。それを地形担当に「ここに道がある理由」や「ここを登るとこれが見えるのがポイント」といったふうに伝え、あとはデザイナーチームが、その要点を考慮しつつ自由に地形をつくっていきました。

―― なるほど。

藤林 その後、出来上がってきた地形を見て「ここに大きな石像を置きたい」というふうに、さらにいろいろなものを配置していきました。ただ、今回は置いてあることに意味がないものは排除していく形をとっていましたので、フィールド上に置いてあるもので説明できないものは何もないんです。

堂田 それには道も関与しています。人ってちゃんとした道を引いておくと、ちゃんとしてない道に行きたくなるんですよね。違うところに行って何かを見つけたときの“してやったり感”があるといいますか。

―― つまり、道を外れてどこにでも行けるからこそ、フィールド上すべてに意味のあるものが配置されているわけですね。…そして、馬宿を見つけられない理由もわかりました。

堂田 僕も目的地に直線で行くので、馬宿を見つけられないんです(笑)。

  Nintendo Dream Web再掲載、「 発売直後の『BotW』開発者インタビュー「プレイしているすべての人へ」(2017年5月号より)」

「人ってちゃんとした道を引いておくと、ちゃんとしてない道に行きたくなるんですよね。違うところに行って何かを見つけたときの“してやったり感”」

 『ゼルダBotW』発表時のインタビューで、という人間心理についてクリエイター氏が語っていましたが、それがストーリーテリングに対して行われているのが今作という印象です。

 

 『TotK』は『BotW』以上にいろんなことができるし、チュートリアルステージを終えるとメインチャレンジも複数引かれて、いろんな冒険がひらけます。『BotW』プレイヤーは、そういうお膳立てのもと、前作で培った経験を活かし、前作とおなじかそれ以上に面白い冒険をおかわりする。

 

 複数ポップしたメインチャレンジ(≒ちゃんとした道)もそこそこに、"してやったり"な自分だけの冒険へと流れていく。

 

 ワープタワーを開放しとこうとか祠をクリアしておこうとか、前作同様にいろいろ視界に入るものへ目移りして、枝葉末節のサブチャレンジ巡りをむかえたりとか。

 紅き月についてアレコレ言うゼルダとか、ほうぼうで悪いことをしているらしいゼルダとかはメインチャレンジちょっとやったかんじ偽者っぽいな。本人は過去の時代に飛んで(?)たぶん安全っぽいから、後回しにしよう……みたいに好きに冒険する。

「オッなんか龍飛んでるな、鳥望台にワープしてそっから飛んで素材回収しとこう」

 とか。

 

 そうやって雑多すぎるあれやこれやへ寄り道をしてメインチャレンジからどんどん遠ざかれば遠ざかるほど、「あらかた回ったしそろそろメインチャレンジも進めるか」と戻ったときの呻(うめ)きは大きくなる。

 消えた姫のゆくえ、「マスターソード」の真実が、順路図もあり、すぐにめぐり終えることのできる簡単なクエストだと感じてしまったとき。そして初チャレンジであっさり「竜の背」に到達できるほどファストトラベル要素を開拓し、「マスターソードをさっくり抜けてしまう」ほど強くなっていたとき、「うおぉ……」と放蕩していた自分の自責は大きくなる。

 うおぉ……こんなにもゼルダ姫が語りかけ、ハイラルの人々はがルダについて想い、リンクへ「ハイラルを一度救ってくれた勇者」として事件解決を願いつづけていたというのに……おれはのほほんと冒険を満喫していたのだと。

 

 この実装だからこそ芽生える、この世界を一度救った勇者・姫に寄り添う騎士としての自覚・責任感がある

 これはすごいことです。

 

0622(木)

 ■ゲームのこと■

  『ゼルダの伝説TotK』プレイ日記⑭ 洞窟・井戸全制覇

 ついにハイラルの洞窟・井戸めぐりが終わったので、ようやく召喚獣とクリスタルが光り輝くヴァリスゼアへ旅立てます。

 サブクエはストーリー・祠は図鑑埋め以外全て終わり、ミニクエが残り15くらい?

 

 『ゼルダTotK』の洞窟・井戸めぐりした感想としては、「メインストーリーをすすめていくなかで自然と出会えたものだけやればかなり楽しい」という感じ。

 

 任天堂系列のゲームは、プレイヤーが"遊ぶ"ことに対して両極端過ぎると思う。

 プレイヤーキャラが変わるだけでその戦地や展開は全員共通で、各人のバックグラウンドが明かされたりはほぼ全く無い『ARMS』ソロモードといい。ちょっとここに挙げるのは不適かもしれないけど、(『パワプロ』「シナリオ」モードから、状況設定にかんする解説を抜かしたみたいな)スマブラSpecial』「灯火の星」といい*10

 『ムジュラの仮面』の3DS版で各隠れ場所がどこかムービーをゲーム内に新設することとなったのも「そりゃそうだよ!」と納得してしまう)探そうとなればもう全ステージで透視メガネかけて見回して……と総当たりしなきゃならない検品作業じみた妖精探しといい、プレイヤーが自分自身で"遊び"に楽しみや物語を見出すことについて信頼を置きすぎている。

 終盤の入手易だけど強めのコスパ枠なスクラビルド素材である「白銀ボコブリンの角」がなんかキモい触覚なのも、任天堂のよくないところ・妙なハードコアさが出ているよなぁと思う。

まとめてからの追記;高難度死にゲーとして地位を確立したフロムソフトウェアARMORED CORE VI』(実際『TotK』よりはるかにムズい)でさえ、ぬるゲーマー向け社会保障装備がOVAガンダムシリーズの最終装備的にカッコよいですからね。

 『シグルイ』コラ「たけみつ!」の見下し具合を、任天堂作品はなんかナチュラルに盛り込んでくる印象がある}

 

 かと思えば、ゼルダBotW』のチャプターボスの弱点などのように、「ここに来るまでにやったアレやコレを再度活用してくださいね」というあからさまでストレートすぎる導線を引いたりする。

 

 

   ▼干ばつとともに現れる、「私を見たら涙すべし」と刻まれた現実の岩

jp.reuters.com

プラハから100キロ余り北方でドイツ国境付近のデチーンにあるこの岩は、中欧最古の水深の目印として数世紀にわたって利用されてきた。普段は水没しているが、干ばつで水位が深さ160センチ以下に低下すると出現し、凶作や河川の航行障害、その結果としての飢饉(ききん)を予言するとされている。

 『アンダーランド 記憶、隠喩、禁忌の地下空間』を読んでいたら、そういう岩があるのだと知りました。

地元博物館の館長によると、干ばつのたびに人々が岩にメッセージを刻んでいる。判別できる最古のものは1616年。現在は、1904年にパブのオーナーがチェコ語とドイツ語で刻んだ「私を見たら涙すべし」とのメッセージが読める。

 

 

0714(金)

 ■ネット徘徊■考えもの■

  すでに「パクリだ」「パクられた」とも言われなくなった存在について

 ブックマークしてなかったので申し訳ないことに、どなたがいつ何て言ったものか正確には分からないのですけど、春ごろ、

ゼルダ<BotW>シリーズは明らかなジブリ/宮崎アニメのオマージュ作品で、それについて誰もが認めるところだと思うけど、だからといって"パクリ"だ"模倣・盗用"だと非難する声は聞こえないし、あるいは"<BotW>シリーズがパクリだなんて!"と<BotW>にオリジナリティが無いなんて批判されたととらえて反射的に批判の否定をするゼルダファンの声もまた聞こえない。

 つまりジブリはもはや第一線で観られ検討を交わされつづける第一線の"作家"の作品群ではなく、他の作家が自作の素材としてそれを自由に引用・参照してよい(『ブレードランナー』風未来都市であるとかミュシャであるとか、名探偵とその助手スタイルのミステリであるとか、宮沢賢治であるとかシェイクスピアであるとかの)一つの(偉大な)様式・公共財・教養になったということなんだな」

 というようなツイートを読み、「……!」と思ったんですよね。

(2023/0808追記;X(旧名ツイッター)を見ていたら、ある人が<BotW>シリーズの発表まえ、『風のタクトHD』発売時のインタビューで、青沼氏が……

www.4gamer.net

青沼氏:
 あとはやはり僕が宮崎 駿さんの描く世界なんかが大好きで,「どうぶつ宝島」なんかを見て心をワクワクさせていた記憶が,ああいう絵を見ると甦ってくるんです。それもあって,風のタクトには,かつての自分がワクワクしていた“冒険”のエッセンスを込めています。

   4Gamer.Net(2013/09/28 00:00)、編集部:TeT&ライター:稲元徹也『任天堂の青沼英二氏に聞く,「ゼルダの伝説 風のタクト HD」と「ゼルダの伝説」シリーズ――「僕がこだわるのは,“ユニークな体験ができるゲーム”ということだけ」』2

 ……と言及されていたことを取り上げていた。そのかた自身も「そんな言及があったんだ~」と初耳といった具合だったけど、ぼくも寡聞にして初めて知りました)

 

 もともとあの作品も観に行くつもりだったんですけど、それとは別口で、

「くだんの<BotW>シリーズのハイラルの世界をよじ登ったり飛んだりやら、チョコボなる『ナウシカ』のトリウマそっくりな"(鳥っぽい)馬"でヴァリスゼアを駆けたりやらしているのに、その源流(と見れそうなもの)になんら益が行かないのは、あんまり気持ちのよいことではないな」

 とか思ったりして、とりあえず一枚目のチケットを買いました。

(プレイ日記アップ時の追記;『君どう』の公開まぢかでした)

 

 

1220(月)

 ■ゲームのこと■ネット徘徊■

  『ゼルダの伝説TotK』周辺情報

   ▼インタビュー

 発売前

www.nintendo.co.jp

 (1)前作から変えないところ、変えたところ、「縦」の遊び、『スカイウォードソード』から実現したかったところ、音作りの変化。(2)「手」・「手と手」のこと、(3)新エリア「空」「洞窟」そして既存の「家(室内)」、BGMの切り替え時。ダンジョンについて(ふんわり)。(4)リンク右腕ゾナウテク関連、接合時の記号(接着剤と音)、(5)「できるかな?」の遊びのためにできないことを明確化する記号、各スタッフの意気込み……など。

 

 発売後

 0512

www.gameinformer.com

 

 0520

www.washingtonpost.com

 ウルトラハンドの「わかりやすい」記号(各オブジェクトの接合部をマークする緑の接着材)と前職での美意識(接着剤を見えないよう拭う)とで悩む青沼氏、実機実演動画の登場は2月発表第二トレーラーの微妙な反響を受けてのもの……など。

 

 0526

wired.jp

 続編製作の経緯、「縦」の遊びや『TotK』リンク右腕ゾナウテクノロジーの提供する遊びについて、テストプレイ時のスタッフのクラフト話でチラ見えするゾナウギア携帯鍋のサスペンション機能など。

 

 0906

www.famitsu.com

 地底の「遊び」上の位置づけと製作期間・広報戦略について。『TotK』リンク右腕ゾナウテクノロジーやゾナウギアなどゲーム内クラフト要素まわりの製作上試行錯誤(プレイヤーの手数削減)。解法の幅にかんして『BotW』からの相違点は? 『TotK』物語のテーマとは? 膨大なセリフパターンについて。新魔物の「遊び」ありきの起用について{新エリアの強敵(空を活かす敵としてのグリオーグ)、新エリアの雑魚敵(洞窟のホラブリン)、クエストパートナーの技・ゾナウテクを活かすクエストボス(ユン坊の削岩術・トーレルーフを活かす敵としてのゴーマ)。シリーズの時系列について。

 

 0921

 『ニンテンドードリーム 2023年11月号』初出(1026『NDW』再掲載)

www.ndw.jp

 (1)天へ底へとひろがった「縦」の遊び、『TotK』リンク右腕ゾナウテクノロジー(モドレコ話)、(2)仲間との共闘・手をつなぐモチーフ、ゾナウのユニークメカ、(3)『TotK』ゼルダ造形、ガノン造形、新魔物と新戦法について、(4)『BotW』を拡張するにあたってのゾナウ、『BotW』が「アタリマエを見直す」だとしたら『TotK』は?……など。

 

 1009

www.telegraph.co.uk

 全文読むにはサブスク登録が必要。

 

 1207

www.gameinformer.com

 ラスボス前半戦のあれについて。時系列について。シリーズフランチャイズの継承と他メディア展開について。

 

 1213

jp.ign.com

 マスターソード周りの創造時期や、(旧来の)一本道ゲームと現行のオープンワールド系と今後の<ゼルダ>、ダンジョン、『TotK』におけるswitchのハード的限界箇所について……など。

  1215(?)

www.nintendo.co.jp

  任天堂採用情報ページに掲載された、『TotK』サウンドプログラマー速水氏(企画制作部/2016年 入社)による"接地したオブジェクトの音"実装ふりかえり。「開発者に訊きました」岩井淑さんがお話しされたようなことの、実装面での試行錯誤について。

 

 

更新記録

 適宜=誤字脱字修正

 2023年

 1220   アップ

 1220 夜 追記  (『ゼルダの伝説TotK』周辺情報』)

 1221   追記改稿(「0522」にウマナリ楽団雑感)

 1222   追記改稿(「0512」にクリア者の視点から消耗品管理ふりかえり。「0528」に新建物・監視砦の変化、「0530」にラスボス後の演出について)

 

 

 

*1:がんばりゲージ

*2:ただしオリジナル版の青沼英二さんが共同プロデューサーとなり、他スタッフの監修は入っているが、開発元はグレッゾで、同社の石井浩一さんも共同プロデューサー、大岩幹治さんがディレクターをつとめる。

*3:『ムジュラ』本編=劇中時間を知らせるゲーム画面下方の時計が表示される以降。

*4:SNSにアップしたくなるような冴えた別解とかではなく、ほんとうにゴリ押しの力業で。

 たとえば、

「ゴールまで深い底があって滑空じゃとどかない。どうしよう!?」

 という祠がある。ぼくは、

「たぶん何か大ジャンプするような仕掛けがつくれるんだろうな」

 と思いながら、そのやりかたが思いつかないので、祠にある運搬&接続可能なオブジェクトをえんやこらえんやこら持ってきて、向こう岸まで伸ばしたりする。

 たとえば、

「トロッコで走れるレールが途切れ、途切れたさきは少し横にズレてしまっている。どうしよう!?」

 という祠がある。ぼくは、

「これウマいことひっかける鉤手をなんか作るんだろうな」

 と思いつつ、そのやりかたが思いつかないので、途切れたさきにトロッコをひっかけ、そこから乗車できるように高台を築き、ジャンプと滑空でなんとか高台へ乗り移った。

*5:ムジュラの仮面』は導線のすばらしい作品で、一例として第一チャプターにあたる森編の「デクナッツ」の能力に対する理解度の深めさせ方を挙げたい。

 第一チャプターにおいて主人公リンクは不思議なお面をかぶることで木の実の怪物「デクナッツ」に変身、その能力を駆使して、毒と猜疑心がうずまく森を冒険していくことになる。

 デクナッツは、フィールドに植わったデクの花に入ることができて、そこから天高く「発射」されること・頭の草をクルクルとヘリコプターみたく回し滑空することもまたできる。

 『ムジュラの仮面』森編は、デクの花を利用した飛翔滑空によって毒の水辺(リンクが生身で入ると死ぬ)を越えたり高所から高所へと移ったりする、神経すり減らすジャンプアクションゲームとしてしばらく展開していく。

 その風向きが変わるのがカメっぽいモンスターの登場である。硬いコウラに阻まれてリンクの剣撃はとおらず、対処法の一つとしてバクダンや(自爆できる)「バクダンのお面」などをもっていれば倒せるのだが、数や体力には限りがあり、そう大勢を相手にできるものではない。

 そこでプレイヤーは、もうひとつの対処法をひらめく必要がある。

「じぶんがデクの花に潜り込み、そしてこのモンスターが花をまたいだタイミングで"発射"されることで、コウラで守られてない腹を攻撃できるのではないか?」

 と。

 デクナッツ「発射」について「移動のためのアクションとしてではなく、攻撃のためのアクションとして使えないか?」という発想の転換が必要になるわけですが、ヒントがないわけではなく、デクの花ジャンプアクションステージでは、敵モンスターがうろちょろしている場所もあり、プレイヤーは探索をしているどこかのタイミングで、この「発射」が敵にダメージを与える攻撃となる"アクシデント"に出くわすわけです。

 この"アクシデント"に遭遇できたひとにとっては、このひらめきは、0から1を生み出すパイオニアの独創ではなくて、1から10にする応用になるでしょう。

*6:ぼくはこういう謎の想定の予行練習・素振りをしちゃうんですけど、なにかオススメとか尋ねられたことほぼ無い……

*7: ストーリーチャレンジ関係でもさまざまな「りょうり」に関する継承と断絶が描かれているけど。

ゼルダ姫おすすめの料理にアレンジを加えたところ、食当たりでダウンしている一行もあったな……)

 魔物討伐にあたる遠征隊が遠征地ちかくでテントを張って焚火して、そこでだれかしらが残されているのは、冒険で目に付きやすいランドマーク(焚火の明かりと煙)であり、遠征隊の進路を言語化してくれるという、ゲームプレイ的にありがたい作り込みだけど、その役目として料理番がつとめがちなのも、なかなか強い。

*8:ふつうのプレイヤーがふつうの努力でどうこうできるような余地はほぼなかった。

*9:ただし地底のフィールドボスはまだ倒してないのでわからない。イーガ団の各拠点に攻略の糸口をしるしたメモは読んだので、そのうち戦ってみたい。

*10:いや、桜井氏のYoutube動画を見るに、そうなってしまったのはswitchの容量制限もある苦肉の策だったようなのですが。