9/21にまとめて更新した日記②です。2万7千字。
セール情報についての話題ばっかりだ……。スクエニ吉田Pの朝日新聞コラムを読んでプレゼン力に驚かされたり、ハワード・ホークス監督『無限の青空』を面白く観たりした月でした。
- 0604(土)
- 0605(日)
- 0608(水)
- 0611(土)
- 0612(日)
- 0614(火)
- 0615(水)
- 0618(土)
- 0623(木)
- 0624(金)
- 0625(土)
- 0630(木)
- 0628(火)
0604(土)
■ネット徘徊■遅報■
終わったセールの話題;トムクル主演作の配信セールを見て
主演作の劇場公開を受けてなのでしょうかなんなのか、トム・クルーズ主演作のいくつかが配信でちょっと安くなってますね。
トム・クルーズ人気の火付け役、『卒業白書』(itunes、Amazon)が500円前後。未鑑賞なので、ぼくは廊下を華麗にすべるムービークリップしか知らない作品。
トニー・スコット監督による往年の人気作『トップガン』(itunes、Amazon)が713円。字幕吹替え切り替え化で4K対応で映像特典付きなのでitunesのほうが圧倒的にお得。
間隔を詰める初めての試み
レイシーが操縦するリアジェットにある大型の窓の後ろには何台かのカメラが据え付けられ、潜望鏡のように機体の上部と下部に突出しているカメラもあった。正義の味方が見た映像を撮るため、一機のF-14の外部ポッドにはカメラが内蔵され、悪役の視点を見せるために、私たちの複座式F-5Fのコクピットにもカメラが入っている。これだけカメラが用意されていても、ジェット戦闘機の立ちまわりを撮影するのは予想以上に困難だった。
(略)昨日、リアから撮影された黒のバンディット(敵機)とアメリカのトムキャットがすれ違う重要なシーンは、まるで何匹もの蠅が青いスクリーンの上を飛び交っているかのように地味で退屈な絵だった。一つのフレームに収めるにはジェット機どうしの間隔が広すぎた。この問題に直面したラットは西海岸の戦闘機オペレーションを統括する二ツ星の提督と話し合い、あくまでも飛行士たちが危険と感じない状況下において、訓練機動時に飛行機が五〇〇フィート以上の間隔を維持するという規則に一度限りの例外を設けることで最終的に合意した。
(略)
二回目のすれ違いは一回目と似ていたが、ずっと間合いを詰めたものになった。私の慣れている五〇〇フィートの間隔よりも、F-14はさらに近い距離を目にも留まらぬ速さで飛び去って行った――リアルタイムで微調整が行なわれるので、少しは安心できたが。
高度を詰めたすれ違いが成功したことで、満足感が生まれた。私たちはハリウッドのスタッフを前に迫力ある飛行を見せることができた。さらに軍人は単に勇敢なだけでなく、計画を実行するためにリアルタイムでの調整を繰り返す柔軟性も持ち合わせていることを証明した。十分に分泌されたアドレナリンは、ぎりぎりまで間合いを詰めてすれ違い飛行を行なったこの日の午後を思い出深いものにするはずだ。
トニー・スコット監督が無線で「みんな、さっきよりもよかった。ずーっといい。でももう一度だけお願いできるかな、もう少しだけ近くしてくれればいいから」
並木書房(2017年刊)、デイブ・バラネック著(茂木作太郎訳)『F-14トップガンデイズ 最強の海軍戦闘機部隊』p.18~21(太字強調は引用者による)
海軍トップガン候補を主役としたトレンディドラマ/青春グラフィティという感じでお話はタルいかもしれないし、空戦模様は技術的困難もともなって今見るとイマイチ分かりにくいところがあるかもしれませんが(ミサイルが真っ青な空を飛ぶ1ショットでもって、「ミサイルが当たらなかった/避けた」ということにする展開は、やっぱり混乱するし観直してもせつない)、映画として映える映像を実機でつくりだすために手間暇・コストをかけていますし、画面にひとつも空が映らない機内のほんの1秒あるかないかのショットでもコクピット内に光と影が挿し込んで明暗が激しく揺れるなかでの操縦模様となっていたり、演出力が光る作品です。一見の価値は確実にある。
{6/15追記;
(上のセール対象ではない)3D版Blu-Rayビデオでひさびさに観直したら、これはエラい劇映画だといまさらながら感心しました。物語の筋じたいはともかく、その歩み方はキビキビしているうえに有機的で活き活きしてる。
ダイアログもスペクタクルも可能なかぎり刈り込んであって、会話劇が見ていて飽きない。
対比変奏もかっちりとキマっているし……
ほかにも訓練地、私的空間、飛行機上――それぞれの時空間での一貫していたり……
……態度ががらりと変わったりする人間のふるまいや人間関係がとにかく楽しい。
でてくる人出てくる人、自分たちの立つ舞台によって本音と建前をつかいわけたり、あるいは本音のつもりだし本音なんだけど自分でもよくわからないオブセッションに憑りつかれて言ったこととやってることが違えてしまったりするので、セリフと表情と身ぶりがそれぞれ別々に動くこともままあって、どんな会話劇も一義的におさまらずに活き活きしてる}
ダグ・ライマン(リーマン)監督による桜坂洋原作の幸福なハリウッド映画化、時間ループモノSF戦争アクション『オール・ユー・ニード・イズ・キル』(itunes、amazon)が815円。字幕吹替え切り替え化で4K対応で映像特典付きなのでitunesのほうが圧倒的にお得。
■観たもの■
▼『ラスト・サムライ』もふつうにすごいよ
エドワード・ズウィック監督による『ラスト・サムライ』(itunes、Amazon)も713円。
われわれ世代だと、伊藤計劃氏の作品レビュー/ズウィック評がどうしても強いですけど……
……実際みてみると、映像的に映える創造がいっぱいありますよ。
伊藤氏が評するように真面目は真面目なかた・作品なんだ(ろう)とは思いますよ。(今となってはもう「クールジャパン(笑)」「日本スゴイ(笑)」ってかんじで対外関係における裸の王様感がありすぎて嘲笑どころか恥ずかしくて居たたまれなくなってしまう「日本には独自の四季があって~」という言い回し・風土観。
Blu-ray/DVD特典であるオーディオコメンタリかインタビューでズウィック監督は笑いなど混ぜず真顔で「日本には独自の四季があって~」と言って称賛する。なんてまじめなひとなんだ……)
でも、べつに作りたい画・音と資料(史実)とを天秤にかけて後者をえらぶひとというわけではなく、そうして調べたものやことから映画に応じた組み合わせや誇張や簡略(ないし継ぎ足し)をして一定の文脈をつくることは(多分どの監督作も)なされているのではないでしょうか。
(なつかしの鑑賞メーター時代の感想が流用できそうなので以下に掲載)
※色んな作品のネタバレをするよ!※
今作『ラストサムライ』の各地のようすは、図式的にまとめられる形で組織されています。
冒頭ちょびっと登場するサンフランシスコも、序盤や後半でちょこっと出る横浜・東京も、メイン舞台となる勝元の村も、低所の市井~傾斜~高所の権力(者・社)の建物、そして大きな塔型(しばしば"井"型)の建造物(電信柱や帆、菊紋付きの瀟洒な鳥居、頭に小石を乗っけた木の肌の地味な鳥居)……という図式が引け、さらにはこの図式は細切れの回想シーンのウォシタの虐殺のインディアン集落でさえ窺えるんです。
{燃えて木組みを露わにするテントの脇に、"井"の字型の物干し枝がある(0:11:10)。 その光景はまるで、鉄道敷設真っ只中の名もなき日本の村の、燃えて木組みを露わにする木造家屋とその脇の鳥居(0:23:06)を見ているよう。}
また、画面一つのインパクト・現物からの改変度合で言えば、(多分)デフォルメが利いた結果、天皇の鎮座まします几帳の内側の装飾がめちゃくちゃかっこいいことになっている。天皇が背にする側に(も)金の菊紋があり、この菊紋が椅子に座った天皇の頭の後ろにちょうど来るような絶妙な位置にあつらえてあり、キリスト教画の光輪と同等の効果をもたらしているんですよ。
(菊紋のある椅子は現実にもさまざまあり、たとえば現代の現実の国会の御傍聴席なんかもそうだけど、座ると背中に隠れて見えなくなってしまって、『ラスト・サムライ』のようにはならない)
別口で伊藤氏の評を補助線にして、あらためて作品を観なおすと、
「『ラスト・サムライ』について伊藤さんの話の主眼は、桜とか風俗・自然描写でなくて、出演した日本人の顔や所作の美しさについてではあるけれど……
"(オリエンタリズムはオリエンタリズムだけど)異国の人のカメラ・照明により、我々日本人でさえ気づかなかったような母国の美に気づかされる映画"
……というような具合に今作を讃えた伊藤さんのあの評は、実はズウィック監督の目論見そのまんまだったんじゃないか?」
などとも思ったりもしました。
いや別に、オーディオコメンタリを聞いても、そうした目論見があったと明確に述べられる訳ではありませんよ。
けれど、映画劇中でオルグレンが驚嘆する勝元や彼の治める古き村の人々が、濃い明暗の出た「カラバッジョのような映像」(0:33:18監督オーディオコメンタリ。残念ながらitunesでもAmazonでも配信版では未収録)として映されているのに対し。勝元や古い村の人々を排斥する新政府のえらいひと大村が、擬洋風建築の自室に掲げているのがカラヴァッジオの絵画(『聖パウロの回心』本編1:21:25等)であったりするのは、その証左となると思います。
{つまり、今まさに自分が排斥しようとしている地元(って言い方もなんですが)のものに、じぶんがありがたがっている「良いとされるヨソのもの」と同じ美がしかも活きた状態であるんだけど大村は気づけ(てい)ない……ということですね}
サムライたちをカラヴァッジオのように描くことで、何がしたかったのか?
改めて観ると結構にズウィック監督の後の傑作『ブラッド・ダイヤモンド』へ通じる要素があります。
というのも両作とも、お上に国に裏切られた男が、最後の最後に完璧な光景をその目に収め「自分は見た」と独り言をこぼすみたく誰かに伝える映画なのです。
{今作では切腹後に舞い散る桜を見た勝元がperfectと、『BD』ではアーチャーが崖向うに飛ぶ飛行機を見てincredibleと言い、前段に話の出た砂を手で触り風に飛ばす。(『ラストサムライ』において桜は、日本の美として勝元が挙げ、外国人オルグレンに教えたものであります)}
相棒はそれを見れないが聞き、上に伝える。
{今作のオルグレンは介錯・介抱したために桜と逆を向いており、『BD』のマディーは携帯で別場にいる。
また、その伝え方は、今作においてはオルグレンが会議の場にやってきて天皇に勝元の剣を渡す、オルグレンの見聞したもの(勝元の人生)を天皇に伝える。(お国はアメリカと日本国内の兵器なども扱う汚職商人の食い物にされそうなところを方向転換し、母国の誇りを忘れない方向へちょっと変わるらしい)
『BD』においては汚職ルートの解明・暴露と会議の場に召喚されたソロモンの人生により。(お国は、先進国やら戦争請負会社の食い物にされそうなところを、そうできないような方向へ変わるらしい)}
今作を観返したのは、同主演同監督による他作『ジャック・リーチャーNEVER GO BACK』を観て良い頃合だと思ったからなのですが、続けて観たからこその収穫があったように思う。実はあの作品も『グローリー』も『BD』もそして今作『ラスト・サムライ』も、"自分の手元には結局何も残らないけれど、他の人にとっては何ら価値のないものかも知れないけれど、その時の一瞬だけかもしれないけれど、でもたしかに、自分は美しく素晴らしいものを得たのだ"という映画なのではなかろうか。
(もちろん、その人物が視点人物かどうかとか、得るタイミングはどうかとか、難易度的にどうかとか、悲劇性の度合いは作品によって異なれども)
そうした観点からすると、いちばん悲劇的ではないだろうし得られたものも一回こっきりのものでさえないかもしれないけど、つつましくささやかなものをつつましくささやかながらも美しく描いてみせた『ジャック・リーチャーNEVER GO BACK』が、いちばん好きかもしれない。
……といった具合に、セールになってないトム・クルーズ主演『ジャック・リーチャーNEVER GO BACK』への好意を語って、この記事はおしまいにします。
識者から好評でも不評でも、良いモノじぶんにとって好きなモノはあれこれありますが、費用対効果とかって考えてしまうものですよねやっぱり。
一歩ふみだすきっかけとして、セールの存在はありがたい。
これを機にあなたに何か良い出会いがあることを祈ります。
0605(日)
なにをするでもなく日中をほぼ寝て過ごしました。
■書きもの■
さすがにおれの話は読みにくいうえに分かりにくいと認めなきゃならんでしょう
高校時代からの友人T氏(MARCH*1クラスに進学した程度に、ぼくより頭も知識も良い)に、『FF16』第二トレイラーの話題をふった流れで、「zzz_zzzzくんも(『FF16』とメインスタッフが重なっており、T氏がとてもハマっている)『FF14』をやろう」とお誘いされたさい「でもおれ、程よいサイズに整理された枯山水みたいな作品が好きだから……」と弊blogの『星のカービィ ディスカバリー』感想文を張って丁重に保留させていただいたところ、
「充実の記事だった」
とのリプライが!
感想文の感想なんてもらえるものではナカナカ無いでしょう、ありがたいことです。(今まで感想の感想をくれたかたがたありがとう!)
さいきんの(長文傾向にある)感想文について、zzz_zzzz自身としては、
「いろいろ調べものしながら書いたし、読まれさえすればそれなりに満足してもらえるだろう……」
と自負していたものの、他方で、
「いやそう思ってしまうのは、書いた本人の贔屓目なんじゃないか?
書いたぼくだけは自明な前提や、組み立てたつもりになっているだけで実際のところはフニャフニャな欠陥足場の上でウニャウニャ言ってるだけの、ひとさまが読んだら理解できない代物なのではないか?」
という不安はどうしてもつきまとってしまうものです。
よかった、思い上がりじゃなかったんだ……ほっと一息ついていたところ、さらなるリプライが!!
「(1割くらいしか分からんかったけど)」
ウニャウニャ言ってるだけの代物なのだった……!
17万字の感想文に挑戦してみたけど往年のテキストサイトみたいなフォントいじりで激しく読みづらい…
— しずま (@e597b2) 2020年3月25日
あの独特のフォントサイズ変更とインデントは何か隠されたメッセージでも込められてるてのかしら?
このようなツイートを見かけていましたから、文字装飾や語り口のうえで読みにくい・クサい・イタい部分があるのは存じ上げておりました。
「斜め読みだけど」「つまみ読みだけど」的なコメントも複数いただいていたのですが、てっきりこれ、長文ゆえとかゴチャゴチャしているレタリング・語り口ゆえのものだと思っていたんですよ。でも実はそうじゃないっぽいですね……。
……これ、単純に文章の組み立てがヘタすぎて、受け手が「つまみ読みだけど」と言わざるを得ない程度にしか情報を渡せていないのだ、ということにようやく気づきました。
一時期の/一部の批評論壇系論考とか(最近のはてなblogなら『白樺日誌』さんとか?)は読みにくかったりわかりにくかったりしたものですが、あれらは「バカに読ませるつもりで書いてないゆえの」難解さだったと思うんですよ。え、デリダもドゥルーズもフーコーもみんなみんな一般教養だよね当然? という。
ぼくの記事がダメなのは、「書いてる本人は他人が読んでわかりやすいものを書こうとしているが、書いている人がバカなのでそうなってくれない」というもので、ただただせつないですね。つらい。
(一億総ジオシティーザー・だれもがブロガー時代のゼロ年代なら、なにか指南サイトだってあったのかもしれないが、今となっては消えてしまったんだろうな……)
なんか一回しっかり下書きとか感想戦をしたほうがいいんでしょうね。
「何を書きたいか」「どう読んでほしいのか」「どんな情報が伝わってほしいのか」とかの見取り図をきちんと作ったうえで記事を仕上げて、そして書き終わった記事に対してセンテンス同士の繋がりを見直したり、つながっていない脱線部分を削除したりするようにしたほうが良いかもわからんですな……。
■ネット徘徊■読みもの■
第一線のPのプレゼン力;吉田直樹『人は、なぜオンラインゲーム(MMORPG)をプレイしないのか』
それは何ですか;
朝日新聞デジタルマガジン『&M』で2019年に掲載された、FF14・16プロデューサー吉田直樹さんのコラムです。
高校からの友人T氏へ最新ゲーム『Final Fantasy 16』の第二PVの話題をLINEでふったところ、「そんなすごいFF16のメインスタッフはFF14製作陣なんですよ」という話とともに張られた記事でした。
読んでみた感想;
てっきり長文を5分割した記事なのかと思ったら、オンラインゲームをやらない人にかんしてその理由別に5タイプに分けて紹介したうえで、それぞれの人に対してオンラインゲームのクリエイターである吉田Pがなんらかの提案をこころみる……という「タイプ別占い・処方」型プレゼンコラムなのでした。
新聞系のメディアでこういう面白い形式のコラムを放り込めるという胆力と、プレゼン力がすごい。
そしていくつかクリックしてみると、
「あぁ~これ、どのタイプを選んでも最終的に『FF14』フリートライアルをオススメされるという、インターネットの悪いオタクがつくる沼落とし強引フローチャートっすね!!」
と合点してニヤニヤ読んでいくと、最終章は……
これは強敵である。勝ち目がない。プレイしない、と決めており、それが主義なのであれば、僕にはどうしようもない。主義というものは、良い/悪いで推し量るものではない上に、その主義が法律上許されているのなら、僕としては貴方のその主義を尊重するしかほかにない。
朝日新聞デジタルマガジン『&M』掲載、吉田直樹『人は、なぜオンラインゲーム(MMORPG)をプレイしないのか』、その5「人がオンラインゲームをプレイしない理由その5. 『主義的にオンラインゲームはプレイしないと決めている!』」
……引き際をわきまえた〆に、「この押し引きのうまさがプロとアマチュアを分かつポイントなんだろうな~!」と素朴に感心してしまいました。
記事内容も興味ぶかい内容で、「いまのMMORPGは当初のイメージと違って、一期一会のマッチングシステムが充実しているので長期的な人付き合いとかしなくてもストーリーモードを進められますよ~」というゲームシステムの変遷が語られたりする、ふつうにタメになる話題も*2ありますが。
▼「時間を取られてほかのことができない」ことにむしろメリットを見出す逆転の発想
ただまぁ、いくら「良くなったよ」「無料だよ」と言われても、どうしたって気がかりがありますよね。
どれも当てはまらない、何をするにも時間がかかりすぎるからだよ
『人は、なぜオンラインゲーム(MMORPG)をプレイしないのか | 朝日新聞デジタルマガジン&[and]』はてなブックマークコメントより
こちらのはてなブックマークコメントが代表的ですな。つまり……
- 無料でいくらできると言っても、われわれの時間は有限である。
- (無料で長時間たのしむことの可能なコンテンツも無限にある)
- 「ずっと遊べる」は「ずっと遊んでも終わらない」であり、それだけの時間を費やす意味を踏み入れる前段階で見いだせない。
……ということですね。
ゲームにかぎらずぼくもこうしてblogを書いていると、とくに長文の記事を投稿したりしていると、同じような気がかりが浮かんできます。
「おれ自身はこうやって自分の感じたり思ったりしたことを吐き出せて楽しいし。
ひとさまにとっても、多分、日記以外の記事は文字数相応の時間と手間をかけて書いているから何かしら"読みで"が確保できているだろう、と大なり小なり勝算を見込んではいる。
そして、たとえ記事自体がおもしろくなかったとしても無料のblogなのだから損させることにはならないだろう……とも思う。
しかし他方で、素人が好き勝手書いているだけの(けっして読みやすいとも読んでて楽しいとも言い切ることのできない)長文をわざわざ読むこと自体が高いハードルでありコストだよな。そこについてダメ出しされたら頭下げるしかないな……」
と。
吉田氏が挙げた理由のなかには、「長時間ゲームをやるのが無駄に感じる」はありません。
吉田氏でもこれに対する処方を編み出せないということか……?
……いや記事を読んでみると、じつはそうでもないことに気づかされます。
さて、この月額1500円をどう捉えるだろうか。昼食2、3日分である。当然30日プレイし放題なので、何時間遊んでいただいても一定料金だ。週に3日、一回のプレイ時間が3時間くらいだとすると、1時間当たり42円くらいか。1年プレイを続けたとして、1万8000円くらい。飲み会に3回参加するくらいの金額である。これを、「やたらとお金がかかる」と思う人は、あまりいないだろう。
そしてぜひ考えてみていただきたい。週3日、1回のプレイを3時間だとすると、当然他のことはできなくなる。それだけ時間を消費しているのだから、無駄な飲み会は減り、余計な散財は減っていく。つまり、相対的に出費は減ることになり、逆にお金が貯(た)まることだってあるのだ(事実そう発言する人も多い)。
朝日新聞デジタルマガジン『&M』掲載、吉田直樹『人は、なぜオンラインゲーム(MMORPG)をプレイしないのか』、「その3.『パッケージソフトを買った以外にお金がかかるのは嫌だなあ』」
そうなんです、このコラムで吉田氏は「オンラインゲームに時間を取られて他のことができなくなる」点を、デメリットではなくメリットとして挙げているんです。
ゲーム以上にどうでもいいうえにお金がかかること、あるんじゃないですか? それに割く余裕がなくなっていいじゃないですか、と。(塾の自習室・禅寺・修行場としてのMMORPG世界!)
ただまぁこれ、職場の飲み会とかを無駄だ(そしておろそかにしていいものだ)と思っているひとにとっては有効なプレゼンであって……
図です pic.twitter.com/woYTcqsG4l
— かもリバー (@xcloche) 2021年8月30日
顧客のクラスタリングのための広告って視点あんまりなかったので勉強になる
— かもリバー (@xcloche) 2021年8月30日
広告は興味を持つ人を集めるものなのでもともと単純なクラスタリング機能はあるのだが、つくりによって「ある程度リテラシーがある人を弾く」みたいな機能?もあるんやなあというところですね
— かもリバー (@xcloche) 2021年8月30日
偽医療・健康食品系のセールスでも多用される方法ですね。某業者では「顧客選別」と呼ばれてました。※再掲https://t.co/bu9dUIidpb
— 五指ナマケモノ (@ituyubi) 2021年8月31日
……現代の錬金術師かもリバー師がいっとき研究していたような「弾くための広告」を思わせるような話術にも思えもしますが、こういう発想の転換はだいじだなぁと素朴に感心しました。
■ネット徘徊■遅報■
終わったセールの話;新潮社kindleセール品をながめました
新潮社のマンガkindleが半額還元セール(6/6まで?)されていました。
つまり『ガールクラッシュ』既刊1~3巻とか『プリニウス』既刊1~11巻とか久正人氏の大傑作『エリア51』1~15巻完結までのkindleが半額還元セール中ってことですね!
もちろんこのblogで個別の感想記事を書いた『Artiste』既刊1~7巻もセール対象。
平時であれば試しに1巻読んでみて気にいったら(物語的におおきな盛り上がりを迎えて一区切りもつく)3巻まで。それで面白かったら全巻ご購入を……というステップがオススメなのですが、この期間中は3巻まで買っても1.5冊分のお値段なわけで、最初の一歩でそこまで行ってくれても損はないんじゃないでしょうか。
(このセールで知ったんですが、LINEコミックも書籍の出版社はいろいろ違うんですね……『ガールクラッシュ』は新潮社だけど、『クレバテス』はLINE Digital Frontierだから対象外だった。
アイドル卒業/田舎でスローライフ人生やり直し物として読めるけど、田舎住民の「外」へのまなざしや「外」の時間の流れもちらついて、今後どうなるのか不穏でもあるふみふみこ『ふつうのおんなのこにもどりたい』も別出版社。こちらはこちらで何か知らんけど29%ポイント還元セール中っぽい)
頻繁にマンガベストレビュー記事をおだしの『名馬であれば馬のうち』さんが言及していたなかだと、『悪魔を憐れむ歌』(※)、『マグメル深海水族館』、『男爵にふさわしい銀河旅行』(「人類が存続を保証すべき2017年の新作連載マンガ72選」)。
『実録 泣くまでボコられてはじめて恋に落ちました』(「2018年上半期の漫画ベスト10選〜単発長編、短編集編〜」)、『ディノサン』、『泥濘の食卓』(「2021年のマンガ新作ベスト10+5+7+5」)
※『悪魔を~』については、作者氏が打ち切り後の続編(21~24話で完結予定で、げんざい23話まで掲載中)/過去編(全4話予定で、現在2話まで掲載中)を『となりのヤングジャンプ』で連載されています。手を出すのに好い頃合いになってきたのかもしれません。
年一くらいでマンガベストレビュー記事をおだしの『村村』さんが言及していたなかだと、『人質たちのシェアハウス』(「【2021年度版】すごかった漫画(全35作品)」)……
……が、セール対象みたい。
あと、打ち切りだ(ろう)けど、充実しているしその枠内でうま~くまとまっている傑作日本ゾンビ漫画『ほぼほぼほろびまして』1&2巻も半額還元セール対象だった。これもオススメです。
■読みもの■
安藤ゆき『地図にない場所』2巻まで読書メモ
先日は小学館の31%還元セールがありましたね。そこまでの大盤振る舞いは終わってしまったものの、14%還元はいまだについてる『地図にない場所』1巻を読み直しさらには2巻まで読みました。いや~これ良いですね。
名門私立高に入学した悠人はある日母から、お隣さんが亡くなったこと、そしてさらにはフランスでバレリーナとして活躍していた隣のお姉さん(30)がケガでバレエ団を退団・お隣りへ帰ってきたことを聞かされる。
回覧板を届けたことから、ふたりの秘密の交流がはじまった……というお話なのですが。
「はは~天才肌のお姉さんとのほんわかハートフルなスローライフが展開されるわけですね?」
まぁそうなんですけどちょっと違う。出国まえに隣のお姉さんと交流があったわけではなく、悠人がお姉さんのもとへたずねに行った理由もまた、絵柄から想像されるようなものではないのが面白いところ。
「俺より終わってる奴が見たい」
悠人が名門私立高を受験したのは秀才の兄が通っていたことで「悠人も」と親に当然視されたからで、「ここに入りたい」という確たる理由はなく。高校入学こそできたものの、中学の上級学年からだんだんと勉強量に対して成績の伸びがついていかなくなっていた悠人にとって、進学は険しい道だというのが入学早々わかってしまった。
勉学はできなくても愛嬌があれば人生なんとかなる。しかし母がインスタ映えスポットへ一緒に連れて歩く小学生の弟とちがって悠人は整った容姿も愛嬌もなく、友達もいなかった。
そんな「終わってる」悠人にとって、隣のお姉さんのお話は救いだった。もっと「終わってる」存在にちがいない。
そんな暗い背景と動機から『地図にない場所』はスタートして、そこから(われわれ萌えオタの期待に応える)天才ででもちょっと抜けてるお姉さんと交流することによるほんわかハートフルなスローライフが展開されつつも、間仕切りを隔てたすぐ隣にきちんと、無敵であった中2をすぎて天井が見えてしまった思春期の暗いドロドロがある。
お姉さんと一緒に「地図にない場所」を探索すれば、仲良かったけど別の学校へ行ったキレイな幼馴染とも再会する一方で、同中かつ同高で自分の現状を知ってるクラスメイト(≠友達)の男とも遭遇しちまうことだってある。狭い狭いご近所空間がきちんとある。
マンションのらせん階段を延々くだる鬱屈とか、舞台と物語の噛み合いも「うんうん」って感じで、つづきを見守りたいですね。
辻次夕日郎『スノウボールアース』3巻まで読書メモ
『スノウボールアース』(1、2巻)もいまだ14%還元中か。
けっきょくセール対象外の3巻まで一気読みしちゃいましたね。熱い。し、速い。
上にリンクを張った第1話のとおり、冒頭の世界設定説明ページをめくったら一気に『トップをねらえ!』最終話くらいまで行っちゃうスピード感。
その後もやっぱりこう、どんどん展開されていくから面白いですね。
エイリアンvsメカ操縦地球人、という構図が、エイリアンvs残存地球人という構図になり、エイリアンvsエイリアン鹵獲地球人という構図が見えてきたと思ったら……とカードをめくるたびに勢力図の認識が変わって面白い。
いまのところ設定の多さとその開示の素早さ(による情報密度?)で楽しんでいるところがあるから、今後どうなるのか? どれだけ残弾があって、出し切ったあとの組み合わせや転がしはどれだけできるか? とか疑問はうかぶけど、3巻までの感じ、そっちも大丈夫じゃない? という気がします。4巻もたのしみです。
0608(水)
■観た配信■らくがき■
vtuber『【#鈴木勝3D お披露目】俺様が天才イケメンバーチャルライバー、漆黒の捕食者こと《Darkness Eater》、即ちD.E.だ!!!【にじさんじ/鈴木勝】』をリアタイ視聴しました。
エニーカラー社の運営するバーチャルYoutuber団体にじさんじに所属する中学二年生邪気眼系vtuberの鈴木勝くんが3Dお披露目配信をしていたので見ました。
勝くんはにじさんじ三期生相当の古参vtuberで、たくさんのひととかかわってきたしその縁がつづいているのがわかる配信でよかったです。親戚の学芸会を見守る気持ちでしみじみしましたが、ほかのかたがご覧になってどう思うかはよくわからない。
{「あっビデオレターですね~これは~!」に大草原でした。
(3Dの肉体がない配信者が出演するときは、汎用黒子3Dモデルを「あのキャラに見えてる」というていで「黒子だけどあのキャラなんだよね」と想像力をはたらかせてやり取りしたりするのですが――そして今回だって、じっさい指示だし役の詩子おねえさんもそういうていでお話しされていたのですが。このときばかりはふつうに黒子を黒子としてとらえてエロマンガ/AV的ないかがわしさを見出していて草だった。べつの想像力がはたらいてるよ!)
……のだが、「Youtubeのポリシー的にあやしいかもしれない」ということで、予防的措置としてYoutubeでの当該パートはカット、ニコニコ動画へアップし直しとなっていました}
***
Twitter artists be like: pic.twitter.com/nDjxW9iXca
— Xendr💀 (@pneumonoultrous) 2021年12月23日
神絵師のかたがたは「らくがき」と言って(実際そのくらい気楽なノリで)すごい絵を毎日のように投稿するもので、見栄っぱりのぼくもしっかりフルカラーの絵を「ゼェゼェ……ラッ、らくがき、ですけど……?」とマラソン大会のギャラリー前だけしゃんと走るみたいな感じでお出ししていたわけですが、体力がないので本当に楽々ならくがきを投稿するようになり申した。
0611(土)
■観た配信■
vtuberにじさんじ『SEEDs24時間配信2022』をリアタイしたりしなかったり
にじさんじ3期生相当の、にじさんじSEEDsとしてデビューされた面々が24時間継続的に配信をする大型コラボ配信企画をやっていたので、起きているあいだはリアタイ視聴しました。
とくに好きな配信は、『クレアの部屋』。この回の司会をつとめたシスター・クレアさんの、アクのつよい配信者のなかでも落ち着いている存在、砂漠のなかのオアシスみたいな存在に見えて(じっさいクレアさんの配信は落ち着いて聞ける)、たいがい変なキャラであるところが出ていて、とてもよかったです。
0612(日)
■観た配信■
vtuberにじさんじ『える&黛灰&叶のなりきりAPEX』コラボ配信をリアタイ視聴しました
エニーカラー社の運営するバーチャルYoutuber団体にじさんじに所属するエルフのえる氏、黛灰さん、叶さんによるトリオ式バトルロワイヤルFPS『APEX LEGENDS』コラボプレイ配信をリアタイ視聴しました。
える&花畑チャイカ&葉山舞鈴トリオによる『vtuber最狂決定戦』、周央サンゴ&えるコンビによる『無知ペックス講義配信』……と、ここのところ『APEX』をもちいたネタ配信をしてきたえるさんによる3発目。
今回は『APEX』に登場するプレイヤーキャラクターになりきっての配信です。
寄せた声色にくわえて、「セットボイスをぜんぶ網羅しているんではないか?」というくらいに語録詠唱と改変が豊富なえるさんのホライゾンなりきりプレイ。
声色を寄せたうえに原作同様のボイスチェンジャーをかませ、オン(ゲームでみられる姿)とオフ(Youtuberとしての現在のじぶん)とがある設定をつくりこみ、「声はまんまなのに、ゲームとちがってふわふわしたことを言い続ける」黛くんのブラッドハウンドなりきりプレイ。(たまに出る語録詠唱・改変の切れ味がすごい)
「"美を追求します"のセットボイス以外に引き出しがないんではないか?」というくらい「美」一本でゴリ押しする叶くんのシアなりきりプレイ……と、バラエティ豊かな面々による、ボケツッコミをそれぞれこなせるえる&黛コンビにたいして、叶くんが延々笑ったりたまに踏み込んだりする遊撃的な立ち位置につき……というバランスがよい構成の配信でした。
(観るかたによっては「笑いどころは観ているこっちが決めるよ!」みたいな向きもあるんでしょうけど、釣られ笑いしたり、配信者さんのなかにゲラがいる空間をあったかく感じてしまったりする人間なので、今回の配信みたいな空気はとてもよかった)
0614(火)
■観たもの■
『トップガン』を観直す
『トップガン』を観直し、めっちゃキリキリ瑞々しい立派な作品だと考えをあらためる。セール情報の記事に追記し、それでは気がおさまらず、個別の感想記事を書きはじめる。
0615(水)
■ネット徘徊■遅報■
終わったセールの話;講談社kindle5割引きセールをながめた
毎日なにかしらのセールがやっていますね。
{きのうは配信ビデオがセールしていた無印『トップガン』を(セール品ではなく3D Blu-Ray版ですが)再鑑賞して「こんな面白かったっけ!?」とびっくりして寝るタイミングをのがしました。
どんな話か知らない初見時(=知らないために、「マーヴェリックあんまりにも無鉄砲なイキリ若造すぎるだろ」とか、スポーツ物・ロックスター物を参考にした大枠の物語結構にひっかかってしまったりする。)よりも、ある程度お話が「こんなもん」と頭に入ってる状態で見たほうが、脚本の刈り込みと不確定要素の盛り込み具合、演出のキレに集中できてむしろ楽しい。これ撮れるひとなんだからそりゃあ『スパイ・ゲーム』面白いよ}
今日は6/16までひらかれているAmazonの電子書籍kindle半額ポイント還元セールを見ていました。
講談社はわりと半額還元セールをやっている印象があるので、べつにあわてて買う必要性はないんだろうけど、今回は……
- 蓮實重彦『ショットとは何か』(電子版/挿絵なし)
- ルシア・ベルリン氏の新刊『すべての月、すべての年 ルシア・ベルリン作品集 』
- 『ベイルート961時間(とそれに伴う321皿の料理)』
- 『法月綸太郎ミステリー塾』
……あたりが気になりました。
①はショットとは何か知らないので助かりそうですね。
②は話題作『掃除婦のための手引き書』も積んでるんですけど、まぁ外国語書籍が安く手に入るのはなかなかなさそうなので。
③『ベイルート961時間(とそれに伴う321皿の料理)』は、はずかしながら今回のセールで存在を知ったベイルートの旅/ご当地料理にかんする本(?)。
ウエルベック『セロトニン』の邦訳などを手がけた関口涼子氏による紀行本で、試読本でみられる多量の目次のとおり、短い章を重ねていく随想本というかんじ。
現地ですれ違う人々から聞いたこと、料理のこと、料理について聞いたこと、料理の語源や発祥元などマクロな来歴、ファミリーヒストリー的なミクロな細部、土地について、文化について、土地の名前の語源について、ひるがえって故郷日本は、現住地フランスは……と、光景は思考はめくるめく。
22 「中心街にいたかったんです」
滞在しているアパートの近くに、「マルーシェ」という名のスタンドショップがある。チキングリルを専門にし、それをパンで挟んだ「ダジャージュ・モサハブ」で有名な店だ。一見新しそうに見えるが、小さな店舗の入り口には「創業一九四二年」とある。オーナーのモスタファ・ブレイクに話を聞くと、最初はベイルートの西の地区、ハムラに店を構えていたのだという。
「あの『トラブル』が起きた時、わたしたちはヨルダンに居を移してレストランを二軒開きました。ベイルートに戻ってきたのはつい最近のことです。ベイルートの皆さんに喜んでいただいています」
彼の口調にはどこか奥歯にもののはさまったようなところがある。内戦終了後、今回はどうしてソデコ地区に店を開いたのかと聞いたところ、彼はこう答えた。
「だって、お分かりでしょう。アシュラフィーエ(ベイルート東のキリスト教区)のお客さんはハムラまでいらして下さらなくなったんですよ。遠すぎるとのことでね。さみしいじゃありませんか。そこで、わたしたちの方で店舗を移すことにしたんです」そしてこう言い添えた。「わたしたち、中心街にいたかったものですから」
ソデコ地区はかつてのグリーンライン(内戦時代ベイルートを東西に分けていた分割線)のダマスカス街道脇にある。
23 ハムラ
十数年スペインはアンダルシア地方のグラナダに通い続けたわたしにとって、ベイルートのイスラーム教徒地区の名、「ハムラ」はすぐさまある色を喚起せずにはいない。赤褐色。グラナダにあるアルハンブラ宮殿は、アラビア語の「アル・ハムラ」、赤土の色を語源としている。
ベイルートのハムラ地区は、かつてサボテンぐらいしか生えていない荒れた土地だったらしい。地区の名はそこから採られたのだという。今日、この地区は、ベイルートの多くの地区と同じように、一面アスファルトに覆われている。目に映るのはひたすら灰色だけ。
24 土地の色彩
そういえば、東京の地面は何色だったろうか。
25 黒褐色
本当のことを言うと私は東京の地面の色を知っている。神楽坂に住んでいた祖父母の家には小さい庭があって、塀に沿って植物が植えられ、物干し台が据え付けられていた。(後略)
講談社刊、関口涼子著『ベイルート961時間(とそれに伴う321皿の料理)』kindle版10%(位置No.3003中 293、248ページ中 31ページ目)、「22 「中心街にいたかったんです」」~「25 黒褐色」途中まで
パスカル・キニャール氏の文筆なんかもそうですが、長い*3センテンスのなかにぽんと短い一文が置かれるとハッとしてしまう。
④『法月綸太郎ミステリー塾』はまえもセール対象になってたと思う。4巻8000円オーバーが半額で手に入るのはなかなかインパクトがある。
映画ファン的には3巻『盤面の敵はどこへ行ったか 法月綸太郎ミステリー塾 疾風編』がなんか重宝しそうな感じですね。
イーストウッド監督(/ブライアン・ヘルゲランド脚本)『ブラッドワーク』の原作であるマイクル・コナリー氏の小説『わが心臓の痛み』書評、さいきんエドワード・ノートン氏によって映画化(製作&監督&脚本&主演!)されたジョナサン・レセム『マザーレス・ブルックリン』書評、マシュー・カソヴィッツ監督によって映画化されたジャン=クリストフ・グランジェ『クリムゾン・リバー』レビュー(惹句で引きあいに出された『羊たちの沈黙』などに対して、本編での自己言及を引用してアメリカ的シリアル・キラー物とは違うことをさらりと述べた法月氏は、「むしろ本書で描かれる連続殺人は」と持論を展開させていく)、ヒッチコック監督『第3逃亡者』とその原作小説であるジョゼフィン・テイ『ロウソクのための一シリングを』の比較レビューなどが掲載されているもよう。
***
……で、上のセールページ(ツイッターでは「(作家別やらレーベル別やらがあって)検索性がよくなった」などという声も聞く)見て思ったのが、
「たしかに使いやすくなったけど、でもこれ、売る側としては情報戦略みたいなのがより一層だいじになってくるんだろうな」
「辛口な目利きによる確度たかい星取りは、逆に"そこそこの掘り出し物"を埋もれさせてしまうのかもしれないな」
みたいなことでした。
「2022新刊ベスト50」はいいっすよ。(いや「ベストって、基準はなに」とか考えだすと結構これはこれでこわいんですけど)
でも「★4つ以上のミステリー」はこわすぎる。けっきょくそれ、「ベスト50」とか「ロングセラー」とかの人気作品ピックアップと、そこまで違いがでないんじゃないだろうか。
0618(土)
■観た配信■
vtuber『【#レスバ2434大会】第一回レスバ大会【にじさんじ】』を視聴しました
エニーカラー社の運営するバーチャルYoutuber団体にじさんじに所属する面々が、箱内eスポーツ大会をひらいていたので拝見しました。
専用ディスコードサーバーに呼び出された選手が、大会主催から振られたお題・派閥にあわせて、他選手とレスバ――レスポンスバトルを3分30秒おこない、審査員3人がその結果を採点(構成点・芸術点・勝敗点の各10点計30点)、合計得点を競う……という大会です。
でびでびでびるくんによるインターネットの泥沼昇華企画としては、匿名メッセージ投稿SNSマシュマロのなかのきついマロを配信者が持ち寄り品評する『くそまろたべログ』があり。
審査員をつとめた月ノ美兎委員長もまた、ランダム匿名通話アプリ『斎藤さん』でマッチングした人へ、キャラクター特定サイト『アキネイター』の質問を延々なげつづけて、マッチング相手を特定する挑戦企画『知らない人との通話でも本気出せば完全特定できてしまう説【斎藤さん】』
や、恋人に送るLINEを第三者に送り、それが既読されるまでに撤回/投稿~撤回までに耐えた時間数で勝敗を競う『既読が付く前に取り消せ!誤爆撤回チキンレース【月ノ美兎 VS 剣持刀也 /にじさんじ】』、にじさんじvtuberのなりきりチャットをvtuberたちで再現する『★初心者歓迎★月ノ美兎ちゃんのなりきりチャット★』、などなど、インターネットのよどみを数々エンタメとして昇華してきました。
今回の企画もおもしろかったです!
さまざまなゲームでIGL(イン・ゲーム・リーダー)をつとめてきた叶くんが理詰めでせめ、対する「ポン」として不名誉な評価をうける葉加瀬冬雪さんがどう立ち向かうのか、という1試合目。
お題をだされてから試合開始までのみじかいインターバルの間に情報収集し、対戦相手であるレオスさんの致命的な弱点をつかんで攻めるフミさまと、それに対して、2ちゃんのスレッドタイトルで切り出し2ちゃんノリで煽りに煽る領域展開を張るレオス・ヴィンセントさんによる2試合目。
夕陽リリさんvsグウェル・オス・ガールさんによるやたらと壮大な3試合目。
直前の試合とはうってかわって年齢と知能指数が下がった感のある魔界ノりりむちゃんvs葛葉くんによる4試合目。
本大会ベストバウトのひとつ、「それってあなたの感想ですよね?」ネット一有名なロンパマンを憑依させた霊媒師vtuber椎名唯華による"しなゆき"vsロジカルにパワフルに攻めるハッカーvtuber黛灰の、笑いと芸術の5試合目。
5試合10人のレスバスタイルが出たあとで、「まだこんな切り口があったの!?」と驚かされる緑仙vs海妹四葉の6試合目。
初戦を勝ち上がったひとびとによる準決勝3試合と、最後の最後の決勝戦……どれも見ごたえがありました。
0623(木)
■書きもの■ネット徘徊■
全レビューはなんぼあっても良い;自分の書いた作家作品レビューと伴名練による作家作品レビューを比べる
だいたいの作家が単著をもたない新鋭しばりで伴名練さんにより編まれたフレッシュなアンソロジー『新しい世界を生きるための14のSF』の、本におさまりきらなかった「幻のあとがき」が早川書房の公式noteへ掲載されていました。
ジャンル別ガイドが本紙で採用された伴名氏は、今回の「幻のあとがき」では作家の商業(のうちSF色のつよい)作品全レビューをおこないます。
坂永雄一作品についてはzzz_zzzzもすでに似たようなことを行えていたので……
……プロ作家によるそれと自分が書いたものとを読み比べする、という面白い体験ができました。
読む側にとってわかりやすく、呑み込みやすい形として……
①「あらすじ⇒題材/細部/内容の紹介」は強い。
②「作品の設定を最初に開示したうえでの紹介」もまた強い。⇐NEW!
……ということを今更ながら知りました。
①はじぶんでも分かっていましたし、意識しなくてもそういうかたちになりがちですが、②は頭になかった。
伴名氏による「さえずりの宇宙」紹介が②の方向性だったんですけど、この設定が開示されるタイミングはもうちょっと後だったような気がします。
その辺をぼやかした文章をぼくが書いた理由はおおきく3点くらいあって……
・SFとしてどういう作品かなんとなくうかがえる記述を選評から引用したから。
・繋がりや重みづけがあやふやにされたまま情報が積み重なっていく/等価的に並置されていく感じがなんか「この作品ならではの味わいだな」と思ったので、レビューもなんかそんな風にぼんやりと語りたかった。
・(追記記事の感想戦でも言ったことの繰り返しになるけれど)「本文を読むことが(ぼくの文章を受けて)既知の情報の確認作業みたいになったらイヤだな」と思った。
……その意図にかなう文章ではあると思います。
ですが、こうしてスパッとまとめた伴名氏による紹介を読むと、難点も見えてきます。
ぼくの「さえずりの宇宙」評は、どういう作品なのか結局イマイチわからなくて、未読者がモヤモヤしてしまうものとなっている……。
設定を明かさないなら明かさないで、「ふわふわした語り口」がもたらす魅力についてキッチリ腰を入れて語るべきだったんでしょうね。
とりあえず応急処置をするにとどめ、今後うまいやり方を見つけたら改稿しようと思います。
***
そんな具合に反省したいっぽう、良い部分を見つけられなかったわけでもありません。
文庫本巻末や雑誌でなされる「解説」「レビュー」の類にたいして、アマチュアの文章がおおきく違うのは、文量について指定がないから好きなだけ自分で書いていいことと、調査・文章作成に〆切がないこと。
書き手に相応の視力と筆力があるのであれば、細部のピックアップなどはよりつまびらかに広域にできるはずで、そこは強みになりそうです。
0624(金)
■観たもの■
フレッド・ジンネマン監督『地上より永遠に』鑑賞メモ
ハワイの陸軍基地の兵士たちが鬱屈をかかえながら駐屯地生活をして鬱屈をかかえながらも、そこで生きる以外の展望がみいだせず、夜に仲間たちと酒を飲みアコースティックギターとラッパで『再入隊ブルース』を愚痴と愛をこめ歌ったりする軍隊生活ドラマです。
主人公プルーイットの、いろいろあってもけっきょく基地へ帰ろうとする姿がやるせない。
そのほかのさまざまな階級の軍人たちみんなやるせなくて、戦間期(厳密にはちがうんだけど)の虚無という感じで、なかなか面白かったです。
駐屯地の閉塞感がすばらしく。不当なしごきはもちろんあるわ、綺麗な女性がほほえんでくれるクラブのある基地外への外出許可はなかなかおりないわ、やっとのことで綺麗な恋人とデートしようとすれば上司や部下がどこにでもいてプライベートもないわ……とドン詰まり。
お話はおもしろい一方で、会話のテンポとか映像とかはちょっとゆったりして感じられたりもしました。
(体力があやしく、集中力がつづかなくて、どうでもいい雑念が頭を満たしたりして、そのせいかもしれません※)
たとえば将校の夫人が画面奥から画面手前の下士官へちかづいてくるところのくだりなんて観ているその瞬間はちょっとかったるい。
でも、それも含めて「戦争がおこるまえの時間感覚」という風に思えてきて、良い作品でした。
ヒロインがゆったりと渡ったあの広い中庭に、戦闘機が機銃掃射により一瞬で砂柱の道を引くおそろしさと、どこか胸が躍るかんじ。
作品後半で、主人公である歩兵が、クラブでホステスをする美女の本名を教えてもらい恋人となり、さらには同性のルームメイトと暮らす住居へお誘いしてくれたときのこと。なにかまっとうな主張をする恋人の胸元に提げた十字架のネックレスが印象的でした。しゃべったり呼吸をしたりすると、それがきらめくのです。
(※雑念)
レインコートを雨にぬらした下士官が、将校が不在で夫人がひとり待つ家を訪問する。「雨宿りを」とか「将校からこの書類にサインがすぐにでもほしいんです」とか言って一度はことわった夫人に押し勝ち、家へ入り込むわけなのですが、「NTR物の導入みたいだ」とか思ったりもした。
0625(土)
■人との関わり■
「戦争もコロナも未来の大地震も、お祈りすれば救われる」そう話すかたの口には……
駅まえで顕正会の勧誘を受けました。海老名のビナウォークで受けて以来数年ぶりだ。
戦争もコロナも将来くるだろう大地震もすべて予言されており、終末から救われるにはお祈りしかない……
……そう語るそのかたの口にはマスクがしっかりつけられていた。
ビナウォークで声をかけられたときはだいぶ押しの強そうな男性ひとりとぼくのように意志薄弱そうな弱いオタクっぽい男性ひとりのコンビが缶コーヒーをプレゼントしてくれつつの会話⇒「いまからお祈りがあるので一緒に行きましょう、車出しますので」⇒断ると「それは話が通らないよ」と高圧的におどされる……という流れだったのですが。
今回は年配の女性で、彼女は「とくにお布施とかないので」「ここにケータイ電話番号書かせてもらいますんで、興味あったらご連絡ください」……と正反対の流れでした。
0630(木)
■観たもの■
ハワード・ホークス監督『無限の青空』
それは何ですか;
1936年公開のアメリカ映画。原題は『Ceiling Zero』で、視界がゼロの濃霧状態をあらわす気象用語だそう。海軍の飛行士から脚本家へ転向したフランク・ウィード氏による演劇の映画化。(ちなみにウィード氏はジョン・フォード監督による伝記映画『荒鷲の翼』の主人公だそう)
トッド・マッカーシー氏によるホークスの評伝『ハワード・ホークス ハリウッド伝説に生きる偉大な監督』p.249によれば、モリー・リスキンド氏を呼び共同執筆・ノンクレジット仕事をしているそうだ。ピュリッツァー賞受賞の劇作家で、映画ではマルクス兄弟の作品などを複数かかわった(『ココナッツ』『けだもの組合』『オペラは踊る』)。ウィード氏の草稿のラブシーンのくどさ・退屈さや全体のユーモア不足を見てホークス氏が呼び寄せたのだと云う。
三幕すべてがニューアークのフェデラル航空管制室ですすむ原作戯曲(評伝p.246)は、映画版ではイタリア料理の店へ外食へ行く場面が挿入(評伝p.247)されるかたちとなった……とのこと。
序盤のあらすじ;
ディジーがニューアーク航空にかえってきた! いまや空港をとりしきる管制官となったジェイクとニューアーク勤めの飛行機乗りテックスが旧友を笑顔で出迎え、さっそく3人で打てば鳴る談笑をし、ディジーは若い見目麗しい女性にアプローチをかける。すばらしき日々の再来だ。
「飛行機乗りの卵なの。リンドバーグにあこがれて……」
「本当かい君はそのとき……」
「子供だったわ。リンドバーグを出迎える飛行士たちの歓迎飛行がきらびやかで……」
「そのひとりがおれだよ」
リンドバーグの大西洋横断もはるか昔、飛行機は無線やレーダーで運航をコントロールされ女性飛行士が乗る新時代もまたやってきていた。ディジーをにらむ人物もまたたくさんいた。女性飛行士トミーと仲が良い同年代の飛行機乗りに、飛行機乗り仲間の妻たち、そしてディジーの飛行士としての資格を疑う役人。ディジーに見向きもしない人物も。
「おぉ久しぶり! おれはお前ほど頭のおかしいやつは知らないよ!」
「お前はだれだ?」
「え?」
「ディジー、かれはいまは清掃員をやっているんだ。濃霧を飛んで木に突っ込んでしまって、その後遺症で脳に……」……というお話です。
観てみた感想;
ジェームズ・キャグニー氏演じるディジーの、酒呑みだし女に見境ないしそのためには仕事も曲げる、でも飛行士としての技能はピカ一であり、面白いし憎めない「古き(良き)飛行士」ぶりがすばらしい。
「彼女はまだ19歳なんだぞ」とほうぼうに忠告されてもヒロインに手を出してしまう……という現代のかたがたがみるとなおさらキツい造形なんじゃないかと思うのだが、その一方でこのディジー、地元のイタリア料理の店の肝っ玉かあちゃんにもアプローチをかけ、「冗談もたいがいにしなよ」と大笑いされて去られたあとに、「いや、本気なんだけど……」としゅんとしてしまったりする。
つまり、
「たしかにディジーは好色漢だが、若い・美女だからアプローチをかけるわけではないんだな」
となんだかほだされてしまう。旧友とはいえ、おっさんたちともタバコを回し吸いするしベタベタしてるしで、とにかく性別とわず「人」が好きな男なんだなぁとなる。
そんな、ひどいけど憎めないほがらかなコメディが展開されていくなかで、脇道の舞台でのみ登場するジェイクの妻などによって「愛嬌でごまかされてしまうが、ひどいのはひどいよな」という淀みが少しずつ溜まってモクモクと育っていき、ふとそれが閾値をこえ、音声とSEの奔流のようなドラマへと転じる。
音声やモールスなどを介したお仕事としての管制⇆飛行機乗り・管制⇆他空港の管制の密なやり取りがあり、同時に、空港内の管制官⇆上司・他飛行機乗りの身振りをふくめたやり取りがあり(「口の中のガム吐け」など、仕事と私情の境界を上下するみたいなところもある)、さらには職員⇆職員以外の外部の人のやり取りがあり(人格否定をふくむ激情がほとばしる)、なんともすごい。
カオティックになる人々の会話とそして延々なり続ける打電がテンションを高めていくのだが、このけたたましさはむしろ、本当の要所でおとずれる、おぞけがはしるほどの静寂を際立たせるためにある。
交信がとれないし視界ゼロの霧中で機影さえわからない状況で、「なんとか情報がつかめないか」と室内を真っ暗にし電信機をとめ、飛行機のエンジン音に耳を澄ませるのだ。そこに至るまでには人物の性格的問題とかいろいろあり、表情をゆがめありとあらゆる文句だって出てきていたのだが、そのときばかりは一同が口をつぐんでハッと目を見開く……
……視覚的聴覚的に独特なシチュエーションを、物語・その現場上もっともらしいプロセスでもって登場させている。
デヴィッド・リーン監督『超音ジェット機』
それは何ですか;
1952年公開のイギリス映画。
ジュネス企画から日本語字幕つきビデオが販売されており、AmazonPrimeビデオでプライム会員無料でおがめる。
劇作家テレンス・ラティガン氏の映画用オリジナル脚本。
序盤のあらすじ;
英国空軍の軍人が婦人部隊の女性と結婚したところ、彼女は国内大手の航空工場リッチフィールド(リッジフィールド?)のご令嬢であり、結婚のあいさつへ行ったところ、不穏な轟音を聞く。リッチフィールドの工場では、プロペラを必要としないジェットエンジンが極秘開発中だった……というお話です。
観てみた感想;
結婚したさきで/おおきな洋館で聞こえた不可解な音をめぐるゴシックホラー的なおもむきさえある。あるのだが、あのすばらしい音のドラマ『無限の青空』を観た直後だとなかなかむずかしい。観た順番がわるかった。
むしろ、ジェットエンジン実験棟の幾何学的造形の奇妙さとか、洋館にかざられた巨大な肖像画などの強圧性に代表されるような、ビジュアルに惹かれた作品かもしれない。
ヒロインの弟でリッチフィールド家の長男が、強権的な父の後押しに異をとなえられず乗ったプロペラ機の飛行シーンがすごい。実機なのでしょうか、風防ガラスから顔をだした弟の顔面が、風でぶるっぶると震えておそろしい。(0:24:28)
劇中(0:41:38)ではライバル企業として登場するデ・ハビランド。英語版ウィキペディアによればリッチモンド家のモデルはハビランド家であり(ハビランド家は息子たちをテストパイロットにするもたびたび亡くした)、劇中登場するジェット機「プロメテウス」号としてはスーパーマリン・スイフトのプロトタイプが用いられたそうだ。
義弟の結婚祝い品がなんだったか思い出せない一方で、義父から贈られた新開発飛行機のモデルがキラキラする前半のシーンに印象的なように、『超音ジェット機』は、飛行機乗りの新夫&父に不信をいだいている新妻&すごい飛行機をつくる(義)父による三角関係ドラマを展開する。
ベッドライトを乗せた小机に笑顔のうつくしい妻の写真を立てた寝室。シングルベッドで横になった夫は、妻の写真には見向きもせず、義父から渡された書物「超音速の衝撃波理論」を読んでいる。カメラがトラックダウンすると、この寝室が夫のベッドの横にもうひとつベッドを並べた夫婦の寝室であることがわかり、そちらで横になる妻は、後頭部を両手にのせて硬い表情で天を見つめて無言。寝室にはパラパラと書物をめくる音だけがひびく(0:44:08)……
……というシーンに、『アメリカン・ビューティ』の小道具ファイヤーバードやソファをすこし思い起こしもした。
「スコットの南極探検に目的があったか?」0:43:19
父の動機は見えず、新型飛行機は「プロメテウス」号と名づけられ、音速の壁をこえることは限界をさだめず神の摂理にさからう人類の業といった面があらわれはじめ、業がふかい。しかもそれを恐ろしいこと醜いこととして描いていないところがより一層、業がふかい。
ジェットエンジンのテストを見つめる主人公や父は健康的な笑顔をうかべ、心配するヒロインや弟は怪しい明暗に彩られる。
『風立ちぬ』で宮崎駿的な顔を異形にゆがめた、むかしの度のメガネ。風防ゴーグルやキャノピを通すことによる妙な瞳が今作でも拝める(1:12:40。1:13:39、とくに1:15:02)。拝めるのだが、それもまた、飛行機に魅入られた者がそうなるのではなく、成功できるかどうか悩みを見せた者がそうなるのだ。
カイロで石油関係の貿易商をしたのちテストパイロットに復帰する主人公の友人が、なんともパリッとさわやかな健康なほほえみを浮かべ続けていてすごい。
炎上する飛行機に近寄らせない・似たカットを割りまくる足踏み的な前半の事故シーンにたいして、後半の事故シーン(1:21:07~)では天地水平自由自在な移動撮影の1ショットでキメてすごい。
サイレンと鐘の音がいやにひびくリッチモンド社社長のオフィスを、当の社長が視線をおよがせながらあっちの窓でもないこっちの窓でもないと右往左往して不規則な足音をたて、やがて一つの窓を開ける。風の吹く音も鳴り、唐突にすべてが絶たれる。
曇り空の空と草原(1:21:07)。画面左下前景には十字型の鉄片が煙を立てており、画面奥右の丘のむこうから、ひとつの人影が全速力で走ってくる。遠方にあるものの当然として、人影が動くことで鳴っているだろう音は聞こえない。人影がだれだか視認できるまで近寄ったとき、カメラはかれを画面中央に収めるように左へパン(振り)、走る足を大写しで捉える(ここで無音の世界に足音がひびく)、走る人へと追従しつつパンをつづける。足元には鉄のかけらがふえ、平たく湾曲した板を踏んださき(「コカン」とひびく金音)には抉れた土と、巨大な穴、そこから立ち込める薄白の煙がある。立ち止まり、一歩一歩おそるおそる近づきはじめる男を、カメラはクレーンアップしながらとらえ、穴の底をのぞむかたちで俯瞰する。(いまとなってはギャグ漫画で見るようなアレと重なりもする光景だけど、ふつうに怖い)……ここまで1ショット。
父とわかれた娘は赤子をうむ。ベッドでわが子を抱いて泣く姿はそのままオーバーラップで教会に立ち我が子を抱いてほほえむ姿へとつながれて、娘は抱いた我が子を神父へ差し出す。おおきな石の水瓶から聖水をすくい、赤子へふりまく洗礼式のもようが俯瞰される。(1:28:19)
■観た配信■
『Vtuber Carnival Vol.2 Day1』をタイムシフト視聴しました
委員長に会いたくて観ました。
いろいろなvtuberさんが拝めてよかったです。(でも、箱をこえたコラボがもっと観たかったな)
まず登場したのはみこちの愛称で知られるさくらみこ氏。
最近のホロライブのライブはあんまり観たことないのですが、モデリングがすごいクオリティで驚きました。
『Vカニ』はフジテレビのバックボーンを活かしたさまざまな照明を配したステージによるARライブ。その強みを活かした3DCGモデルだなぁとワクワクしました。
みこちの白い振袖は、なんかうすい素材であるらしく、強い光が当たると透けて、振袖につつまれた前腕がシルエットとして投影されるんですよ。
zzz_zzzzがよく見るにじさんじのライブでは、こういうテクスチャのこだわりで「!」となったことがなかったので、この時点で「観てよかったなぁ」となりました。
つづくMeia氏もまたすごかった。ショートヘアの髪束がこまかいうえ、そのひと束ひと束がそれぞれ別々の運動量でうごくモデルで、アップショットが非常に映えるvtuberさんでした。
そこから改めて観る笹木咲のフードやよ。
フードの裏地が背中側の照明を透かして、彩度の高い影で色づいていた。気づかなかったけど、いろいろな演算がなされていたんだな……。
そして大トリとなる月ノ美兎委員長……。
せり上がり式とか色々な入退場スタイルがあったなかでも、ひときわ変わった登壇・退場スタイルで、派手なうえに「たしかに委員長ならそのくらいの入退場をしてもおかしくないな」と納得してしまうかたち。
「委員長の、ライブっぽい発声・パフォーマンスって何なんだろうなぁ」としみじみした2曲でした。
0628(火)
■消した更新■
『トップガン』撮影前台本と『地獄の黙示録』について
更新遅滞の埋め草として、『トップガン』感想文記事でつかうかどうかわからないけど「興味深いな~」って思った文章を投稿しました。(けっきょく使いました)
トニー・スコット監督が「当初、空母版『地獄の黙示録』を提案したが却下された」という逸話がトリビアルに知られる『トップガン』。
メイキングドキュメンタリなどを見聞きするかぎりにおいては、「『ジゴモク』要素は早々に消え去ったのだろう」と思っていたんですが、今作の草稿的台本を読んでみると実はかなり後を引いていたことがうかがえます。
Chip Proser氏による草稿的台本では、プリミティブな死生観/野蛮vs理性の対立観念がシーンやセリフとして述べられていたり、劇伴音楽の一部にドアーズが指定されていたり(いわずもがな『地獄の黙示録』挿入歌をうたったバンドですね。)なんだりと、『ジゴモク』的な暗い成分が明示的にけっこうあるんですよ。
この日に投稿した記事では、当該シーンを邦訳引用紹介しました。
で、zzz_zzzzがそういうことを調べたのはなぜか?
『トップガン』完成版本編ってふつうに暗くね? って思ったからなのでした……と、完成版本編への世評に疑問をなげかけて記事をとじました。