すやすや眠るみたくすらすら書けたら

だらだらなのが悲しい現実。(更新目標;毎月曜)

日記;2020/05/26~06/01

 こんにちは! 日記です。今年も半分終わってしまいましたね。はやい。……日記以外の記事を上げる時間がないほどにはやい……。『ヴィジランテ』がやばいことになってきたと知った週(来週いっぱいくらいまでなら既刊買いさえすればリアタイ連載追っかけ組になれます。一人じゃ怖いから一緒に道連れになってください)

 1万5千字くらい。

 ※言及したトピックについてネタバレした文章がつづきます。ご注意ください※

 

0526(火)

 宿直明け日で仕事休み。

「ここのところ生活サイクルがかんたんに崩れてしまっていけない」

 そう思って数ヶ月(ヘタしたら年単位で?)時間が経とうとしています……。(もう崩れてると思うこのサイクルが平時のサイクルということなのでは?)

 宿直と言っても、そうでない日とおなじくらいに睡眠時間が取れるはずなのですが、なかなか眠れない毎日です。

 9時ごろに帰宅してすぐ、ちょっとねむかったので少し横になるつもりが、起きたら15時近くになっちゃいましたね……。けっきょくこの日は夕飯1食ですごしました。

 

 

0527(水)

 仕事休み。

 ■読みもの■

  〆の大一番を迎えつつある……;(本)古橋秀之&(画)別天荒人著『ヴィジランテ』最新話まで読書メモ

 そのうち単体の感想記事でまとめる(と言い切ることで、逃げ場をなくしておきます)

(理想としては古橋作品の作家論的なものとかできたら……と思うけど、リアタイ連載追っかけ組への誘導目的でアップしたいので、さすがにそこまで網羅する時間はない。

 今回の読書メモに、構成美的な部分や、モチーフの変奏とかをもう少し具体的にフォローした程度のものとなると思います)

 コミックスは9巻まで発売中で、9巻まで買いさらに『ジャンプ+』無料会員になることで最新話リアタイ追っかけ組になれます。

{『ジャンプ+』を無料公開中の最新数話いぜんのエピソードでも、ポイントを支払うことでレンタル読書ができ、無料会員となることで100ptが付与されます。

 コミックス収録分(~92話)と無料公開分(96話~)との間は3話ぶん(30pt×3=90pt)なので。いまならうまいこと追いつけるというわけです}

 ぼく一人だとこわいので、道連れがほしい。これどっちに転ぶんだよ。ハッピーエンドでもかなり重いものになっちゃわない……? なんでぼくは「五体満足は望めないとして、せめて生きてくれたら、今わの際だけでも間に合ってくれたら」みたいなお通夜モードになってるんだ?

shonenjumpplus.com

 それは何ですか;

 『ヴィジランテ 僕のヒーローアカデミアILLEGALS』は、『週刊少年ジャンプ』で連載中の『僕のヒーローアカデミア』のスピンオフ作品です。脚本(&ネーム)を古橋秀之氏が、作画を別天荒人氏が担当。原典の堀越耕平氏がネームをチェックする体制があるというような書き込みをどっかで見た気がしたんですけど、メモり忘れてソースがよくわかりません……。{『ヒロアカ』原典コミックスの最近の巻で「色々示し合わせてるので」という一言は読んだ(何巻何ページかメモりわすれた。『ヴィジランテ』で相澤過去編がはじまる前後の、最近の巻だったと思う)}

 6巻まで読んでいて、以降は積んでたんですけど今めっちゃアツいですね! 最終章じゃん! ご当地ローカルアイドルがこう膨らんでいくとは!

 『ヒロアカ』原典は、過酷なジャンプ本誌システムを勝ち抜けるだけ魅力的かつ展開もスピーディな美味しい作品ですが、(増刊『ジャンプGIGA』で始まり現在は)ウェブの『ジャンプ+』で隔週連載される『ヴィジランテ』で描かれるのはもっとオフビートな、"個性"持ちのひとびとが暮らす日常です。(ただし数巻に一度、〆となるような大立ち回りが訪れます)

 読む人への注意;

 ゆるい雰囲気に反して、原典に対してけっこう大胆な作話(オブラートな言い方ぁ~)なので、掘り下げられて嬉しい部分もあれば(本編だと出番がアッサリしているインゲニウムがメインを張る回がいくつもあり、「そりゃあこんなお兄さんいたら理想像になるよ!」と、本編のメインキャラ飯田くんが慕うのも納得の・本編設定の数十名のヒーローを抱えている事務所の長だというのもなるほど理解できてあまりあるキャラで、とても良い)、そうでない部分もあり……。

 第三者によるスピンオフなので、原典を読んで抱いていたものと違うキャラクタ像が描かれることもあり、そのギャップに苦しむ読者の声があれこれ聞こえます。

 ぼくも「おれのス……様はこんなんじゃないんだが!?」「解釈違いなんですけど!?」という部分もある。

(何度か読んでいくと、「いやまぁそんなこともないかな……」くらいには落ち着きます)

 

 好きな巻は?

 既刊分だとあまりに戦闘と人生が乗ってアツい4巻、セリフの対比と〆が美しすぎる5巻、ハードボイルドの本場プロレスの本場アメリカヒーローの面目躍如・やせ我慢の美学が最高すぎる7巻、下々目線から見たスーパーヒーローの超然とそうはなれない人々の対比が素晴らしい・敵味方ともに地頭と知識があり舐めプなど全くしない戦闘がまたアツい8巻、「ヒーローとは何ぞや?」という精神性・ヒーローとサイドキックの関係性が描かれる9巻です。

 区切りがよいところは?

 5巻まででひと区切りつくのでそこまで読んでいただけるとぼくはうれしいです。(とはいえ、「おお……」という章エピローグがつくのが5巻で、事態の収拾は4巻収録ぶんでついているから、4巻まででもアリです)

 8巻までで次の区切り。9巻(前半)までで更なる区切り、かつ、(9巻後半から)最終章へ……という感じです。

 読んでみた感想;

 『ヒロアカ』は、それまでコミックのなかでしか拝めなかったようなさまざまな超常的な能力(たとえば空を飛べるだとか、鋼のように硬い身体になれるだとか、汗腺からニトログリセリンを飛ばして爆発させられるだとか、治癒能力を高めて骨折なども数日で治してしまえるだとか、重力を操れるだとか、物質を透過できるだとか)を、世界中のだいたいの人が一人につきひとつ持つようになったがために"個性"と呼ぶようになり、その"個性"をもちいてコミックのなかでしか拝めなかったような悪事を働く人とコミックのなかでしか拝めなかったような善行を為す人ともあらわれるようになったので、コミックよろしく前者を敵(ヴィラン)・後者をヒーローと呼び、さらにヒーローについては公の資格として制度化し資格取得のための学校教育なども整えられて久しい時分の物語です。

 

 原典より数年まえを舞台にした『ヴィジランテ』では、公的な資格を持たず私的にヒーロー的活動を行なう者=自警者(ヴィジランテ)であるメインキャラの物語がえがかれるとともに、サブキャラとしてあちらの時間軸では見られない原典キャラクター幾人かの若かりし日の姿を拝むことができます。

 原典時間軸ではクラスの担任教師をつとめる相澤先生の、抹消ヒーロー”イレイザー・ヘッド"現役時代を拝むことができたり。

 あちらの時間軸ではクラスの真面目な優等生の会話のなかから知ることができない、ターボヒーロー"インゲニウム"の実仕事模様とその人柄を知ることができたりします。

 

 『ヴィジランテ』で扱われる事件が大体において小規模の小犯罪だったり、"個性"を増強暴発させる薬物"トリガー"によって引き起こされるというハプニング性の強いものだというのも『ヒロアカ』世界のヒーローたちの別の一面を見せやすくしてくれる良いところです。

 『ヒロアカ』原典で描かれる事件は、対決要素がかなりつよい。ヴィランやヒーローはそれぞれ核となる信条やバックグラウンドを有していて、対峙する者が自身をゆさぶられたり、逆に個を確立させたりします。異なる声がぶつかりあう、メロドラマの一モチーフとしての対決です。

 異能バトルは少年漫画の華だという以上に、敵味方どちらも骨太の芯を有したキャラが並び立った当然の流れとして、対立・対決が生まれてしまう……というような印象です。簡単には折れないから、気絶させるなり殺すなりして物理的に止めなければ事態は終わらない。なぁなぁで済ませることなんて難しい。

 

 対して『ヴィジランテ』にでてくる事件の多くは、小市民が第三者から渡されたり勝手に注入されたりした薬物による一時的な暴走というかたちなので、それなりに折れるんですよね。

 敵を倒すよりもまず、暴走に巻き込まれた市民を助けることを第一に動くヒーローの姿がこれでもかと描かれていきます。

 

 本編では街が消失したりなんだりと、おおきく世界がうごく最中の時間軸ですが、『ヴィジランテ』の時制はかなり穏やか。扱われる事件も、せせこまとした地方新聞の片隅を埋めるようなもの/そこさえも埋められないものがけっこう多い。

 ごろつき同士による道端で肩がぶつかった・ぶつかってないに端を発する小競り合い~だとか、"個性"を公道で無許可使用するゲリラ・アイドルが警察にお咎めを食らいそうだ~とか、"個性"を悪用し下着泥棒をする変態が現れたり~とか、そういうものがいくつもあります。

 小事件なので、すぐ保釈されて街に帰ってきて、恨みを一層ためこんだり、あるいは落ち着いて自分の居場所を見つけたり、一つの街、一つのコミュニティとしての時空間が描かれていきます。

 欲望をいだいた者同士で集まって変態行為をはたらいた者が、お縄になったのちにまた戻り、懲りずに同程度の変態行為をして、季節の風物詩的な「だめだけど、まぁあるよね」という町の顔になったりするのも面白い。

 ヴィジランテ活動も、「悪党を殴るとスカッとするだろ」と満面の笑みで言ってのける鉄拳制裁親父"ナックル・ダスター"はともかくとして、"親切マン改めザ・クロウラー"コウイチのそれは、地面をなめらかに滑走するという"個性"を活かしてポイ捨てを拾ったり、おばあちゃんの横断歩道縦断を補助したり……といったもので、(浮遊の”個性”を活かしたパフォーマンスをするストリートアイドルのポップ☆ステップ同様)「だめだけど、まぁ居てくれても悪かない/良いよね」という町の顔になったりします。

 

 町で異変が起こり、ザ・クロウラーがぬるっと駆けつけ名乗り口上をし、コウイチの友達ストリートアイドル・ポップ☆ステップが浮遊の"個性"と持ち前の声量で市民誘導と警察に通報をし、それでもダメなら"ナックル・ダスター"が殴り掛かる。

 ……そういうヴィジランテ活動の型を序盤で提示し、巻をまたぐごとに微妙に役割を変えていきます。

{ナックルダスターの役目を、プロ・ヒーローであるキャプテン・セレブリティが行なったり、イレイザー・ヘッドが行なったり、コウイチ自身が行なったり(!)。通報のかわりにアイドル活動の呼びかけをしたり。あまりにゆるやかに変わっていくから、そして単体でどれもほんわかゆるいコミカルな雰囲気で描かれていくから、通しで読んでみて「こんなにグラデーションしてたのか!」と驚いた}

 

 事件をまたぎ巻をつらぬいて存在するストーリーの経糸として、街に蔓延する薬物"トリガー"という代物があります。この薬物の正体をめぐって、『ヒロアカ』原典に通じるような陰謀が見え隠れし、そこについてはしばらくのあいだナックルダスターのみが追い解決に当たる模様バットマン的な、『ウォッチメンロールシャッハ的な酸いも甘いも噛み締めた、プロ・ヒーローではないこれぞ自警者(ヴィジランテ)というグレーゾーンの探偵劇・対決劇}が描かれたわけですが、9巻から始まる最終章では、ついにその闇が路地裏の陰にとどまらず、表通り/コウイチたちにも覆いかぶさってきます。

 

 巻末あとがきで古橋先生が参考にした先行作のひとつとしてライミ版『スパイダーマン』を挙げたり、劇中でも東映スパイダーマンを模した名乗り口上を言ったりするとおり(そして多分、『ヴィジランテ』ヒロインのポップがアイドル志望なのも、『スパイダーマン』のヒロインMJが女優志望であることを参照してるんではないでしょうか?)、(スパイダーマンをミニマムサイズに小成功させたような)小さな町の顔、"親愛なる友人"として活動してきたコウイチは、こと最終章において、師匠"ナックルダスター"がすでに渡っていたような灰色領域へとついに踏み出していくのですが……ここでの『ヒロアカ』原典とのからませかたがすさまじい!

 

 まだコミックスへ収録されていない73話以降でコウイチは、市民一般の世論とは背を向き、ヴィランはもちろんプロ・ヒーローとも相手どらねばならない"ヴィジランテ"として舵を切ります。 

 切りますが……ここまでインゲニウムをはじめ(町から去ったとはいえ)イレイザーヘッドやらなにやらと顔見知りとなり縁故をむすんだコウイチなので、読者としては

「"ヒーローと戦う"ったってそうヤバいことにはならないだろう……」

 というのがあるわけです。『ヴィジランテ』らしいなぁなぁな落着がつくのでは? と。

{『バットマンvスーパーマン』? どっちも善玉なんだから最終的に仲良くなる(いや、なりはしないけどまぁ一緒に悪玉を倒すようになる)でしょ! みたいな。『シビルウォー』? ヒーロー同士なんだから最終的に仲直りするでしょ! みたいな}

 事件の中心人物もこれまでどおり不慮の結果だし、未成年だしさと。

 そうした読者の楽観を『ヴィジランテ』は、「もう現状はこれまでの情状酌量・なぁなぁが通じない、ポイント・オブ・ノーリターンを越えた状況にあるのだ」と複数レイヤーで描き出すことによって、打ち切っていきます。

 "個性"のある世界においては犯罪とその区分も抜本的な変化があるだろうという、設定をかんがみれば当然の想像力によって{神仏信仰に厚い世界を、その世界のモノの単位(※)レベルから設定し描きこむことでプロとして世に出た作家・古橋秀之の面目躍如となる世界の書き込みだ}、「現実世界ではなぁなぁで済ませられる部分も、この世界においてはそうではない」ことを描いてきます。

 さらには、それでもなおヌルい楽観をいだく読者を、78話によってさらに絶つ。

 

 たぶん10巻に収録されるだろうエピソードである最新第78話では、市街を無差別爆破する敵(ヴィラン)に対して全国で名の知られたプロ・ヒーローが解決に向けて現着します……ここまで登場したインゲニウムでもなければイレイザー・ヘッドでもなく、『ヒロアカ』原典で現在大活躍の"No.2ヒーロー”エンデヴァーが。

 『ヒロアカ』原典の現在時間軸でこそ、強火ファンである犯罪者が「変わっちまったなぁ!」と嘆くくらいに、No.1ヒーローとしてこれまでを反省したり善き父として歩んでいこうとしたりしているかれですが……。

 ……こと『ヴィジランテ』があつかうNo.2時代は、原典から窺うにそりゃもうヤバいやつで、"個性婚"――(われわれ悪いインターネットに毒された読者が「個性ダビスタ」などと揶揄する)No.1ヒーローを生み出すために有力"個性"の持ち主と政略結婚――したり、一般人のいたいけな子供に「邪魔だ」と恐ろしい目で無碍にしていたりしていたわけです。

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 ヒーローがしちゃいかん目をしとる! ほとんど白面の者@『うしおととら』だよ!

 

 『スター・ウォーズ』のネタバレをします。

 『スター・ウォーズ・ストーリー ローグ・ワン』では、フォースをじかに見たことがない無名の人々による作劇を展開させたのち、終盤にダース・ベイダーが「客演」し、そしてフォースをほとんど怪獣のように猛威をふるうことで、とてつもない絶望感を与えてくれたわけですが、『ヴィジランテ』もまたそうした「客演」の妙が冴えわたる作品です。

 こんな性格の悪い「客演」をさせてくれた作品がどれだけあるんでしょう?

 "平和の象徴"No.1ヒーロー・オールマイトのような親しみある信頼感もなければ/新進気鋭のマウントレディなどのポピュラー・アイドル的な人気だってないけど、その実績(仕事の完璧さ)ゆえに根強い信用を勝ち得てきた"No.2ヒーロー"エンデヴァーが、無差別テロリストに対して手心を加えるなんてヌルい真似するなど絶対にありえない。

 そういう熱い信頼が読者にあり、なんなら『ヒロアカ』劇中世界の登場人物にもある。

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 『僕のヒーローアカデミア』26巻に登場する、エンデヴァーがかつて(7年前)にとらえたヴィラン"エンディング"氏は、再度かれのもとに訪れ、"「生きてんのか死んでんのか曖昧な人生」を送る自分を「その眩い炎で」殺してくれ"との旨を懇願する、エンデヴァーの強火ファンです。

 じしんの望みが果たされず、更にはエンデヴァーが炎を収めて息子へ謝罪する姿を見せられたエンディングは、

「何だその姿はぁああああ!! やめてくれぇ」「猛々しく傲慢な火!! 眩い光! 俺の希望がぁあ やめろぉ」

 と解釈違いの姿にはげしく泣き叫びます。

 

 どこで見たんだったか、感想をめぐってて笑っちゃったのが、

「なるほど『ヴィジランテ』のキャラが『ヒロアカ』原典に出てこない理由がわかったな! ここでみんなエンデヴァーに焼き殺されるからだ!」

 というコメントです。ジョークがジョークと思えず「……なくはない」と沈黙してしまう、圧倒的現場解決力がこのヒーローにはある……。

 ※さきに引用した『ヒロアカ』原典26巻251話「一週間」でエンディングが述べたことから察するに、エンデヴァーがここ7年でヴィランを殺したことは、それと同年の脳無の一件(20~21巻収録)くらいしか無いようです。べつにそんな悪即斬なキャラではないんですよね。印象っておそろしい。

 

 原典で改心が描かれるということは、逆説的に言えばそれより過去の『ヴィジランテ』時点においては絶対に考えを改めないということです。

 ここにきて『ヴィジランテ』が、『ヒロアカ』原典同様に――そしてもしかするとスピンオフであるという利点を生かした結果、原典以上に――各人のぶっとい芯を衝突・対決する極度のメロドラマの様相を呈してきました。どうなるんでしょうねこれ? いま一番気になるシリーズのひとつです。

 

(※)古橋氏のデビュー作『ブラックロッド』シリーズでは、信仰により発生したエネルギーを[ch/pin]という劇中独自単位で計量しており、chは祝福単位(クライスト)で一度お祈りをするときに発生するのが1ch。/pinはピン=針のことで、「針の上で天使が何人踊れるか」という中世の有名なアレから来るもの。

 最近の作品だと伴名練著『ホーリーアイアンメイデン』でも、謎エネルギーを宗教説話を範にした劇中独自単位で計量していましたが、こういうアレはゾクゾク来ますね……。

 

 

  ガース・エニス著『ヒットマン』1~2巻巻読書メモ

 それは何ですか;AmazonPrimeビデオでミニシリーズ化もされた『ザ・ボーイズ』の原作もつとめるガース・エニス氏による人気コミック。『バットマン』が自警するゴッサムあたりを根城にする殺し屋を主人公にした漫画です。

 読んでみた感想;かなり楽しめました。ダイアログのこなれ具合がすごかった。

 最初のエピソードは、ヒットマンvsヒットマンを依り代として欲しいハーケンクロイツを眉間に刻んだ死霊的なヴィランvsバットマンと警察の連合チームという三つ巴のバトルが描かれるというもの。

 そのほか、ゴッサムのやくざvsヒットマンやら、『続・夕日のガンマン(The Good, the Bad and the Ugly)』的なマクガフィンで『荒野の用心棒』オマージュっぽい荒野の街での対決モノやらといろいろ描かれています。(2巻の内容だったかもしれない)

 『ロボ』シリーズの主人公・宇宙の賞金稼ぎロボvsヒットマン&『ヒットマン』シリーズのレギュラー狂人ヒーローチーム"セクション8"なども楽しかったです。

 セクション8は軍が手に負えなくなったほどのパワーをもつ人々のチームで、酒におぼれるリーダー(スーパーマンらとチームアップし、ダークサイドなどと戦ったりするが、気がづけば毎度小便を漏らしてバーの床に転がされている)はもちろん、"窓から投げ捨てる者"の異名をもちその個性を発揮し戦うためにいつも窓枠を持ち歩いている者、犬溶接マンなどなど、各人みんな強い。

 

 『ヴィジランテ』につづけて読んだので、「客演」ヒーロー・ヴィランにどう立ち回るのかな? と思ったんですが、バットマンにもグリーン・ランタンにも競り勝ちロボには完勝するから、そこはビックリしました。

 だからって主人公勢が良い思いをしているばかりでは全くなく、5巻あるうちの序盤なので続きを読んでいったらまた違う展開が拝めそうな気もします。

 

 

0528(木)

 ■ゲーム■

  『APEX』何度目かプレイ

 毎度のごとく高校からの友人A氏に誘われプレイしました。A氏はまたレベルを上げていて、そろそろ3桁の大台が見えています。ぼくは永遠のレベル16です。

 初心者がいる可能性もある銅4帯ランクマッチではなく、A氏の習熟(レベル? キルデスレート?)に合わせた非ランクマッチでバトルしました。A氏が頼もしくなったことと、野良のかたも実力者だったために、かなり楽しめました。ごっつぁんで一人キルできてうれしかったです。(名も知らぬ野良のかたの優しさよ……)

 ぼくの『APEX』技術もかなり進歩してきて、「これは退かないとマズい!」という状況が判断できるようになりました。(退けるとは言ってない)

 

 

0529(金)

 ■ゲーム? vtuber?■

  『APEX』、ぺこーらと金ロー、どっちが大事?

 例によってA氏に『APEX』に誘われるも、寝不足からくる疲れで断ったような気がする。A氏はA氏で、「じゃあぺこーらと『キングダム』見るので大丈夫」となったような気がする。

 LINEのログを確認したらやっぱり断ってましたね。。。A氏も上述の理由から大丈夫になってましたね。。。どっちもそれぞれの方向で大丈夫じゃないよ!

 ログを漁った結果、

「おれは勤労による眠気と頭痛で思考停止中。

 きみは金ローの夜、エーペを続けず始皇帝視聴」

 という韻踏みきれてないライムが(しかしアップしたくなる程度には「うまいこと言ったんじゃね?」感もあるものが)発掘された。

(実際には「眠気と頭痛でeueouuue」をガン無視していました。頭の働いてなさが伝わりますね……

 なのでアップするにあたって「エーペを続けずeeeouueu」を足しました。やっぱり頭が働いてないじゃないか!)

 

 

0530(土)

 ■買いもの■

  テキレボEXの入金確認メールをいただきました!

 テキレボEXの入金確認メールをいただきました!

 目当ての小説のほか、担々麺についてのレポ本や書き手のかたが自作されたぬい(※)の本などアレコレ5000円くらい買いました。楽しみです。

 週単位の日記なのをいいことにタイムトラベルすれば、テキレボEXは大盛況だったようで、

 ……と、500件/5,000品ちかくのアイテムの申し込みという、事務処理を考えると頭がくらくらする賑わいだったんだとか。これらを即日で対応するなど、同人フリマを実行するかたがたの熱意や誠意には頭がさがります。

 

(※ぬいぐるみのこと)

 

 ■読んだもの■

  『僕のヒーローアカデミア』1~14巻読書メモ

 『ヒロアカ』再読です。紙で買っていた序盤の十数巻は引っ越しのときに手放して、Kindleでまとめ買い2割引セールを待ってた(ものの、何度かセールあったけどタイミング合わず買い逃した……)んですが、ここのところの『ヴィジランテ』熱からセールを待たずに購入。

 

 『ヒロアカ』は、それまでコミックのなかでしか拝めなかったようなさまざまな超常的な能力(たとえば空を飛べるだとか、鋼のように硬い身体になれるだとか、汗腺からニトログリセリンを飛ばして爆発させられるだとか、治癒能力を高めて骨折なども数日で治してしまえるだとか、重力を操れるだとか、物質を透過できるだとか)を、世界中のだいたいの人が一人につきひとつ持つようになったがために"個性"と呼ぶようになり、その"個性"をもちいてコミックのなかでしか拝めなかったような悪事を働く人とコミックのなかでしか拝めなかったような善行を為す人ともあらわれるようになったので、コミックよろしく前者を敵(ヴィラン)・後者をヒーローと呼び、さらにヒーローについては公の資格として制度化し資格取得のための学校教育なども整えられて久しい時分の物語です。

 主人公は、ヒーロー育成の名門校・雄英学園の1年生。

 

 展開がめちゃくちゃ速いのに(エピソードに費やせるページ数はさほど多くないのに)、各シーン各コマこちらの感情を大きく揺さぶってきて・しっかりガッツリ主役級のキャラを印象づけるところが、やっぱり凄まじいよなぁとなりました。

 第1話でさらっと描かれた、主人公デクの子供時代のエピソード(母にねだってYoutube的な動画サイトに上がったヒーローの活躍映像をリピート再生してもらう幼少期の無邪気なヒーロー願望と、小学生になってからの無個性診断を経てのひとりYoutube的なものをリピート再生する姿、なにも悪くないのに謝るしかない母の姿)。これは何度読んでも胸に痛いし。

 11巻の家庭訪問でデク母が想起する、若デク母と幼少デクがふたりで遊ぶ「オールマイトごっこ」……体育ずわりして「たすけてー」と声を上げる若デク母のもとへ、幼少期のデクが憧れのオールマイトを模したパーカーを着て襖を勢いよく開けて「わたしがきた!」とオールマイトの決め台詞を言って現れる〔『僕のヒーローアカデミア』11巻kindle版68%{位置No.214中 145(紙の印字でp.144)}、No.96「家庭訪問」より〕……は、たった1コマだというのにあまりにも微笑ましくて涙を誘います。

 

 

0531(日)

 宿直日。

 ■読んだもの■

  『僕のヒーローアカデミア』15巻~読書メモ

 『ヒロアカ』再読も15巻まで来てしまいました。この辺りからもやもやしてしまって、あんまりきちんと読めてなかったんですけど、もやもやする以上に面白いし凄いので読み進めていきたいですね。というか25巻まで読んだらもう最後まで追いかけるしかないでしょう!

{と、感じちゃうんだけど。でも冷静に考えれば、OFAの隠し"個性"や知られてない継承者の人となりってまだまだいっぱいあるわけで、今回でおわらず、まだまだまだまだ続きますよね……。

 11巻のあれもそうだけど、堀越先生の「え、これもう最終回じゃん」と感じさせるくらいの異様な盛り上げ力・圧倒的なピークの作りぢからって何なんでしょうね}

 25巻の爆発力がすごい! 死柄木弔オリジンあまりに強い。

 堀越先生は「この人(々)はこんな人生を送ってます」というのを読者にわからせる最短経路の取りかた・味の煮詰めかた、日常の細部の切り取りかたが本当にすごい。

 弟と二人っきりになればやさしいのに、大人のまえでは長いものに巻かれてしまう姉の造形といった子供らしさの掬いかたとドラマへの活かしかた。本当にうまい……。書斎へ勝手に入られたことでコッテリ叱る父とかもよい……。

 トガちゃんやトゥワイス、デストラ関係など過去の不遇のバリエーションたるや……。

 

 また、敵(ヴィラン連合vs異能解放戦線における親玉のバックグラウンドの対比もばっちしキマっていてすっごくよかったですね。

 親の期待に応えられなかった(し応えないことの気持ちよさを見つけた)がゆえに家から出され流浪の身を送ることに死柄木にたいして、血縁の期待に応え続けたからこそ一流企業の社長という地位にいた(が、それははたして自分の意志で行なっているものかどうか? 重荷だったことを死柄木との戦いで自覚した)Reデストロという対立軸。

 ……あらためて振り返ってみると、道を同じくする者同士で対決して、一方が親とのしがらみから解放されたという点において、雄英学園トーナメントでのデクvs焦凍のバトルとも似通ったエピソードなんですねこれ。最後はマップ兵器規模の大威力ぶっぱなしになるというところも同じ。(だけど、死柄木vsReデストロ戦ではきれいに壊しきって更地にする一方で、デクvs焦凍戦ではヒーローの止めも入って大破壊に至らない)

 

 主人公でない側のエピソードでしかも(劇中人物が「グダってる」と自己言及してしまうような)かなり鬱々と先が見えるまで時間がかかる展開に数巻ぶんガップリ四つで取り組むあたり、すごい勝負に出たなぁと思いました。

 たぶん『ヒロアカ』が多メディア展開する人気シリーズとなったことでこういう(週ごとの短期的なアンケ獲得を気にしなくていい)ペース配分も組めるんでしょうね。そういう意味でも展開により一層の幅がでてきた。

 実働としてぐちゃぐちゃこまごまと先の見えない戦いを描いたからこそ、覚醒後にアッサリと周囲一帯がまっさらになった時の解放感が半端でなかった。

 とにかくカタルシスがすごい。

 エピソードが頭から⇒尻にむかうにつれ、さまざまな軸から"ぐだぐだ不透明・グチャグチャ複雑なものが⇒サッパリ透明・スッキリ簡単になる"展開が描かれていて、このカタルシスはすごい。

 舞台における視覚情報(街並み⇒更地)。

 バトル(多人数戦⇒個の圧倒的パワーによる消去)。

 物語(グダグダしていた敵連合の目標が⇒さだまる)。

 人物関係(ごちゃごちゃ雑多に見えた人物たちから⇒親玉の対照など対比関係がハッキリ明示される)

 ……よくよく振り返ると、ほんとうにいろいろなことがエピソード後半でスッキリしていきますね。

 

 

 もやもやについて。

 3つあって、少年少女を主人公にした作品大体に感じるもやもや(特に『ハリポタ』シリーズに感じるもの)と、突然なぞのナレーションが出張る語り口になったこと(この演出は26巻現在、14巻~のインターン/ヤクザへガサ入れ編だけだった)のもやもや。サブテクスト関係のもやもや。

 1つ目のほうから。

 これまでと同様に面白いけど、どうにもこう、少年漫画(少年少女が主人公)であるメタ的な事情と、堀越先生の描かんとしている物語・世界とのあいだの軋轢が気になってしまうんですよね。

 『ヒロアカ』は、それまでコミックのなかでしか拝めなかったようなさまざまな超常的な能力(たとえば空を飛べるだとか、鋼のように硬い身体になれるだとか、汗腺からニトログリセリンを飛ばして爆発させられるだとか、治癒能力を高めて骨折なども数日で治してしまえるだとか、重力を操れるだとか、物質を透過できるだとか)を、世界中のだいたいの人が一人につきひとつ持つようになったがために"個性"と呼ぶようになり、その"個性"をもちいてコミックのなかでしか拝めなかったような悪事を働く人とコミックのなかでしか拝めなかったような善行を為す人ともあらわれるようになったので、コミックよろしく前者を敵(ヴィラン)・後者をヒーローと呼び、さらにヒーローについては公の資格として制度化し資格取得のための学校教育なども整えられて久しい時分の物語です。

 主人公は、ヒーロー育成の名門校・雄英学園の1年生。

 

 『ヒロアカ』14巻辺りからは、プロ・ヒーロー事務所へのインターンとそこでの多事業所合同チームアップ案件が描かれていくこととなります。

 その案件の詳細は、①"個性"破壊というとんでもない特殊な銃弾を持ったヤクザ(というか、その特殊さを除いても、銃で撃たれれば人はけっこうな確率で死ぬしその後の人生で困る重傷を負うのですが……)を「調査・及び包囲」〔『僕のヒーローアカデミア』15巻kindle版30%{位置No.200中 64(紙の印字でp.63)}、No.131「抗う運命」より〕するというもの。

 チームアップする事業所に主人公ら雄英学園の高校生もインターンしていた関係で、そのヤクザの「包囲」に参加することとなります。

 ただの敵(ヴィラン相手でもどうかと思う部分はあるんですが、②本物のヒーロー資格をもたない・高校生という前途洋々な若者を("個性")大人たちが参加させる……という状況は、かなり恐ろしいものとぼくには思えてしまうんですよね。

(それもわりとこう素肌さらしてる格好で参戦。まあ、傍目には軽装に見えても、こちらより『ヒロアカ』世界はテクノロジーの発展してる世界だし、攻撃自体がちょっとやそっとでふせげない銃弾なので、なしのつぶてではある。

 ヒーローとして活動できるアクティビティを取るか? 動けなくても完全防備を取るか? 二者択一的なものでしょう)

 

 海外コミック界の巨匠アラン・ムーアが、『ハリポタ』のあのよくわからない採点基準によって全校生徒の面前で一部を持ち上げ一部を下げたりする各寮競争制度、よくわからない一発逆転採点基準があるクィディッチなどがあるホグワーツ魔法学校やその生徒と、コロンバイン事件とをつなげてみせていましたが。

 『ヒロアカ』作者の堀越先生らも、僕が感じてしまうような不安について色々考えてくれていて、前段後段である種のエクスキューズが設けられている。

 ①については、前段で、ヒーロー側が遭遇している特殊弾の効果が、その時こそ"個性"が使えなくなるほど破壊されるものの、傷つけられた"個性"は短期間で治る=「寝たら回復していたよ」〔『僕のヒーローアカデミア』15巻kindle版67%{位置No.200中 134(紙の印字でp.133)}、No.135「嫌な話」より〕=というものだった……ということが描かれ。

 ②については、前段で、プロヒーローではないが仮免を取っている。高校生のなかにはプロ・ヒーローさえ凌ぐ実力の持ち主もいる……ということが描かれます。

 後段では、そんな状況へ出張れば起こりうるだろうと予想されたことが、グロテスクなまでに当然起こることとなります。

{そうしたグロテスクを引き起こしたバトルの駆け引きはコン・ゲーム的な面白さがあるし、キャラクタのドラマとしても興味深く、非情なヤクザ者の思考と純朴なヒーローの思考との差異が際立った良い展開です。

 "個性"を破壊された状況でなおも取るヒーローの姿勢によって『ヒロアカ』が提示する"ヒーロー像"は素晴らしい。

 ここが『ヒロアカ』ヤクザ編で描きたかったことなんだろうし、ゴチャゴチャ気にしてこの展開が描けないほうが問題である}

 また、かつて与太として出てきた「個性特異点」話(=世代を経るごとに"個性"はどんどん複雑かつ強大になっているという説)が深刻な危惧として実体をもちはじめ、「主人公世代やたら強くね?」という読者の疑問に「作り手側もそんなん織り込み済みだったんだよ」という解決が提示され。

 26巻あたりでは学生がやたら出張ることについて「"ヒーロー飽和時代"って本当か?(実態として人手足りてなくね?)」的な補足も暗になされます。

 

 もやもや2つ目は、このヒーロー・インターン編は(というか、ヤクザ本部へガサ入れバトル編は)、第三者のナレーションが小説の"地の文"みたく、戦闘やキャラの心情をふくめた行動をこまかくフォローすることになるんですよね。『ジョジョの奇妙な冒険』、というか蟻編以降の『ハンターハンター』的な方向性。

 『ヒロアカ』の語り口として……

・劇中人物の心の声=ある(敵味方両方)

・劇中人物のナレーション=ある

 (エピソードの節目にあり、その章を総括したり、その後の展開を想起させるような、デクの物)

・第三者の文=ある

 (『任意のキャラ名 任意の能力名 能力の説明「○○するぞ!」』みたいな、設定説明的なもの)

 ……というようなところはありました。

 そういった類ではなく、比喩など意味評価もなされた地の文的ナレーションが漫画で登場すると、ぼくの天邪鬼がさわぐみたいです。

「彼は戦闘の約3分の1を(略)戦った」ページ切り替え「いや守り抜いた

「ナイトアイは縋るように治崎の行く末を"見る"」みたいなの。

 

 いやぁ、「どのように」という価値判断については、絵とセリフで描かれた実景を見たぼくが感じ想いたいことであって、神の声で「これ!」とラベリングされたくないんスわぁ……というようなメンドクサイ自分が出てきてしまいますね……。

{このもやもやって、『ジョジョ』『ハンター』『喧嘩商売/喧嘩稼業』にも言えなくもないことなんですけど、けれどそれらの大体や、『ヒロアカ』のヤクザへガサ入れ編以外はわりとこういう部分をうまく回避してる気がします。

 『喧嘩稼業』は『ヒロアカ』の比ではなく地の文的ナレーションが多い作品です。ですが、あまりに反復変奏されるので、これはもうサイレント映画全盛期のタイポグラフィと変わらないような中間字幕芸とおなじく、文字の形を取った演出みたいな感じになっている。

(「富田流のそれは左鈎突きから始まる」「それとはすなわち」だとか。あるいは「誰もがウンチャラした」「だが任意の名前を知る者は違う」「任意の名前はここからが強い」だとかはもう、これで一つのアイキャッチみたいになってる)}

 前者は「ミリオ(※守り抜いた人物)ががんばった/がんばっているのはマンガ読めば十分伝わってるから」という風にあまのじゃくが。

 絵とセリフだけで情感たっぷりに描き出す屈指の筆力が『ヒロアカ』にはあるので、そこへヤクザがさ入れ編のような情感たっぷりのナレーションが乗ったとき、その日の体調いかんによっては胃もたれしてしまうことがあります。どれだけ美味しくても、脂の乗ったフォアグラ+こってりソースが食べられない日というのはある……。

 

 後者については、そもそも実景があまりないので情報の重複はない。逆にそこへ不満がもたげもする。

 ないものねだりなんですけど、マンガにおける地の文にあたるものがコマのなかで描かれたものだと思うので、絵としてコマの連なりとして書いてほしいなぁなんて。

 展開のテンポの問題で、実景としてそんなページを費やしてる余裕がなかったというだけなんだと思いますが。ナイトアイについては彼の"個性"である予知というものの実態がそもそも全然ようわかんままここまで来ているというのがあります。

 すべてが設定にかんする文章のうえだけで終わってしまって、じゃあ実体としてどういうものだったのか、いまいちぼくには見えてきませんでした……。

 上では味が濃すぎると文句を言い、こちらではさっぱりしすぎと本当に注文の多い厄介読者だという自覚がありますが。ぼくとしては実景として(キャラの実アクションとして)無数の可能性を渉猟するところを具体的に見せてほしかったと思ってしまいました。

{たとえばイーガン『宇宙消失』後半パートであるとか、細田守監督版『時をかける少女』であるとか、あるいは『モンスターズ・インク』後半の無数のドアから正解を探すシーンであるとかのようなナイトアイの仕事が見れていたら、こうグチグチ言ってなかったでしょう。

 とはいえ書いてくれたら書いてくれたで、この感想で言ったような不満は抑えられても、作劇は妙な遅滞をはさむこととなり、別の不満がまた出ていたことでしょう

 こうした過程を文章ですませず、実際に描いたからこそ結論を読んださいの情動がより大きくなった好例が『ヒロアカ』でその後に描かれることとなる敵連合vs異能解放戦線編でしょう。

 

 3つ目

 メタっぽいところが(現状)浮いて思える。

 2つ目で触れたこととも重なるんですが、ナイトアイの"個性"である予知能力が、映画のフィルムにたとえられる(こと。そして、ナイトアイは"個性"によって黒塗りの絶望的未来を予知するが、もっと若い世代のデクによってやぶられる)こと。

 これは、序盤から"個性"を有した人やその善玉悪玉行為がコミックにたとえられたことや、善玉ワン・フォー・オールと悪玉オール・フォー・ワンが共通の話題として同じコミックを読んでいる(こと、そして前者は後者が読まなかった先のエピソードまで知っている)ことと同じような、物語内物語にかんするサブテクスト的なことだと思うんですけど、

「こういうのってさじ加減が難しいよなぁ……」

 となってしまいました。

 

 物語内物語を詳細にえがいて主人公たちの日々へ入念にフィードバックしてしまうと、主人公たちは血肉骨を有し猥雑な生ある個々から遠ざかって、情報のつじつま合わせ・ジグソーパズルじみたものとなってしまいますし。

{そのような形でこそ描かれる生・もっともらしさというのはもちろんある。大量消費社会に生きるおれたちはアセットじゃない(という否定が出てくるくらいにはおれたちはアセットだ。代替がきく存在だ。

 ざっくりした引継ぎマニュアルをきちんとざっくり学んで立派にざっくりと働いており、たとえば自分が抜けたところでざっくりした引継ぎマニュアルをきちんとざっくり学んだ別の新人が同じ役割をざっくりこなしてくれるはずだ)

 かといって、ふんわりざっくり軽いかたちで「物語」をお出しされてしまえば、

「その超えるだの破壊するだのされた"物語"は、作者の頭だけに存在する夢物語・藁人形ではないか?」

 という白けや反感をおぼえてしまいかねません。

(この辺の問題意識については、『ヒロアカ』ではなく別作品の検討だけど、The Red Diptychさん掲載『西部劇は解体しうるのか――ロバート・クーヴァー『ゴーストタウン』』がとても勉強になります)

 『ヒロアカ』のこのへんの「物語」へのあつかいは、個人的にはいまのところ「なくてもよくない?」と思うようなものなのでした。

 連載初期から大きな展開に向けて布石をあれこれ打っていたり、短いスパンにおいても、あのかっこいい「インゲニウムだ!」名乗りが数話後にヴィラン側からぐうの音もでない正論で「ヒーローとして間違ってる!」と叱咤されるなどの展開を描いてきた堀越先生なので、このへんもあれやこれや後々活かされてくる気もします。

 

 

0601(月)

 宿直明け日。振休を午後に取った結果、帰宅後すぐ寝てしまった。

 

 ■ゲーム■

  『APEX』フレンド3人で初プレイ

 毎度のごとく高校からの友人A氏に誘われプレイしました。今回はなんとA氏のフレンドのフレンドも参加してもらっての完全お友達トリオで対決です!

 レベルこそぼくより低いですけど、ほかのFPS/TPSとかやってたかたなんでしょうか、地力があきらかにぼくより上のかたでした。ありがたい反面申し訳ない……。{ぼくよりエイムがはるかにうまいし、接近戦をしのぐ時間もながい。また、アイテム漁りなんかも遥かに効率よくテキパキ巡っていらっしゃった。(ぼくは即死して幽体離脱しているから、フレンド氏の活躍をじっくり眺めることができます)

 ただ始めたてのかたにとってのレベル感覚というのはやっぱり大きなもので、フレンド氏よりレベルが高いだけではるかに下手なぼくに合わせて氏が動いていくということがあり、

「ぼくじゃなくて、A氏を信じてください……」

 となり申した。(が、氏に伝える手段がないので悲しい事態をあれこれ生んでしまった)