すやすや眠るみたくすらすら書けたら

だらだらなのが悲しい現実。(更新目標;毎月曜)

「名前はジョン・フォード、西部劇を撮っています」

 蓮實重彦さんのコラムでむかし読んだ、伝説的映画監督ジョン・フォード氏の自称。

 20代そこそこのzzz_zzzzはこれについて「カッチョええ~」と惚れ惚れしたわけですが、さいきん、現代の別の作家によるそれと同じくらいカッチョええ自称を読みました。

「はい、ぼくはチャーリー・ストロス、金のために嘘をついています」

 

2021年のこと、作家でゲームデザイナーのアレックス・ブレックマンがこんなミームを作りました。:

  In 2021, writer and game designer Alex Blechman inadvertently created a meme:

SF作家「自著に出てくるトーメント・ネクサス(繋がりの苦しみ)は訓戒譚として発明しました」

  Sci-Fi Author: "In my book I invented the Torment Nexus as a cautionary tale."

テック会社「ついに私たちはトーメント・ネクサスを作りました、そうSFの古典的名作『トーメント・ネクサスを作るな!』のあの!」

  Tech Company: "At long last, we have created the Torment Nexus from classic sci-fi novel Don't Create The Torment Nexus!"

 はい、ぼくはチャーリー・ストロス、金のために嘘をついています。つまりSF作家です。:30の小説を出版し、1ダースの言語に翻訳され、いくつかの賞を勝ち、Wikipediaのページが切り貼り編集でめちゃめちゃになる程度には活動歴が長いです。

  Hi. I'm Charlie Stross, and I tell lies for money. That is, I'm a science fiction writer: I have about thirty novels in print, translated into a dozen languages, I've won a few awards, and I've been around long enough that my wikipedia page is a mess of mangled edits.

   《Charlie’s Diary》2023年11月10日UP、チャールズ・ストロス「We're sorry we created the Torment Nexus」

 SF作家のチャールズ・ストロス氏は2023年11月のblog記事We're sorry we created the Torment Nexus」をそう書き出します。

 ただそこからの流れは違っておりまして、フォード監督が「明日は撮影があるのだから」と他監督による左派右派赤狩りをめぐる長話・議論を端的に切り上げた一方、ストロス氏はこれを起点に思想と創作について長話をします。めっちゃする!

 滔々と、SF作品の思想的偏りやそれを真に受ける現代テック産業の長者たちを批判していきます。アメリカSFの名編集ジョン・W・キャンベル氏の偏屈ぶりも槍玉にあげるし(反共産主義赤狩り者で、反フェミニストで、晩節をサイエントロジーの前身やテレパシーなど疑似科学詐欺にのきなみ引っかかることで汚し云々……)、問題を追究すべく、ヒューゴー賞ガーンズバック氏やアメリカの色んな創作で話題になるアイン・ランド氏、はたまた19世紀ロシアの奇人まで遡る。

 だいたいの内容は《サイエンティフィック・アメリカン》誌2023年12月寄稿コラムとおなじで、blog版はその長尺無編集版みたいな具合ですな。

 まずサイアメ版を読んで要点をつかんで、興味を惹かれたらblogの長話に耳をかたむけるのがよろしいかと存じます。

 

 具体例・論拠面でblog版にはいろいろと追加がありまして。

 一例をあげればIT長者が読んだ本のSFのマッチョな男性主義について、キャンベル編集の話題が出るのはどちらも共通なんですけど、blog版では、

「じゃあ具体的にどう差別的で、読み物にどんな影響をおよぼしたの?」

 という部分が掘り下げられています。

 <方程式モノ>という一ジャンルを築いた古典的名作たい方程式」にかんして、ジェンダー観点から見直して辛辣すぎる再評価をくだしたうえで(←おおもとは別のSF作家コリイ・ドクトロウ氏による作品評で、ストロス氏は引用したかたちになるけど)、そのように改作指示をしたのがキャンベル氏なのだと取り上げる……

 ……といった具合に、作り手とそこから生まれた物との二人三脚を詳しく見ていくのは、blog版だけの書き味です。

 

 ストロス氏のほかの書き物との比較をつづけましょう。

 SFをドレスに喩えるところや(←ここもblog版のみのレトリックかな)、クールな既存作を無批判に追従すること・その追従者を批判するという点でこの論考は、弊blogでむかし勝手に訳して紹介したWhy I barely read SF these days(最近のSFをほぼ読まない理由)」とかなり似た論調と言えるでしょう。

 ただし模倣元のSFが<スターウォーズ>作品から80年代サイバーパンク模倣物・者が最近のSF作家による最近のSF小説から最近のIT長者による現実の事業へと移っている点で、めっちゃ深刻になっています。

「なんでぼくたち私たちの暮らしている21世紀は、出来のわるい1980年代のサイバーパンク小説みたいなんだ?」

 そう不思議に思ったことはありませんか。

  Did you ever wonder why the 21st century feels like we're living in a bad cyberpunk novel from the 1980s?

 それはここまでで話題にした野郎どもがサイバーパンクを読んでいて、あのディストピアをロードマップと勘違いしているからなんです。かれらはじぶんたちの欲望を反映させるために現実を歪められるくらいの金持ちです。

 でもSF作家は未来学者(フューチャリストじゃありません、エンターテイナーです!

 トーメント・ネクサスについてぼくらが好んで語り紡ぐのは、それが探偵ノワール物語としてクールな設定だからで、「マーク・ザッカーバーグやアンドリーセン・ホロウィッツが数十億ドルをじっさいに投じて実現すべきネタだ」と考えているからじゃありません。

 そしてこれこそがSF作家の生むアイデアへ常に警戒すべきだとぼくが思う理由なんです。

  It's because these guys read those cyberpunk novels and mistook a dystopia for a road map. They're rich enough to bend reality to reflect their desires. But we're not futurists, we're entertainers! We like to spin yarns about the Torment Nexus because it's a cool setting for a noir detective story, not because we think Mark Zuckerberg or Andreesen Horowitz should actually pump several billion dollars into creating it. And that's why I think you should always be wary of SF writers bearing ideas.

   《Charlie’s Diary》2023年11月10日UP、チャールズ・ストロス「We're sorry we created the Torment Nexus」