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だらだらなのが悲しい現実。(更新目標;毎月曜)

  非モンティホール問題なのは分かるが、モンティホール的問題へ変えること/確かめることがぼくには難しい

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 野村総研の研究員で名翻訳者・山形浩生さんがblogを更新されていたので読みました。

 

   ▼モンティ・ホール問題

 あなたの前にABC3つの扉がある。そのうち一つだけ扉をあけたさきには宝がある。

 あなたがひとつの扉に手をかけると(この記事では話を簡単にするためにAのドアノブに手をかけたことにします)、宝のある扉を知っている司会者が、あなたが選んでない2つの扉のうち、ハズレである1つを開ける。

「これで扉は2つになりました。あなたはそのまま手にかけた扉を開けてもいいし、もう一つの扉に変えてもいい。どうしますか?」……

 ……モンティ・ホール問題として知られるこんな感じのクイズ。

 3択から1つ選んで当たる確率は1/3で、それ以外の2つに当たりが含まれる確率は2/3。自分が最初に選んでない2つのドアからハズレをひとつぜったい削除してくれる司会者の操作によって、「それ以外の2つ」がひとまとめにされるので*1。、賭けるなら最初に選んだドアでなく、残った「それ以外」のドアのほうが当たる確率が高いよというお話ですね。

 考えられる状況とそうなる確率とを見てみれば……

自分が最初に選んだAが当たりで(3択を経た)、のこりの扉のうちBが開かれCが残る(さらなる2択=1/6)

自分が最初に選んだAが当たりで(3択を経た)、のこりの扉のうちCが開かれBが残る(さらなる2択=1/6)

×自分が最初に選んでないBが当たりで(3択を経るが)、のこりの扉のうちAが開かれBが残る(司会者はAを開けないのであり得ない。Bが当たりの場合は直下のケースにしかならない)

自分が最初に選んでないBが当たり(3択を経た)、のこりの扉のうちCが開かれBが残る(1択=1/3)

×自分が最初に選んでないCが当たりで(3択を経るが)、のこりの扉のうちAが開かれCが残る(司会者はAを開けないのであり得ない。Cが当たりの場合は直下のケースにしかならない)

自分が最初に選んでないCが当たり(3択を経た)、のこりの扉のうちBが開かれCが残る(さらなる1択=1/3)

 ……たしかに最初に選んだほうが[1/6+1/6=]1/3なのに対して、選んでないほうに変えれば[1/3+1/3=]2/3だ。うんうん、変えたほうがいいっすね。

 

   ▼モンティ・ホールにハギーワギーくん問題(山形記事)

 解答者がAを選んで、司会者によりCがハズレだと分かったとする。そのままAだと1/3で、Bへ変えると2/3ね。ふんふん。

「ではそこへ、Bを選んだハギーワギーくんがいたらどうなる?」

 というのが上の記事の疑問。選んだ扉が当たる確率は1/3で、そうじゃない扉は2/3ということは、ハギーワギーくんにとって最初に選んだBは1/3で、選んでないAは2/3になるってこと、だよね……? え、Aを選んだ人と矛盾してるぞ、どうしてこうなった!?

 

***

 

 一時期の知識人みんなへそんな印象を抱いているとおり、ぼくにとって山形氏といえば、経済関係にかんする論戦やおそろしい「恩田陸『図書室の海』解説」自己解説など、理知的で怖い人というイメージがどうしてもあるんですけど。

 他方で山形氏は、キリ番踏んでしまってスレ住人にうながされるまま新たな能登麻美子スレを立てたり、若人による同人誌モガワGブックスVol.3 〈未来の文学〉完結記念号』へ寄稿したりなど、たいへん物腰やわらかいかたでもある。

 

 この記事ははたしてどっちのモードで書かれたものなんだろうなぁとか疑問がよぎりつつも、それ以上にハテナがいっぱい浮かぶトピックだよなとなりました。

「山形先生が愚民の苦悩を見て遊ぶという記事?

 3つの扉から2つずつ選ぶ問題も、2つの扉から1つ選ぶ問題も、どちらも"ハズレ扉開け人"が開けられない場合が出る、(モンティ・ホール問題の設定とは)まったく別の問題じゃないですか?」

 はてなブックマークコメントをつけたさいは、こんな具合のことを書きました。

 この時点ですでに、問題文をちゃんと読めてない勘違いが含まれていますね。

(言い訳すると、後半の問題は記事後半でじっさいに出てくる問題で、ハギーワギー君問題をそっちの類題へと勝手に改変してしまっていたんですね)

 

ぼくは「モンティ・ホール問題」がよくわからない。 - 山形浩生の「経済のトリセツ」

"場合によっては司会者がBのドアを「ハズレでした」と開けてしまう場合もある。"ってんだから、私もHWもハズレなら司会者はHWを開けるルールなんだろ?そりゃハギーワギーと私は全然違う立場じゃんか!何言ってんだか

2022/10/31 00:09

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 山形氏の記事をちゃんと読むと、ハギーワギーくんの選んだBがハズレ扉としてあけられてしまうことがあってもいいのだと書いてあります。

 つまり、司会者がハズレ扉を開けるのは依然として、(Aを選んだ)「わたし」だけが基準である。ということで今回のケースでは(ハギーワギーくん主観だと、上の場合分けから大幅に変わる/ごっちゃごちゃになって頭こんがらがるので、Aを選んだひとを「自分」として表記させてもらうと)……

△自分が最初に選んだAが当たりで(3択を経た)、のこりの扉のうちBが開かれCが残る(さらなる2択=1/6。Bを選んだハギーワギーくんは最後の選択まで生き残れない)

・自分が最初に選んだAが当たりで(3択を経た)、のこりの扉のうちCが開かれBが残る(さらなる2択=1/6)

×自分が最初に選んでないBが当たりで(3択を経るが)、のこりの扉のうちAが開かれBが残る(司会者はAを開けないのであり得ない。Bが当たりの場合は直下のケースにしかならない)

・自分が最初に選んでないBが当たりで(3択を経た)、のこりの扉のうちCが開かれBが残る(1択=1/3。Bを選んだハギーワギーくんはこのケースでは最後の選択にのぞめる)

×自分が最初に選んでないCが当たりで(3択を経るが)、のこりの扉のうちAが開かれCが残る(司会者はAを開けないのであり得ない。Cが当たりの場合は直下のケースにしかならない)

△自分が最初に選んでないCが当たりで(3択を経た)、のこりの扉のうちBが開かれCが残る(さらなる1択=1/3。Bを選んだハギーワギーくんは、最後の選択まで生きのこれない)

 ……ハギーワギーくんがそもそも最後の選択まで生き残れないのが1/2で、あとは1/6で当たりであるAと1/3で当たりであるBとの対決なので、Bのままのほうが良いということになります。(ってことで良いんだよね? ぼくでは大分ツラくなってきたよ……)

ぼくは「モンティ・ホール問題」がよくわからない。 - 山形浩生の「経済のトリセツ」

ハギーワギー君は変えないほうが良い。司会者がハギーワギー君の選んだ扉を開く確率は50%なので、司会者が別の扉を開いた時点でハギーワギー君は既に半分賭けに勝っている。そこから扉を変えるのはリスク増やすだけ。

2022/10/31 00:52

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 homorara氏がおっしゃってるのは多分そういうことで、ハギーワギー君はzzz_zzzz家よりもhomorara家へもらわれていくと幸せになれる。達者に暮らしてね……。

 

     ▽「"わたし"の問題とハギーワギー君の問題は独立してるよ」が正直ピンとこない

 「Aを選ぶ"わたし"の問題と、Bを選ぶハギーワギー君の問題はそれぞれ別々の独立した問題ですよ」というお話が、山形記事の知人やはてブの反響にある。

 そこについてzzz_zzzzは、「独立とは?」と頭がこんがらがってしまう。

 たぶん、

「さっき色分けしてゴチャゴチャした書いた場合分けのうち、ハギーワギー君にとって"自分が最初に選んだAが"云々って文章いらなくね?」

 ってお話をされているものと思います。以下の通り、それはたしかにそうなんですよね。

 

 上の問題を、ハギーワギー君視点で整理してみると……

 ABCみっつの扉のうちどれか1つに当たりがあり、ハギーワギー君が最初ドアノブにさわれるのは二つだけ(この記事では話を簡単にするために、「BCだけを触れるよ」ということにします)。ハギーワギー君が選んだあと(簡単のため、「Bを選んだよ」ということにします)、司会者が(先ほどハギーワギー君におさわり許可の出た)二つのドアBCのどちらかにあるハズレ扉を開ける。司会者がどちらを開くかは半分半分で、ハギーワギー君がドアノブを握っていようがいまいが関係なく、Bを開けたいときはBだって開ける。

 司会者がドアを開けたあと、ハギーワギー君がまだ生き残ってたら、

「いま握っているドアか、それとも残されたもう一つのドアか、好きなほうを開けていい」

 と言われる。さあどうする?

 ……という問題になる。

 たしかに「わたし」がいようといまいと関係ない、独立した問題だということになりそうだし、お話としても上のほうがすっきりしているんでしょう。でも、こんな具合でごにゃごにゃ言語化しなければぼくにはピンとこないし、でも正直こう書けたはいいけど、なんかまだしっくりこない。

「最初になにかを選ぶ"私"は、この話の流れからすると重要そうに見えるけど、実際はぜんぜんそうじゃないんですよ。騙し、とは言わないけれど、無駄な情報をごにゃごにゃ増やしてるだけの賑やかしなんですよ」

 というお話なんだと思うんですが、

「"私"あってのこの問題なのに、"私"が重要じゃないわけないじゃない。なんか騙そうとしてませんか……?」

 と正反対の感覚におちいる。

(で、おれが無根拠にそう感じるだけなので、「しっくりこないンすわ~」といくら言ったところで、聞かされた赤の他人のひとさまとしては困るだろうとも思う)

 

   ▼山形記事をナナメ読みしたzzz_zzzzの勘違い問題

 山形氏によるハギーワギー君参加問題はうえのような具合なのですが。

 ぼくzzz_zzzzがはてブコメで言った例だと、3つの扉から「私」とハギーワギー君が1つずつ選び、司会者がそれらとかぶらずハズレの扉を開ける問題になっちゃう。

 その場合……

A当たり(3択を経た)、Cが開く(さらなる1択=1/3)(ただし、もしハギーワギー君とカブっちゃダメなら、そのままAにする以外選べない)

B当たり(3択を経た)、Cが開く(さらなる1択=1/3)(ただし、もしハギーワギー君とカブっちゃダメなら、そのままAにする以外選べない)

C当たり(3択を経た)どれも開かない(さらなる1択=1/3)(orもし過程で司会が絶対ハズレの扉を開けなきゃいけないなら問題不成立)

 ……の3択。

 この場合は、

・Cが開いたら(2/3でこのパターンになり)(2通りの抽選の結果が)Aであることをお祈りする(それしかできない。正解率1/3)

・Cが閉じたままなら(1/3でこのパターンになり)Cを開けるほうに変える(変えれば100%正解)

 の2つの選択をとることで、正解率2/3まで上げるというのが最適解になると思います。

 モンティ・ホールっぽいようで全然ちがう問題ですね。

 はてブコメで言ったもうひとつ、山形記事後半でも言われた問題ではどうでしょうか?

 2つの扉のうち一つを選ぶと、ハズレ扉を司会が開ける。それを受けてどうする? という問題では……

A当たり(2択を経た)、Bが開く(さらなる1択=1/2)

B当たり(2択を経た)どれも開かない(さらなる1択=1/2)(or過程で司会が絶対ハズレの扉をあかなきゃいけないなら問題不成立)

 ……の2通り。これは言わずもがなですね。

 ということで、問いとして失敗してるかモンティ・ホールとは別の基準で選ぶ必要があるよなぁと思ったわけですが……

 

   ▼開扉者2人でモンティ・ホール的問題(へどうすればできるか、頭がこんがらがる)

「……じゃあ開扉者2人版のモンティ・ホール的問題ってどんなかんじの設定になるのか?」

 と考え始めたら、頭がこんがらがりにこんがらがって、よくわからなくなってしまった。

 単純に、司会者がぜったいハズレ扉をひけるように扉をふやすというのはどうか?

 はてブコメントを最初に書いたときはそれで良いと思ったんですよ。

 

 4つある扉のうち一つが正解で、開扉者2人がそれぞれ1つ別々の扉のノブをにぎり(簡単のためひとりはAをえらび、もうひとりはBをえらぶとする)、司会者は残りの扉のうちハズレのものを開く。

 司会がハズレ扉を開いたあと、開扉者はひらくドアを選び直していいものとする。どうすれば当たりをより確実に引けるだろうか?

 ……この場合はどうなるか。

 

 Aが当たるのが1/4で、Bが当たるのが1/4で、「それ以外の2扉」が当たるのが1/2[=1/4+1/4]。司会者はそれ以外の2扉のうちハズレひとつを消してまとめてくれる。だから変えたほうがいい。

 詳細をちゃんと考えてみると……

・Aが当たりで(4択を経た)、Cが開いた場合(2択=1/8)そのままが正解

・Aが当たりで(4択を経た)、Dが開いた場合(2択=1/8)そのままが正解

・Bが当たりで(4択を経た)、Cが開いた場合(2択=1/8)そのままでも変えても(Dにしても)不正解

・Bが当たりで(4択を経た)、Dが開いた場合(2択=1/8)そのままでも変えても(Cにしても)不正解

・Cが当たりで(4択を経た)、Dが開いた場合(1択=1/4)変えると正解

・Dが当たりで(4択を経た)、Cが開いた場合(1択=1/4)変えると正解

 ……の6通りで、たしかにそのままは1/4で正解し、変えると1/2で正解するっぽい。やっぱり変えたほうがいいっすね!

 上の詳細で正しいと思う(し、モンティホール問題っぽい感じになったなぁと思う)んですけど、ナカナカすぐポンと出てこなかった。

 すぐ出てこないだけなら良いんだけど、日中は、場合分けまでして、「え、全部1/4じゃん。どれ選んでも変わんなくね?」と呆然とするなど、もうそんな具合に頭が溶けていました。

 ある程度の型がわかってるものを、「考えてみよう!」と考えてみてこのありさまだから、

世の中にさまざまあるヤヤコシイ問題について、その場で適切な知識をひっぱって判断したり応用を考えたりすることは、ぼくには無理なんだなぁ

 と改めてわかり、悲しくなりました。

 

 また上の問題の計算にしたって、それが成り立つのはBを選んだひとに変更権がなかったり、かぶっても一緒に正解できたりする場合だけで。

 かぶってはいけない場合、どうすればいいのかよくわからない。

 両方に変更権があり、かぶったら失敗な場合、けっきょくそれぞれ自分の回答を変えないで1/4の取り分で満足し合うのが一番しあわせな状態な気がするのですが、うーん、どうなんだろうな……。

 なんかこう、ゲーム理論? とかいうやつの知識もまた必要になってくるんじゃないか?

 なにかいい本ないかな。実証的なやつだとよさそうだ……

ゲーム理論は近年の経済学に大きなインパクトを与えているけれど、これももともとは戦争の戦略立案から生まれた理論だ。先日ノーベル経済学賞をもらったトマス・シェリングも、核抑止をゲーム理論的に根拠づけたのが大きな業績でもある。軍事産業は典型的な寡占市場だ。では市場構造の議論をするのに、これを使わない理由はなかろう。軍隊は大きな雇用主でもある。労働経済を語るのに軍は絶好の見本となるじゃないか。正規軍と傭兵の使い分けは、現在の各種民営化議論とまったく同じものだ。そして軍関係のデータは入手しやすい。だから実際のデータを使ってこれらを全部やってくれる。

   山形浩生書評「戦争で経済学を勉強しましょう! Paul Poast, The Economics Of War (Irwin Professional Publihing, 2005)」

 ちょうど山形氏が良い感じの本の書評をしているぞ! Paul Poast氏の『The Economics Of War』。洋書か。日本語訳は出てないのかな……

basilico.co.jp

 ……おお出てる! ありがたい! ありがとうバジリコさん、ありがとう訳者のかた!

「戦争が経済を活性化する」は本当か? 徴兵制と志願兵制ではどちらがコストパフォーマンスが高い? 軍需産業にとって実際の戦争にメリットはあるか? 核物質闇取引の実際の価格は? 自爆テロはコストにみあっているか?……などなど、戦争についての見方がガラリと変わる、戦争という一大プロジェクトを題材にした、まったく新しいタイプの経済の教科書。図版多数。

訳者・山形浩生による付録「自衛隊イラク派遣の収支分析」も必読。

 

 ……やっぱり昨晩のあの記事は、愚民の苦悩を肴にしたかっただけなんじゃないかなぁ?

 そんな疑問がつきまとって離れてくれない一日でした。

 

 

 

*1:って捉えていいのか? よくわからん……