すやすや眠るみたくすらすら書けたら

だらだらなのが悲しい現実。(更新目標;毎月曜)

訳文;「その口ぶりは診断ではないが、症状ではある」ミエヴィル氏のblogより

 先月はSFやノンフィクション作家チャイナ・ミエヴィル氏のエッセイ『Skewing the Picture』を勝手に訳して紹介し、英検3級には手が余るとへこたれました。

 今月も懲りずにミエヴィル氏の『London's Overthrow』を勝手に訳して紹介します。4万字くらい(うち訳文本文3万字くらい)。編集中にスマホの操作をミスって公開にしてしまうなど、ちょっとしたお漏らしもありましたが、これが(一応の)完成版です。

 書き終わったのでようやく『にじさんじvs鷲崎健の異次元トークFight!!』が聞けますよ……。アーカイブ視聴は今日まで!)

訳した人・なぜ訳したのか?

 英検3級どまりです。アップした理由は2点、すごく面白い内容でぼくのメモ帳にとどめておくのはもったいないと思ったのと、英語ワカラン御当地ネタもピンとこないぼくが原語とgoogle翻訳googleとを往復して読むのはたいへん面倒なので、再読用に日本語文章を残しておきたかったからです。絶対ある致命的な誤読・誤訳を指摘してもらえるかもというのもある)

 先日のミエヴィル氏の記事の訳出と同じくだいぶ厳しかったです。

 Google翻訳した時点で正しそうなところも雰囲気で味つけしたし、グーグル様でもよくわからないところはおれ様がその日の気分で勘ぐることでそれっぽい感じにごまかしました。

 ミエヴィル氏の原文の語り口はこれまた一文がながいけど、グーグル様はわりとすんなり通ってました。ぼくの方が文節がどこまででどこに係るのか分かってなかったし、何なら今でもわからないまま訳したので精度は(というか粗度は)すごいことになっていることでしょう。前回は主語述語が全然違うとか文意が真逆レベルのポカがありました。今回もあるはずです。

 大学生以上は原文を当たってくれたほうが良いでしょう。

 著作権的にダメな気がしますがよく分かってません。わかるような知恵と知識の持ち主であれば英検3級で止まってません。「ダメですけど! 権利侵害なんですけど!?」と義憤したミエヴィル氏や関係者、法律に強いかたは仰ってください。消します。

 もし記事のなかで、文意が不明なところがあるとすればミエヴィル氏ではなく訳したぼくの問題です。

 

内容ざっと紹介

 SFやノンフィクション作家チャイナ・ミエヴィル氏による2011年11~12月ロンドンを中心としたルポ・エッセイです。デモや暴動、建設中の五輪会場や政策会議、グライム音楽のクラブに顔を出し、住所不定の移民から、市長と共に仕事してきたグレーター・ロンドン・オーソリティの経済学者まで様々な場所や人物に取材します。(9500語)

 まず半分ほどの抜粋版がニューヨークタイムズ紙に掲載され、翌日全長版が自身のblogにアップ。以後、写真や文章を追加した書籍版が発売されているようです。kindle日本Amazonでも購入することができます。買いましょう。

 

 今記事では割愛しましたが、原エッセイでは挿絵としてミエヴィル氏撮影による写真がいくつも挿入されています。元ページをご参照しながら読んでいただくとよいでしょう。

 

 いま・ここの出来事は、かつて・そこで起きたことと地続きであるために、ミエヴィル氏は10年代の時事問題やカルチャーを扱いながらも、00年代90年代80年代70年代大戦直後そして果てはヴィクトリア朝のいにしえを見い出します。

 そうしてロンドンの異貌を剥き出しにするのです。

 ヴィクトリア朝のある人物が確かに見た宙に浮く獅子、現代のテントと張り紙だらけのデモ現場を練り歩き牙を剥く犬と化した労働者、各区域に佇む竜の官僚、現代企業産淡色電飾の中産階級のトナカイ、みすぼらしい原色の貧困層。テムズ河のそばで千年紀が水ぶくれ、『宇宙戦争』の赤い草じみた異形がテムズ河から生え、あるいは現実の地下鉄から伸びて、あるいはオリンピック会場展望台に絡まり覆う……

 見たまま聞いたままの事実描写史実描写が、そのまま異形の住まう異質な場となってしまう面白いエッセイです。(上で例に出した事物は、前半3/7までに出てくるものに過ぎません)

 見えない都市はカルヴィーノの創作ですが、見えない橋は現実のロンドンに実在します。といったところで本文です。

 

チャイナ・ミエヴィル氏『LONDON'S OVERTHROW(ロンドンの転覆)』

 (ミエヴィル氏blog『rejectamentalist manifesto』、12年3月5日掲載記事より。ただし文中リンクは訳者が付けました)

 

(訳注;写真。曇り空の夜に街灯のナトリウムの明かりが輝いて、住宅街や路面や路駐した車に金色の帯をつくっている)

 

 手をポケットに入れ出かけよう。4時を半刻ほど過ぎた冬のロンドンだ。6時までに夜の街へ変わり、裏通りへ行けばずいぶん孤独を味わえる。

 

(訳注;写真。ピントがずれた手ブレもある夜の街に、白い三日月が顔をのぞかせている。画面右下には、画面奥へと車道を歩みをすすめる人影が見える)

 

 緯度と気候の偶然の組み合わせ:ここほど人工灯が暗闇を切る街もない。街灯やフラクタクルな切り抜き細工のような木々もない。子どもだった頃の君が風雨のなかを走りぬけ、ただ下へでなく全方位へと降りそそぐ塵ほど小さな雨粒にまぎれこみ、自分がどこにいるのか行方が知れなくなった。

 

(訳注;写真、ブラインドが下され窓が割れているような、廃墟じみた店。そのまえに立つ街灯の強い白光が画面を縦に分断している。画面右の暗がりには、白地に黒斑の犬を散歩する男)

 

 思い出への革命だった。デジタル写真は夜間撮影の民主化だ。帰り道での眠たい電話の終わりに一つ触れたなら、君は凍らせられるのだ。街灯の光輪を、隠れた月を、夜行バスを、レンガの断面で震える繭を、過ぎ去った終夜の店を。ポケットのなかのすぐそこに、今の記憶が光っている。

 

(訳注;写真。ピンボケの夜の街。広い通り。街灯や信号にきらめくゴミ箱や看板、街路)

 

 

 世はCGIによる終末ポルノの時代だが、ロンドンの破壊は、この夢想された現実は、ずいぶん昔から始まったことだった。溺れ、戦で滅び、茂りすぎ、燃え上がり、二つに分かれ、餓死者で満たされた。終わりない空虚だ。

 

 ピムリコの摂政大通り(リージェンシー・ストリート)にはヴィクトリア朝の黙示録がある。かつて巨大な刑務所だったテート・ブリテンは、広大で素晴らしく俗悪で、さながら灼熱地獄へ向かい転げ落ちていく街だった。あたかもジョン・マーティン先見性と狡知の混色画。しかし彼のキッチュな19世紀の輝きがその内に押し込めたのは、異人の想像だった。兄のジョナサンは、ジョンの演出上手にも形式的な専門技術にも介入されない、異なる洞察を持っていた。1829年のこと、はっきり彼には聞こえた神の勅命に従って、ジョナサンはヨーク大聖堂に火を灯し、燃え上がるのを見た。混乱を機に彼は――ジョナサンは吊られなかった――警告と破滅にかんする驚くべき画業に人生を捧げた。その成果がこれだ。また別の症例を示すスナップショット。

 

(訳注;挿絵。ジョナサン・マーティンの終末画 。画面上中央には、獅子の顔が正面より少し左を向いて睨んでいる)

 

  「ロンドンの転覆」。ごみかすで、混沌として、未熟で、度肝を抜く。ペンとインクで殴り書かれた、天国からの一斉射撃を受け、軍隊が暴徒が奇妙な復讐が暴れ回って粉々になった街。見やる、燃える空が気味悪く迫る、一頭の獅子。トラウマを与え傷つける存在だ。

獅子もまた象徴なのだ

イングランドが片足立ちであることの

  気の触れた力説で、マーティンは自身のメタファーを説明する。

そしてそれはかかとを一つ失っていて

それゆえ長くは立っていられないのだ

  獅子は黙示録から2011年の羊の首肉をよく見ている。ロンドン、この経済的破滅にもまれた都市は、この軍隊化された企業の陳腐なスポーツのお祭り騒ぎにより広大に再形成された都市は、社会不安に押されたこの都市は、いまだに暴動でよろめいている。黙示録はわかりきったことよりもクリシェが少ない。この場所は予事(pre-something)だ。

 

 

(訳注;挿絵。川からつきでた、二柱ずつ並んだ巨大な赤い杭の連なりと、杭と杭の間から見える眩しい白い空の写真。画質は粗い)

 

 11月30日ブラックフライアーズ見えない橋の上を、あのテムズ河から突き出た赤いヴィクトリア朝の杭の上空をヘリコプターが醜く揺れて、まるでクリスマスの玉飾りのよう。街路の人だかりを監視下に置いているのだ。200万もの公共セクターの労働者が本日ストライキしており、数万の支持者が歓声をセントラル・ロンドンに響かせている。

 

 ハックニーからカムデン・ロンドンのハイゲートへ移り住みユニバーシティ・カレッジ・ロンドン病院で看護婦次長として働く終生ロンドン人のメアリー・エゼキエルは、抗議に至った動機である年金の削減による影響を箇条書きにする。赤いシャツを広げて提げている。大体の英国叩きは、あの飽き飽きするWW2のプロパガンダスローガンが派手に描かれていた、「平静を保ち、普段の生活を続けよ」。「怒れ」エゼキエルのシャツがそれよりも要求したのは、「そして抵抗しろ」。「声を上げた誰もがすばらしい」彼女は言う、「それが私の確信していること。きっと届くって期待している。キャメロンさん」――首相の名前を横暴に呼んだ――「のマンションのなかまで」

 

 キャメロンはまず公然と非難し、そしてその日のデモを解散させた。右派からして見れば、ストライキは悪魔的で痛ましく、恐ろしかったうえ完全に効果がなかった。

 

「死者が出てもおかしくない行進だった!」若い女性は笑い、旗を顔のまえに押し出した。「旗で叩かれたんだ!」何千と上下する布や板紙の強大なスプロール。放射線技師協会は、イラン労働者共産党のプラカードの近くでよろめき歩いた。巨大なピンクの三角形を掲げたウガンダ人の若者アビーが言う、「ぼくたちは世界中のゲイの難民を援助している、特にウガンダ、ナイジェリア、カメルーンセネガル」 アビーは労働者の支援をしている。すべてつながっているんだと彼は説明する。社会的支出の削減も、授業料の上昇も、山羊の贖罪(スケープゴーティング)だ。

 

 別の動物が上から見ている、あの獅子のような、しかしこっちは楽しそうだ。サバスは混凝紙(パピエ・マシェ)の異様な犬頭を波打たせている。「これは暴動犬だ、」彼はつづける、「それか暴動犬群で、向こうではもう一頭以上いるからだ」

 

 アテネの動物反乱のロンドン版オマージュ。ロウカニコス、カネロスそしてルーク。だれも質素なんて望んでいないなか行われた緊縮政策へ抗うデモに毎度いて、催涙ガスにも平然としていたイヌ科の存在。サバスは事もなげに、その犬のスローガンを翻訳して見せた。支配者への差し止め命令だ:「てめえで自分の喉を切れ」

 

{訳注;挿絵。右手に持ったプラカードを右肩に乗せた若者とそのクリーム色のプラカードの写真。色調補正が利いたルックスで、カードの左半分には赤鮮やかな字で「κοψε το λαιμο σου」と描かれ、その右半分には戯画化された犬の顔が立体造形で付けられている。正面からわずかに少し左を向いている}

 

 

 べつにジョナサン・マーティンが予言した作法ではないけれど、しかし教会とその僧侶は――「盲目の偽善者、蛇(サアアペンツ)と大蛇(バイピアズ)」――危機の中心や正面へと不意に押してくる。10月15日:オキュパイLSXは、この世界で増殖しているハッシュタグ・ムーブメントの一つは、運動自身が宣言したとおり金融街へと――なかでも提喩的推定により、シティ・オブ・ロンドンへと集中する。株式取引所のあるパターノスター広場に狙いを定め、そこでこの震えをぼくたちにもたらしている人々に抗議するのだ。玄関はしかし正しくなかった:かつてはロンドンを国民全体のための共同体として包括し育んでいるかのように偉大だったこの広場は、今日では、どれだけ贔屓目に見てもそんなフリをしているだけだ。警察が入り口を固めている。抗議者は大聖堂の便利な戸口の外側に立つ。セント・ポールは、クリストファー・レンによるポスト大火の傑作だ。民草は次から次へと現れる華麗な影のなかのひとつの政治的変動へ反応した。

 

 キリスト教の権威はうろたえている。「ロンドンの転覆」においては、法的措置をおこなった2011年のロンドン:あたりから、かれらの聖書は間違った道を指したままだ。大聖堂のヒエラルキーから二人の司祭が辞職している。さらに多くの聖職者がうろたえている。聖堂を閉め、安全性についてぶつぶつと不平を漏らす。それを抗議者が抗議する。うろたえる。セント・ポールが再び開かれる。抗議者の懸念にカンタベリー大司教は、慎重に言い訳の余地ものこした同情を示す。訴訟はシティ・オブ・ロンドン・コーポレーションに任された。独特で、裕福で、秘密主義の地方の権威だ。

 

{訳注;セント・ポール敷地内の大聖堂の横にあるジャクソンハウスと、エミリー・ヤングによる五柱の天使像のうちのひとつをとらえた写真。身の丈の3倍ほどある、人の頭部の肖像が乗った白い柱と、その周囲を白い直方体の石を積み上げた建物が囲っており、人の身長をひとまわり超える程度の高さの壁という壁に柱という柱に張り紙で覆い尽くされている。切り揃えられた四角い石畳には白いチョークで落書きがなされている}

 

 そうこれがオキュパイ・エブリウェアの建造物だ。ミルトンの生家で、現在は金融の中心地であるコーンヒルとスレッドニードル・ストリート近くのチープサイドの本街道にある企業の鎮痛剤だ。スーツを着た男女が大学のティー・テントを通り、会話用ホワイトボードプログラムのあるテント大学テント図書館を過ぎていった。地元の店のキャンバスに貼られた記号や切り抜きのパッチワークを読むために立ち止まるひともいる。革命はブランド化されていない。イランを攻撃するな。債券者の保護を停止し、銀行を破たんさせろ。

 

 高価な服を着た男が50台半ばの瞳をまばたきさせ、しみひとつない上流社会的礼儀正しさで、新たな隣人への意見が記録に残るのを辞退する。彼は壁を読むことへと戻っていく。金融の正義は福音の命令なのだ。

 

 

 広告が根を張ろうと探す場は場所でさえない。トラベルカードの裏側や、券売機の表面から芽を出す。地下鉄(チューブ)から踏み出したどの通路でも、そう地球から昇っていけば、商品へ無意味に熱狂した紙片群と対面する。「私にとってはみんな廃墟の隙間をよじ登るあの赤草だ」。マーケティングがロンドンをまるでウェルズの描いた世界の終わりの火星の植物みたく精力的に締めつけている。ウォータールー駅の外のバス停では、ラブフィルムが道を渡る建物へ垂涎宣伝を無限ループ投影し、バスが通り過ぎるたびに歪んだ幽霊(anamorphic frights)を激しく揺り動かせる。この宣伝はサウンドトラックでもある。さあ目を閉じてみて。いまだ抜け出せないだろう。

 

(訳注;挿絵。ロンドンの地下鉄のどこかのエスカレーターを天窓が見えるくらいに見上げた構図で撮った写真。壁には広告が等間隔に貼られている。白い背景のものが目立つが赤い背景や黄色い文字ものぞいている)

 

 

 福音の命令は破られた。

 

 2005年を機に、英国における高給取りと低賃金労働者の賃金格差はほかの先進国より急速に拡大している。2008年には、上位10%の平均所得は最下層の12倍となった。富裕層は成長中だ。ぼくたちその他大勢はベルトを締めるよう命じられている。富裕層への税率は落ちており、単なる金持ちと根からの富豪の格差も広がっている。

 

 資本主義による防御で非道な疲弊が生じている。

 

 ぼくたちはヴィクトリア朝並みの不平等へと近づいており、そしてロンドンはこの国のどこにも増して不揃いだ。所得上位10%である富裕層の三分の二と、最下層20位の半数がこの街にいる。ブレント、ニューハム、ウォルサム・フォレスト、バーキングとダゲナムの5つのロンドン自治区の労働者は生活賃金を稼げていない。街の失業者数は40万人を超え、なおも上昇中だ。若いロンドン人の四分の一が失業中だ。ざっと40%のロンドンの子供が貧困層だ。

 

 この数字が意味するところは死だ。灰色のジュビリー線を旅行しよう。ウェストミンスターから東へ8駅進んでカニングタウンへ。どの駅の生活もこの年のうちに悪くなるだろうと見込まれている。

 

 そこから足を踏み出せば、河の向こうにドームが見えるだろう、ロンドンの哀れな千年紀の形見であるあの水ぶくれだ。

 

{訳注;挿絵。夜のテムズ河ごしに黄色く光るO2(旧ミレニアムドーム)をとらえた写真。}

 

 2011年。停滞と金融破壊。重役会議室は5割の賃上げだ。それでもなおロンドンの特権守護者は、アメリカの同類ほど威張って歩いたりは全くしない傾向にある。もちろん『Hello!』『Heat』といった雑誌や『メイド・イン・チェルシー』のような番組であれば、セレブや飾った地元の若者を目に見える形で消費するのを祝うだろう。"どれだけ金掛けたか"サプリは、あのしゃれた商品や贅沢へのガイドは、穏やかで寛大なかたちをとったギロチンへの郷愁だ。

 

 だがプロパガンダが全権を握ったことはない。1998年:ニューレイバーの高官マンデルソン卿は、「醜く豊かになっていく人々について、」労働党は――伝統主義的労働党は――「くつろぎきっている」と宣言した。人々は、しかし、醜い富裕層の醜い豊かさは他の層がかかえる醜い貧しさと無関係ではないことをけっして忘れなかった。宣言は悪名を残した。

 

 ロンドンの1%と党官僚(apparatchiks)との間の膨れた俸給袋に関する議論は、謝罪半分不機嫌半分に響きがちだ:好む好まざるに関わらず現実世界のグローバル市場に不可避なものだ。ウォール街ではより一般的かもしれないけれど、道徳的に正しくはない。自己正当化は避けられない:ファンはシティ・オブ・ロンドンの強さやその富について、その富や強さを対象としない理由として引用する。

 

 ぼくたちはサド趣味のマネタリズムにはまり込んでいる。他に道はある。アラン・フリーマンは長年にわたり、グレーター・ロンドン・オーソリティの経済学者として両市長と共に働いてきた。彼は席から身を乗り出して、ロンドンの依然として鈍重な経済のなにが悪いか、そしてどうすれば直せるのかを説明した。箇条書きだ。「200万の家屋の建造……勤労福祉(workfare)の場に教育福祉(Edufare)……イノベーションへの投資。R&Dへの政府基金を5倍にし、人文科学芸術面(Arts)のR&Dへも拡張する……発展を元に戻し(ご覧のとおり簡単にできることだ)税財源をあふれさせる」

 

  ドラゴンの彫像はその区域の象徴としてシティの通りに句読点を打つ。偉ぶった竜型官僚は黙示録の獣より堅苦しくなく、片足立ちより気性が荒い。しかしかれらはスマウグのように金を守る。

 

{訳注;写真。ドラゴン境界マークシティ・オブ・ロンドン西ミドルテンプルズガーデンのもの?)の写真を独特の後加工したもの}

 

 

 クリスマス期間がロンドン全ての区域に明かりを点ける。マイナーから中堅どころのセレブがポスターのなかで歯を見せ笑って茶番を演じている。

 

(訳注;クリスマスセール中の店舗のショーウィンドウのピンぼけ写真)

 

 超富豪はチェルシーベルグレービアに固執するかもしれないし、富裕層はノース・ウールウィッチは遠慮するが、しかしストーク・ニューイントンやケンサルライズは貧富が接近している。ロンドン北部のイズリントン早い話が気取った成金の住むここは、首都で5番目に貧しい行政区で、子供の貧困率は英国内で2位、犯罪率は国内平均の2倍となっている。これがロンドンだ。

 

 本街道がこの経済の困り種だ。ロンドン人もまた、特徴を失うことを心配している。商業的エントロピーの波が商業区域を歩道の文化的景観(brandscapes)へまで引っ張ってきて見分けがつかなくなっている。都市はいくらか抵抗していて、都心と郊外のあいだの一部地域はいまだに腹をすかせた大企業ロゴの獣の目にとまるほどの価値がない。ここバラムやブレントといった広義のロンドンの地域は、手つかずで抗えない魅力がある。ここにはまだ独自に彩られた地元店が豊富にある。雑貨屋(Pound stores)、家庭用品や安価な小物やばら売り品をつめこんだこの豊穣の角(コルヌコピア)では、値引きされた石鹸ののべ棒や原色の衣類かご、その表ではほうきやモップが幔幕のようにして立て置かれている。

 

{訳注;店舗のショーウィンドウの広告。高さ方向に二つならんだ上の窓一面に、両頬に手を添え微笑む女性が写された洗濯サービスの日焼けしたシール「あなたの洗濯物! 大したことありません/私たちに任せて下さい」。下の窓にはフォレスト・ヒル駅前広場のクリスマスツリーのライトアップを報せる手作り感あふれるポスター(貼りかたの問題か、左下端は折れている)、アンジェラ・ウィンターが大きく載った舞台劇『ジャックと豆の木』のポスター}

 

 これらの地域の安いコインランドリーは入り口かもしれない。秘密のテレポーテーション。70年代スタイルそのままの洗濯サービスの看板から過去へ入って、東はニューハム、北はハーリンゲイ、ランベスとルイシャムの乾燥機のにおいを通って、まるで完璧に異なる施設から出ていくみたいに、ウォルサム・フォレストやダグナムやキルバーンと洗濯機性を共有するのだ。

 

(訳注;挿絵写真。傾いた日の当たった、レンガ積みのの建物の裏。室外機が白み大きな窓ガラスが陽光を反射して眩しい壁にはモップが立てかけられている。階段を数段降りたコンクリートの空き地には赤いゴミ箱が見える。氏のblog『rejectamentalist manifest』11年11月25日投稿写真の左上と同じ)

 

 そうキルバーンの本街道が現れる。ここは街道それ自身と同じようにクリスマスの灯も優しくて、鮮やかでみすぼらしい。流れ星、小さなもみの木、全ての色の贈り物。道を登ったさきのネーズデンとも、南へ下ったさきのブリクストンやストックウェルとも似た光景。幔幕、ロボット・サンタのホー・ホー・ホーイング、会計在庫管理受発注等基幹業務(ライン・オブ・ビジネス)、潰れて死んだ店、ふさふさ毛羽のぴかぴか飾り。屍食鬼の店(ghoulshop)だってある、もちろんここにも裕福でない者が暮らしており、質屋や短期貸付の「マネーショップ」も営まれている。

 

(訳注;挿絵。暗くなってきた時間帯のキルバーン本街道の写真。車のフロントライトが眩しい。キルバーン駅を出て南下して、地下鉄高架をひとつくぐったところで撮ると、このような構図になるようだ)

 

 住宅街でも稼業は閉じ畳まれつつあるが、キングス・ロードナイツブリッジでは今でもちゃちな小物(tchotchke)が冗談みたいな高値で商われている。ここで緊縮なのは美学分野だけだ。ボンド・ストリートの獣はアスプレイ産の鳥脚の銀卵や、狐や牡鹿のマスクをかぶったマネキンで、その人あたりが良く色も絞られた光はうざったくなくうららかで、キルバーンの窓とは別物だった。

 

(挿絵;暗橙色の夜の街に立つ、淡い白単色のイルミネーションによるトナカイと木の飾り物の写真)

 

 クリスマスの灯によるロンドンの階級分析が可能だ。12月の終わりの夕暮れ時に家の正面の窓を一瞥しよう。団地や安い住まいでは、その季節を余ったお金で彩り祝っている。それよりスマートな中産階級は白い灯のクリスマス・ツリーで自宅を目立たそうと努力する。

 

 なんて良いセンスだろう、とピカソが言うか言わないか、なんとおぞましいことだろう。前後あべこべなおかしなことに(preposterous)キッチュなクリスマスを避けようとした結果がこの有様だ。そんな楽しみ(delight)はもとから十二分にある。しかし英国文化に興味のある人々にとって階級の指標は昔からずっとはなはだ重大事だった。12月現在なら、白い灯と銀の装飾が旬な孔雀の尾羽だ。こちらの羽は脱色されているけれど。

 

 

 2010年労働党は政府から追い出され、守党(Conservatives)自由民主党が協力して権力を握った。伝統習慣的に誤解を招く表現で、大西洋の向こうのアナロジーではイギリスで言う労働党アメリカで言う民主党で、保守党は共和党のことだ。では自由民主党とは何なのか?

 

 組織立った月痴兽(mooncalf*1ホイッグ党以来世襲の吸い殻、反労働組合社会の民主党自由貿易主義者、社会自由主義者、別種のインスピレーションの漂着物漁り。ブレ率いる労働党の右方への急な揺れ動きが、自(LibDems)と一体となり確かなツヤ出しすることを許した。ア保民(the ConDem*2政府の――一分の隙もないカバン語だ――の一部として加わったとき、彼らは驚異的な速度で変色し、サッチャリズム支持の議題を書き上げ認可を下していった。国民保険制度の民営化、低所得者家庭の生徒を助ける教育維持補助金の削減、選別による公立校の包括的教育の弱体化、好みの生徒の吸い上げ、激増する地方校のあいだで生まれるゼロサムゲーム、看板だおれの普遍主義的議題への攻撃。教育者メリッサ・ベンはこのモデルを「民営化の蔓延による硬直した中央集権化」と呼ぶ。彼らは大学の授業料を引き上げないという約束を破った。特に最後の一件は、2010年に突発的な反動として生まれ以後も断続的に続けられていた生徒による抗議の波を急進化させた。

 

 今日における自民政治家の基本的態度はいかがわしいほど防衛的で、良くも悪くも恥ずかしい。左翼の活動は涙ぐましいほど不愉快で、副首相で自民党党首ニック・クレッグを筆頭としてまるで無骨なプロの商売人が厳しい選択にぶつぶつ文句を言ってるよう。マチズモな裏切りだ。かつてのいわゆる(soi-disant)プログレッシブ・オルタナティブも今やトーリー党の立役者だ。

 

 経済的トイレット。大量の制度を犠牲にしている間に物価が上がる。図書館は閉館中。社会制度は大量に切り落とされている。「ほかに何が、」キルバーン・タイムズの第一面の嘆きだ、「削減できるというのだろう?」

 

(訳中;挿絵。どこかの建物に夕日が当たっている)

 

 公共セクターを超えた闘争がある。ストライキの数日後、建設会社バルフォー・ビーティーで働く電気技師は、強引な新契約に抗ってストライキを起こした。どんな職業に就いていようと、人々はなおも立ち向かい戦い続けている。

 

「特に気に食わないクライアントは[…]本当に偉そうでずうずうしい」サビーナは言う。「はそういうクライアントのことを考えがちだ」サビーナは首都でセックスワーカーをして20年になる。「ここ最近4、5年で何が起きたかというと多分[…]売春をする女が増え、足を洗った女も戻ってきた。生活のやりくりが大変だと気付いたからだ[…]わたしたちの選択肢は何だ? どうやって生き残ればいい?」

 

 このセクターの女性にとっていくらかの問題は独特で、もちろん深刻だ。「家宅捜索された女を2人知ってるよ、家を奪われて今は外で仕事をしている…んて危険なことだ…絶対に最終手段だ。けど手入れや売春の取り締まりは、女を自分からそうするしかないよう酷使するんだ」

 

 危険な時間帯に起こる別の問題は、よりいっそう馴染みぶかい。「ソリンが値上がりした。ロンドンの駐車場が恐ろしいよ」普遍的な恨み言。「私たちセックスワーカーは他のみんなと変わりないんだ」サビーナは前にも何度も何人にも説明してきたことを忍耐強く話してくれる。「そうだろ、私たちは自分たちのために、そして家族のためにお互い努力し続けているんだ」

 

 

 11月29日。東ロンドンのストラトフォードは聖書スケールで再設計されていた、マーティンの終末みたく。オリンピックパークの青いラッピングと泥の土地から突き出た新しいモニュメント、アニッシュ・カプーアセシル・バルモンドによるアルセロール・ミッタル・オービットは、地母神ガイアが脱腸して絡まったかの如き橋桁の結び紐の広大な彫刻だ。その名はドナーとなった英国一の金持ち企業を喧伝している。その近くのスタジアムでは、オリンピック後の未来への疑問符が、口論と合法的悪ふざけとともに浮かんでいる。ザハ・ハディッドのアクアティクスセンター、名高い線形美が仮設シートによって台無しになったあの場所だ。

 

(訳注;アルセロール・ミッタル・オービットの写真。後加工により展望塔はほぼ黒のシルエットになり、毒々しい赤い鉄の橋桁が絡まっている)

 

 開発地の南端では、古い下水道のうえを通る歩道がある。おぉロンドン、悲劇の女王よ。貴女がそこまでしなくたって。廃水路から確認できる。

 

 オリンピックに納税者は93億ポンド支払う見込みだ。この「緊縮」の時代、ユースクラブや図書館は役に立たない消費品だ;この支出は、けれども、交渉の余地はない。国をゆるがしたあの昨夏の異様な暴動の参加者として立ち上がったロンドンの若者は数学をやっている。「理由はオリンピックの主催を望んだ人がいるからです、ええ、」ある参加者は研究者に伝えた、「この国がもっと良く見えるように、そうあれるように、ぼくたちは辛抱するべきだって」

 

 作家のイアン・シンクレアはかつてこの歩道について記した。この懐疑的なツアーの学究的な老練家だ。被りそうにない野球帽の下から、上品に嫌な顔をうかべ、都市が形を変えていくのを彼は見ていた。

 

 ベスナルグリーンヨークホールで浮かれた観衆が若いボクサーへアドバイスを叫び、フットボールファンの群れがきわどいチャントで親交を深め満ち引きを起こし、オリンピックで応援を受けるにふさわしい地元のヒーローをファンが指名するのがこの都市だ。街の優先順位に悩まされるのはスポーツではない。

 

 作家で活動家のマイク・マルクシーイーストロンドンを地元として数十年間暮らすスポーツファンだ。生粋のアメリカ人だというのに彼はクリケットを理解し愛しているだけでなく、なんと本を著してもいる。7月に陸上選手が目の前の道を走ったときマルクシーは大興奮で観戦した。彼はオリンピックの開催に反対していたし、それは今も変わらない。「理由はぜんぶ確認済みだ。一般的にメガ・イベントは開催地となるコミュニティにとって悪物で、長期雇用を供給しないし、開催地域は過酷に搾取される。競技のための開発が優先される」

 

 "グリーンウェイ"のうえでシンクレアは喪失を嘆く。計画外のロンドン。割り当て;藪;ちんけな稼業と地元の家庭。都市と町のへりの野(edgelandで繁殖したスタフォードの動物たち。「あれ大好きなんです」彼は工事看板のジェスチャーをして、皮肉をこめてその主張を読む。「"建設(construction)イメージの向上"。壊滅(destruction)イメージの向上」

 

 ぼくたちは観光ルートを迂回して、徒歩で小水路を下っていく。「ゲレンデ外へは行けません。とてもじゃないけど」

 

 経路は巨大な構造で、神経症的に計画され警備されている。今後30年でここがオジマンディアスな骨の埋葬地以外になるためには、生物のように発展する必要がある。プランナーの思惑を超えた、どんな事前準備をも超えた手段で。

 

 オリンピック・パーク・レガシー公社の代表は、電話越しに笑って落ち着いて黙らせる。「そうですね、核心をついてます。正直に言いますが、継続的にもがいています。当然のことながら、計画決定チームは本質的にはわれわれの計画申請の調停者で、彼らは快適性と確実性を望んでおり、さらにはある種うまく行って、未来が様々な方向に広がり、われわれ自身の足で立っていられるだけの小さな光を必要としています。簡単でしょうか? いいえ、あなたは正しい、計画はとても無理強いなうえに何をするにもなまくら工具で、どこかこの砂だらけの場ではなくもっと多様な場所を欲するでしょう」

 

 彼女の思慮深い誠実はすがすがしい。ぼくたちがロンドンで手に入れるもののほとんどは、公式チャンネルからの終わりない熱狂(rah-rah)だ。シンクレアの気難しい汚水聖地巡礼から2週間後、ロンドン政策会議という、サウスバンク・センターブルータリズム打ちっ放しコンクリート芸術ゾーンでひらかれた都市学者や政治家や大学人の強力なお喋り売り場にて、いわゆる「憂鬱成分中毒者(gloomadon poppers)!」が疑問視する競技についてボリス・ジョンソン市長が声高に笑って言葉を述べる。ジョンソンはやじり倒されに倒されていた:聴衆からめぇめぇ愚痴が喘がれ、ぼくたちはみな好感をいだいた。市長は傲慢さのニンジャで、たやすく仕事部屋を喜び(delight)でいっぱいにする天才だった。「大勢の悲観論者(gloomster)!」彼の光はいまだオリンピックの題目に向けられていた。

 

 競技のセキュリティプランはどんどんディストピア的でシュルレアルに育っていった。スナイパーが出てくるぞヘリコプターから;ジェット機から;テムズ河から戦艦が;ロンドンに大量の兵士が職務につくだろう、アフガニスタンを凌駕する人数だ。

 

「彼らはしないだろうけど、」マルクシーは言う、「もしこの緊縮ゲームが利口なやりかたで設けられていたらどれだけよかったことだろう。ほかをぜんぶ取り除くだけ。ただスポーツが催されてぼくらは楽しむだけ、誰もが半額で、大きなホテルもなく。[…]そうだね、これがロンドンだ!」彼はロンドン人の選択を喜んで言う。「いいや、北京と競わなくていいし、そういうお国柄でもない。1万人があちこちを行進できる権威主義的な国ではない。でもどうして、ええと、ただ僕たち自身であるだけではいけないんだろう? 地元の子どもたちを世に出してヒップホップや何かをさせるのでは」

 

 オリンピックパークは後退している。シンクレアは、感情切除された(soulectomied)新しいウェストフィールド・ショッピングセンターのあるストラトフォード駅へと案内する。  アビー・ミルズ・ポンプ・ステーション跡は、ヴィクトリア朝への奇妙なオマージュを込め、「下水道の大聖堂」となるべく意図的に建てられた。アビー・クリークでは、コイフで覆われた領域(coiffed zone)がついに終わる。排泄腔の汚水溜めでこすり洗われた側(scrubside)の、放棄されたタイヤやかつて沈没したショッピングカートが礁となった排水のぬかるみが、干潮であらわになった。

 

(挿絵;アビー・クリークの川底だろう、切り通しのような窪地の底にタイヤやショッピングカートが埋もれ溜まっている写真。参考としてAMオービット~アビー・クリークまでのgoogle地図。航空写真からドーナツ状の物体が複数確認できるが、これがタイヤだろうか? また、オリンピック会場周辺の小道からアビー・ミルズ・ポンプ・ステーションまでプロットしてみた。長い壁とストリートペイントが見える

 

 これを黙示録ツーリズムと呼ぼう、あのねじれた塔よりもずっと長く見ていられる。

 

 10

 「ぼくにはあの建物どれもがなんだか綺麗に見えた」ロンドン北部トッテナムは異常なほど多様な人種と地元への誇りを有した地域で、そして失業や貧困や貧しい住宅というトラブルを抱えた地域でもある。1985年の暴動で悪名高い団地ブロードウォーター・ファーム・エステートで撮られたロンドンのラッパーレッチ32『異端(Unorthodox)MVは驚くほど美しい。「逆にしたいなとちょっと思ったんだ」そう言うのはベン・ニューマン、監督だ、クリシェの。「多くの人があそこら辺を否定的な意味で表現したり撮影したりするのは知ってるよ」代わりに階段吹き抜けで撮られた各所のミックスアップは良い、騒々しいロンドンドリームで、真実だ。

 

 このもう一つのトッテナムも同等に真実だ。ジョナサン・マーティンは予言する:「ロンドン全土が炎に包まれるだろう」獅子の下の走り書きだ。いまは誰が狂ってるんだろうか?あの夏の映像が延々繰り返し流されている。大火に包まれる、地元のランドマークである木炭の貝、なじみの絨毯屋。ロンドンや国じゅうの夜に広まった一連の騒動の第一話だ。建物が燃え、ガラスが壊れ、耳障りな悲鳴が通りに響く映像を英国人はループしたあとまたループして見た。若者たちがこじ開けられた店のTVや衣類、絨毯や食料を攫っていく。時々めまいがするほど活気にあふれ、時おり思慮深い注意をはらっているようにも見える。

 

 混乱した反応がこの余波だ。裁判所は無慈悲な法の小川になって、同様の犯罪の判例よりも二倍も三倍も重い刑罰が科された。政府の監視人(watchdog)は警察が将来こうした放火犯――いくらかはティーンエイジャーだ――に対して実弾を使う可能性があると声明を出した。

 

 12月14日、この異常な出来事を理解しようとして、ガーディアン紙とロンドン・スクール・オブ・エコノミクス『暴動を読む(Reading the Riots)』という共同報告を発表した。広範囲の調査とインタビューを通じて彼らが解明したのは、警察への恨みと根深い不公平感がストリートの大多数の動機ということだった。

 

 そりゃそうだろ(白目)

 

 自明だろうとなかろうと、これでは誰も納得しない。

 内務大臣をつとめる保守党員テリーザ・メイは「まったくの犯罪」と代わりに非難した。右派の独奏会だ。彼らはこの曲調を知っている:1981年や85年のブリクストン暴動後にも同年のトッテナム後にもロンドンのどんな暴動の後だってこれが奏でられたのだ、いやどこでだって、永遠に遡れるほど。メイがはっきりした弾劾を続けている間、彼女は自身の省で秘密裡に、マイノリティへ不均衡な影響を――そこまでの力でなくなるのはいつか?――及ぼして若いロンドン人の莫大な恨みの原因となる警察の職務質問の力を着実に調べていった。

 

「無力感はぼくにとってとても危険なことで、あの暴動のなかでそれを知った、」ロンドン政策会議の場でシミヨン・ブラウンが言う。ブラウンはトッテナムの若者で、青年活動家で、ガーディアン紙の報告書に取り組んだ研究者だ。騒動のあいだは、彼の説明によれば、これに関わった者の声を自分自身で届け、「の感覚はあの一度きりだ、ぼくの人生のなかで自分の力を実感したのは」

 

 ある暴動からあの暴動へ、その言葉は歳月をまたいで驚くべき反響をした。ジンバブエの呪われた詩人(poete maudit)ダンブゾ・マレチェラは、1980年代のブリクストンでの自身の経験を『叩け、掴め、走れ(Smash,Grab,Run)』に書いた。

この一度っきりだ俺の黒人英国人生のなかで

自分のなかの原子が爆ぜて力の原子へ

 会議で言及されなかった鍵かつ具体的な要因だ。

 名前は行方知れずだ、暴動参加者へインタビューして記録されたなかからも、波打ち盛り上がる街路で彼ら自身がツイートしたなかからも。マーク・ダッガン。2011年8月4日ロンドン警視庁に撃たれて死んだ若者だ。

 

たしたちが今年に入ってから集会のたびに言ってきたのは[…]コミュニティの抱く怒りに強い変化があるということです。公衆意見交換会に来てくれてさえいれば、その違いを拾うことなんて難しくはありませんでした」ヘレン・ショウは、拘留中に起こった物議をかもす死の調査に尽力する慈善団体インクェストの共同監督だ。彼女は事態を正しく悲しんでいる一人だろう。「なので、人々がどれだけ怒っているのか実感がなかったと述べる警察の主張は驚きでした」

 

 マーク・ダッガンの家族は情報を否定した。亡くなった息子について誤情報がリークされた。8月6日、トッテナム警察署の表での家族を支持するデモ。警察の干渉が入ったところは重要な瞬間で、後に続く出来事すべての発火点だと現場に居合わせた大勢が語るそれは、YouTube上で後世まで残される。怒れる大文字タイトルで自己紹介されている:「暴動が始まったらトッテナム横暴警察に16歳少女が攻撃された!」

 

 英国では1998年から2009年までの間に、少なくとも333人の代用監獄死があり、内87件は警察による拘束後に死亡した。それで有罪判決を受けた警官は一人もいない。ロンドンの若者は――チェルシー出身ではない、裕福ではない若者は――そこまでひどく重要でもないと不躾に言われることはますます少なくなっているけれど、しかしこれほどあからさまでも残酷でもない。

 

(訳注、夕暮れの街並みの写真。まだ青みを残す空の雲はオレンジで、黒い影となった建物や木々の間から漏れる街の金色の光が煌々としているさまが、ピンボケ手振れでとらえられている)

 

 しみひとつない制服で高い台座に真っ直ぐに座った、腹話術師の人形にも似たロンドン警視庁警視総監バーナード・ホーガン=ハウ。おじのように優しい彼の声は、ロンドン政策会議で、マーク・ダッガンの死について何も触れない。ホーガン=ハウは自身のはっきりしない計画「全体警備」についてはむしろ熱心に話す。大部隊を狭小地域に集中して、小粒な違反行為をきつく取り締まることに彼は熱中している。保険外の車両のことにも言及した。

 

 ヘレン・ショウは異なる見解を抱いている。全体警備の意味するところは「よりもっと積極的に警察配備し、より攻撃的な態度で、より恐怖的に」なることではないかと彼女は疑っている。実際ホーガン=ハウは「犯罪者の心に恐怖を抱かせたい」と述べている。ショウはより赤裸々だ。「より多くの死を見ることになるでしょうね」

 

 伝統が性に合わない選挙区では「ケトリング」への燃える熱意にショックを受けた。警察がデモ参加者を何時間にもわたって食料も飲料も補給させず解放もしないできつく囲い込む行為だ。警官のマーク・ケネディーは非暴力的な自然環境活動家のなかにいたモグラの一人だと晒されて、 性的詐欺や潜入捜査といった異常で違法な作戦の象徴となった。2010年12月9日の学生抗議での冷酷な警察配備はアルフィ・メドウズという青年に脳損傷を負わせ病院送りにした。同じ抗議では、脳性麻痺の20歳ジョディ・マッキンタイヤーが車椅子から引っ張り出され、地面を引きずられた。2009年4月1日のデモでは、無抵抗でデモとも無関係の新聞屋イアン・トムリンソンが警察に叩かれ間もなく死亡した。そしてマーク・ダッガンは、はじめこんな噂がそれぞれリークされた――ダッガンが最初に発砲した、とにかく彼が撃った――が一つずつ真実ではないと証明されていった。

 

 マッキンタイヤーやトムリンソンへの攻撃は目撃され、記録され、携帯カメラで凝視された。トラブル続きの文化のメモの集積だ。この小さな機械たちが夜行性の憂鬱以上のものを保存していることを警察はまだ完全には掴めていないようだ。

 

 11

 あの暴動にはサウンドトラックがあった。

 

 1995年、横柄な若い南ロンドン人エディ・オッチャーとアンドリュー・グリーンがジェームズ・T.カークと二本指という筆名で出版した『ジャングリスト(Junglist)はこれまで見過ごされてきたテクストで、ロンドンの霊知(gnosis)や裏路地のモダニズム、この町で若くあるということとその時代のダンスミュージックの虜になることとの奇妙なリフが鮮明に記されている。ジャングル、はビートによって深く構築されている、古い工場群が求愛して鳴き声を上げたかのような産業的騒音の充満によって。エイリアンによって指揮されたロンドンの音楽だ。

 

(訳注;挿絵、ピンぼけ手ブレた高架下の夜の街の写真。人通りも車通りも多い。空は黄土色から黒灰色へ向かうグラデーションで、街灯の黄や信号の緑、車のランプの白や赤がVの字型にブレて輝いている)

 

 16年経ち世代交代と交雑がなされた後、2つの子孫が主権をめぐり取っ組み合いの喧嘩をしている。ダブステップとグライムだ。前者は全編ぐらぐらのベースと毛羽立たせたサンプリングのループ、きついドラムから成る音楽。商業的クリシェや呼び物へと急速に伝染して面白くないが、しかしごく一部の左翼の実験者にとっては、「ポスト‐ダブステップ」の類はロンドンの天性を埋葬する憂鬱だ。そんな夜歩きのためのトラック。

 

 グライムは手に負えない過激な兄弟だ。暴動の音楽。ロンドンの海賊ラジオシーンに裏打ちされた、熱狂的なビートへ覆いかぶさるヴォーカルの怒鳴り声。街の地方根性がそれ自体にずぶずぶ染み込んだ、消し去れないロンドン。グライムでは地域を表現することが、ときどき街路に至るまでもが鍵となる。明らかな政治音楽ではない、大半は、そうだ、けれど、これは腹黒い政治家への恐怖や怒りだ。

 

 11月30日。ショーディッチ。ぼくたちがいるのはホワイトキューブギャラリーの南、民謡に埋め込まれた古い街路だ。かつての労働者階級の、今日の高級化芸術である、微細なフォントの酒場看板(バーサイン)に、ブティックにたまり場にと多数がぎゅっと押し込まれている。クラブイーストヴィレッジの階下では、RivalのEP『Lord Rivz』ローンチされている

 

{挿絵;写真。店の水色の電灯から橙色の灯差す場へ移り歩こうとしている若者。黒い物陰で隠れて顔は見えない。}

 

 心臓にアドレナリンを注ぐみたいな音楽だ。暗い広間に雷がとどろき、踊り、上下に揺すり、その場に引き込まれる全ての運動が、四肢を硬直させる。節から節への切れ間はこれ聞えよがしに不調和で、痙攣したリズムだ:怒りっぽい一種のアンチ‐ダンスミュージックで、動くよう酷く要求しつつも働くために働かせる訳ではない。踊る人々の間に争いはないが、にもかかわらず誰もが顔を歪め、怪我を負ったみたくたじろぎ、古典的なトラックを聞いた時にノイズを走らせる。そこからMCがステップアップし、デッキへと押し寄せる。「音楽だ、」ダン・ハンコックスが叫ぶ、「大蔵省を襲う嵐だ」

 

 一種のジョークが人間を終了させられるということだ。ハンコックスは政治やグライム、若者を扱うライターだ。彼らが暴動と呼ぶサウンドトラックにぼくたちはもまれている。この緊縮の瞬間の音楽だ。

 

 イースト・ロンドンのビートに方々から叩かれて疲れ切っている。クラブから離れ、外でたむろする喫煙者の近くに立って冷たい空気を楽しんだ。ハンコックスの興奮は引いている。「魂がいささか削れるよ」彼は言う。「全部で三分の一だぞ?」

 

 約三分の一、はい。グライムに対するすべての支配階級側からの一連のキャンペーンだ。ハンコックスはフォーム696について文句を言う。警視庁は、音楽イベントを許可――か不許可か――を決定する際この悪名高いリスクアセスメント書類事務を使用している。2008年まで、ほとんど信じられないことだが、この洗い出しの本来の言い回しは率直に、「特定の民族集団が参加していますか? "はい"の場合はその集団を述べて下さい」

 

 外道。言い回しは変わったが、狙いはそのままだ。

 

 夜を行くハンコックスに全部ついていく(track down)のは大変だった。

 

 12

(訳注;挿絵、トンネル通路の写真。手ブレが激しい。)

 

 グライムの連中は正しい;それぞれのパートに独自性がある。それを"魂"と呼ぶのは最悪の罪ではないだろう。カムデンはそれ自身が郷愁を誘い、パンクの神から捨てられたかのような巨大な乳首ピアス靴が店の上にある。チェルシーの川岸。シルバータウン砂糖工場くすんだとび色の高層建築。様々ある壮大なデコが反響(エコー)したファサードキルバーンのゴーモン映画館ペリベールにあるフーバー・ビルディングイースト・フィンチリー駅ウェストウェイのコンクリートの空のとサウスロンドンの大きな空の下にスケートボード場がある:"ブリクストンの浜辺(Brixton Beach)"、落書き(グラフィティ)されたコンクリート砂丘だ。約分不能とごった煮という隣り合う各域からの連続変異だ。地形学的パッチワーク――17世紀から、建築年を通じて徐々に鼻を高くしていき、マスタード色、1980年代、90年代、21世紀が古い何世紀も齢を重ねた石と競い合って、おそろしく現代的な煉瓦組となっている。

 

 誰かが秘蔵のソファをダッデン・ヒルに置いていき、そこからは鉄道の切り通しが見渡せた。君も町の見物人にならないか。電話をしまって、おしゃべりもやめて。ロンドンの羽繕いの。

 

{訳注;挿絵、写真。曇り空の下ドリスヒルの藪が伸び放題のどこかから線路を含めた街をのぞむ。(画面右寄り中央のクリーム色の建物と線路や、画面左の屋根などの位置関係から、この辺からドリスヒル駅側を向いているのだろうか?)画面を大きく閉めるのは文中で語られた放置ソファで、クリーム色の革は(陰になる側面は特に)苔の黄緑色が目立ち、そのほか「Me.」「bye」などの書き文字、かすれたイギリス国旗のスタンプなどが付されている。その近くには空き缶や青い容器があり、人がたむろした痕跡がある}

 

 13

 12月15日。ロンドン北西部から都心へと向かう98号線のバスに二人の少年が乗車する。彼らは階上へふんぞり歩き、前部座席でくつろいで、電話を不適切にもスピーカー状態にしたうえで引きずった。「毎週土曜は『ラップアタック』、ミスター・マジックマーリー・マール、テープが飛び出すまで俺ゃ聞いた」*3まるでテープが何だか知っているかのように。

 

 ロンドンがどれほど地元の若者を――その一部を:「正直になりましょう、」そう言うのは作家のオーウェン・ジョーンズで、「彼らはイートン校出身者について話しません」――嫌っているか覗きたいなら公共交通機関で音楽を楽しんでる彼らをよく見てみよう。愚劣な毎日、思春期らしい思いやりの無さはまるで社会の崩壊かのように扱われる。その内ふらふらしているのはごく少数で、それは真実だが、しかしそれはこの中に本当にあるものなのだろうか?

 

「一方で若者にパトロンとなるかのような態度を取り、何でもかんでも甘やかす人がいます」ハックニーの教育チャリティ団体WORLDwrite篤志奉仕コーディネーターである25歳サリハ・アリは言う。「もう一方は高圧的な規則の持ち主で、若者が本当に酔っ払ったり出歩いたりすることにヒステリーを起こし、そしてこのようなこと全てにあんな風にパニックしてしまう。おお神よ、私たちは何てものを創造してしまったのでしょう、モンスター世代を?」

 

 ありふれたティーンの獰猛は、暴力と同じくらい疑わしい。もちろん、それも起こる。

 

(挿絵、写真。文章からすればハックニーだろう街。周囲に緑がかったフィルターワークが施され、画面中央の赤い二階建てバスがよく目立つ)

 

 ハックニーで暴動のあった夜のイメージは、パリから移住してきた地域住民で記者で写真家のヴァレリア・コスタ=コストリツキーが記録しなければならなかった。彼女は自分の隣人である他の数百人と同じく外に出た。万事が順調だった。若い男が兄のように手を彼女の首辺りへ伸ばし、カメラのストラップを掴み、痩せた若い女を殴るまでは。ヴァレリアがなんとか制止するまで繰り返し激しく女の顔を殴りつけた。

 

「すぐに、その日のうちに、暴徒についておぞましいことを言っているたくさんの人たちをフェイスブックで確認できました。言及の大部分は"カス(scum)"です」たしかに、とても野蛮な襲撃だった、と彼女は覚えている、「私が授かった洞察は、どれだけ暴力が格好悪く、どれだけ恐ろしいかということです」ヴァレリアは笑い、自身の急襲的な悟り(assault-satori)を自己卑下する。「でもだからといって人間の集団をカスと呼ぶことは決してありません。私にとってそれは一線を越える行為です。決してしないことです。人間は人間です」彼女の嫌気が聞き取れる。「たとえ彼らが何をしても、そうですね、それがよくないことでも、彼らは人間です」

 

 バスのなかの安っぽい音楽は不均衡な怒りを引き起こす。サウンドトラックに没頭する14歳をまるでボクサーかのように旅行者はじろりと睨んで席を移す。全員ではないが、しかしごく少数の年配の乗客は怒気を含んだ目を向ける。

 

 誰が気にする? 君はあと5分で車を降りるし、彼は14歳で、街を音楽でいっぱいにしたくて少し騒いでいるだけだ。

 

 1998年トニー・ブレア反社行禁令(ASBOs)反社会的行動禁止命令の先導役を務めていた。社会を良くする鋭い法だ、さながらクロノス、あたかも仔を食べるトラウマを負ったハムスター。合法的行動も個々人に合わせ違反へ仕立てて犯罪として見なす驚くべき市民秩序だ。ある17歳は罵倒を禁じられている。もしズボンを下ろしたら刑務所行きだったとの異聞もある。ある19歳は街路でフットボールをすることをこの法で禁じられた。

 

「この土地にとても特有のことだとよく考えます」カミラ・バトマンゲリジはキッズ・カンパニーの創設者で、英国児童福祉において最も知られた名士である。彼女は自分の手のほうへ頭を傾け、トレードマークである流れるような鮮やかな衣服を整えている。「ぴんとくるんです。英国人は傷つきやすいことをとても恥じていると。ほかの文化が自分たちの子供時代を振り返るさい言うだろうことは"ああ、なんてかわいかったんだろう、雲が脱脂綿だと思っていたなんて"、英国人の場合は"おお、なんて愚かなんだ、雲を脱脂綿だなんて"」

 

 破滅はそれが必要とするだけ獣を生み出す。ロンドンでは、英国では、「野生化した若者」は絶対的なルーティンだ。メディアや政治家は充分な論議もなしでそれを展開する。意地が悪く、衝撃的で、残忍なそんなフレーズがまるで侮辱ではないかのように、口々からこぼされている。その口ぶりは診断ではないが、症状ではある。

 

 14 

(訳注;挿絵、ヘイゲート・エステート空中階段を捉えたのピントのゆるい写真。画面上方では眩しい曇り空と葉のない木とが歪曲収差でにじんでいる)

 

 11月28日。ロンドンの死んだ風景の中で、ヘイゲート・エステートのようにマーティン基準で崩壊しているところはほとんどない。サザーク、立派な石積みの回廊や共有緑地を通る歩道で興った町。建築性の石板。ほとんどがもぬけの殻だ。取り壊されていく未来にある。石綿(アスベスト)で作られたものではまったくなく、ずいぶん長い時をかけて建てられたものだ。

 

 ローラ・オールドフィールド・フォードが道を案内する。彼女を心理地理学者と呼ばないように。多くの人がそうしたように、彼女もそれを公式に取り消している。都市空間を再定義するフランスの急進的な研究プログラムから出発して長い道のりを経てきた用語だ。都会に宿る詩神への祈願ともつれ合った、ロンドンらしい空想描写との他家受精。現在では一地方のクリシェだ。腐敗したツーリズムの尻に貼られた怠惰のラベルだ。

 

 フォードはすましたところがなく頻繁に難破する。ネオリベラリズムへの批判とその陳腐化された空間をむき出しにするような批評でもって、彼女は自身の長年のロンドン散策をあの名高い荒れ狂ったポスト‐パンク・アートへと再設計する。「心理地理学について学びたいと思っていましたが、私がものにしたかったのはそのラディカリズムで……レイラインの類はそれほどでもありませんでした」と恐縮する。長く、長くシャッターが下ろされたままのかつて伝統的カラテ‐ドー並びにパフォーミング・アーツ協会だった店の墓を過ぎ去った。目を閉じていても彼女についていけるだろう、それだけ彼女の足音は騒がしい。

 

  ヘイゲートが途方もない影を落とし紅葉が漂う沼を通っていく。生命の証が感じられる数少ない場所だ。窓にかかる薄いカーテンの向こうの雑多な珍品、その下にとまる車。誰かが手入れをしている小さな菜園。落書き(グラフィティ)はあるけれど、想像ほどには多くない。ベンチと遊び場の残骸との間の開けた地で、若者たちが密議(コンクラーベする。一人ぼっちになった後に誰かと出くわすのは驚くほど珍しい。自分自身の世界を持たないことは侮辱だ。しかし彼らは旅立った。でこぼこの道へ。そのまま加速し、跳ね上がり、壁に沿って、細かな煉瓦からコンクリートの露頭まで一つ一つをはずんで、低い屋根の上まで登り、塗装のはげた障害を越えたり潜るのを鳩に見られる。

 

 彼らはパルクールの練習をしているのだ、これまた別のフランスからの輸入品。カンフー映画で濾した四肢の心理地理学だ。この屋根を跳ね回るみたいに特集された、数えきれないほどの広告やMVや局名アナウンスは、僕たちが見ているものをうんざりさせ、激しく揺れ動くパルクールの見ている事実へと置き換える。パルクールは建築家が決して意図しなかったやりかたで建築の内臓の美を見る。これはサルベージだ。骨の折れる荒廃したバレエだ。

 

 15

 不思議なのはとても簡単に中に入れたことだ。ロンドンの建物は保護のためにぎざぎざで、その防御は動物の適応と同じくさまざまだ。ワイヤーの考古学。裏通りの小店で増殖する赤錆のイバラは、剃刀ワイヤーを祖先とする残存種だ。グリニッジからウェンブリーへイーリングからウォルサムストゥへ伸びる壁の上は――ガラス瓶に陶磁器に破れた鏡といった――破片(shard)交じりの古いセメントによる背骨の稜線だ。七年に及ぶ不幸が侵入者に対抗する武器と化した。人狼のたてがみを生やしたみたいにも見える。あたかも土地を守るため、煉瓦の皮が抜け落ちてその下の獣があらわれたかのよう。ロンドンで数多くあるうちでも珍しい黙示録。

 

(訳注;挿絵、藍色の夜の街。瓦礫が山積みになった土地のまえに、太い鉄柱の柵が黒光りする。ねじれた有刺鉄線か頭をさげる首長竜のように佇むショベルカーのシルエット。赤茶色い瓦礫の山の遥か向こうに高層ビルの白い明かりがほのかに見える)

 

  ケンジントン南部にあるロンドン自然史博物館の煉瓦は、既に多数が獣と化している。巨頭の魚はテムズ河岸の街灯柱(ランプ‐ポスト)にぐるぐる巻きにされている。ハックニーでは鉄のラクダがベンチの横板になっている。水晶宮の公園の終わりを不正確な恐竜がもう一端をスフィンクスが守っている。トラファルガー広場獅子は平静で、すべての肢を地に着けている。現実から目をそらしているのだ。

 

 フォレストヒルホーニマン博物館。ラララ人類学と生きた魚と芸術とに囲まれた、偏狂な分類学のいかがわしい剥製術だ。薄汚いもの。皮膚から飛び出た半身の骨格犬の頭を骸骨と不機嫌な顔を星形に並べた飾棚(キャビネット)。その中央には、イヌ科の爆発の起点として、みすぼらしい狼が配されている。マーティンのライオンのように恐ろしく、ギリシャの暴動犬のように怒った顔で、じっとこちらを見つめている。

 

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 かつてロンドンで狐を見かけることは驚くべきことだった――寓話へ滑り込んだりでもしなければ、町でそれを感じるなんて不可能だった。今なら夜遅くにジョギングすれば見つかるだろう。彼らはロンドンへ麝香をともない不気味なノイズとなり悪臭を放つ。2011年、動物混沌の使者の一頭がシャード(Shard)に――街で最も高い未完成の建築32ロンドン・ブリッジに――侵入し、そして通りから数千フィート上空に登って建設業者の食べかすで生活した

 

 夕闇や夜明けに、緑のボルトが低く撃たれた。インコの群れが――この「野生」は侮辱ではない――鳥たちの稼業に取り掛かり始めたのだ。夜明けにウォームウッド・スクラブズ(にがよもぎの藪)共有地の――刑務所と同じ名前の――ぬかるみを歩いていると、雑木林の甲高い叫び声に辿り着く。信じられないほど大群をなす非原生の羽繕いや甲高い口論が、輝かしいロンドンの歩道やハマースミス・ホスピタルのシャフトを見渡している。

 

(挿絵;写真。暗い夜がナトリウム灯の金色に塗り込められた、ロンドン地下鉄の看板と街路。住宅から明かりはあまり見えず、画面奥は路駐の行列がある)

 

  都鳥観察者(Urban Birder)で、作家でブロードキャスターのデヴィッド・リンドーは英国の鳥の世界では知られた人物だ。彼からすればこれらのインコはいじめっ子であり、気晴らしよりもタチが悪い。その目には嫌悪が浮かんでいる。

 

「黒い頭のカモメ*4を見てください、」別の方向を見ながら彼は言う。「あれが共有地のカモメです。公共地のカモメは」彼は言う。「少しも公共にいないんです」

 

 一羽の若く小さな黒い背のカモメ*5。牝のクロウタドリカササギ。リンドーは雪が去年レンジャクを運んできた思い出を語る。とはいえリンドーは、元々いないインコに非専門家の人々が魅了されることに寛大だ。ぼくたちは待つ。鉤嘴の鳥たちが波状に飛んでいき、低くなり、夜明けのなかで飢えていき、リンドーは鳥のいない木へと導いていく。

 

 鳥糞(グアノ)による惨害。海を渡ったライム野郎が冬の植生に撥ねかけ汚して台無しにして、新紀元のペイントボール戦争といった具合だ。

 

「インコは穴の中に巣を作るんですよ」リンドーは言う。「ホシムクドリやノバト、ゴジュウカラのような本来の巣作り主をインコが追い出してしまうという逸話に富んだ事例証拠(anecdotal evidence)があります。そして、」——彼は険しい顔で止まって――「英国は巣穴が不足したきりそのままです」

 

 17

 ぼくたち全員のために。それが破滅だと誰もが知っている。自分たちの街で生きていける余裕のあるひとはわずかしかいない。でもいつだってそうだったとは限らない。

 

{訳注;写真。日が昇り始めた町を高架下からのぞむ}

 

アメリカの制度との大きな違いは、英国ではわれわれがカウンシル・ハウジングと呼ぶものを政府が所有し一般の必要に応じて住宅を提供していることです」アイリーン・ショートはディフェンド・カウンシル・ハウジングの議長だ。「それは福祉住宅ではなく、権利としての住宅であり、かつてスラムを片付け、第一次第二次世界大戦後の危機的な年代に住宅を供給したモデルでした。ロンドン中に[…]その時代の良質で広大な住宅は建てられたため、今日では低賃金労働者や平均的賃金労働者そして年配や父母などがロンドンの高級住宅地で暮らす手段となっています」この街路はどこを見ても多彩なクリスマス飾りと白色灯との両方がある。「国では30年前でさえ、人口の30%はカウンシル・ハウジングで暮らしていたのです。そしてそれは普通の人々にとって人生を楽しむための誇らしく大事な要素だったのです」

 

(訳注;青緑がかった写真。白い曇り空の日中、雨粒が無数について白と灰色の光るガラス越しに、落書きいっぱいの建物の壁をのぞむ)

 

 けれど蓄えはもう何年も枯渇してしまっている。資金プールから講じられた住宅は建て替えられることなくそのままで、1980年代にはじまったサッチャー政権下の買取請求権スキームによる相場はどんどん加速していった。ニューレイバーはこれを覆すことなど何もしなかった。この不足は深刻だ。家賃は急上昇し、住宅価値も、ゆるやかに停滞していようがいまいがまったくもって法外だった。誰もがこれを知っている。今日では政府が住宅給付金に上限を設けており、公認住宅協会(Chartered Institute of Housing)は国内の80万世帯が自身の共同体から結果的に締め出されそうだと警告を出している。乱暴に眠りから覚まされる。

 

 傾向は明白で、結果は予知できるものだ。「われわれが起こりそうだと考えていたものです」バーラト・メータはロンドンの貧困を調査するトラスト・フォー・ロンドンの最高責任者だ。「人々の流れはロンドンの内側から外部へと広がっていくことだろうと」

 

 新たな変わり目がきている。これはネグレクトではない。ロンドンでも有数の富裕層であるウェストミンスター議会は、「市民契約」を議題にのせる。公共住宅で失業者が無給の地域活動を行う義務――これを「ボランティア」と呼ぶのはオーウェル作品みたいだ。「然な質問ですね、」ロンドン政策会議で評議員コリン・バロウは言う、「ウェストミンスターに入居できる特権を授かる者は、ホーンチャーチに住む必要のある納税者を犠牲にしてでも住みたいのか」――ホーンチャーチはかなり派手さに欠けた北東の郊外だ。公共住宅はもはや権利ではなく、門番に警備された特権だ。

 

(訳注;ピンボケの写真。赤煉瓦の建物の外の満杯のごみ箱)

 

 パリにおいては安っぽい住宅は大通りから見えないバンリュー(banlieue)へ追いやられている。貧相で、サービスが不十分な、張り詰めた郊外のことだ。公共住宅の歴史とともに、ロンドンは常に様々な所得者層が隣り合ってはるかにごた混ぜられてきた。今では貧困層はどんどんと遠心分離にかけられている。ロンドンのバンリュー化が進行中だ。

 

 18

(訳注;写真。どこかの町の柵戸が閉められた空き地。ごみが散乱している。建物は街灯のナトリウムの光が届かないところは真っ黒だが空は白い白で、まるでマグリットの画のよう

 

 「ウィルズデンの救出」、看板は言う。希望に満ちた響きだ。続けて:「私たちは引っ越しました」。11月、降りてきた濃霧は厚く、まるで『ロンドンの転覆』の上に立ち込めた煙のよう。人々は自分の愛する都市景観がどれだけ知らないかに気づく:霧が消えたとき、人々はそこに何が現れ出るのかも知らなければ、突然見えた塔たちがもともとあったものなのか、それともロンドンが育んだ煙の凝縮なのかも分からない。

 

(訳注;写真。斜めになったガラスのカーテンウォールに沿って建設クレーンが伸び、建設尖端が骨組みのままのザ・シャードが、昼の青空よりも青くそびえている)

 

 まさに公共住宅の無限否定が建っている。都市のショーケース建築は根元要素だ。10歳より若い30セント・メリー・アクス――酢漬胡瓜(ガーキン)――は、水平線に落ち着いている。シャード(the Shard)の脊椎は、ロンドンにあたかも水晶が溶解して育っていくみたく堆積したガラスのはるか上空にそびえる。20フェンチャーチ・ストリート――携帯無線機(ウォーキートーキー)――は、そろそろ地上に顔を出しそう。そんなリヴァイアサン建造物がいかに街にかしずくのか、確かめるにはまだ時期尚早だ。

 

(訳注;ピンぼけの写真。日の傾いた曇天?の街。街並は暗く、室内灯もついていない。通りは片側の車線がひどく混雑している)

 

 いくつかは醜いだろう。最悪の罪ではないかもしれない:ロンドンは新陳代謝できる。オックスフォード・ストリートとトッテナム・コート・ロードのジャンクションに立つずんぐりとした塔センターポイントは醜いが、不承不承ではあるが、むしろ愛らしい。しかしロンドンで発展中の偽公共空間は、裏通りや横町といった都市の形態を誓って放棄する。偽公共空間やそのプランナーは、都市の偶然が起こる余地をほとんどもたない。鉄道橋が、自分たちの都合で街路の頭上を低く切り、橋の下からでは理解できない角度で、斜めだったり急だったりと奇妙な形状で住宅と出会うことはないのだ。

 

 問題はこれらの大きなサイズの新たなガラスの箱が、時間を経るにつれ、服従し、降伏し、都市の一部となれるかどうかだ。これは、毎日貧しいイーストエンドへと悪党で醜悪なガラスと鉄による中指を立て、毎夜モレク神の小便器から滴ったような病的に黄ばんだ光を犬の島へと降り注ぐ80年代後半に始まったドックランドの金融地区カナリー・ワーフが、いまだできていないしこれからもできないだろうことだ。

 

 19

 穴を探して、君のインコを押し込んでくれ。街なかの、豪華な聖塔(ジッグラトバービカン・エステートの近くにある、ブレイクやバニヤンといった非国教徒が眠る墓地バンヒル・フィールドはこの時ばかりは日の当たる街路だ。空き屋の銀行UBSビルは、セント・ポールのテント街と同盟を結んだ占領者に奪取された。彼らはこれを概念の銀行だと宣言する。

 

 「公共の再所有」。若くまじめな反体制文化主義者(カウンターカルチャリスト)の門番は、ノン・アルコール・ポリシーを精力的に実施している。かつてのオープンプランオフィスはポエトリー・スラムのキャバレーだ。

 

 再形成された部屋のオフィスらしさに仰天する。彼らが現在そこに容れたのは、寝袋にプラカード、おしゃべりな集会だ。就寝中です!のサインがあるドアの上で注意している。落書きの人物(graffitied figure)が吊天井へ頭を突っ込み、コメントを書いて交わす。インターネットについて国連総会が議論しているとき、ビルの階下では親の周りで子供たちが遊んでいる。消防士はこの新たな地元の安全について礼儀正しく議論している。

 

(訳注;挿絵、室内の壁に落書きされた人々の写真。床に落ちた何かを拾おうとして身をかがめている)

 

 灯りのない階段の吹き抜けをとてもゆっくりと上がって、怒鳴り声を待ったところで、不法侵入だと言ってくる者は誰もいない。驚くほど爽快だ。そこを手に入れ始めているぞと。この不法占拠の精神経済が、心の再編成が、多くの不法占拠者にとって殺風景な金融経済と並ぶほど重要となりうる理由だ。

 

 数マイル南。ニュー・クロス。安っぽい店や水泡を浮かべた看板を、鉄道や横町を、板で囲まれた段々の家を過ぎ去った。ノックをしても誰も返事をしないだろうと人々は考える。

 

 けれど中に入れば、サウルの家は明るく暖かく、隅こそすこし粗いけど清潔で、冷蔵庫のなかには食べ物があり、トイレも流れる。学生寮のような雰囲気だ。同居人の出入りは激しい。穏やかな口調のアリはパレスチア難民で、茶を飲む手を止め、悪名高いハーモンズワース入国管理センターでの二年間について雑談した。彼の現在の身分はなんだろうか? 「私に身分はありません」

 

 サウルの不法占拠する方法と理由。彼はひたすら頷き、押し通した。彼は何年も続けている。

 

 居場所を探して――窓やドアの板紙が教えてくれる――安全に入り込み、ワイヤーを片付け、鉛管を通し、地元や地主となめらかな関係を築いてくれ。

 

 うまく居座れ。「人々の不法占拠がひどいと迷惑だし……誰にとっても悪評を生んでしまう」

 

 それが理由? 土地の費用が第一だ、もちろん、けれど現在はその範疇を超えている。「法占拠は、まさしく主流社会からこぼれ落ちることだと見なされています:地代を、請求を、キャリアを、担保を、責任その他諸々を避けることだと。けれど肯定的な面もまた理解できます」文化や、共同体。「信頼や共有、自由に基づく[…]別種の関係性でむすばれた空間を提供ないし創出できる可能性があります」

 

「時々、」サウルは付け加え、そして孤独ではなく好いユーモアを見せようと努める。「そんなことさえ起こるんです」

 

 20

{訳注;写真。スケート場。12章に登場したブリクストンの浜辺(Brixton Beach)

 

 ロンドンが取り込んでいる移民は――ユダヤ人、カリブ人、ベンガル人パキスタン人、インド人、中国人、アイルランド人、ポーランド人、ローマ人ときりがない。都市の問題について反人種差別主義者の活動家が忘れず身を粉にしてきた数十年に及ぶ努力が染み込んでいる:クラウディア・ジョーンズ・オーガニゼーション、C・L・Rジェームズ図書館。建築の世界にも――ブリック・レーン・モスクは以前はシナゴーグでその更に前はキリスト教会だった――、衣服や音楽にも、ロンドンの口早なスラングにも、フットボールのテラス席から人を委縮させる嫌悪たっぷりの応援(チャント)にも、三十年二十年まえから変化してきた態度にも、友情や恋愛関係などすべて綯い交ぜにしたロンドン人の喜びや幸運といった根深いところにいたるまで。ロンドンはヨーロッパで最多のそして最も成功した多文化都市だ。

 

 移民たち(diasporas)がぼくたちを支えてきた。食べ物をとおした多文化主義は恐ろしいクリシェだが、しかしそれこそがぼくたちが手を伸ばした理由だ。セント・ジョンのような気の利いたレストランは、英国産飼料を復権させ、豚をブラックベリーに栄光を与え、臓物くず肉を礼賛する。立派だ。ある特定の年齢層やその時代で育った人々は、運に恵まれたひとや富裕層ないし最近の移民家族は別として、食べるものがなかったことを覚えている。漂白したプラスチックみたいなパンを、石鹸みたいなチーズをぼくたちはガリガリ齧った。ぼくたちは飢えてうめき声を喘いだ人間だ。近所の者が栄養失調や悲惨で倒れるまえに、新たなロンドン人は憐れみを抱き、そして料理(cuisines)を分けてくれた。インドの、ジャマイカの――伝統料理と名のつくものならどんなものでも、信仰を保った油っこいスプーンの安食堂を見つけるのは、そう難しくない。新しく入ってきた集団は何かしら持ち込んでくる――今ならポーランド料理が主流で、街角の店には密度の高いパンが、スーパーマーケットにはクロフキ(krufki)がある。

 

 人種差別は、もちろん、耐え忍び、適応する。イデオロギーの急迫によって人は一つのことのためにさまざま探しまわり、そして別の者の一番の選択を憎む。1930年代ならユダヤ人、そこから黒人、さらにはアジア人。ここ10年なら、とりわけムスリムが標的となっている。頭髪を覆った女性であれば、そのうち少数が完全にヴェールで覆ったり、あるいはスカーフの下に携帯電話を押し込みハンズフリーで喋ったりするヒジャーブという頭飾りを着用する選択は、それが本分でない者からすれば奇妙なトラブルだ。政府の公式テロ対策戦略には、教師への要請として憂鬱な生徒を報告することも含まれている。ムスリムの隆盛に対するヘイトクライムは、エクスター大学の研究者の提唱によれば、政治家やメディアの間でとりまくイスラム恐怖症の主流化によって焚きつけられている。人々はムスリムについて衝撃的で恥ずべきことを言ってのけられるし、オピニオン・メーカーもそうしているし、まるで勇敢なことみたいにムスリムの顎を押しのけることだってできる。

 

  不名誉を食い物にして、英国はその"伝統的"ファシズムが新たな山羊の贖罪(スケープゴートに執着して変異するさまを見ている。イギリス国民党フットボールのフーリガニズムのような集団から生まれたイングランド防衛連盟はその悪意をムスリムへ直角に狙う。彼らの脅迫は熟練の軌道を辿る:"ムスリム"地域への行進を試みる。しかし彼らもいくらか方向転換を取っていて、(極)少数いる有色人種やユダヤ人、同性愛者のメンバーを見せびらかしての行進だった。"リベラル"ファシズムの調整だ。

 

 されどロンドンはロンドンである。「ロンドンでの彼らの立場は驚くほど弱いです、」ユナイト・アゲインスト・ファシズムの指導者マーティン・スミスは語る。「なぜならロンドンはとても統合されていて、」彼は熱心に付け加える、「人々は文字通りエステートからエステートへ行けますし、そして黒人、白人、ママにパパ、全部混じりあってるんです」

 

「移住者とともにいて考えるのは、」わずかに詰まりながら、彼は続ける。「わたしが人種差別主義者の情緒と呼ぶものは誰だって抱き育むことができるということです、黒人やアジア人の中でさえも」スミスはこの戦いを知っている。彼は楽観的だがしかし寛いではいない。やさしい時代ではないのだ。都市は揺れている。「思うに――パニックを起こす問題はその周囲で、おそらく発展しています。ロンドンからそれを排除しようとは思ってません。難しいことでしょうけど、でも私はそれを排除しようとは思ってません」

 

 21

 マーティンの獅子が亡霊に見えるのは不思議なことではない。ロンドンは幽霊で一杯だ――幽霊歩き;墓地相当の都市;幽霊-広告、煉瓦に描かれたかさぶた。この都市はあってはならない魔術書(グリモワールを読み、何かを呼び出した(invoked)サッチャーの顔はあらゆるところに繰り返し浮かぶ。硫黄の雲のなかにではなく、疲れ切った(exhaust)先に。排気ガス(exhaust)の上のバスにはメリル・ストリープが元首相に変じた映画(セルロイドのポスター広告が貼られている。内閣(キャビネットの報告が国じゅうの他の暴動の余波で発表されたのは、31年前のことだ。政策が討論され、トラブルの多い地域の「堕落の管理」――論争となった点だ――を提案した。腐るに任せなさいと。

 

(訳注;写真。煉瓦の壁に直書きされて剥げてきている大きな広告画とその横の窓が3階ぶん写されている。上階からフラットな窓枠の縦2段の窓、上部が緩くアーチした窓枠の縦2段の窓、テラコッタのような立派な窓枠の縦3段の窓)

 

 抑圧された人々は戻ってくるだろうか、それとも彼方へ去って行ったきり?

 

 ライオネル・モリソンは過ぎ去ったものを考察する。報道スキャンダル、人種差別や警察の不正、罷免、都会での反乱への主張と対抗主張といったこの現在を分析する態勢が十分に整っている者はほとんどいない。南アフリカ人の急進派モリソンは、1956年にアパルトヘイトへ対抗したかどで――彼の家のなかにある写真には、モリソン自身と彼の共同被告人であるネルソン・マンデラの姿が写されている――死刑に直面して国外へ逃げ、1960年にロンドンへ入国した。1987年、彼はナショナル・ユニオン・オブ・ジャーナリスツで初の黒人会長となった。2000年には、うすら寒いほど面白いことにOBE、いまだに大英帝国憲章と呼んでいる光栄を英国政府から授かっている。

 

 ぼくたちは彼の家の、2世紀歳は確実なイギリスの油彩画と彼の出身国の彫刻や彫像のあいだに座った。モリソンは希望を抱いているだろうか? 楽天家?

 

「わたしはそれについて自分で考えてきました」彼は重々しく言う。その声はこれだけの年月を経てもなお強い訛りがあった。「ある意味ではわたしは楽天家です。しかしそれは叩いてくるんです、完全に、絶えずこの楽観を蹴ってくるんです、わかります?」

 

 "それ"は万事だ。

 

「それは怒れる大狼がここにいるようなものです。そしてそれは動く準備ができてなく、時おりその肢は動きますが、しかし遅い」その動物が小さな空間から去り、小さな穴、出口へと動く姿を彼は身振りで示す。「そして人々は言うのです、"あぁ、わたしたちゃやったぞ!" それで話は打ち切られ、また繰り返し」彼の手は下がり、狼の手がぎゅっと掴んで閉じ締めつける。

 

 外ではロンドン北部が暗くなってきた。マーティンの大火よりも冬らしい黙示録だ。あらゆることの終わりには、フェンリスの狼が太陽を食べる。その表現はただ貪欲あるのみで、ほかは何も注目していない。

 

(挿絵;写真。暗灰色の夜空の街。橙色に照らされた街路と塀と、その奥の真っ黒な家や木々)

 

 ライオネル・モリソンは絶望しているようには聞こえない。ただ彼は疲れているのはたしかに聞こえた。

 

「人々が何かをしてそれ以上立ち行かなくなるごとに、それは人々を食べるんです」彼は言う。「それはこの苦味らしさの始まりです」彼はその言葉をゆっくり言った。「これは起こりうる最も恐ろしいことの一つだと私は考えています。[…]勢が望みを失う……それが人々を打ち破り、彼らは"いやだ、これ以上何もしたくない"と考えるようになります。そして以後ひとびとは他人がこう考えていることに気づくんです、"じゃあ、これをやっても何も起きないの? じゃあ、待ってみようじゃないか――混沌が、本当に、起こるまで"」

 

読んだ感想

 このエッセイは写真や文章を追加した書籍版が発売されており、kindle日本Amazonでも購入することができます。面白すぎてすぐポチりました。追加された写真がまた凄いんすよねえ……。

 

 ルポ要素が路上観察学的な趣をより強くしてもいて、先日勝手に訳した『Skewing the picture』を興味深く読んだぼくはこちらも楽しみました。

 身近な生活や娯楽にさえ絡まる悪法や議会の話題がいくつか紹介されていて、国際関係論の博士号持ちである氏の関心がうかがえるようです。

{『StP』でも、主に美術方面で取り沙汰されるピクチャレスクが、特定層を物理的・心理的に文字通り不可視化し排除する政治・思考様式となりうることを、ヴィクトリア朝から現代社会から(! あなたはチャールズ皇太子の実験都市をご存じですか……?)実例を挙げ紹介していましたが、こういう話をするミエヴィル氏は強いですね}

 

 エッセイが発表されてからまだ10年と経っていないですが、けっこう懐かしい話題もありますね。エッセイだと内務大臣として「10」に登場したテリーザ・メイ氏は保守党党首・英国首相になり、エッセイ当時ロンドン市長として「9」に登場したボリス・ジョンソン氏がその跡を継ぎ次代の保守党党首・英国首相になりました。

 彼らが率いた要因の一つ、イギリスの欧州連合離脱是非を問う国民投票が行われ、離脱派が勝利したのはエッセイが発表された4年後のことで(つまり、EU引き止めを願った米国大統領(当時)オバマ氏について、ジョンソン氏が「彼はケニア人の血を引いているから、代々イギリスが嫌いなのだろう」と言ったのもその4年後ということですね)ブレグジット路線をまた掲げたままの保守党がまた大勝し第二次ジョンソン政権が始まったいま・ここから振り返ると〔と言っても、ガーディアン紙でJ・フリードランド氏が述べるところによれば、投票者にとってブレグジットが一番の焦点だったかというとそうでもないらしいですが*6、このエッセイを〆るライオネル・モリソンの言葉はより意味深に響きます。

 

 人物以外にもさまざまな変化があったことでしょう。

 「12」に登場したカムデンの個性的な店がGoogleマップのリンクを張ったとおり健在な一方で、それを歌ったクルーがいたらしい「11」グライム音楽のクラブイーストヴィレッジは閉店してしまった模様。

 

 「6」「17」で触れられた市民の貧困や住まいについて。今年はじめに書かれたガーディアン紙の記事によれば、一時宿泊施設に住むこととなったホームレス家庭は、(2013年6月の5万5,840世帯だったものが)2018年6月の段階で8万2,310世帯に及んだと政府が発表しており、ガーディアン紙と住宅供給慈善団体シェルターが調べたところによれば、2017~18年で英国じゅうの市議会が費やした一時宿泊設備のためのコストは2012~13年に費やされた5億8,400万ポンドより71%多い9億9,700万ポンドだったそうです。

 おなじくガーディアン紙のことし12月の記事によれば、少なくとも13万5,000人の子供たちがクリスマスをホームレスとして迎える見通しで、19年末に一時宿泊施設にいる子どもが12万4,000人そして更に9万2,000人のこどもが友人親族の家でソファ・サーフィンするだろうとのこと。(2014年で一時宿泊施設を利用していた子どもは8万8,000人とのこと)30あるロンドンの地方自治体のうち26は子供がホームレスである率が高い地域であり、うちハーリンゲイ、ニューハム、ウェストミンスターケンジントン・アンド・チェルシーの4つの地域では12人に1人の子供がホームレスだと云います。

 

 ほかに興味深いのは「5」に登場した資本主義の獣のひとつラブフィルムが現在ではアマゾンに吸収されているということですね。12年には米Netflixが英国上陸、8ヶ月後には100万人登録達成されました。……ミエヴィル氏が聞いたのは実は、ロンドン産の獣が本当のエイリアンの上陸をまえにして吠えた悲鳴だったのかもしれません。

 

 エッセイでのインコの話は異論もある

 「16」のインコの話は、直に取材した人ならではの視点があってよかったですね。

{視覚的聴覚的にすごい、鳥の感情の読めない異形感がすごいというだけなら『鳥』の時代から変わらないわけですが、糞害に触れる点が最高。鳥の群生してしまった街中の何がすごいって、辺り一帯に白い絵の具をぴっぴっと飛ばし垂らした巨大なポロックの絵みたくなった地面じゃないですか。定期的に掃除されてる空間でも歩くのに躊躇しますが、『鳥』でも『劇パト2』でも趣旨が違うということか、その辺が意外と目立ちませんよね。あれがそのまま溜まると、これがまた……}

 ただここで登場するデヴィッド・リンドー氏によるインコのお話は、彼自身も事例証拠と言っているとおり異論もあるみたいです。

 2014年に発表された『Experimental evidence of impacts of an invasive parakeet on foraging behavior of native birds(在来鳥の採餌行動に対する侵入種インコの影響の実験的証拠)』は、(ロンドンの餌場に関する*7題名の通りの論文なのですが(餌場争いに関してはインコは在来種に対して確かな悪影響があるという内容)、前書きに先行文献・研究の紹介が概観されていて、そこでPrevious studies on rose-ringed parakeets have been limited to investigating competition for nest sites and have suggested that the impact of this form of competition is likely to be negligible(ローズリングインコに関する先行研究は、巣取り競争に関する調査に限定されており、この類いの競争に関しては無視してよい程度の影響であることが示唆されていました)」と10年~11年の研究3つが紹介されています。

 ミエヴィル氏のエッセイが出る1年弱前、インディペンデント紙が2010年に報じた『Parakeets cause problems for British wildlife(インコに起因する英国野生生物への問題)』は、「5000本のワインを生産できる畑が、インコがぶどうの木を丸裸にするせいで500本に落ちるかもしれないペインズヒルの公園」「尖塔などの木の瓦屋根をインコが噛むせいで"帯状疱疹"ができたベクスリーの教会」「滑走路から900メートルの所をねぐらとするインコ4500羽がいてバードストライクが起きる可能性が高まっているヒースロー空港」と*8、インコにかなり批判的な記事ですが、上述の事例を述べたインペリアル・カレッジ・ロンドンの研究者アレクサ・ロード氏ら(最初に引いた2014年論文の共同研究者でもあります。)の研究を紹介するなかでThe research has shown that the parakeets, which are hole-nesters, do not yet seem to be driving other birds such as woodpeckers and nuthatches out of their own nesting holes(キツツキやゴジュウカラといった他の鳥を彼ら自身の巣穴からインコが追い出し新たな巣穴主となったようには依然として見えないことをその研究は示しています)」と述べています。

 ガーディアン紙に19年6月掲載された『The great green expansion: how ring-necked parakeets took over London(大いなる緑の拡大;いかにしてワカケホンセイインコはロンドンを乗っ取ったか)』でも、There is some concern that parakeets – smart, fast and sociable – can outmanoeuvre garden birds in the feeding frenzy at bird tables, their choice of nesting sites brings them into competition with nuthatches and other “secondary cavity nesters” that inhabit old woodpecker holes. But so far there seems to be more than enough food and foliage to go around.(懸念として、インコは――賢く素早く社会的なので――庭の鳥を出し抜き餌台をむさぼったり、インコの巣づくり場の選択が、ゴジュウカラや古いキツツキの巣穴に住む他の"からとなった巣穴の次代主"と競争を持ち込んだりする可能性がある。しかし今のところ食べ物も葉も周囲に充分あるように見える)」とあります。

  別の事柄について示唆的で物議をかもす内容だがその真偽がさだかでないセンシティブな情報について、その道の専門家でさえ(留保つきとはいえ)乗ってしまい、素人へ話してしまう……という点で、(もしかするとミエヴィル氏の意図さえ超えて)意味深な章だと思います。

 ガーディアン紙はさきの記事をこう続けます。

In terms of the threats facing native British birdlife, the greatest peril comes not from parakeets, but from native British people.(英国鳥類の原生種が直面する脅威という見地からすると、最大の危険をもたらしているのはインコではなく、原住英国人だ)」

 インディペンデント紙はさきの記事をこう続けます。

although this has been a fear, and has been observed in Europe.――けれどもこれは恐ろしいことであり、そしてヨーロッパで確認されています)」(太字は引用者による)

 

 眉唾な部分をおおむね留保・言質取る情報提示

 「面白いけど本当かな?」「言い過ぎじゃない?」と思えるようなところがなきにしもあらずで、前述のインコの件のほかにも、ダブステップやグライムについてを英国の土地性・現代若者文化と結びつけるところは、「魅力的だ」と思いつつも{ある事柄に時代精神ツァイトガイスト)が集約されてる~みたいな考えにヨワいオタクなんすよね。(『パシフィック・リム』1作目のメカとか最高)}、その一方で「プロザック向精神薬のように萌えを動物的に消費する現代オタク」だの何だのさまざまな俗流若者批判にさらされてきた現代日本のへそ曲がりであるぼくのようなやからにとって気になるところだと思います。

 

 このエッセイのうまいところは、前者も後者も他のところもあくまで、ある他者の「※個人の感想です」と言える客観的情報まで落とし込んでいるところです。

 「グライム音楽が政府への怒りの叫びだ」みたいな(それに当てはまらないモノだって色々あるだろう)ある種うろんな話も、ミエヴィル氏が一人で勝手に言ってるわけではなく、実際クラブに行って、音楽クルーが現場で叫んだことそのままオウム返ししているだけという、しっかり言質をとってる記述なんですよね。

 描かれることは、少なくともこのエッセイ内では論拠がはっきり分かる、破綻のない情報です。

 

 言葉えらび話はこびの巧みさ 

 物語作家としての力量もひしひしと感じられるエッセイです。

  話はこびのうまさ;論考なのにドンデン返しに次ぐドンデン返し

 とくに面白かったのは「13」で、この章は……ロンドンバス(とそこで漏れ聞こえる音楽*9に代表される公共交通機関の世代差と、ハックニーで教育チャリティ団体に奉じる人による大人たちの若者への二面的な態度についての話、ハックニーの暴動での暴動参加者(男)から参加者(女)への暴力をまた別の参加者が見かけた話と、若者へ押し付けられた反社会的行動禁止命令、児童福祉の大家が思う大人の(悪癖的な)ロンドン気質の話を取り上げ、ロンドンの若者への抑圧は、「古くから延々繰り返されてきた大人たちの回りくどい自罰なのではないか?」という視点が示される……内容です。

 

 ここまでのエッセイではお上の横暴が目立ったし{「10」後半のデモ参加者・居合わせた人々への死傷が顕著ですね(。「死者が出てもおかしくなかった!」と述べる「3」のデモ参加者の声はその前奏と言えそうです)。「8」の警察による不法滞在者への家宅捜索/立ち退きがもたらす負の連鎖に関する当事者に近しい人自身の嘆きなども、その印象を強めます)}、いくらか描かれた暴動の暴力性・悪質さも「かつて・そこ」のテレビ越しの光景であり、暴動者の無法の矛先も人ではなくモノでした(「10」前半の絨毯屋襲撃のように)。

 そのような情報によって読者であるぼくが暴動者へシンパシーを抱いていたところで、「13」③のような非官憲が肉眼・直に肌に感じた「いま・ここ」性のつよいミメーシスによって振り返られます。

 その文脈なしの暴力性にぼくは驚き「いやカスじゃんか!」と素朴な感想を抱いてしまうのですが、ミエヴィル氏も当の目撃者だって反射的に政策説に傾いてしまった証言を一旦取り上げることで「ほらなカスじゃんか!」と印象を強めさせます。

 エッセイは目撃者の考え直しまで記します(。ただしそんな流れなので、この時点では、ぼくはちょっと文明人のごまかしのようにも思えてしまう。記したところで途端に「13」④へと場面転換しASBO*10を紹介します。こうして新たな・そして強い法令が提示されたことで読者(であるぼく)は今度は、「さきほどの取材相手の考え直しって、楽観や保身ではなく、ほんとうに理のあることだったんだな」やら「マジョリティの大人はこれだけ若者を抑圧しているんだな」やらと考えを改めることとなります。(ASBOは、前述の流れで鼻白んだりナメてかかったりした読み手の考えに反省を促すような反例として機能し、それ単体で紹介されるよりも一層に強いインパクトを残します)

 

 前段でチラつきつつもハッキリそうとは言ってないし読者もそう思わずむしろ逆の印象をいだいていたトピックに、別の視点から注目し別の一面を描くことで、ある種のドンデン返しのようなショックを読者へ与え、そのうえでさらにひっくり返す……という、論の組み立てが面白い。論考であってもお話である以上、ある種のドラマというか、読ませる展開というのがやっぱり大事なのだなと思います。はからずもべつの自分の関心事と重なる内容でした。

{ひっくり返してひっくり返しておおむね元鞘にもどるというところも、最初の主張(というか印象)からギャップが少なく、読んでいる側の混乱が小さくて良いなと思いました(。それでいて細部の異論もしっかり頭に残るかたちだし)}

 

  言葉えらびのうまさ

 言葉のひとつひとつの重みもまたすごかったですね。

 犬の変奏など見事極まりない。scrappyな「2」のジョナサンの首だけ獅子(ジョナサンの言から、片足でもある)を出発点として、「3」のプラカードの首だけ暴動犬、「7」の餓えに餓えた大企業ロゴの獣、「15」の"人狼のたてがみを生やしたみたい"な裏通りの建物、「16」の作業員のscrapを食べるキツネや飢えた鳥、トラファルガー広場のすべての肢をつけた獅子、ホーニマン博物館の壁に首だけつけた狼などを経て、「20」の飢えた人々、「21」のモリソンが話す動きの鈍い/すべてを食べる犬の話題で〆られるきもちよさ。

(四肢を硬直させるグライム音楽、四肢の心理地理学パルクールもこのなかにふくめたいところです)

 改めて「1」に立ち戻ると初読時はサラ~っと流し見た写真にも犬が実は写されていた周到さ・偶然さ。

 

 あるいは「6」で現O(旧ミレニアムドーム)を"水ぶくれ"と表現するところ。これはそれまでの章でヴィクトリア朝の狂人による放火「2」について取り上げたうえで、そして以後の章で現代ロンドンの若者による放火「10」や官憲側の(熱いやかん内に由来する)"ケトリング"「10」が取り上げられるエッセイにおいて、なるほどビシっとくる表現です。

 

 これがぼくの考えすぎ買いかぶりすぎではなさそうだということが分かるのが、ニューヨークタイムズ紙での抜粋記事です。blogでの全文記事がアップされる前日12年3月4日に掲載されたNYTの記事は、だいたい半分くらいの分量の記事なんですけど、カットされずに残ったパートでも、細かな改変が見られます。

 たとえば「3」に登場する、デモ行進を監視するヘリについてのdangle like ugly Christmas baubles(クリスマスの玉飾りのように醜く揺れている)」という5語の形容は丸きり無くなっています。

 「17」でも、富裕層と貧困層がまぜこぜになった古き良きパブリックハウジングが機能している地域についての具体的な客観描写であったAll those streets with both many-coloured Christmas lights and white.(この街路はどこを見ても多彩なクリスマス飾りと白色灯との両方がある)」という10語が、Rich areas of this city have long been unusually mixed.(この街の裕福な地域は長いあいだ異常に混じりあっている)」という別の10語に変更されています。前者はともかく後者については、文字数はともかく単語数は一緒。そう大きな違いとも言えません。でもなぜ変えたのか?

 その理由はずばり、クリスマス飾りについて取り上げた「7」がカットされたためでしょう。

 「21」でもフェンリルの狼を用いた比喩のくだりが消えたり、モリソン氏の訛りについて触れたくだりが無くなっていますが、前者はジョナサン・マーティンをはじめとするロンドンの獣についてが軒並み消えたからでしょうし、後者もおそらく「20」冒頭の移民・異文化混交ぶりについて触れた具体描写がなくなったためでしょう。

(NYT版では、ほかには現代のロンドンに跋扈する狐について臭いの描写が消えていたりするのですが、これはもしかすると乾燥機の匂いをくぐらせて各地へ秘密のテレポーテーションする昔ながらのランドリーのことが消えたからなのかもしれません)

 

 大々的に取り上げられた章以外でも、片手の指で足りる語数の比喩単位、単語1語単位で事物に連関がもたらされている

 それも、ミエヴィル氏が好き勝手にどうこうできるものではない、現実にいる他人の言葉や誰とも知れない何かでもって

 なぜここまで出来るのか。ちょっとよくわかりません。

 

 本エッセイにも通ずる題材について

 ミエヴィル氏はこのエッセイを書いた後、『オクトーバー ‐物語ロシア革命』を上梓します。時代は違えどおなじく市民による建物占拠、暴動、政変を扱ったノンフィクションで、webちくまに掲載された円城塔氏による書評「多貌のミエヴィル」を読むに、こちらも事物を多面的に扱った内容のようです。

 氏の経歴・現実での政治活動を雑に小耳に入れて、件のノンフィクションについても雑に「左翼・社会主義ageなのかな?」とか思っていたんですが、抑圧された若者側の姿をその醜さも含めて直視した本エッセイの姿勢を見るに、『オクトーバー』は絶対に生ぬるい代物ではないと確信を持てました。

 上に限らず党派性に依らない、ミエヴィル氏の確固たる芯というのが他の記述からも窺えて、たとえば槍玉に上げられた『暴動を読む』 の執筆者はガーディアン紙とロンドン・スクール・オブ・エコノミクスですが、前者は過去にミエヴィル氏にインタビュー特集記事を掲載するなどしたメディアですし、後者はさきほど氏が国際関係論の博士だという話をしましたが、その博士号を授けたミエヴィル氏の出身校です。たとえ縁があろうと、ダメなものはダメと言える芯が氏にはある。すごい。

 

 さて件のエッセイを面白く拝読したいま・ここは、ぼくたちにとって、奇しくもエッセイでミエヴィル氏が歩き回ったのと同じように、自分の住む国が五輪をひらく前の最後の12月です。ぼくたちは何を見て何を行なっていくんでしょうか? あるいはすでに見逃していったのでしょうか。

 「8」「18」と違い比喩でなく汚水が排水され競技参加者から「正直臭い。トイレのような臭いがする…」などと声もあがったトライアスロン会場のことや、「9」に登場したザハ・ハディッド氏による、首都高や線路をまたぐ大胆なデザインの新国立競技場がいったん採用されるも白紙となったこと、その後の代案や他の競技場もゴタゴタしていること(日刊スポーツ「客席少々痛めクッション持参も/五輪体操会場体験記」)だって、すでに懐かしい話題のように思えます。

 日本本国でも、たとえばハディッド氏案新国立競技場の模型等の展示で締めくくられると云う『インポッシブル・アーキテクチャー展』などあの醜態をフォローアップする流れが既にきちんとできているようですが、関東での開催をぼくは見逃してしまいました。

 先日の『Skewing the Picture』記事でも言ったように、ほかにも色々と取りこぼしてしまっています。地元を通る第二東名高速(の工事現場)の、工事車両の交通のために拡張された周辺の一般道の、かつての姿も思い出せません。『天気の子』で話題となった代々木会館も、代々木公園の屋台も、築地も行く前から無くなってしまいました。築地近くのネズミの落書きをバンクシーの画だとして小池都知事や東京都が喜びの記念撮影と保管をした一方で、東京入国管理局が港南大橋歩道に書かれた「FREE REFUGEES」などのスプレー書きについての注意ツイートをしたのも、この記事を書くまで忘れてました。12月15日でYahooブログが閉鎖されるのもさっき知りました。色々なことが失われ、忘れ去られていくことでしょう。

 東京なら五輪関係ならともかく、ぼくの地元のビルとか、誰か記録や記憶に残してたりするのかな、とふと思い出しちゃいました。{ぼくの地元の駅前では、つい数年前まで暴力団が権利を持ってしまったために、屋上のフィリピンパブと地下のゲーセンを除いて(そしてそれさえも店をたたんで)空き屋なのに解体もままならないビルがあったんですね。大学生になったぼくは、ビル外の看板でしか知らないパブについて「面構えだけでも見ておこうかな」と、そして廃墟趣味もあったのでついでに「途中の空き屋階ってどんなものかな?」と昼のビルの階段を登ったことがあります。するとぼくの目に鼻に肺に入ってきたのは、無数に落ちた羽と粉化した糞でした。ビルは巨大な鳥の巣と化していたのです。実は駅前の空でそこまで鳥って見かけないうえ、ビル内でも一羽も見ませんでしたから、尚更ゾッとしましたね。どれだけの頭数と時間とがあればああなってしまうのか、全く想像できなかった。いやあすごかったです……}

 

 とはいえ件の展示が、まだ大阪国立国際美術館での開催(20年1月~)を残しているように、まだまだ拾えるものはあるはずです。「まるで勇敢なことみたいにムスリムの顎を押しのけることだってできる」という「20」の一文がありましたが、これだってミエヴィル氏の筆の走りでも何でもなく、「親指で私の喉元を突き上げました。別の職員は、私の鼻と口を塞ぎ、私は息ができなくなりました」と少数民族クルド人の男性がいま・ここ日本の入管施設職員にやられたと訴えているくらい、ぼくたちにとっても無関係ではない身近な現実だということを遅ればせながら知りました。

 Youtubeを開けば少女が1億円のトイレにカレーを持ち込み便所飯をしたり、金を払って自ら服を脱ぎローションにまみれシャチに丸呑まれ体験を語っています

 そこそこ凍えさせることはできるはずです。だってぼくのポケットには革命が入っています。留められるのは思い出せるのは直近で語った地元のビルのような、文字どおり糞の役にも立たないことかもしれませんが。それは確かにここにあります。

 そこここにそれはあります。もしかすると、これを読んでるあなたの手の中にさえ。

 

 

 補足;NYタイムズ掲載抜粋記事との比較

 NYタイムズ抜粋掲載版は4170語と、だいたい半分の内容です。

 掲載章と、各章内の大きな異同をまとめると……

 (暴動犬は削除)、の電気技師のみ(SWサビーナの話は無し)、(シンクレアへの言及やedgeland概念、ABポンプ場はなし)、10{MVロケ地の団地名と詳細(85年トッテナム暴動の地であること)が削除、70~80年代におこった過去の暴動のことが削除、ダンブゾの詩の削除、英国潜入捜査スキャンダルの話が削除、ダッガンの扱いについてのデモやその際の警察による少女攻撃とその模様の記録動画ついての暴動参加者によるyoutubeアップが削除}、13(ハックニー暴動の夜とそれに関するハックニー在住記者の体験回想が削除)、1617ウェストミンスター議会の話&バンリュー化が削除)、18(ウェルズデンサルベージのくだりの削除)、20(冒頭の移民・多文化ぶりの具体描写が削除)、21(フェンリルの比喩が削除)。

  そのほか挿絵は、『L'sO』掲載の写真はすべて削除され、NYタイムズ独自のものが適当なタイミングで挟み込まれるというかたちになっています。

 本感想「言葉えらびのうまさ」で触れたとおり、細かな表現の違いもあります。

 グロテスクでもある土着的で生々しい具象性が、市民側も官憲側も削られているように思えます。

 

 

*1:mooncalf=moon-calf月-子牛は、奇形(児)転じて馬鹿のことシェイクスピア『あらし』のキャリバンCalibanとか、ウェルズ『月世界旅行』の月人、『ハリーポッター』の異形とかもこの語由来やこの語自体が使われてるそう)『Skewing the picture』にも使われた語で、けっこう一般的なんでしょうか? 前回の訳も無理くりでしたが、今回は獣感ほしかったので中国語をいただきました。

*2:Con-Dem=守党+自党@wikitionaryですが、今エッセイでは直後の補足からcondem=①強く非難する、だめだと決めつける/②有罪の判決をする/③<顔・言動が><人を>有罪と思わせる@weblio和英辞典の意味合いもあるのでしょう。ダジャレ大好きおじさんなので、訳文はブレ率いる労働党(が活躍を許した)守党+自党でアホ民としました。

*3:ノトーリアスB.I.G『ジューシー』の歌詞。

*4:ユリカモメ

*5:ニシセグロカモメ

*6:国民保健サービスのほうが関心が高くNISについてもボリス・ジョンソン率いる保守党の支持が大きかった}し、労働党/党首コービン氏への不信があったらしい{労働党の提案はターゲットが拡散気味で、かつ実現性を疑問視されていた(上の記事で引かれた別の記事によれば「彼は自分をサンタだと思っているんだろうか?」と疑問の声も聞かれたそうな)}

*7:ちなみにこの論文、図が面白いっす。鳥たちが丸でプロットされているほか十字マークが記入されていて、「セント・ポール大聖堂」なのだとか。ロンドン~。

*8:ちなみにこれらも、当該記事内で「人々の興味をひく逸話に富んだ事例証拠」と紹介されてます。

*9:「13」のこの入りも手堅くウマいですよね。「11」「12」と若者の音楽事情に触れた後ですから。

*10:ちなみにこのASBO、上にあげた日本のウィキペディアの項目だと有って無いようなものですが、この法令のしょうもなさと締め付けの強さについてもっと詳しく知りたいかたは英ウィキペディアを読むとよさそうです。『L'sO』本文で紹介された事例のほか、ゴルフの手袋をはめるのを禁止された10代の少年2人とか、「草(grass)」と罵倒するのを禁じられた13歳とか、ガチョウやブタが近所を荒らさないよう言われた農家とか、3人以上の若者とたむろしたために逮捕された18歳といった人々がいたころが記されています。正負逆だけどホグワーツダンブルドア校長などんぶり勘定だ。 

〔最初二つはご当地・お国柄の文脈があって(前者はそれがその土地のギャングのコスチュームだった。後者は草とはアーサー・ガードナーの探偵小説での隠語から普及した裏切り者・密告者のことで{元をたどればウェルギリウスの筆にある「草の中の蛇」で、「草」は17世紀時点で「裏切り者」という意味合いで使われていたのだそう)}、ちょっとこれは面白がりすぎかもしれません〕